森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月09日

2007年12月09日 | あるシナリオライターの日常

 午前0時、帰宅途中に購入した横山秀夫『半落ち』にレンが気づく。
 しまった、と思うも時既に遅し。やむなくネット。
 レンが完読するまでの2時間30分、寝室は書斎と化した。

 午前2時30分、就寝。
 夢を見たが詳細な記憶なし。
 午前8時30分、起床。

 出勤途中、『半落ち』第一章読了。
 午前10時30分、出勤。

 類似商標について某社よりクレーム。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 ドラゴンクエストを作ったエニックスがドラゴンスレイヤーを作ったファルコムに「ドラゴンという言葉を使うな」と文句を言うようなものだ。
 半年以上前から幾度となく雑誌掲載しているにもかかわらず、変更のきかない発売後になってから文句をつけてくるあたり性根の汚らしさがうかがえる。
 裁判に備え議論。社長がいると話が進まない。外出時に方針を固める。

 一日HP制作。

 午後7時、退社。
 退勤途中、『半落ち』第二章読了。
 午後8時、帰宅。

 『人類飛行伝説・ナスカ巨大地上絵の謎に迫る』を観つつ食事。
 江口洋介は歳を食うほど男に磨きがかかっていくようだ。

 午後10時、『アトムの遺伝子 ガンダムの夢』を読む。
 現代日本におけるモノ作りの一つの原点。
 第五回まで読了。

 午前0時、就寝。

第三話「カカシとセルロイドの美女とライオンがメリーゴーラウンドの中で踊る話」 2

2007年12月09日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.10:05

「えっと、ドロシーさん……でしたよね」
 柱にもたれたまま目を閉じていたドロシーは、声をかけられて目を開けた。
「……ああ、カナちゃんね」
「先輩は何処ですか? オカダさんに、リョウさんと先輩が喧嘩してるって聞いて……」
 ドロシーがトイレの方を指差すと、カナの顔色がサッと変わった。
「まずいですよ。先輩、殺されちゃいます!」
 カナの真剣な台詞に、ドロシーは軽く笑った。
「どうして笑うんです? リョウさんは恐い人ですよ!」
「それはどうかな? まあ、おとなしくここで待ってましょうよ」
 カナはドロシーの楽しげな瞳を睨みながら呟いた。
「……貴女、本当に先輩の何なんです? 先輩のこと心配してないんですか?」
「どうでしょうね?」
 ドロシーは呟き、そうだ、と手を叩いた。
「何か飲み物でも買ってきてくれない? 喉が乾いちゃった」
「……どうして私が?」
「いいじゃない」
 カナは不機嫌な顔でドロシーを睨んでいたが、小さくため息をついてドロシーから金を受け取り、ふと鼻を触って呟いた。
「石鹸、安物使ってますね。三流のラブホテルの物みたいですよ……まあ、どうでもいいですけど!」
 そしてカナは精一杯嫌味な響きを込めて言った。
「先輩と寝たからっていい気にならないで下さいね、おばさん!」
 声をかけてきた男を突き飛ばしながらカウンターの方に向かうカナを見送りながら、ドロシーはしばらく呆気に取られていたが、やがて可笑しさを堪えるように笑い出した。
「面白い子ね」
 それからドロシーはトイレの方を振り向いた。
「さて、こっちはどうなるかな?」

