森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月02日

2007年12月02日 | あるシナリオライターの日常

 午前1時30分、就寝。
 午前8時、起床。

 昨夜に引き続き作品講評。
 24作品中、15作品が一見まともに見える。
 更なる検証が必要。

 午前10時30分、出社。
 事務所内整理、及び必要な機材の買い出し。
 ヨドバシカメラで17インチ液晶ディスプレイが49800円。キャッシュバックを計算に入れれば42500を切る値段。安い。
 あと2年もすれば3万円を切るかもしれない。

 夕刻、今後の活動について会議。

 午後7時、退社。
 午後8時、帰宅。

 『地球50億年紀行SP』を観つつ食事。
 生活のために違法伐採する少年。
 森に帰るために人間のもとで訓練を積むオランウータン。
 まったく無駄のない、美しく引き締まった肉体を持つ狩猟民族。

 夕食後、作品講評。

第一話「彼女の銃と僕のビデオカメラの話」 5

2007年12月02日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.2:07

「人を殺したいと思ったことはあるかい?」
 歩きながら、僕はドロシーに尋ねた。
「殺したこと、じゃなくて?」
 ドロシーの返事は、僕の予想を遥かに上回っていた。
 週末のせいか人通りは多い。とは言っても、気をつけてさえいれば、まず人にぶつかることはなかっただろう。
 しかしドロシーの返事に戸惑っていた僕は、正面から歩いてきたサラリーマン風の中年の男とまともにぶつかってしまった。
「あっ、すいません」
「バカ野郎、気をつけろ!」
 反射的に謝った僕に対し、中年の男は振り返りもせずに吐き捨てる。僕は去っていく男の背中を見つめながら答えた。
「……ああ、殺したくなったこと……だ」
「貴方は人を殺したいと思ったことがあるの?」
「あるよ、幾らでもある。ついさっきもそう思った」
 僕はあまり他人に自分の考えを言うタイプではない。しかし、何故だかドロシーには話したくなった。
 彼女なら答えを出してくれそうな気がする。僕が閉じ込められている、この問題に。
「自分でも些細なことだとは思うんだ。誰かが僕の悪口を言ったり、嫌なことをしたり……酷い時には、そいつがそこに『いる』というだけで殺したくなってしまう。勿論、僕は本当にやったりはしないけど……いや、それが可能な状況でさえあれば、僕だって人殺しをするかもしれない」
 僕の脳裏に昨夜のおじさんの姿が映った。
 そして、お前も同罪だと言ったリョウの顔も……。
「嫌ならやめれば?」
 ドロシーは車の行き交うスクランブル交差点の前で立ち止まり、斜め向かいのファミリーレストランを見ながら言った。
「僕だってやめたいよ、だけど止まらないんだ。まるで自分の中に化け物がいるみたいだ……何か嫌なことが起きた瞬間、そいつは僕を支配するんだ。そして僕はそいつに逆らうことができない」
 僕はドロシーの横に並び、車の流れを見つめながら呟いた。
「……でも、どうして僕は人を殺したくなるんだろう?」
 すると、ドロシーが僕の方を見て言った。
「気持ちいいからよ」
「…………何だって?」
 僕はドロシーの言ったことが理解できずに聞き返した。ドロシーは冷静な顔で続ける。
「怒るっていうのはどういう行為だと思う?」
「さあ。何だろう?」
「怒るっていうのは結局、ストレスの解消よ」
 ドロシーは車の流れに視線を戻して言った。
「人間は物事がうまくいかなかった時、自分の欲求が受け入れられなかった時、それを解消したくて『怒る』のよ。目の前の障害を撃ち破る為にね。幼稚園児のお菓子の取り合いから核戦争まで、争いの原因はほとんど変わらない」
「……まあ、そういう考え方もあるよね……」
 僕の曖昧な反応を気にせずドロシーは続けた。
「怒りに暴力が伴うのは、それがストレスを解消する最も簡単な手段だから。相手と面倒な交渉を続けることなしに権力や腕力で相手が行動できないようにすれば……ねえ、とっても気持ちいいと思わない?」
「……それがすべてじゃないと思うよ。世の中には、もっとちゃんとした理由で怒っている人だっていると思う」
 僕の反論に、ドロシーは物わかりの悪い生徒に向けるような微笑みを浮かべた。僕は最近、人からこういう態度をとられることが多い。
「アタシだってそう思う。でも、それは少なくとも貴方のことじゃない」
 信号が青に変わり、ドロシーは僕を残して歩き出した。
「人殺しは最も簡単な問題の解決法よ。だって、相手がこの世から消えてなくなるんだもの、面倒な交渉を続けることも相手の要求を飲むこともない……素晴らしいことよね。でも気をつけた方がいいわよ、殺すってことは問題に対して他の方法で相手に勝つことができないって自分で認めたようなものだからね」
 僕はドロシーに追いついて言った。
「……君はこう言いたいのか? 僕は現実の問題に対して何もできない人間で、僕は……それを認めたくないから人を殺したくなるんだって?」
「へえ、頭いいじゃない。その通りよ」
 ドロシーが振り返りもせずに答える。その声は楽し気だった。
 頭の中がカッと熱くなった。
 僕の求めていた答えはこれじゃないと思った。
 僕は乱暴にドロシーの肩をつかみ強引に振り向かせようとした……正直、殴ってやろうかとさえ思った。しかし振り向いたドロシーの手にはいつの間にか銃が握られており、それが僕の眼前に突きつけられた。
 瞬間、意識が混乱した。すぐ目の前にいるはずのドロシーの声が、ひどく遠い所から響いてくるようだ。
「アタシはさあ、キリストじゃないから人を殺すなとは言わない。殺されそうになった、レイプされた、本当に大切なものを傷つけられた……これならまだ仕方ないと思えるわよ。でも、貴方には人を殺すだけの理由はないわ。まさか貴方のちっぽけなプライドが『大切なもの』だなんて言うつもりはないでしょうね?」
「……君はそう言うけど……僕はそれがないと生きていけないんだ」
 喉の奥から絞り出すように、僕は呟いた。
「ちっぽけなプライドでもそれがないと生きていけない。僕は……」

