森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

第21話

2009年08月26日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


「ん……ロバスミ……」
「白蘭? ……寝言か」
 疲れて眠ってしまった白蘭の黒髪を梳きながら、アイズはそっとささやいた。
「大丈夫だよ、白蘭。頑張ろう。頑張ったら、いつか絶対に思いは届くから……」
 自分自身にも言い聞かせるように、励ましの言葉を口にしつつ、冷静に思考する。
 敵の居場所は突き止めた。エイフェックスと名乗った男の言葉を信じるならトトは無事らしいけれど、明日にはハイムに連れ去られてしまうという。そうなってはおしまいだ。
 ベルニスの言う通り、現状こちらが打てる手は奇襲しかない。当然、相手もそれはわかっているだろう。迎撃の準備は万端のはずだ。主力の二人がルルドと共に敵の手中にある以上、戦力的な劣勢は覆しようがない。
 それでも。
「思いは届く……届けてみせる。でも、届けるには、どうしたら……」


『風の精霊達は歌が好きなんだよ。だから歌を乗せた電波だけは、世界中に届けてくれるのさ』


「……!」
 唐突にひらめき、アイズは立ち上がった。
「そうだ、武器ならあるじゃない! しかも強力なのが!」


第21話 決戦


「これを武器に……か」
 ペイジ博士とモレロ、そしてアイズは発電所の前に立っていた。
「プラントさんが言ってました。この発電所は大気の振動によって電力を得るんだって。音を電力に変換する装置……それさえあれば」
「私の“音”が更に強力な武器になる。でしょう?」
 声と共に、発電所の中核からジューヌが現れる。
「私も同じことを考えてここに来たんだけど……これに気がつくとは流石ね。トトが誉めてただけのことはあるわ」
「ジューヌ……なるほどな、お前がいればこれだけの大がかりな仕掛けは必要ない。変換装置さえあれば、直接電撃を発生させることは可能だ……しかし」
 ペイジは悲しげに呟いた。
「しかし、このシステムもツェッペリンと同じく兵器として使用されるのか……もう二度と、カシミールのような悲劇は繰り返したくなかったのだがな」
「薬は使い方一つで毒にもなるわ」
 とジューヌ。
「この世界から争いがなくならない限り、人はあらゆるものを武器にして戦うわ。本来は楽器である私が、自らを武器として戦ったように……だからお父様は悪くないわ、悪いのは私のような心を持つ者よ」
 ジューヌの唇が自虐的に歪む。モレロが呆れたように言った。
「いい加減、素直に戻ってこいよ。まったく強情なんだから」
「ごめんね、モレロ兄さん。でも自分で決着をつけるまでは、みんなの所に帰るわけにはいかないの」
 本当に強情なジューヌ。
 しかし少しずつではあるが打ち解けてきたようだ。

 ペイジが携帯用の変換装置製造に取りかかっている間に、アイズ、ジューヌ、モレロは発電所の修理を進めていった。
 一時は銃を向けたこともあるジューヌだったが、アイズが思い切って話しかけてみると、二人は驚くほどに気が合った。二人とも我が強く、音楽が好きで、トトを大切に思っていた。
 アインスのことを尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「アインス? そうね、他のみんなが言うように、いい人だったのは確かね。でも彼は、いつでも他人との間に壁を置いていたわ。拒絶していたわけじゃなくて、彼自身、いつもその壁を取り払おうと努力してたけど……結局最後まで、あいつとは壁を隔てた関係にしかなれなかった。不器用な男よ、まったく……死ぬことなんてなかったのに……」
 雰囲気が暗くなってしまったので、トトの話題に切り替えるアイズ。
「大丈夫、明日まではエイフェックスがトトを保護してくれるわ。カシミール達だって、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
「えーっ? 何であのオヤジの肩を持つのよーっ」
 ジューヌは返答に窮していたが、ふと何かに気づいたように言った。
「そう言えば……アイズとエイフェックスって、なんとなく似てるわよね」
「うそーっ! 何処が、どうして、どんな風に似てるっていうのよーっ! 認めなーい! ぜーーーーったい認めなーい!」

(そういう、何を言われても我が道を行くところとか、理屈っぽいところが……)
 ジューヌは思ったが、何も言わなかった。

 夕方。
 ペイジが数個の変換装置を完成させ、ジューヌが試し撃ちをすると、変換装置の周囲に稲妻が発生した。流石にカシミールと同等とまではいかないが、それでも充分な威力だ。
「いけるわ……! トト、待っててね。絶対に助けに行くからね……!」

 その頃、黒十字戦艦のとある部屋では、エイフェックスが何事か考え込んでいた。彼の目の前にはゼロがあるが、その周囲を強力な魔力が包んでいる。
「これは一体、どうしたんでしょう。ゼロがこんなになるなんて」
 エイフェックスの隣に一人の男が現れる。
「サミュエルか。これは恐らく、内側にいる者の仕業だ。見たまえ」
 エイフェックスが手を伸ばすと、ゼロに触れる直前に、見えない壁のようなものに阻まれた。更にエイフェックスの服のポケットからカードの束が飛び出してゼロを取り囲むが、やはり弾かれて何も起こらない。
「パスタチオ・メドレーですら手が出せないとは……」
「ああ、これではツェッペリンを取り出すこともできん。困ったものだ」
 言葉とは裏腹に、エイフェックスは笑っていた。
「仕方がない。ここはあの子達の動きを待とうじゃないか」

 別の部屋。
 機能停止状態から回復していないカルルの前に、エンデとフェイムが立っていた。
「どうなってるんだ? どうして動かない?」
 フェイムが不思議そうに言う。カルルは相変わらず顔の左半分が焼け爛れているが、不思議といつもの異様な雰囲気がなかった。
「何処か壊れているのか?」
「いいえ。“治された”のよ」
 エンデが忌々しげにカルルを睨む。フェイムは怪訝そうな顔をするが、
「それより、仕事をしてくれるかしら。これは貴方にとってもイイお話よ。だって、貴方の能力を限界以上に引き出してあげるんだからね……貴方も最初から、それを狙ってたんでしょ?」
「あ、ああ……まぁ、そうだが……」

 更に別の部屋。
 薄暗い部屋に多数設置された医療タンクの一つに、フジノが入っていた。身体の怪我は随分と回復しているが、カシミールに消滅させられた右腕は再生しておらず、意識も戻っていない。
 医療タンクを制御しているコンピューターのパネルには、体力値と魔力値を示すバーが表示されている。
 二つのバーは共に表示限界値に達し、計測不能を示していた。

 アイズが坑道に戻ると、白蘭は村人の部屋を順に訪問し、テキパキと看護をこなしていた。
「白蘭! 大丈夫なの? まだ手が……」
「あたしは医療用人形よ? 自分の手を治すくらい、なんでもないわ」
「でも」
 言わないで、と白蘭が目で制止する。
「みんな疲れてる。怪我をしていなくても、避難生活のストレスで体調を崩している人は多いわ。あたしは、あたしにできることをしなきゃ」
「白蘭……」
「まぁ、やるだけやってみようかな……ってね。アイズの言う通り、あたしの能力は人助けのためのものだし。地道で難しい仕事だけど、頑張ってみるわ」

 二人はロバスミの個室に向かった。ロバスミは未だに目を覚ましていないが、
「ロバスミ……例えずっと目を醒まさなくったって、あたしがいつまででも面倒見てあげるからね……」
 白蘭が口移しで水を飲ませ、愛しそうに頬を撫でる。
 と、ロバスミが微かに反応した。
 驚く二人が見守る中、閉じていた目がゆっくりと開かれ、その瞳に白蘭の姿を映す。
「……あれ、やっと天国から戻ったと思ったのに……まだ天使がいる」
 白蘭は真っ赤になり、ボロボロと涙を流して言った。
「何よ……ロバスミのくせに……っ」


