森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月14日

2007年12月14日 | あるシナリオライターの日常

 午前1時、再起動。
 午前4時、再就寝。

 午前9時、起床。
 師から弟子全員に向けてメール。

 およそ一ヶ月ぶりに【アスガルド】をプレイ。
 バージョンアップで攻撃力が3倍近く上がっている。さすがベータテスト。

 河出書房新社『使ってはいけない日本語』を読む。
 納得し、感心し、時に爆笑。
 「類は友を呼ぶ」を「友は類を呼ぶ」とは度が過ぎる誤りだ。
 つい最近、友人が友を類にするという表現で笑わせてくれたが、無論彼は「類は友を呼ぶ」の意味を正しく理解していた。

 午後5時30分から午後10時までテレビの前に居座る。

 午後10時30分、就寝。

第三話「カカシとセルロイドの美女とライオンがメリーゴーラウンドの中で踊る話」 7

2007年12月14日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.11:50

「良かった、やっと救急車が来たよ」
 僕は車のフロントガラス越しにスケアクロウのあるビルを眺めた。救急車は合計三台来ており、内一台はコンビニの前に止まっている。
「助かるといいな。カナちゃんも、パールさんも……リョウも」
 僕はハンドルに顎を乗せながら呟いた。何だかひどく疲れていたが、奇妙な達成感のようなものが全身を包んでいる。妙な話だ、まだすべてが解決したわけでもない、カナにも失礼だと思う。だが僕は、ともかく全力を尽くして自分にできることをやり遂げたのだ。それが何なのかと尋ねられると、はっきりと答える自信はないが……。
「ところで、さっきリョウに何て言ったんだ?」
 僕は隣のドロシーに尋ねた。
 彼女と僕は近くの路上に止めてあったリョウのマスタングに乗っていた。ドアは勿論ロックされていたのだが、いつの間にリョウから奪ったのか、ドロシーが持っていたキーで開けてしまったのだ。結局、彼女がさっさと乗り込んでしまったので、僕も同席せざるを得なくなってしまった。
「良かったね、って言ったのよ。探していたものが見つかって良かったね……ってね」
「……? どういうこと?」
 しかしドロシーは笑って答えなかった。
「それよりもドライブに行きましょうよ」
「ドライブ?」
「そう、夜明けの海までね……車は運転できるでしょ?」
 ドロシーは座席で伸びをした。

 AM.1:48

 僕らのいる町から東に山を一つ越えると海につく。綺麗な砂浜を抱える小さな町で、夏には多くの海水浴客で賑わう所だ。しかし今の時季に来る者などいるはずもなく、真夜中ということもあって、ただ黒い海が広がっているだけだった。
「……暗いね。まるで大きな黒い壁みたいだ」
 僕は海岸沿いの道路脇に停車すると、ドアにもたれながら呟いた。
「そのうち明るくなるわよ」
 ドロシーは車を降り、海岸へ続く階段を降りていった。
 僕が後に続くと、階段の下には一本の小さな街灯が立っていて、その近くには様々な物が置いてあった。どうやら粗大ゴミが不法に捨ててあるらしい。
 その中に、大きな白いソファーがあった。
「ああ、これはいいわね」
 ドロシーはソファーを引っぱり出すと、叩いて砂を払い始めた。近くで見ると、それはまだ新品と言ってもいい物だった。
「それをどうするの?」
 尋ねると、ドロシーはソファーを運ぶのを手伝うように言った。
「これに座って待つのよ。まだ時間はあるしね」

