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「ん……ロバスミ……」
「白蘭? ……寝言か」
疲れて眠ってしまった白蘭の黒髪を梳きながら、アイズはそっとささやいた。
「大丈夫だよ、白蘭。頑張ろう。頑張ったら、いつか絶対に思いは届くから……」
自分自身にも言い聞かせるように、励ましの言葉を口にしつつ、冷静に思考する。
敵の居場所は突き止めた。エイフェックスと名乗った男の言葉を信じるならトトは無事らしいけれど、明日にはハイムに連れ去られてしまうという。そうなってはおしまいだ。
ベルニスの言う通り、現状こちらが打てる手は奇襲しかない。当然、相手もそれはわかっているだろう。迎撃の準備は万端のはずだ。主力の二人がルルドと共に敵の手中にある以上、戦力的な劣勢は覆しようがない。
それでも。
「思いは届く……届けてみせる。でも、届けるには、どうしたら……」
『風の精霊達は歌が好きなんだよ。だから歌を乗せた電波だけは、世界中に届けてくれるのさ』
「……!」
唐突にひらめき、アイズは立ち上がった。
「そうだ、武器ならあるじゃない! しかも強力なのが!」
第21話 決戦
「これを武器に……か」
ペイジ博士とモレロ、そしてアイズは発電所の前に立っていた。
「プラントさんが言ってました。この発電所は大気の振動によって電力を得るんだって。音を電力に変換する装置……それさえあれば」
「私の“音”が更に強力な武器になる。でしょう?」
声と共に、発電所の中核からジューヌが現れる。
「私も同じことを考えてここに来たんだけど……これに気がつくとは流石ね。トトが誉めてただけのことはあるわ」
「ジューヌ……なるほどな、お前がいればこれだけの大がかりな仕掛けは必要ない。変換装置さえあれば、直接電撃を発生させることは可能だ……しかし」
ペイジは悲しげに呟いた。
「しかし、このシステムもツェッペリンと同じく兵器として使用されるのか……もう二度と、カシミールのような悲劇は繰り返したくなかったのだがな」
「薬は使い方一つで毒にもなるわ」
とジューヌ。
「この世界から争いがなくならない限り、人はあらゆるものを武器にして戦うわ。本来は楽器である私が、自らを武器として戦ったように……だからお父様は悪くないわ、悪いのは私のような心を持つ者よ」
ジューヌの唇が自虐的に歪む。モレロが呆れたように言った。
「いい加減、素直に戻ってこいよ。まったく強情なんだから」
「ごめんね、モレロ兄さん。でも自分で決着をつけるまでは、みんなの所に帰るわけにはいかないの」
本当に強情なジューヌ。
しかし少しずつではあるが打ち解けてきたようだ。
ペイジが携帯用の変換装置製造に取りかかっている間に、アイズ、ジューヌ、モレロは発電所の修理を進めていった。
一時は銃を向けたこともあるジューヌだったが、アイズが思い切って話しかけてみると、二人は驚くほどに気が合った。二人とも我が強く、音楽が好きで、トトを大切に思っていた。
アインスのことを尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「アインス? そうね、他のみんなが言うように、いい人だったのは確かね。でも彼は、いつでも他人との間に壁を置いていたわ。拒絶していたわけじゃなくて、彼自身、いつもその壁を取り払おうと努力してたけど……結局最後まで、あいつとは壁を隔てた関係にしかなれなかった。不器用な男よ、まったく……死ぬことなんてなかったのに……」
雰囲気が暗くなってしまったので、トトの話題に切り替えるアイズ。
「大丈夫、明日まではエイフェックスがトトを保護してくれるわ。カシミール達だって、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
「えーっ? 何であのオヤジの肩を持つのよーっ」
ジューヌは返答に窮していたが、ふと何かに気づいたように言った。
「そう言えば……アイズとエイフェックスって、なんとなく似てるわよね」
