森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 第11話

2010年01月20日 | マリオネット・シンフォニー
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 フジノはノイエの前に片膝をつき、右手を差し出した。
「まだわからないかもしれない。でも、貴方を縛っているものをなくせば、そこには新しい世界が広がっているわ。この手を取ってくれるなら、きっと見せてあげられる。貴方の知らない世界を」

 ノイエの心は揺れていた。
 目の前の少女からは、自分達とはまったく次元の違う“力”と“強さ”が感じられた。しかし、彼女の言葉を受け入れることは、今までの“すべて”を否定することになる。
「……どうすればいいんだ……」
 呟くノイエ。
 ──と。




『簡単よ、あたしに従えばいいのよ』




 ノイエの唇が独りでに動き、幼い少女のような声が響いた。
 右腕が突然変形し、ノイバウンテンの発射口がフジノに向けられる。
「な──」
 フジノが状況を把握するよりも、わずかに早く。

 白い閃光が、空を切り裂いた。



第11話 ブリーカーボブスの戦い -輪踊曲《ロンド》-



 スケア達の参戦から十数分後。
 独立軍の艦隊はカシミールの砲撃から逃れ、ブリーカーボブスが水平線上に見える辺りまで撤退していた。
「くそっ! どういう理屈なんだ、あの女の攻撃力は!」
 オリバーは悔しげに帽子を床に投げつけた。
 ドールズの存在を知らなかったわけではない。情報局には複数の人間兵器が所属しており、その戦力は単体で一軍にも匹敵するとの情報はハイムから得ていた。
 しかし余りに規格外。一個人の攻撃で最新鋭の軍艦を易々とあしらうなど、常識外れにも程がある。
「少佐との連絡はまだ回復しないのか!?」
「未だ返答はありません!」
 通信士の返答を最後に、ブリッジに重い沈黙が漂う。作戦通りなら、ハースィード少佐は精鋭部隊を指揮してブリーカーボブス内部に潜入し、白兵戦を仕掛けているはずなのだ。
 そして独立軍の役割は、彼女等が内側から指揮系統を制圧するまでの間、情報局の意識を外に向けさせることだった。
「これでは我々は、ただの足手纏いじゃないか……!」

「お兄ちゃん……」
 歯噛みするオリバーの姿を、複雑そうな表情で見つめるカエデ。

 その時、オペレーターが何かに気づき、慌てて叫んだ。
「堤督! 艦隊周囲の湿度と空気密度が異常に増大していきます! まさか、アステルの風では……!」
「何だと!? バカな、この地方で起こるとは聞いたこともないぞ! ……ええい、文句を言っても始まらん!」
 オリバーは素早く全艦に緊急放送を流した。
「アステルの風が来るぞ! 直ちに散開! 各艦、可能な限り距離を取れ!」

 制御不能時の衝突を避けるべく、一斉に旗艦から離れていく駆逐艦群。
 やがて艦隊後方の水平線が消失し、融和した大気と海原が巨大な津波となって押し寄せてくる。
「全員衝撃に備えろ!」
 オリバーが叫んだ、次の瞬間。

 アステルの風の奔流が、独立軍艦隊を飲み込んだ。

   /

「い、今のは一体……」
 静かに変形を解いていく自身の腕を見つめ、ノイエは呆然と呟いた。
 己の意思とは無関係に動き、フジノを──まだ見ぬ未来を示した少女を、殺害しようとした腕を。
「き、貴様は……最初から、このことを知って……」
 震える声で尋ねるノイエ。
 その声色が、突然ガラリと入れ替わる。
『貴様、よくも邪魔を……!』

「良かった。なんとか間に合ったね」
 幼い怒声を受け流して立ち上がる背中を、フジノは驚きと共に見つめていた。
 二人の間に瞬間移動し、ノイエの右腕をつかんで白い閃光の発射方向を変えたのは、かつて同じ方法でアインスを殺害させられた青年──スケア。
「スケア……!」
「怪我はないかい、フジノ」
 短い問いに、沈黙で答える。
 スケアはわずかに微笑むと、ノイエの右腕を締め上げた。
「そう何度も同じ手が通用すると思っているのか、エンデ! これ以上、貴様の思い通りにはさせない!」

 ノイエは信じられなかった。脳内の通信機を通じて、自分を何者かが支配している。
「こ、この通信機……まさか、こんな機能があるなんて……これじゃあ、これじゃまるで……うるさいのよ、この出来損ないがっ!』
 ノイエの身体がまたも動き、スケアに蹴りを放とうとする。
 刹那、スケアがノイエの溝落ちに拳を叩き込んだ。続いてフジノがノイエの額をつかみ、極少の魔法弾を撃ち込む。
(……僕は、僕達は……量産型と同じ……コントロールされていたのか……?)
 脳内の通信機を破壊され、エンデの支配から解放されて。
 スケアとフジノの腕に抱き止められながら、ノイエは意識を失った。

 一方、アートとグラフもノイエの身に起きたことに気づいていた。
「そんな……俺達は、独立した部隊じゃなかったのか……?」
「ま、そんなとこだろうとは思ってたが……」
 アートに比べて、割と冷静に呟くグラフ。
 と、アートの身体がビクンと震えた。
「アート? どうした……」
「こ、これは……どけっ! お前のような不良品に用はない!』
「なっ!?」
 アートがF.I.R.を振り上げ、グラフに炎を放つ。
 更に、その身体は輝き始めていた。

「しまった! 彼に乗り移ったか!」
「自爆するつもり!? だったら、もう一度相殺してやる!」
 フジノが光の翼を大きく広げる。
「いや、違う! あれは……体内の魔力炉を暴走させているんだ! 外側からでは相殺できない!」
 スケアはノイエをフジノに託すと、L.E.D.を手に駆け出した。
「フジノ、彼を頼む!」