「悪いな、ついカッとなっちまった。顔は大丈夫か?」
「ああ……大したことはないよ」
 僕達は男子トイレの中にいた。スケアクロウのトイレはクラブのものとしては清潔で、主要な駅のトイレくらいの大きさがあった。
 僕は一対一の決闘に臨むガンマンのような気持ちでトイレの中に入ったのだが、僕と二人っきりになった途端、リョウは態度を変えた。
「周りの奴らのこともあるしな……まあ許せよ」
 リョウは洗面台で蛇口から直接水を飲みながら言った。
「ビールって、あんまり美味くないよな。いつも気分が悪くなる。どうしてあんなものが売れるんだろうな? ワインは好きなんだけどなあ」
「さあね……僕はアルコールは苦手だから」
 僕は警戒を解くことなく、リョウの隣の洗面台に少しずつ近寄った。
 確かにリョウの立場上、彼がああするのは当然だ。仮に彼が、本当に怒っていなかったとしても……説明としては筋が通ってる。
「そんなに警戒するなよ。怒ってなんかいないって」
 リョウはついでに洗った顔を拭いながら言った。
「確かに、お前が生意気なことを言った時にはカッとなったよ。でも、今はお前のことは怒ってない。本当だって。それどころかお前のことは見直したよ。俺に面と向かって言い返す奴なんて滅多にいないからな」
「……そうかな?」
 僕は、もしかしたら本当にリョウが怒っていないのかもしれないと思い、少し緊張を解いて洗面台の鏡を見つめた。左の頬から顎にかけて、どす黒く腫れ上がってしまっている。水で冷やした方がいいかもしれない。
「ところで、あの女は誰だ? 昼間はいなかったような……」
「昼間?」
「いや、こっちの話だ」
 リョウはそれ以上は何も言わなかった。誰か知り合いにでも見られたのだろうか?
「それにしても、いい女じゃないか。もう寝たのか?」
「…………」
 リョウは僕の無言から、まだ何もしていないと判断したらしい。僕のいる洗面台に近寄ると、鏡を覗き込んで衣服を整え始めた。
「なあ、あの女のこと好きなんだろ? ……ほら言ってみろよ」
 リョウが悪戯っぽく笑い、からかうように言う。僕の強張っていた顔の筋肉が緩み、自然と笑みを形作ったのが鏡の中で見えた。
「そうだね……彼女のことは好きだよ。彼女の前じゃ、ちょっと格好をつけたくなるくらいにね」
 僕は手を洗いながら、リョウに立ち向かえたのはドロシーの前でこれ以上格好の悪い所を見せたくなかったからだということに改めて気づいた。僕も所詮はそこらの男と同じように意地っ張りだということだろうか?
 僕は無性に可笑しくなった。そして、それによってリョウと対等に話せるようになったのなら悪くないとも思った。
 だけどこの時の僕は、まだリョウのことをまったく理解していなかった。

