東京DOLL
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2005-07-29
(★★★☆☆)
基本的にぼくは恋愛小説は読まないことにしている。これ程起承転結が明確な物語はないからだ。愚直で、生真面目。こんなことは言ってはいけないのだろうが、退屈な文学である。少なくとも、川端康成、フランソワーズ・サガン、山田詠美以外は格別興味をそそられないのだ。ミステリィにも似たようなロジックはある。それは認める。要はバリエーションの希薄さである。結局のところ、事件が発生して、その謎を解き明かす探偵なり、刑事が登場して、最後に意外な真犯人が浮上するお決まりのストーリィがミステリィの基本的構造だ。しかし、ミステリィにはたいていの場合、犯罪者、あるいは被害者への深い愛と救済がクライマックスに用意されている。一方、恋愛小説に頻繁に見受けられる性愛の末の破綻には救いがないどころか、後々厭な痼を残すことになる。その後味の悪さは読書経験上、ミステリィの比ではない。どうしてこんな小説が読物として成立するのかずっと不思議でならなかった。それは単にぼく個人の趣向的見解だが、それが純粋であればあるほど、ぼくの心はその文学から離れていった。
という訳でもう一度冒頭に述べたことに戻るが、ぼくはこれまでから恋愛小説にのめり込んだ事は一度として、ない。少なくとも冒頭に挙げた作家以外は恋愛小説とし認識していない。性愛附き小説ならまだポルノ小説のほうがまだまし、だ。今夜紹介する石田衣良の『東京DOLL』も最初はそんな調子で、罵倒を繰り返しながら読むつもりだった。ところが、しばらく読んでいくうちにその思惑が見事はずされていくのである。
この作家、只者ではなかった。ゲームクリエイター、MCと呼ばれる青年と背中に濃紺の翼(タトゥ)を持つ少女ヨリとの出会いと性愛がドラマチック且つファンタジックに描かれている。こう書くと「なんだ、いつもの恋愛小説のパターンじゃないか」と思われるだろうが、実際のところストーリィ的にはこれまでの恋愛小説と大差はない。ところが、この恋にいくつもの人間関係や株式上場に絡む企業買収やヨリの未来予知能力といったオカルト性も孕みながら物語が進んでいくあたり、これまでのメルヘンチックな恋物語のような代物とはあきらかな違いを見せている。この作家に出会えたことはぼくの最大の収穫だ。恋愛=性愛という構造を見事に打ち破ったびっくり仰天の恋愛小説の誕生の瞬間だ。どうぞ、最後の瞬間まで驚いて読んでください。クライマックスはなんともハリウッド映画的なドラマ性が待ち構えています。
ぼくはこの石田衣良の『東京DOLL』を読み終えた機会に、考えを改めようと思っている。『東京DOLL』万歳!恋愛小説万歳! こんな小説ならいくらでも読み尽くしてやるぜ!と今はそんな心境である。