『ハハハハハハッ! これでも内側で爆発させれば充分にブリーカーボブスを落とせるわ!』
 ブリーカーボブス内部に通じるゲートに向かって移動しながら、アートが──アートに侵入したエンデが高らかに笑う。
 やがて辿り着いた先、侵入しようとしたゲートの前にスケアが立ち塞がった。
「アート君、やめるんだ! 自分の意識をしっかり持って!」
「だ、黙れ……貴様は、貴様は敵だっ!」
 魔力炉が暴走した状態でスケアと戦わされ、苦しそうに喘ぎながら叫ぶアート。そこにグラフも参戦してきた。
「アート、よせ! 操られたまま死ぬんじゃない!」
『黙れ不良品! お前たちクラウンはハイムの敵を倒すために』
「お前が黙ってろ! 俺が話をしてるのはアートの方だ!」
『な……!』
 グラフの剣幕にエンデが怯む。
「アート、聞こえるな!? よく考えろ、お前が今ここで自爆したらどうなるか! 確かに情報局を壊滅させることはできるかもしれない、だがノイエも死ぬことになるんだぞ!」
 グラフの言葉に、アートの顔が強張る。
「お前が守ろうとした兵士としての誇りは、それで本当に守られるのか!? 最後まで戦うこともできずに一方的に巻き込まれて死んでいくことが、ノイエに相応しい死に様だっていうのか!」
「アート君、君達はまだすべてを知っていない!」
 スケアも必死に説得を続ける。
「この広い世界には、君たちの知らない素晴らしいことが沢山あるんだ!」
「……う……だ、まれ……黙れ黙れぇっ!」
 炎と風を無差別に放出しながら、血を吐くように叫ぶアート。どうやらエンデはフジノの時と同じように、アートの心の中にある負の感情を増大させているようだ。

「スケア、そこから離れて! 今ならツェッペリンで……!」
「ダメだ!」
 カシミールを制してスケアが叫ぶ。
「彼らを殺してはいけない! 彼らは何も知らないだけなんだ!」

「だったら、やっぱり凍結させるしか……!」
 ようやく戦艦の凍結を完了し、参戦しようとするオードリー。その時、独立軍の撤退していった方向から地鳴りのような音が聞こえてきた。
「……何、この音……?」

   /

「これは……まさか!? ア、アステルの風です!」
「バカな、この海域でアステルの風だと!?」
 職員からの報告に驚くケイ。
 パティは即座に判断を下し、マイクを握り締めて叫んだ。
「みんな、すぐに戻って! アステルの風よ、巻き込まれるわ!」

   /

「カシミール、急いで!」
 オードリーが真っ先に戻り、
「ルルド! ルルド、ちゃんとつかまりなさい!」
 カシミールもルルドを連れて中に入ろうとする。しかし、
「ダメだよ、みんなを助けなきゃ! パパ、ママぁっ!」
 ルルドがフジノを『ママ』と呼んだ途端、カシミールの顔色が変わった。ルルドを強引に抱え込み、ブリーカーボブスの中に逃げ込む。
「ママ!? 放してよ、ママ! ママっ……!」

 直後、アステルの風がブリーカーボブスを直撃した。

『クッ、何だこれは!?』
 エンデは予想外のことに驚きながらも、何とか体勢を立て直そうとしていた。しかしアート自身の機体に損傷が激しく、まともに立っていられない。
「アート、許せ!」
 グラフが右腕を突き出す。
 瞬間、グラフの右腕が爆発的に膨張した。通常よりも遥かに多い数十本の鎖に変化し、アステルの風の流れをものともせずに凄まじい勢いで全方位からアートに殺到、周囲の外壁ごと吹き飛ばす。
 アートはそのまま意識を失い、アステルの風に巻き込まれていった。

   /

「あいつ、あんな技を……しかも、それを仲間を救うために使ったか」
 モニターで外の様子を見ながら、バジルが呟く。
「だがどうするつもりだ、次に乗っ取られるのは自分だぞ!」

   /

 途端、グラフの身体がビクンと揺れた。
『ええい、この出来損いの人形ども! お前たちなんか大嫌いだ!』
 グラフの唇が動き、エンデの声が響く。バジルの予想通り、エンデがグラフに侵入したのだ。グラフの身体もまたアートと同じように、自爆に向けて輝き始める。
「グラフ君!」
「来るな!」
 スケアが駆け寄ろうとした途端、グラフ本人が叫んだ。
「来るんじゃない! こいつは俺が引き受ける!」
「しかし……!」
『引き受ける? この状態でお前に何ができるって言うのよ』
 グラフが再びエンデと入れ替わる。
『まったく、自分の身を犠牲にしてまで他人を助けるなんて、スケアといいお前といい、不良品の考えることは理解できないわね。どうせいつかはみんな死ぬのに、何でわざわざ危険を冒してまで助けようとするのよ?』

 と、エンデとグラフが再度入れ替わった。
「仲間だから……って言うと、怒るんだろうなぁ、アートの奴は……」

「グラフ君……」
 驚きを隠せないスケア、

「……あいつ……」
 ノイエを抱えながら呟くフジノ。

『くだらないお喋りはそこまでよ! さぁ、メルクの連中と一緒に死ぬがいいわ!』
 グラフの輝きがいよいよ強くなる。
 しかし、その時。

「嫌だね!」
 グラフはエンデの支配を精神力で押し返し、外壁の端に向かって歩き始めた。
「エンデとか言ったな。あんたが何者かは知らないが、そんな命令に従う気はない!」
『な、何をするつもりだ!? くっ、止まれっ!』
 再び身体の支配権を奪おうとするエンデ、しかしグラフの歩みは止まらない。やがて外壁の宙に張り出した所まで行くと、
「自分の死に場所は……自分で決める!」
 グラフは身を投げ、アステルの風に巻き込まれていった。

   /

「たいしたものだ。奴は兵士でも、戦士でもないな」
「? じゃあ何なんですか? バジルさん」
 ネーナの問いに、バジルは笑って答えた。
「それ以上のものさ。君なら知ってるんじゃないかな? なにせ君は、素晴らしく男運に恵まれているからね」
 ネーナはレムの車椅子を修理している支店長と、近くで気を失っているグッドマンに目を向けると、嬉しそうに微笑んだ。
「……ええ。そうですね」

