ポルトガルの空の下で

ポルトガルの町や生活を写真とともに綴ります。また、日本恋しさに、子ども恋しさに思い出もエッセイに綴っています。

ポルトガル語入門講座&東のポルト屋

2019-05-26 15:45:03 | ペット
2019年5月26日 

水曜日以来、風邪で体調悪く、日本語レッスン以外はぐったり床に臥しておりました。近頃は無理が利かなくなってきたのに自分でもがっくりです。

どこぞで見かけたこの言葉に、

人生は七十歳から
七十歳にて お迎えあるときは、今留守と言え
八十歳にて お迎えあるときは、まだまだ早いと言え
九十歳にて お迎えあるときは、そう急がずとも良いと言え
百歳にて お迎えあるときは、時期をみてこちらからボツボツ行くと言え

というのがありましたが、床に伏しながらただ今留守でございますと強がっていました。

明日当たりは風邪も抜けるかなと予感、今朝は我がモイケル娘と久しぶりにスカイプで話しました。

「こっちは真夏日だ~」で始まり、「今日のポルトガル語クラスはうまく言った」と言う。実はモイケル娘、この春から某大学の事務局の仕事を週4にしてもらったのだが、飼っている3匹猫の面倒もある程度見られるし、家のこともポルトガル語準備もあまり焦らずできるという。

共稼ぎできちきち働いていると、家事も気になるだろうが気持ちの余裕がなくなりがちであろう。収入は減るが、元々大して体力がある子ではないので、それ以上、時間を切り売りせずに済むならそれがいいとわたしは賛成している。

さて、そのポルトガル語クラスだが、教える側も学ぶ側も時間に縛られているのだそうで、月1でしかできないがと、ポルトガル語入門講座を始めたのが、結構続き、今日は8回目、動詞の「ter(持つ)」と取り上げたとのこと。

日本人向けのポルトガル語(ブラジル語とは少し違う)テキストがほとんどないので、娘、毎回のテーマに合わせて、自作である。


初心者用のテキストを作成するのは時間もかかり、難しいことをわたしは知っている。仕上がったテキストを何度か見せてもらったことがあるが、ひゃ~、これは大変だと思った。同時に、ひょっとして、初級1のテーマが終わったら、これ、出版できないものかとも思ったほど、うまい出来具合であった。って、身びいきか(笑)

自分の猫の画像を使ったりもしている。
とある歌をヒントに下のフラッシュカードも作ったんだけど、何の歌か分かる?と聞く。



ペン、りんご、パイナップル・・・待てよ・・・

♪I have a pe~n
 I have an apple
 Apple pe~n!
 I have a pen
 I have a pineapple
 Pineapple pen!I

と、種明かしを聞いて、え~~!PPAPじゃん、のわたしであった。
これ、ポルトガル語だと、

♪Tenho uma caneta (TenhoはすでにI haveの意味になる)
Tenho uma maçã
Mação Caneta!
Tenho uma caneta
Tenho uma ananás
Ananás Caneta!

歌のタイトルのPPAPもCAMC(セー・アー・エム・セー)となり、これで朝から大笑いしていたのだが、時節に叶った話題を学習に取り上げられるのも、時に応じた手作りができることである。これじゃ、生徒も乗るだろが、乗せすぎるなよ~と、思った次第。

個人の語学教室は大きな宣伝ができないので、地味に続けていくしかないのだが、いい授業をしていると、口コミで徐々に生徒が増えていくことにつながる。娘よ、がんばってください。

もうひとつ、こちらも、宣伝が行き届かないので、気長にのんびりと趣味の如く娘が運営しているのが、「ポルトガル雑貨オンラインショップ 東のポルト屋」。最近、徐々に購入されてきているようです。

興味あらば、おでかけしてみてください。年に2度ほど市川などで販売会をしています。
https://www.facebook.com/mikeyinPorto/(ポルトガル雑貨オンラインショップ 東のポルト屋)
↑フェイスブックサイトの方が雑貨がたくさん紹介されてあります。

http://www.higashinoportoya.com/ (東のポルト屋)

本日はモイケル娘の話と宣伝とに相成りました。

本日はこれにて。
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毎日が日本語英語ポルトガル語第8話:ひらがなことはじめ

