森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月12日

2007年12月12日 | あるシナリオライターの日常

 午前0時、渚氏にメール。
 午前1時30分、『半落ち』読了。師が薦めるだけのことはある。見事。
 しかし、これを引き際鮮やかととるか、途中で投げ出したととるかは評価の分かれるところだろう。

 間もなく就寝。

 午前8時30分、起床。
 午前10時30分、出勤。

 社長に必要な仕事と期限を明示。社長が動かなければ制作ラインも動かない。
 何故私が社長を動かさねばならないのか。

 商標問題について有利な前例を発見。
 アスキーがPSソフト【MOON】 を発売した時期に、タクティクスがPCソフト【MOON.】を発売している。その際、アスキーが【MOON】で商標登録をしており、タクティクスに商標権侵害だとクレーム。
 しかしタクティクス、完全無視。結果、音沙汰なくなったという。

 半年間の雑誌掲載時期は見て見ぬ振りでやり過ごし、発売日に狙い済ましてクレームをつけてくるような連中だ。目的は間違いなく金だろう。
 弁護士費用と裁判沙汰によるイメージ低下を考えれば、相手に賠償意志と財力がなければ損をするのは自分のほうだ。普通に考えれば深追いはしてこない。
 もっとも、そんな単純なことも理解できないような連中が上に鎮座ましましているからこそ、今回のようなクレームが発生したのだろうが。

 ともかく、今後一切の電話は社長がとることに決定。
 相手の話を聞かないこと、筋道の通らない会話をすることにかけては社長は一級品である。

 午後7時、退社。
 午後8時、帰宅。

 師にメール。先日の京都で学んだことのレポート。

 午後10時、レンの相手をしつつネット。
 午後12時、就寝。 

第三話「カカシとセルロイドの美女とライオンがメリーゴーラウンドの中で踊る話」 5

2007年12月12日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.11:35,21s

「楽しんでるか?」
 不意に冷たい手が僕の視界を遮った。
 驚いて振り返ると、そこにはリョウが立っていた。顔には血の気がなく、目だけが異様に光っている。
「リョウ……君も踊りに来たのか」
 呟くように言った僕の言葉は、多分聞き取れなかっただろう。それでも、リョウは静かに笑って首を横に振った。
 リョウの様子は奇妙だった。まるで世界から切り離されているかのような……スケアクロウを満たすアップテンポの曲も彼の体を素通りしているようだ。
 彼は土砂降りの雨の中、傘をささずに立ち尽くしているように見えた。
「リョウも一緒に踊らないか? カウボーイ達のことなんかどうでもいいじゃないか」
 周りの者に押されて、僕達の間の距離が縮まる。僕の言葉を聞き取ったのかどうかわからないが、リョウは両手を伸ばすと、僕の顔に手をかけて両方の親指で僕の瞼を閉じた。
 リョウが僕の眼球を押しつぶすのではないかとの考えが頭をよぎる。
 しかしリョウは、それ以上指に力を込めることはなかった。
「リョウ?」
 僕は不安になってリョウに呼びかけた。その時、僕の額に何か暖かくてやわらかな物が一瞬触れた。それからリョウは自分の額を僕の額に当てた。
「……お前は何もわかっていない……」
 リョウの声は額の骨を通じて頭の中に直接響いてきた。
「…………リョウ?」
 僕は暗闇の中で手を伸ばした。しかしその手がリョウに触れることはなく、リョウの指も、額も僕の顔から離れていた。
 急に視界が戻り、僕は目を擦りながらリョウの姿を探した。
 過剰に目に入る光と色の中で、人込みの中を進むリョウの後ろ姿が見えた。行く先にはカナとミンク達がいる。
 ……そこにいてはダメだ。
 僕がリョウの後を追おうとした時、それまでリョウと話をしていたカナが、リョウの頬を平手で打った。

