森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

学級閉鎖

2009年11月28日 | Weblog
 息子の幼稚園が学級閉鎖になりました。
 新型インフルエンザの感染数が一定ラインを超えたそうです。

 5月には遠足が潰されました。
 今回犠牲になったのは知能検査。昨年、息子がIQ140以上を叩き出したテストです。

 楽しみにしていたのに。
 息子も妻も私も楽しみにしていたのにーっ!

専門学校

2009年11月18日 | Weblog
 合格しました。
 これで4月から学生生活です。

 息子ついては、まだ油断はできないものの、とりあえずは無事です。
 心配してメール等をお送り下さった皆様、ありがとうございました。

浮遊島の章 第3話

2009年11月18日 | マリオネット・シンフォニー
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 近くの港町で物資の補充を済ませた後、アイズ達は情報局中枢組織【メルク】に向けて出発した。
 支店長に勧められ、南方回遊魚をホテルの飛行機と連結させる。
 そうして航行中でも自由に行き来ができるようにすると、アイズとトトは早速ホテルの飛行機を訪れた。
「情報局というのはですね。ここフェルマータ合衆国が抱える警察や裁判所と同様の国家機関であり、マスコミとは異なる形態の情報開示組織──簡単に言えば、情報の番人なんです」
 情報局について知識のないアイズとトトに、支店長は丁寧に説明してくれた。
「その対象となる範囲は一般企業から国家機関、果ては政府内部にまで及び、あらゆる情報を開示する。例えば、何か揉め事が起きた際には、両者の主張や目的を客観的に平等に公開するのです。これによって解決した紛争もありますし、もし解決しなくても常に内部情報が公開され続けるので、滅多なことはできなくなるというわけです」
 更に情報局独自の政策として、『環境企業』の設置についても説明を受ける。
「環境企業制度というのは、各地区の環境管理や福祉を企業に分担させる制度です。企業には貢献度によって等級が定められ、それに応じた援助が支給されます。幸い、我々には競争相手が少なくて、制度設立以来ずっと第一級と認められていますが……地域や業種によっては、かなり壮絶な順位争いが起きているようですよ」
「へぇ……環境企業に登録する、ってそんなにすごいことなの?」
 アイズの質問に、支店長は「ええ」と頷いた。
「順位にもよりますが、登録されているとされていないとでは利益に桁違いの差がありますよ。現時点で世界最大規模を誇り、しかも着々と拡大を続けているフェルマータの通信ネットワークは情報局の管理下にあります。そして環境企業には、このネットワークを利用して広報活動をする特権が与えられるんですよ。等級が上がるほどに多くの枠が割り当てられる仕組みです。フェルマータの国民は環境問題に強い関心がありますから、強力なステータスになるんですね」
「私の若い頃には考えられなかったことですな。あの頃は本当にひどかった」
 コトブキが苦々しい顔で嘆息する。
「環境企業の活動には様々な制約がかかりますが、あの頃の環境破壊に比べれば、今の窮屈さなど物の数には入りません。もう二度と、あんな事故を引き起こさせないためにも……おっと」
 コトブキが言葉を切り、申し訳なさそうにネーナを見る。
「……フロイド企業事故、ですね」
 呟き、ネーナは悲しげに目を伏せた。

   /

「歴史は繰り返す。罪の繰り返し」
 フジノは南方回遊魚の中、暗い部屋の片隅にうずくまっていた。
「どうしたらいいの……アインス……」


第3話 情報局を目指せ


 トト捕獲作戦の失敗から数時間後。
「あなたらしくないわね、ノイエ」
「あれは──勿論、弁解するつもりはないけど──予想外の事態が起きたんだ」
 ノイエは小さな温室の中にいた。
 周囲には色とりどりの花が咲き乱れ、暖かな光が射し込んでいる。ノイエから少し離れた場所には小さな丸テーブルが置かれ、椅子に腰掛けたアートとグラフがおもしろくなさそうに紅茶を飲んでいる。
「フジノ・ツキクサ……かしら?」
「そうなんだ。信じられないことだけど、あのフジノに間違いない」
 ノイエの目の前にも丸テーブルと椅子があり、一人の少女が紅茶を飲んでいる。
 ゆるく波打つ栗色の髪に、同じ栗色の大きな瞳。抱けば折れそうなほど華奢な身体に純白のドレスをまとう姿は、まるで深窓の令嬢のようだ。


 少女は穏やかな物腰で席を立つと、壁際の花を一本手折り、顔に寄せて香りを楽しんだ。
「それが誰でも構うことはないわ。問題なのは、私達ハイムに害を為す者だということ。貴方はハイムのために、それらの者を除外しなければならないのよ」
「わかってる。ハイムの目的は、この世界に平和と安定をもたらすこと。そしてそのためには、トトの力を手に入れなければならない……ただ」
「ただ?」
 ノイエは少し考えて言った。
「彼女は……敵、だよね?」
「勿論じゃない。貴方が言うように、本当にその少女がフジノ・ツキクサならば。ハイムに敵対する者の中でも最強と言っても言いすぎじゃ……」
「それもわかってるんだ」
 ノイエは少女の言葉を遮った。
「どう言えばいいのか……そうだな。彼女は、僕達クラウンに近い存在だと思うんだ。何かのために戦うんじゃなくて、戦いのために戦う。それを楽しんでいるように見えた」
 少女がよくわからないといった顔をする。ノイエは続けた。
「彼女と僕達は立場が違うだけなんだ。今の立場から彼女を解放してあげれられれば、きっと僕らの味方になってくれるはずだよ。逆のことが、ハイムを裏切った旧ナンバーズにも言える。僕達や彼女のような者には、正しい指導者が必要なんだ。例えばアミ、君のような」
「そう……ありがとう。わかったわ。そのことについては貴方に任せる。頑張ってね、私の可愛いナイトさん」

「気に食わないな、あのアミという女」
「おや。珍しく同意見だね、アーティクル君」
「グラフ。その呼び方はやめろと言っているだろう」
 アートは音高く紅茶をすすった。
「話を戻すが……何故あんな女の命令に従わなければならないんだ? 俺達は軍からは独立した部隊のはずだ」
「さぁねぇ、俺も詳しいことは知らないが……あの女、軍では結構なお偉いさんなんだろ? それにノイエもあの様子だし」
 グラフの視線の先では、アミがノイエの胸元に花を挿し、頬に口づけていた。常に冷たい表情を崩さないノイエの頬が朱に染まる。
「…………」
 アートの持っていたカップに、大きな亀裂が走った。
「男の嫉妬はみっともないよ、アーティクル君……おっと」
 平然と紅茶をすすっていたグラフの喉元に、アートの剣が突きつけられる。
「その呼び方はやめろと言っている」
「はいはい、悪うございました。それにしても、なんだってこんな所に温室があるんだ?」
 あくまでもマイペースのまま、辺りを見渡すグラフ。

