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森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

マリオネット・シンフォニー -インデックス-

2011年06月29日 | マリオネット・シンフォニー
最新の話を読む ◇第1話から読む ●『小説家になろう』で読む(挿絵掲載しました)
                         ※ブログが苦手な方はこちらへ

■6/29 … 浮遊島の章 ~後日談~ ラストエピソードを更新







剣と魔法によって支配されていた時代が幕を降ろし、
世界が新たな刻を数え始めてから二百と数十年。
アイズ・リゲルは閉塞された日常からの脱出を果たし、
念願の大空に飛び立った。
密輸業者の貨物船に忍び込む、という荒技で。

彼女が降り立ったのは、遥か彼方まで続く広大な世界。
彼女が出会ったのは、複雑に絡み合う数多の運命。

世界最高の科学者によって生み出された人工生命体、プライス・ドールズ。
わずか十数人で一国を滅ぼした悪魔の殺戮兵器、クラウン・ドールズ。
少女の身でありながら単身で戦況を覆すまでの力を秘めた、伝説の戦姫。

様々な出会いを重ね、やがてアイズは隠された歴史と真実を知る。



◇フェルマータの章◇




第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話
第10話
第11話
第12話
第13話
第14話
第15話
第16話
第17話
第18話
第19話
第20話
第21話
第22話
第23話
第24話
第25話
最終話 
エコーデリック
風を操る者
歌唄いの少女
『分解』のカルル
不思議の国のアイズ
紅の髪の勇者
傷痕
風が歌う村
前奏曲<プレリュード>
女神賛歌
カシミール、始動
奪われた歌声
正義と力
L.E.D.&ツェッペリン
戦争[前編]
戦争[中編]
戦争[後編]
解放、そして……
終わらない戦い
間奏<インテルメッツォ> 
決戦
四つの再会
覚醒する者達
心の迷宮
軌跡
エターナルメロディ
…… 04/01 更新
…… 04/08 更新
…… 04/15 更新
…… 04/22 更新
…… 04/29 更新
…… 05/06 更新
…… 05/13 更新
…… 05/20 更新
…… 05/27 更新
…… 06/03 更新
…… 06/10 更新
…… 06/17 更新
…… 06/24 更新
…… 07/01 更新
…… 07/08 更新
…… 07/15 更新
…… 07/22 更新
…… 08/05 更新
…… 08/12 更新
…… 08/19 更新
…… 08/26 更新
…… 09/02 更新
…… 09/09 更新
…… 09/16 更新
…… 09/23 更新
…… 09/30 更新

おまけ マリフォニQ&A



◆浮遊島の章◆


第1話
第2話
第3話
第4話
第5話
第6話
第7話
第8話
第9話
第10話 
第11話
第12話
第13話
第14話
第15話
第16話
第17話
第18話
第19話
第20話
第21話
第22話
第23話
第24話
第25話
第26話
第27話
第28話
第29話
第30話
第31話
第32話
後日談
後日談
後日談
後日談
後日談
後日談
後日談
始まりはクラウンの名と共に
断ち切れない糸
情報局を目指せ
閉じられた心
開戦
ブリーカーボブスの戦い -陰謀-
ブリーカーボブスの戦い -因縁、そして邂逅- 
ブリーカーボブスの戦い -絆-
ブリーカーボブスの戦い -交錯-
ブリーカーボブスの戦い -本当の戦い-
ブリーカーボブスの戦い -輪踊曲《ロンド》-
亀裂
多重奏狂詩曲
運命のチェス・ゲーム
幻の島 -暴かれる心の扉-
幻の島 -遺されたもの-
幻の島 -微笑みの理由-
幻の島 -囚われた心-
幻の島 -生きる-
幻の島 -殺す-
幻の島 -名前のない通り-
カエデ、命を賭けた戦い
新たなる参戦者達
アート、狂気の果てに
集結
最後の試練
欠けた者、満ちる者
希望
絶望
チェック・メイト
終わりなき地獄
用意された幕切れ
エピソード.1
エピソード.2
エピソード.3
エピソード.4
エピソード.5
エピソード.6
ラストエピソード
…… 11/04 更新
…… 11/11 更新
…… 11/18 更新
…… 12/02 更新
…… 12/09 更新
…… 12/16 更新
…… 12/23 更新
…… 12/30 更新
…… 01/06 更新
…… 01/13 更新
…… 01/20 更新
…… 02/03 更新
…… 02/10 更新
…… 02/17 更新
…… 02/24 更新
…… 03/10 更新
…… 03/24 更新
…… 04/07 更新
…… 04/21 更新
…… 05/05 更新
…… 07/14 更新
…… 07/28 更新
…… 08/11 更新
…… 08/25 更新
…… 09/08 更新
…… 09/29 更新
…… 10/20 更新
…… 11/10 更新
…… 01/12 更新
…… 01/26 更新
…… 02/16 更新
…… 03/02 更新
…… 03/23 更新
…… 04/06 更新
…… 04/20 更新
…… 05/18 更新
…… 06/01 更新
…… 06/15 更新
…… 06/29 更新




