音盤工房

活字中毒&ベルボトムガール音楽漂流記

ビールとレゲエと淡い恋物語

2008年07月24日 | Bob Marley&The Wailers

 本格的な夏の到来で普段なら海に山に繰り出したいところなんだけれど、この殺人的な暑さに怯んでつい自宅の快適な空間のなかでしかレゲエを聴く気になれないのは僕だけだろうか。初めて僕がレゲエという音楽を耳にしたのは二十歳を幾らか過ぎた夏の事であった。当時は些か偏った音楽嗜好があったので勿論レゲエを聴くのも初めてで、偶々貸しレコード屋で借りたボブ・マーリィーの『コンフロンテイション』が僕のレゲエ初体験第一号となった。「初体験」などと書くと世のスケベなオッサン連中はあらぬ想像を膨らましてしまいそうだが、僕の場合はまさしくこの言葉がぴったり当て嵌まるくらい衝撃的なものだった。音楽は制約された空間では余り聴きたくない思いが強いのでジャズであれ、ロックであれ、レゲエも例外なく屋外で、それも生演奏で聴くに限るとずっと思い続けていたのに、この歳に至るまで一度も生演奏を屋外で聴いた事がないという体たらくである。だから夏の太陽が燦々と照り付ける屋外のコンサートでバドワイザーを飲みながら観るレゲエはさぞかし格別だろうなと思う訳だ。屋外という開放されたシチュエーションで聴くレゲエは僕にとって好きな女に恋焦がれる場面に似ている。レゲエは1960年代にスカからロック・ステディ―レゲエとその音楽スタイルを変革させながら成長した音楽だ。ゲットーで生まれたリディムは後にストリートスタイルを汲むリリック重視のレゲエへとその姿を変えていく。ジャマイカという島国で生まれた黒人音楽がやがてアメリカ全土を席巻するのにそれほど時間はかからなかった。その絶対的な頂点にいたのがボブ・マーリィーだったのだ。

 スイカのような乳房をした女がその褐色の膨らみをあられもなく晒して乳児に与えている。乳児は裸だった。港の近くを新聞紙だかなんだか判らない紙の屑がカモメの飛翔と共に宙に舞っている。半裸の男がジャマイカカラーのニット帽をかぶってドラムを叩いている。声高にメッセージを込めたヴォーカリストが一杯のビールの為に唄ってる。僕が思い描くこれがジャマイカの姿だ。今もさほど変わってはいないだろうこの国に、当時から夢や希望はあったのだろうか。純粋な音楽は等しく政治に利用される。ラスタファリズムの思想は崩され汚されていく。レゲエは同時に貧困から生まれた究極のストリートミュージックともいえるんだ。

 そんな事に思いを馳せながら僕は今夜一枚のアルバムを手にする。ボブ・マーリィーの『バビロン・バイ・バス』だ。ボブはライヴレコーディングになるとロック色が強くなって僕の嗜好とはかなりずれてしまうし、『ライヴ!』に比べて知名度の低いこのアルバムをなぜ敢えて選んだかといえば、かつて『ブリッジ・トゥ・バビロン』のツアーを開始する際にマスコミの前に現れたキース・リチャーズが着ていたのはボブ・マーリィーのティシャツだったのを想い出したからだった。その時僕が思ったのは凡そのレゲエファンが察したようにこの『ブリッジ・トゥ・バビロン』が過去にボブ・マーリィーがリリースした『バビロン・バイ・バス』へのオマージュ的な思い入れがあったのだろうと感じた事だった。

 レゲエを聴く事は僕にとってはいわば見知らぬ誰かと恋をしている事と同じだ。あの間延びしたリズムと歯切れのいいドラム。そして何よりどんな音楽よりもストレートにハートにこの音楽は届くんだ。こんな歳になるまでずっとこの得体の知れない音楽の正体が知りたくて聴いている。今でも聴くたびに新しい発見をしているこの音楽には、人のぬくもりや優しさを感じずにはいられない。まるでそれは美しい娘に淡い恋をしているように―。

バビロン・バイ・バス バビロン・バイ・バス
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2005-05-11

―収録曲―

  1. POSITIVE VIBRATION
  2. PUNKY REGGAE PARTY
  3. EXODUS
  4. STIR IT UP
  5. RAT RACE
  6. CONCRETE JUNGLE
  7. KINKY REGGAE
  8. LIVELY UP YOURSELF
  9. REBEL MUSIC (3 O'CLOCK ROADBLOCK)
  10. WAR/NO MORE TROUBLE
  11. IS THIS LOVE
  12. HEATHEN
  13. JAMMING