森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

近況

2007年12月13日 | Weblog

 寒いです。
 いつも通勤中に鴨川を通るのですが、先日久々に飛び石を渡りました。
 高校生の頃、冬に足を滑らせて川に落ちたことがあります。用事があったので、そのまま大阪に向かいました。そんなことを、思い出しました。

 【小説を書く、ということ】カテゴリの記事を書かなくなってから、若干アクセス数が落ちているようです。
 【僕達の惑星へようこそ】では繋ぎ止められなかったことが寂しくもあり、過去の私が書いた作品よりも現在の私が紡いだ言葉のほうが支持されていることが嬉しくもあり。
 いずれ、また更新します。

 【あるシナリオライターの日常】は5年前の日記です。
 当時私はプロのゲームシナリオライターでした。
 家族・友人等ごく限られた方々にしかお見せしていなかったものを、もう時効だろうとの判断で、一応固有名詞のみ改変して公開しています。
 途中から見に来て下さった方もいらっしゃるようですので、ここで改めて御説明しておきます。

 日々、考えることがあります。
 数は少ないのですが、一つ一つが深く、重い。
 いずれ己の、そして誰かの糧になることを信じて。
 今日も明日も、考えて考えて、実行していきます。

2002年12月13日

2007年12月13日 | あるシナリオライターの日常

 気がつくと、涙を流していた。
 自分が生きていることに、今までに出会った総ての人に感謝していた。
 夢を見たのだと思う。
 だが、どんな夢を見たのか、思い出すことはできかった。

 午前8時30分、起床。
 渚氏からメール。氏との繋がりは私にとって、大きな財産となるだろう。

 午前10時30分、出勤。
 企画書7本目にとりかかる。現状の我が社では作品化困難な企画だが、様々なジャンルの企画を多数常備しておくことは、この先大きな武器となるはずだ。

 午後5時過ぎ、ようやくネットが繋がる。
 これで制作環境は整った。

 午後7時、退社。
 午後8時、帰宅。

 師に作品講評のメール。

 『みずいろ』OVA第二巻を観つつ食事。
 雪希の立場なし。主人公の精神構造はいったいどうなっているのか。
 本編終了後、第三巻の予告なし。今さら物語が破綻していることに気づいたか。
 どうせなら、このままとことん壊れた話を展開してほしかった。

 午後10時、就寝。

第三話「カカシとセルロイドの美女とライオンがメリーゴーラウンドの中で踊る話」 6

2007年12月13日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.11:43,36s

 空気が抜けるような音がした。
 短くて高い音だ。
 しかし、何処か普段聞いている身の回りの音とは違う感じがする。何と言うか……とても乾いた堅い音で、心臓が締めつけられた。
 ……そう、怖い音だった。
 死神がキスをしたなら、こんな音がするだろうか?
 それとも……消音機つきの銃声か?

 リョウの右手が何かに引っ張られたように動き、手の甲から赤い筋が何本も吹き出た。銀色のナイフは宙を舞い、少し離れた床に音をたてて落ちる。
 リョウは呆然と自分の右手を見つめ……自力では動かなくなったそれを左手で支えた。
「……な、何だと……」
 掠れた声で呟き、あの音のした方向を振り向く。
 そこには、片手に銃を持ったドロシーが立っていた。
 ドロシーの長い黒髪は、風もないのにたなびいているように見えた。赤い唇をきつく閉じ、静かな瞳でリョウを見つめている。
「な、何なんだ……お前は……」
「さあね……貴方には関係のないことよ」
 ドロシーは銃をリョウに向け直した。
 リョウの額に玉のような汗が吹き出し、唇から血の気が退いてゆく。
「さて、どうする? このままおとなしくすれば命は助けてあげるわ」
 ドロシーは銃を持つ手を肩にかけるようにして、リョウに向かって歩き出した。
「個人的には、それじゃあつまらないんだけど。アタシと遊んでくれるかしら?」
 刹那、リョウがドロシーから銃を奪おうと飛びかかった。しかしリョウの手が彼女を捕らえることはなく、逆にリョウの腹部にドロシーの膝がめり込んだ。
「アタシが十秒数える。貴方がその間に逃げる。ルールはわかった?」
 腹部を押さえてうずくまるリョウのこめかみに、ドロシーが銃口を押し当てる。リョウは素早い動きでドロシーの足を払おうとしたが、その脚は空を切り……次の瞬間、リョウの側頭部にドロシーの回し蹴りが炸裂した。
「一!」
 着地と共に、ドロシーは少し離れた所に倒れたリョウに銃口を向けた。
「二! ……どうする、坊や?」
 リョウはギラギラ光る目でドロシーを睨んでいたが、口から流れる血の筋を拭うとスケアクロウの出口に向かって走り出した。
「あいつ、逃げる気か!」
 オカダが叫ぶ。
「三!」
 ドロシーはリョウを追って歩き出した。
「ドロシー!」
 我に返った僕が叫んだが、ドロシーは振り返ることなく歩き去った。