 夜。
 アイズ、ジューヌ、モレロ、ベルニスは坑道出入口に集合していた。見送りに出ている白蘭の姿もある。
「本当にあたしがいなくても大丈夫なの?」
「大丈夫、何とかなるって。それに、その手……見た目はともかく、まだ戦えるような状態じゃないんでしょ?」
「……やっぱり、バレてたか」
「まあね。何より、折角ロバスミさんが目を醒ましたんだから、一緒にいてあげなきゃダメだよ」
「うん……そうね。わかった。ごめんね、アイズ」
 出発しようとする4人。そこに、プラントとナーがやってきた。
「その格好は……ボーナム、お前」
 ベルニスが眉をひそめる。
 プラントは何処から出してきたのか、全く光を反射しない黒いコートに身を包み、同じ材質のマスクをつけ、同じく黒く塗られたライフルを持っていた。
「白蘭君の代わりは私が。もっとも、かなりガタがきてますがね」
「でもプラントさん、貴方は」
 心配する白蘭に、ご心配なく、とプラントは笑った。
「私はもう人殺しをするつもりはありません。大丈夫、彼女がいてくれれば私の錆ついた腕でも少しはお役に立てます。ねぇ、ナー君?」
「え? あ、はい……そうですね」
 何事か考えていたのか、曖昧な返事をするナー。
(やっぱり……何か変ね)
 不思議に思うアイズ。

 深夜。
 黒十字戦艦の中は静かだったが、神官達の大半は眠っておらず、トトやハイムのことについて考えていた。
 と、突然、何かが爆発するような音が響いた。慌てて窓辺に駆け寄る神官達……窓の外に見えたのは、
「花火……? 何でこんなところに」

「よし、行くぞ!」
 ベルニスが飛行機から打ち上げた花火の音に紛れてモレロが戦艦の下部に穴を開け、アイズ達は内部に侵入した。ジューヌの案内でホールに向かう道すがら、スピーカーを見つける度に近くに変換装置を設置していく。そしてホールに到着し、
「艦内にいるすべての者に告ぐ!」
 ジューヌが拡声器を使って全艦内にまで行き渡る大声を出した。
「我々はこの艦に強力な兵器を仕掛けた! 命が惜しければ武器を捨て、我々の要求に応じなさい!」
 その瞬間、ベルニスの飛行機から変換装置が落とされ、窓際に立っていたジューヌが音を放った。音の直撃を受けた変換装置が放電し、夜空に稲妻が走る。
「これと同じものを艦内に数ヶ所セットしたわ! さあ、トトを返せっ!」
 ジューヌの拡声器を借りて叫ぶアイズ。

「来てくれたんですね、アイズさん……」
 暗い部屋の中で、トトは呟いていた。
「でも気をつけて下さい。これは敵の罠だから」

「その通り」
 ブリッジでエンデがほくそ笑み、一つのスイッチを押した。
「飛んで火に入る夏の虫、よね」

「何だ! 一体、誰が!?」
 ホールに詰めかけていた神官達は、突然の出来事にざわめいていた。何の前触れもなく、戦艦が上昇を開始したのだ。
「更に上昇中! この勢いだと、約2分で高度10000メートルを突破します!」
「おいおい、逃げ場がないじゃないか!」
「どうやらここは一時休戦……脱出の方法を考えた方が良さそうですね」
 プラントが銃を降ろす。
 しかし神官達は武器こそ持ってはいないものの、協力するつもりもないようだ。緊迫した空気が流れる。
 と、一人の若い神官が進み出た。それは先日、最初にトトと会話をした神官だった。
「お前は昔、テロリストだったそうだな。そんな牧師などに神の教えを広めることができるのか?」
「何故そのことを……」
 プラントはトトが喋ったことを知らないので不思議に思ったが、少し考えて言った。
「確かに私は暗殺者でした。しかし今は、貴方と同じ宗教家です。私は、宗教というものは人を支え、救うためにあるものだと思っています。今ここで私達が争えば、ここにいる者は皆命を落としてしまうでしょう。それでは過去の私と何も変わらない……人殺しと同じことです」
 返答に詰まり、神官が黙り込む。
 プラントは銃を床に置くと、ひざまずいて頭を下げた。
「私は、もう二度と人が死ぬところを見たくはありません。お願いします、協力して下さい」
 若い神官は驚いていたが、やれやれ、と溜め息をつき、
「俺だって仲間を殺したくはない」
 さっぱりした表情になった。
「まぁ、信者あっての神様だ。大目に見てもらおう」
「ありがとうございます。既にご存知のようですが、私はプラントと申します。貴方は?」
「セネイ。セネイ・クレスだ。で、どうするんだ?」

「まずは上昇を止めないとね。みんな耳を塞いで! 強烈なのいくわよ!」
 ジューヌがホールのスピーカーに回路を直結して、艦内すべてのスピーカーから大音量の曲を流した。瞬間、設置しておいた変換装置から電撃が迸り、艦の機能がオールストップする。
「これで上昇は止められたわ。だけど風に流されてるわね。ナー、予測航路を割り出せるかしら?」
「ちょっと待って下さい。そうですね、現在の高度が約8500メートルですから、このまま徐々に降下していくとすれば……東に向かって流れた後、約1時間後には不時着するはずです。ただし、それまでに何処かの山頂に引っ掛かって破れなければ、ですけど」
「仮に不時着できたとしても、それが人間に耐えられる程度の衝撃ですむという保証はないか……中型の戦艦がある。かなり壊れているが、脱出するくらいなら何とか……よし、皆を集めるんだ!」
 セネイの指示で、他の神官達も準備にとりかかった。

「私、トトを連れてくる!」
 アイズが言うと、セネイとジューヌが道案内として同行を申し出た。
 そして、
「アイズさん、これを」
 プラントはアイズに暗殺専用装備一式を手渡した。
「勢い込んでやってきましたが、どうやらもう、私には必要ないもののようです。せめて最後に、貴女を護るという役目を果たさせてやって下さい」
 アイズは礼を言って黒装束を纏い、トトの部屋に向かった。

「フン、やってくれるじゃない……」
 火花を散らし、煙を上げている機器を睨みながら、エンデは呟いた。
 背後にはフェイムが立っている。その瞳には、カルルと同じような異様さがあった。
「さぁ、貴方の出番よ。貴方をバカにした奴等に、その力を見せてあげなさい」

 トトは部屋の扉の前、廊下でアイズ達を待っていた。
「アイズさん! 良かった……皆さん来てくれたんですね!」
 駆け寄るジューヌとセネイ。しかしアイズは嫌な予感がして立ち止まった。右手の甲に埋め込まれている黒い宝石が、警告するように疼いている。
 アイズはライフルを構えて言った。




「違う……そいつはトトじゃない」




次に進む

第20話

2009年08月19日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


 プラントの狙撃で撃ち抜かれた燃料タンクは、複数あるものの内の一つだったらしい。
 基底部から爆炎を噴出しつつも、かろうじて墜落を免れた中型戦艦は、砲撃を中断して飛び去っていった。
 ……と、何処からか拍手の音が響いた。
「見事なものだ。あのエンデとヴィナスを打ち破るとはね」
 感心するエイフェックスの背後に、純白の高速船【スノウ・イリュージョン】が飛来する。
 見覚えのある船の姿に、アイズは顔色を変えた。
「貴方がトトをさらったのね!」
「その通りだよアイズ君。トト君は私が預かっている。もっとも明日の朝には、彼女は私の手を離れて、ハイムへと連れて行かれてしまうがね」
「そうはさせないわ!」
 エイフェックスに詰め寄ろうとするアイズ。
 しかし、彼女の行く手を数枚のカードが阻んだ。
「確かに私の行為は犯罪だ。しかし私には私の目的があり考えがある。君は言ったね、他人の自由を否定しないと。そして己の自由のために戦うとも……トト君を取り戻したいのなら全力でかかってきたまえ。いくらでも相手になってあげよう」
 自分の理論を持ち出され、反論できないアイズ。
 事実、現状のままではトトを取り返すどころか目の前の男も倒せない。
「いい判断だ」
 エイフェックスは満足気に頷くと、少し離れた木陰から様子を伺っていたジューヌとフェイムに撤退を指示した。しかし、
「? おい、どうしたんだジューヌ」
「私……行かない」
「はあ? 何言ってるんだお前、気でも違ったか?」
「うるさいわね、放っておいてよ! 二流品のあんたには関係ないわ!」
「……ああそうかよ、わかったよ勝手にしろ!」
 フェイムはさっさとエイフェックスのところに行き、ジューヌはエイフェックスに向かって宣言した。
「エイフェックス! 貴方のことは嫌いじゃないけど、私はもう、ハイムに協力するつもりはないわ!」
 エイフェックスは軽く肩をすくめると、素直に引き下がってジューヌに別れを告げた。フェイムとゼロを乗せて、スノウ・イリュージョンが飛び立ってゆく。
「バカな奴だ……今更そっちについて何になるって言うんだ……?」
 外に残ったジューヌを見ながら、フェイムは小さく呟いていた。