「……海を眺めていると、昔のことを思い出すよ」
 ソファーに腰かけて黒い海を眺めながら、僕は独り言のように呟いた。
 隣ではドロシーが、僕にもたれるようにして座っている。
「さっき……リョウとやり合った時に頭を打ったせいかな? 妙なことを思い出したよ」
「何?」
「昔のこと。本当に小さかった頃の話だ」
「……聞きたいな」
 ドロシーが小さな声で言う。
 僕はドロシーの肩を抱き寄せ、視線を海から空に移して話し始めた。
「昔、両親が僕を連れて遊園地に行ったことがあったんだ。僕の両親は仲が悪くてね、いつも喧嘩ばかりしていた。本当は二人とも、全然悪い人なんかじゃないんだ。一人で腹を立てたりする人じゃないんだ。いつも機嫌が良くて僕に優しかったよ……一人ならね。
 僕は未だにあの人達が、どうして喧嘩していたのかわからない。別にどちらかが浮気していたわけでもなかったし……共稼ぎだったから経済的なことでもないと思う。ただ、あの人達は顔を合わせると必ず喧嘩した。何気ない一言でもすぐに腹を立てて喧嘩を始めるんだ。まるで二人とも、相手の言葉が違う意味に聞こえているみたいだったよ。
 最近思うんだ、あの二人は、同じように聞こえる『違う言語』を使っていたんじゃないかってね。二人とも違う惑星からこの星に来た宇宙人で、使う言語は似ているんだけど微妙に意味が違う……実際そんな感じだったよ」
「それならどうして結婚したのかな?」
「さあね、それもわからないよ。多分、出会った時はそんなに言葉がずれてなかったんじゃないかな?」
 僕は話を続けた。
「とにかく、ある日僕達は遊園地に行くことになったんだ……」

 PM.1:48

 遊園地は曇りだった。
 まだ昼間なのに辺りは暗く、青い雲が空を被い、日の光はその隙間に白く見えるだけだった。でも僕は上機嫌だった。今日は珍しく家族揃っての外出だし、両親の機嫌もいい。二人で一緒に話をして笑ってなんかいる。
「やっぱり、こういうのが家族ってものだよね」
 僕はテレビのホームドラマを思い浮かべながら呟いた。僕は昔から『型通り』が好きだった。少なくとも型にはまらずバラバラになるよりはいい。
 とにかく、僕は上機嫌だった。ピエロに赤い風船も貰ったし。
「ママ。僕、あれに乗りたいな」
 僕の指差した先には大きなメリーゴーラウンドがあり、青い雲の下で回転していた。
 僕は沢山ある木馬や馬車の中から、白い木馬を選んで乗った。空色の角の生えた綺麗なやつだ。最初から目をつけていたのだ。
「パパ、ママ! 見える!?」
 僕は木馬の上で両親に手を振った。両親は僕を見て笑いながら手を振り返してくれた。僕は嬉しくなって勢いよく体を前後に振ると、まっすぐに木馬の進む方向を見つめた。
 音楽が鳴り響き、メリーゴーラウンドは動き始めた。微かな地響きと機械の軋む音がし、木馬は上下に動きながら進み始めた。
 僕は両親に手を振り続けた。両親の姿が中央の柱に消えるまで手を降り続け、消えてから前に向き直った。
 メリーゴーラウンドは回転した。
 一周目、僕が元の位置に戻った時、両親は僕に手を振ってくれた。
 二周目、両親は何か話していたが、僕に気づいて手を振った。
 三周目、両親は僕を見ることもなく言い争っていた。僕は声をかけることもできず、ただそれを眺めていた。
 両親の姿が柱の影に消える時、彼等が大きな身ぶりで言い争っているのが見えた。

 AM.1:59

「嫌だって思ったよ。今日は親の喧嘩している所は見なくていいと思ったのに、ってね。勿論、そんなにはっきりと思ったわけじゃない。それに近いことさ……何せ小さかったからね」
 僕は少し話すのをやめた。ドロシーは何も言わず、ただ静かに待ってくれている。
 まだ冬には程遠いが、流石に夜中の海岸は寒い。しかしドロシーと触れあっている所はとても暖かかった。
 僕は話を再開した。
「……どうしようか考えたよ。でも、どうしようもないだろ? メリーゴーラウンドは回転しているんだ。嫌でも元の位置に戻ってしまう……親のいる所にね。どうしてなんだろう? って思ったよ。今日は何もかもうまくいきそうだって思ったのに……完璧な『家族』みたいだったのにって……ゴメン、これは今つけ加えたね。でき過ぎてる」