 PM.11:45,00s

 リョウは消耗した体を壁にもたれかけさせて、スケアクロウから地上へと続く螺旋階段を必死に這い上がっていた。
「六!」
 階段の下の方から、あの女の声がする。
 何者なんだ、あの女は……リョウは埃まみれのコンクリートの階段に爪を立てた。
 あの女がすべての原因なのか? そうだ、あの女が現れてから何もかもが狂いだしたんだ。若松も、カウボーイも……あいつも。
 俺はただ……リョウは考えた。畜生、頭の中が鉛でできているみたいだ……!
「……俺はただ!」
「七!」
 螺旋階段に女の声が響いた。さっきよりも大きくなっている。目に流れ込む汗を拭い、リョウは最後の力を振り絞って地上へと駆け上がった。

 スケアクロウがあるビルは比較的大きな道路に面しており、道路を挟んで向かい側には二十四時間営業のコンビニエンスストアがある。何とか地上に辿り着いたリョウの目に、コンビニの看板を彩る電飾が見えた。
「八!」
 すぐ下から女の声が聞こえた。
 リョウは明かりに吸い寄せられる蛾のように、コンビニを目指して歩き出した。

「九!」
 地上に出てきたドロシーが見ると、リョウは道路を横切っている途中だった。
 ドロシーは微笑み、銃を構えた。
「……そして十!」

 深夜のオフィス街に人通りはなかった。灰色の街灯が腕を伸ばした巨人のように立ち並び、小さな光の輪をアスファルトの地面に投げかけている。その輪の中に、黒いコートを着た長身の男が倒れ込んだ。
 男……リョウは地面に左腕をついて顔を上げると、大きく息を吐いた。
「畜生……!」
 リョウは氷のように冷たくなった右手を抱え、上半身を起こした。拭っても拭っても目に汗が流れ込み、コンビニの明かりがぼやけて見える。リョウは立ち上がり、再び歩き出した。
 その時、リョウの右の太ももが、自分の意志とは関係なしに跳ね上がった。
 一瞬の沈黙の後、太ももに焼けた鉄棒を突っ込まれたような激痛が走り、リョウは悲鳴を上げて地面に倒れた。必死になって視線を巡らせ、道路の向こうで銃を構えている女の姿を見定める。
 何か言っている……畜生、頭に響く気色の悪い声だ! 頭がガンガンする……何て言ってるんだ!?
 ……と、女が微笑み……リョウの耳が、突然彼女の言葉を聞き取った。

「車道に寝てると危ないわよ?」

 二つの光が突っ込んできた瞬間、リョウは咄嗟に身を翻して中央帯へと逃れた。
 騒音と振動と大量の排気ガスを撒き散らし、鉄製の巨大な獣がすぐ脇を駆け抜けてゆく。
「……畜生……!」
 リョウは地面に仰向けに転がりながら吐き捨てた。右の太ももは焼けつくように痛い。幸い骨はやられておらず、出血もたいしたことはなさそうだ。
 やがて、女がこちらに向かって歩き出した。リョウは体を転がして起き上がると、道路の向こう側を目指した。
 あそこまで行けば助かる。何故かそう思いながら。

