森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月05日

2007年12月05日 | あるシナリオライターの日常

 午前1時、就寝。

 夢を見た。
 元声優ということで、アニメのアテレコに飛び入りで参加する。
 マクロスと幽々白書を足して二で割ったようなアニメで、私の役はナレーションと消防車の無線通信音声だった。

 午前8時、起床。
 師からメール。プロットの骨格を抽出する場合、文章ではなく単語を抽出せよ。

 午前10時30分、置き場に困っていた折りたたみ自転車で出勤。社用自転車に。

 午後4時頃、企画書6本目完成。
 新作にかかる数々の制約をクリア。新作候補としては最高の出来か。

 以後、HP制作。
 オフィシャルホームページのデザイン・構成を一新。
 新作発表と同時に更新予定。

 午後7時15分、帰宅。
 『FNS歌謡祭』を観つつ食事。
 へたなアイドルより「くず」のほうがよほど歌唱力あり。
 数年前の映像と比較すると、浜崎あゆみの不健康さがいっそう際立つ。

 頭痛発生。
 歌番組とはいえ、一日パソコンで酷使した目に3時間20分は無理があったか。

 午後11時、就寝。

第二話「黄色い煉瓦で造られた交差点の話」 3

2007年12月05日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.5:27

「俺の家に裏庭があってさあ、小さい頃、いつも遊んでたんだ。庭は広くて周りには高い塀があった。木も何本も生えていてさ、俺はそれに登って外の景色を眺めるのが好きだったよ。小さい頃は人見知りの激しい性格でな、いつも一人で遊んでた……変なガキだったかもな。
 それが不思議だよな。俺が大きくなるのに従って、庭が小さくなっていくんだ。本当だぜ、だんだん小さくなっていくんだ。昔は塀まで走ってもなかなか着かないような気がしたけど、今じゃほんの数歩で辿り着いちまう。昔は大きく見えた木も池も、すっかり縮んじまってる……こないだ久し振りに帰ってみて驚いたよ。あの塀ってこんなに低かったんだな、ってさ。
 お袋は相変わらず木に水をやっていた。……何となく、お袋も縮んだような気がする。親父もそうだ、昔はもっと大きかったような気がするのに……どうしてなのかな?」
 リョウはタバコの煙を吐き出した。煙は白い布のように空中にたなびき、目に見えない微細な繊維が風に吹かれて解けてゆく。
「それってさあ、やっぱり土地の値段が上がったからじゃないか?」
 リョウの隣で話を聞いていたジンは、タバコの箱を開きながら言った。
「俺の親も家を買い替えたいけど金がないって言ってたな。とにかく狭くってさ、いつも雨漏りするんだ。まったく貧乏臭くって嫌になるよな。いつまでも汚い家に住みやがって……リョウ、聞いてる?」
「……聞いてるよ」
 リョウは道路の脇に止めてあるマスタングにもたれた。吐き出されたタバコの煙が風に乗ってジンの顔にかかる。ジンが咳き込むと、リョウは顔を背けたまま軽く笑った。
「リョウ、今日はどうしたんだよ。女を連れてくるって言ってたのに連れてこないし、妙に不機嫌だし……何か嫌なことでもあったのかよ」
 途端、リョウの雰囲気が変わった。
 相変わらず道路の方を向いているので表情は見えないが、リョウの無言の圧力を感じ取り、ジンはそれ以上話すのをやめて取り出したタバコを箱の中に戻した。
 その時、二人の前に三人の男が現れた。年頃はリョウ達と同程度で、いずれも髪を派手な色に染めている。男達は車の周りを取り囲み、二人を睨みつけていた。
「……誰だっけ、こいつら?」
 リョウの問いに、ジンが慌てて返事をする。
「知らないのか? こいつらが俺達の縄張りを荒らしてる奴らだよ。この前言ったじゃないか!」
「……そうだっけか?」
 リョウはジンの説明を聞きながら男達を眺めた。
 すると、三人の中から体格のいい男が歩み出てリョウの近くにやってきた。
 男はリョウよりも背が低く、よく鍛えられて引き締まった体をしていた。典型的なラップグループのような服装に身を包み、絶えず薄く開かれた厚い唇の間から、金色の犬歯が覗いている。
「いい車だな、神野?」
 男はマスタングの車体を軽く叩いた。男の拳には銀色の大きなナックルが填められており、表面に『POWER,ORDER』と彫られている。
 男は拳を車体に押しつけ、そのまま横に滑らせた。ナックルと車体が嫌な音をたてる。男は厚い唇に薄笑いを浮かべて話し始めた。
「お前がこの街のリーダーなんだってな? だがそれも今日までだ。これからは俺達、Killer-Beeがこの街を仕切る。わかった……ギャッ!?」
「おっと、悪い悪い。もしかしたらその顎が燃えるんじゃないかと思ってな……確か、脂肪って燃えるんだろ?」
 リョウは面白そうに笑うと、顎を押さえて呻いている男の前にタバコの吸い殻を投げ捨てた。
「て……っめぇっ!」
 男が血走った目でリョウを睨みつけ、残りの二人も左右に別れて身構える。
「ジン。お前の言う通り、土地の値上がりが原因かもしれないな」
 リョウは右耳のピアスを指で弾き鳴らした。