「お前は大した奴だよ」
 リョウは言った。
「他の奴みたいに能無しでもないし、物事をちゃんと自分の頭で考えてる。それに結構、やる時はやるしな……勇気があるよ」
 リョウは手を伸ばすと僕の即頭部の髪をかき上げた。
「正直、大した奴だと思うよ……ただなあ」
「……何だい? 『ただ』って」
 リョウの手が僕の耳の所で止まった。リョウの手は冷たかった。
「ただ……その方向は間違ってるな」
 次の瞬間、視界が下方に九十度回転し、僕の頭は洗面台の中に押し込まれた。
「お前は何もわかっていない」
 リョウは顔を上げようともがく僕の頭を信じがたい腕力で押さえつけると、水を溜める為のコックを引き上げ蛇口の栓を全開にした。
「お前は何もわかってないんだ」
 僕は洗面台に頭を打ちつけられた衝撃も忘れて必死に抵抗したが、リョウの手はがっちりと僕の頭を押さえこんでいてびくともしない。しかも親指の爪が肌に食い込み、破れた所から血が流れ始めた。
「血が出てるな……水が赤くなっちまってる」
 ひどく遠くの方からリョウの声が響いてくる。僕は無我夢中でリョウを蹴り飛ばして何とか水面上に顔を上げ、激しく咳き込んだ。
 途端、リョウが僕の後ろ襟をつかみ、一気に床に引き倒した。昏倒している間もなく、今度は強引に立たせられる。
 一瞬激しい貧血を起こし、頭の中が真っ白になった。
 気がつくと、リョウは僕を自分の体で壁に押しつけるようにして立っていた。
「……俺はお前のことを、高く評価してるんだぜ?」
 リョウはポケットからナイフを取り出すと、刃を出して僕の目の前にちらつかせた。
「だが、お前は能力を間違った方向に使ってしまっている……わかるか?」
 リョウの顔は青ざめ、目だけが爛々と光っている。
「俺には力がある。誰にも負けない力がな……俺は年寄りや女とは違う。あいつらは無力で何もできない。だから俺が支配する……簡単な理屈だろ? 俺が年寄りを殺して何が悪い? あいつらには若さも力もない、あるのはせいぜい金くらいだ。くだらないとは思わないか? あいつらがこのくだらない国を更にくだらなくしているんだ。俺達にはこの国を良くする義務ってのがあるんだろ? だったら、あいつらを殺して金を取って何が悪い。少しはこの国が良くなるってもんだろ!」
 リョウは僕の髪をつかんで顔を持ち上げると、喉にナイフを突きつけた。
「女だって同じだ。あいつらは恋だの愛だのと言ってすぐに男を責める。だが、あいつらが本当にそんなものを信じてるのか? あいつらは自分さえ良ければ他人がどうなってもいいんだ。あいつらは恋だの愛だのと言って発情して子供を生む、それだけだ。少しでも金に困れば、自分の子供だって売り飛ばすかもな……何処かの金持ちにでもな!」
 そこまで一気に喋ると、リョウはナイフを退けて僕の肩に額を当てた。リョウの左手は僕の体を抱きかかえ、力なく垂れ下がった右手のナイフが壁に当たって音をたてる。
「……誰かみたいにな……」
 リョウは僕の肩から顔を上げることなく話し始めた。
「お前だってわかるだろ? 女なんかくだらないんだ……アユミの時にわかったろ?」
「……アユミ?」
 どうしてこんな時にアユミの話が出てくるんだ?
「あれは……君が仕組んだんだろう? 確かに……うまくはいかなかったけど」
 僕は今まで、アユミについてリョウと話をすることを避けていた。だが、彼女について聞きたいことは沢山ある。
 と、リョウが不意に顔を上げて笑い出した。
「うまくいく? そんなわけないだろ? あいつとお前がうまくいったら奇跡だよ」
「ならどうしてあんなことを言ったんだよ? 僕と寝たら抱いてやるなんて……」
「あいつはプライドが高いからな。お前と衝突することはわかってた……頭いいだろ?」
 リョウは僕から離れると悪戯っぽく笑った。僕は壁から一歩も動けなかった。
「……それじゃあ、まるで……」
「授業の一環さ。あれでわかっただろう。女ってのは自分の欲望の為なら誰とでも寝ることができるんだよ」
 リョウは悲しげに肩をすくめたが、すぐに狂ったように笑い出した。僕は体の中に何か冷たいものが凝り固まっていく気がした。
「彼女とは……約束通り、寝たのかい?」
「そんなわけないだろう」
 僕が何とか吐き出した質問に対するリョウの回答は、あまりにも残酷なものだった。
「俺は女どもとは違うんだ、自分の寝る相手は自分で決める。しつこいから二、三発殴ったらおとなしく帰ったよ。それからすぐだったかな? あいつが学校で問題を起こしたのは。まったくバカな奴だよな」
「……リョウ!」
 僕はリョウに向かって拳を振り上げた。しかし僕が拳を振り下ろすよりも早く、僕の喉元には再度ナイフが突きつけられていた。
「お前が俺に勝てると思ってるのか? いい加減、利口になれよ」
 リョウはナイフを持っていない左手で僕の髪をかき上げ、剥き出しになった耳に口を寄せた。
「俺に従え。それが生きる道だぜ?」

 僕らは凍りついたように動かなかった。
 髪から流れ落ちる冷たい雫が、汗と混じり合って下着を肌にへばりつかせる。
 僕の体の内側を、恐怖とも怒りとも判断のつかない嫌な感じが這い回っていた。
 リョウはしばらく何の感情もない目で僕を眺めていたが、不意にナイフを退けた。
「そんなに固くなるなよ。夜は長いんだ、楽しもうぜ?」
 そして小さく微笑むと、ナイフの刃を戻してトイレの出口に向かった。
 ……僕は負けたのだろうか? 僕は考えた。僕はここに、リョウと一騎討ちをするつもりでやってきたはずだ。まるで映画のヒーローみたいに。
 客観的に見れば、僕はリョウに何一つできず、散々痛めつけられたのだから、やはり負けたということになるのだろう。
 だけど何かが違う。リョウも完全に勝ったわけじゃない気がする。まるで違うルールのゲームを二人でやっていたようだ。
 ヒーローは正しいから勝つのだと誰かが言っていた。強いから勝つのだとも。
 でも、正しいとか強いってのが、一つじゃなかったらどうするのだろう?

