森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

妻が骨折しました

2010年08月31日 | Weblog
 足の親指を折って全治一ヶ月です。
 春に痛めた膝もまだ良くなっていないと言うのに、追い討ちをかけるようなこの仕打ち。
 本当に呪いでもかかってるんじゃないかと疑いたくなりますね。
 やれやれ……。

浮遊島の章 第24話

2010年08月25日 | マリオネット・シンフォニー
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「白のポーンと黒のナイト、魔女の城に一番乗り」
 魔女の格好に着替えながら、玉響はチェス盤を眺めた。
「もう一人、すぐ近くに白のクィーン“不死鳥”もいるけど……入ってくる様子はないわね。まあ、この駒はエキストラみたいなものだから、できればあまり動いて欲しくはないんだけど。それよりも問題なのは……」
 玉響が盤上の一点に険しい視線を向ける。
「黒のクィーン“死”ね」



第24話 アート、狂気の果てに



「アート、しっかりするんだ。アート!」
「う……っ」
 アートはノイエに揺り起こされて目を覚ました。スケアとの戦いに敗れ、衝撃波に弾き飛ばされて、ずっと意識を失っていたのだ。
「ノイエ……?」
「そうだ、僕だ。アート、一体何があった……アート?」
「……ノイエ、俺は」
 震える腕を伸ばしてノイエの頬に触れ、今にも消えそうな声で呟くアート。
「俺はどうすればいいんだ……」
 ノイエは悟った。
 アートもまた、決定的な敗北に打ちのめされたのだ。
 そして自らの信念を根底から覆されたのだろう。自分と、同じように。
「──大丈夫だ、アート。大丈夫」
 ノイエは優しくアートを抱き締めると、己自身にも言い聞かせるように囁いた。
「今は何も考えなくていい。ゆっくり休んで落ち着いてから、改めて道を探せばいい。こんなになってまで、無理に戦う必要なんてないんだ」


「ダメじゃない、ノイエ」


 ノイエの背筋を戦慄が駆け抜けた。
 反射的に振り向いた先、背後にたたずむ少女の姿に、音をたてて唾を呑み込む。
「……アミ……」
 絞り出すように名を呼ばれ、アミは可憐な微笑みを浮かべた。
「戦わなくてもいい、だなんて。とても貴方の言葉とは思えないわ」
「アミ、僕は……」
 ノイエはアートを抱えていた腕を放し、ゆっくりと立ち上がった。
「どうしたの?」
 アミがやわらかく尋ねる。
 ノイエは少し躊躇ったが、やがて小さな声で呟いた。
「僕はもう……戦いたく、ないんだ」

「…………!」
 アートが大きく目を見開く。

「誤解しないで聞いてほしい。僕は今まで君の言葉が間違ってるなんて思ったことはないし、それは今でも変わらない。トトの力を手に入れて、世界を正しい秩序に導こうというハイムの理念も理解できる。そのためには僕らのような兵士が必要だということも──だけど」
 ノイエは苦しげに呟いた。
「僕は、勝てなかったんだ。オリジナルにも、フジノ・ツキクサにも。僕だけじゃない。あのとき僕の身体の中に入り込んできた『何か』でさえ、結局あの二人には勝つことができなかった」
「それは貴方の戦闘力が及ばなかったからでしょう?」
「それだけじゃないんだ!」
 ノイエは叫んでいた。
「だったらどうして僕はフジノを殺すことができないんだ!? 敵であるはずの僕と戦おうともせずに、何の警戒もなく眠ってしまうような彼女を目の前にして、どうして! 僕は──!」
「ノイエ、落ち着いて」
 興奮するノイエの手を優しく握り、アミが穏やかに話しかける。
「貴方は混乱しているのよ。無理もないわ、一時的にとは言え外部からの強制介入を受けた上に、アステルの風に巻き込まれて機体を激しく損傷してしまったんだもの。きっと、精神的にも不安定になってしまっているのね」
「……っ! 僕は混乱なんてしてないっ!」
 ノイエはアミの手を振り払うと、右腕をノイバウンテンに変形させた。
 何故かはわからない。
 だが、何か大切なものをけなされたような気がする。
「オリジナルが──スケアが言った通りだった。僕達は何も知らない。本当のことを、何一つ知らない! そんな状態で、これ以上殺し合いなんてしたくないんだ!」

