森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月18日

2007年12月18日 | あるシナリオライターの日常

 夢を見た。
 私は天使だった。誰の目にも見えず、触れられることも、声が届くこともない、天使。
 戦乱の世なのだろうか。家を持たず、大地に寄り添い眠る子供たちに、そっとボロ布をかけてやった。そんなことしかできない自分の無力さに、拳を握り締める。
 天使は翼を持たなかった。私は空を見上げた。一羽の鳥が舞っている。その遥か高みを目指して、跳躍した。
 追いつき、追い越し、足元に見下ろす。やった。そう思った途端、鳥は大きく羽ばたき、更なる上空へと翔けていった。翼を持たぬ天使は、地上に降りた。
 地上には悪魔がいた。歪な人型をした闇の塊。私は気づいた。子供たちがいない。闇に喰われたのか。
 闇が、迫った。

 午前7時、起床。
 望月女史からメール。返信。

 午前10時30分、出社。
 先輩は午後から出社するとのこと。

 午後0時30分、望月女史と初顔合わせ。ほんわか系の可愛らしい女性。
 メールの文面がそのまま地のテンションだった。音声認識ソフトを用いればデフォルトで語尾に☆や♪がつきそうだ。事前に電話で聞いていた声からおおよその予想はついていたが、ここまで高純度にキャラクターが保たれている女性と初めて出会った。
 レストランで打ち合わせ。好感触。
 食後、オフィスで社長と先輩を加えて打ち合わせの続き。新作候補を二本に絞り込む。
 うち一本は私の企画。

 午後4時、打ち合わせ終了。

 OHPリニューアル。
 JavaScriptの用い方に一考の余地あり。

 午後7時20分、退社。
 午後8時、帰宅。

 歳暮に関するトラブル。レンの機嫌が非常に悪い。

 午後10時、和泉氏HPの6時間ネット対談記録を読む。
 今の私を支えている最大のインプットは、小学生時代に読破した世界文学全集。そして高校時代(90年代半ば)、バイト代にものを言わせてレンタルしまくっていたOVAだろう。
 最近のOVAやテレビアニメに魅力を感じないのは、良質なインプットに恵まれた証拠であると信じたい。

 午後11時、望月女史からメール。返信。

第四話 「青年と少女が宇宙の旅に出る話」 4

2007年12月18日 | 僕達の惑星へようこそ

 AM.7:03

 夜が明けてから間もないというのに、病院のロビーは非常に混雑していた。
 そこを埋め尽しているのは怪我人でも病人でもなく、手にカメラとマイクを持った情報の飢餓に陥った者達……つまりマスコミの大群だった。
 どうやら昨夜の一件が知れ渡ったらしい。カナは腕に包帯を巻いていたので早速マスコミに取り囲まれたが、「私、彼と喧嘩して階段から落ちちゃったんですよ! ねぇ、彼ったら酷いと思いません!?」と言ったら波が引くようにカナの周りから消えた。
 それからマスコミは、昔テレビで見た大学紛争のように病院側の人々と押し合い、ついに建物の外に閉め出されてしまった。
「何なんだか……」
 カナは呟き、気を取り直して自動販売機でコーヒーを買おうとしたが、お金を持っていないことに気がついた。
 仕方なく、カナはロビーのソファーに座って備えつけられたテレビを見ることにした。どうやら昨夜の事件はかなりの注目を浴びたらしく、ワイドショーに呼ばれた数人の評論家が意見を交わしている。
 彼等はこの事件のことを『時代の象徴』とか『青少年犯罪の凶悪化』といった言葉で表現していたが、カナは何か違うなと思った。
 やがて何処から持ち出してきたのやら、リョウの経歴が写真と共に紹介された。神野涼(20)……無機質な文字が画面上に張りついている。この番組を見ている限りでは、誰の目にも凶悪で手のつけられない不良と映るだろう。やはり何かが違う。
 それから数人の者にインタビューした映像が流れたが、皆一様にリョウのことを精神異常者や誇大妄想家のように語っていた。それらの者の映像にはモザイクがかかっていたり、首から下のみが映っていたりしたが、喋り方(勿論音声も変えてあった)や服装の特徴から、カナは大抵の者の正体を容易に推察することができた。
 中にはリョウのグループのメンバーもいたが、皆リョウのことを他人のように話している。そして事件の関係者の話が生中継で入ってきたとの解説者の言葉と共に、スケアクロウの支配人、オカダの顔が映った。
 マスコミはスケアクロウの中にまで入っているらしく、オカダの後ろでは『K』が黙々と機材の片づけをしている。
 最初、オカダはレポーターの質問に緊張した面持ちで答えていた。しかし、レポーターの不躾な質問がきっかけとなったのだろう、いきなり感情を爆発させた。
「そりゃよお! 俺だって店を滅茶苦茶にされたんだ、リョウには腹を立ててるよ! 今すぐにでもここに引きずってきて土下座でもさせてやりたいよ! パールとカナちゃんに絶対に謝らせてやるよ! 頭が割れるくらいに怒鳴りつけてやるよ! でもなあ、だからってアイツのことを二足三文の『わけのわからない奴』として扱うのはやめろよな! アイツには色々と文句を言いたいけど、アイツはアイツで人間なんだ! テレビの見せ物じゃねえ! お前らリョウのことを何にも知らない癖に偉そうに語ってんじゃねえよ! お前らに何がわかるってんだ! ファーーーーーーーーーーーーーック!」
 それは多分、ワイドショー史上最長の『ファック』だった。
 すぐさま画像が切り替わり、アナウンサーが大変お聞き苦しい所があったと視聴者に謝っていたが、カナは今までの意見の中で一番聞きやすかったと思った。何故ならオカダが本心のままに喋っていたからだ。
 ……もしかしたら、リョウと自分は似たタイプの人間かもしれない。
 ふと、カナはそう思った。だが……何だろう? 何が似ているのだろう?
 カナは背もたれに体を預けて天井を眺めた。
 ……何だろう?