 一方、レムは再び“何か”を感知していた。
「これは……まさか……!」

   /

「全通気孔及び隔壁を開放! 早くしなさい、圧力差で潰されるわよ!」
 危機は去ったと判断したパティの的確な指示の元、ブリーカーボブス内部にまでアステルの風が流れ込んでくる。
 途端その騒ぎに乗じて、量産型クラウンが一体ブリッジに飛び込んできた。その身をオードリーの氷槍に貫かれながら、完全には機能停止していなかったらしい。
 騒然とするブリッジ、職員達が騒ぐ中、ケイが咄嗟にパティを庇う。しかし次の瞬間、量産型はケイの目前で真っ二つに切り裂かれていた。
「まーったくルルドったら、私達を置いてさっさと瞬間移動しちゃうんだから!」
 今度こそ完全に機能停止し、倒れる量産型。
 その背後から現れたのは、
「久しぶりねパティ、遅れてごめん!」
「ジ、ジューヌ!」
「今、モレロ兄さんが外壁に向かってるわ。アステルの風の中を怪我人を抱えて進むには、私じゃパワーが足りないからね」
 微細な振動を続けるブレードを片手に微笑むと、ジューヌはメインモニターに──そこに映し出されている翼持つ少女に目を向けた。
「何て複雑で美しい波長。成長したわね、フジノ。これじゃあ先生失格かな」
 言葉とは裏腹に、嬉しそうに呟くジューヌ。

 と、その時。
 いまだ外壁に残っているフジノ、ノイエ、スケアの周囲に、突然稲妻のようなものが飛び交い始めた。

   /

「何だ? これは一体……」
「フジノ、早く中に入るんだ!」
 嫌な予感に、スケアは急いでフジノとノイエの元に戻ろうとした。
 と、飛び交っていた稲妻の一部がスケアとフジノの中間辺りに集中し始めた。稲妻は徐々に何かを形作り、やがてノイズの激しい三次元ホログラムのような状態で、髪の長い女性の影が出現する。
「エンデ……!?」
「まさか、媒体なしで力を行使できるのか!?」
 驚愕するフジノとスケア。
 途端、周囲の稲妻が両者に襲いかかった。スケアは咄嗟に跳躍して逃れようとするが、
「くっ、しまった……!」
 バランスを崩したところをアステルの風に巻き込まれてしまう。しかし次の瞬間、誰かがスケアの身体を受け止めた。
「モレロ!?」
「ふぅっ、間一髪間に合ったな!」
「すまない! ……フジノは!?」
 フジノは光の翼でその身を覆い、障壁と成して稲妻の侵入を阻んでいた。新たな力に目覚めた今のフジノが簡単に敗れるとは思えないが、ノイエを庇ったままでは攻撃に転じることもできず、分が悪いのは明らかだ。
「スケア、お前は戻ってろ! あの二人は俺が何とかする!」
「し、しかし……!」


『逃がしはしませんよ……私の可愛い子供たち……』


「…………!?」
 突然響いた“まったく聞き覚えのない”声に、スケアの背筋を冷たいものが走る。
「今の声……まさか、あれは……!」

 その時。

「待ちなさい、エンデ!」
 荒れ狂うアステルの風の中、アイズとトトが進んできた。

   /

 トゥリートップホテルの船の中。
 南方回遊魚から帰ってきたコトブキは、慌てふためいている従業員達をよそに自室に戻り、勝手に一番いいワインのボトルを開けていた。
「やれやれ、情けないクルーだな。若い頃に遭った嵐はこんなもんじゃなかったぞ……それにしても」
 コトブキはワインをグラスに注ぎながら呟いた。
「長生きはするものだな……まさかもう一度“彼女”に会えるなんて。初めて会った時から似ているとは思っていたが、今はもう“彼女”そのものだ……若い頃に戻ったような気分だよ」

 そしてワイングラスを掲げると、
「カイル、エリオット……君達は、どうなんだ?」
 ゆっくりと飲み干した。

   /

 二人に気づいた女性の影がゆっくりと振り向き、歓迎するように言う。
『来ましたね、コープ……』
「…………!?」
 女性の声を聞いた途端、アイズの内に眠る何かが警告を発した。
「貴女……エンデじゃないわね……?」

 女性の影は薄く微笑むと、静かに言った。




『……R・O・U・N・D……』




 刹那、周囲の稲妻の量が一気に増大した。






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浮遊島の章 第10話

2010年01月13日 | マリオネット・シンフォニー
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「村を出てから、もう八日……」
 白蘭は飛空艇の甲板に立ち、握り締めた拳をワナワナと震わせていた。
「アイズ達は見つからない。そして今日もまた、もうすぐ日が暮れようとしている……なのに」

「わーっ、いい眺めですねー、ロバスミさーん」
「村で見る夕焼けも綺麗ですけど、やっぱり海で見る夕焼けも綺麗ですよねー」

「なーんであんた達ってばそんなにノンビリしてんのよーっ!」
 振り返り、白蘭は怒鳴った。
 背後で朗らかに談笑していたナーとロバスミが「ん?」と顔を上げる。
「だって白蘭、焦ったって仕方ないじゃないか。こっちの方に向かったことくらいしか手がかりがないのに、そう簡単に見つけられるわけもないし……」
「何よーっ、ロバスミのくせにーっ! あの二人が心配じゃないのーっ!? ナー、あんたはどーなのよーっ!」
「半径100km以内に人工の飛行物体はないですーっ。って言うか、とっくに進路変更して大陸側にいるんじゃないですかー?」
「何よーっ! ナーのくせにーっ! あんた時々メガネ外すようになってからナマイキよーっ!」

 白蘭達は今、ブリーカーボブスから200kmほど離れた海域に入っていた。この辺りには浮遊島が多く、その中の一つにはプライス博士の研究所もあるのだが。
「研究所の設備を使えば、トトと直接交信することもできると思うんだけど……どれがどれだかさーっぱりわかんないわ」
「生まれ育った場所じゃなかったの?」
「うるさいわね、ロバスミのくせにっ。研究所はハイムの追跡から逃れるためにカモフラージュされてんのよっ。ナー、あんたわかる? ……ナー?」
 ナーは一人、釈然としない表情で周囲の景色を見ていたが、
「何だろう、この感じ……っ!?」
 突然レーダーに“ある反応”を捉えた。
「ロバスミさん、緊急着水! 動力炉を停止させて!」
 驚いてナーの視線を追う白蘭とロバスミ。すると、海と空の境界線がぼやけていくのが見えた。
「アステルの風が来るわ!」
 即座に着水して動力炉を停止させるロバスミ。甲板の物を縛りつけに走り回る白蘭とナー。アステルの風に押し流されて、浮遊島が次々と移動し始める。