 そこは戦艦内部の格納庫。
 配管や鉄筋が剥き出しの無骨で広大な室内に、小さな温室が設けられた異様な空間。
 暖かな陽光と見えたのは、天上から吊り下げられた照明の光だった。

   /

「ネーナ、気分はどうだい?」
 情報局についてのレクチャーを終えて、少し後。
 支店長が部屋の扉をノックすると、しばらくの沈黙の後にネーナが姿を現した。
「大丈夫です、支店長……もう落ち着きました」
「コトブキさんが心配していたよ。不用意なことを口にしてしまったって。あの事故の現場にお姉さん達がいたことは、私も聞いていたけれど……」
 何気なく伸ばした手が触れた途端、ネーナが身体を強張らせる。
 支店長は一度手を止めると、改めて両手を伸ばしてネーナの手を取り、優しく包み込んだ。
「……何か、心配なことでもあるのかい?」
 ネーナがコクリと頷く。
「いいんでしょうか。私一人だけが、幸せになって」
「ん? どういうことかな」
「私とレム姉様、カルル姉様は、同じ肉体情報を元に創られました。他の皆とは違って、本当の意味での姉妹なんです。なのにカルル姉様はあの事故に巻き込まれて行方不明になり、今やハイムの操り人形……レム姉様も……」
「ああ……確か、メルクにいるんだったね。目と耳が不自由だとか」
 ネーナは支店長の胸に顔を埋めると、もう一度同じことを言った。
「いいんでしょうか。私一人が幸せになって……」
「ネーナは今、幸せなのかい?」
「私は幸せです。やりがいのある仕事もあるし、頼りになる仲間もいます。少し手がかかるけど慕ってくれる弟もいるし、愛する人もいます……でも、姉様達の不幸を考えると……」
 支店長はネーナの肩を叩いて言った。
「幸せになることを恐れてはいけないよ、ネーナ。自分の幸せを求める権利は誰にでもある。それに、そんなことを言っては失礼だ。君は、君が不幸だと思っている二人が、君の幸せを喜んでくれないほど心が狭いと思っているのかい?」
「そ、そんなことは」
 ネーナが慌てて顔を上げる。支店長は笑って言った。
「自分を幸せにできない者が、他人を幸せにすることはできないよ。君は幸せを求めるべきだ、これくらいで満足しちゃいけない。君はこれから先、私と一緒にもっともっと幸せになるんだからね」
 ネーナの瞳がみるみる内に潤む。ネーナは支店長に抱きつくと、耳元に口を寄せてささやいた。
「ありがとうございます……支店長」

 翌朝。
 支店長が眠い目を擦りながら寝室を出ると、食堂を兼ねたホールで何やら騒ぎが起きている様子だった。
 と、支店長に気づいたネーナが駆けてくる。
「支店長、大変なんです。アイズさん達と一緒にいた女の子が……」
「ネーナ……何でそんなに元気なんだい?」
 支店長の苦笑混じりの呟きに、ネーナは仕事の顔から一転して女性の顔になり、にっこりと微笑んだ。
「幸せですから」

「いい加減にしてよフジノ。何で食べないのよ?」
「そうですよ、フジノさん。食べないと死んじゃいますよ?」
 食堂を兼ねたホールでは、アイズとトトがフジノに向かって皿を突き出していた。
 3人は同じテーブルの椅子に腰掛けており、卓上には様々な料理が並べられていたが、フジノは手をつける気がないらしい。二人が差し出した皿を一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いてしまう。
 フジノは昨日から一度も食事を摂っていなかった。南方回遊魚に閉じ篭っていたところをどうにか引っ張ってはきたものの、相変わらず何も口にしようとしない。
「気分じゃないって言ってるでしょ……別にいいわよ、死んだら死んだで……」
「……言うことまでスケアさんと似てきたわね」
 ぶつぶつと独り言のように呟くフジノに、アイズは精一杯嫌味ったらしく言ったが、フジノは小さく「スケア……か」と呟いただけで怒りもしない。
 アイズはいい加減腹を立て、大きな声で怒鳴った。
「あーもう、とにかく食べなさいよっ!」
「うるさい!」
 フジノがテーブルを叩き、衝撃でテーブルが壊れる。
「ああ、もったいない……」
 散乱した料理を、トトが慌てて片付け始める。
 流石に悪いことをしたと思ったのか、バツが悪そうな顔でアイズから目を逸らすフジノ。するとその鼻先に、パンの入った篭がひょいと出された。
「どうですか、お一つ」
 驚いて顔を上げたフジノに、支店長が微笑みかける。
「当ホテル自慢の一品です。美味しいですよ」
「……何だ、お前?」
「通りすがりのホテルマンです」
 不遠慮なフジノの問いかけに、あくまでもにこやかに応対する支店長。と、周囲のざわめきから彼の肩書きを知り、フジノが少し態度を改める。
「この飛行機、貴方のものなんでしょう? いいの? 私みたいな女を置いておいて。私がその気になったら、この程度の飛行機は一瞬でガラクタよ」
「私達が貴女をおもてなししている以上、ここはホテルであり貴女はお客様です」
 支店長は真面目くさった顔で言った。
「ですから、貴女がどのような方であろうと退室をお願いする理由はありません。しかし曲がりなりにもホテルであるこの場でお客様を餓死させるようなことがあれば、ホテルマンの名誉に関わります」
 フジノはしばらく支店長の顔を見つめていたが、やがて篭からパンを乱暴につかみ取り、食べ始めた。
「すっごーい、支店長!」
 アイズとトトが声を揃える。
 支店長は指をパチンと鳴らした。
「新しいテーブルを用意してくれたまえ。それからスープとサラダを追加だ」

 遠巻きに見守っていた従業員が慌てて動き始めたことを確認し、支店長はホールを出た。
「たいしたもんだな、支店長。まるで猛獣使いだ」
 入口付近で様子を見ていたグッドマンが笑う。
 支店長は苦笑混じりに言った。
「お客様に対して猛獣とは失礼だよ」
「そうでもないぜ。実際のところ、猛獣のほうがまだ可愛げがあるくらいだ。なんてったってあの女、クラウン3人よりも強いんだからな」
「クラウンって……おいおい、冗談だろ? ひぇー、そうと知ってたら近づくんじゃなかったな」
「ご謙遜を。支店長なら知っていても同じことをしてたさ……それより、支店長」
 グッドマンが態度を改め、真面目な顔で尋ねる。
「リードランス大戦については……どのくらい知ってるんだ?」
「え? ああ……そうだね。当時は私も子供だったから、正直なところ、あまりよくは知らないな。それがどうかしたかい?」
「……いや」
 グッドマンはフジノに目を向けると、首を横に振った。
「それならいいんだ。悪い、気にしないでくれ」