2019-05-22 18:20:06 | 毎日が日本語英語ポルトガル語
2019年5月22日

 
ひらがなを初めて学ぶとき、「あいうえお」と始める人は多いのではないでしょうか。
「アリのあ」「イヌにい」と言うように。

わたしが子供達に取った方法は少し違います。
ローマ字でもそうなのですが、A,B,C,Dというのは、文字自体が意味を持ちません。
これでは、子供に求められたときに説明に困ります。わたしの場合は、このように、ひらがなの読みを始めました。
母音5文字から、まず始めました。

あお   いえ   うえ

「あいうえお」の5文字から簡単で、身近な言葉をつかい、こんな風に言葉カードを作りました。

このヒントは、もちろん、先の英語の初歩の教え方から得ました。「か行」に入ると、今度は「あか、かお、いか、えき、いけ、こい、あおい、あかい、」と段々言葉のカードも増えていきます。

実は同じ方法をわたしは今も、日本語教室で初めて日本語に触れ、ひらがなを学ぶ生徒さんに使います。

これは、ひらがなの読みと言葉を繰り返して覚えることになります。
あ行のカードが読めるようになったら、今度は、「あ」「い」「う」「え」「お」の大きめの単独カードを見せます。すると、「あおのあ!」「いえのい!」と言う答えが子どもから返ってきます。

始めは「カード遊びをしようかなぁ」と子供を誘い、最初は2枚の大きなカードを見せてゆっくり読みます。
次は、その2枚のカードをテーブルの上に置き、カルタとりです。次は、もう一枚増やして3枚のカードとりになります。

新しく作ったカードをこれに加えて行きますから、最後はかなりたくさんのカードを並べてのゲームです。
子供からすると、あくまでも、遊びの感覚です。わたしは初期の頃は、子供が飽きる前に切り上げることに気をつけました。

4歳からですと、小学校にあがるまでに、時間はたっぷりあります。ゆっくりと、苦労せず楽しみながら、しかも確実に身につくようにするには、「飽きる前に切り上げる」、これがよかったのではないかと思っています。

「もっとしたい!」
「そうね。でも、お仕事があるから、もうお終い」
こういうことが何度もありました。

子供が幼稚園に行っている間のひらがな言葉のカード作りは、当時、時間を持て余し気味だったわたしにとって楽しみでした。

帰って来ると手を洗わせ昼食を済ませ、少し休憩してから、カード読み遊び。これが土日を除いては毎日繰り返されました。

こうして英語と日本語の言葉覚えが同時進行して行きました。

次回に続きます。
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ポルトのダウンタウン:「サンタカタリナ通り」(1)

2019-05-12 10:44:28 | ペット
2019年5月12日

ダウンタウンをポルトガル語では俗にBaixa(=バイシャ。下の意味)と言います。 そのダウンタウンの目抜き通りが歩行者天国のサンタ・カタリナ通りです。

クリスマスの時期には、人でごった返し、通りは身動きができないほどのにぎやかさでしたが、郊外の大手ショッピングセンターの数軒もの出現で、往年の賑やかさはなくなっていました。

が、ポルトは2014年に、ヨーロッパで一番訪れてみたい都市に選ばれるなどして、ここ数年、観光客がうなぎのぼりに増え、サンタ・カタリナ通りは再び賑わっています。

ブティックが軒を並べている中、古い歴史を持つハイライトも幾つかあります。そのひとつが、Capela das Almas(カペラ・ダス・アルマス。Capela=礼拝堂 almas=魂、精神)です。



18世紀初期に建てられた小さな礼拝堂ですが、外部を覆うAzulejo(=アズレージュ。青タイル絵)が完成したのは20世紀に入った1929年。総数15947枚のアズレージュが語るは、サンタ(聖女)・カタリナとアッシジのサン・フランシスコの生涯です。
 


さて、聖女カタリナとは?と、わたしはこういうことにすぐ興味をそそられるのです。カトリック信者が多い国には、聖人聖女がたくさんおり、これらの名前と伝説を整理して覚えるのは生半可なことではありませんが、それを知らずしてこのアズレージュを見てなんとしよう!というので、以下。

★サンタ・カタリナとは?