 やがてすべての作業を終わらせる間もなく、アステルの風は飛空艇を直撃した。



第10話 ブリーカーボブスの戦い -本当の戦い-



 ブリーカーボブス、外壁。
 光の翼を背に立つフジノの前には、輝きを失い倒れているノイエの姿があった。
「自爆が……止まった……?」
 グラフを羽交い絞めにすることも忘れ、呆然と呟くアート。
 解放されたグラフは即座にノイエの魔力を探り、今まさに爆発しようとしていたはずの全魔力が消失していることを確認した。
「相殺したのか。あれだけの魔力を、一瞬で……!」

「あ……あれは……」
 驚愕の余りに言葉を失くすスケア。
 その腕に抱えられながら、ルルドが小さく呟く。
「……ママ……?」

「フジノ・ツキクサ……!」
 震える腕で上体を起こし、ノイエは目の前にいるフジノを睨みつけた。
「君まで。君まで僕達の邪魔をするのか? こんな奴等の味方をする必要なんかないじゃないか!」
 フジノの答えを待たず、ノイエは話し続ける。
「君には力がある。戦いに勝利する力がある。何より君は、戦うことが好きなはずだ。僕にはわかるんだよフジノ……でも、あいつらは!」
 ノイエはオードリーやカシミール達を指差した。
「あいつらは違う。あいつらは話し合いで物事が解決すると思ってる。甘いね、そんな考えは甘いんだ! この世界の基本は弱肉強食だ、戦いに勝利し続ければやがては国も強くなる。そうすれば戦う力のない大多数の国民も平和な暮らしを得ることができる! それを可能にするのが僕達のような兵士なんだ!」



 
「さあ、君はこんな所にいるべきじゃない。僕と一緒に戦おう。そして二人で永遠に戦争を続けるんだ!」




「…………!」
 かつての自分と同じノイエの台詞に、スケアは低く呻き声を上げた。
 昔スケアが口にした台詞は、ある意味現実のものとなった。アインスの死後、リードランス大戦が終わってからもずっと、フジノとスケアの戦いは続いていたのだから。
「まだ……まだ終わらないのか、私達の戦争は……」

「いいえ、スケア。もう戦争は終わったわ。貴方と私の、戦争は」
 ノイエを真っ直ぐに見つめながら、フジノは言った。
「こいつは貴方じゃない。そして私は、もう過ちを繰り返しはしない」
 そしてノイエに問いかけた。
「貴方は“生きる”ということがどういうことか、考えたことはある?」
「戦うことだ」
 ノイエとの応答は、かつてアインスとスケアが交わした会話とことごとく一致していた。スケアが苦しげに顔を伏せ、フジノが小さく頷く。
「そうね。私もそう思ってた。そしてそれは、確かに間違ってはいない。でも貴方は……いいえ、私も。“本当の戦い”を知らなかったのよ」

   /

 ブリーカーボブス深部、シェルターへと続く通路にて。
 レムを連れたトゥリートップホテルの一行は、カルルとハースィードに退路を塞がれていた。
「カルル、レム、ネーナ。かつて花の三姉妹と呼ばれた3人が、今じゃあ殺し合いをしているなんて。なんて運命の悪戯かしらね」
 ハースィードがクスクスと笑う。
 と、突然レムから電撃のようなものが迸り、ハースィードに襲いかかった。
「──っ!」
 咄嗟に避けるハースィード。しかしレムの攻撃は途絶えることなく、徐々にハースィードを追い詰めていく。
 やがて避けきれなくなったハースィードに、電撃が直撃したかに見えた瞬間。ハースィードは大きく姿を変え、裸体に羽毛のコートを羽織った女性へと変貌した。
「な……!?」
 ネーナが、支店長が、グッドマンが。
 そして誰よりもヴィナスが、驚愕に目を見開く。
「それが貴女の……本来の姿ですか」
 毅然とした態度で問いかけるレム。
 見えないはずの瞳で身体の奥底まで見透かされたような感覚に、ヴィナスの背筋がゾクリと震えた。
「ちぃっ、まさか解除されるなんて……!」
 後方に跳躍しながら羽毛を投げるヴィナス。しかし羽毛が手元を離れた瞬間、ヴィナスの正面の空間が歪み、羽毛の進行方向が180°反転した。避ける間もなくヴィナスに突き刺さり、爆発して腕を吹き飛ばす。
「くそっ、何て能力だ! ……ん?」
 ヴィナスは少なからず焦っていたが、レムの変化に気がついてニヤリと笑った。車椅子に座ったまま指一本動かしていないのに、レムが苦しそうに息を切らしている。
「流石ねレム。トトほどじゃあないようだけど、あんたはエンデと同じく【精神の海】の領域に足を踏み入れてきている……でも、もう限界みたいね。今の内に殺させてもらうわ」
「させるかよっ!」
 グッドマンがヴィナスに向かって身構える。
 ヴィナスは腕を再生すると、具合を確認するように動かしながら言った。
「勘違いしないで欲しいわね。レムを殺すのは私じゃないわ、カルルの仕事よ」
 途端、支店長の持つ懐中電灯のネジが外れ、レムの乗った車椅子の車輪が外れた。見れば足元のカーペットもほつれ始めている。
「今のカルルは強いわよ。ネーナ、気をつけないとあんたまで分解されるかもしれないわね。それともその前に、崩壊に巻き込まれて死んじゃうかしら?」
 そうしている間にも分解は進み、ついに床まで崩れ始めた。
「まずいな……このままでは、いずれはブリーカーボブスそのものが分解されてしまう」
 支店長の呟きに、レムがキッと顔を上げる。
「……私の……最後の力で、姉様を止めます」
「そんな、レム姉様!」

 その時、グッドマンが3人を背に庇い、カルルに向かって身構えた。
「レム姉ちゃんはあっちの女を頼む。こっちは俺に任せな!」

   /

「本当の戦いとは、人を殺すことじゃない。物を破壊することでもない」
 フジノは自分に言い聞かせるように言った。
「生きていくこと……そしてより良い自分になるということ。自分自身が理想を持ち、その理想の実現のために努力すること。自らの弱さを克服すること」

   ※

「テーブル、壊してしまって……すいません」
 ブリーカーボブスに到着する直前。
 フジノは食堂での非礼を詫びるため、支店長の元を訪れていた。
「いいんですよ。フジノ・ツキクサさん」
「私のこと……ご存知なんですね。その……恐くは、ないんですか?」
 支店長は頭を掻いて笑った。
「そりゃあね、ネーナや従業員の前ではカッコいいこと言ってますけど、私だって弱い人間です。できることなら面倒には関わりたくないし、自分の身も可愛い。……でも、私はホテルマンなんですよ。そして私には、理想のホテルマン像があるんです。私は少しでもそれに近づきたい」
「理想?」
「そう、理想です。勿論、努力したからといって必ずしも理想通りの人間になれるとは限りませんがね。言ってみれば理想というのは、より良い自分になるための道標。常に理想を抱き、自分の弱いところを見つめ、現実から逃げずに進んでいけば……多分人は、それまでの自分よりも少しだけ、より良い自分になっていけるんじゃないでしょうか?」