「フジノ、手伝おうか?」
「……放っておいて」
 フジノは割れた食器やこぼれた料理の後片付けをしていた。従業員がしようとしたところを、自分でやると言い張ったのだ。
「痛っ……」
 食器の破片で指を傷つけ、思わず顔をしかめる。
「あの、貸して下さい」
 見るに見かねたトトが従業員からホウキと塵取りを借り、破片を掃除し始める。フジノは少し文句を言ったが、トトの鮮やかな手つきを見て、ふてくされて床に座り込んだ。
「うまいものね……そんなこと、私にはとてもできないわ。ルルドにだって、母親らしいことはほとんどしてあげられなかったし……どうして私は、戦うことしかできないんだろう」
「いいじゃないですか。戦うことはいいことですよ」
「ん? トトも何かと戦ったりするの?」
 アイズが尋ねる。
「ええ、私はいつも戦ってますよ。フジノさんとはちょっと違いますけどね」
 不思議そうに顔を見合わせるアイズとフジノ。
「私の戦いは、自分の歌との戦いです。どうすればもっと上手に歌えるか、どうすればもっと多くの人に楽しんでもらえるか、って。
 私だって、たまにはどうでもよくなっちゃうんです。歌なんかどうでもいいって思うことがあるんです。でも、それじゃダメなんですよ。歌のない私は私じゃないんです。だからどんなに辛くても、私は自分の一部である歌と戦うんです。
 そうですね、これは私が私であり続けるための──より良い私になるための戦いなのかもしれません。だからフジノさんだって」
「無理よ、そんなの」
 フジノの手から小さな光が放たれる。
 トトが集めた破片を魔法で跡形もなく消し去り、フジノは自嘲した。
「私は何をしても、何もしなくても私でしかない。こんなふうに何かを破壊することしか能のない女だから……より良い自分になんてなれやしないわ」
「でも床は綺麗になってきてるよ」
 アイズも掃除に参加する。
「私、フジノのことが羨ましいよ。だって本当に強いんだもん。私がフジノくらい強かったら、トトのことだってちゃんと守れる。私は、フジノの力が羨ましい」
「……ふん……」
 フジノは立ち上がると、トトからホウキをひったくり、床を掃き始めた。

「……フジノ」
「何?」
「ホウキ持ってると、なんかカワイイわっ」
「…………そう」

 その日の午後、南方回遊魚とホテルの飛行機はメルクに到着した。

   /

 情報局中枢組織【メルク】移動要塞、ブリーカーボブス。
 それは太陽教団との争いで目にした黒十字戦艦の大きさをも遥かに凌駕する、空飛ぶ城とでも言うべき巨大な飛行建造物だった。
 無骨な威容とは裏腹に、随分と派手なカラーリングが施され、外壁に吊り下げられた巨大な垂れ幕には様々なスローガンが掲げられている。
「……でっかいなー」
 窓の外に広がる異様な光景に、アイズは呆然と呟いた。
「えーっと、なになに。メルクは公正な情報の番人です。自然に優しい企業を選びましょう。一日一善、お年寄りを大切に……何だあれ。それにしても、派手な色ねぇ」
「国内で揉め事が起きるとですね、あれが飛んでくるんですよ」
 アイズの隣に支店長が立ち、一緒に窓の外を眺める。
「頭の上にまで役所に飛んで来られると、揉め事もやり辛いらしいですね。一説によると、あんな派手なのが飛んでるのを見るとやる気が削がれるとか」
「なるほど! あのド派手な色にはそんな効果が!」
「さて、本当のところはどうなんでしょうね」
 などと取り留めのない会話をしている間に、ホテルの飛行機はブリーカーボブスと連結した。アイズは南方回遊魚を一旦ホテルの飛行機から離れさせ、同じようにブリーカーボブスと連結させる。
「さて、私達は用事があるので中に入りますが……よろしければアイズさん達もご一緒にどうぞ」

 その頃、コトブキは私室で何処かに電話をかけていた。
「よぉエイフェックス、いい話があるぞ。フジノ・ツキクサとアイズ・リゲルだ」

   /

 とある高層ビルの最上階。
 エイフェックスは通話を終えると、受話器を置いてニッと笑った。
「サミュエル。スノウ・イリュージョンを用意しろ。もう一度飛ぶぞ」
「はっ、承知致しました」
 サミュエルが頭を下げ、扉に向かって踵を返す。
 と、その時。

 扉が外側からゆっくりと開き、一人の女性が入ってきた。
 雰囲気や格好は大人びているが、容姿からうかがい知れる年齢は17歳前後。まだ少女と言ってもいい年頃だ。
 エイフェックスは少し驚いた様子を見せたが、すぐに笑うと少女に尋ねた。
「聞いていたのか。ラトレイア、君も行くかい?」
「勿論です、カイル様」
 少女が楽しそうに笑う。
 エイフェックスは苦笑いして言った。
「サミュエルもそうだが、なるべくその名前は呼ばないでくれよ。今の私はエイフェックス、ハイムの幹部なんだからな」


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息子が怪我をしました

2009年11月17日 | Weblog
 今、精神的に執筆ができる状態にありません。
 もしかしたら明日の更新ができないかもしれませんので、先にお詫びしておきます。

 なお、明日は専門学校の合格発表日ですので、合否についてはここで報告させていただきます。

浮遊島の章 第2話

2009年11月11日 | マリオネット・シンフォニー
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 ノイエが発射した白い閃光は海岸を削り、海面に突っ込んだ。巨大な水柱が立ち昇り、一帯に雨の如く降り注ぐ。
「何てことを……! 貴方の仲間だっていたじゃないですか!」
 あまりの出来事に、顔面を蒼白にするトト。
 閃光が貫いた場所には、もはや何者の姿もない。
「任務だからね。不確定要素は早めに除去する必要がある。君にも少しおとなしくしていてもらうよ」
 ノイエはトトに当て身を喰らわせ、気絶させる。

 と、その時。
 ノイエの後頭部に、突然銃口が突きつけられた。

「ほぉーっ、そうかい。それであの女もろとも仲間まで殺そうとしたわけだ」
「……脱出できたのか。良かったな」
 抑揚のない声で呟き、銃口を気にも留めずに振り返るノイエ。
 そこにはアートを抱えたグラフが立っていた。いつもの砕けた態度を崩すことなく、顔には微笑みさえ浮かべながら、ノイエの額に銃口を押しつける。
「横暴も程々にしておけよ? 俺がその気になれば、いつでもお前の頭を撃ち抜くことができるんだからな」
「任務の達成が僕達の目的だ」
 まるで悪びれた様子のないノイエ。
 と、意識がないかと思われていたアートが目を開けた。
「ノイエの判断は正しい……あの女の能力も見極めずに突っ込んだ俺のミスだ」
「……そうかい」
 やれやれと肩をすくめ、銃を収めるグラフ。
「今回のことは上官への反抗として報告させてもらうぞ、グラフ」
「へいへい、ご自由に。ところで、あの女は結局何者だったんだ?」
「そうか、お前達には聞こえなかったんだな」
 思い出したようにノイエが言う。
「信じ難いことだが……あの女は、フジノと呼ばれていた」
『フジノだと?』
 アートとグラフの声が重なった。