 PM.11:45,00s

「まだ救急車は来ないのか!?」
 オカダは頭を押さえながら叫んだ。自分の店で怪我人が出ただけでもショックなのに、今度は銃撃戦ときた! オカダは地道な将来設計が崩れるのを感じて胃が痛くなった。
「バート! パールは大丈夫なのか!?」
 オカダはほとんど祈るような気持ちで尋ねた。カナは何とか大丈夫そうだが、パールの傷は深い。これで死人が出たら洒落にならない。
「慌てるなよ」
 カウボーイは静かに呟いた。
「息は小さいが何とか持ちこたえている。へたに騒ぐのが一番悪い」
 カウボーイは悲しげな顔でパールの頬を撫でた。
「……大丈夫、彼女は死なないよ」

 僕は床に座りながらカナがミンク達に囲まれて倒れているのを見た。カナの顔には血の気がなく、白い肌は更に青白くなっている。
 ……ドロシーはリョウをどうするのだろう?
 僕の脳裏にリョウを追って去っていくドロシーの後ろ姿が浮かんだ。
「ドロシーは僕達とは違う世界に生きている。彼女が殺すと決めたら本当に殺すよ。どんな方法でもね」
 不意の声に顔を上げると、カウボーイが僕を見つめていた。
「良かったじゃないか。リョウとは対立してたんだろう? 丁度いいじゃないか……ドロシーは必ず彼を殺す。勿論、ドロシーも決して捕まることはない。心配しなくていい」
 カウボーイは僕を挑発するように言った。
「いい話じゃないか。邪魔な奴なんだろ? ナイフを振り回して、人を勝手に傷つけて……自業自得ってやつだな」
 僕は黙って目を伏せた。確かにその通りだ。
 ……でも、どうしてだろう? 僕はそれでも彼を憎む気にはなれなかった。
 確かに彼の行動は許せない。でも、あれが彼の本意だったとは思えない……何だろう? 僕達の間には何かが欠けている気がする。とても些細な、それでいて決定的な何かが。
「彼と僕の間には言葉が通じていない気がする。まるで翻訳ミスで本当に言いたいことが伝わっていないみたいだ」
 僕は呟いていた。
「……どうすればリョウと話ができるんだろう?」
 カウボーイはそんなこと知ったことかといった顔をしていたが、やがて、仕方ないなあと言わんばかりのため息をもらし、言った。
「それはきっと、君が話しかけていないからじゃないかな?」

 PM.11:45,46s

 出口に向かって走り去ってゆく青年の背中を、カウボーイは微笑みながら見つめていた。
「確かに悪くないな、ドロシー」
 カウボーイは顎を撫でて呟いた。
「……それでも俺には似てないと思うぞ?」
「おい『K』! いい加減にレコードを回すのをやめろよ!」
「朝まで回す契約だ。カウボーイ、何かリクエストはあるか?」
 何処までもマイペースな『K』の問いに、カウボーイは小さく笑って言った。
「それじゃあ、ビートルズの『tomorrow never knows』がいいな」
「わかった」
 いきり立っているオカダをよそに、『K』は新たなレコードを取り出した。
「お前ら……状況を考えろっ!」

 PM.11:46,37s

 コンビニでは、男女の店員二人が楽しげに話をしていた。
 特に大学生の男子店員は女子の店員と遊びに行く約束を取りつけられたので上機嫌だった。やったね、こんなに可愛い子と一緒に仕事ができるなんて自分は本当にラッキーだ。昨日は探していた服が安く買えたし、今日の晩飯は旨かった。人生の調子がいいというのはこんな感じだろうか? このまま一気に、この子ともうまくいくような気がする。普段はいい加減にしているバイトにも、少しはやる気が湧いてくるってものじゃないか?
「あっ……いらっしゃいませ、こんばんは!」
 その時ちょうど入ってきた客を、男子店員は最高の笑顔で迎えた。店長が見ていたら感激したかもしれない。
 しかし、入ってきた客はそれどころではなさそうだった。