「……そう」
 アミが静かに目を伏せる。
 途端、ノイエは周囲の気温が急激に低下したような錯覚に囚われた。今まで耳に心地良く響いていたアミの声が、まるで冷たい霧のように手足に纏わりついてくる。
「それじゃ、仕方ないわね」
「……くっ」
 ノイエはノイバウンテンを構えたまま、無意識のうちに後退していた。
 今まで彼女のことを戦闘員として、ましてや倒すべき相手として見たことなどない。
 だが。

 ──勝てない。

 圧倒的な絶望と共に、ノイエは悟った。
 殺気も、怒気も、闘気すらもなく、ただ静かに佇む少女。その内に潜む、得体の知れない“何か”を察知して。
 ……と。

「ノイエ」
 倒れていたアートがいつの間にか起き上がり、ノイエの肩に手をかけていた。
 正面のアミから目を逸らさず、ノイエは告げる。
「アート、僕と一緒に行こう。グラフもきっとこの島の何処かにいる。3人で考えれば、きっと答えが見つかるはずだ」
「ノイエ、お前だけは……」
 アートの手に力が込められる。
 次の瞬間。
 アートはノイエを強引に振り向かせると、腹部に拳を叩き込んだ。
「……アー……ト……?」
 呆然と呟き、意識を失うノイエ。
 力なく崩れ落ちたノイエの身体を抱き締めて、アートは囁いた。
「お前だけは裏切らないでくれ……」

   /

「最近さ。このままでいいのかな、って思ってたんだ」
 魔女の城の中。
 迷路のように入り組んだ通路を手探りで進みながら、グラフは言った。
「そりゃ俺はクラウンだよ。戦闘用に生み出された人形だ。戦って人を殺すのが仕事だと思ってた。でもさ、外の世界を知って色々な情報を手に入れる度に、今まで俺に与えられてた情報がどんなに偏ったものだったかってことを思い知らされるんだ」
「私もよ。ハイムにいた頃は同じようなことを考えてたわ」
 アイズが頷く。
「なんかね、自分が最初から用意された乗り物の上に乗っかってるような気がしたの。多分それに乗ってれば楽だし、何の心配もしなくていいんだろうけど、でも自分が本当にしたいことは、この乗り物から降りなきゃできないって思ったのよね」
「それで本当に密出国してしまうあたり、やっぱり君は凄いな」
 グラフの苦笑は、すぐに自嘲の色を帯びた。
「俺にはできなかった。そもそも、自分が何をしたいのかがわからなかった。この乗り物を降りたとして、じゃあ自分はどうするつもりなのか……ってね。でも、あの時」
「あの時?」
「トトの歌が聞こえてきて、ボノボノ君が現れたときさ」
 グラフは大きく手を拡げると、声を弾ませた。
「俺さ、初めて『名前のない通り』を見たときのことを思い出したんだ。その時俺は、普通の男の子になりたいなって思ったんだ。与えられた偽の記憶にあるような、何処にでもいる普通の男の子に。でもその時の俺は、まだ生まれたばかりで何も知らなかったしどうすることもできなかった。自分がそんなことを思ったってことも、すぐに忘れた。そのことを、思い出したんだよ」
 グラフは立ち止まると、アイズの瞳を真っすぐに見つめた。
「君と一緒にいて、お互いの立場とか、そんなの全然気にせずに話をして、少しだけど分かり合えて。なんか俺、やっと本当に、普通の男の子になれたような気がするんだ」


「アイズ。俺は君と一緒に旅がしたい。やっと見つけたんだ、自分のやりたいことを」


「それ、プロポーズじゃないでしょうね」
 グラフの言葉が本心からのものであることを感じ取り、返答に困るアイズ。グラフは少しの間、何も言わずにアイズを見つめていたが、やがていつもの雰囲気に戻ってニッと笑った。
「なに言ってるんだよアイズ。プロポーズなら、さっきとっくに済ませたじゃないか!」
「……そうだったわね」
 アイズは額に手を当てて溜息を吐いた。
 そのまま背を向けて歩き出し、追いかけてくるグラフに素っ気無く告げる。
「私もね、旅に出たばかりのときは何もわからなかったわ。けど、たくさんの人と出会って、一緒に色々なことを経験して、少しは成長できた気がする。もしずっと一人で旅をしてたら、今でも何も知らないままだったと思うから……だから」