第2話 断ち切れない糸


「あいつら……!」
 フジノに抱えられたまま、アイズはノイエ達の姿を視界に捉えていた。
 二人は海岸から少し離れた岩場に避難していた。白い閃光が発射された瞬間、フジノがアイズを連れて離脱したのだ。
 海岸線に立つノイエ達の前に、潜水艦が浮かび上がってくる。
「フジノ、降ろして! トトを助けなきゃ!」
 トトが運び込まれていくのを見て、ジタバタともがくアイズ。
 と、
「アイズ、ここは私に任せて隠れてなさい」
「うわっ!?」
 フジノは突然アイズを放り投げると、海岸に向かって駆け出していった。

 その瞬間、アイズは気づいた。
 フジノの顔に、小さな笑みが浮かんでいたことに。

 放り投げられた先、岩場の影のやわらかい砂地に尻餅をつく。
「いった~っ。相変わらず乱暴なんだから!」
 アイズは急いで起き上がると、フジノの背中を追って視線を走らせた。
 今、フジノを戦わせてはいけない。
 このままでは同じことの繰り返しになってしまう!

 と、その時。
 空気を切り裂く甲高い音と共に、一人の男が舞い降りてきた。


「おう、アイズじゃないか? 何してんだ、こんな所で」
 アイズの前に現れたのは、かつてトゥリートップホテルで出会ったトトの兄。
 プライス・ドールズNo.10、グッドマンだった。

   /

 潜水艦は飛行機に変形し、水面を離れ始めた。
 ノイエ達は甲板に立っていた。他にも十数人の男達がおり、皆が同じ服装に身を包み、よく似た顔立ちをしている。その瞳に自我の光はない。
「作戦は成功だ。トトを捕虜室に入れておけ」
 数人の男達にトトを渡すノイエ。そのままアート、グラフと共に船内に入ろうとした時、突然船に衝撃が走った。
「あら、壊しちゃったかしら」
 全身から魔力を迸らせながら、クレーター状に凹んだ甲板の中心でフジノが立ち上がる。グラフが口笛を吹き、アートが身構え、ノイエが一歩前に出た。
「貴様、何者だ? フジノ・ツキクサなら、もっと年が上のはずだ」
「私は……貴方と同じく、フジノ・ツキクサであってフジノ・ツキクサではない者なのよ。運命の悪戯かしら。それとも歴史は繰り返すのかしらね」
 何のことを言っているのかわからず、怪訝な顔をする3人。
 フジノは小さく微笑むと、懐かしむような口調でささやいた。

「ねぇ、スケア。貴方もそう思うでしょう?」

「…………っ!」
 ノイエの全身から怒気が迸り、右手が砲身に変形する。
「僕とオリジナルを一緒にするんじゃない!」
「わっ、バカ! こんなところで使うんじゃ……!」
 慌てて止めようとするグラフ。
 だが次の瞬間、
「がは……っ!?」
 ノイエの腹部にフジノの拳がめり込んだ。殴り飛ばされたノイエをアートが受け止めるが、勢いを殺しきれずに船縁に激突する。
「大丈夫か、ノイエ!?」
 アートが起き上がり、
「くっ……何てスピードだ……!」
 腹部を押さえながらノイエが呻く。
 フジノは二人に追撃をかけようとしたが、何者かが眼前に立ち塞がった。咄嗟に繰り出した蹴りが盾のようなもので防がれる。
「へぇ、やるじゃない」
 そこには右腕を盾状に変形させたグラフが立っていた。一旦間合いをとる二人。グラフの右腕が剣状に変化し、フジノの周囲を男達が包囲する。
「女の子を相手に数人がかりってのもどうかと思うが、まぁ許してくれ。イイ女すぎるってのも厄介なもんでね」
 ニッと笑うグラフ。
「構わないわ。一度に大勢の相手をするのは慣れてるから」
 不敵に笑うフジノ。
「……年頃の女の子がそんなことを言うもんじゃないぞ」
 呆れたようにグラフが呟く。

 男達が一斉に襲いかかる。
 しかし、フジノにはまるで歯が立たなかった。
 むしろ戦えば戦うほどに、フジノは強さを増していくかのようだ。
「トゲなんてもんじゃないな……帰りたいよ俺」
 情けない顔で正直な感想をもらすグラフ。

   /

「何だよあいつ、一人で大丈夫じゃないのか?」
「大丈夫だから問題なのよ。あれじゃあ何にも変わってない!」
 アイズはグッドマンの背中に乗り、飛行機の更に上を飛んでいた。
「グッドマン、私を船の上に降ろして!」

   /

 男達を次々と撃破していくフジノ。
「この手応え、どうやらこいつらもクラウンのようね。見覚えのある顔も混じってるし……量産型ってところかしら。でも無駄よ、ただの操り人形じゃあ話にならないわ!」
「そうらしいな。やれやれ、仕方がない!」
 表情を引き締め、グラフが戦いの輪に加わった。
 フジノが斬撃を避けると、鞭状に変化したグラフの右腕が更に追撃する。後方に大きく跳躍するフジノ。そこに突然、アートの炎が襲いかかった。咄嗟に魔法弾を足元に撃ち込み、爆風で炎を吹き飛ばす。
「よう、久しぶりだなアート。お前と一緒に戦うのは」
「無駄口を叩いているんじゃない。さっさと片付けるぞ」
 視線をフジノから逸らさず、アートが油断なく剣を構える。
 二人が再び戦いの輪に戻ろうとした、その時。
 
「ちょぉおおおおぉぉぉっと待ったぁああぁぁぁああぁっ!」

 突然の大声に、甲板にいた全員が動きを止めた。
 苦しんでいたノイエ、量産型クラウンと戦闘中だったフジノまでもが驚いて振り返る。そこには、一人で船縁に立つアイズの姿があった。
「どういうことだ? フジノ・ツキクサならばともかく、貴様どうやって……」
「あ……アイズさん!」
「しまった、コントロールが!」
 今の大声で目を覚ましたトトが、量産型クラウンの手を振り解いてアイズに駆け寄る。
 アイズはトトと抱き合うと、フジノに向かって言った。
「フジノ、トトは取り返したわ。さあ、一緒に帰りましょう」
「ダメよアイズ。ここで見逃したら、こいつらはまた襲ってくる」
 フジノは戦闘態勢を解かず、好戦的な瞳で男達を見渡した。
「さあ、続けるわよ。二度と手出しできないように、この場で叩き潰してあげるわ!」
「……俺はもうやめたい……」
 グラフが呟き、アートに睨まれる。
 ノイエはようやく立ち上がると、右手を掲げて言った。
「邪魔をするな、アイズ・リゲル。我々クラウンと勇者フジノ・ツキクサとの永きに渡る戦いに、今ようやく終止符を打つ時が来たんだ。そもそも、貴様もこのままただで帰れるとは……」
「フジノ! 貴女は同じことを繰り返すつもりなの!?」
 ノイエの口上を無視して、アイズがフジノに問いかける。
「お願い、よく考えて! ここで戦うことが──もう一度、その手で誰かの命を奪うことが! 本当にそれが、ルルドの未来を守ることに繋がるの!?」