第20話 間奏<インテルメッツォ>


 少し後。
 プラントとベルニスは、一対一で向かい合っていた。すぐ近くではナーが固唾を飲んで見守っている。
「いい銃だな。貫通力、飛距離、重心バランス……どれをとっても申し分ない」
 プラントの手には、今もベルニスの銃が握られていた。ベルニスもまた、スペアの銃を手にしている。
 と、プラントが銃口をベルニスに向け、
「しかし弾丸の装填数が少なすぎるぞ」
 引き金を引いた。
 カチン、と弾切れの音が響く。
「リボルバーで6発のみとは……私を逮捕したいのなら、最低でもマシンガン程度は用意したまえ」
 プラントは銃を投げて返すと、両手首を合わせて差し出した。ベルニスが手錠を取り出し、ゆっくりとプラントに近づく。
 と、
「ベルニスさん、待って下さい! プラントさん……!」
「いいんですよ、ナーさん」
 二人の間に割って入ったナーに微笑みかけ、プラントは言った。
「これも運命なのでしょう。最後の最後でボーナムに人助けをさせるとは、神もたまには味なことをする……まぁ、やっと裁きの時が来たということです」
 ベルニスは無言でナーを押し退け、プラントに手錠をかけようとした。
 その時。

 村の方向から、鐘の音が響いてきた。
 プラントが牧師を勤める教会の、尖塔に設えられた鐘が鳴っている。
 皆が動きを止める中、
「この鐘の音を聴くのも、これで最後だな……」
 プラントが感慨深げに呟く。
 と、ベルニスが手錠をかけるのをやめ、懐から携帯端末を取り出した。何かを確認するように、数回操作をした後、懐にしまう。
 ベルニスは事務的な口調で言った。

「現時刻をもって、テロリスト・ボーナムによるセルゲイ大使暗殺事件の時効が成立。A級指名手配犯のリストより、データの抹消を確認した。以上」

 ナーが、プラントが、驚きに目を丸くする。
「それでいいのかね……妹君の仇は」
「俺は国際警察官だ。法には従うし、個人的な感情では動かん」
 そこまで言って、ベルニスは口調をやわらげた。
「お前を追っていたのは、妹の仇としてであることに間違いはない。だが、村に溶け込み、村のために生きているお前を見て、少々毒気を抜かれた。それでも仕事は仕事だ、証拠となるデータを集め全力で逮捕に専念したが……まあ、こうなってしまっては仕方がない」
「ベルニス君……」
「どうやら『神の裁き』という奴のようだな。テロリスト・ボーナムは世界に不要な人間だが、プラント牧師は必要だということだろう……もっとも、まだ完全に許したわけではないがな」

「よかったね、うまくいったみたいじゃない」
「あ、アイズさん」
「何? 時効か何かなの?」
「ええ、そうなんですけど……」
 ナーがアイズの耳元に口を寄せる。
「あの教会の鐘、20分は早く鳴ってるんです。多分、戦闘の影響で壊れてるんじゃないかと……」
 アイズは少し驚いたが、
「多分、ベルニスさんだってわかってるよ。だってほら、腕時計つけてるし」
「あ、ホントだ」
「神もたまには味なことをする……ってやつかしらね」
 呟く声に振り返ると、そこにはジューヌが立っていた。
「そうだ。ジューヌさん、戻ってきてくれたんだね」
 喜び、歓迎するアイズ。しかし、
「悪いけど、私はまだ貴女達と共には戦えない。自分のしでかした事の始末は、自分でつけるわ」
 ジューヌは踵を返し、その場を去り……と、途中で振り返って笑顔を見せた。
「そうそう、アイズって言ったっけ? 貴女の言った通り、トトってすごいわね。おかげで目が覚めたわ」

「う~ん。プライドが高いっていうのも、困ったもんよね」
 溜め息混じりに呟くアイズ。
 ナーは周囲の被害状況を観察しながら言った。
「それで……これからどうするんですか? アイズさん」

 太陽教団、本拠地。
 黒十字戦艦の艦内はざわめいていた。艦内の至るところには中型戦艦やスノウ・イリュージョンから送られてきた映像が映し出されており、そこに映るフジノやヴィナスの姿は、神官達に疑問を抱かせるには充分だった。
 つまり、
「彼女達は本当に味方なのか? あれは一体何なんだ? 一体何が起きているんだ?」
 ということである。

 一方、監禁中のトトは。
『聞こえた? アインスの言葉、スケア、フジノ、カシミール、ルルド達のこと……』
 ベッドに腰かけて目を閉じるトトの口から、普段とは異なる声が響く。それは以前トゥリートップホテルでエンデに対抗した、もう一人のトトの声だった。
「はい……悲しい話ですね。誰も、誰も悪くなんてないのに」
『でもようやく……彼らの心の闇が、すべて吐き出されたわ。後はそれを見極めて、正しい方向に導いてあげればいい。さあ、トト。貴女の出番よ』
 頷き、トトはうっすらと目を開いた。
「皆さん、私の歌を聞いて下さい」

 瞬間、艦内のすべての通信・放送機能がジャックされた。
 少女の歌声が、艦内の隅々にまで響き渡る……。

 一方、アイズ達は一旦坑道に戻っていた。
 モレロは負傷の激しい白蘭を抱えてペイジ博士の元へ。
 プラントは村人達を集め、事態の経過を説明すると共に、自分の過去をも話した。
 返ってきた反応は、過去はどうあれプラント牧師は村に必要な人間だ……ということだった。

「こうなったら、先手を打ってこちらから奇襲攻撃を仕掛けるしかないでしょう」
 ベルニスは言った。
「ここからでは国際警察に援軍を要請しても2日はかかります。それでは遅い」
「そうね……ナー!」
「はいっ!?」
 いきなり呼ばれて素っ頓狂な声を上げるナー。アイズはニヤリと笑って言った。
「貴女の出番よ!」

「でーすーかーらー、そんなこと私にはできませーん!」
 見晴らしのいい場所で、ナーはアイズとベルニスに挟まれていた。
「私の専門は、あくまで気象観測でですねーっ」
「絶対できるって! ただ能力の使い方がわかってないだけなんだってば!」
「あれだけの大きさの戦艦を丸ごと隠そうとすれば、相応に強力なシステムが必要になります。具体的にどのような方法を用いているのかまではわかりませんが、それが周囲に何の影響も及ぼさないということはまずありえない。戦艦そのものではなく、隠匿行為による影響を発見することさえできれば、かなりの絞り込みが可能なはずです」
「んー、まぁそれならできるかもしれないですけどー」
 しぶしぶレーダーを全開にするナー。
「ここは山の上なんですから、磁力とか電力なら至る所で発生して……あれ?」
「どうしたの、ナー」
「レーダーに渡り鳥が映ったんです。でも変なんですよ。この鳥、いつも決まったコースしか通らないはずなのに……あれ? いつもの産卵場所に鳥が一羽もいない……」
『それだっ!』
 アイズとベルニスは声を揃えて言った。
「何処ですか、方角と距離は?」
 ベルニスに問われ、ナーがまっすぐに腕を伸ばす。
「ほぼ南西、およそ5.2km先の断崖絶壁です。でもそんな場所に戦艦が着陸できるはずはありませんから……そこから更に1km先の盆地。戦艦の規模から見て、ここ以外には考えられません」
「偉い、ナー! 流石っ!」
 アイズがバンバンとナーの背中を叩く。
「…………」
「よぉーし、どうにか行ける距離ね……って、どしたの、ナー?」
「え? あ……いえ、何でもないです」
 ナーは何事か考え込んでいたが、アイズに声をかけられて軽く笑って見せた。
「えと……それじゃ、私は先に坑道に戻りますね」