 
「一緒に旅をする『だけ』ならいいわよ」

 
「……へっ?」
「何よ。聞こえなかったの?」
 立ち止まって振り返り、呆けた顔で立ち尽くすグラフを軽く睨む。
 グラフはしばらくの間そのまま呆気に取られていたが、やがて言葉の意味を理解すると、苦笑混じりに呟いた。
「やれやれ、つれないなぁ」
『でも気をつけて? 普通の男の子だって、突然オオカミさんになることもあるのよ!』
「うるさいっ! って、片手だからツッコミができない……」
『ホッホッホッ。ウサちゃんチョーップ!』
「いてっ! やったなーっ!」

 ウサギの人形を片手に一人で漫才を続けるグラフ。
 その表情は本当に楽しそうだった。
 こいつは私に似てるのかもしれない、とアイズは思った。
 そして気がついていた。
 グラフがそばにいることに、いつの間にか、安心と安堵を覚えている自分に。

   /

「ノイエ、そこにいるの?」
 外から大きく声をかけ、フジノは洞窟の中に入った。
 つい先程のこと。木陰で眠っていたフジノが目を覚ますと、ノイエの姿は何処にもなかった。周囲を探し回ったが見つからず、もしかしてと思って洞窟にも足を運んだのだ。
 一夜を明かした洞窟の奥には、二人で囲んだ焚き火の跡がある。
 そしてそれ以外、何もなかった。
「まだ傷も完治してないのに……」
 呟き、溜息を洩らして外に向かう。
 その時、フジノは洞窟の入り口に誰かが立っていることに気がついた。
 ここからでは逆光になっていて顔がよく見えないが、外光に縁取られて小柄な少年の輪郭が浮かび上がっている。
「ノイエ!」
 フジノは安堵の笑みを浮かべると、小走りに近づこうとした。
 と、その時。


「……やるんだ、ノイエ」
 ノイエの背後から現れたもう一つの人影が、抑揚のない声で短く命令した。同時に、ノイエの右腕がノイバウンテンへと変形する。
「ノイエ!?」
 フジノの叫びを掻き消して、ノイバウンテンが発射される。
 刹那、フジノは気づいた。白い閃光に照らされたノイエの顔が、感情が抜け落ちたように無表情であることに。そしてその瞳が、人形のように精彩を欠いていることにも。
 次の瞬間、洞窟は周囲の森と共に吹き飛んだ。
「くっ……!」
「逃がすか!」 
 咄嗟に洞窟の天井を貫き、上空に逃れたフジノの眼前にアートが迫る。その手に握られているのは、先の戦闘で折れた剣【F.I.R】よりも更に巨大な長剣。
「貴様などにノイエは渡さん!」
 アートが長剣を振りかぶると、赤熱した刀身の周囲に炎が噴出した。

 フジノとアート、そしてノイエの戦いが始まった。
 アートが新たな剣による近接戦闘を仕掛け、距離を取れば炎風の刃と共にノイエのノイバウンテンが襲いかかる。反撃しようとするとノイエがアートを庇い、フジノは攻勢に転じることができない。
「ノイエ、目を覚ましなさい!」
「無駄だ!」
 自分からノイエに近づこうとしたフジノを、今度はアートが炎の壁で遮る。次々と襲いくる炎と風の波状攻撃を防ぎながら、フジノは叫んだ。
「貴方、自分が何をしているのかわかってるの!? 今のノイエは明らかに普通じゃない! そんな状態で戦わせるなんて、へたをすればノイエは一生あのままよ!」
「黙れ! ノイエは純粋な兵士なんだ、それを貴様などに汚させはしない!」

「貴方……」
 フジノは何かに気づいたように目を細め、そして小さく呟いた。
「それは“愛”じゃないわよ」

「黙れっ!」
 アートが剣を振りかざす。
 避けようとした瞬間、剣の刀身がグラフの右腕と同じように鎖状に変形し、フジノの身体に絡みついた。
 一瞬の勝機を見逃さず、アートが鋭く言い放つ。
「ノイエ!」