「うそーっ! 何処が、どうして、どんな風に似てるっていうのよーっ! 認めなーい! ぜーーーーったい認めなーい!」
(そういう、何を言われても我が道を行くところとか、理屈っぽいところが……)
ジューヌは思ったが、何も言わなかった。
夕方。
ペイジが数個の変換装置を完成させ、ジューヌが試し撃ちをすると、変換装置の周囲に稲妻が発生した。流石にカシミールと同等とまではいかないが、それでも充分な威力だ。
「いけるわ……! トト、待っててね。絶対に助けに行くからね……!」
その頃、黒十字戦艦のとある部屋では、エイフェックスが何事か考え込んでいた。彼の目の前にはゼロがあるが、その周囲を強力な魔力が包んでいる。
「これは一体、どうしたんでしょう。ゼロがこんなになるなんて」
エイフェックスの隣に一人の男が現れる。
「サミュエルか。これは恐らく、内側にいる者の仕業だ。見たまえ」
エイフェックスが手を伸ばすと、ゼロに触れる直前に、見えない壁のようなものに阻まれた。更にエイフェックスの服のポケットからカードの束が飛び出してゼロを取り囲むが、やはり弾かれて何も起こらない。
「パスタチオ・メドレーですら手が出せないとは……」
「ああ、これではツェッペリンを取り出すこともできん。困ったものだ」
言葉とは裏腹に、エイフェックスは笑っていた。
「仕方がない。ここはあの子達の動きを待とうじゃないか」
別の部屋。
機能停止状態から回復していないカルルの前に、エンデとフェイムが立っていた。
「どうなってるんだ? どうして動かない?」
フェイムが不思議そうに言う。カルルは相変わらず顔の左半分が焼け爛れているが、不思議といつもの異様な雰囲気がなかった。
「何処か壊れているのか?」
「いいえ。“治された”のよ」
エンデが忌々しげにカルルを睨む。フェイムは怪訝そうな顔をするが、
「それより、仕事をしてくれるかしら。これは貴方にとってもイイお話よ。だって、貴方の能力を限界以上に引き出してあげるんだからね……貴方も最初から、それを狙ってたんでしょ?」
「あ、ああ……まぁ、そうだが……」
更に別の部屋。
薄暗い部屋に多数設置された医療タンクの一つに、フジノが入っていた。身体の怪我は随分と回復しているが、カシミールに消滅させられた右腕は再生しておらず、意識も戻っていない。
医療タンクを制御しているコンピューターのパネルには、体力値と魔力値を示すバーが表示されている。
二つのバーは共に表示限界値に達し、計測不能を示していた。
アイズが坑道に戻ると、白蘭は村人の部屋を順に訪問し、テキパキと看護をこなしていた。
「白蘭! 大丈夫なの? まだ手が……」
「あたしは医療用人形よ? 自分の手を治すくらい、なんでもないわ」
「でも」
言わないで、と白蘭が目で制止する。
「みんな疲れてる。怪我をしていなくても、避難生活のストレスで体調を崩している人は多いわ。あたしは、あたしにできることをしなきゃ」
「白蘭……」
「まぁ、やるだけやってみようかな……ってね。アイズの言う通り、あたしの能力は人助けのためのものだし。地道で難しい仕事だけど、頑張ってみるわ」
二人はロバスミの個室に向かった。ロバスミは未だに目を覚ましていないが、
「ロバスミ……例えずっと目を醒まさなくったって、あたしがいつまででも面倒見てあげるからね……」
白蘭が口移しで水を飲ませ、愛しそうに頬を撫でる。
と、ロバスミが微かに反応した。
驚く二人が見守る中、閉じていた目がゆっくりと開かれ、その瞳に白蘭の姿を映す。
「……あれ、やっと天国から戻ったと思ったのに……まだ天使がいる」
白蘭は真っ赤になり、ボロボロと涙を流して言った。
「何よ……ロバスミのくせに……っ」
夜。
アイズ、ジューヌ、モレロ、ベルニスは坑道出入口に集合していた。見送りに出ている白蘭の姿もある。
「本当にあたしがいなくても大丈夫なの?」
「大丈夫、何とかなるって。それに、その手……見た目はともかく、まだ戦えるような状態じゃないんでしょ?」
「……やっぱり、バレてたか」