 PM.11:36,35s

 カナは自分の近くにリョウがいることに気づき、汗ばんだ額を拭ってリョウを見た。
「リョウさん……何かご用ですか?」
 感情をできる限り抑えた声で話しかける。勿論油断などしていない。カナはリョウのことが嫌いなわけではなかったが、非常に気をつけなければならない人物であることは十分に承知していた。
「……やあ、カナちゃん」
 リョウが口元を曲げて呟く。多分、微笑んだのだろう、とカナは判断した。目元は細くなっているし、表情も穏やかだ。だがどんなに外見が『微笑み』であっても、カナはリョウが笑っているようには見えなかった。
 不意に、リョウがカナの後頭部を持って顔を近づけた。
「さっきは悪かったな。ついカッとなっちまった」
 リョウがカナの耳元で囁く。こうでもしないとはっきりと聞き取れないことはわかっているが、カナは緊張に体を固くした。
「……ところで、カナちゃんはあいつとはどうなってるんだ?」
 リョウは言った。
「もしかして、好きなのかい?」
 カナは体を緊張させながらも強い口調で言った。
「そんなこと、リョウさんには関係ないじゃないですか」
「……成程ね」
 リョウが小さく笑ったのが聞こえた。
「カナちゃん! 大丈夫!?」
 ミンク達が近づいてきた。皆リョウを警戒し、少し距離を取ってリョウを睨んでいる。心配ないよ、と身ぶりで示し、カナはリョウを見つめた。
「リョウさん、私は先輩のことを一人の人間として評価しています。好きとか愛してるとか、男とか女とか、そんな俗っぽいものじゃなくて、あくまで興味ある対象だと思っています。先輩は、もっといろんなことができるはずです! 先輩をダメにしてるのは貴方じゃないですか!」
 最後の台詞を大声で叫び、カナはリョウから離れた。リョウはカナの大声に少し首を曲げていたが、
「成程ね、それが君の愛し方か……」
 今度は小さく呟いた。
「……俺は、そんなのは嫌いだな」
「何て言ったんです!?」
 カナが大声で怒鳴る。
 リョウは逆十字のピアスを指で揺らし、カナに近づいて、耳元で囁いた。
「お前は薄汚い売女だって言ったんだよ」
 刹那、カナの顔色が変わった。

 カナは平手でリョウの頬を叩いた。
 リョウは弾かれた顔を戻し、口元を歪ませた。
 次の瞬間、リョウの右手にナイフが握られていた。

 PM.11:38,47s

 誰かの甲高い悲鳴がフロアに響いた。
 それが引き金になったように、フロアは混乱し、様々な声や怒声が飛び交った。
 ほとんどの者が事態を把握できず、踊るのをやめて辺りを見回す。
 ……そして。
 多くの者が事態を正しく把握した途端、一斉にフロアから逃げ出そうとする流れが起き、まだ何も知らない者をも巻き込んだ。

 PM.11:38,50s

「カナちゃん!」
 僕は人込みをかき分けて走った。
 日焼けした太い腕が体に当たり、汗ばんだ肌が押し当てられる。それでも、僕は体を屈めながら人込みの中を駆け抜けた。

 PM.11:38,53s

 ミンクが叫んでいた。
 ミンクはカナがリョウに腕を切られた瞬間から叫び続けていた。その声はフロアの暑い空気を切り裂き、地の底に眠る死霊を呼び覚ましそうだった。
 カナは切られた右腕のつけ根を手で押さえたまま床に倒れていた。指の間から、真っ赤な鮮血が流れ出している。
「誰か! 早く救急車を呼んでよお!」
 仲間の女装した男達がカナの周りを囲んで叫ぶ。ミンクはやっと我に返ると、体を小刻みに震わせながら頷いた。
 そんな中、カナは床に倒れながらも必死に首を捻ってリョウを睨みつけていた。
 カナの視線の前を、黒革のブーツが横切った。

 PM.11:39,00s

 リョウはナイフについた赤い血を眺めながら歩いていた。
 ナイフから赤い血が一雫落ち、黒革のブーツが床を擦って嫌な音をたてる。
 リョウはナイフを大きく振り、血を払った。
 そして、目の前の大男を睨みつけた。

 PM.11:39,17s

「若い頃にはよく言われたよ。最近の若者はわけがわからないって……それこそ何千回、何万回とね」
 カウボーイは小さく笑って言った。
「だから、これだけは言いたくなかったな……なあ、そう思うだろ? 大人になんてなるものじゃないよな」
 カウボーイは拳を手の平に打ちつけた。
「……くそガキが!」

 PM.11:39,28s

 ドロシーはDJブースの前の金網にもたれながら何かの歌を口ずさんでいた。
 その後ろで、『K』はレコードを芸術的な動きでスクラッチした。

 PM.11:40,12s

「……畜生」
 リョウはナイフの柄を擦るように指を動かし、刃に反射する光を揺らめかせた。
「畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生、畜生」
 リョウは口の中で言葉を転がし続けた。
「…………畜生」
 その時、リョウの前に誰かが飛び出した。

 PM.11:40,47s

「やめて、この人を殺さないで!」
 リョウの前に飛び出したパールは、両腕を大きく広げて叫んだ。
「パール!」
 カウボーイが大きく目を見開き、

「パール!?」
 ドロシーも驚いて金網から体を離す。

「お願い……殺さないで……殺さないで!」
 パールの瞳は瞳孔が開き切り、頬の筋肉は引き攣っていた。元から色白だった肌は、青く染めた髪にも負けないほどに青ざめている。
 パールは全身を震わせて叫んだ。
「殺さないで……殺さないで! 誰も殺さないで!」
「…………黙れ」
 リョウは無表情にナイフを振った。

