音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

ホンモノを喰うための贅沢紀行

2008年07月21日 | 本と雑誌

 暑い。とにかく暑い!何とかならんか、この暑さ(ならんな!)。昨日は地区の草刈りに参加して、途中で熱中症で倒れて自宅に担ぎ込まれてしまったワタクシ。倒れる瞬間は覚えているし、支えられてどうにかこうにか車に乗せられるまでは覚えているが、みるものすべてが貧血を起こした時の白黒の世界。もしもあのまま呼吸困難な状態で青空放置されていたら今頃どうなっていたか…。本当に地区の皆さんには感謝です。

 水を浴びてジュースと麦茶をがぶ飲みして漸く落ち着いてくる。それから冷房を効かせた部屋で2時間くらい横になっていると、なんとか食事も採れるようになった。午後から外出するつもりだったけどとてもそんな気にはなれず、部屋で読み止しの本のページを捲る。今、僕が読んでいるのは中山茂大氏の『脱「偽装食品」紀行』という本だ。光文社のペーパーバックスタイプのこの本は安価な上、なかなか内容も充実しており面白い。内容を掻い摘んで説明すると、要は本物と偽物の食べ比べ紀行である。ところが本物を食べるためには時間とカネが懸かる。それを惜しまない度量があるなら本物に行き着けるという旅のレポートだ。食品偽装が食の安全を脅かし、食のブランドに対する敬意が失墜した「牛肉の産地偽装」や「食品の使い回し」等が発覚した昨今、こうした安全かつ安心な食べものをどうしたら得られるのかは誰もが知りたいところだ。

脱「偽装食品」紀行 (Kobunsha Paperbacks 119) 脱「偽装食品」紀行 (Kobunsha Paperbacks 119)
価格:¥ 1,000(税込)
発売日:2008-03-20

 そもそもこれを書いた中山氏は旅行ライターでありこの「ホンモノ探しの旅」には些か興味があったものの経費が嵩む事が判っていたので、ここのところがどうやらこの企画を引き受けるネックだったらしいが、経費はすべて編集部が持つという事で話が纏まったらしい。

 この本は読むものすべてが「眼から鱗」的な吃驚仰天紀行だ。例えばスーパーで安く買える○○は実はこんなからくりがあったのか!とか…○○だと思っていた正体が実は××だったりとか。口にするものだからこそ興味が尽きない食品の実態が暴かれていく。内容は読んでからのお楽しみ。とにかく読者を飽きさせない語り口といい、人間味のある著者の抱腹絶倒の痛快旅行記だ。


栄光の日々~さらばトルネード~

2008年07月19日 | 日記・エッセイ・コラム

Nomo_hideo_2

 ちょうどブルース・スプリングスティーンの「GLORY DAYS」を聴いていた一昨日の夜、野茂英雄投手の現役引退のニュースが飛び込んで吃驚した。そうかやめるのか、と思ってみたものの充足感に似た感情もあって、不思議と惜しいとか残念という気持ちは湧いてこなかった。ただただ感謝のひと言で、僕のような世代に希望と勇気を与えて貰った最大の英雄だった。僕にとってかくべつ印象が深く残っているのは、野茂投手の2度に亘るノーヒット・ノーランを達成したニュースだった。ドジャースで一度、二度目は名門球団レッドソックスへ移籍した2001年の対オリオールズ戦。両リーグでノーヒット・ノーランはメジャー史上4人目となる偉業であった。大リーガーを目指し海を渡ったとき、多くのマスメディアと同様に僕もこの青年の無謀な挑戦を冷ややかに見守っていたものだった。日本人の野球がアメリカで通用するはずはない。その大方の予想を裏切るように野茂投手は「トルネード投法」という独特のピッチングスタイルで三振の山を築き上げた。朴訥でポーカーフェイスな彼は胸の内に想像もしないプレッシャーを抱えていた事だろう。それを少しも表情に表さないところもプロ意識が人一倍強かった証ではないだろうか。