「まあね。何より、折角ロバスミさんが目を醒ましたんだから、一緒にいてあげなきゃダメだよ」
「うん……そうね。わかった。ごめんね、アイズ」
出発しようとする4人。そこに、プラントとナーがやってきた。
「その格好は……ボーナム、お前」
ベルニスが眉をひそめる。
プラントは何処から出してきたのか、全く光を反射しない黒いコートに身を包み、同じ材質のマスクをつけ、同じく黒く塗られたライフルを持っていた。
「白蘭君の代わりは私が。もっとも、かなりガタがきてますがね」
「でもプラントさん、貴方は」
心配する白蘭に、ご心配なく、とプラントは笑った。
「私はもう人殺しをするつもりはありません。大丈夫、彼女がいてくれれば私の錆ついた腕でも少しはお役に立てます。ねぇ、ナー君?」
「え? あ、はい……そうですね」
何事か考えていたのか、曖昧な返事をするナー。
(やっぱり……何か変ね)
不思議に思うアイズ。
深夜。
黒十字戦艦の中は静かだったが、神官達の大半は眠っておらず、トトやハイムのことについて考えていた。
と、突然、何かが爆発するような音が響いた。慌てて窓辺に駆け寄る神官達……窓の外に見えたのは、
「花火……? 何でこんなところに」
「よし、行くぞ!」
ベルニスが飛行機から打ち上げた花火の音に紛れてモレロが戦艦の下部に穴を開け、アイズ達は内部に侵入した。ジューヌの案内でホールに向かう道すがら、スピーカーを見つける度に近くに変換装置を設置していく。そしてホールに到着し、
「艦内にいるすべての者に告ぐ!」
ジューヌが拡声器を使って全艦内にまで行き渡る大声を出した。
「我々はこの艦に強力な兵器を仕掛けた! 命が惜しければ武器を捨て、我々の要求に応じなさい!」
その瞬間、ベルニスの飛行機から変換装置が落とされ、窓際に立っていたジューヌが音を放った。音の直撃を受けた変換装置が放電し、夜空に稲妻が走る。
「これと同じものを艦内に数ヶ所セットしたわ! さあ、トトを返せっ!」
ジューヌの拡声器を借りて叫ぶアイズ。
「来てくれたんですね、アイズさん……」
暗い部屋の中で、トトは呟いていた。
「でも気をつけて下さい。これは敵の罠だから」
「その通り」
ブリッジでエンデがほくそ笑み、一つのスイッチを押した。
「飛んで火に入る夏の虫、よね」
「何だ! 一体、誰が!?」
ホールに詰めかけていた神官達は、突然の出来事にざわめいていた。何の前触れもなく、戦艦が上昇を開始したのだ。
「更に上昇中! この勢いだと、約2分で高度10000メートルを突破します!」
「おいおい、逃げ場がないじゃないか!」
「どうやらここは一時休戦……脱出の方法を考えた方が良さそうですね」
プラントが銃を降ろす。
しかし神官達は武器こそ持ってはいないものの、協力するつもりもないようだ。緊迫した空気が流れる。
と、一人の若い神官が進み出た。それは先日、最初にトトと会話をした神官だった。
「お前は昔、テロリストだったそうだな。そんな牧師などに神の教えを広めることができるのか?」
「何故そのことを……」
プラントはトトが喋ったことを知らないので不思議に思ったが、少し考えて言った。
「確かに私は暗殺者でした。しかし今は、貴方と同じ宗教家です。私は、宗教というものは人を支え、救うためにあるものだと思っています。今ここで私達が争えば、ここにいる者は皆命を落としてしまうでしょう。それでは過去の私と何も変わらない……人殺しと同じことです」
返答に詰まり、神官が黙り込む。
プラントは銃を床に置くと、ひざまずいて頭を下げた。
「私は、もう二度と人が死ぬところを見たくはありません。お願いします、協力して下さい」
若い神官は驚いていたが、やれやれ、と溜め息をつき、
「俺だって仲間を殺したくはない」
さっぱりした表情になった。
「まぁ、信者あっての神様だ。大目に見てもらおう」
「ありがとうございます。既にご存知のようですが、私はプラントと申します。貴方は?」
「セネイ。セネイ・クレスだ。で、どうするんだ?」
「まずは上昇を止めないとね。みんな耳を塞いで! 強烈なのいくわよ!」
