森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月17日

2007年12月17日 | あるシナリオライターの日常

 午前7時、起床。
 望月女史氏にメール。

 午前10時30分、出社。
 先輩が風邪で欠勤。

 望月女史から返信。打ち合わせの予定日時について。
 新企画が動き出すかどうかは、女史との打ち合わせにかかっている。

 正午過ぎ、3回目の追加発注。
 いいペースだ。

 午後3時30分、ヨドバシカメラへ。電気あんかを購入。
 ──ハズレ。
 かかとをつければ指先が冷え、指先をつければかかとが冷える。
 一緒に出かけたグラフィッカーY氏は電気ストーブを購入しアタリを引いていた。

 午後6時、社長出勤。

 午後7時20分、退社。
 午後8時、帰宅。

 『プロジェクトX』を観つつ食事。
 家族に支えられ、仕事をやり遂げた男の物語。師の言葉が身に染みる。
 時間は夢を裏切らない。

 午前0時、就寝。

第四話 「青年と少女が宇宙の旅に出る話」 3

2007年12月17日 | 僕達の惑星へようこそ

 AM.6:07

 カナはベッドの上で目を覚ました。
 辺りは暗く、カーテンのかかっていない窓から見える空に太陽の姿はない。空は淡いすみれ色を呈しており、夜明けが近いことを告げている。
 カナはパリッとした堅いシーツの上で体を動かし、ここが何処かを探ろうとした。
 自分の体温のこもった蒲団をどけて上体を動かそうとした時、右腕に鋭い痛みが走った。見ると何重にも包帯が巻かれている。カナは自分が病院にいることを思い出した。
 ……そうだ、自分は腕をリョウに切られて病院に担ぎ込まれたのだ。
 それからカナは、傷を縫う為に病院の中を運ばれていく気配を薄れてゆく意識の中で感じていたことを思い出した。
 確か医者は、隣にいた誰かに傷はそんなに深くないし出血も少ないから大丈夫だと言っていた。それから医者は応急処置が良かったのだろうと言った。
 最後にクミの声を聞いたような気がしたのだが……気のせいだろう。
 そう思ったカナは、自分の足下に突っ伏すようにしてクミが眠っているのを見て吃驚した。どうやらクミの言う通り、情報の伝達速度は上がっているらしい。今度、パソコンの使い方を教えてもらおう。
 カナはクミが穏やかな寝息をたてているので、起こさないように慎重にベッドから抜け出した。立ち上がった時に一瞬目眩いがしたが、何とか大丈夫だった。
 スリッパがなかったので、直接素足で堅い床の上に降りた。足の裏からしっとりとした冷たさが伝わってくる。カナの意識は次第に覚醒し、冴えていった。
 ピアノの高いキーを叩いたような不思議な静けさが病室を満たしていた。夜明け前の空気が白い病室を青く染めている。
 カナはクミの頬をそっと撫でた。クミは少し呻いて体を動かした。カナは微笑み、今度は頬に軽くキスをし……ふと、クミのスカートの裾が破れていることに気がついた。
 病室を出ると、薄暗い廊下が延々と続いていた。所々には、窓からの光が青白い筋を投げかけている。そんな中、目を引く赤いものがあった。それはカナの病室の前に置かれた長椅子に寝転んだミンクだった。
 ミンクは筋肉質な腕を投げ出していびきをかいていた。派手な服はくしゃくしゃになり、化粧の落ちかけたゴツゴツとした頬に無精髭が生え始めている。カナはそんなミンクを見て微笑み、ありがとうございます、と小さな声で言った。
 それからカナは何を思うでもなく歩き出した。

 病室と同様、廊下も静まり返っていた。
 と、パタパタという足音と共に、廊下の遠くの方を白い看護婦の姿が走り去るのが見えた。何処かの病室から呻くような声が聞こえ、病室内がにわかに騒がしくなる。そして、またパタパタという足音と共に看護婦達が駆けつけてきた。
 冷えきった病院の中で、そこだけパッと火がついたように慌ただしくなり、誰かが叫ぶ声が聞こえた。
 カナは少し離れた暗闇の中からそんな様子を見ていたが、また歩き出した。