「何て言うか……貴方達は『特別』な感じよね」
 かつて、クミがカナとリョウについて言ったことがある。しかし、カナはいまいちピンと来なかった。
 裏表がある性格だから? これは確かにそうだ。リョウもカナも、常に複数の顔を使い分けている。それは多分、二人共が世界に違和感を抱いているから……世界に違和感……うん、これは何かぴったりとくる。
 カナはリョウが、いつも何処か冷めた表情をしていることを知っていた。
 あれはいつだったか、スケアクロウのパーティーにつき合わされたことがある。バカ騒ぎに疲れてぼんやりとしていたカナは、同じくリョウがイスに座ってぼんやりしていることに気がついた。リョウはカナの視線に気づくと、カナを見てニヤリと笑った。
 それは同類の犯罪者に向けられた、ある種の連帯感を感じさせる笑みだった。
「まったく、やってられないよな?」
 彼の表情を、カナはそう解読した。
 ……彼は孤独だったのだろうか?
 何処か寂しそうだったのは確かだ。いつも他人を見下しているようで……それでいて頼りなさそうな目をしていた。
 多分、そこが人を惹きつけたのだろう。
 ただし、そんなリョウも唯一人の者に対しては非常に無防備な表情を見せることがあった。カナも同じ男には不思議と無防備なままで接することができた。
 少なくとも、そこだけは似ているかもしれない。

「あ、すいません……」
 ソファーの背もたれに軽い衝撃が走り、少し慌てた声がした。
 カナが振り返ると、そこには車椅子に座った初老の男がいた。どうやら車椅子がソファーにぶつかったらしい。
「いいえ。それより、大丈夫ですか?」
 カナは立ち上がって男に尋ねた。男は車椅子の向きを変えようとしていたが、腕にも怪我をしているらしく、思うように動かせないでいる。カナが見兼ねて手伝おうとした時、少しかん高い声と連続するスリッパの音が聞こえてきた。
「まったくもう! お父さんたら無茶するんだから!」
 それは小学校高学年くらいの女の子だった。長い髪が頭の上で二つに分けられ、小動物の尻尾のように伸びて跳ねている。
「どうして一人で動こうとするのよ! 私が押してあげるって言ってるのに!」
「いや、すまないね……だが、レイナに迷惑をかけるのも何だしね……」
「何言ってるのよ。体まだ治ってないんだから!」
 少女はブツブツ言いながら車椅子を動かすと、カナに気づいて慌てて頭を下げた。父が御迷惑をおかけしまして、と大人びた口調で言い、父親の方に目を向ける。男は恥ずかしいような照れたような顔で微笑むと、改めてカナに謝った。
 その時、カナは男の胸にかかった名札から、彼が『田島』という名字であることを知った。