ジューヌがホールのスピーカーに回路を直結して、艦内すべてのスピーカーから大音量の曲を流した。瞬間、設置しておいた変換装置から電撃が迸り、艦の機能がオールストップする。
「これで上昇は止められたわ。だけど風に流されてるわね。ナー、予測航路を割り出せるかしら?」
「ちょっと待って下さい。そうですね、現在の高度が約8500メートルですから、このまま徐々に降下していくとすれば……東に向かって流れた後、約1時間後には不時着するはずです。ただし、それまでに何処かの山頂に引っ掛かって破れなければ、ですけど」
「仮に不時着できたとしても、それが人間に耐えられる程度の衝撃ですむという保証はないか……中型の戦艦がある。かなり壊れているが、脱出するくらいなら何とか……よし、皆を集めるんだ!」
セネイの指示で、他の神官達も準備にとりかかった。
「私、トトを連れてくる!」
アイズが言うと、セネイとジューヌが道案内として同行を申し出た。
そして、
「アイズさん、これを」
プラントはアイズに暗殺専用装備一式を手渡した。
「勢い込んでやってきましたが、どうやらもう、私には必要ないもののようです。せめて最後に、貴女を護るという役目を果たさせてやって下さい」
アイズは礼を言って黒装束を纏い、トトの部屋に向かった。
「フン、やってくれるじゃない……」
火花を散らし、煙を上げている機器を睨みながら、エンデは呟いた。
背後にはフェイムが立っている。その瞳には、カルルと同じような異様さがあった。
「さぁ、貴方の出番よ。貴方をバカにした奴等に、その力を見せてあげなさい」
トトは部屋の扉の前、廊下でアイズ達を待っていた。
「アイズさん! 良かった……皆さん来てくれたんですね!」
駆け寄るジューヌとセネイ。しかしアイズは嫌な予感がして立ち止まった。右手の甲に埋め込まれている黒い宝石が、警告するように疼いている。
アイズはライフルを構えて言った。
「違う……そいつはトトじゃない」
「ん……ロバスミ……」
「白蘭? ……寝言か」
疲れて眠ってしまった白蘭の黒髪を梳きながら、アイズはそっとささやいた。
「大丈夫だよ、白蘭。頑張ろう。頑張ったら、いつか絶対に思いは届くから……」
自分自身にも言い聞かせるように、励ましの言葉を口にしつつ、冷静に思考する。
敵の居場所は突き止めた。エイフェックスと名乗った男の言葉を信じるならトトは無事らしいけれど、明日にはハイムに連れ去られてしまうという。そうなってはおしまいだ。
ベルニスの言う通り、現状こちらが打てる手は奇襲しかない。当然、相手もそれはわかっているだろう。迎撃の準備は万端のはずだ。主力の二人がルルドと共に敵の手中にある以上、戦力的な劣勢は覆しようがない。
それでも。
「思いは届く……届けてみせる。でも、届けるには、どうしたら……」
『風の精霊達は歌が好きなんだよ。だから歌を乗せた電波だけは、世界中に届けてくれるのさ』
「……!」
唐突にひらめき、アイズは立ち上がった。
「そうだ、武器ならあるじゃない! しかも強力なのが!」
第21話 決戦
「これを武器に……か」
ペイジ博士とモレロ、そしてアイズは発電所の前に立っていた。
「プラントさんが言ってました。この発電所は大気の振動によって電力を得るんだって。音を電力に変換する装置……それさえあれば」
「私の“音”が更に強力な武器になる。でしょう?」
声と共に、発電所の中核からジューヌが現れる。
「私も同じことを考えてここに来たんだけど……これに気がつくとは流石ね。トトが誉めてただけのことはあるわ」
「ジューヌ……なるほどな、お前がいればこれだけの大がかりな仕掛けは必要ない。変換装置さえあれば、直接電撃を発生させることは可能だ……しかし」
ペイジは悲しげに呟いた。
「しかし、このシステムもツェッペリンと同じく兵器として使用されるのか……もう二度と、カシミールのような悲劇は繰り返したくなかったのだがな」
「薬は使い方一つで毒にもなるわ」
とジューヌ。