 親は喧嘩した後、必ず僕に離婚したらどちらについて行くか尋ねた。そんなこと答えられるわけがない。僕は両親のどちらも好きだった。でも両親は、お互いを憎んでいた……いや、お互いを理解しようとしていなかった。
 僕は今でも疑問に思う。人間は本当に、お互いを理解し合えるのだろうか? 他人を信じたり、愛したりできるのだろうか?
 僕の両親の間に『愛』というものはあったのだろうか? 今は別々の星に住んでいる、言葉も通じない二人が、かつて一度でも同じ星に住んだことがあったのだろうか?
 僕は未だにこの問題に答えを出していない。ただ、僕に言えるとしたら、誰かと誰かが会話して、愛し合って、お互いを理解し合えるとしたら、それはとても凄いことなんじゃないかってことだ。
 多分、本当の奇跡ってやつは、そういうものなんじゃないかと思う。

「僕がどうあがいてもメリーゴーラウンドは動くのをやめなかった。そこから逃げ出せれば良かったんだけど、僕は木馬の上から動けなかった。きっと物凄く混乱してたんだろうね……メリーゴーラウンドを止める代わりに、自分の時間を止めてしまうほどに」
「……自分の時間?」
 僕にもたれていたドロシーが、顔を上げて僕を見つめた。
「後から聞いた話だけどね。僕は木馬から落ちて、そこで倒れたまま動かなくなったそうなんだ。意識を失ったとか、息をしていないとかじゃなくて……ただ精神を一時停止させたみたいだって医者が言ったって」
「元には戻ったの?」
「勿論さ、だから僕がここにいるんじゃないか。でも、それから一週間もその状態が続いたそうだよ。目を覚ました時には、両親はもう離婚してた……まあ、嫌な所を見ずにすんで良かったのかな」
 僕は小さく息を吐いて言った。
「もっとも、僕が時を止めている間に両親が仲良くなってくれていたなら、それが一番良かったんだけどね」
 僕は両手に顔を埋めて言った。
「……臆病なんだろうな、僕は。傷つくのを怖がってる……誰かを傷つけるのも怖がってる。僕は他人のことを理解できないし、誰かのすべてを許すことができない……自分勝手でエゴイストだ。僕は、愛し合うっていうのは誰かと痛みを共有することだと思う。わかり合えなくて誰かが僕を傷つけて……僕も理解できずに傷つける。それでも、それを許し合うのが愛だと思う。でも僕は、それに耐えられそうにない」
「……大丈夫だよ。そのうちできるようになる」
 ドロシーが囁いた。
「それから、アタシは愛っていうのは喜びを共有することだと思うな」
「…………そうかもね」
 僕はドロシーを見つめた。暗闇の中で、彼女の瞳が星のように煌めいていた。
「何ごとも経験だよ。最初は誰だってできないものよ」

 AM.2:13

 ごく自然に、僕達の唇が触れ合った。
 まるで僕らの間に引力が働いたように、僕らの体は互いを引き寄せ合った。
 ……もしかしたら、本当に力があるのかもしれない。ニュートンだってアインシュタインだって解明できないかもしれないが……確かに何かの力だ。
 この世界の法則は、僕らに生きろと言っているのかもしれない。

 僕が偉そうに言うことではないかもしれないが、人と人が愛し合う上で最も大切なことは、相手に何かを与えようとすることだと思う。そして、自分がどれだけ相手のことを大切に思っているか、どれだけ必要としているか……それを伝えることが必要不可欠なんじゃないかと思う。
 そうすれば、相手も自分に何かを与えてくれるだろう。
 ……もっとも僕の場合、貰い過ぎたような気もするが。

 AM.6:17

 白い輝きが闇を切り裂いた。
 闇の隙間から射し込まれた光は世界を空と海と大地に分け、空に暗い雲の波を、海に輝く光の波を浮かび上がらせた。
 闇は瞬く間に千々に砕け散り、世界は光を受け入れた。
「……朝だね」
 僕は呟いた。体全体が微かな疲労感に包まれている。耳鳴りがして、意識が自分の体よりも少し上の方にあるようだ。素肌に直接当たる朝日が心地よい。
「そうね、綺麗」
 僕の上に覆い被さるようにして座っていたドロシーは、僕の額の髪をかき上げて僕の目を覗き込み、意地悪く微笑んだ。
「悪くなかったわ……少し経験不足だけどね」
 ……この女は本当に最後まで余計なことを言う。僕は不機嫌な顔を作りたかったが、自然と笑みがこぼれていた。
「わかった……努力するよ」
 何だってこんなことを言ってるんだか……まあいい。
 僕が起き上がると、ドロシーは服を身に纏い始めていた。
 僕には何故かわかっていた。
 ……もう、会えないってことが。

