1985年発行の大沢在昌のハードボイルド小説。
工業デザイナーとして活躍している木島修が恋人の久爾子と過ごした夜、
自宅に放火されるところから始まる。
一般人が命を狙われるなんてことは、そうある事ではない。
とすると、木島の過去が気になるところだ。
木島はデザイナーになる前はカメラマンだった。
デザイナーとカメラマン、才能は違えどかけ離れた職業ではない。
この作品が発表されたのが1985年、
木島がフリーのカメラマンだったのが1970年頃である。
若き日の木島は戦場カメラマンだった。
戦場カメラマンと聞いて思い浮かぶのは、
ロバート・キャパ、日本人では一ノ瀬泰造である。
フリーのカメラマンは自身が撮影した劇的な場面の写真を売る。
キャパ(が撮影したと言われている)の写真は撃たれた兵士を前から撮影しており、
そのアングルは、つまり兵士と狙撃者の間に自身がいると言う事で、
自らも撃たれる危険性があったと言う事だ。弾丸には目がないので敵か味方か、
兵士かカメラマンか一般人か静物か、区別なく命中する。
撃たれる=死ぬ恐怖よりも劇的な写真を撮影する事に夢中になっている、
(狂った)命知らずのカメラマンが多くいたわけだ。
木島はカンボジアの戦場で同じカメラマンの平松の最期を撮影していた。
平松の背後にいた敵の兵士が平松を狙撃し、木島がその場面を撮影した。
見殺しにしたという考え方もあるだろうけれど、手にしているのはカメラで、
武器ではない。たとえ声をかけたとしても平松を助けられたとは思えない。
木島も同じで狙撃される危険性も十分にあったわけで、
たまたま撃たれずに済んだのは運が良かっただけだ。
木島はその後、何度も命を狙われるわけだが、
犯人の執念深さや考え方に、狂ってると思うのだった。
木島が平松を殺したわけではないし、
あの場面で助けられたとも思えない。
ちなみに私は泰造がモデルの映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」は見ているし、
カンボジアのシェムリアップにある泰造の行きつけだったレストランや
泰造の墓にも行っている。だからってどうと言う事はないが。