 PM.???

 夢を見た。
 夢の中で、僕は大きな車の後部座席に座っていた。
 車内は薄暗く、小さな室内灯に照らされて、シートの赤い色がかろうじて見分けられる。
 外には雨が降っており、窓についた水滴が光を閉じ込めながら次々とガラスを横切っていく。水滴の角度から考えるとかなりのスピードで走っているはずなのに、エンジンの振動はほとんど感じない。
 窓ガラスに側頭部を押しつけると、表面についた水滴が髪に染み込み、ひんやりとした感触が伝わってきた。
「……この車は何処に行くんだろう?」
 僕は外を眺めながら呟いた。
 すると、窓の外に遊園地の風景が現れた。美しくライトアップされたアトラクションの数々が、雨の夜空の下で騒がしく動いている。
「何処にも行きはしないよ」
 突然の声に振り返ると、僕の他には誰も乗っていないと思っていた後部座席に一人の男が座っていた。
 夢の中だからだろうか? 男の位置がひどく遠くに見える。顔も服装もよく見えないが、体格は僕と同じくらいだろうか。
「……どういうことだ?」
 僕は体を起こして声をかけた。
「簡単な話さ」
 男は話し始めた。この声……何処かで聞いたような気がする。
「この車には運転手がいない。それにハンドルは少し左にきったままで固定してある。だからいつまでも同じ所をグルグルと回っているだけだ。この車は何処にも行かない……いや、行けないのさ。簡単な理屈だろ?」
「危なくないのか? 運転手がいないなんて」
 どうも落ち着かない。相手の表情が見えないせいか?
「危ないことなんか何もない。この車は誰ともぶつからない、誰も乗せることはない、誰に傷つけられることもない……そして何処にも着かない。いい車だ」
 男は笑ったようだった。声はしないが、シルエットが少し揺れている。
「本当にいい車だ。ここは居心地がいい……一生こうしているのも悪くはないな」
「……冗談じゃない、これから下ろしてくれ」
 男の不自然に陽気な態度が僕の不安を増長させる。男は嘲るような口調で言った。
「そんなこと少しも思っちゃいないくせに……」
 途端、車の速度がいきなり上がり、僕は反動で姿勢を崩した。凄い速さで窓の外の景色が回転し、ミキサーにかけられた果物のように各々の輪郭を失ってゆく。
 男の姿が、遊園地の景色が、すべてが闇に溶け込むようにして消えてゆく。
「お前は誰なんだ!?」
 僕が叫ぶと、地の底から響いてくるような声が車全体を揺らした。

「ここから出たくないんだろう?」

 ……そして目が覚めた。

 PM.5:45

 目を覚ますと、一人の男の姿が見えた。
 男は白いシーツの上に人形のように横たわり、僕を見つめていた。
 痩せた体で手足が細長く、藁人形のような体型だ。
 安っぽい服装は、何処か体に合っていない。
 顔はまあ端正と言っていい方だったが、ひどく虚ろな目と生気のない表情が、男の全体的な評価を落としている。
 まるで地球で迷子になった宇宙人みたいだ、と僕は思った。
 そう、確かにその男は、何処か人間になりきれていない感じがした。
 数秒の混乱の後、僕はそれが鏡の天井に映った自分の姿であることを確認した。

