結局、発売された当初は購入しなかったこのベスト盤を、ユニバーサル・ミュージック移籍してからの高品質CD、SHM-CDで購入した。
当時なぜこのアルバムを買わなかったかは、明らかだ。確かに、リマスターという付加価値はついているものの、71年から93年までの22年間の集大成的ベスト盤であり、その間にリリースされた11作からセレクションされた代表曲を並べただけの企画盤では、余程のマニア以外は飛びつかないだろうとも思った。
その後にも何度か中古レコード屋で見掛けはしたが、『ダーティ・ワーク』と同様、安易に手放す輩が続出し、中古屋に多量に出回っていたのを見た記憶がある。ところで、このベスト盤って同時にビル・ワイマンが活躍していた22年間の集大成でもあるわけだ。
今、あらためて聴きなおすと、無表情でベースを弾くビルに手こずっているキースとロニーという構図がストーンズにとっての理想的な形だったような気がする。
ストーンズのメンバーで始めてソロ作を発表したのもビルなら、幅広い人脈でストーンズに新風を吹き込んでいたのも彼の功績。
活字中毒:「初回発売は1993年。今から17年前のことだね」
BG:「へえ、もうそんなになるんだ…」
活字中毒:「当時リマスターって言葉がよくわからなくてお店の人に訊いたものさ。音がよくなっていると説明されてもぴんと来なくて結局、買わなかった」
BG:「ストーンズってこれまでにも何度かベストは出していたわよね」
活字中毒:「そう。でも当時としてはストーンズレーベル以降、こんなにヴァリエーションの富んだベストはこれ一枚じゃないかな。『スティッキー・フィンガーズ』から『スティール・ホイールズ』まで満遍なく選曲されているからね。『フォーティー・リックス』では差別的に『ダーティ・ワーク』からの選曲は避けていたから、逆にとても興味深い」
BG:「『フォーティー・リックス』は版権の問題がクリアーされて奇跡的なベストアルバムになっていたけど、『ダーティ・ワーク』からの選曲が一曲もなかった所為で、とても不自然だったわよね」
活字中毒:「ストーンズとしては苦渋の選択だったというよりも縁起を担いだとも思えるんだ。コンサートで『ダーティ・ワーク』の曲を演奏すると何かよからぬことが起きる、そんな負のジンクスを避けたかったんだろうね」
BG:「まるでオルタモントでの〈悪魔を憐れむ歌〉みたいね」
活字中毒:「でもあんな事件を引き起こした歌なのに〈悪魔を憐れむ歌〉はやはり今でもライヴでは定番になっている。この曲を演奏しないと客は帰らないからね(笑)」
BG:「普通ベストってバンドの歴史を辿るようなもので、時系列的に曲順を並べたほうがリスナーには親切よね。でもそれをストーンズはしなかった」
活字中毒:「1曲目に〈スタート・ミー・アップ〉を持ってくるところがいかにもストーンズらしいね。初心者向けというよりもどちらかといえば、ストーンズならではの拘りがよく現れたベストだと思うんだ」
BG:「それにしてもこうして通して聴いても年代的な違和感は殆ど感じないわね」
活字中毒:「『スティール・ホイールズ』が発売されたときは、こんなに曲自体にスピードが加わったりしたら従来のストーンズの曲とのバランスを欠いてしまうんじゃないかって不安になったもんだけど、同じアルバムのなかでも少しも孤立していないのが不思議なくらいさ」
BG:「よく聴くと、どの時代の曲にもいえることだけど、ギターとギターの演奏の合間に存在感を示すベースの重低音が強烈に耳に残るのよね。でもそれが心地いいのよ」
活字中毒:「ビルのベースはキースやロニーのギターに匹敵する奥行きを感じるんだ。これもストーンズの七不思議のひとつかな」
BG:「ちょっとファンキーな〈エモーショナル・レスキュー〉に色気を感じるのは私だけかしら」
活字中毒「このベストはビルが在籍していた頃のストーンズだし、明らかにダリルが加入した新生ストーンズよりも行儀よくないんだよ。どこかに危うさも猥雑も孕んでいた。たしかにダリルは努力家だし、ビルよりもファンキーなベースが弾ける。けど、それだけなんだ。不遠慮に自己主張したがるビルのベースには誰も敵わない」
BG:「今のストーンズに欠けているのはそこかしら。ストーンズにはミックやキースと対等に張り合えるベース奏者が必要なのね」
活字中毒:「おまえらには好き勝手にさせておかないぞ、みたいなね(笑)」
BG:「ビルがいるといないのとではずいぶん曲調も違ってくるのがわかるわね」
活字中毒:「もっとも現在のストーンズを考えると、ダリルを蔑ろには出来ないんだけれど、より贅肉を削ぎ落とした骨格だけのストーンズにもある意味、興味はあるんだ。でもずっと聴いていて少しも疲れない、っていうのも重要なんじゃないかな」
BG:「個人的には〈ハーレム・シャッフル〉にご執心なのよね。もうだめなのかなって思ったりしてたから。PVではメンバー全員シカゴのギャング団みたいだった。キースのあの笑った顔に鬼気迫るもの感じてたわ。殺し屋みたいなあの笑い顔よ(笑)」