   ※

「……そう、本当の戦いの相手は自分自身」
「黙れっ!」
 ノイエがフジノの眼前にL.E.D.を突きつける。しかしフジノは構わずに喋り続けた。
「そして本当の力とは、破壊する力のことじゃない。何かを作り出す力のこと」

   ※

「昔と同じことばかりやってたってダメなのよ、私達はコピー機じゃないんだからさ」
 かつて、まだリードランスにいた頃。
 音楽の指導を受けていた際、ジューヌが教えてくれたことがあった。
「確かに昔の天才のすごさは認めるわ。でもね、私達のするべきことは、彼らの作り出したものの本質を見極め、自分なりに解釈して、まったく新しい自分の表現を作り出すことなのよ。それができなきゃ、芸術家として本当に力があるとは言えないわ」

   ※

「例え何かを破壊したとしても、その先に新しい物を作り出すことができなければ、それは本当の力とは言えない」
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れっ!」
 叫びながら、ノイエはL.E.D.を振り上げた。
「だったら君には、何が作れるって言うんだっ!」

 戦うために創られた人形。
 人を殺めるために振るわれ続けた両腕が、世界最強の剣を全力で振り降ろす。
 しかしフジノは避けようともせず、L.E.D.の刀身を黄金に輝く手で迎え撃った。

   /

 崩れかける床の上で、グッドマンは能力を解放した。
 周囲の空間が目に見える程に大きく歪み、その身を宙空へと躍らせる。
「グッドマン、何をする気!? ダメよ、今のカルル姉様には近づいただけで分解されてしまうわ!」
「だったら完全に分解される前に終わらせればいい! 支店長、姉ちゃん達を頼む!」
「わかった……しかし、グッドマン君!」
 グッドマンの構えに対応するように、カルルが右手を前に突き出す。かつての戦いでカルルに敗れているグッドマンは、全身を緊張の汗で濡らしながら呟いた。
「俺さ、ほんと言うとすごく恐いんだけど……でも、でもな。姉ちゃん達が殺し合うなんて嫌なんだ。レム姉ちゃんもネーナ姉ちゃんも口やかましくて嫌いだったけど……それでも俺は、姉ちゃん達に幸せになって欲しいんだっ!」

 瞬間、グッドマンは全速力で飛び出した。

   /

 L.E.D.の刃はフジノに触れてさえいなかった。フジノの手のひらに宿る黄金の輝きに阻まれて、紙一枚ほどの距離を残して止まっている。

 ノイエは悟った。
 目の前の少女は、自分がどうあがいても倒せる相手ではないということを。

 ノイエの両手が力を失い、L.E.D.の柄からずり落ちる。フジノはL.E.D.をスケアに向かって放り投げると、ノイエの問いに答えようとして口を開いた。
「私は……」

   ※

「フジノ。後で先生にちゃんと謝らなきゃダメだよ」
 床に転がったバイオリンを拾って、アインスは言った。
 そこはフジノの部屋だった。家具や調度品が滅茶苦茶に壊され、フジノは窓際に頬杖をついて外を見ている。
「あれは君が悪いんだからね。ジューヌの言ったことは、とても大切なことなんだ」
「どうして? あたしはちゃんと弾いてるわ」
 不機嫌さを隠そうともせず、フジノは言った。
「ジューヌ先生の方が、楽譜と違うことをやってるじゃない」
「それはジューヌなりの表現なんだ。その時々の感情に応じて、自由に演奏する……とても難しい、でも素晴らしいことなんだよ」
「感情表現? 楽しく弾く、とか言うやつ? できるわよ、それくらい」
「違うんだ、そうじゃない……君の感情は、とても浅くて片寄ってしまっている。人の心にはね、まだ君が知らない深い感情が沢山あるんだ」
「よくわかんないわ」
 フジノが頬を膨らませる。
 アインスは困ったように微笑むと、部屋に備え付けられたピアノの椅子に腰掛けた。
「“嬉しい”とか“楽しい”っていうのは何となくわかるんだけど……そう、あたし“悲しい”っていうのがよくわかんないの。“悲しい”っていうのは“嫌”ってことでしょ? だったらそんなの、演奏上の表現とかいうのをしなくても、“嫌”な原因をなくしちゃえばそれでいいじゃない」
「そうだね。それももっともだ。でもね、世の中には私達の力では決して消すことのできない悲しみがある」
 アインスは自身の胸に手を置くと、服の上から呪いの刻印を押さえた。
「私も……ずっと君のそばにいてあげることはできないんだ」
「どうして!? アインス何処かに行っちゃうの!?」
「大丈夫。まだ何処にも行かないよ」
 慌てて駆け寄ってきたフジノを抱き上げ、アインスは自分の膝の上に乗せた。
「いいかいフジノ。この世の中には、避けることのできない大きな悲しみがある。でもね、だからこそ私達は、生きる喜びや楽しみを知ることができるんだ。
 私は君に、もっと沢山の喜びや楽しみを教えてあげたい。君が一人の女の子として生きていける世界を残してあげたい。誰もがどんな悲しみをも乗り越えて、それ以上に楽しいことや嬉しいことに出会える──そんな平和な世界を作りたいんだ。その過程で生まれるに違いない多くの悲しみを、この身に背負うことになったとしても」