 廊下で赤ん坊を連れた夫婦とすれ違った。二人は声をひそめて赤ん坊に話しかけていたが、カナに気づくと幸せでたまらないといった笑顔でお辞儀をしてきた。
 カナはぼんやりと赤ん坊を見つめていたが、慌てて微笑み、お辞儀を返した。
 二人は幸せそうにカナの隣を通り過ぎた。
 カナは親子を見送って、しばらく立っていた。
 ……あの赤ん坊が、幸せな人生を送れればいいのだけれど。

 しばらく歩くと、とてもとても静かな場所についた。その一帯には、今まで微かにしていた人の活動の気配というものがまったく感じられなかった。
 ある病室の前の廊下に、壁に背をつけて座る一人の男の姿があった。
 男は革のズボンに包まれた長い右脚を投げ出し、折り曲げた左脚の膝の上に腕を乗せ、じっと病室のドアを見つめていた。
 細かい皺の刻まれた精悍な顔の中で、濡れたようなエメラルド色の瞳が光っている。
 男は一瞬でも病室のドアから目を離すと何かが失われてしまうかのように顔を動かさなかったが、カナが近づくとチラリとカナの方に目を向けた。
「……何だ……君か……」
 流れるような発音でカウボーイは言った。眠っていない為か声に力はなく、疲れ果てた感じだ。カウボーイは微笑み、カナが無事で良かったと言った。
「この中には……あの女の人がいるんですか?」
 カナは病室のドアを見ながら言った。ドアには『面会謝絶』との札がかけられている。カナはパールが、カウボーイを庇ってリョウに切られた瞬間のことを思い出していた。
「あの人、助かるんですか?」
 カナはカウボーイの隣に立って尋ねた。
「難しいところだな……」
 沈んだ声でカウボーイは答えた。
「傷は深いし、出血も酷かった。だが、大丈夫だ」
「本当ですか?」
「……多分ね」
 カナはカウボーイの言葉が不謹慎だと思ったので気を悪くした。
「恋人なんでしょう? そんな言い方ってないですよ」
 カウボーイは不機嫌なカナの顔を見て少し微笑んだ。
「パールは……ああ、パールというのは彼女のことだが……僕の恋人じゃないよ。逆に僕のことを憎んでるくらいだ」
「……そんな……どうしてですか?」
 カナが尋ねると、カウボーイは寂しそうに言った。
「それはね、彼女が自殺しようとするのを止めるからだよ」
「自殺? どうして……」
 カウボーイは少し口籠ったが、ふっと息をつくと話し始めた。
 本当は、ずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。
「彼女は僕の友人の恋人でね。結婚の約束もしていた。彼は売り出し中の新人のカメラマンで、彼女はモデルだった。幸せそうだったよ。何処から見てもお似合いのカップルだった」
 カウボーイは何処か遠くを見るように病室のドアに目を向けた。
「だがある日、二人は事故に巻き込まれた。二人が歩道で立ち話をしている所に車が突っ込んできたんだ。彼は咄嗟にパールを突き飛ばしたが、自分は車を避けることができなかった。即死だった」
「悲しい……事故ですね」
「偶然の事故だよ。事故の理由は運転手の心臓発作によるものだった。そして運転手もまた死んだ。せめてもの救いは、パールが助かったことか……」
 カウボーイは少し皮肉っぽく続けた。
「しかし、彼女はそうは思わなかった……それから彼女は突発的に自殺を試みるようになった」
「どうしてですか?」
「さあ、どうしてだろうね。でも多分、彼女は優し過ぎるんだ。彼女は自分が生き残ってしまったことに負い目を感じている」
「……そんなこと……」
「僕だってそう思うよ。あいつがパールを突き飛ばしたのは彼女に生きて欲しかったからだ。しかし彼女は、どうしても自分に生きる価値があるのかわからないらしい。だから自殺を試みて自分に生きる価値があるのか試しているんだ。何度も、何度も……」
 カウボーイは自分の隣に座ったカナを見ながら言った。
「彼女にとって自殺行為は自分の価値を測る賭けのようなものだ。だから彼女は誰かがそばにいないと自殺を企てない。病院に運ばれるまでが、彼女の賭けの時間となるんだ」
「どういうことですか?」
 カウボーイは少し微笑んだ。花崗岩のような肌の向こうで、翠の瞳が優しく揺れる。
「彼女は死にたいんじゃない。本当は生きていたいんだ。生きていてもいいという証拠が欲しいんだ……君は、奇跡ってやつを信じるかい?」
 いきなりの質問に、カナは少し戸惑った。
「あんまり信じません……けど?」
 カウボーイは頷いて言った。
「僕も運命とか奇跡とかいう考え方は嫌いだ。だが十二回だよ?」
 カナは眉をひそめた。
「何が、ですか?」
「パールがこれまでに行った自殺未遂の回数さ。彼女は手加減というものを知らなさ過ぎる。本当に自分を生と死の境目に追い込んでしまう。一度は高速道路でドアを開けて車から飛び出そうとしたし、ある時は瓶一杯の睡眠薬を飲み干した。この前、浴室の扉に鍵をかけてから手首を切った時にはもうダメだと思ったよ。何せ骨まで見えてたんだから……」
 思わず想像してしまい、カナは気分が悪くなった。
 しかしカウボーイは続けた。それは何処か自分に言い聞かせているようだった。
「だが彼女は生き残った。生と死のギリギリの境界まで行って、それでも帰ってきた。僕は信じているんだ、彼女は生きる為にここにいるんだと。そして、彼女がいつかもう一度恋をすることができたら、本当に奇跡だって起こるだろうと」
 カナはじっとカウボーイを見つめた。
「パールさんのこと……本当に愛してるんですね」
 カウボーイは少し照れ臭そうに笑った。
「よしてくれ、僕はそんなに偉い人間じゃない。実業家というのは最も人を信用しない人種なんだから……ただ……」
「ただ?」
「誰かの為に生きるってのも悪くないかな? って最近思ってる……ハハ、年だなあ」
 カウボーイの笑顔は、まるで子供のように純粋だった。