「僕は不幸なんだ……」

 僕らの周りを沢山の人達が通り過ぎてゆく。
 混乱した頭の中で、どうして誰もドロシーを止めないのだろうと考えた。白昼堂々、女が道のど真ん中で銃を構えているというのに。
 ……誰も本物の銃だと思っていないのだ。僕は気がついた。ドロシーの格好はまるで撮影中のモデルだし、僕は小型のビデオカメラを持っている。多分、みんな何かの撮影かリハーサルだとでも思っているのだろう。
「幸せな国ね。銃を構えても誰も何も言わない」
 ドロシーも同じことを考えていたらしく、周りを見回して呟いた。何故かその声はとても優しかった。不意にドロシーは銃を腰に戻し、微笑んだ。
「まあ、アタシにも貴方を殺す理由はないし……それに昨日は泊めてくれたしね。ありがと、礼を言うわ」
 そう言うと、ドロシーは僕に背を向けて歩き出した。しばらく突っ立っていた僕は、ドロシーとは逆を向いて、家の方向に戻ろうとした。
 これでいいんだ。僕は思った。……やっと逃げ出せたのだと。
 大体、あの女は半ば強引に僕の世界に入って来たのだ。そして僕の一番見られたくなかった所を暴き立てた。もうこれ以上、あいつと関わり合いになる必要なんてない。
 僕は横断歩道を渡りきった。
 信号は点滅して赤になりかけている。
 その時、振り向いた僕の視界に小さくなってゆくドロシーの後ろ姿が飛び込んできた。

 PM.2:14

 今でも、何故あんなことをしたのか自分でもわからない。実際、やっている途中だって自分が何をしているのかわからなかったのだから。
 順を追って話すとこうだ。
 僕はいきなり短く舌打ちをすると方向転換して、元来た横断歩道に走り出たのだ。横断歩道は五十メートルくらいの距離があり、信号はとっくに赤になっていた。そして僕が渡ろうとした道路の車は、信号が青になったのを見てアクセルを踏んでいた(当然のことだ)……そこに僕が飛び出したのだ。
 幸運だったのは、すべての車のドライバーが僕に気づいてブレーキをかけてくれたことで……僕はこの国の交通マナーの良さに本当に感謝しなければならないと思う。今後、水たまりの泥水を跳ね飛ばされたくらいでは怒ったりなんかしないと、その時誓ったほどだ。
 話を戻すと、横断歩道に飛び出した僕はブレーキとクラクションの音と誰かが怒鳴る声を完全に無視して走り続け、あろうことか横断歩道に突き出す形で止まった車(この人も僕の姿を見てブレーキを踏んでくれたのだ!)のボンネットの上を踏み越えて横断歩道を渡り切り、ドロシーの姿を追って人混みに突っ込んでいった。
 僕が今願うことは、その車のボンネットがそれほどへこんでなくて……運転手が僕の顔を覚えていないことだ。
 そして、僕はドロシーに追いついた。

「……何してるの?」
 ドロシーは息を切らして歩道に座り込んでいる僕を見て言った。
「…………言われっぱなしってのも……僕のプライドが許さないんだ……」
 僕はやっと立ち上がると笑いながら言った。
「それに、さっき肩に触って悪かったね……触られるの、嫌いなんだろ? これじゃあ斉藤のことを悪く言えないな」
 ドロシーは悪戯っぽく笑って答えた。
「相手によるわよ」
 気がつくと、手にしていたはずのビデオカメラがなくなっていた。走った時にベルトが外れたのだろうか? 高かったのに……僕は思ったが、不思議と悔しくはなかった。
「ところで、今思ったんだけど」
「何?」
「僕は不幸なんだ、って台詞は何か変だよね? ……妙に笑えるなあ」
 ドロシーは僕の顔をまじまじと見つめ、呟いた。

「何だ。本気で言ってたの」