 バスルームの扉が開き、バスタオルを体に巻きつけたドロシーが出てきた。
「……あ、目を覚ましたの? 良かった、やっぱり殴って気絶させたのは悪かったかなって思ってさあ」
 ドロシーは長い髪を拭きながらベッドの横を通り過ぎた。僕はドロシーの姿を眺めてからもう一度目を閉じた。
 ドロシーへの怒りはもうない。それよりも自分に対する嫌悪の方が心を満たしていた。
「……ここは何処だ? どうして僕たちはここにいるんだ?」
「なかなか哲学的な質問ね」
 ドロシーは部屋にあった小型の冷蔵庫を開けながら僕の質問を混ぜっ返した。
 僕は痛む頭を押さえながら起き上がった。少し考えて、ここが何処かはすぐにわかった。多分ラブホテルの一つだろう……確かあの本屋の近くにはこの類のホテルが多い。
 部屋はかなり広く、妙に大きい円形のベッドと、古いテレビと冷蔵庫がある。
 ベッドの脇には小型の机があり、僕の鞄が置かれていた。
「……哲学には果てしなく遠そうな所だね」
 汚れた床を見回して、僕は呟いた。薄暗い照明で誤魔化しているつもりなのだろうが、掃除が行き届いていないのが簡単に見て取れる。天井の鏡は大きなヒビ入りだ。
「そうでもないわよ」
 ドロシーはベッドの端に腰かけた。手には冷蔵庫から出したジュースの缶を持っている。
「だって、この上なら少しは人生を楽しめるもの」
「……それは確かに哲学的だね」
 ドロシーは目を細めるとジュースを飲み始めた。
 湯上がりの肌は薄く色づき、ほのかに湯気が立ち昇っている。黒い髪は流れるように肌の上を這い、小さな水滴が肩口に透明な飾りを作っている。
 ドロシーがジュースを飲む度に、形の良い胸が上下した。
「どうやってここに僕を入れたんだ? 受付で怪しまれなかった?」
 僕はベッドに横たわって呟いた。
「新手のSMだって言ったら納得したみたいよ」
「…………」
 ドロシーはクスクスと笑いながら僕の隣に横になり、腕を伸ばしてジュースの缶をベッドの脇に置いた。
 体を伸ばしたせいで、バスタオルがずれそうになっている。ドロシーの均整のとれた美しい肉体は、野生の動物のように力に満ち、存在感があった。
 鏡の中のドロシーを眺めていた僕は、その隣の僕自身の存在に気づいて目を背けた。
「……ねえ、これ何かな?」
 ベッドの脇を探っていたドロシーが、何かに気づいて声をかける。
 途端、僕の下で金属音がすると、かなりの振動と共にベッドが回転し始め、周りにけばけばしいライトがついた。
「な、何だ!?」
 不意を突かれて混乱したが、間もなく僕はベッドが回転する機能を持っているのだと気がついた。それにしても……随分と昔にテレビや映画なんかでは見たことあるが、こんな物が本当に実在するとは知らなかった。しかも自分が乗ることになるとは……。
「ハハハ、楽しいね。まるでメリーゴーラウンドに乗ってるみたいだ」
 吃驚して飛び起きた僕とは違って、ドロシーは楽しそうに笑っている。
 僕を見つめる瞳が、誘うような光を帯びた。
「……メリーゴーラウンドは嫌いだよ」
 僕は投げやりな動作で体をドロシーの方に向けると、彼女の肩をそっと抱いた。ドロシーの手が僕の背中に伸び、暖かな濡れた感覚が背中に伝わってくる。
 ベッドは僕の頭の芯に鈍い振動を与えつつゆっくりと回転し続ける……何だか意識に霞がかかっているようだ。このベッドにはこんな効果もあるのだろうか? 何となくデパートの展示台の上に乗っているような気もするが……。
 ドロシーの手が僕の背中をまさぐり、首筋へと移動した。僕とドロシーの距離はほとんどなくなり、彼女の匂いや体温まで感じとれる。僕はドロシーの頬に手をかけ、唇を近づけた。