「そうだ。この病院に着いてすぐに、君の友人から番号を聞いて君の家に電話をしたんだが、誰もいなかったんだ。もし出かけている先を知っているなら、早く連絡をとった方がいい」
 カウボーイの言葉に、カナは少し表情を固くした。
「家には……私の家には誰もいません」
 カウボーイはカナの顔を見て失礼なことを聞いたかと尋ねた。
「いいえ」
 カナは病室のドアを見た。それから独り言でも言うように話し始めた。
「私の父は七年前に亡くなりました。母はまだ元気ですが家にはいません。いつも若い男と一緒に遊び回っています。別に、悪い人じゃないんですけどね」
 カナは少し微笑んで言った。
「ただ……何て言うんでしょうね? いつも誰かと一緒にいないとダメな病気……誰かに尽くしていないとダメな病気……そんな感じの人なんです。いつも何処かのろくでもない男を見つけてきて、バカなくらいにのめり込んで。まあ、すぐに別れちゃうんですけどね。まるで恋をして自分が傷つけられるのを楽しんでいるみたい。きっと、ああいうのを『自虐的』って言うんでしょうね」
 カナは薄い寝間着の上から自分の体を抱き締めた。
「そのくせたまに帰ってきたら、私に女らしくしろとか勉強しろとか言うんですよ? 嫌になりますよね。そう思いません?」
 返事を期待していたわけではなかった。カナは床に視線を落とし、呟いた。
「私は母みたいにはなりません……バカな女なんかになるつもりはないですから」
「成程ねえ……」
 カウボーイが思わせぶりな口調で呟く。自分が笑われたような気がして、カナはキッとカウボーイを睨んだ。
「何か可笑しいですか?」
「いや……ね」
 カウボーイは少し微笑みを浮かべてカナを見た。
「君は自分の価値がわかっていないなと思ってね」
「私の……価値ですか?」
「そうだよ、君はかなりつまらないことに自分を縛られてしまっている。もっと自由に、我侭になるべきだ」
「……我侭だって言うんだったら毎日言われてます」
 言ってから、カナは少し黙り……試すような目でカウボーイを見た。
 そしてカナは、自分の『ビジネス』のことを話し始めた。カウボーイは黙って聞いていたが、話が終わるとクスクスと笑い出した。
「何が可笑しいんですか?」
 カナが強い口調で言う。
「いや、君の話がとても素晴らしかったのでね。君はいい実業家になれるよ。保証してもいい」
 カナはバカにされているようで面白くなかったが、不意に真剣な目で見つめられて言おうとしていた文句を飲み込んだ。
「君の恋愛に対する考え方は正しいと思う。普通我々は、経済は非人間的な行為であり恋愛は人間的……いや本能的な行為だと考えてしまう。だがそれは違う」
 カウボーイはゆっくりとした口調で言った。
「実際には経済とは非人間的な行為ではない。昔の学者が言っているが、経済は平等に二人の人間の欲望を満たすことができる唯一の仕組みだ。例えば、海辺に住む者が塩を作り、平原に住む者が穀物を作る。どちらも人間にとって必要な物だ。だが、常に両方が充分に手に入るとは限らない。だから両者がそれを交換することによって……海辺の者は穀物を得て、平原の者は塩を得ることによって、お互いの生活を成り立たせる。これが経済の基本理念だ。
 勿論、いざこざが起こって誰かが傷つくかもしれない。しかしそれでも、武力によって足りない物を手に入れようとするよりは遥かに犠牲は少ない。経済とは二人の者が生きる為、そしてお互いの安全と自由を守る為に、それぞれ少しずつの努力をすることなんだ。これは君の言う理想的な恋愛の形と同じだね」
 カウボーイの言葉に、カナは知らず知らずの内に頷いた。