 ──いつかきっと、君にもわかる時が来る。

           その時は、君も誰かのために──




   ※

 フジノの脳裏に一人の少女の姿が浮かぶ。

 その美しい髪と瞳に、蒼と紅を受け継いだ少女。
 己をも越える魔力と父親譲りの強い意志を秘めた、幼いながらも大人びた娘。

 振り向けばすぐそこに。
 スケアの腕に抱かれて、こちらを見ていることはわかっている。

 ──けれど、今はまだ。

 もう一度胸を張って、彼女の前に立つためにも。




「私はルルドのために……そして私が傷つけてしまったすべての人々のために! 誰も争う必要のない、平和な世界を作ってみせる!」




   /

 音は遅れてやってきた。
 廊下を破壊し尽くすほどの強烈な衝撃波と共に、グッドマンがカルルに突撃する。
 カルルは避ける間もなくグッドマンと共に吹っ飛び、奥の壁に激突した。カルルを壁に押さえつけたままグッドマンは動かなくなり、カルルの右腕が振り上げられる。
 しかしその手は、力なく床に落ちた。
「ありがとう、グッドマン。今なら、きっと……」
 レムの呟きと共に、カルルの周囲に光の粒子が出現する。途端、ヴィナスが反応した。
「バカな、カルルのコントロールが切れた!? くそっ、こうなったら!」
「おっと、そうはいくか!」
 ヴィナスが何かをしようとした瞬間、バジルが現れてヴィナスに剣圧を叩き込む。カルルの能力と衝撃波の影響で脆くなっていた床はあっさりと崩れ、ヴィナスは瓦礫ごと階下に落ちていった。
「大丈夫か、レム!?」
「私は大丈夫です……それよりも、グッドマンとカルル姉さんを……」

 グッドマンは皮膚の一部や指先などを分解されてはいたが、晴れ晴れとした表情で気を失っていた。どうやら命に別状はなさそうだ。
「もう……バカなんだから」
 目に涙をためながら、ネーナが微笑む。
「あんたに何かあったら、姉さんどうすればいいのよ!」

 その時、カルルが目を覚ました。慌ててネーナを庇う支店長。しかし、
「……あ……ネ、ネーナ……? ど、どうして……ここ、に……」
「姉様……? カルル姉様!?」
 ネーナは慌ててカルルに駆け寄ると、背中に腕を回して上半身を抱き起こした。
 震える手を精一杯に伸ばし、カルルがネーナの頬に触れる。
「どう、したの……? どうして、泣い、て……るの……?」

 低く落ち着いた声。
 すべてを包み込むような暖かな雰囲気。
 まともに動かないであろう自身の損傷を気にも留めず、家族の安否を気遣う姿。
 実に10年ぶりに、カルルは本来の彼女に戻っていた。

「カルル姉様……! やっと……元に……!」
 優しく拭われた目尻から、更に大粒の涙が溢れ出る。
 傷つきながらも暖かな姉の手を握り締め、頬を摺り寄せて。


 ネーナは、泣いた。

「すまないけれど、ネーナ。再会を喜ぶのは後だ。早く二人の手当てをしないと……落ちていった敵の様子も気にかかる」
「は、はい……すみません、支店長」
 支店長に促されて泣き止むネーナ。
「待ってて下さいね姉様、すぐにケール博士の所にお連れしますから」
「ケール、博士……そう……うっ!?」
 突然、カルルが苦しそうに頭を押さえた。

「どうした!?」
 ヴィナスと共に崩落した場所を警戒していたバジルが、異変を察知して駆けつけてくる。
「これは……カルル君、聞こえるか!? スリープモードに入るんだ、早く!」
 バジルの指示を受け、カルルが意識を強制的に閉ざす。

 レムもまた“何か”を察知し、呟いた。
「来ましたね……エンデ……」

   /

 同時刻。
 アイズ達は南方回遊魚の中からモニターを通してフジノ達の様子を見ていたが、もう一人のトトが“何か”に反応した。
『いけない、彼女を殺しては……エンデ!』

   /

 ブリーカーボブス外壁では、ノイエがフジノの前で圧倒されていた。そこに“何か”が入り込み、ノイエの身体がビクンと揺れる。




 ノイエの唇が、微かな笑みの形に歪んだ。




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浮遊島の章 第9話

2010年01月06日 | マリオネット・シンフォニー
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「くっ……!」
 弾き飛ばされて倒れ、起き上がろうとしたノイエの眼前に、スケアはL.E.D.の剣先を突きつけた。
「さあ、もうやめよう。これ以上の戦いは無意味だ」
「やめよう……だと? 自分と同じ顔をしているだけで傷つけることもできないのか? だから不良品だって言うんだっ!」
 ノイエの全身を覆う魔力がいっそう輝きを増す。
 自身の皮膚をも焼きかねないほどの過剰な魔力に包まれたその姿に、スケアはノイエのしようとしていることを悟った。
「まさか、自爆する気か!」
「そうさ。いくら空中要塞と言っても、僕の全魔力を爆発させれば必ず落とせる! これでメルクは終わりだ!」
 苦痛がないはずはない。
 それでもノイエは笑顔で勝ち誇った。
「貴様は確かに強いよ、僕達のオリジナルだけのことはある。だが、僕を止めるためには殺すしかない。貴様にそれができるか!?」
 再び襲いかかってくるノイエ。
 スケアは攻撃を捌きながら叫んだ。
「よせ! そんなことをして何になる!」



第9話 ブリーカーボブスの戦い -交錯-



 アイズ、トト、フジノは南方回遊魚の中で乙女話に花を咲かせていた。
「ところでクラウンって言えばさ、本当にイイ男ばっかしだよね。性格は置いといて……あ、勿論スケアさんは性格もいいけどっ」
「そうですね。あのフジノさんと同じ紅い髪の人、綺麗でしたね」
 楽しそうに手のひらを合わせるトト。

   /

「ルルド! あのクラウンを何処かに飛ばして!」
「む、無理だよ! あのクラウン3人共、パパと魔力の波長が同じなんだもん! ここからじゃ分離できない、もっと近づかなきゃ……わぁっ!」
 スケアの救出に向かおうとルルドを、アートの炎が遮った。
「邪魔しないでよぉっ!」
「それはこちらの台詞だ! ノイエの邪魔はさせない!」
 アートがF.I.R.を振り回し、炎と真空の刃が縦横無尽に翔け巡る。ルルドもカシミールもバリアで防ぐが、攻撃が激しすぎて進めない。
「貴方何を考えてるの!? 仲間が死のうとしているのよ!」
「黙れ! 我々クラウンはハイムの兵士だ、戦いに生き戦いに死ぬのみ!」
「スケアは私達の家族よ! 私はもう、好きな人を失いたくない!」
 カシミールが閃光発射の構えをとる。
「ふん! 所詮は女、兵士たる生き様の素晴らしさもわからないか!」