「どうしたんだろ?」
「さぁ……」
 ナーの後姿を見送り、アイズとベルニスは顔を見合わせた。
「よくわかんないけど……ま、ベルニスさんも手伝ってくれるんだし、何とかなるよね」
「ああ、そのことではないのですが……アイズさん」
 真剣な瞳でアイズに迫るベルニス。
「ここから先は危険です。今までも十分に危険でしたが、相手の本拠地に乗り込もうというのですから、その危険性は……」
「わかってるよ、ベルニスさん」
 ベルニスの言葉を遮り、アイズは微笑んだ。
「妹さんのことがあるから、心配してくれてるのはわかるけど……でも、私は行くわ。トトを守るって約束したの」
「あ、いえ……そういうつもりで言ったわけではなくてですね」
「はい?」
 ベルニスは一つ咳払いをすると、拳を握り締めて力説し始めた。
「アイズさん。これまで貴方の行動をずっと拝見してきました。貴女はとても勇気がある。判断力も優れているし、行動力も並ではありません。そして、友人のためなら己を危険に晒すことも厭わない、高潔な人格。どうです、国際警察に入りませんか?」
「がくっ」
 アイズはひっくり返った。
「貴女ほどの才能があれば、国際ギャング団が相手でも互角に戦えるはずです。今回のような危険なミッションを無事に切り抜けたという実績を示せば、上も納得するでしょう。実は今、ちょうど女性隊員が一人欠員していまして……あ、ちなみに私の妹は貴女とは違って、もうお淑やかで慎ましくて物静かで料理がうまくて……写真見ます?」
「い、いえ……遠慮しときます、国際警察の件も含めて……」
 ヨロヨロと立ち上がるアイズ。


 残念がるベルニスを残して坑道に戻りながら、アイズは盛大に溜息をついた。
「私のイメージってそんななのね……みんな、私のこと気の強い男女だと思ってんのね……トホホ」

 坑道に戻ったアイズは、白蘭が目を覚ましたと聞いて彼女の私室に向かった。
 白蘭はすっかりお淑やかになってベッドに座っていた。フジノに握り潰された両手を見つめながら、か細い声で呟く。
「あたし……何してたんだろ。こんなことしても何の解決にもなんないのに……ロバスミだって、まだ目を覚ましてくれないし……」
 アイズが白蘭の隣に腰掛けると、白蘭は自嘲的な笑みを浮かべた。
「あたし、自分のことを“強い”って思ってた……でも、本当はカシミール姉さんとか、アインスさんとかが“強い”んだよね。あたしじゃあ、呪いに侵されていく身体を抱えて精一杯生きたり、国一つを滅ぼせる兵器を抱えて生きたりなんてできない。スケアさんみたいに自分の罪を背負って生きていくこともできないし、ルルドみたいに自分の運命に立ち向かうこともできない……あたしって、なんて弱いんだろ……」
 アイズは白蘭の肩に腕を回して、そっと抱き寄せた。
「自分の弱さを認められるんだったら大丈夫だよ。白蘭には白蘭にしかできないことがきっとあるから。それを見つけられれば、きっと強く生きていけるよ」
 白蘭はアイズの手を取った。
「ありがとう……アイズも、とっても強いよね」

 ヴィナスの乗った中型戦艦が本拠地に到着した時には、既にスノウ・イリュージョンが到着していた。戦艦の修理を頼もうと、ヴィナスは黒十字戦艦に入り……ホールに出た途端、驚いて立ち止まった。
 神官達がひしめきあい、何事か盛大に議論を重ねている。そしてその中心には、監禁していたはずのトトの姿があった。近くにエイフェックスの姿を見つけ、何が起きているのかと尋ねる。
「私じゃないよ、彼等が自分からトト君を解放したんだ。しかしなるほど、ジューヌ君の言った通りだな。三日とかからずに大変なことが起きる……か。はは、確かにそうだ」
 どうして知っていたのかはわからないが、どうやらトトがハイムやリードランス、アインス、戦争の真実などをすべて神官達に話したらしい。そして、プラント牧師の過去やペイジ博士の発電所、更にはカシミールの体内に埋め込まれたツェッペリンのことも。神官達の議論は自分達の行為の善悪を問うものから始まり、やがては宗教論を巻き込む大論争へと発展した。そしてほぼ全員が、ハイムに反感を抱き始めていた。
 上位の神官達は余りに頭が固いので部屋に閉じ込められていたが、ヴィナスに助けられてホールに乗り込んできた。若い神官達(トト側)と上位の神官達(ハイム側)との間に一触即発の雰囲気が漂う。しかしトトが争いを望まなかったので、ひとまず解散となった。

 トトが部屋に戻ると、アイズに倒されたはずのエンデがやってきた。
「なめた真似をしてくれたわね……あいつらを手懐けたか」
 トトは落ち着いて答えた。
「私は貴女とは違います。私はただ、多くの想いを、願いを、皆さんに伝えただけ。貴女のように心を操ってはいません」
「違う? 同じよ、あんたとあたしのやっていることはね」
 エンデは凄まじい剣幕でトトを睨むと、何もせずに出ていった。
 トトは悲しげに目を伏せると、疲れた声で呟いた。
「アイズさん……」

「何を焦ってるのよ。もうすぐトトが手に入るし、村の人形だってほとんど戦力になる奴は残ってないじゃない。フジノとカルルが使えなくたって、私と貴女だけで充分よ」
 ヴィナスがなだめるが、エンデは焦りを隠そうともしない。
 ……と。
「じゃあ、俺を使わないか?」
 そこに一人の男が声をかけてきた。ヴィナスが訝しげに眉をひそめる。
「フェイム……何のつもり?」
「なに、エイフェックスとの契約は終了したんでね。暇なんだよ」
 表情はおどけていたが、フェイムの瞳は奇妙に落ち着いていた。


次に進む

絶賛夏風邪中

2009年08月15日 | Weblog
 風邪をひきました。
 頭が痛いわお腹が痛いわ喉が痛いわ熱が出るわくしゃみが出るわ鼻水が出るわで大惨事です。
 12日から昨日まで大阪に行っていたのですが、環境の変化に身体がついていかなかった様子。
 京都に戻ってきたら、症状が大分ましになりました。自宅パワーすごい。

 大阪に住んでいたのは、今から4年前のこと。
 以来ほぼ一度も顔を出していなかったのですが、たまには妻の実家に挨拶をと、家族3人で行ってきました。
 前述したように体調を崩してしまい、ほぼ寝たきりの三日間でしたが。

 そんな中、久しぶりに訪れたお店があります。
 串カツ専門店の【壺天】さん。
 大阪府下に10店舗近く構えているお店なのですが、私が訪れたのは平野店。なにしろ以前の住まいが同じビルの5階でしたので、当時は毎日挨拶をする間柄でした。

 しかしながら、4年ぶり。
 果たして覚えてくれているものか、と思っていたのですが、きっちり覚えていてくださいました。
 メニューの紹介などは各種レビューサイトに譲るとして、とにかくオススメのお店ですので、大阪にお立ち寄りの際には是非行ってみて下さい。
 
 ちなみに、メニューは店舗によって微妙に違うようです。
 平野店に限って言えば、レディースセット1890円(税込)がお得です。
 串カツ10本+ご飯+お味噌汁+飲み物のセットなのですが、女性は勿論男性でも、かなり満足できる量ですよ。