 刹那、白色の閃光がフジノを飲み込んだ。

「よくやった、ノイエ」
 アートは鎖状の剣を元に戻すと、ノイエの元に駆け寄った。
 しかし、ノイエは相変わらずの無表情で何の反応も示さない。
 一瞬、アートは哀しげな表情を見せたが、すぐに自身の感情を打ち消すように顔を背けた。
 その時、アートの脳内の通信機に反応があった。
 相変わらず妨害されているのか通信が可能な状態ではないが、そう遠くない場所に、よく知った者の存在を告げている。
「次はあそこだ。行くぞ、ノイエ」
 アートの視線が向かう先には、森に囲まれた巨大な城が聳え立っていた。

   /

「トトは……上にいるのかな」
 巨大な吹き抜けの回廊を見上げながら、アイズは呟いた。
「そして多分、この島で起きてる出来事のすべてを仕組んだ張本人も」
「しっかし、本当にそんな奴がいるのかねえ」
 グラフが腕を組んで唸る。
「確かにこの島に着いてからというもの、色々と不自然な点は多いが……少なくとも幻に関しては、さっきアイズが言ってたNo.19『イマーニ』の仕業なんだろう?」
「多分ね。でもそれだけじゃないのよ。何て言うか、すごく作為的なものを感じるの。だってイマーニの目的は、侵入者を排除してこの研究所を守ることでしょう?」
「なるほどね。それならわざわざこんな手の凝った演出をする必要はない、か。まるでゲームでもして楽しんでるみたいだもんな」
 煉瓦造りに見える壁の金属的な触感を確かめながら、グラフも回廊を見上げる。
「やっぱりその黒幕って、『名前のない通り』の魔女みたいな奴なのかな?」
「きっとそうよ! しわくちゃで根暗で陰険なハバアに違いないわっ!」

   /
 
「……うーん、傷つくなぁ……」
 溜息混じりの玉響の呟きに、もう一人のトトがクスクスと笑う。
 玉響は何処からどう見ても魔女そのものの自分の格好を見ながら、「う~ん……」と少しばかり唸っていたが、不意に盤上の動きに気づいて目を細めた。
「黒のナイトが二つ、魔女の城に到着、か……」

   /

 その時、アイズと共に壁際の階段を上っていたグラフの通信機に、突然アートの通信が入った。
『グラフ! そこにいるのか!?』
「な……アート!?」
 グラフが返信するよりも早く、壁の一部が爆発し、二つの人影が回廊に現れる。
 煙の中から最初に現れた白髪の少年──ノイエは、回廊をぐるりと見渡すと、やがてアイズに目を止めてノイバウンテンを構えた。
「ち、ちょっと待てノイエ!」
 グラフが慌ててアイズを背中に庇う。
 そこに、ノイエに続いてアートが姿を現した。
「グラフ、何故お前がここにいる? 一体この城には何が……」
 言いかけて、アートはノイエがノイバウンテンを構えていることに気がついた。その視線がノイバウンテンからグラフに向かい、そしてグラフに庇われるようにして立つアイズに向けられる。
「貴様はアイズ・リゲル! グラフ、貴様!」

「あのさぁ、話せば長いんだけど、聞いたらきっとわかって……」
「……くれそうな目はしてないわよ」

「ノイエ! 裏切り者を吹き飛ばせ!」
 アートが怒りに彩られた瞳で叫ぶ。
 次の瞬間、ノイエの右手から白い閃光が発射された。

   /

 その頃、魔女の城から少し離れた森の中。
「それは愛じゃない、か。私の台詞じゃないなぁ……カシミールが聞いたら大笑いね」
 木陰に身を隠しながら、フジノは呟いていた。
「切り札っていうのは、最後まで残しておくものよ。これも私のガラじゃないな……あ~、まだ頭がクラクラする」




「まったく、瞬間移動なんてルルドもスケアもよくやるわね」





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浮遊島の章 第23話

2010年08月11日 | マリオネット・シンフォニー
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 玉響とトトがいる、チェス盤の部屋にて。
「白のナイトとビショップ、クィーン“未来”が黒のビショップを撃退。大したものね。おまけに白のルークとクィーン“知性”が黒のルークを引き込んじゃったわ」
『だから言ったでしょう? メルクの力は争いを消してしまう力だと』
 もう一人のトトが誇らしげに笑う。
 玉響はしばらくチェス盤を眺めていたが、ふと何かに気づいてニッと笑った。
「あら。どうやら新しい駒が来たみたいね」
 盤上で開かれた玉響の手のひらに3つの駒が出現する。
「白のナイトとビショップ。そしてクィーン──“不死鳥”か」
 独りでに浮き上がり、盤上に移動する駒達。
 そこはちょうど、ブリーカーボブスのすぐ隣。トゥリートップホテルの船がある所だった。