 ルルド。
 その一言に、フジノの瞳に宿っていた炎が消える。
「わ、私……私は……」
 自らの両手を見下ろし、呆然と呟くフジノ。

「何をわけのわからないことを!」
 ノイエがアイズに向かって走りだした、その瞬間。
 アイズは片手を大きく振り上げると、上空に向かって叫んだ。
「グッドマン、お願い!」

「ドォリャアァァアアッ!」
 遥か上空から飛来したグッドマンはフルスピードで飛行機に突撃し、機体を一直線に貫いた。
 機体が大きく揺れ、甲板にいた全員がバランスを崩して倒れる。

「トト」
 アイズはトトの手を握った。
「私を信じてくれる?」
「何言ってるんですか」
 トトがギュッと握り返す。
「信じてますよ。もうずっと前から」
 アイズはトトに微笑み返すと、フジノに向かって叫んだ。
「フジノ、貴女のいるべき場所はここじゃないわ! 二人で、待ってるから……だから絶対に、帰ってきなさいよ!」

「くっ、待てっ!」
 グラフが右腕を鎖状に変化させ、アイズとトトに向けて放つ。
 二人を絡め捕えようとする鎖、しかし間一髪二人の方が速かった。アイズはトトを抱えて甲板から飛び降り、鎖は船縁に絡みつく。
「ちぃっ!」
 鎖を巻き戻す勢いで一気に船縁まで進み、眼下を覗き込んだグラフが見たものは、空中でグッドマンに受け止められるアイズとトトの姿だった。
「……やるぅ」
 グラフが思わず感嘆の溜息をもらす。
 瞬間、飛行機は爆発した。

 十数分後。
「見ないでよ、グッドマン!」
 アイズは焚火の近くで服を絞りながら怒鳴った。
「まったく、バランス崩して海に落ちるなんて信じらんないわ!」
「いや、だからあれは、二人に怪我をさせないようにと思ってだな! スピードを落としたら思いのほか重……いてっ!」
「それ以上言ったら殴るわよ!」
 アイズの投げた貝殻がグッドマンの後頭部を直撃する。
「そもそも貴方、前に一度もっと大勢運んでるでしょうが!」
「兄様なんかキライですぅ。この服、お気に入りだったのに……」
「ガーン。ひでーよトトぉ、命の恩人に向かって……」

 その時、フジノが海から浜辺に上がってきた。ひどく落ち込んだ瞳で、生気が抜けたような顔色をしている。
「……お帰り、フジノ」
 アイズが駆け寄り、精一杯優しく微笑むと、フジノも小さく微笑んだ。

   /

「なるほど……あれがアイズ・リゲルか」
「おい、休んでないで漕げよ」
 クラウン3人組は飛行機の破片の上に乗っていた。アートとグラフは各々適当な板を持ち、バシャバシャと水を漕いでいる。
「おまけに昔のフジノ・ツキクサにそっくりな女……名前や姿だけじゃない、その強さも同じ……か」
「おいおい、曲がってきてるよ」
 ノイエは二人とは離れたところに座っていた。脳内の通信機を利用して、ハイム本国のホストコンピューターから勇者フジノ・ツキクサに関する資料を引き出している。
 やがて目の前に映し出されたのは、燃えるような紅の髪の少女。
 ノイエはその写真を、じっと見つめていた。
 その目は、未だかつて誰にも見せたことがないほどに優しかった。

   /

 アイズ達が一泊した海岸から、少し離れた港町。
 町外れの草原に、中型の飛行機が着陸していた。
「新しい従業員の補充と教育については、来週には一段落つきそうです。先月の収益は例年に比べて10%ダウン……しかし、それほど落ち込まなくて幸いでしたね。新しいサービスの導入と徹底した経費削減、料金の値下げが効果的だったようです。流石ですね、支店長」
 書類から顔を上げ、スーツ姿のスマートな美女──ネーナが微笑んだ。
「メルクが援助してくれたおかげだよ。辞めずに残ってくれた皆も、かなり無理をしてくれたからね。次回のボーナスは弾まないといけないな」
 支店長も穏やかに微笑んでいたが、不意に真面目な顔になった。
「しかし、どういうわけだろうね。メルクの長官直々に、話があるから来てくれとは」
「メルクはリードランス関係の人が多いですからね。また何か、悪いことが起きていなければいいんですけど……」
 そのとき、デスクの時計が午後2時を告げた。
「……まぁ、考えても仕方がないですね。連絡は以上です」
 ネーナが書類を整え、手際よく束ね始める。
 その間、支店長はスケジュール表を確認していたが、やがて不思議そうな顔で訊ねた。
「ところでネーナ君。この2時から6時までのフリータイムって何だい?」
 ネーナは書類の束をデスクの隅に置くと、支店長の首に腕を回してささやいた。
「私達のプライベートタイム、です」

「姉ちゃん、今そこで誰と会ったと思う? すげーぞっ」
 出入口の扉を勢いよく開け放ち、グッドマンはアイズ達を引き連れて会議室に入った。
「どうもネーナさん、ご無沙汰してま……」
 挨拶しようとしたアイズの声が、掠れるようにして途切れる。
 会議室の中では今まさに、ネーナが支店長を抱きしめてキスの雨を降らせているところだった。
「……」
「…………」
「………………グッドマ~~~~~~~~ン?」
 気まずい沈黙の後、ネーナがユラリと立ち上がった。

「……ひでーよ姉ちゃん」
 グッドマンは顔中の引っ掻き傷を撫でながら抗議した。
「二人の時間に突然入ってくるのがいけないのよ。ねぇ、支店長?」
 マニキュアと口紅を塗り直しながら、ネーナがじろりとグッドマンを睨む。
「いやいや、どうもみっともないところをお見せしまして……」
 顔についたキスマークをハンカチで拭いながら、支店長は苦笑いした。