「カッコイイわよ、だいぶ派手にやったみたいね」
 トイレを出ると、すぐそこの壁にもたれてドロシーが立っていた。
「いいや、やられっぱなしだよ」
 僕はドロシーの横まで行って壁に軽く後頭部を当てた。壁を通してフロアの振動が頭蓋骨に伝わってくる。首をひねるとリョウ達が見えた。ジンと数人の者が僕を見てリョウに何か言っている……どうも僕が無事に動いているのが気に食わないらしい。やがてリョウがフロアに出たので、ジン達は僕の方を忌々しげに見つめながらもそれに続いた。
「昔、正義っていうのは一つだと思ってた。何か一つの大きな真実があるんだって」
 僕は壁にもたれながら呟いた。ドロシーは何も言わずにフロアの方を眺めている。
「僕は小さい頃から、他の子とは親しめなかった。でも、それは自分が変なんだと思っていたんだ。普通の子供じゃない自分が変なんだってね」
 リョウは黒いコートを脱ぎ捨てると、フロアの中央に進み踊り始めた。速いビートのテクノミュージックに合わせて、リョウの体が回転する。
「だから小さい頃の僕は、他人に合わせようと必死だった。いわゆる『良い子』になろうとしてたんだ。宇宙人が地球人に成りすまそうとするようにね……でも、僕は普通の子供にはなれなかった。僕は未だに変な子供のままだ」
 僕は大きく息を吐き出した。
「……小さい頃は、たった一つの真実があるんだって思ってた。誰もがそれを目指しているんだと……でも、真実は一つじゃなかった。僕が今まで信じていた真実は、僕を救ってはくれなかった。僕は何をすればいいんだ? 何処に行けばいい? ……何を信じればいいんだろう?」
 リョウは降り注ぐ色とりどりの光を浴びて踊っていた。彼の肉体が主の意志に忠実に従い、美しい動きを作り続けている。彼の周りには、その動きに魅せられたように大勢の者が集まり、一緒になって踊っていた。
「違うから面白いんじゃないの?」
 不意に、それまで黙っていたドロシーが呟いた。
「……何だって?」
 僕が尋ね返すと、ドロシーは顔を動かさずに続けた。
「普通普通って言うけどさあ、この世の中に『普通』なんてないよ。みんな何かを抱えてる。あの男だってね」
 ドロシーの視線の指し示す先には、踊るリョウの姿があった。僕は先程垣間見たリョウの激情を思い出した。
「アタシのことは変わってるから好きなんでしょ? あんなこと言われたのは初めてよ。ちょっと傷ついたなあ」
 ドロシーは微笑み、僕の左頬に優しく手を寄せた。
「アタシも、貴方のことは変わってるから好きよ」
 左頬は少し痛かった。

「先輩、大丈夫ですか?」
 不意に後ろから声がかかり、右頬に冷たい物が押し当てられた。振り向くと、カナが缶ジュースを持って僕を見上げていた。
「ああ、カナちゃんか……吃驚したよ」
「お取り込み中でしたか?」
 からかうような口調で言い、カナは悪戯っぽく微笑んだ。
 カナは昼間の制服姿とは違って、体に合った黒いセーターを着ていた。透き通るような白い肌が更に強調され、目元に薄く施されたメイクがモルフォ蝶の鱗粉のようで美しい。
「心配したんですよ。先輩がリョウさんと喧嘩したって聞いたから……」
 カナは体を密着させるようにして近づいてきた。タイトなセーターは却って体の線を感じさせる。僕はカナが結構メリハリのあるスタイルをしていることに気がついた。
 こんなに可愛い子が売春をするのは良くない。僕が金だけはある中年のオヤジだったらどんな大金を要求されても絶対に買うだろうな、ってことも含めて本当に良くない。僕はカナの折れるんじゃないかってほど華奢な肩をつかみ、優しく押し返して微笑んだ。
「ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと殴られたけどね」
 僕は頬に手を当てた。ドロシーの前でもそうだが、カナの前でも少し格好をつけてみたくなる。後ろでドロシーが笑ってるんじゃないかとも思うが。
「カッコイイですよ、先輩。リョウさんとやり合うなんて」
 ……カッコイイか。僕は少し可笑しくなった。
「全然カッコよくなんかないね。とんだ茶番だよ」
 苦笑交じりに呟いた途端、僕を見つめるカナの視線が戸惑ったようなものになる。しかし僕がどうしたのだろうと思った時には、カナは元の表情に戻っていた。
「そんなことないですよ」
 カナはもう一度ニッコリと笑うと、後ろで僕らを眺めていたドロシーを(やっぱり笑ってた)引っ張って少し離れた所に連れて行った。
「……何か嫌がられるようなことを言ったかな?」
 僕は少し不安になった。

