森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

2002年12月08日

2007年12月08日 | あるシナリオライターの日常

 夢を見た。
 近場の販売店に視察に向かう。
 異様な人だかり。今作が驚くほどに売れていた。

 午前8時25分、目覚め。
 30分に目覚ましをセットしてある。あと5分、と思って目を閉じると9時になっていた。

 午前10時、以前バイトをしていたリサイクルショップへ。
 変わらずレジに立つ中学時代の友人に再会。

 午前10時30分、ハートンホテル京都へ。
 午前11時~午後2時30分、講義。

 午後3時、解散。
 午後5時、帰宅。師に帰宅報告と謝礼のメール。

 録画しておいた『ガンダムSEED』を観る。
 毎回名台詞をのたまうフレイの圧倒的な存在感。主役を食われるか否かの狭間に立つキラ。それでもマイペースなラクス。バランスの妙。
 次回予告の映像編集も実に巧い。

 『発掘あるある大辞典』を観つつ食事。
 ──私は幼い頃から、真冬でも設定温度18度で生活してきた。
 太れない理由はこれか。

第三話「カカシとセルロイドの美女とライオンがメリーゴーラウンドの中で踊る話」 1

2007年12月08日 | 僕達の惑星へようこそ

 PM.9:40

 扉を開くと、光と音の洪水が溢れ出してきた。
 パイプや電線が剥き出しのコンクリートの壁には色鮮やかなグラフィックアートが描かれ、床には空き缶やスナック類のゴミが散乱している。
 受付の奥の壁には、ここスケアクロウの名前の由来である大きなワラ人形が、殉教したキリストのように磔にされている。絶え間なく続く重低音のビートと点滅する照明のせいで、建物全体が脈動しているようだ。
 僕は壁のワラ人形が、僕に向かって手を伸ばす感覚に襲われた。
「ようこそ、スケアクロウへ。素敵な夜をお過ごし下さい」
「あ……ああ、ありがとう」
 気がつくと、受付にいた男が僕のチケットをちぎっていた。
 タキシードを着崩した格好のこの男、名をオカダという。僕の数少ない顔見知りの一人で、ここスケアクロウの経営者だ。昔は売れないミュージシャンだったらしいが、奥さんを貰ってからは真面目にクラブを経営している。
 経営者と言っても、自分から積極的に受付に出て一人一人の客を歓迎するほどに親しみやすい人物だ。
 と、彼の顔から接客用の表情が消え、見る間に険しいものになった。
「いいのか? リョウ達がお前を待ってるぞ、殺されに行くようなものだ」
「……男には行かなきゃいけない時がある、って誰かが言ってたよ」
「誰が?」
「『にこにこプン』のポロリ……かな?」
「『母を訪ねて三千里』だろ? お前もいい加減あいつらとは別れた方がいいぞ」
 その後、オカダは僕の隣にいるドロシーが料金を払おうとしているのを見て手にキスをするんじゃないかってくらい感激していた。
 僕はため息をついて奥へと進んだ。
 スケアクロウはこの類のクラブとしてはかなり大きく、ダンスの為のフロアとDJブース、カウンターと休憩用の席が、それぞれ別々に区画されている。
 まだ時間が早いせいかフロアで踊る者は少なく、色タイルで床に大きく描かれたミケランジェロの『アダムの創造』を見分けることができた。
 このクラブは昔、ある気狂いの芸術家のアトリエで、床の絵はその頃の名残らしい、というもっともそうな話を聞いたことがある。
 僕はその絵を見る度に、遠い昔に思いを馳せる。もしかしたら人と人とが深く関係を持ち、人間が世界と結びついていたかもしれない時代を……。
 だが現代の僕達は、世界との繋がりを確かめる術を持たない。僕は時々、自分の指先にプラスチックが埋まっているような感覚を抱くことがある。僕は世界と結びついてはいないのだろうか。
 僕がフロアで踊る者達を見つめていると、いきなり誰かが僕の襟元をつかみ、引き寄せた。視界が回転し、僕は壁に叩きつけられた。
「よくも救急車なんか呼びやがったな!」
 衝撃で閉じていた目を開けると、ジンの大きく開かれた口が見えた。
「オイ! 聞いてるのか!?」
「……うるさいな。リョウに会えばいいんだろ?」
 僕はジンの手を振り払った。今までジンが苛立つのを見るのは恐かったが、今日は不思議と恐怖を感じない。何と言うか、ジンの怒りがひどく薄っぺらいものに思えたのだ。まるで鎖につながれた飼い犬が、無理をして吠えているように。
 ジンはしばらく僕を睨んでいたが、不意に目を逸らすとこう言った。
「……向こうの席にいる。ついてこいよ」
 僕は今まで何を恐れていたんだろう? 僕はジンの猫背な背中を見つめながら考えた。
「やるじゃない」
 後ろに立っていたドロシーが、僕の肩を軽く叩いて微笑む。
「君に鍛えられたせいかな?」
 僕は小さく笑って答えた。