「それにしても驚いたぜ。朝の散歩がてらその辺を飛んでたら、いきなり叫び声が聞こえてきてよ。見に行ってみたらトトがさらわれる途中ときたもんだ」
「ほんと、すごい偶然ね。でもおかげで助かったわ。ところで、どうしてこんなところに来てるの? 社員旅行?」
 遅めの朝食をご馳走になりつつ、アイズ達は久々の再会を祝い合った。
 互いに別れてから起きた出来事を話しつつ、やがて話題は今後のことに及ぶ。
 トゥリートップホテルのメンバーは、情報局中枢組織【メルク】に向かう途中ということだった。あてのない旅を続けていたアイズ達も、勧められるまま同行することを決める。
 やがて話がまとまった頃、
「やあやあ、アイズさんにトトさんじゃないですか。お久しぶりですな」
 会議室にコトブキが入ってきた。トトと共に再会を喜び合うアイズ。
「それにしても、アイズさん。少し見ないうちに一段と素敵な女性になりましたね。以前お話ししたように、ご自身の力でも見つけましたか?」
「うーん、どうだろう。まだまだわからないわ」
「いやいや、前よりも自信にあふれているように見えますよ。……ところで、あちらのやけに色っぽい女の子は誰です? お友達ですか」
 ちょっとね、と言葉を濁すアイズ。
 フジノは部屋の片隅に一人、沈んだ表情でポツンと立っていた。

   /

 その頃、とある広い部屋で3人の男女が円卓を囲んでいた。
「ハイムがいよいよ本格的に動き始めたようね」
 年長の女性が手元の資料を見ながら言った。
「ああ、トゥリートップホテルでの一件だけじゃない」
 バジル・クラウンが話を引き継ぐ。
「レムの話だと、ペイジ博士の発電所でも一騒動あったようだ。おまけにこっちの方には、フジノ・ツキクサまで絡んでるらしい」
「まったく、こんな忙しい時に……ううん、偶然にしては出来すぎてるわね。もしかしたら、今回の独立運動の影にもハイムが……」
 長身長髪の若い女性が、何かに気づいたように呟く。
「オードリー。憶測でものを言うのはメルクの信条から外れるわ。客観性と確実さこそ我々に最も必要なもの」
 年長の女性は落ち着いた声で若い女性──オードリーを咎めたが、
「とはいえ、ハイムとなれば話は別ね。すぐにスケアを呼び戻しなさい。それからカシミール達にも声をかけて。彼女達は大きな戦力になるわ」
 力強く立ち上がり、厳しい口調で言った。
「もう二度と、リードランスの悲劇を繰り返させはしない。メルク長官、パティ・ローズマリータイムの名にかけて!」


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ポッキークッション

2009年11月08日 | Weblog
 つい先程、家族3人でスーパーに買物に行った時のこと。
 ポッキー&プリッツの販促イベントをしていたのでイチゴポッキーを1箱買い、息子にくじ引きをさせたところ、まさかの1等が当たりました。


 全長1メートルにも届く、超ビッグサイズのポッキー。
 ちなみに隣が息子です。

 ただでさえ高いテンションが更に上がって大はしゃぎ。
 早速袋から出してひとしきり戯れた後、並んでポケモンを始めました。

 ちなみに私はまだ触っていません。
 今夜息子が眠ったら遊ぼうっと。
 

合格通知

2009年11月06日 | Weblog
 届きました。
 まだ筆記に通っただけなので、来週11日の面接試験を受けなければいけませんが。
 とりあえずホッと一息つけました。

 さあ、この調子でいくぞ。

浮遊島の章 第1話

2009年11月04日 | マリオネット・シンフォニー
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 闇の中、幼い少女のすすり泣く声が響いていた。
 幼女は全身から血を流し、おぼつかない足取りで歩いている。
『どうしたのですか、エンデ』
 何処からか、落ち着いた女性の声が響いた。
 エンデと呼ばれた幼女は顔を上げ、
「ママぁ……あのね、あたしのお人形達がね、言うことを聞いてくれないの」
 泣きながら訴える。
 と、宙にうっすらと女性のシルエットが現れた。
『そう……それは困ったわね。でも大丈夫よ、エンデ。貴女は何も間違っていないんですもの。みんなもきっとわかってくれるわ。……さあ』
 シルエットが手をかざすと、幼女の傷があっという間に癒える。
『貴女は世界を救うのです』


第1話 始まりはクラウンの名と共に


 一人の男が廊下を歩いていた。
 幾つもの扉の前を通り過ぎ、やがてたどり着いた先、一つの部屋の前で立ち止まる。
 男が扉を開くと、爽やかな風が吹き抜けた。白を基調とした落ち着いた部屋の中、レースのカーテンが風に揺れている。
 窓の手前には大きなベッドがあった。揺れるカーテンに包まれるようにして、一人の女性が上体を起こし、顔を外に向けている。
「……やぁ、レム。今日は調子がいいみたいだね」
 少し驚いた様子で男が挨拶すると、女性……レムは振り返った。窓の外を眺めている様子だったが、その瞳は閉じられている。薄絹を何枚も重ね合わせたような風変わりな衣裳を身にまとい、その上を微かに青みがかった長い白髪が流れている。
「スケアとフジノが出会いました」
「何だって!? スケアの奴が!?」
 レムの言葉に、男が思わず大声を上げる。
「あいつ、最近連絡が途絶えたと思っていたら……それで、どうなった? 生きてるのか? 場所は?」
「ヴァギア山脈南部、ペイジ博士の発電所。でも大丈夫です。すべてはうまく収まりました」
「ペイジ博士の発電所と言えば、カシミールにモレロ……確かジューヌもいるはず。おいおい、そのメンバーで何がどうなればうまく収まるっていうんだ……?」
「それよりも、バジル」
「あ、ああ……何だい?」
 男……バジル・クラウンは長い髪を掻き上げて考えていたが、声をかけられて我に返った。
「我々の元に“希望”がやってきます。研究所に……ケラ・パストルに向かいましょう」
 そこまで喋ると、レムはふっと眠りに落ちた。
 バジルはレムをベッドに横たわらせて毛布をかけると、自嘲気味に呟いた。
「君の力に頼らなければ、自分の国で起きていることもわからない。これじゃあ、何のための情報局なんだかな」
 そしてバジルは、レムの頬に軽くキスして部屋を去った。

   /

 アイズ達が新たな旅を始めてから一週間。
 飛空艇【南方回遊魚】は海辺に到着し、海岸線沿いにゆっくりと飛んでいた。
「うーん、綺麗ねー」
「本当ですねー」
 トトが甲板から身を乗り出し、浜辺の景色に歓声を上げる。アイズは南方回遊魚の操縦を自動航行機能に任せ、トトと一緒に甲板でくつろいでいた。
「お気楽なものね……」
 楽しそうに騒いでいるアイズとトトを横目に、フジノが一人、ぼそりと呟く。
 フジノは一人で物見台に座っていた。何をするでもなく景色を眺めるうち、ふと妙な物を見つけて目を凝らす。
「あれは……?」
 高い塔のような形のものが、海面を割って何本も突き出ている。岩にしては不自然な形だ。このまま進めば船底を擦るかもしれない。
「……アイズ! 手動運転に切り替えなさい!」