 高校卒業後、近鉄からの誘いを断った彼は新日本製鐵堺へ入社を決める。町工場の野球チームでフォークボールを習得し、その「伝家の宝刀」で1988年のソウルオリンピックでチームを銀メダルに導く貢献をする。小・中学と無名の選手だった彼が雑草魂をスピリッツにして夢への扉を抉じ開けていく。夢を叶える。それはけっして容易い事ではなく、殆どの人間がそれを果たせないまま挫折していく中で、言葉も文化も異なる異国の地で「ベースボール」という世界共通の言語を有するスポーツに果敢に挑戦する姿は、日本人としての誇りでもあった。

 1995,6年といえば野茂投手が登板の試合をビデオで録って、仕事を終えた後の楽しみの一つとしてビールを飲みながら、そのプレーに感嘆し、そして感動したものだ。日米通算201勝。けっして早すぎる引退ではないけれど、野茂投手が語っていたように「プロ野球選手としてお客さんに見せるパフォーマンスは出せない」苦渋の選択だったと思う。日本人で唯一「ベースボール」という言葉が似合う男だった。出来得るなら北京オリンピックで最後の勇姿を見たかった。もう一度、異国のマウンドに立つ野茂投手がトルネード旋風を巻き起こす姿を―。さらばトルネード。野茂投手、夢をありがとう!


吼える狼

2008年07月16日 | 日記・エッセイ・コラム

Howlin_wolf_4

 燦々と真夏の太陽が照り付ける中、こともあろうに草刈りなんぞに勤しむ朝。余りの暑さに持参したペットボトルの水をあっという間に2本共空にする。田舎に住んでいると百姓でもないのにこうした事は当然の日課になる。敷地内の草は父親が病に臥せてからは手入れをしなくなり、草の茎が竹のように硬く太くなっている。回転する円盤の刃先がその頑丈な茎をバリバリと薙ぎ倒していく。こんな手ごわい草は一度中間で刈り取ってからそのあとで根元近くを刈るのがコツだ。敷地は地面が土で凸凹している。だから余りに深く刈り取ろうとすると渇いた土煙が舞い上がって不覚にも目をやられる。幸い僕は眼鏡をかけているのでそれが防護的な役割になっている。額から腋から汗が滴り、汗をシャツが吸って重たくなる。セミが鳴いている。その声が更に暑さを際立たせているようだ。

 我慢しきれず、木陰に逃げ込もうとすればこんな朝に冷房をガンガン効かせた車内で居眠りを決め込む輩が…。「おい、俺はこんな朝っぱらから色褪せたTシャツに、破け放題のジーパンを履いた長靴姿で糞暑いさなかこうして草刈りをしてんだぞ、判ってんのかこの野郎! なに朝から仕事もしないで寝てるねん!」…ってお前が言うな、って話だ。…っていうかこんな見ず知らずの人に毒舌吐けるかよ、って話だ。背後からだと断熱カーフィルムを貼った車内は見えないので離れた場所でそれでも睨みつけてやる。軽自動車のバンなんでおそらくサラリーマンだと思うが、もしかしたら恐いおにいちゃんだったら対処の術がない。ああそうか、俺は草刈り機を持ってるんだった。最悪これを振り回せば何とかなるな(恐い発想するな!)。しかし木陰が占拠された現状ではなす術はなく、すごすごと退散するしかないのだ。帰って久し振りにブルースでも聴くかっ! 嗚呼、都会にすみてえなぁ。でも…すぐその暮らしには飽きてしまうのだろうなぁ。弄繰り回したクリアーな音楽のように、なんの味気もない都会での暮らしは僕には合わんのかもしれん。ハウリン・ウルフはギターを弾いているより、ブルースハープを吹いている姿が自然でグッとくる。吼える狼。この名前をきいたときからずっとこのブルースマンの虜になっている。

♪Howlin' Wolf-Evil


今宵は珍品づくし

2008年07月13日 | Rolling Stones

 久し振りにローリング・ストーンズの『レアリティーズ』 を聴いた。『レアリティーズ』は『ア・ビガーバン』と『シャイン・ア・ライト』に挟まれるようにリリースされたのだが、アウトテイクやライヴ音源を中心に構成されていた為、インパクト的にはネタ切れの印象も否めなかったが、内容的にはこれがなかなかのもので、個人的には「IF I WAS A DANCER」がベストトラックだった。この曲は『エモーショナル・レスキュー』に収録された「DANCE」の別テイク。このナンバーについてはキース・リチャーズが強く推していたインストゥルメンタル・ヴァージョンがあるとはきいていたが、このヴァージョンはヴォーカル入りなのでそれとは違うようだ。いずれにしても発売当時からずっと聴きたかった別バージョンがこのアルバムで聴けたのは嬉しかった。