第23話 新たなる参戦者達



「グッドマン、調子はどう?」
「最悪だよ、姉ちゃん。寝返りは打てないし包帯は暑いし……」
「それだけ言えればもう大丈夫ね」
 グッドマンは包帯でグルグル巻きにされ、ミイラのような格好で横になっていた。一見重症だが見た目ほどにはひどくないらしく、顔色は悪くない。
「カルルさんも、随分と良くなってきたみたいだね」
 寝台脇の水差しを取替えつつ、支店長が看護室の一角に目を向ける。
 そこにはケール博士の好意で譲られた最新式の医療ポットが設置され、中ではカルルが安らかな表情で眠っていた。
「ええ。ケール博士のおかげです。でも……」
 ネーナがにわかに表情を曇らせる。
「何だか大変なことになってきましたね、支店長。フェルマータは平和な国だと思っていたのに……とうとうこの国でも戦争が始まってしまうんでしょうか」
 支店長はネーナを引き寄せると、優しく肩を抱いた。
「戦争は、人の心の歪みが引き起こすもの。そして我々ホテルの役割は、人の身体と心を癒すことだ。私達は私達にできることをすればいい」
「仰る通りです、支店長」
 と、やってきたのはコトブキだった。そばにはジューヌもいる。
「おや、コトブキさん。何処かにお出かけですか?」
「ええ、昔馴染みと約束がありましてね。おっと、噂をすれば」
 何処からか聞こえてきた独特のエンジン音に、コトブキは天井を見上げた。

 コトブキとジューヌが外に出ると、ちょうど白く美しい飛行機が舞い降りてくるところだった。着陸を待たずにハッチが開き、体格のいい壮年の男性が姿を現す。
「おや、ジューヌ君じゃないか! 久しぶりだね!」
「エイフェックス! どうしてここに!?」
「私が呼んだんですよ、ジューヌさん」
 驚くジューヌに微笑みかけると、コトブキは年に似合わぬ快活な声を上げた。
「よぉカイル! 直接顔を合わせるのは何年ぶりだ!? 元気そうで何よりだ!」
「互いにな、コトブキ!」
 スノウ・イリュージョンのエンジン音をものともせずに、大声で会話を交わす二人。
 一方、ジューヌは一人置いてけぼりを食らっていた。
「なんで貴方達が知り合いなのよ!」
「実は私達、世界不良中年倶楽部の会員仲間なんですよ」
 胸の辺りにつけていた妙な形のバッジを見せて、コトブキが事も無げに言う。見ればエイフェックスも、同じバッジを身につけている。
「これは極めて強力な発信機でね。世界中何処にいても位置が特定できるほどの優れ物なんだよ。にも関わらず発信が途絶えたのでね、それまでの位置を頼りに捜し当てたというわけさ」
 ハッチから飛び降りて着地すると、エイフェックスは周囲の森を見渡した。
「ふむ。どうやらここはケラ・パストルのようだな。アイズ君達もここにいるのかな? それにフジノ君も」

「フジノ、ですか。懐かしいですね」
 涼やかな声と共に、スノウ・イリュージョンの中から一人の少女が現れた。女性らしい曲線を描きつつも引き締まった身体を青地のワンピースで包み、手には大きな鞄と日傘を携えている。
 一輪の花飾りをつけた麦藁帽子を目深に被り、長い金髪が花飾りと共に風に揺れる。
「カイル様、私はお嬢様のところに参ります。彼女達の力になってあげたいので」
「いいよ、行きたまえ」
 エイフェッスが短く答える。
 少女は薄く微笑むと、ジューヌに向かって軽く会釈し──忽然と姿を消した。
「い、今のって。もしかして……!」
 幽霊でも見たかのような顔で呆然と呟くジューヌ。
 エイフェックスは愉快そうに告げた。
「お楽しみはこれからだよ、ジューヌ君」