「すごいねー」
「高いですー」
 南方回遊魚を着陸させて、アイズ達は浜辺に降り立った。少し内陸の方には巨大な花が一面に咲き乱れている。海に突き出た塔のようなものについて、アイズは道中の街で入手したガイドブックを片手に説明し始めた。
「えーっとね。あれは『タワー』って言って、珊瑚と似たような動物なんだって。海流の関係上、この辺りの海底にはプランクトンの死骸とかが集まりやすいらしいの。で、それを養分として吸収して育っている、と」
「へぇーっ、あれが動物なんですか……岩みたいですね」
「うん。実際に成長してるのは海面よりもずっと下で、上の方は死骸らしいよ。崩れやすいからそれを取って肥料とかに利用してるんだって。定期的に取り除いてやると、タワーとしても余計な負荷がなくなって成長しやすいんだってさ。ここフェルマータ合衆国クラニア州の主要産業で、海辺に大型の植物が多いのもその影響らしいね」
「なるほど~。養分のエレベーターみたいですね」

 二人とは少し離れた場所に立ち、フジノは一人、海を眺めていた。
「青いな……とても深い色。まるで……」
 フジノの脳裏に、同じ色の髪と瞳を持った男の姿が浮かぶ。
 一つ小さな溜息をつくと、フジノは頭を振って幻を追い出し、「くだらない……」と呟いた。

「本っ当に綺麗ねー! ハイムじゃ海岸はコンクリートで固められてたからなぁ」
「私、海で泳ぐのは初めてです。すっごく楽しいです!」
 かつてフジノと出会った街で海を目指すことを決めて以来、ようやくたどり着いた海。アイズとトトは早速水着に着替え、二人で泳ぎ始めた。
「フジノさんも泳げばいいのに……私の予備の水着、貸してあげようかな」
 浜辺で海を眺めているフジノに目を留めて、トトが呟く。
「トトのじゃ入んないんじゃない?」
「うっ……アイズさん、それど~いう意味ですかぁ~」
「や、やだなぁ、身長のことよっ」

 フジノはぼんやりと海を眺めていたが、何かが飛んできたので反射的に手で防いだ。
 軟らかい感触の何かがポーンと跳ね返り、しばらく浜辺を飛び跳ねた後、ころころと転がって止まる。と、それはいきなりタコになり、海中に入っていった。呆気に取られているフジノに、それを投げた張本人であるアイズが声をかける。
「それねーっ! 『海風船』って言って、空気中に出ると丸くなるのー! タコの仲間らしいよーっ!」
 続いてトトが海風船を投げる。今度は受け止めたフジノだったが、
「ん……うわっ!?」
 墨をかけられて真っ黒になってしまった。アイズとトトが楽しげに笑う。
 と、
「きゃっ!」
 トトが引っ繰り返った。フジノの投げ返した海風船が顔面に直撃したのだ。やりすぎたと思ったのか、フジノが駆けてくる。
「……大丈夫?」
 途端、トトが起き上がってアイズと一緒に水をかけた。怒ったフジノが二人を追いかける。3人はしばらくの間、海辺でじゃれあった。

 やがて辺りは暗くなり、3人は南方回遊魚の近くで焚火を囲んだ。
「……私はこれから、何をして生きればいいんだろう」
 フジノが呟くと、アイズが驚いて顔を上げた。トトは大きな花びらにくるまり、静かな寝息を立てている。
「この子は本当に歌がうまいわね」
 呟き、フジノは微笑んだ。
「この子みたいな才能があればよかったのかな……。アインスも、私にトトみたいな女の子になって欲しかったのかもしれない。でも、私は……」
「私もさ、前はそう思ってたよ。歌だってうまくないしね」
 アイズは言った。
「でもトトの歌はプライス博士に与えられた能力だけじゃない。すっごい努力によって成り立ってるの。本当よ? 毎日発声練習とかしてるし、暇があれば世界中の電波を拾って色々な歌を聴いてるみたい。何よりすごいのは感受性ね。トトってさ、いつもボンヤリしてるように見えるけど、頭の中では色々と考えてるみたいなの。スケアさんと一緒に山脈の村に行った後、白蘭とジューヌの戦いを見た時なんか、夢でうなされたりしてたしね」
 スケア、の一言に身体を強張らせるフジノ。
 しかしアイズは気づかず、話を続ける。
「多分、歌がトトの精神の支えになってるんだよ。そうじゃなきゃ、こんな傷つきやすい子、生きていけないと思う。だから……フジノ?」
「……スケア……か」
 フジノは深く沈んだ表情で言った。
「あいつはこの11年間、ずっとこんな気持ちでいたのかしら。アインスを殺した罪を背負って、自分に絶望しながら。とても想像できない……地獄だわ」
「……そうだね。でもスケアさんは、悩んで悩んで悩みまくって、守るべき希望を……生きる意味を見つけたじゃない。だからフジノだって……」
 フジノが立ち上がったので、アイズは口を止めた。
「貴女はね、強い人間よ。何の才能もないようなことを言ってるけど、貴女にはアインスと同じ力がある。人を導く力が。ただ、アインスは常に前に立って道を示してくれた。だから私は、その道を進むだけでよかった。まあ、結局は進むことができなかったけど」
 口の端を上げ、フジノは自嘲する。
「でも貴女は、一人一人に働きかけて自分で道を探させてしまう。私はまだ、何をして生きればいいのかわかってないし、スケアほど強くもない。だから時には、貴女を拒絶するかもしれないけれど……その時は許してくれると嬉しい。それじゃ」

 南方回遊魚に向かって去っていくフジノ。
 その背中を何も言えずに見つめていると、ふと何かを思い出したように立ち止まり、フジノが振り返った。
「アイズ。貴女の名前だけど……ハイムではありふれてると思う?」
 アイズは目をぱちくりさせると、首を横に振った。
「ううん。変な名前だ、ってよく言われてた」
「そう……ありがとう。それだけよ」
 フジノはそのまま船内に入ると、一人、小さな声で呟いた。
「……まさか、あの『アイズ』とは関係ないわよね……?」

 一方その頃。
 沖に聳えるタワーの上で、三つの人影がその様子を眺めていた。
「なぁ、お前はどの子がイイと思う?」
 深い緑の髪の少年が快活な声で尋ねた。
「無意味な質問だ。俺達クラウンは任務を遂行するためにのみ存在する」
 燃え盛る炎のような紅の髪の少年が、落ち着いた声で答える。
「ただ、あの女……俺と同じ髪の色をした女が少し気になるな」
「え~っ? いやまぁ確かに色っぽいけどさぁ、トゲがありそうじゃないか? こう、触ったらブス~ッて……あ、そういうのが好みなんだな? う~ん、なかなか……あがっ、あがが……」
 ニヤニヤと笑う緑髪の少年を捕まえ、紅髪の少年が握り締めた拳をグリグリとこめかみに押しつける。
「ま、待て待て、冗談だ。そんな悲しそうな顔をするな、お前の気持ちはよくわかって……ぐぇっ! ちょ、絞まってる絞まってる! ギブ、ギブだってばっ!」
「いい加減にしろ。グラフ、アート」
 じゃれあう二人に、3人の中では最も年下に見える白髪の少年が冷たく言い放つ。
「僕達の目的はNo.24『トト』の捕獲、及び反ハイム勢力の消去だ。トトさえ無傷で手に入れられれば残りの女は好きにして構わない。ただし、アイズとかいう黒髪の女だけは確実に殺せとの命令だ」
「わかってるって! なぁ!」
 緑髪の少年……グラフが尋ね、
「ああ、勿論だ」
 紅髪の少年……アートが答える。