 「MIXED EMOTIONS(12"VERSION)」も気に入っている。オリジナルは『スティール・ホイールズ』だ。イントロのキースのギターソロがいいね。思わず体が動き出すようなロックのリズムだ。ひょっとしたらこちらの方がオリジナルのよりいいんじゃないかなとも思ってしまう。さすがに「珍品」と謳ったアルバムだけに興味の尽きないアルバムだ。冒頭で「アウトテイクやライヴ音源を中心に構成されたアルバム」と書いたけど、勿論、「THROUGH THE LONELY NIGHTS」や「LET IT ROCK」みたいなテイラー期の埋もれた音源もあるので往年のファンもそれなりに楽しめる内容になっている。未発表音源だけで一枚のアルバムを作ってしまうんだからきっとストーンズは今も無尽蔵な”隠し財産”を持っているんだろうね。

Rarities 1971-2003 Rarities 1971-2003
価格:¥ 3,042(税込)
発売日:2005-11-28
―収録曲―

  1. FANCY MAN BLUES
  2. TUMBLING DICE(LIVE)
  3. WILD HORSES(LIVE STRIPPED VERSION)
  4. BEAST OF BURDEN(LIVE)
  5. ANYWAY YOU LOOK AT IT
  6. IF I WAS A DANCER(DANCE PT.2)
  7. MISS YOU(DANCE VERSION)
  8. WISH I'D NEVER MET YOU
  9. I JUST WANNA MAKE LOVE TO YOU(LIVE)
  10. MIXED EMOTIONS(12"VERSION)
  11. THROUGH THE LONELY NIGHTS
  12. LIVE WITH YOU(LIVE)
  13. LET IT ROCK
  14. HARLEM SHUFFLE(NY MIX)
  15. MANNISH BOY(LIVE)
  16. THRU AND THRU(LIVE)

 今夜はこんな流れで僕的珍品映像をいくつか紹介しようと思っている。まず手始めはキース・リチャーズのソロプロジェクト第2弾アルバム『メイン・オフェンダー』に収録されている「HATE IT WHEN YOU LEAVE 」。このナンバーはこのアルバム中もっとも僕が気に入っているソウル風ナンバーで、曲調からもアル・グリーンを髣髴させている。こんな歌を聴くと、キースって男は心底ソウルを愛しているんだなぁと思ってしまう。

 つづいて紹介するのはアルバム『ヴードゥ・ラウンジ』に収録されている「LOVE IS STRONG 」をキースがヴォーカルをとっているヴァージョンだ。ずっと前に「アイリーン」のミニアルバムでキース版の「ギミー・シェルター」は聴いたことあるけど、今回のヴァージョンはおそらく初めての方が殆どではないだろうか。聴き応えがある「珍品」である。

 そして最後は、キース・リチャーズがニューオリンズのコンサート会場で「I’M READY」を歌っている映像だ。曲名からてっきりマディ・ウォーターズの曲かなとも思ってしまったのだが、聴いてみるとさりあらずカントリーロックのようなナンバーだ。おそらくオリジナルがどこかにある筈だが、…。前半のインタビューに答えて破顔するキースの瞳が不良少年のように輝いている。眼窩が窪んで精悍な目に優しさが宿るのはこのギタリストがロックを語るときだけのような気がする。老人になってもいつまでもロック魂を持ち続けるこのギタリスト/ヴォーカリストはまさしくロックの鑑だ。そしてこの映像をみると「世界で一番ギターが似合う男」だとも改めて実感する。


ブックデザインの復刻を願いながら…

2008年07月03日 | 日記・エッセイ・コラム

 夕方証明写真を撮ってもらう為に写真館へ行く。その時から暗雲垂れ込めた空模様だったので傘持参で行けばよかったのだが、すぐに帰るつもりで出かけるときに傘の用意はしてこなかったのが裏目に出た。案の定、写真を撮り終えた後、TSUTAYAに立ち寄った直後にスコールのような土砂降り雨。雨粒が地面に跳ねるように降り注ぐのを久し振りに見た。しばらくすると辺りは靄が懸かったように白くなり、DVDを借りた後も仕方なくそこで雨宿りとなってしまった。用が済んだら極力辞したい気持ちが強い。長居は無用という訳だ。もっともこれも場所や状況によっては当て嵌まらない場合はあるのだけど。例えば本屋は用が済んでもしばらく店内をぐるぐる当てもなく彷徨っている。次はどんな本を読もうか物色しながら。でも自宅の書庫の有様を思い出しすぐに断念する。いうなればこれが唯一の衝動買いを防ぐ方法なのだ。