第19話

2009年08月12日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


「貴様……カシミール達を何処へやった!」
「心配することはない、三人仲良くそこの『ゼロ』の中にいるさ……ああ、無理に取り出そうとしない方がいいぞ。壊せば二度と出てこなくなるからね」
 不敵に笑うエイフェックスを中心に、多くのカードが宙を旋回している。フジノはエイフェックスに向かって魔法弾を放つが、カードの一枚がそれを弾いた。
「無駄だよ、今の君では私には到底及ばない。アイズ君、離れていたまえ」
 アイズの周囲に数枚のカードを残し、エイフェックスは、緑色の球体『ゼロ』を回収に向かった。


第19話 終わらない戦い


「ちょっとエイフェックス、何を勝手なことを……」
「最初に言ったはずだ、私の目的はツェッペリンだとね。壊されては困る。そんなことより、自分の身の心配をした方がいいんじゃないのかな?」
「どういう意味よ?」
 エイフェックスの含みのある口調に『ルルド』が眉をひそめる。
 その時、フジノが『ルルド』の腕をつかんだ。
「貴女は、私を裏切らないわよね……」
「も、勿論よママ。あたしは、ずっとママのそばにいるわ」
 フジノのただならない雰囲気に、少し怯える『ルルド』。
 その様子を見て、アイズは気になっていたことがやっとわかった。

「ルルド……だったわ」
 アイズの呟きに、周囲の視線が集まる。
「さっき、フジノさんが何か言ったの。ツェッペリンの発射で声は聞こえなかったけど、口の動きは見えたわ。ルルド……って言ったのよ。“本人”に向かって」
「……まさか……!」
「妙だと思ってたのよ。さっき、フジノさんがルルドを蹴り飛ばした時……いくらルルドが丈夫な子でも、フジノさんに蹴られて無事で済むはずがないもの。しかも直接攻撃したのはそれっきりで、後はみんな魔法だった。技術のことは私にはわからないけど、単純な魔力の強さで言えば、ルルドの方がフジノさんより上なのに……ひょっとしてフジノさん、ルルドのこと、最初からわかってたんじゃないの?」
 エイフェックスが「ほぉ」と呟き、『ルルド』の顔が引き攣る。
 フジノは『ルルド』をつかむ手に、更に力を込めてゆく。
「フジノさん……貴女、ルルドに捨てられたと思い込んで……でも、それを認めたくなかったから、だからルルドを忘れさせてくれるこいつらを利用したんじゃないの? ルルドを突き放せば、孤独になったルルドは、逆に自分のところに帰ってくると思って……貴女の誤算はルルドがスケアさんを許したことと、カシミールさんに出会ってしまったこと……」
「黙れ! あいつはルルドじゃない!」
 フジノの魔法弾がアイズを襲うが、エイフェックスのカードがアイズを守った。
 荒々しく息をしていたフジノの表情が、今にも泣き出しそうに歪む。
 そして、
「お、落ち着いて、ママ! あんな奴の言うことなんかに惑わされないで! あ、あたしは、あたしはずっとママのそばにいるから……!」
 必死の『ルルド』をつかんだまま、フジノの身体は輝き始めていた。
「でも……でも、みんな私を裏切っていったわ……貴女だって、いつか私を裏切るかもしれない……」
 フジノは『ルルド』ににっこりと笑いかけた。
「だからそうなる前に、私が殺してあげる……大丈夫、心配しないで。ここにいる奴等もみんな殺してあげるから」
「ひっ……! た、助けて、エンデ!」
「彼女を思い通りに利用しようなんて甘いんだよ。今回はたまたま利害が一致しただけの話だ。さて、エンデ君。そろそろヴィナス君を助けてやった方がいいぞ」

『もぉ、しょうがないなぁ。勝手にあたしのお人形を壊さないでよねっ』

 何処からともなく声が響き、途端、フジノの動きが止まった。
 そのまま倒れ、意識を失うフジノ。
「た、助かった……フジノにチップを埋め込んでおいて助かったわ」
 フジノの身体の下から這い出す『ルルド』……かと思うと、その姿が変わってゆく。青白い肌に長い黒髪、裸体に直接黒い羽毛のコートを纏った女性……それが彼女、ヴィナス本来の姿らしい。
「こいつ、私を利用していたのか……操り人形の分際でっ!」
 フジノに何度も蹴りを入れるヴィナス。
 と、それまでずっと上空にいた中型戦艦が着陸し、中から一人の女性が舞い降りてきた。
「それくらいにしておきなさいよ、ヴィナス」
「エンデ……もう、わかったわ、よっ!」
 最後に一撃入れて、ヴィナスは落ち着く。

「あんた達ね、裏にいたのは!」
 アイズが二人を睨みつける。と、ヴィナスが何かを投げた。アイズが咄嗟に跳んで避けた途端、先程まで立っていた所にヴィナスのコートの羽根が突き立ち、地面が爆発した。
「私の能力は『変身』だけじゃないわ。私はね、体内でありとあらゆる物質を合成することができるのよ」
 ヴィナスが勝ち誇って笑う。
「さて、どうやって殺してあげようかしら。今みたいに火薬で吹き飛ばされたい? それとも毒ガスで自由を奪って、ジワジワなぶり殺しにしてあげようかしら」
「いけないわ、ヴィナス。その子はあたし達の大切な『国民』なのよ」
 エンデはやわらかい口調でヴィナスを咎め、アイズを見下ろした。
「アイズ・リゲル……国民No.1,024,291-8-A-b……前に見た時から気になってたのよ。貴女ハイムの国民じゃない、それもAクラスの『特別市民』の一人……そんな大切な子を殺しちゃダメよ」
 アイズは起き上がり、エンデを睨みつけた。
「ハイムを操っているのはあんたね……生かしてもらっておいて何だけど、私はもうハイムの支配を受けるつもりはないわ!」
「どうして? 何が不満なのよ」
 エンデは優しい声色でアイズを諭した。
「ハイムの経済レベルは常に世界最高を記録しているし、生活環境だっていいじゃない」
「そうね、生活に不満はないわ。でも自由がない。みんな同じ考え方、同じ目標しか持ってない。今回その理由がわかったわ……都合のいいように人を洗脳して、裏でこんなことをしてたなんて」
 エンデが肩をすくめる。
「あたしのやっていることは洗脳じゃないわ。ただほんの少し、人の心を解放してあげるだけ。スケアだって、あれは自分の意志でアインスを殺したのよ。あたしはスケアの中にあった“それでもアインスが憎い”という心を大きくしてあげただけなの。
 フジノだってそう。彼女の心は、結局14歳の頃から何も変わっていなかった。まぁ、自分で母親としての心を作って被せてはいたけど……貧弱なものだったわね。大体、それを破壊したのはアイズ、貴女じゃない? あとは楽だったわ。この11年で更に偏ったフジノを手に入れられた。この破壊はフジノの意志、あたしは彼女の願いを叶えやすくしてあげただけ」
「あんたの目的は何? 何のためにハイムを……それにトトまで。まさか世界征服を企んでるワケでもないでしょ?」
 アイズの問いに、エンデは笑って答えた。
「貴女は、幸せな生活ってどういうものだと思う? 一国の国民すべてが幸せな生活を送る方法……それは自由を与えないことよ。自由があるから人は多くを望み自滅する。ならば唯一つの目的のみを求めればいい。ハイムの国民は大戦以前から、ただ国を強くすることだけを目的として生活してきたわ。それによって経済は活性化し、技術は発達し、戦争に勝って国は広がり、そして生活が豊かになった……素晴らしいことじゃない。それもこれも、すべては自由を制限したからよ。多くの考えなんて足並みを崩すだけ……自由があるから人は悩み、迷うの。たった一本の道しかなければ迷いはなくなるわ。
 フジノだって、自由があったからこんなことになったのよ? アインスが彼女を研究所の外に連れ出したから、自由を得たフジノはアインスを求めた。こうは考えられないかしら。フジノはモルモットでいた方が良かった……って。愛や自由なんて知らずにね。
 人は自由があるから罪を犯し、人を傷つけ、多くの幸せを奪うのよ。自由なんて社会の病、自由こそは諸悪の根源、生きとし生けるものの恐怖。あたしは世界から自由を取り除いて人々を救うわ。あたしはみんなの幸せのために行動しているの」