 その時、僕の脳裏に嵐の中で回転するメリーゴーラウンドの映像が爆発的に広がった。滝のように降り注ぐ雨の中、狂ったように回転を続けるメリーゴーラウンド……赤や黄色やオレンジのライトが嵐を切り裂いて光り輝いている。
「……何? どうしたの?」
 僕は頭を抱えてうずくまっていた。心臓の底が抜けたような虚脱感と敗北感が全身を支配している。
「大丈夫? 体の調子が悪いの?」
 ドロシーが再度心配そうに尋ねてくる。
「ダメなんだ……」
「……何が?」
「何もかもだよ、こんなことできない」
 僕の言葉にドロシーは機嫌を悪くしたようだった。
「まあ、勝手にホテルに連れ込んで悪かったわよ、誘うようなこともしたしね。でも、アタシも殴ったのは悪いと思ってるし……貴方のことは結構気に入ってる。アタシってそんなに魅力ない?」
 最後の台詞に妙に力を入れてドロシーが尋ねる。
「君は綺麗だよ。とても魅力的だ。でも僕に君を抱くだけの価値はないんだ」
「何それ。もしかして病気持ち? それとも身体上の欠陥か何か?」
「……昔から何かが違うような気がするんだ。自分が普通の人間じゃないような気が……僕は人間じゃない、人間以下の何かだよ……だから君やカナちゃんに愛される価値もないんだ」
 僕は自分でもよくわからないことを呟き続けた。両目から涙が流れているのがわかる。
「人を愛するのが恐いの?」
 ドロシーは僕の前に横たわって言った。
「……恐いよ。何もかも恐いんだ、君もカナちゃんも……全て」
 僕は目を開けて天井を見上げた。天井の鏡にはライトに照らされて歪んだ僕とドロシーが映り、ベッドの外の景色がゆっくりと回転している。
「まるでメリーゴーラウンドの中にいるみたいだ」
 呟き、僕は天井を見つめ続けた。
 天井の僕も僕のことを見つめている。そしてあの瞳の中には僕の姿が映っているはずだ。そして、やはり僕の瞳の中にも……。
 その時、部屋の電気が消され、周囲のけばけばしいライトも消えた。ベッドの回転が緩やかになり、横でドロシーが起き上がった気配がする。
「……まったく」
 ドロシーは呟くと、バスタオルを外して僕を抱き寄せた。
「バカな男にはつき合いきれないわ」
 ドロシーの肌は少し湿りけを帯びていた。二つのやわらかなふくらみの向こう側から、心臓の鼓動が伝わってくる。
 完全な闇の中だというのに、そこはとても暖かい、心休まる空間だった。
「気にしない方がいいわ」
 不意にドロシーが呟き、僕の顔に彼女の息がかかった。
「そんなことは気にしない方がいい。何も怖がる必要もない……貴方の恐れるものは貴方を傷つけることはできても、貴方を殺す力はない。戦わなければならないものは、もっと別のところにあるのよ」
 僕にはドロシーの言っていることがよく理解できなかったが、不思議と不安が取り除かれたような気がした。
 ドロシーは僕の背を軽く叩き、歌を歌い始めた。それは聞いたこともない言葉の、奇妙な歌い方の歌だった。しかし、その不思議な歌には何処か懐かしい響きがあった。
「……カッコ悪いなあ、僕はさ……」
 呟き、僕はドロシーの体に顔を寄せた。
 歌声が少し止まり、ドロシーの体が微かに揺れる。
 僕は少し笑って目を閉じた。
 再び流れ出した歌声を耳に、ドロシーの体温と動きを肌に感じながら、僕は瞼の裏を眺め続けた。
 果てしなく続く暗闇の中で、世界がゆっくりと回っていた。
 僕も世界の中心で胎児のように体を丸めながら、ゆっくりと回っていた。