「よお、いい女を連れてるじゃないか」
 リョウは長い椅子の中央にだらしなく座っていた。彼の両側には年下の女の子が座っており、リョウの御機嫌取りをしている。
「ようこそ、ならず者のたまり場へ……お姫様」
 ドロシーが無反応なのを見ると、リョウはフンと鼻で笑って視線を僕に移した。
「お前があのオヤジを助けた件だがな。俺はどうでもいいと思うんだが、こいつらがうるさくてな」
「リョウはこいつに甘過ぎるんだ!」
 ジンが腹立たしげに言った。僕に向かってくるでもなく、リョウの椅子の向こうから僕を睨みつけている。
 僕とドロシーの周囲をグループのメンバーが取り囲んだ。皆、無言で僕らを見つめている。どうやら僕は目立ち過ぎたらしい。
「お前もついてないよな。あんなオヤジを助けたばっかりに、こんな目に遭うなんて……まったくバカなことをしたよな?」
 リョウはビールの缶を持ったまま、右手の人さし指を伸ばした。その先にはドロシーの姿がある。
「いい女だ……貸してくれないかな?」
 リョウの言葉と共に、周囲の男達がざわめいた。どうやら皆、ドロシーには目をつけていたらしい。
「断る」
 僕の言葉に、ざわめきが更に大きくなった。
「彼女は僕の所有物じゃない。誘いたかったら直接彼女に言ってくれ」
「嫌よ。ろくな男がいないじゃない。貴方の方がいいわ」
 ドロシーはゆっくりと周囲を見回すと、僕の肩にもたれかかった。ざわめきがどよめきへと変化する。
 ……正直、少し嬉しい。
「それじゃあ、自分の体で払ってもらおうか?」
 リョウは立ち上がり、僕の前に立った。僕はドロシーを背に庇ってリョウを見つめた。
「俺の足元にひざまずいて、靴を舐めたら許してやってもいいぜ?」
「断るって言ったら?」
「う~ん……どうしようかな?」
 リョウは小さい子供に我侭を言われたように眉をひそめ、僕の顔を覗き込んだ。視界の端で、リョウの拳が握り締められるのが見えた。
 次の瞬間、視界が乱れ、物音が消えた。
 僕は数歩後退し、かろうじて倒れることなく持ちこたえたが、そこで膝が砕け、足元に片手をついた。
 視界が正常に戻り、コンクリートの床が見えた。口の中に鉄の味が広がり、床に赤い雫が落ちる。意識が混濁し、体全体が冷たくなったが、痛みはそれほど感じなかった。痛過ぎて感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
 その時、リョウが手を伸ばし、僕の襟をつかんで引き上げた。軽く貧血でも起こしたのか、天井の照明がやけに明るく感じられる。
「へぇ、驚いたな……気絶させないように手加減したのは確かだが、倒れもしないとは思わなかった」
 聴覚も戻ってきた。周りの奴らが騒ぎ立てる中、リョウの顔が間近にある。
「何か言うことがあるだろう?」
 ゆっくりと、聞き分けの悪い子供を諭すように、リョウが尋ねる。
「……リョウ……」
「何かな?」
 僕は必死で頭を働かせた。このままリョウに謝罪した方が得策だろう。今までの僕ならまず間違いなくそうしたはずだ……でも、今日はドロシーがいる。
 僕は口元を拳で拭い、言った。
「リョウ、僕は自分が間違ったことをしたとは思ってないよ」