   /

「えーっ、トトってばあんなのがいいの? 性格悪そうだよー」
 アイズが嫌そうな顔をする。
「それより、あの同い年くらいの男の子、可愛かったよね。でも、何かスケアさんに似てたような」
「ああ、それは……」
「ん? フジノもあの子が好み?」
「え? えーっと、そう……かな?」
 昔のスケアと同じ顔だとは言えずに、返答に詰まるフジノ。
「あ、ところでさ、もう一人いたよね。ほら、深い緑色の髪の軽そうな奴」

   /

「ああ、俺もわかんないね!」
「何っ!?」
 突然グラフに蹴り飛ばされ、アートは外壁に叩きつけられた。一瞬遅れてカシミールの閃光が二人の間を貫き、近くの海に命中して巨大な水柱が立ち昇る。
 グラフは右腕を鎖に変えて放つと、ノイエを絡めて動きを封じた。
「ノイエ、作戦は中止だ! こんなところでお前が死ぬ必要はない!」
「何を言うグラフ! 僕達はクラウンだ、ハイムのために戦いに散る! それがすべてだろう!」
「冗談じゃない! そんな理由でお前達を死なせてたまるか!」
 普段は飄々としているグラフの声が、激しい怒気を帯びて辺りに響く。

   /

「そう言えばいましたねー。あんまり強そうじゃありませんでしたけど」
「いや、あの緑髪。あの3人の中じゃ一番できるな」
 フジノはグラフと戦った時のことを思い出しながら、トトの言葉を否定した。
「基本的な性能という点では、おそらく白髪の方が上だろうが……勘と言うか、いいセンスを持ってる」
「へー、そんなことまでわかるんだ」
「すごいですねー」
 感心するアイズとトト。
 フジノは少し照れながらも、確信を持って告げた。
「あの男、この先間違いなく伸びるぞ」

   /

「ならば貴様も不良品ということだ!」
 アートがグラフに斬りかかり、その一方で風の刃を放ってノイエを束縛していた鎖を断ち切る。
 グラフは右腕を盾にしてF.I.R.を防いだ。
「残念だ。お前のことは、同じ新型として能力を評価していたのに」
「……俺はお前達のことを、『仲間』だと思ってたよ……」
 ギリギリと力比べをしながら、グラフは静かに呟いた。

 ノイエとスケアの戦いは続いていた。
 流石に経験豊かなスケアの方が圧倒的に強く、ほとんどダメージを受けていない。
 しかし、最初から死を恐れていないノイエはどんなに攻撃を受けても怯まず、執拗にスケアを攻撃し続けている。
「まずいわね、このままじゃ本当に……でも、今ここから離れるわけには……!」
 戦艦を冷却しながら焦るオードリー。しかし、彼女は動けなかった。
 衝突のショックで動力炉が暴走しており、少しでも冷却の手を休めると爆発の危険があるのだ。小型とは言え戦艦の動力炉、爆発すれば周囲一帯を吹き飛ばす程度の破壊力はあるだろう。ノイエはそれを承知で、あえて戦艦ごと突っ込んできたのだ。
「パパを……パパを助けなきゃ」
 ルルドは何とかノイエだけを瞬間移動させようと試みていたが、動きが激しすぎて捉えられない。カシミールはルルドを抱えると、一旦遠くに離れた。
「いいルルド、よく聞いて。スケアには、あのクラウンを見捨てることはできないわ。あの人は、とても優しい人だから……だから私達がやらなきゃいけない」
 かつてフジノを死の直前まで追い詰めながら、それでも剣を退いたスケアを思い出し、ルルドは小さく頷く。
「貴女は瞬間移動で近づいて、スケアと一緒にもう一度瞬間移動する。そうしたら、私が全力であのクラウンを攻撃する。難しくて危険な役目だけれど、できるわね?」
「……うん」
 ルルドは真剣な表情で、もう一度大きく頷いた。

   /

「いやだ……」
「えっ? どうしたんだ、パティ?」
「また……みんな燃えてしまう……! いやだ……っ!」
「パティ? ……パティ!」
 ケイはパティの肩をつかんで揺すった。
「しっかりしろパティ、君は長官だろう? メルクを守るためにはどうすればいいか、冷静になって考えるんだ」
 パティは最初、ケイのことを幻でも見ているような表情で見ていたが、やがて唐突に我に返って目頭を押さえた。
「……そ、そうね……そうよね」
 パティはしばらく考え込んでいたが、やがて意を決したように顔を上げ、手元のマイクをつかんでケール博士を呼び出した。
 やがて南方回遊魚に回線が繋がると、パティは、叫ぶように言った。
「フジノ、お願い! 貴女の力が必要なの!」

   /

 パティの叫びと共に、アイズ達のいる部屋のモニターに、ケール博士が強制的に割り込ませた外部の映像が流れる。

 自爆しようとしているノイエ。
 懸命に説得を試みるスケア。
 そして何故か、味方同士で戦っているグラフとアート。
 カシミールとルルドは何かをしようとしているのだろうか、少し離れたところから状況を伺っているように見える。

「スケア……ルルド……」
 映像の中に大切な者の姿を見定め、フジノは糸に引かれるように立ち上がった。
「フジノ、行っちゃダメだよ!」
 思わずフジノの腕をつかむアイズ。
「今あそこに行ったら、また戦うことになるんだよ!?」
「アイズ……」
 フジノはしばらく無言だったが、やがて小さく微笑むと、アイズの手を外させた。
「……ありがとう。でも私は、スケアとルルドを助けなきゃ」
「でも、フジノさん」
 トトが悲しそうな瞳でフジノを見つめる。
「せっかくこうして私達、一緒にお話ができるようになったのに」

 その時、突然部屋の扉がノックされた。
 アイズが気を取り直し、「どうぞ」と短く告げる。
「失礼。フジノ・ツキクサさん」
 扉が開かれ、部屋に入ってきたのはコトブキだった。
「コトブキさん! どうしてここに?」
「貴女達のことが気になりましてね。少しお話でも、と思って来たのですが、少し声がかけ辛い雰囲気だったものですから……大変失礼ながら、先程のお話は聞かせていただきました」
「そうなんだ。じゃあ、コトブキさんも思うでしょ? フジノはもう、戦っちゃいけないんだよ!」
「アイズさん。ここは少し、この年寄りに任せていただけませんか」
 コトブキは優しくアイズを制すると、フジノに向かって尋ねた。
「フジノさん。貴女は“本当の戦い”というものがどういうものか、ご存知ですかな?」