「だが、これはあくまでも理想だ。世の中には、ただひたすらに自分の利益だけを追い求めることを経済だと思っている者が多い。自分の欲望を満たす道具だと思っているんだね。そしてこれは、恋愛にも当てはまる」
 カウボーイは少し笑って続けた。
「現に僕だってそうしてきた。例えばパールのことだって……僕は博愛精神から彼女を助けたわけじゃない」
「どういうことですか?」
 カウボーイは少し言いにくそうに言った。
「最初はね。僕もパールのことは嫌いだったんだ。何しろあいつは恋敵だったからね」
「??? 恋敵?」
 カナは目を丸くした。
「実はね、相手の男の方を僕が好きだったんだよ。まあ肉体関係はなかったが……この国はバイセクシャルというのものを一方的に否定するから困るね」
 少し戯けて言い、カウボーイがペロリと舌を出す。カナはどう反応していいのかわからず、ただ黙っているしかなかった。
「最初は思ったよ。どうしてあいつが助けた命を粗末にするんだ? それなら最初から、お前が死んでいれば良かったんだってね。あいつは本当に才能ある男だったのに……」
 カナが何も言えずにいるのを気にすることもなく、カウボーイは話し続けた。
「恋愛というものには、とてもエゴイスティックな感情がつきまとう。それは経済より遥かに複雑でねじれているので、簡単には理解できないことが多い。例えば、誰かに傷つけられているように見えても実は本人がそれを求めていたり、逆に愛している相手を支配して傷つけることしかできなかったりする者もいる。思うんだが、君のお母さんもそんな人なんじゃないかな?」
「そんな……」
「君の父親は、どうして亡くなったんだい?」
 その質問を受けた途端、カナは勢いよく喋り始めた。そこには、少し自慢するような響きがあった。
「私の父は私の家に養子に来て、祖父の始めた会社で働いていました。ある時会社が潰れかけて、それで父は必死に努力して。会社は持ち直したんですけど、父は無理が祟って体を悪くしてしまいました。そしてそのまま……」
 そこでカナは少し口を噤んだ。
「……母は死んだ父の遺骸の前で泣いていました。私が悪かった、って……でも」
「夫が死んだのは自分の家の会社のせいだ。そう思ったのかもね」
「そんなこと……」
「だが、それも可能性の一つだ。君のお母さんは夫が死んだのは自分の会社……いや自分の家が無理をさせたせいだと思った。だから今度は自分自身を誰かの為に傷つけさせることを選んだ」
「どうしてそんなことわかるんです? 違うかもしれないじゃないですか」
「そうだね、違うかもしれない」
 カウボーイはじっとカナの目を覗き込んだ。
「私に本当のことはわからない。私はただの部外者だ。だがそれは君も同じだ。君は君の母親とは別の人間だ。だから本当のことなんかわからない」
「でも」
 カウボーイは目を伏せたカナの肩を軽く叩いた。
「憎むのなら話を聞いてからにしたまえ。外見だけで物事を判断するのは実業家として最も恥ずべき行為だ。それに、君の母親が本当に男好きなだけだったとしても、それはそれでかまわないと僕は思うね。未亡人になったんだ、死んだ人間に遠慮して人生を楽しまないのは経済的じゃない。例え、君が死んだ父親をどんなに愛していたとしてもだ」
 カナは少しムッとして言った。
「私、そんなありふれた人間じゃないです!」
「どうだか?」
 カウボーイは病室のドアを見つめた。
「そう言えば、あのリョウとかいう男も……」
「何ですか?」
「……いや、困った男だと思ってね」
 カウボーイは笑った。カナは何が何だかわからなかった。