「でもさ、夜中にいきなり女の子を襲うってのは気がひけるなぁ。ほら、なんか変質者っぽくないか?」
「では決行は明日の朝だ。それで文句はないな」
 そう言って、白髪の少年は姿を消した。
「やれやれ、相変わらず俺達のお姫様は愛想が足りないね」
 グラフが肩をすくめる。
「貴様が無駄に不真面目なだけだ」
 アートは南方回遊魚から目を逸らさずに答えた。

 ノイエは別のタワーの上で、脳内の通信機を使って誰かと話をしていた。
「……うん、スケアはいないみたいだ。他のドールズの姿も見えない。少し残念なくらいだよ、オリジナルと戦えなくてね」
 通信を終え、ノイエが目を開けると、ちょうど雲の切れ目から月が覗いた。
 月明かりに照らされたノイエの顔は、11年前のスケアそのものだった。

   /

 翌朝。
 誰よりも早く目を覚ましたトトは、そばで眠ってるアイズを起こさないよう、少し離れた場所で発声練習を始めた。
 トトの歌声に誘われるように海鳥が舞い降り、思い思いの場所で羽を休ませる。
 と、近くの草むらで何かが動く気配がした。
「ウサギ……さん?」
 呆気に取られるトト。
 トトが目を向けた先には、漫画の世界から抜け出してきたかのようなウサギの人形が立っていた。ピョコリとおじぎをすると、トトに背を向けて走りだす。
「あ……ウサギさん、待って下さい」
 よくわからない出来事に混乱しつつも、思わず駆け出すトト。人形を追って浜辺の岩の影に入ると、そこには二人の男が待ち構えていた。
「見たかアート、俺のウサちゃん人形のすごさを! 名づけて“ファンシー人形だからって無闇についてくと危ないよ、お嬢さん”作戦だ!」
 ウサギの人形を抱き上げて得意満面のグラフ。
「お前の妙な趣味も少しは役に立つな」
 アートがトトに近づく。
「さあ、一緒に来てもらおうか」
「そ、それ以上近づくと……叫びますよ」
 トトは身体を強張らせて言った。
 しかしアートは気にも留めず、無神経にトトの腕をつかむ。

 瞬間。
 大地を揺るがすほどの大音量で、トトは、叫んだ。

「な、何っ!?」
 アイズが飛び起き、

「何だ!?」
 フジノが南方回遊魚から飛び出てくる。

 トトの叫び声はアートとグラフの聴覚回路に侵入した。途方もない音量の悲鳴を直接頭に叩き込まれて昏倒する二人。
「お、女の子だからって、甘く見ないで下さいね!」
 腕に残っていたアートの手を外し、駆け出すトト。しかし岩場を出たところで、トトは再び腕をつかまれた。
「抵抗は無駄だ。おとなしくしろ」
 再び叫ぼうとしたトトの口を手で塞ぎ、白髪の少年ノイエが冷たい口調で警告する。
「アート、グラフ。さっさと起きろ……行くぞ」
「う……うう……っ」
「ひゃあ~、とんでもない大声だったなぁ~」
 頭に手を当てつつ、どうにか起き上がる二人。と、そこにアイズが駆けつけてきた。
「こらーっ! あんた達、トトに何してんのよーっ!」
「始末しろ、アート」
「ん? ……ああ、わかった」
 アートが腰の剣を抜き、アイズに向けて軽く振りぬく。途端、アイズの目前に炎の壁が立ち昇った。悲鳴を上げるアイズ。
「あーあー、女の子相手にあそこまでやんなくっても……」
 グラフの呟きを無視して剣を鞘に納め、ノイエと共に去ろうとするアート。
 しかし突然、何者かによって炎の壁が突き破られた。
 炎を身に纏ったその人影はグラフの頭上を越え、驚いて振り返ったアートを踏み台にしてノイエの頭上をも越えて、海を背に着地した。腕に抱えられていたアイズが、ふうっと溜め息をつく。
「ありがと、フジノ。助かったわ」

「……なんだって?」
 アイズが口にした名前を耳に留めて、ノイエが呟く。
 一方、アートはまだ耳の調子が悪いらしく、
「何者だ貴様は……只者じゃないな」
 再び剣を抜き放った。剣の先端に、ボゥッ、と炎が灯る。

「アイズ、危ないから離れてなさい」
「あ、ちょっとフジノ!」
 フジノはアイズを突き飛ばすと、ずかずかとアートに向かって歩き始めた。
「ふん、随分と余裕だな……!」
 先程と同じように、剣を真一文字に振りぬくアート。
 同時に、フジノが真正面からアートに突っ込んだ。

 傍目には、フジノが自分からアートの攻撃を受けにいった形になる。
 しかし剣に触れる直前、フジノは上体を反らした。フジノのすぐ目の前を刀身が通過し、遥か後方に炎が上がる。
「なに!?」
「技が大きいわね」
 呟き、フジノはアートの顎を蹴り上げた。

「フジノ……か」
 戦いの様子を見ていたノイエが右手を突き出す。すると右手が砲身のような形状に変形し、にわかに輝き始めた。
「危ないです、フジノさん!」
 口が自由になったトトが叫ぶ。

 フジノは倒れたアートにとどめを刺そうとしていたが、トトの声に振り向き、ノイエを見て大きく目を見開いた。
「……スケア……?」

 次の瞬間、ノイエの右手から白い閃光が発射された。


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退職しました

2009年11月01日 | Weblog
 理由は以前から患っている潰瘍性大腸炎の病状悪化です。
 半月ほど前から社長と話し合ったり有給を消化したりして準備を進め、昨日、正式に退職しました。
 今日から晴れて無職です。
 息子の6歳の誕生日だというのに情けない。

 今は4月からコンピュータプログラミングの専門学校に通うべく準備を進めているところです。
 入学試験は一昨日に受けてきました。現国はともかく、高校数学とか十年以上ぶりに目にしましたよ。√の計算方法を思い出せて助かりました。
 自己採点した限りでは2教科あわせて96~98/100点ですが、現役高校生が多数いたので、満点も相当数いるのではないかと。

 筆記試験に合格していれば、今月の11日に面接試験があります。
 以前受けた京都府上級公務員試験では筆記に通って面接で落ちたので、今回はそうならないように対策を立てなくては。