聖人、聖女の名はあまたあり、国によっては同じ聖人聖女なので呼び方が違ったりします。わたしはカトリック信者ではありませんが、現代に残る気になる名前の由来をたずねるのが好きで、よく調べます。

「カタリナ」はポルトガル人の女性名にもよく使われのですが、サンタ(聖)・カタリナはどうも二人いるようです。

そのひとりは、アレキサンドリアの聖女カタリナ、もうひとりがイタリア、トスカーナ地方、シエナの聖女カタリナです。二人の物語は一部似通ったところもあり、混乱を招くようです。

アレキサンドリアのカタリナは4世紀に名家に生まれ、高い教育を受けました。才女と美貌の誉れ高く、皇帝からの改宗命令を拒み投獄されます。車輪に手足をくくりつけられて転がされるという拷問が命じられますが、カタリナが車輪に手を触れると車輪はひとりでに壊れてしまったがため、斬首、19歳で殉教しています。サンタ・カタリナのシンボルは、壊れた車輪、足元の王冠、剣、本、異教の哲学者と論争する女性、などなど。

もう一人、シエナのカタリナは14世紀の人で幼児期から幻視体験を持つといわれ、長じてドミニク修道女となります。興味のある方は検索してみてください。

で、件のアズレージュ絵はシンボルから、アレキサンドリアのサンタ・カタリナであると判断します。

シンボルの剣と本をもっている。  

下は異教の哲学者との論争場面と推察。
 

聖女サンタ・カタリナ伝説は、場所がアレキサンドリアということ、才女と美貌の誉れが高い、ということ、惨殺されたという点から、わたしは、4世紀のアレキサンドリアの数学者、天動説に疑問をいだいた天文学者であり、新プラトン主義哲学者でもあった女性「ヒュパティア(Hypatia)」を思いおこします。

分裂していた東西ローマ帝国を統一して治めたただ一人のローマ帝国皇帝テオドシウス1世はキリスト教徒でした。哲学学校の校長であり、学術的、科学的な哲学を持つヒュパティアはキリスト教徒からすると、異端とみられていました。皇帝の異端迫害方針により、エジプトの非キリスト教宗教施設や神殿、有名なアレキサンドリア図書館と共にヒュパティアの学校も破壊され、彼女は修道士たちに惨殺されます。これにより、多くの学者たちがアレキサンドリアを後にします。学問が繁栄したアレキサンドリア凋落の引き金になったのです。

ヒュパティアについては、2009年カンヌ映画祭で受賞した「Agora」(芳名:アレキサンドリア)があります。タイトル「Agora」についても、知ってみるとなかなか面白い。 「アゴーラ」と読み、語源はギリシャ語。古代ギリシャの政治的人民集会や、その広場の意味になりますが、スペイン語では「予言する」の動詞、さらにポルトガル語の「agora」は「今、現在」の意味です。なんとも意味深な映画のタイトルではありませんか。 

中世期にヨーロッパを制覇したキリスト教ですが、実は異端教(キリスト教以外の全ての宗教)から拝借していることも多いのです。最たるものは「イースター(復活祭)」です。イースターは元来は古代ヨーロッパ人の女神Osteraを崇め、春の到来を祝った祭りだといわれます。


それを考えると、アレキサンドリアのサンタ・カタリナの伝説はひょっとして異教徒であり哲学者であったヒュパティアをモデルにしたのではないかと、思ったりするのですが、果たしていかに。

下記は「Agora」予告編です。




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毎日が日本語英語ポルトガル語:第7話「刺激がないのはいいことだ(2)

2019-05-08 10:11:12 | 毎日が日本語英語ポルトガル語
2019年5月8日


子供達がポルトガルで学校教育を受けていた頃は、「日本の教育は優れている」というのがわたしの頭にありました。しかし、その後、様々の教育問題のニュースを目にして行くにつけ、その見解は変えざるを得なくなります。

ポルトガルでは、学校は学科を学習する場であり、もちろん悪い態度などはその場で注意されるでしょうが、原則的に一般的なしつけは家庭のすることである、という前提があるように思います。子供達が授業を終えて校舎を出た途端、学校はなんの責任も負いません。

ですから、小学生(1年生から4年生と言う)の場合は親、或いは祖父母が徒歩、車で送り迎えするのが当たり前で、小学生がたった一人で歩いて登下校するのを目にすることはほとんどありません。

学校内に於いて、もっと配慮があると思われた日本の教育を受けてきたわたしが、子供達をBritishSchoolに入れた理由には、家庭では勿論しつけをするけれども、自分の目の行き届かないところで他人から受ける教育は少年期には大切だと思われたことにあります。英国の私立校は昔から厳しいdisciplineで知られています。「鉄は熱いうちに打て」ですw

わたしたちが日本の中学高校で学ぶ英単語には、日常生活用語や英国やアメリカの子供たちなら誰でも知っている単語が余り含まれていないことに気づき、英語を学ぶのが嫌いでなかったわたしは、子供達のノートやカードを作ることが大いに勉強になりました。