 PM.11:41,13s

 すべてがスローモーションのようだった。時は手に取れそうなほどにゆっくりと流れ、血飛沫は空中に止まっているかのようだった。
 僕は前にいた男を押し退けて、フロアの中央に飛び出した。
 赤い血の雫は床に落ち、破裂するように飛び散った。少し遅れて、青い髪の女が目を大きく見開いたまま倒れ込む。
「……リョウ……!」
 リョウはぼんやりと右手を眺めていたが、自分の手にべったりと赤い物がついていることに今更ながら気づくと、小さく悲鳴を上げて右手を大きく何度も振った。
 そして僕の言葉に振り向いた時……その表情は、泣き出しそうな子供のようだった。
 次の瞬間、僕は両腕を頭の上で交差させ、リョウの胴体めがけて突っ込んだ。

 PM.11:41,15s

「パール!」
 カウボーイは急いでパールのそばに駆け寄った。
 パールの胸元から首にかけて大きな赤い筋が走っていた。真紅の裂け目からはおびただしい量の血が溢れ出し続けている。
「パール……何てことだ……!」
「……バート……」
 パールが手を伸ばしてカウボーイの頬に触れた。
「ア……アタシ……アタシ、死ぬの? ……怖い……怖いよ……助けてよ、バート……」
「大丈夫だ、君は死にはしない! ドロシーも僕もついている!」
 カウボーイはパールを抱きかかえて必死に呼びかけた。
 その時、近くにいたリョウが倒れたので、カウボーイは顔を上げた。

 PM.11:41,33s

 リョウの体の上には、一人の青年の姿があった。リョウの上半身を床に押しつけ、力一杯殴りつけている。
「……ほ~ら、言った通りでしょう? クミ」
 カナは微笑み、気を失った。

「ああっ、止血、止血! ええっと、傷口の上をきつく縛るのよね!?」
 ミンクは大きく手を振りながら叫んだ。
「それから腕のつけ根も……傷口は心臓より上にするのよ?」
 隣にいたオレンジ色の鬘を被った男が口を出す。
「わかってるわよ、そんなこと!」
 ミンクは叫びながら手を振って自分を落ち着かせると、ドレスの裾を切り裂いてカナの腕を縛った。
「その服、高かったんでしょ?」
「そ~~んなことどうでもいいでしょ! 次は何処よ!?」

 PM.11:41,33s

 僕は無我夢中でリョウのコートをつかんだまま起き上がった。
 リョウはぶつけたらしい頭を押さえると目を開いて僕を見た。
 僕が上にいるとはいえ、リョウがそのまま反撃してきたら僕に勝ち目はなかっただろう。
 しかしリョウは自分の手にナイフがないことに気づくと、近くに落ちているナイフを取ろうとして手を伸ばした。
 その瞬間、僕は確信した。
 今なら、リョウに負けはしないと。

 僕はリョウの顔面を殴りつけた。それからリョウの髪をつかんで頭を床に打ちつけた。リョウは小さく悲鳴を上げると、初めて僕の存在に気づいたように睨みつけてきた。
「……てめえ……!」
 僕は冷静だった。何故かはわからないが、本当に冷静だった。いや、もしかしたら頭の何処かが麻痺したのかもしれない。それでも僕の頭と体は、自分のすべきことを正確に理解し、実行していた。
 僕はもう一度リョウの顔面を殴りつけると、立ち上がって叫んだ。
「立てよ、リョウ! ……勝負しようか!」

 PM.11:42,00s

 メリーゴーラウンドはゆっくりと回転を止めた。
 僕の周りで回転していた世界は正常な状態に戻り、時間の流れは通常の速さを取り戻していった。
 回転の中心には、僕とリョウだけが残った。