 僕が服を着て立ち上がると、すぐ近くから波の音が聞こえた。いつの間にか、波打ち際がすぐそこまで迫ってきている。満ち潮なのだろうか? 砂浜の上に薄く広がった水面は朝日を反射し、硝子でできた平野のようだ。
 ドロシーは赤いサンダルを脱いで肩にかけ、足を波に浸していた。大地が呼吸しているような、そんなリズムで打ち寄せた波は、ドロシーの足にじゃれ合った後、素っ気なく退いていく。
「水はもう冷たいね。でも気持ちいいよ」
 振り返ったドロシーの顔の向こうに、白く輝く太陽が見えた。初めて会った時には月が輝いていた……たった二日前の出来事なのに、もう何年も彼女と共に生きた気がする。
「……ほんとだ、もう冷たいね」
 僕は素足で砂浜に降り、波に足を浸した。
 見ていただけではわからなかったが、水は本当に冷たく、浸した足が冷たく堅い物で締めつけられている感じがした。足の裏で薄く積み重なった砂が崩れ、砂の粒が指の間に入り込んでくる。少しすると、徐々に冷たさにも慣れてきた。
 僕は足の裏の感触を確かめながらドロシーの方に歩き始めた。
 僕が隣に立つと、彼女は顔にまとわりつく髪を気にすることもなく僕を見つめた。
「もう行かなきゃ」
 ドロシーが言った。
「うん」
 僕は呟いた。
「もう会えないかもね」
 ドロシーが言った。
「…………」
 僕は答えなかった。
 僕達は自然と太陽を見つめた。
「でも……でも僕は、必ず君の所に行くよ。いつか必ずね」
「……うん」
 朝日を見つめたままドロシーが呟いた。

 僕はその場で体の向きを変えると砂浜を戻った。
「……じゃあね。また、何処かで……」
 僕がソファーの所まで行った時、後ろでドロシーの声がした。
 僕は振り返らずに歩き続けた。

 AM.6:28

 砂浜から続く階段を素足で登り、道路脇に止めておいたマスタングの所まで来た時、僕はそこに一人の男がいることに気がついた。
 男は車のすぐ横のガードレールにもたれかかって座り込んでいた。高級そうな灰色のスーツを着込み、同じ灰色のコートに身を包んでいたが、コートはあちこち破れて汚れており、濃い灰色のネクタイはだらしなく首に引っかかっている。男は大きく口を開けて眠っていたが、僕に気づいたのか目を開けて、口についたよだれを拭き取った。
「やあ、これ君の車かい? 子供のクセにいい車に乗ってるじゃない」
 男の顔はかなり端正なものだったが、まるで体の内側から腐ってきているような雰囲気が表情に現れていた。僕は男の左の頬に、大きく曲がった三日月形の傷があることに気づいた。
「最近のガキは酷いもんだ、まるで下品なブタの集団だよ。真面目に働いて金を稼ごうなんて気がまったくない……親に甘やかされて育っているんだな、何処でも自分勝手が通用すると思ってる。奴らには、この国を良くしていこうって気がまったくないんだ」
 男は僕が無視して車のドアを開けようとするのにもかまわず喋り続けた。
「僕は心配してるんだぜ? この国の未来ってやつをさ。今にこの国はダメになる、みんな腐っちまうんだ……君達が初めの症状ってやつだな。この国はダメになる……これじゃ死んだ方がましだな!」
 そして男は、引き攣った声で笑い始めた。

「……それで、貴方は一体何をしたの?」
 僕は男に尋ねてみた。
 男は僕が返事をすることを予想していなかったらしく、酷く狼狽えて口籠った。
「それに……人生は捨てたもんじゃないよ。多分ね」
 僕は振り返って海岸を見た。
 潮が引いてきたのか、海岸線は少し後退しているようだった。砂浜には白いソファーがぽつりと置かれ、人の姿はない。
 ただ昇りつつある太陽によって、水平線の彼方から海岸にかけて光の道ができていた。