「どうしちゃったんですか、先輩は? 昼間より数倍はカッコイイじゃないですか」
「そうかなあ?」
 ドロシーが意地悪く微笑む。カナは微かに眉根を寄せ、ドロシーを睨みつけた。
「まさか、貴女のせいだとか言わないで下さいね!」
「別にあいつが誰と寝てもかまわないんじゃなかったの?」
 ドロシーの問いに、カナは一瞬詰まってから答えた。
「……あの人が誰と寝たってかまいませんよ。別に自分だけのものにしたいってわけじゃないですから……でも」
 カナは小さく息を吐き、独り言のように呟いた。
「……あんな変わった人を好きになるのは、私くらいだと思ってたのに……」
「その台詞、あいつに聞かせてやりたいわ。何て言うかな?」
 可笑しそうにクスクスと笑われ、カナは少し声を荒げた。
「悪いですか!? 私は優しいだけで何も面白い所がないよりは変わってるくらいの方が好きです! すぐに底が見える人なんて何が面白いんです!?」
「確かにね。でも色々言ってるけど、本当にあいつのことが好きなのかどうか」
「……経済的に興味ある素材だと思ってるんですよ。長い投資をしてもいいって思うくらいにね」
 カナは自分がからかわれていることを悟り、意識的に落ち着いた声で答えた。
「私は人生はビジネスだと思います。恋愛だってそうです。どうせ恋をするなら自分にとってプラスになる人の方がいいじゃないですか。先輩はとても興味深い存在です。私はあの人のことを『買って』るんですよ」
 カナの答えに、ドロシーは満足げに微笑んでカナの肩を叩いた。
「貴女みたいな人がいるなら、この国の将来も明るいわね」
 それから声を低くして呟いた。
「彼に目をつけてるのは私たちだけじゃないから気をつけなさいよ」
 カナはしばらくドロシーを見つめていたが、やがて表情を和らげた。
「貴女も変わった人ですね……何者なんです?」
 ドロシーはカナの額に軽く口づけると、笑って言った。
「実は魔女なのよ」
「へえ……私、本物の魔女さんに会うのは初めてです」
 カナも額を触りながら微笑んだ。

 僕はドロシーとカナが話をしているのを眺めていた。
 何か言われてるんじゃないだろうか? ドロシーには色々と情けないところを見られてるからなあ。
「まあいいか……本当のことだからなあ……」
 僕は半分諦めて呟いた。
 その時、二人が僕の所に戻ってきた。
「先輩、せっかくスケアクロウに来たんですから踊りましょうよ。ほら!」
 カナが僕の手を取り、強引にフロアに連れていこうとする。
「ちょっと待ってよ、今日はもう帰るつもりなんだ。これ以上ここにいたら、また騒ぎになるかもしれないし……」
「何言ってるんですか。そんなこと気にしなくていいですよ」
「気にするなって言われても」
 カナは僕の言葉に耳を貸さず、やけに楽しげに僕の手を引っ張っていく。ドロシーまで僕を後ろから押し始めた。
「モテるわね、色男さん。夜は長いのよ、楽しまなくっちゃ」
「……わかったよ。だから手を放してくれ」
 僕は乱暴にならないよう二人の手から逃れようとした。
 ……と、その時。スケアクロウの入り口の方で何か騒ぎが起こった。
「何だろ?」
「誰か来たみたいですね」
 見たところ喧嘩という雰囲気ではないし、カナが言った通りのようだ。オカダの言っていたメインのDJだろうか?
「面白いのが来たわね」
 ドロシーが呟いた。

「リョウ!」
「何だよ、邪魔するな」
「今日のメインのDJって知らされてないだろ? どうも『K』らしいんだよ!」
 リョウは踊りを続けながら呟いた。
「へえ、あいつか……刑務所に入ってたんじゃなかったのか?」
「昨日出所したらしいんだ。それで受付が呼んだんだよ。あいつら仲がいいから……」
「成程ねえ。で、それだけか?」
 鬱陶しそうに仲間を睨む。
「そ、それだけじゃないんだよ。あいつらも来るらしいんだ、『カウボーイ』達が……」
 リョウは今度は明らかな不快感を顔に出した。
「あのジジイか……!」

 その時、スケアクロウに数人の者が入ってきた。