   /

 その頃、森の中ではパティ達と独立軍との騒動に区切りがついていた。
 ハイムに対して生じた疑問がメルクへの敵対心を薄れさせ、カエデとルルド、白蘭、ナーらの少女達が現れたことで、兵士達の戦意が削がれたのだ。
 それから間もなく、幻に惑わされて本隊からはぐれた独立軍の兵士達をロバスミが引き連れてきたことで、一時停戦の空気は確定的なものとなっていた。
「おお、みんな無事だったのか」
「申し訳ありません、オリバー堤督。我々はどうやら幻に惑わされていたようです。その後、何者かによって気絶させられたのですが、こちらの方々に助けていただきました。特に看護婦の方には、傷の手当てまでして頂いて……」
 仲間の生還を喜ぶオリバーに、兵士の一人が報告する。
「そうだったんですか。どうやらメルクの看護婦殿と御見受けしますが、敵である我々を助けて下さるとは……」
 オリバーが熱く白蘭の手を握る。
「いいえ、人の命に敵も味方もありませんわ。看護婦として当然のことをしたまでです」
 普段の性格は何処に行ったやら、おもいっきり猫を被る白蘭。
「気絶させたのも白蘭じゃないか……」
 ぼそりと呟いたロバスミは、白蘭に足を踏まれて悲鳴を上げた。
「? どうかなさいましたか?」
「いいえ、何でもありませんわ!」

 一方、ルルドはパティの側に行っていた。
「パティさん」
「ルルドちゃん……良かったわ、無事だったのね」
 パティは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ごめんなさい。貴女のお父さんをけなしてしまって」
「ううん、いいよ。あたしも突然だったからビックリしちゃっただけだし、もう少しでパティさんに怪我させちゃうところだったし……それよりもさ」
 ルルドは瞳を輝かせて言った。
「すごいね、血を一滴も流さずに独立させるって。かっこ良かった。これがメルクのやり方なんだね」
「……ううん、違うわ。それは……」
「パティ」
 ケイが咎めるように口を挟む。
 パティは「大丈夫」とケイに微笑みかけると、真っ直ぐにルルドを見つめて話し始めた。
「ルルドちゃん、聞いて欲しいことがあるの。実はね」

   *

「そっか……パパが……」
 情報局とアインスの繋がりを知って、ルルドはしかし、にっこりと笑って言った。
「ありがとう、パティさん。パパの考えを受け継いでくれて。パパもきっと喜んでるよ」
「……ありがとう、ルルドちゃん。そう言ってくれると……とても嬉しいわ」

   /

 森を流れる小川から、少し離れた木陰にて。
 すやすやと寝息をたてて昼寝をしているフジノの穏やかな寝顔を、ノイエはじっと見つめていた。
「どうして眠れるんだ? 僕が殺すかもしれないのに……」
 呟き、フジノの首筋に手を添える。
 しかし、フジノは反応しない。
「信じてるのか、僕を? バカな……そんなことをして何になるっていうんだ。歴史は殺し合いの繰り返し、略奪と支配の繰り返しだ。そのはずなのに」
 ノイエはそっとフジノの手を取った。
「何なんだ、この気持ちは……フジノ……君を殺したくない」
 そしてフジノの手にそっと口づけると、ノイエは静かに立ち上がり、足音をたてずにその場を去った。

 しばらくの間、宛てもなく歩いていると、ノイエは前方に誰かが倒れていることに気がついた。
 見覚えのある戦闘服に身を包み、先程別れたばかりの少女と同じ、紅の長髪の持ち主。
「……アート!?」

   /

「いや~、愛だねアイズ~! 口では何だかんだ言ってても、いざって時には助けてくれるなんて~!」
「目の前で人に死なれるのが嫌なだけよっ!」
 アイズとグラフは魔女の城に向かう一本道を走っていた。二人の後ろからは宙に浮かぶ丸い機械が2つ、ビームを発射しながら追いかけてくる。

