熱き専門学校理事長の仕事

「日本一学生を幸せに出来る専門学校を創る」という夢に向かって奮闘する経営者のひとり言

ディケンズ『デイヴィット・コパフィールド』

2007年12月25日 08時13分35秒 | お知らせ・お奨め
昨日、読み終えた本。

ディケンズ『デイヴィット・コパフィールド』。

文豪ディケンズの代表作の一つである。

小生、今までディケンズとは縁遠かった。

しかし、『大いなる遺産』を読んで感動し、この本を手に取った。

、、、

いつものように具体的なストーリーは書かないが、これはディケンズの自伝的

要素が含まれている物語である。(自伝ではない)

多彩な登場人物と、刻苦奮闘する主人公の姿が小生にはとてもいい。

解説を読むと、人間性の秘密解剖、哲学、人間論の代用物としての現代心理小説

とは異なっていると書かれているが、小生は難しいことは抜きにして、

読み物として楽しめたし(面白いのだ)、
また今の自分について考えさせられることが多かった。

小説は、他人の人生が疑似体験出来ることが小生にとっては最大の魅力。
物事を多面的に、深く洞察する上でも欠かせないものと思っている。

、、、

「解説」に主人公ディヴィットの黄金律として以下の言葉が紹介されていた。
(この点、まったく同感。そして小生が特に気に入った文)

「最近の不幸に対する私の考え方は、根本的に変わった。私のしなければならない
ことは、樵夫(きこり)のあの大斧を手に、苦難という森を切り開いていく。
そして、一本々々樹を伐り倒して、最後はドーラを手に入れるのだ。」
(ドーラは主人公デイヴィットが妻にする女性)

「世間的には、私はたいへん幸運だった。私以上に働いて、しかも、私の半分も
成功できなかった人間が、世間にはいくらもいるのにだ。……私の言う意味は、
ただこれだけだ。すなわち、私は何をするにも、すべて全身全霊をこめてやって
きた。事の大小にかかわらず、私はつねに徹底的に真剣だった。」

うーん、、、。

文学としての深みや評価はわからない。

でもこの二つの言葉は、今でも我々に対してとても示唆的な言葉だと思った。

真理は難しいところにあるのではなく、いつもシンプルじゃないだろうか。

読み継がれるものにはやっぱり理由があるなぁと最近特に思います。

『ディヴィット・コパフィールド』、お奨めです


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