「おいお前!」
 リョウはコンビニのカウンターに左手を叩きつけた。カウンターの向こうで、二人の店員が笑顔を凍りつかせて飛び跳ねる。
「刃物はあるか!?」
「……あ、ありませんよ、そんな物!」
 女子店員が気丈に答えた。男子店員は壁にへばりついて震えている。
 リョウは小さく舌打ちして辺りを見回すと、飲料用の冷蔵庫の前に太ったパンク風の男を見つけた。ヘッドホンで音楽に聴き入っているせいか、こちらの騒ぎには気づいていない。リョウはニッと笑うと、音もなく男の背後に近づき冷蔵庫の扉を蹴りつけた。勢いよく閉まった扉に手首を挟まれ、男が悲鳴を上げる。
「よお、キタジマ……いい所で会ったな?」
 リョウはキタジマの頭を扉に打ちつけて言った。外見に似合わず臆病なキタジマが、目に涙を溜めながらリョウを見る。
「ものは相談なんだが……お前のオモチャを貸してくれないかな?」
 キタジマがぶんぶんと頷き、震える指先でジャケットの内側を指し示す。リョウは薄く笑い、金と緑に染められたキタジマの髪をつかむと、もう一度扉に叩きつけた。
 その時、コンビニの自動ドアがゆっくりと開いた。
 同時にコンビニの防犯カメラが動かなくなったが、二人の店員はそれには気づかなかった。

 PM.11:47,12s

「み~つ~けた」
 ドロシーは親しい友人と待ち合わせた時のように楽しげにコンビニの中に入った。
 両腕は後ろで組まれ、前からは銃の存在は見えない。
「どうしてだ……?」
 リョウはコンビニの入り口の正面に位置している飲料用の冷蔵庫の前に、ドロシーに背を向ける形で両膝をついていた。
「……どうしてこんなことになったんだ?」
 リョウはゆっくりと立ち上がった。
「それは貴方が、我侭を言い過ぎたからじゃないかな?」
 ドロシーは物珍しそうに店内を見回しながら呟いた。
「そして人を傷つけた。ちょっとお仕置きが必要ね」
「……何がいけない?」
 リョウは額を軽く扉に打ちつけた。
「何がいけなかった? 俺の親父は自分の欲しいものはすべて手に入れた。金も女も地位も名誉も、自分の妻が子供を生めない体質だということがわかると子供まで金で手に入れた。沢山の人が泣く所を見たよ……それでも奴は少しも悪いとは思っていない。むしろ負けた奴が悪いとさえ思ってるぐらいだ」
 リョウはドロシーの方を振り向いた。リョウから少し離れた所では頭から血を流したキタジマが必死で床を這っており、パンと惣菜の売り場からインスタント麺類の棚へと移動しつつある。
「それに比べて俺はどうだ? 確かに沢山の物を与えられたさ。金も玩具も学歴も、十五の時には女までね。だが俺が本当に欲しい物は何一つ与えられなかった。自分で手に入れようとしても、いつも親父の存在が邪魔をした!」
 リョウは血まみれの震える右手を胸の所まで上げると、人差し指を辛うじて伸ばして十字を切るような仕草をした。
「誓ってもいい……俺が本当に我侭を言ったのは、これが初めてなんだぜ?」
 その瞬間、だらりと垂らしていたリョウの左手の中に、小型のナイフが魔法のように出現した。

 PM.11:48,19s

 戦いの終了を告げたのは、炭酸飲料の缶が弾けて中身が吹き出た音だった。
 弾丸は冷蔵庫の扉と複数の缶を貫いた後に最奥の缶にめり込んでおり……それよりも先に、リョウの左肩の皮膚と肉の一部をえぐり取っていた。
 リョウは肩を押さえて床に崩れた。口からは悲鳴の代わりに声にならない微かな息と、数滴の体液がこぼれている。
 彼の額に、冷たい金属の塊が押し当てられた。
「……髪が少しちぎれたぞ……」
 ドロシーはナイフに切り裂かれた髪を触りながら、静かに尋ねた。
「……どうする?」
「殺せよ……もう生きていたくもない」
 リョウが泣きそうな声で呟く。
「…………そう」
 ドロシーは引き金にかけた指に力を込めた。
 その時、コンビニの中に一人の男が駆け込んできた。