 そんなことに思いを馳せながら、ふとある棚の前で歩みが停まる。市川崑監督映画作品がずらりと並んだ棚。僕のように40歳半ばだと、市川崑監督作品ですぐに思い出すのは横溝正史ミステリーだ。中学生の頃はよく読んだ。横溝正史は低迷していた頃は一日中、自宅の書架の整理ばかりしていたそうだ。角川春樹氏が横溝正史作品を角川文庫で出版するとき、横溝宅を訪れた角川春樹氏の前に現れたのは横溝正史本人であったので非常に吃驚したと回想していた。角川春樹氏は遺族に会うつもりだったのだ。それから横溝正史作品の映画化が決まった時には横溝の出演依頼を打診した角川春樹氏に横溝は二つ返事で承諾したという。

 因習、祟り、因縁。これらは横溝正史作品を解くキーワードだ。横溝正史作品をある人はホラーミステリーというけれど、海外ミステリーを原書で読んでいた横溝は、いつもそんな長編ミステリーに憧れて、いつか日本の風土に根ざした推理小説を日本に移植したい気持ちが強かったんだろうと思う。横溝正史にとって第二の黄金期が訪れてまもなくすると横溝正史は金田一耕助最後の事件となる『病院坂の首縊りの家』を執筆する。横溝正史はこの頃から自身の死を意識していた。横溝が亡くなった後も作品は読み継がれる。そんな時金田一耕助がどんな運命を辿ったかを語らずには逝けなかったのだろう。あたかもアガサ・クリスティーのエルキュール・ポアロ最後の事件『カーテン』のように、作家としてのけじめとして、横溝正史の分身ともいえる金田一耕助という探偵の未来を読者の為に書き下ろしたのだ。

 当時横溝ファンの中には若い女性が多かったときく。タイトルもブックデザインもさながらエログロ好みにみえる横溝正史作品には作品そのものに救いがあった。残酷で、淫靡で、不道徳。しかしそこには作家横溝正史の暖かな眼差しによってミステリーでありながら壮大なロマンスが描かれている。横溝正史という作家はトリックよりも人間愛をもっとも重視して描いていたんだと思う。だから謎解きだけに終わらないしっかりとしたプロットがあり、読者を吸引する感動的なストーリーを展開できたのだ。精巧なトリックと緻密なプロット。それらをバランスよく描き切るミステリー作家はそんなに多くはいない筈だ。その頂点にいるのが横溝正史なんだから。

 そうして一時間ぐらいそこで粘ってから小降りの間隙を縫って車まで走る。帰ったらたぶん書庫の整理に追われる事だろうなと思いながら車のエンジンをかける。書庫の奥に仕舞った角川文庫の横溝作品をふと読みたくなった。あのおどろおどろしいブックデザインが好きだった。横溝作品をずっと読み続けていたのはこのブックデザインのお陰もある。殺風景な現在の角川文庫のデザインには少しも食指を動かされないのだ。出来ればこのデザインの復刻を願ってやまない。

―追記―

 この拙い文章を執筆するにあたりNHKで放送された『私のこだわり人物伝』の「横溝正史 日本を見つめた探偵小説家」を参考にした。角川春樹氏が生前の横溝正史と出会うシーンはこの番組から得たものだ。とりわけ印象に残っているのは、横溝正史が見た目と違って、喋る事が明晰で、海外ミステリーを原文で読んだ横溝がすらすらとそのトリックやストーリーを話すのには度肝を抜かれたと語っていた。日本回帰に向かっていたあの時代。求められていたのは素晴らしき日本の姿であったのだ。その日本の姿に巧くリンクしたのが日本の情緒をふんだんに盛り込んだ横溝作品だったといえるのではないだろうか。今もっとも読みたい作家のひとりである。

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