 話し終えたエンデが、満足そうに微笑む。
 黙って話を聞いていたアイズは、やがてゆっくりと立ち上がると、
「確かに自由は厄介よね……だってあんたみたいなバカがバカなこと考えるのも自由だもんね、このバカ!」
 大声で罵り、ニヤリと笑ってみせた。

 エンデとヴィナスが呆気に取られ、エイフェックスがクックックッ、と笑う。
「大体さぁ、自由を制限するなんて言ってるけどさ、制限する側のあんたの自由はどーなるのよ。国の目的も未来も結局あんたのやりたい放題、それって自由じゃないわけ? 偉そうなこと言ってるけど、あんたはやりたいことのために反対意見が出ないようにしてるだけじゃない。それってあんたの言う“自由のための罪”とどう違うっていうのよ。
 さっさと本音を言いなさいよ、あたしは自分のワガママのために他人の自由を認めませんってね。御託ばっか並べてんじゃないわよ」
 エンデが何か言い返そうと口を開くが、間髪入れずにアイズが再び喋りだす。
「確かに自由は人を傷つけ、間違いを犯させるわ。でも幾つもの自由がぶつかり合ってこそ新しいものは生まれるわ。自由は他人に与えられるものじゃない、求めて得るものよ。私は他人の自由を否定しない、でもそれが私の自由を傷つけるなら全力で戦わせてもらうわ」
 そして口を開けたままバカみたいに立ち尽くしているエンデを見やり、ニッと笑った。
「だから私はあんたの考えを否定したりしないわ、だってそれも自由だもん。あら、変な話よね。自由を認めない考えが自由だなんて。変ー。変、変、変! すっごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーく変っっ!」
 ひたすら「変」と連発され、エンデが怒りに顔を歪ませる。その表情を見て、アイズは気持ち良さそうに一息ついた。
「あーっ、すっきりしたーっ!」

「こいつ、言わせておけば……」
「あたしの話はまだ終わってないわ」
 コートの羽根を毟り取ろうとするヴィナスを、エンデが片手を挙げて諌める。一つ大きく息を吐くと、その顔に余裕の笑みを浮かべ、エンデは、再び話し始めた。
「確かにどんなに制限しようとしても、自由を主張する者は現れるわ。ちょうど、今の貴女のようにね。でもね、それを簡単になくす方法があるのよ。貴女、7歳になった時、ちゃんと『洗礼』を受けているわよね? さて、ここで一つの仮定よ。もしも、その『洗礼』の時に、何らかの細工が施されていたとしたら……どうなると思う? 例えば、スケアみたいに……」
「……まさか」
 その意味に気づき、流石のアイズも表情を強張らせる。
「脳に……!」
「ピンポーン。自由を制限する簡単な方法……それはあたしが全国民を直接操ること。でも問題が二つ。いくらあたしでも人の心に忍び込むのは結構疲れるのよ。それにあたし単体には全国民を同時に操るだけの処理能力がない。
 そこで問題解決のために行っていること。その一つが『洗礼』と称して10年前に始めた儀式。その実態は、国民一人一人の脳にチップを埋め込む手術なのよ。貴女を含めて20歳以下ならほぼ100%、全体でもおよそ70%がこの手術を受けている。これによってチップの入っている国民の脳には至極簡単にアクセス可能。
 まあ、こんな手間をかけなくても、あたしの精神をトトの精神に接続しさえすれば、全国民……いいえ、全世界をも同時に操ることができるようになるんだけどね」
「素晴らしいわ。全世界を騙すのね」
 ヴィナスが楽しそうに笑う。
 アイズはしばし呆然としていたが、急に怒りが込み上げてきた。
「わ……私達をオモチャにする気かっ!」
「あったり~。所詮人間なんてあたしのオモチャなのよ」
 怒りに任せて突撃してくるアイズを見下ろし、エンデが笑う。
「貴女可愛い顔してるから、あたしのお人形さんにしてあげる。そうね、まずはトトを貴女自身の手でバラしてもらおうかしら。そのあとは、ヴィナスと二人で可愛がってあげるわ」
 エンデはアイズに向かってアクセスを始めた。
「貴女の言った通り、これはあたしのワガママよ。でも、それがどうしたっていうのよ……もう、終わりね」
 洗脳プログラムに実行命令を出すエンデ。
 しかし彼女の視界に表示されたのは、まったく予想外のものだった。

「……何これ、『Error』って……」

「たぁぁあぁぁぁああぁっ!」
 アイズの拳が炸裂し、エンデが殴り飛ばされる。
 瞬間、手の甲の宝石が光り輝き、その全身が青白い炎に包まれた。
「な、何なのよ、チップの故障!? ……いや、最初からない!? まさか、あたしのシステム内で偽装があるはずが……!」
 エンデの動きが徐々に鈍くなり、やがて動かなくなる。
 どうやらカルル同様、機能停止したらしい。

「策士、策に溺れる……だな。システムに囚われているのはどっちかな?」
 やれやれと肩をすくめ、エイフェックスは呆れたように呟いた。
「……それにしても……どういう育て方をしたんだ、リゲルの奴は……」

「あーあー、やーられちゃったー。だからさっさと殺せばいいのよ」
 無造作にコートの羽根を引きちぎるヴィナス。
 だが突然、羽根を投げようとしたヴィナスの右腕が肘関節から弾け飛んだ。


 遅れて、辺りに銃声が響く。
「な……何!? 銃弾!? ど、何処から……一体、誰が!?」

「短銃でこの精度……信じ難い腕だな。100メートルは離れているぞ」
「うーん、少しズレたかな。手首を狙ったんだが」
 ベルニスの銃を持ったプラント……いや、スナイパー“ボーナム”は顔をしかめた。
「前方にある上昇気流が厄介ですね。ナビゲートを続けますので、そのまま構えていて下さい」
 ナーはプラントに背を向けて立ち、彼の右腕を肩に乗せて、照準固定の補佐をしている。

「ち、ちくしょう、あんな所から!」
 ヴィナスは叫び、右腕を突き出した。途端、傷口から幾つもの触手の様なものが伸び、地面に落ちた右腕と繋がって引き寄せ、ビシッと元に戻る。
 その時、アイズとヴィナスを分断するように、巨大な岩が転がり落ちてきた。遅れて現れたモレロがアイズを抱え、その場を離脱する。
「モレロさん! 無事だったんだ!」
「丈夫さだけが取り柄ですから」

「ショット!」
 ナーが鋭く叫び、プラントが銃を連射する。岩が舞い上げた土埃に紛れて、4発の弾丸がヴィナスの身体を撃ち抜く。
「いいのかね……私を捕まえなくて」
「警察官として、女の子を見殺しにできるか! 大体、俺の腕ではナビゲーション付きでもこの距離の狙撃は不可能だからな!」
 ベルニスがぶっきらぼうに言う。

「くそっ!」
 銃撃による傷が見る見るうちに塞がり、起き上がるヴィナス。
 しかしダメージは受けているのか、倒れていたフジノを抱えると、背中から翼を生やして上空に逃れた。エンデが乗ってきた中型戦艦に乗り込んだかと思うと、戦艦が上昇しながらプラント達の方向に砲門を開く。
「プラントさん、逃げなきゃ!」

「……そろそろかな」
 プラントが銃を上空に向け、
「ああ、あれだけ高度があれば充分だろう」
 ベルニスが目を細める。
「あと8秒で上昇気流域に到達します……4,3,2,1……」
 ナーがカウントダウンを始め、そして……。

「ショット!」

 ドンッ!

 弾丸が戦艦の燃料タンクに穴を開け、漏れ出した液体燃料が上昇気流に乗って砲門に向かう。
「いい銃だな」
 プラントがニヤリと笑った。

「撃てっ!」
 ヴィナスが叫び、砲弾が発射された瞬間。
 砲門に到達していた液体燃料が引火し、その炎は瞬く間に燃料タンクへと逆流した。


長編小説ランキング 次に進む

いただき物

2009年08月05日 | Weblog
 当サイトの名誉顧問(勝手に任命)である黒雛 桜さまより、たくさんの素敵な贈り物をいただきました。

 まずはNo.15『ジューヌ』のデフォルメバージョン。

 か、可愛い。
 思わず全員分を描いてもらいたくなる可愛さです。

 続いては、黒雛さん宅の10000HITを記念して描かれた、お友達の皆様が書かれている作品のキャラクターを登場させたコラボイラストです。

※クリックで拡大




 一枚目は左前方。
 二枚目はバス内の後ろから二列目に、トトとアイズが並んでいます。
 本編にない服装が新鮮ですね。

 その他のキャラクターが気になる方は、黒雛さんのブログまでGO!