 PM.11:48,35s

「待ってくれ、ドロシー!」
 僕がコンビニに入ると、ドロシーはまさにリョウの頭を撃ち抜こうとしていた。
「ドロシー、リョウを殺さないでくれ! そいつは……!」
 僕は大きく咳き込みながら叫んだ。頭の中が混乱し、言葉にならない考えが物凄いスピードで駆け巡る。
「……そいつは……!」
 僕は考えた。生まれて初めて、必死で誰かに自分の考えを伝えようとした。そうだ。表に出さなければ、すべては伝わらないのだ。
「殺さないでくれ、ドロシー!」
 すべての思いを込めて、僕は叫んだ。


「リョウは僕の友達なんだ! たった一人の友達なんだ!」


 ドロシーは僕の方を振り向かずリョウに銃を突きつけたままだったが、
「……まったく、バカなんだから……」
 と呟き、銃を腰のホルダーに戻した。そして床を見つめたまま動かないリョウの耳元で短く囁くと、僕の方に歩いてきた。
「行こうか?」
 ドロシーは何事もなかったかのように言った。
「……何処に?」
「何処かよ。そうだなあ、海が見たい」
「でもリョウが……」
「大丈夫よ、死にはしないわ……多分ね」
 そんな無責任なことを呟き、コンビニを出ていってしまう。僕は迷った末にリョウの方に駆け寄ろうとしたが、
「行けよ! 何処にでも好きな所に行っちまえ!」
 リョウがうつむいたまま叫んだ。
 それでも僕が迷っていると、リョウは大きくため息をつき、掠れる声で言った。
「……心配するな……俺は大丈夫だ」
 僕はリョウのことが本当に気がかりだったが、リョウの言葉に願いのようなものを感じて、ドロシーの後を追って外に出た。

「……何なのよ、あれは……」
 コンビニの女子店員は、去って行く二人を目で追いながら呟いた。
 隣では男子店員がカウンターの下にうずくまって震えている。こんな情けない奴とは絶対につき合ってやるものかと女子店員は思った。
「電話……あるか? 携帯は落としちまったらしい」
 不意に掠れた声がした。声の方向に顔を向けると、血だらけの男が肩を押さえながらカウンターに手をついていた。
「で、電話ですか?」
 女子店員は震える声で尋ねた。もしかして仲間でも呼ぶつもりだろうか?
 しかし血だらけの男は唇を曲げて苦しそうに笑うと、こう言った。
「警察にかけたいんだ。ここにナイフを持って暴れた男がいますってね」
 言いながら、男はカウンターから滑り落ちた。
「……できれば君が代わりにかけてくれないか? 俺にはもう、そんな力はないんだ」  

 女子店員が慌てて奥に引っ込んでゆく様を見届けて、リョウは目を閉じて呟いた。
「まったく……あの女、本当に最後までくだらないことを言いやがる……」
 その時、リョウの顔に暖かい物が触り、手の傷口に布が巻かれた。
「大丈夫ですか?」
 リョウがうっすらと目を開けると、一人の少女が傷の手当てをしながらリョウの顔を覗き込んでいた。少し痩せ過ぎだがスタイルのいい子だな、とリョウは思った。
「俺なんかの手当てをすることはない……俺は死んだ方がいい」
 リョウはもう一度目を閉じて呟いた。しかし少女は手当てをやめなかった。
「でも貴方はまだ生きています。何があっても生きていれば人生は捨てたものじゃないって、私の友達が言ってました」
 この店オリジナルのデザートセットが大量に詰まった袋を下げながら、クミは言った。

 教訓、時にはお気に入りの物を求めて遠出してみるのもいいかもしれない。きっと思いがけない出会いがアナタを待っている。
 それからスカートはミニよりロングの方がいい。いざという時に裂いて包帯として使えるから……。

 ちなみにキタジマは、インスタント食品の棚の所まで匍匐前進を続けた後、店の角で行き詰まった。しかしその数秒後、雑誌売り場の方に直角に進路を変え、再び前進を始めた。
 もしかしたらこのまま前進を続けたら再びリョウの所に戻ってしまうのではないかとの考えがキタジマの頭を過ったが、彼はそのことについては次の角まで考えないことにした。
 進み続けていれば、いつか何かが起こるだろう。そう思いながら、彼は前進を続けた。大切なのは進み続けること……生きるとはそういうことだ。