「君はもっと恋をした方がいい」
 もう行こうとして立ち上がったカナは、やぶから棒なカウボーイの台詞に戸惑い、足を止めた。
「君は、パールと僕の関係の中で、僕が損をしていると思うだろ?」
「……そうですね」
「最初は僕もそう思ってた。君の言葉を借りれば、自分は経済的に考えて損をしているってね。だけどそれは違うんだ。実際には、僕はパールから多くのものを貰っている。とても多くのものをね……貰い過ぎじゃないかってくらいだ」
「本当ですか?」
「本当さ。彼女に会うまで、僕は本当にエゴイスティックなことを考える男だった。自分がどうすれば有利になるかばかり考えていた。自分がどうすれば愛されるのかばかり考えていたと言ってもいい。……だがね、最近わかったんだ。本当に経済で儲けたかったら、まず自分から相手に何かを与えた方がいいってね」
「……本当ですか?」
 二度目の強い問いかけに、カウボーイは真剣な眼差しで応えた。
「嘘は言わない。まずどんな相手でも愛すること、そうすれば相手は君が思ってもいなかったものを与えてくれるだろう。そしてそれは、表面的で薄っぺらな繋がりなんかじゃなく、確かな絆となって君を支えてくれる。中には思い上がって調子に乗る奴もいるだろうが、そんな奴は切り捨てればいい。この方法は、そんな人間を短期間で的確に見分けることができる方法でもある。君がまず愛することで、相手は君のことを愛してもいいと思うんだ。大人の社会でも『関係』というのは結局はそんなものだ、みんな怖がってる。だからこそ、まずは愛してあげることだ。そうすれば君は、もっと多くのものを得ることができる。もっとも、それは金銭的な基準で測れるものではないかもしれないがね」
 カウボーイは胸の中央の辺りを叩き、少し充血した目でウインクをした。
「……そうですね」
 カナは微笑んだ。
「ああ、そうだ」
 カウボーイも微笑んで言った。
「もし君の都合が良ければ、僕の会社に来ないか? 別に社員になれとは言わないが、君に世界を見せてあげられるよ」
 カナは丁重に断り、礼を言って頭を下げた。こんなことをしたのは久し振りだ。それに大人の男性に正直に礼を言えたのも。
 カウボーイはにっこり笑って……あくびをした。相当眠いらしい。
 カナは笑い、コーヒーでも買ってくると言って歩き出した。

 カウボーイはカナの後ろ姿を見送り、また病室のドアを見つめた。
「……早く戻ってこいよ、真珠。ここはまだまだ楽しい所だぜ?」