ポルトガルの空の下で

ポルトガルの町や生活を写真とともに綴ります。また、日本恋しさに、子ども恋しさに思い出もエッセイに綴っています。

めざせ!漢検2級

2017-09-10 12:03:59 | 家族の話
2017年9月10日 

今日は我がモイケル娘に関する小噺(!)です。
週に一度、土曜日のポルト補習校を高校2年一学期で退学し、その年の秋からは現地校の最終学年12年生に進級、モイケル娘が1年間を総仕上げのポルトガル高卒国家試験勉強に集中していたのが、一昔以上も前のことになりました。

幼稚園部から11年間Oporto British Schoolに通い、場合によってはポルトガルの大学に進学するかも知れぬとの夫の考えで(この時娘は既に日本の大学受験を決心していた)、高校3年間はポルトの私立学校へ移りました。

11年間英語で受けていた授業が突然全てポルトガル語での授業になるわけですから、言うなればポルトガル国内の帰国子女みたいなものです。それ故1年目の成績は少し悲惨でしたが、徐々に向上し国家試験も無事パスしました。

この高卒資格と同時に大学入学の選択に大いに影響を及ぼす国家試験が頑張れたのは、恐らく日本の帰国子女枠大学受験でその結果が重要視されたからだと思います。
無事に第一志望校の一つ、早稲田に合格した時は「ポルトの星だ!」と補習校の人たちに言われたものです。
12年間ポルトガルで生まれ育った娘が、帰国子女枠とは言え、厳しい英語国語の小論文試験をとにかくパスしたのですから、親バカながらよく頑張ったなと、夫の悲嘆を横目に本人同様喜んだものです。夫にしてみれば、これからかかるであろう学費生活費の大きな出費もさることながら、愛娘が遠い日本へ行ってしまうことにひどくがっかりしたのでした。

そうして入学した大学を、「コースの内容が自分の思っていたのとは違う」と、いとも容易く捨てて、地方の大学転入試験を受けると聞いたときには、晴天の霹靂。しかし、本人の意思を変えることはできませんでした。

さて、その時の編入試験時の話であります。

「手ごたえはどうだったの?」(←断固、転入編入反対しているのではあるが、とりあえず聞いてみたw)
「う~ん、どうなんだろ・・・でも、英語を和訳するところで、漢字間違った。」
「漢字を?自信がない漢字はひらがな、もしくはカタカナで行こうよ。」


試験問題の和訳は「核」に関する英文だったそうだ。「nuclear」つまり日本語では「核」であります。
その「核」が三箇所も出てきたのだそうで、間違った漢字というのは、「核」なんだって^^;

どんな風に間違ったかと言うと、あっはっはっはっは!これが笑わずにおらりょうか。もう腹が痛くて涙が出てきて、当時のチャット仲間にも一言、「お前、それ落ちてるぞ。」と言われてプリプリしている娘も構わずパソコン前で体よじってわたしは笑ったのでした。

で、どういう字を書いたかと言うと、木へんに玄!ぐはははは!そんな字、あったっけ?と問うと本人も既に調べたようで言下に「ない!」と(笑)
しかし、なんとなく似てるには似てるではありませんか。帰国子女は往々にして、こういう間違いをします。しばらくはこの話を思い出しては噴出している悪い母でありました。

我が日本語塾では漢字習得奨励の一環として、毎年生徒たちに10級9級、できれば8級までの漢字検定試験を受けてもらうのですが、モイケル娘は3級までの合格を果たしています。

どれどれと思って調べて見ると、この「核」という漢字、2級で出題です。やっぱりねぇ^^ 

海外の準受験会場では2級まで受験できます。わたしも随分昔に2級を受験してパスしています。しからば
準1級をとテキストを取り寄せてみたものの・・・・受験会場は日本国内に限定。2、3年じっくり取り組んで勉強しないと、とてもとても歯が立ちません。

もいちゃん、2級まで受験してみましょうよ、核はもう覚えたであろうし(笑)
と笑って冗談言ってたところが、「核」の間違いに拘わらず、編入試験に通ってしまったという、本日は懐かしい昔の話でありました。

娘とわたしの日本の大学受験戦争に興味のある方はこちらでどぞ。
★「ズッコケ親子の日本受験戦記