 周囲の男達が信じられないといった顔をする。
「リョウ! そんな奴は仲間じゃねえ、殺しちまえ!」
 ジンが椅子の背を乗り越えそうな勢いで叫んだ。
 最も意外な反応をしたのはリョウだった。僕の答えを聞いた途端、目を大きく見開いて動かなくなったのだ。
「……なあ。まさか、それは本気で言ってないよな?」
「…………本気だよ」
 リョウの瞳から感情の灯が消えた……そして次の瞬間、大きく燃え上がった。
「殺すぞ! てめえ!」
 ほとんど金切り声に近い声でリョウが叫ぶ。僕の襟をつかむ力が信じられないくらいに強くなった、その時。
「ちょっと待った!」
 オカダが僕らの席に入り込んできた。
「店内での騒ぎはやめてくれ! ここでのルールは守ってもらわなきゃ困る!」
 周りの男達がオカダを排除しようとしたが、彼はかまわずリョウに近寄った。
「リョウ、俺はお前達がやってることくらい知ってるんだからな。もし何かあれば、即刻警察に突き出すぞ!」
「……わかったよ」
 リョウは僕をつかむ手を放したが、それはオカダの言葉に従ったわけではなく、興奮が多少鎮まったからであるらしい。
 リョウはもう、いつもの不敵な笑みを取り戻していた。
「だが、俺はこいつに話があるんだ。話をするくらいならいいだろ?」
「揉め事とはチェックするからな?」
「わかってるよ、話すだけだ……いいな?」
 二人は同時に僕の方を見た。オカダの視線が「やめておけ」と言っている。
 僕は衣服を整えると、横目でドロシーを探した。見れば座席とフロアの境目の柱に寄りかかり、静かに僕の方を見つめている。
「……わかったよ、リョウ」
 彼女の態度に少し落胆しながらも、僕はリョウの申し出を受けた。
「じゃあ、こっちに来いよ」
 リョウは指で方向を示した。
「何度も言うが、揉め事は……」
「わかってるよ。それより、メインのDJはいつになったら来るんだ? これじゃあ俺が回した方がまだマシだぜ?」
 リョウはがら空きのフロアの方を指差した。ただでさえ踊っている人数が少なかったのに、僕らの騒ぎで皆がこちらに集まって来ている。
「もうすぐ来るよ……色々とね」
 オカダは自分がこれ以上は干渉できないことを悟ると、妙な台詞を残して引き下がった。
「さて……二人っきりで話をしようか?」
「ああ……わかったよ」
 僕達は人垣を割って移動し始めた。
 正直言うと、まだ口の中が痛い。これから先は本当に危ないかもしれない。しかし、ここまで来た以上、退けない。
 僕がドロシーの隣を通り過ぎる時、ドロシーは二本の指を唇に当てると、その指を銃身に見たてて僕に向けて撃つ真似をした。
 僕は歩きながら軽く心臓を押さえて片目を閉じた。僕らにはそれで十分だった。
 これは後から知ったことだが、僕の後ろを歩いていたリョウはドロシーの身ぶりを眺めていた。
 その時、ドロシーはリョウを見て不思議な笑みを浮かべたそうだ。
 まるですべてを見通しているかのような目で、彼を見返していたらしい。
「いいか、その女には手を出すな! わかったな?」
 ドロシーの横を通り過ぎた後、リョウは振り返って皆に言った。不満そうな声を上げる者もいたが、反論する者はいなかった。