「この世界から争いがなくならない限り、人はあらゆるものを武器にして戦うわ。本来は楽器である私が、自らを武器として戦ったように……だからお父様は悪くないわ、悪いのは私のような心を持つ者よ」
ジューヌの唇が自虐的に歪む。モレロが呆れたように言った。
「いい加減、素直に戻ってこいよ。まったく強情なんだから」
「ごめんね、モレロ兄さん。でも自分で決着をつけるまでは、みんなの所に帰るわけにはいかないの」
本当に強情なジューヌ。
しかし少しずつではあるが打ち解けてきたようだ。
ペイジが携帯用の変換装置製造に取りかかっている間に、アイズ、ジューヌ、モレロは発電所の修理を進めていった。
一時は銃を向けたこともあるジューヌだったが、アイズが思い切って話しかけてみると、二人は驚くほどに気が合った。二人とも我が強く、音楽が好きで、トトを大切に思っていた。
アインスのことを尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「アインス? そうね、他のみんなが言うように、いい人だったのは確かね。でも彼は、いつでも他人との間に壁を置いていたわ。拒絶していたわけじゃなくて、彼自身、いつもその壁を取り払おうと努力してたけど……結局最後まで、あいつとは壁を隔てた関係にしかなれなかった。不器用な男よ、まったく……死ぬことなんてなかったのに……」
雰囲気が暗くなってしまったので、トトの話題に切り替えるアイズ。
「大丈夫、明日まではエイフェックスがトトを保護してくれるわ。カシミール達だって、そんなに心配しなくてもいいんじゃない?」
「えーっ? 何であのオヤジの肩を持つのよーっ」
ジューヌは返答に窮していたが、ふと何かに気づいたように言った。
「そう言えば……アイズとエイフェックスって、なんとなく似てるわよね」
「うそーっ! 何処が、どうして、どんな風に似てるっていうのよーっ! 認めなーい! ぜーーーーったい認めなーい!」
(そういう、何を言われても我が道を行くところとか、理屈っぽいところが……)
ジューヌは思ったが、何も言わなかった。
夕方。
ペイジが数個の変換装置を完成させ、ジューヌが試し撃ちをすると、変換装置の周囲に稲妻が発生した。流石にカシミールと同等とまではいかないが、それでも充分な威力だ。
「いけるわ……! トト、待っててね。絶対に助けに行くからね……!」
その頃、黒十字戦艦のとある部屋では、エイフェックスが何事か考え込んでいた。彼の目の前にはゼロがあるが、その周囲を強力な魔力が包んでいる。
「これは一体、どうしたんでしょう。ゼロがこんなになるなんて」
エイフェックスの隣に一人の男が現れる。
「サミュエルか。これは恐らく、内側にいる者の仕業だ。見たまえ」
エイフェックスが手を伸ばすと、ゼロに触れる直前に、見えない壁のようなものに阻まれた。更にエイフェックスの服のポケットからカードの束が飛び出してゼロを取り囲むが、やはり弾かれて何も起こらない。
「パスタチオ・メドレーですら手が出せないとは……」
「ああ、これではツェッペリンを取り出すこともできん。困ったものだ」
言葉とは裏腹に、エイフェックスは笑っていた。
「仕方がない。ここはあの子達の動きを待とうじゃないか」
別の部屋。
機能停止状態から回復していないカルルの前に、エンデとフェイムが立っていた。
「どうなってるんだ? どうして動かない?」
フェイムが不思議そうに言う。カルルは相変わらず顔の左半分が焼け爛れているが、不思議といつもの異様な雰囲気がなかった。
「何処か壊れているのか?」
「いいえ。“治された”のよ」
エンデが忌々しげにカルルを睨む。フェイムは怪訝そうな顔をするが、
「それより、仕事をしてくれるかしら。これは貴方にとってもイイお話よ。だって、貴方の能力を限界以上に引き出してあげるんだからね……貴方も最初から、それを狙ってたんでしょ?」
「あ、ああ……まぁ、そうだが……」
更に別の部屋。
薄暗い部屋に多数設置された医療タンクの一つに、フジノが入っていた。身体の怪我は随分と回復しているが、カシミールに消滅させられた右腕は再生しておらず、意識も戻っていない。