 カナと田島親子は一緒に病院の中を散歩していた。少女一人で車椅子を押すのは大変だろうと思ったので手伝いを申し出たカナは、田島を残して自動販売機にジュースを買いにいった時に、少女から意外な話を聞かされることになった。
「お父さんね……これここだけの話なんだけど。さっきテレビに出てた男に怪我させられちゃったの」
 少女……田島の娘で名前はレイナと言うらしい……は、カナが父親の怪我のことを尋ねるとこう答えた。
「さっきのって……リョウのこと?」
 言ってから、カナはリョウと言っても通じないかと思ったが、レイナの方はちゃんとわかったらしい。
「多分それ! お姉さん知ってるの? ……はまあいいとして、お父さんね、おとといの夜にあの男に殴られて怪我したんだって! 他にもいっぱいいたらしいんだけどね」
「へえ……世間は狭いなあ」
 カナは呟き、包帯の上から右腕を押さえた。リョウが暴力事件を起こしているのは知っていたが、何もあんな人の良さそうなおじさんを襲うことはないではないか。もしかしたら先輩もそれに参加していたら嫌だなあ、と考えていたカナは、レイナが何か言ったので驚いて返事をした。
「ねえ、お姉さんは何が欲しい? お父さんがお姉さんにもってお金くれたから」
 カナは礼を言ってから、別に喉が乾いていないからと断ろうと思ったが、気を取り直してコーヒーを一本買った。
「ねえ、レイナちゃん? お父さんは訴えたりするのかな? そのリョウって男を」
 それから、カナはこうつけ加えた。
「……リョウだけじゃなくて、その他の仲間も……」
 するとレイナは、自分の分のジュースを買いながら不機嫌そうな顔で言った。
「お父さんたら、訴える気とかほとんどないんだよ? だってさあ、あんな酷いことされたんだもん訴えるのが当然じゃない! それからお金も……賠償金って言うの? それも払ってもらって当然じゃない! そう思うでしょ? お姉ちゃんも!」
 カナは田島が訴えない方がいいなと思っていたので、レイナの言葉に少し動揺し、曖昧な返事をした。その時、
「レイナ。このようなことをお金で解決するのはどうかと思うよ?」
 突然背後から落ち着いた声がしたので、カナは驚いて缶コーヒーを落としそうになった。
 振り返ると、そこには車椅子に乗った田島の姿があった。
「お父さんたら! お人好し過ぎるんだから!」
 レイナが唇を尖らせる。それから彼女は、カナに向かって同意を求めるように言った。
「お父さんたら、夢みたいなことを考えてるんだよ? いつかきっと、あの時に襲ってきた人達が反省して謝りに来るって。そんなことあるわけないじゃない」
 ひどく大人びた口調で、レイナが父親に説教する。
「それくらいわかってよね? だからお父さんは人が良過ぎるってバカにされるんだよ。私だってそれくらいはわかってるんだから……こないだ学校で盗られたハーモニカだって結局出てこないし!」
 最後の台詞でいきなり小学生に戻ってしまった娘に、田島は落ち着いた声で言った。
「だがね、レイナ? 彼等は若いんだし、そんなに厳しくするのもどうかな? 彼等にはまだ長い人生が残ってるんだ、いつかわかってくれるよ。それに、私はもう元気だし……ねえ? レイナ?」
 するとレイナは、唇をギュッと噛み、小さく呟いた。

「その『若い人達』って、お父さんの何分の一の価値があるの?」

「……レイナ……」
 田島が困った顔をして、レイナの肩に手を伸ばす。その時、高いハイヒールの音と共に、誰かが廊下の角から姿を現した。
「まあ田島さん、ここにいらっしゃったのですか? それにレイナちゃんも!」
 それは細身の体に明るい色合いのスーツを着込んだ、華やかな雰囲気の女性だった。年は二十代後半だろう、長くまっすぐな黒髪の間からピアスをつけた白い耳が見える。
「病室にいらっしゃらなかったから心配したんですよ?」
「これは桜田君、じゃなかった桜田課長」
 田島が車椅子の向きを変えようとして、苦しそうに体を折り曲げる。桜田と呼ばれた女性は慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? 田島さん」
「御心配なく課長、気を使わんで下さい。課長こそお仕事の方は大丈夫なのですか? 私なんぞの為に……」
「御心配なく、午後から出社いたします」
 田島はひたすらに低姿勢だったが、桜田は有無を言わせぬ迫力で田島を押し切った。
「それから課の者も時間が空き次第見舞いに来ると言っておりました」
「頼みますから気を使わんで下さい……」
「いいえ! 田島さんあっての第一課ですよ?」
 そして桜田は田島の車椅子を押して病室に向かい始めた。
「……私、あの人嫌い」
 尚も遠慮する父親を見ながらレイナが呟いた。
「いい人じゃない?」
 カナが正直な感想をもらすと、レイナは露骨に顔をしかめた。
「嫌いだよ。だってあの人、死んだママと同じ香水をつけてるんだもん」
 それからレイナは田島の後を追って走り出そうとした……が、クルリと向きを変えてカナの方を見た。
「ねえ、お姉ちゃん?」
「何?」
 レイナはじっとカナを見つめて言った。
「お姉ちゃん、犯人の男の人と知り合いでしょ?」
 それは違う……言いかけて、カナは思い直した。
「……うん、まあ知り合いかな?」
 カナは自分の右腕を指で示した。レイナはそれを見て頷いて言った。
「おとといね、お父さんが怪我させられた時に救急車を呼んだ人がいるのね。警察の人の話なんだけど、今までの事件だったら、犯人はそんなことしないらしいの。それはもしかしたら、お父さんが今までで一番酷い怪我をしたから恐くなったのかもしれないけどね」
 レイナはしばらく黙ってから言った。
「まあ、それでも私は救急車を呼んでくれて嬉しいと思うわけ。もし、お姉ちゃんが救急車を呼んだ人に会ったら言っといてくれないかな?」
「何て?」
 カナが尋ねると、
「裁判の時は手加減してあげるって!」
 レイナはそう言って大きく手を振り、田島を追って走っていった。
「頭のいい子ね……」
 カナは呟き、缶コーヒーを持ってカウボーイの所に戻ろうとした。
 その時、カナはロビーに一人の男が立っていることに気がついた。