単に単語を覚えるだけでは、コミュニケーションはできません。わたしが毎日したもうひとつのことは、ベッドタイムの本の読み聞かせです。ポルトでも英語の本、特に子供向けの本はほとんど手に入りませんでした。しかし、ここがわたしの運のいいところだったのでしょう。ごらんください、この写真。



これらの本は息子が4歳の時に帰国していた頃、大阪梅田にある大きな書店「旭屋」の店頭で投げ売りになっていたのを、偶然にも見かけたものです。

洋書がたったの100円でした!迷うことなく30冊近くの全てを買い込みましたw 買った時には知らなくて、数年後に気づかされるたですが、買い手もなく店頭に転がっていたこれらの本は、実は児童向けの有名な本だったのです。

本の中でも子供達が喜んだのは、「Dr.Seuss」のシリーズ」でした。
「I am Sam」で始まる「Green Eggs and Ham」「Fox, Socks ,Box、Knox」で始まる「Fox in Socks」
言葉の語呂合わせがよくて、何度も同じ言葉が繰り返し出てきて、しかも絵が面白い。これを毎晩ベッドタイムストーリーとして何度も何度も読んだのでした。

海外で生まれた子供には、日本語の昔話はどうもうまく運びません。
  
むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯にいきました。
すると、川上からおおきな桃がどんぶりこどんぶりこと流れて来ました。

と、すかさず子供から、
「芝刈りってなぁに?どんぶりこってなぁに?鬼ってなぁに?」

鬼ってわたしの好きな泣いた赤鬼だってあるんだから、デビルじゃないしなぁ。どんぶりこって擬態語だよね・・およそ日本語ほど擬態語が多い言語はないんじゃないのん・・・えぇ~っとね・・・

おいおい、これじゃ、話が途切れてしまって続かないよ。と。こんな具合になってしまうのでした。

日本にいたら子供もわたしもあんな事ができる、こんな事ができる、と時々思いながらも、欲を言っても仕方がありません。毎日、上に述べたようなことを繰り返していたのですが、子育てが一段落ついたところで、ふと気づいたことがあります。

あんなこともこんなこともできなかった。テレビも面白くなかったし、今のようにショッピングセンターもなかったし、面白そうなカフェやレストランもなかった。子どもたちにしてみたら、テレビゲームもコンビニも、カッチョ良い文具品もなかった。

自己啓発、自己活性化のためにと、世間一般に言われる「刺激のある」生活はほぼできなかった。しかし、なんと落ち着いた規則的な毎日であったろう。

子供たちの精神が安定しており、ゆっくり時間をかけて学ぶことができたのは、きっとこの「刺激のない生活」ゆえだったのではなかったかと。

次回は、わが子の日本語学習取り組みに入って参ります^^
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若者たちの熱気溢れるポルトの学生祭典

2019-05-07 19:24:03 | ポルトガルよもやま話
2019年5月7日


毎年五月の第一週目、真夜中開始のセレナーデコンサートを皮切りに一週間を通じて催される「ケイマ・ダス・フィタス(リボンを焼く祭)」は学生たちの卒業儀式とも言われる大祭典だ。



最終学年生はもちろん、全ての大学生が参加する。厳かな日本の卒業式とは違い、多くのプログラムが組まれて大学生活を目一杯に楽しもうと言う学生中心のイヴェントである。1944年から始まったポルト大学の祭典だが近年は市内の私立大学、近郊の大学なども加わり、この一週間でポルトは35万人もの学生色に染まる。


中でも「コルテージュ」と呼ばれるパレードは多くの見物人も押しよせるハイライトである。

ハッとを杖で叩いてもらい祝福を受ける

パレードでは色とりどりのリボンがたなびく。黄色は医学部、水色は理学部、赤は法学部と、各学部によって色が定められており最終学年生は黒スーツ、フロックコートを身にまとい、リボンと同色のトップハットとステッキで行進する。


後方には衣装に面白い工夫を凝らした在学生が続く。パレードの順番もトップが医学部、理学部と決まっているがこれは学部が設置された順である。


クリスタル宮殿公園の裏道から出発し、飲んで歌って踊りながらゆっくりとクレリゴス塔通りを抜け市庁舎前まで行って市長から祝福を受ける。午後3時に始まってパレードが終わるのは夜だ。

卒業儀式でもある祭典だが、実は学生の卒業試験はこの後に控えていると言うから、楽しさを先取りする大学生の底抜けな明るさがなんとも愉快ではないか。


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