医療タンクを制御しているコンピューターのパネルには、体力値と魔力値を示すバーが表示されている。
二つのバーは共に表示限界値に達し、計測不能を示していた。
アイズが坑道に戻ると、白蘭は村人の部屋を順に訪問し、テキパキと看護をこなしていた。
「白蘭! 大丈夫なの? まだ手が……」
「あたしは医療用人形よ? 自分の手を治すくらい、なんでもないわ」
「でも」
言わないで、と白蘭が目で制止する。
「みんな疲れてる。怪我をしていなくても、避難生活のストレスで体調を崩している人は多いわ。あたしは、あたしにできることをしなきゃ」
「白蘭……」
「まぁ、やるだけやってみようかな……ってね。アイズの言う通り、あたしの能力は人助けのためのものだし。地道で難しい仕事だけど、頑張ってみるわ」
二人はロバスミの個室に向かった。ロバスミは未だに目を覚ましていないが、
「ロバスミ……例えずっと目を醒まさなくったって、あたしがいつまででも面倒見てあげるからね……」
白蘭が口移しで水を飲ませ、愛しそうに頬を撫でる。
と、ロバスミが微かに反応した。
驚く二人が見守る中、閉じていた目がゆっくりと開かれ、その瞳に白蘭の姿を映す。
「……あれ、やっと天国から戻ったと思ったのに……まだ天使がいる」
白蘭は真っ赤になり、ボロボロと涙を流して言った。
「何よ……ロバスミのくせに……っ」
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夜。
アイズ、ジューヌ、モレロ、ベルニスは坑道出入口に集合していた。見送りに出ている白蘭の姿もある。
「本当にあたしがいなくても大丈夫なの?」
「大丈夫、何とかなるって。それに、その手……見た目はともかく、まだ戦えるような状態じゃないんでしょ?」
「……やっぱり、バレてたか」
「まあね。何より、折角ロバスミさんが目を醒ましたんだから、一緒にいてあげなきゃダメだよ」
「うん……そうね。わかった。ごめんね、アイズ」
出発しようとする4人。そこに、プラントとナーがやってきた。
「その格好は……ボーナム、お前」
ベルニスが眉をひそめる。
プラントは何処から出してきたのか、全く光を反射しない黒いコートに身を包み、同じ材質のマスクをつけ、同じく黒く塗られたライフルを持っていた。
「白蘭君の代わりは私が。もっとも、かなりガタがきてますがね」
「でもプラントさん、貴方は」
心配する白蘭に、ご心配なく、とプラントは笑った。
「私はもう人殺しをするつもりはありません。大丈夫、彼女がいてくれれば私の錆ついた腕でも少しはお役に立てます。ねぇ、ナー君?」
「え? あ、はい……そうですね」
何事か考えていたのか、曖昧な返事をするナー。
(やっぱり……何か変ね)
不思議に思うアイズ。
深夜。
黒十字戦艦の中は静かだったが、神官達の大半は眠っておらず、トトやハイムのことについて考えていた。
と、突然、何かが爆発するような音が響いた。慌てて窓辺に駆け寄る神官達……窓の外に見えたのは、
「花火……? 何でこんなところに」
「よし、行くぞ!」
ベルニスが飛行機から打ち上げた花火の音に紛れてモレロが戦艦の下部に穴を開け、アイズ達は内部に侵入した。ジューヌの案内でホールに向かう道すがら、スピーカーを見つける度に近くに変換装置を設置していく。そしてホールに到着し、
「艦内にいるすべての者に告ぐ!」
ジューヌが拡声器を使って全艦内にまで行き渡る大声を出した。
「我々はこの艦に強力な兵器を仕掛けた! 命が惜しければ武器を捨て、我々の要求に応じなさい!」
その瞬間、ベルニスの飛行機から変換装置が落とされ、窓際に立っていたジューヌが音を放った。音の直撃を受けた変換装置が放電し、夜空に稲妻が走る。
「これと同じものを艦内に数ヶ所セットしたわ! さあ、トトを返せっ!」
ジューヌの拡声器を借りて叫ぶアイズ。
「来てくれたんですね、アイズさん……」
暗い部屋の中で、トトは呟いていた。