   /

『あれは何ですか?』
「スパークス・ブラザーズって言ってね、研究所に残ってた部品で作ったの。侵入者を自動的に攻撃する門番みたいな奴よ。主な攻撃方法は御覧の通りのビーム攻撃。機動性もなかなかのものよ」
 もう一人のトトの問いかけに、いそいそと着替えながら答える玉響。
 道化師の衣を脱ぎ捨て、漆黒のローブを颯爽と身に纏う。
『どうしてそんなものを?』
「サービスよ、サービス。魔女のお城に入るための試練としては悪くない演出でしょ?」
 魔女の格好としては定番のとんがり帽子を被りながら、玉響は意味深な笑みを浮かべた。
「ただしルールが一つだけ。あいつらはプライス博士とペイジ博士、ケール博士──そしてプライス・ドールズには攻撃しないの」
『……まさか……』
 もう一人のトトが眉をひそめる。
 玉響はニッと微笑んだ。
「魔女っていうのは意地悪なものなのよ」

   /

「げ、行き止まりだ!」
 ビームの嵐をかいくぐりながら走っていたグラフは、やがて見えてきた魔女の城の門が堅く閉ざされているのを見て慌てて立ち止まった。
「ええい、仕方がない!」
 そのままUターンしてスパークスに飛びかかり、一体を蹴り飛ばすグラフ。当然もう一体も襲いかかってくると予想したグラフだったが、そちらはグラフの横を通り過ぎてアイズに襲いかかった。
「まずい!」
 慌てて追いかけるグラフ。だが到底間に合いそうにない。しかしスパークスは突然アイズの手前で停止すると、無機質な電子音声で言葉を発した。
『データノ照合ヲ終了シマシタ。御帰リナサイマセ、No.1『リング』様』

「──え?」
「リング──だって?」
 呆気に取られるアイズとグラフ。
「何なの……それ」

 その時、もう一体のスパークスがグラフに背後から体当りした。
「うおっ!?」
 転倒したグラフを押し潰そうとするスパークス。片腕のないグラフは思うように押し返せない。
「グラフ! ちょっとあんた達、攻撃をやめて!」
『ソレハゴ命令デスカ? リング様』
 アイズはキッとスパークスを睨みつけた。
「そうよ、命令よ! リングでも何でもいいから、さっさとやめなさい!」
 瞬間、二体のスパークスから火花が飛び散り、煙を上げて停止した。
 急いでグラフに駆け寄るアイズ。

   /

 アイズの叫びと同時に、玉響は弾かれたように手を引っ込めた。
 見れば指先がわずかに赤く、火傷したように腫れ上がっている。
「やるぅ」
 熱そうに指先を口にくわえ、玉響は笑った。

   /

「大丈夫か? アイズ」
 スパークスの下から助け出されたグラフは、アイズの手を取って心配そうに尋ねた。
「それは助けたこっちの台詞でしょ? どうして私に聞くの?」
「顔が青いからだよ。それに少し震えてる」
 アイズは少し黙っていたが、やがて地面に座り込み、
「……ま、そんなとこだろうとは思ってたけどね……」
 蒼褪めた顔を無理に微笑ませた。
「どうも私、人間じゃないみたいね」