 僕はふらつく体を何とか支えながら立っていた。先程までの混乱は治まり、ただ心臓が音高く鳴り響いている。
 周りも徐々に見えるようになった。フロアには僕達二人以外誰もいない。皆ここから避難したらしい。リョウの向こうには、倒れたパールを抱えているカウボーイの姿が見える。
 その時、低い呻き声を上げながら、リョウが起き上がった。
 ぎらつくような目で僕を睨みつけてくるかと思ったが、リョウの目には力がなかった。
「……どうして……」
 リョウは泣きそうな声で呟いた。
「どうしてなんだよ……っ」
「そこまでだ、リョウ! 動くんじゃねえ!」
 何処からかオカダの声が響いた。
「何てことをしてくれたんだ! もう救急車と警察を呼んだからな、観念しろ!」
「うるさい…………うるさい…………うるせえって言ってるんだっ!」
 リョウはうつむきながら呟いていたが、急に立ち上がって叫んだ。
 そして、僕の方に顔を向けた。
「どうしてお前が俺の邪魔をする!? 俺達はもっとわかりあえるはずだろう!?」
 リョウは言った。
「初めて見た時から感じていた、お前は俺に近い人間だと。お前なら俺を理解できるはずだ! お前だって苦しいだろ? こんな世界嫌いだろ? どうしてこんな世界で生きなきゃいけないんだ。何でこんなに苦しまなきゃいけないんだよ! 俺達はもっとわかりあえる、理解できる……もうこれ以上、俺を苦しめないでくれ!」
「何よ! カナちゃんを傷つけといて勝手なこと言わないでよ!」
 カナを抱えてミンクが叫ぶ。僕は首を横に振ってミンクにやめるように頼むと、リョウの方に向き直った。
「リョウ、僕も君のことは嫌いじゃない」
 リョウが虚ろな目で僕を見る。僕の心に何かが突き刺さった。
 確かに、僕とリョウの関係は良いものとは言えなかった。しかし僕は、リョウと別れたいとか、リョウが憎いとか……そんなこと、一度だって思ったことはなかったのだ。それでも……いや、だからこそ、今ここで言わなければならない。
 僕はゆっくりと言葉を吐き出した。
「僕は君のことは嫌いじゃない。だけどリョウ、君のやったことは許せない! 絶対に許すわけにはいかないんだ!」
 リョウが大きく目を見開いた。
「……リョウ、僕も一緒に警察に行くよ。だからもうやめよう、こんなこと」
 僕はゆっくりとリョウに近寄った。
「今はまだ、君が何を考えてるのかよくわからないけど……それでも一緒にいるくらいならできるよ。少しずつわかり合えばいい……そうだろう?」
 僕はリョウの前に立ち、彼の手を取ろうとした。リョウは力のない目を僕に向けて立ち尽くしている。
 その時、誰かが後ろから僕を羽交い締めにした。
「……ジン!?」

「まずいな……」
 カウボーイは呟いた。パールの脈がどんどん弱くなっていく。
 その時、フロアの方でざわめきが起こった。カウボーイはそちらに目を向け、リョウに立ち向かった青年が羽交い締めにされているのを見て眉をひそめた。
「こっちもまずいな……まったく!」
「大丈夫よ」
 誰かがカウボーイの前に膝をついた。
「ドロシー……」
「本当、バカな子よね……」
 ドロシーは長い髪をかき上げて呟き、パールの頬を撫でた。喉から胸元にかけての傷口を辿り、心臓の辺りを優しく手で被う。
 心なしか、出血の勢いが弱まったように見えた。
「大丈夫よ、バート。この子は死なないわ」
 血にまみれた指を唇に当てると、ドロシーは立ち上がった。

「ジン! 邪魔をするな!」
 僕は懸命に体をひねってジンの腕を外そうとした。
「黙れ! お前のせいだ……お前がいるから悪いんだ! お前さえいなきゃ!」
 ジンは両腕にますます力を込め、僕の身体を締め上げた。肩の筋肉が圧迫され、骨が軋む。ジンの腕力はこれほどまでに強かったか!?
「どうして……どうしてお前なんだよ!」
 喉の奥から搾り出すような声で、ジンは叫び続ける。
 その時、リョウが床のナイフを拾い上げた。
「リョウ、殺しちまえ! こんな奴、殺しちまえ!」
 ジンの声が耳元で響く。リョウはジンの声も何も耳に入っていない様子で、ただナイフの刃を見つめていたが、
「……何でこんな簡単なことがわからなかったんだろうな?」
 不意に、明るく呟いた。
「何でかなあ? ……なあ、ジン?」
「リョウ……」
 ジンが緊張を解いたのがわかる。
 リョウは難しい問題の解き方に気づいた小学生のような、晴々とした表情を浮かべながら僕らに近づき……右手を振り抜いた。

 一条の閃光が僕の顔をかすめた。
 次の瞬間、僕は開放されていた……ジンの悲鳴と共に。

「ジン!」
 僕は解放されると同時に振り返った。ジンが顔面を両手で覆いながら倒れている。リョウが背後から僕の首をつかんだ。
 振り向いた先にはリョウの顔と……振り上げられたナイフの刃の煌めきがあった。