 というわけで、黒雛さん、ありがとうございました!

第18話

2009年08月05日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


「彼は、ずっとそうやって生きてきたんです。呪いに魂を蝕まれても、血を吐いてボロボロになっても、それでも前に進み続けたんです……最期まで」
 スケアは静かに語り終えた。
「嘘だ……アインスは私だけを愛していたのよ、カシミールなんかを……」
 呆然と呟くフジノ。
 カシミールは泣いていた。後から後からあふれてきて、涙が止まらなかった。
「あのバカ……何処までおせっかいなんだか……」
 ジューヌが小さく呟く。

「嘘だ……嘘だ! そんなことは信じない!」
 フジノが叫び、スケアに向かって魔法弾を放つ。スケアがL.E.D.を構え、受け流そうとしたその時。
 スケアの前にルルドが瞬間移動し、魔法障壁を展開した。ひどく蒼ざめた無表情で、眼前の母親を見つめ、呟く。
「……ねえ、スケアさん。まだ、話してないことがあるよね。あたしは……あたしは、本当にアインス・フォン・ガーフィールドの娘なの……?」
「……っ! だ、黙れ! 黙れぇぇええぇぇっっっ!」
 フジノが叫び、狂ったように魔法弾を連射するが、すべて障壁に阻まれてしまう。
「教えて……お願い」
「わかりました……これを貴女に伝えることが、私に課せられた最後の使命。あの後のことを、お話ししましょう」


第18話 解放、そして……


 倒れ、冷たくなってゆくアインスの亡骸を茫然と見つめながら、スケアは長い間その場に立ち尽くしていた。
 一瞬だけ開かれた“新しい世界”への扉は閉ざされ、今まで自分を支えてきた価値観も崩れた。残っているのは、己が人を殺める為に造られた道具だという事実のみ。
 そして。
「アインス!?」
 振り返ると、そこにはフジノの姿があった。
 次の瞬間、フジノの魔法弾をまともに喰らい、スケアは壁に叩きつけられていた。天井と壁の一部が崩れ、落ちてきた瓦礫の下敷きになる。
 フジノはスケアの生死を確かめる余裕もなくし、慌ててアインスの亡骸に駆け寄った。その後に、数人の騎士が続く。
「アインス、アインスっ!」
「……ダメだ……もう、手の施しようがない……」
 泣き叫ぶフジノの隣で、途方に暮れたように騎士の一人が呟く。
「この後どうすればいいんだ……彼なしでは、我が軍は……」
 フジノは虚ろな瞳で座り込んでいたが、唐突に、呟いた。
「あたし……アインスの子供を生むわ。できるでしょ? 研究所の設備を使えば……」

「その後、勇者フジノ・ツキクサは戦場から姿を消しました。中心の二人を欠いた王国軍はハイム首都での戦いに破れ、退却……ハイム軍がリードランス王国の制圧に乗り出した頃には、最早抵抗する者はほとんど残ってはおらず……翌282年の春、リードランス王国は、ハイム共和国となりました」
「……それじゃ、あたしは……」
 渇いた声で呟くルルド。
「しょうがないじゃない!」
 フジノが甲高い声で叫ぶ。
「あの時の私の身体じゃ、妊娠には耐えられなかったんだから! ルルドは私とアインスの子供よ、私はカシミールに勝ったのよ、アインスを手に入れたのは私なのよ! ルルドは私とアインスの肉体情報から生まれたのよっ!」
 叫び終え、荒々しく肩で息をするフジノ。
 と、

「そう……あたしはルルド・ツキクサ・ガーフィールド。ママとパパの子供よ」

 紫の翼の飛行ユニットを装着した『ルルド』が、フジノの隣に降り立った。
「ママは誰にも裏切られてなんかいないわ。ママはパパに愛されていたし、あたしもママが大好きよ。あいつはあたしじゃない、あたしは……ルルドはここにいるよ」
「違う! そいつは、そいつはあたしじゃ……!」
 ルルドが叫ぶが、
「ありがとう、ルルド……危ないから離れていなさい」
「うん。気をつけてね、ママ!」
 フジノは『ルルド』を優しく諭し、『ルルド』は再び上空に逃れる。その様子は恐ろしいほどに親子らしく、ルルドには余りにも残酷な光景だった。

「……ママ……いいえ、フジノ・ツキクサ!」
 ルルドが叫び、涙をためた目でフジノを見据える。
「貴女は勝手よ、あたしを“作って”おいて、少し気に入らないからって捨ててしまうの!? あたしはアインスの代わりなの!? あたしの代わりは、そんな奴でもかまわないって言うの!」
 ルルドの全身から魔力が迸り、輝き始める。

「まさか……ルルドちゃん、フジノさんと戦う気!?」
 遠くから見ていたナーが叫ぶ。

 その時、ルルドを背後からしっかりと抱き締めた者がいた。
「ス、スケアさん!? やめて、そんなことをしたら……!」
 ルルドを包む魔力の奔流に、火傷をするように表皮が崩れていくスケア。しかしスケアはルルドを離さず、静かに言った。
「ルルドさん、貴女にも許してもらおうとは思っていません。しかし、これだけは言っておきます……たとえアインスのあずかり知らぬところで生まれたとしても、貴女はアインスの娘です。血が繋がっているからじゃない、貴女はアインスと同じ“強さ”を持っている。先程、貴女が私の“償い”を否定した時。私は、貴女の瞳の奥に、アインスの姿が見えたような気がしました」
 スケアの話を聞くうちに、ルルドの輝きは徐々に鎮まってゆく。
「私はこの11年間、ずっと迷っていました……でも貴女に会えて、やっと迷いが晴れたような気がします」
 そこにフジノが魔法弾を放ったが、スケアが風の障壁で弾いた。
「貴女は私の希望です……だから、私が守ります。どうか死なないで……生きたくても生きられなかった、貴女の父親の分まで……精一杯、生きてください」
 そこまで喋って、ガクリと膝をつくスケア。先日の戦いで受けた損傷が完全に治癒していないところを、体力・魔力ともに消耗の激しいL.E.D.を用いて戦い、更にルルドの余剰魔力の影響で、既にボロボロなのだ。


「……うん」
 優しくも力強いスケアの腕を、そっと抱き返す。
 この人は私のことを本当に愛してくれている……そう感じた。

「ルルドちゃん……」
 嬉しそうにルルドを見つめているナー。
「よかった……スケアさんの想いが通じたのね。でも、フジノさんは……」
 その時、背後で物音がした。
「…………悪いが、もう少し待ってくれないか?」
 振り返りもせずにプラントが言う。
 そこには、ベルニスが銃を構えて立っていた。

「くだらないお喋りはそこまでよ!」
 怒りを帯びた声で叫び、フジノはダウンワード・スパイラルを発動させた。
「お前に希望なんて許さない! お前は自分の無力さを感じて、絶望と共に死ねばいいのよ!」
「そんなこと、絶対にさせない!」
 フジノが二人に襲いかかろうとした瞬間、ルルドはスケアの隣に並び立ち、身構えた。
 更に、

「はぁああぁぁぁぁぁっ!」

 ルルドの身体が太陽の如く輝き、具象化した魔力が全身を覆う。
 そう、目の前にいるフジノと、まったく同じように。
「……ダウンワード・スパイラル……!」
 絶句するフジノ。
 七色に輝く魔光闘衣を纏い、ルルドは静かに言った。
「アインスは彼を赦したのよ……そして彼に生きろと言った。フジノ、貴女はアインスの遺志に背くつもりなの?」
「黙れ!」
 フジノが右腕を突き出すと、全身を覆っていたスパイラルが右腕に集中する。
「ここまでは真似できないでしょう! このスパイラル・キャノン、止められるものなら止めてみるがいい!」
 瞬間、