「リング──プライス・ドールズNo.1。設定年齢、性別、容姿、能力その他一切不明。公式には、後に続くNo.2、No.3と同様に創造過程で事故死したことになっているが、詳しい原因はわかっていない。ただ一つ確認されていることは、後に生み出された人形達──俺達クラウンも含むすべての人形の、基本となる存在であるということ。つまり、すべての人形の“母親”的な存在ということになるな」
 データベースから引き出した情報を読み上げ、グラフは言った。
「すまないが、俺がアクセスできる範囲ではこれが精一杯だ。歴史的にも、プライス・ドールズ初の成功例はNo.4『レアード』ということになっている。No.3までの初期ナンバーズについては、ほとんど記録が残っていないんだよ」
「そう……ありがと、グラフ」
 アイズは魔女の城の門にもたれて呟いた。
「前々からね、少し変だな、とは思ってたのよ。流石にグラフとかには敵わないけど、運動神経は結構人間離れしてるし、時々妙な力が使えるし。コープの奴も、何か知ってるみたいだったしね。そっか……やっぱ私、人間じゃないのか……」
「その、なんだ。あまり慰めにはならないかも知れないが」
 グラフが頭を掻きながら説明する。
「ハイムのホストコンピューターにある情報を見る限り、君の肉体は間違いなく人間のものだ。確かに能力的には多少突出したところはあるが、それを言うならはっきり言ってフジノ・ツキクサこそ人間じゃない、うん。それに人形って言ったって人間と同じように生活できるし、見た目もほとんど変わらないし、アイズの身体なら間違いなく子供だって生めるんだし……とにかく、気にすんなって!」
「グラフ。貴方、私と子供を作る気なの?」
 アイズが悪戯っぽく言うと、グラフは慌てて手を振った。
「いや、それはその、できるものならそれはそれで是非作らせてもらいたいけど……って、そうじゃなくってだなっ! 何て言うのかな、仲間……そう、仲間だ! アイズが人形だったとしたら、俺たちは仲間じゃないか! だから俺としては、どっちかって言うとそのほうが嬉しいし……って、そんなこと言われても迷惑かなぁ」
「グラフ。貴方って口はうまいけど女の子の口説き方はヘタね」
 一人で喜んだり落ち込んだりしているグラフを見て、アイズはクスクスと笑った。
「そうね、人形でも人間でもいいか……うん。トトだって人間じゃないけどとってもいい子だし、白蘭、ナー、モレロさん、ジューヌさんにカシミールさん、それからスケアさん……あの人達って人間以上に人間くさいしね。よし!」
 アイズは勢いをつけて立ち上がると、両手を挙げて伸びをした。
「自分の本質を知り、それを見極めた上で、自分にできる精一杯のことを探すこと! ただし自分の可能性を見限ってはいけない。よく先生が言ってたわね」
『でも無理しちゃダメなのよ~』
 グラフの左手でうさぎの人形がぴょこぴょこ動く。
「ありがと、ウサちゃん」
 アイズは人形にキスをすると、そのままグラフの手を取った。
「行きましょ、グラフ。ここにいても何にもわかんないわ。多分、答えはこの島の何処かに隠されていると思う。だから前に進まなきゃ」
「君は強いね。本当に」
 グラフは微笑み、慇懃に礼をしながら芝居がかった口調で言った。
「それではアイズ姫、いよいよ魔女の城へと赴きましょうか? 貴女様のナイトが御供いたします」
『ウサちゃん17号もね』
 アイズは嬉しそうに笑って言った。
「じゃあ、行きましょうか。グラフ、ウサちゃん」


  昔か未来か現在か
  名前のない通りがありました
  そこには名前がないけれど
  愛と平和がありました


 二人が声を揃えて歌うと、魔女の城の門が不気味な音をたてて開き始めた。
「やっぱり詳しいな、アイズ」
「実はね、大きくなってからもよく見てたんだ。内緒よ?」
「へいへい」
 グラフは苦笑し、ふと思い出したように尋ねた。
「ところでさ、さっき言ってた“先生”って?」
「ああ、家にいたお手伝いさんのことよ。私が小さい頃から住み込みで働いててね。私のことを特に可愛がってくれた人。私が学校に行かなくなってからは、家庭教師として勉強を教えてもらってたの」
「へぇ、アイズの教師か。一度会ってみたいな。すごい人なんだろうね」
「……そうね」
 アイズは家を捨てて旅に出たときのことを思い出し、少し感傷的な気分になったが、すぐに気を取り直して微笑んだ。
「うん、普通にハイムの学校に通ってたんじゃ、絶対に教えてもらえないこととかも沢山教えてもらったわ。元はハイムの人じゃないみたいでね、世界の地理とか他の国のこととかにも詳しかった。教え方も、学校の教師なんかよりよっぽどうまかったし……もっとも、普段は優しかった分だけ、勉強に関してはちょっと厳しかったけどね」

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 一方、魔女の城から少し離れた場所。
 日傘と鞄を手にしながら、青いワンピースを着た一人の少女が、門の中に消えていくアイズとグラフの後ろ姿を見守っていた。
「いい仲間に恵まれましたね、お嬢様。この分なら、もう私がついていなくても大丈夫かしら。う~ん、ちょっと悔しいなぁ」
 彼女は少し困ったように微笑んでいたが、
「……! この感覚は……」
 不意に何かに気づいて眼光鋭く周囲を見回した。
「“代行者”か。これはちょっと今のお嬢様には荷が重いわね」
 呟きながら、改めて魔女の城を見上げる。


「……頑張って下さいね、お嬢様」



 そして彼女は、またも忽然と姿を消した。


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