「でも気をつけて下さい。これは敵の罠だから」
「その通り」
ブリッジでエンデがほくそ笑み、一つのスイッチを押した。
「飛んで火に入る夏の虫、よね」
「何だ! 一体、誰が!?」
ホールに詰めかけていた神官達は、突然の出来事にざわめいていた。何の前触れもなく、戦艦が上昇を開始したのだ。
「更に上昇中! この勢いだと、約2分で高度10000メートルを突破します!」
「おいおい、逃げ場がないじゃないか!」
「どうやらここは一時休戦……脱出の方法を考えた方が良さそうですね」
プラントが銃を降ろす。
しかし神官達は武器こそ持ってはいないものの、協力するつもりもないようだ。緊迫した空気が流れる。
と、一人の若い神官が進み出た。それは先日、最初にトトと会話をした神官だった。
「お前は昔、テロリストだったそうだな。そんな牧師などに神の教えを広めることができるのか?」
「何故そのことを……」
プラントはトトが喋ったことを知らないので不思議に思ったが、少し考えて言った。
「確かに私は暗殺者でした。しかし今は、貴方と同じ宗教家です。私は、宗教というものは人を支え、救うためにあるものだと思っています。今ここで私達が争えば、ここにいる者は皆命を落としてしまうでしょう。それでは過去の私と何も変わらない……人殺しと同じことです」
返答に詰まり、神官が黙り込む。
プラントは銃を床に置くと、ひざまずいて頭を下げた。
「私は、もう二度と人が死ぬところを見たくはありません。お願いします、協力して下さい」
若い神官は驚いていたが、やれやれ、と溜め息をつき、
「俺だって仲間を殺したくはない」
さっぱりした表情になった。
「まぁ、信者あっての神様だ。大目に見てもらおう」
「ありがとうございます。既にご存知のようですが、私はプラントと申します。貴方は?」
「セネイ。セネイ・クレスだ。で、どうするんだ?」
「まずは上昇を止めないとね。みんな耳を塞いで! 強烈なのいくわよ!」
ジューヌがホールのスピーカーに回路を直結して、艦内すべてのスピーカーから大音量の曲を流した。瞬間、設置しておいた変換装置から電撃が迸り、艦の機能がオールストップする。
「これで上昇は止められたわ。だけど風に流されてるわね。ナー、予測航路を割り出せるかしら?」
「ちょっと待って下さい。そうですね、現在の高度が約8500メートルですから、このまま徐々に降下していくとすれば……東に向かって流れた後、約1時間後には不時着するはずです。ただし、それまでに何処かの山頂に引っ掛かって破れなければ、ですけど」
「仮に不時着できたとしても、それが人間に耐えられる程度の衝撃ですむという保証はないか……中型の戦艦がある。かなり壊れているが、脱出するくらいなら何とか……よし、皆を集めるんだ!」
セネイの指示で、他の神官達も準備にとりかかった。
「私、トトを連れてくる!」
アイズが言うと、セネイとジューヌが道案内として同行を申し出た。
そして、
「アイズさん、これを」
プラントはアイズに暗殺専用装備一式を手渡した。
「勢い込んでやってきましたが、どうやらもう、私には必要ないもののようです。せめて最後に、貴女を護るという役目を果たさせてやって下さい」
アイズは礼を言って黒装束を纏い、トトの部屋に向かった。
「フン、やってくれるじゃない……」
火花を散らし、煙を上げている機器を睨みながら、エンデは呟いた。
背後にはフェイムが立っている。その瞳には、カルルと同じような異様さがあった。
「さぁ、貴方の出番よ。貴方をバカにした奴等に、その力を見せてあげなさい」
トトは部屋の扉の前、廊下でアイズ達を待っていた。
「アイズさん! 良かった……皆さん来てくれたんですね!」
駆け寄るジューヌとセネイ。しかしアイズは嫌な予感がして立ち止まった。右手の甲に埋め込まれている黒い宝石が、警告するように疼いている。
アイズはライフルを構えて言った。
「違う……そいつはトトじゃない」
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