「ダメだ、抑えきれない!」
「カシミール、やめなさい!」

 一筋の閃光が迸り、フジノの右腕がスパイラルごと消滅した。
 結界が消失し、フェイムとジューヌが弾き飛ばされる。
 そこには、背中の6枚の翼だけではない、身体中から放電しながら立つカシミールの姿があった。
「戦争は終わりよ、フジノ」

「カ、カシミール……っ!」
 失った右腕の切断面を押さえてうずくまるフジノ。カシミールは冷ややかな瞳でフジノを見下ろし、言った。
「結局、この場に勝者はいなかったのね……私も、アインスも、スケアさんも……フジノ、貴女でさえ何も手に入れられなかったんだもの。
 正直、私は貴女が羨ましかったわ。私には、貴女みたいにアインスだけを愛することが出来なかった。私には、アインス以外にも愛しているものがたくさんあったんだもの……花も、星も、人々も、兄弟姉妹も……私は、貴女の愛し方が羨ましかった。
 でも、今なら貴女の愛し方を否定できるわ。そして貴女を可哀想に思う……そんな愛し方しかできない貴女を」
 カシミールのかざした両手のひらの中心に、ツェッペリンによって生み出された電力が蓄積し、光球現象を引き起こす。
「やめてカシミール! 私は貴女まで失いたくないわ!」
 ジューヌが叫び、カシミールは少し驚いたような表情を見せたが、やがてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう、ジューヌ。貴女はいつも自分の為に生きているような振りをしていたけれど……今から思えば、いつだって他人のことを思って行動していたわね。
 旅から帰ってきたばかりの頃、アインスに次の道を示してくれたのは貴女。何も知らなかったフジノに、音楽を通じて人間関係や“物事を学ぶ”ということを教えてくれたのも貴女。アインスの死をいつまでも引きずって、ただ無意味に日々を過ごしていた私を叱ってくれたのも貴女だった。アインスだって、貴女の言う通りに戦争なんてやめて海外に逃亡していたら、わずかな間でも音楽家として楽しく過ごせたのかも知れない。自分のことしか考えていなかったのは、私の方かもね……」
「カシミール……姉さん」
 カシミールはキッと表情を引き締めた。
「大丈夫、私は死なない……私は、アインスのように前に進むわ。だって私は……私も、守るべき“希望”を見つけたもの」
 カシミールとスケアが視線を交え、微笑み合う。
 二人の意志は同じだった。

「う……うわぁぁぁぁああああぁぁぁあぁぁっ!」
 精神的にも肉体的にも追い詰められ、フジノは狂ったように叫んだ。三度ダウンワード・スパイラルを発動させて、恐ろしいまでの形相でカシミールを睨む。
「カシミール、お前がアインスに愛されていたはずはない! アインスは私だけのもの……がはっ!?」

 カシミールに飛びかかろうとした瞬間、フジノは全身に激しい衝撃を受けた。
「ジューヌ、何を!?」
 フェイムの声に、皆が振り向く。そこではジューヌが、フジノに向けて掲げていた右手を、静かに降ろすところだった。
「先……生……?」
 全く予想なしに“音”の直撃を受けたフジノが、ガクリとその場に膝をつく。
「ど、どうして……」
「フジノ……貴女はもう、これ以上その手を血に染めてはいけない。いいえ、そもそも最初から、戦うべきじゃなかったのよ。アインスが望んだように……」
 フジノは信じられないという表情でジューヌを見つめる。
「先生まで……ア、アインスまで、私を裏切るの……?」
「まだわからないの……?」
 カシミールが哀れみを込めて言う。
「ルルドちゃんも、スケアさんも、ジューヌも、アインスも……リードだって、心から貴女のことを愛していたのに。正直、私は貴女のことが嫌いよ。貴女ほど愛されている人はいないのに、周りを傷つけて……」
 カシミールが両腕を前に突き出し、ツェッペリンの光球の輝きが強くなる。
 恐怖に顔を歪め、まだショック状態から完全に抜けきらない震える手足で、必死になって後退るフジノ。しかし突然、手足に拘束するような光の輪環が生じ、フジノは身動きがとれなくなった。
「う、動け……ない……? ま、まさか……こんなことができるのは……!」
 顔を上げたフジノの視線の先には、ルルドが立っていた。
「ママ……それでも、あたしはママのことが大好きよ。でも、もう終わりにしよう」
 その瞬間、カシミールがツェッペリンを解放し……フジノが何か言ったが、轟音に掻き消され……フジノの姿は、白色の閃光の中に消えた。

 爆風が静まり、カシミールはその場に倒れた。爆風からスケアを守る為に張っていた結界を解き、ダウンワード・スパイラルを解除して、ルルドが急いで駆け寄る。
「終わったのか……?」
 カシミールを抱え起こし、スケアは呟いた。
 閃光が直撃した場所には巨大なクレーターができている。
「ごめんなさい……貴女のママを……」
「ううん、いいの……あれしか方法はなかったもの」
 ルルドはカシミールの手を取り、少し悲しげに微笑んでみせた。

「なんか……本当の家族みたいね」
 寄り添う3人の姿を見て、アイズが呟く。

「ねぇ、カシミールさん……これからカシミールさんのこと、“ママ”って呼んでいい?」
 唐突に、ルルドは言った。
「あの人……フジノも私のママだったけど、貴女のことも好きになれそうだし……ねぇ、スケアさんも、あたしの“パパ”になってよ」
 戸惑うスケアとカシミール。
「あたし達って、もしかしたら本当の親子になってたかもしれないじゃない」
「し、しかし……」
「私達は……」
 少し気まずそうに顔を見合わせるスケアとカシミール。
 しばし二人は見つめ合い、
「……私……で、いいんですか?」
 フジノを愛していた者……スケアが尋ね、
「私達……やり直せるかな?」
 アインスを愛し、愛されていた者……カシミールがおずおずと微笑む。
「……うん!」
 4人のすれ違いの中から生まれた者……ルルドは、二人の手を取って繋ぎ合わせ、にっこりと笑った。

 ……だが。

 スケアとカシミールの胸から、深紅の手刀が突き出る。
 ルルドの笑顔が凍りつく。
 その身を貫く手を抜かれ、二人が鮮血を迸らせて倒れる。
 背後から現れたのは、紅く焼け爛れた全身に返り血を浴びて立つ、紅の戦姫。

「……マ……マ……」
 茫然と呟くルルド。
 その一方で、フジノの横に『ルルド』が降り立ち、フジノに抱きついて泣き始めた。
「ママぁっ! よかった、無事だったのねっ!」
 フジノは『ルルド』の後ろ頭を優しく撫でてていたが、
「心配かけたわね、ルルド……でも、もう大丈夫よ。これで……」
 と、ルルドに向かって左手を突き出した。
「すべてが終わるからね」

「やめて、フジノさん!」
 アイズが駆け出し、

「やめなさい、フジノ!」
 ジューヌは“音”を放とうとして、横からフェイムに抱きかかえられる。
「フェイム!? は、放して、このままじゃみんながっ!」
「バカ! 巻き添えを食らうぞ!」
 急いでその場を離れるフェイム。

 瞬間、フジノの魔法弾が発射された。

 凄まじい轟音と衝撃の果てに、すべてが爆煙の中に消える。
 やがて爆風がおさまり、砂煙が消えると、カシミール、スケア、ルルドの姿はなかった。代わりに、緑色の光り輝く球体が浮かんでいる。

「まったく……勝手に人の獲物を壊すんじゃない」

 頭上から降ってきた声に、驚いてアイズが顔を上げると、そこには見知らぬ男の顔があった。爆風に吹き飛ばされたアイズを、彼が受け止めてくれたのだ。
 その男……エイフェックスは、アイズを見てにっこりと笑った。
「君も、おてんばは程々にしておきたまえよ、アイズ君」


長編小説ランキング 次に進む