   /

「アート、俺も戦いは嫌いじゃない! 嫌な奴をぶっ飛ばせば確かにスッとする! だがな、よく考えてみろ! 俺達は本当に正しいのか!? 俺達が殺そうとしている相手は本当に“悪”なのか!?」
「俺達クラウンは戦いのための人形だ! 研ぎ澄まされた剣のように、ただ敵を殺すことだけが生きるすべてだ!」
「剣にだって、持ち主を選ぶ権利があってもいいはずだぜ!」
 グラフとアートは、戦いながら激しく言い争っていた。
「俺はなアート、さっきはああ言ったが、戦いに生き戦いに死ぬというクラウンの生き様にケチをつける気はない! 俺だって、本当に価値のあるもののためになら戦って死ぬのも悪くないと思ってる! だけどそれは、俺自身の目で見つけたいんだ!」

   /

「……私は、ずっと自分が一番強いと思っていたわ」
 フジノはコトブキを真正面から見つめて言った。
「誰よりも多くの敵を倒せる力を持った自分が、世界で一番強いんだって……でも」
「でも?」
「でも、それは本当の強さや力じゃなかった。私が今までしてきたことは“本当の戦い”じゃなかった。そのことを、貴方達のホテルの支店長やアイズ、トト、スケア、カシミール……そしてジューヌ先生とアインスが教えてくれた。私の“本当の戦い”は……やっと今、始まったばかりなんだと思う」
 フジノの返答に、満足気な笑顔で頷くコトブキ。
 そのまま部屋を出ようとしたフジノの手を、アイズがもう一度つかんだ。
「フジノ! 貴女は私の友達だからね!」
 フジノはアイズの手を握り返した。
「アイズ、トト。貴女達との旅は本当に楽しかった。いつかまた……きっと3人一緒に、もう一度色んな場所を旅しよう」
 そしてフジノはアイズの手を離し、南方回遊魚の出口に向かって走っていった。
「……フジノ……」
「心配ないですよ、アイズさん」
 コトブキがアイズの肩を叩く。
「彼女は今、本当に“強い”人間になりましたから」

 そんな二人の背後では、トトが──いや、“もう一人のトト”が、誰にともなく呟いていた。
『罪の輪が……切れましたね』

   /

「今だっ!」
 スケアとノイエの間に突然現れたルルドに、二人の動きが一瞬止まった。
「ルルド!?」
「ちっ、瞬間移動か!」
 ルルドがスケアに抱きつき、そこにノイエが襲いかかる。ノイエの拳が二人を捉えるよりもわずかに早く、ルルドはスケアごと瞬間移動した。
 直後、
「食らえっ!」
 カシミールの閃光がノイエを襲う。
 しかし次の瞬間、信じられないことが起きた。カシミールの閃光が何かに弾かれ、軌道を変えて上空に消えたのだ。
 無事なノイエが手にしている剣を見て、カシミールがその理由を悟る。
「しまった、L.E.D.を……!」
 ノイエが手にしていたのはL.E.D.だった。ルルドが強引にスケアと瞬間移動した際、不運にもスケアの手を離れてしまったL.E.D.を奪われたのだ。
「はははっ、いい物を貰ったよ! こいつの力を上乗せすれば、更に威力が何倍にもなる!」
 ノイエの輝きが一層強くなる。

「やめろノイエ! 死ぬな!」
「黙れ不良品がっ!」
 ノイエを止めようと背中を向けたグラフを羽交い絞めにし、アートは叫んだ。
「やれ! やるんだ、俺達の勝利のために!」

「こうなったら……!」
 カシミールがツェッペリンを解放させ、

「やるしかない!」
 オードリーも戦艦冷却の手を一旦休め、ノイエを凍結させようと身構える。

「よせ、やめるんだーーーーっ!!!!!!」
 スケアが叫んだ──瞬間。



 辺り一面が、神々しい黄金の輝きに包まれた。



「自爆した!?」
「……いいえ違うわ、何処にも被害がない! この光は!?」
 混乱するケイとパティ。
「な、何なのあれ……と、撮りなさいよっ!」
 ケール博士の指示で外壁のカメラが一斉に光の中心を向き、ブリーカーボブスの全モニターの映像が入れ替わる。


 映し出されたのは、一人の少女。
 黄金の輝きを身に纏い、その背に光の翼持つフジノの姿だった。

   /

 トゥリートップホテルのメンバーはレムを連れ、ブリーカーボブス深部のシェルターに向かって進んでいた。地図を持つネーナが先頭を歩き、グッドマンがしんがりを勤め、支店長は眠るレムを乗せた車椅子を押している。
 と、支店長の肩に何かが落ちてきた。軽く跳ねた後、乾いた金属音と共に床に転がる。拾ってみると、それは小さなネジだった。よく見てみれば一本だけではない、周囲にも多くのネジが落ちている。
「……ネーナ、何か変だよ。止まった方がいい」
 支店長が一行を制止する。
 途端、ガシャン! と大きな音をたて、前方に伸びる廊下の天井から電灯が落ちてきた。驚く3人の目の前で、まるで何かがこちらに近づいてくるかのように、廊下の奥から順に次々と電灯が落ちる。
「な、何なの?」
 思わず怯み、あとずさるネーナ。
 その時、レムが突然目を覚まし、苦しげに呻いた。
「……やめて……姉さん……!」

 前方の天井が崩れ、落ちてきた瓦礫が廊下を埋める。
 電灯がないせいではっきりとは見えないが、落ちた天井の上には人影があった
 その人物が近づいてくるにつれて、周囲のネジが抜け、電灯が落ち、壁や天井が崩れ、廊下のカーペットもバラバラにほつれてゆく。
「この能力、まさか!」
 支店長が備品の懐中電灯で人影を照らす。
 そこには、長い髪で顔の左半分を覆った女性の姿があった。
「カルル姉様……!」
 ネーナが悲鳴に近い叫び声を上げる。
 その時、グッドマンの背後に別の人影が立った。
「カルルには近づかない方がいいわよ。それだけで分解されちゃうから」
「──ハイムの軍人か?」
 そこにいたのは、軍服に身を包んだ見慣れぬ女。
 油断なく身構えながらも怪訝な表情を浮かべるグッドマンの目の前で、軍人は──ハースィード・チェイス少佐は、ニヤリと唇の端を歪ませた。


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