イラスト



◆設定資料◆

ドールズ一覧
キャラクターデザイン
用語辞典




※お読みいただく際の注意点
 この作品では、構成や演出にTVアニメ的な手法を取り入れています。
 また、展開の早さと軽快さを重視して、描写を極めて簡略化しています。
 当ブログで公開している他の小説とは【別のもの】としてご覧いただければ幸いです。

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浮遊島の章 最終話

2011年06月29日 | マリオネット・シンフォニー
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 アイズは夢を見ていた。
 夢の中のアイズは、二十代の落ち着いた女性だった。
 瑞々しい芝生に鮮やかな花壇が彩りを添える、明るい広場。アイズは──その女性は、椅子に浅く腰かけて脚を組み、テーブルの向かい側に座っている男と話をしていた。

 ──私は、この二人を知っている。

「貴方は生命が何なのか、まだわかっていないわ。生命っていうのは、貴方が考えるような蛋白質の集合体じゃないのよ」
「では……蛋白質の集合体と生命の違いは何なんだい? 君は生物と非生物の違いを定義できるのか?」
「難しく考えるからいけないのよ」
 女性は手を上げると、筆を取るような仕草をした。
「例えば、『絵』と『絵の具の塊』がそうであるように。生物と非生物の間に明確な境界線はないわ。ただある一点を超えたとき、絵の具の塊は芸術になり、物質の塊は生命へと昇華する。私の力は、それをほんの少しだけ後押ししてあげるものなの」

 ──誰だっけ? すごく、よく知ってるはずなのに。

「だが……それでは科学にならない。君の力を解明できない」
 男が寂しげに呟く。
「解明するんじゃなくて、感じるの。大丈夫、貴方もそのうちわかるようになるわ」
「そうだろうか?」
「そうよ」
 女性は楽しげに微笑んだ。
「その時が、貴方の研究が完成するときなのかもね」

   *

「こら、お嬢様! ちゃんと起きて下さい!」
 アイズが目を覚ますと、ラトレイアが黒板の前に立っていた。
 周囲には机と椅子が並び、ルルドやカエデ、トトが一緒に授業を受けている。
「ああ、先生……今、夢を見てたよ。何だか不思議な夢」
「はいはい、そういうことは私の授業が終わってからにして下さいね」
「うん……でもね、先生」
 アイズは自分でもよくわからないまま、穏やかに微笑んでいた。
「何だかとっても懐かしい人に会えたような気がするの。それが誰なのかは、よくわからないんだけど……」
「……そのうち、その夢の意味がわかるといいですね」
 ラトレイアが表情を和らげる。
 アイズはにっこりと笑うと、「うん!」と頷いた。
「でもお勉強はちゃんとして下さいね! 遅れてますから!」
「うっ……はぁ~い」


   /


 そこは小さな部屋だった。
 暖炉には火が入れられ、壁には古ぼけた絵がかけられている。
 簡素なベッドには幼い少女が横たわり、そのそばには長い髪の女性が腰掛けていた。
「ママ……ごめんなさい、あたし……」
『いいんですよ。貴女はよくやりました。立派な子です』
 女性が幼女の手を取る。
 幼女は幸せそうに微笑むと、安らかな表情で目を閉じた。
 間もなく、幼女が眠りに落ちる。
 同時に部屋は消え、辺りは闇に包まれた。
『今はゆっくりとお眠りなさい。私の可愛いエンデ』
 女性は──ロンドは小さく呟くと、闇の中で一人、何かを考え込んだ。
 ……と。

『元気ないわね、ロンド』

 少女の声がした。
 ロンドが振り向くと、何もない空間に一人、白いワンピースを身に纏った長い黒髪の少女が腰かけていた。
『貴女ですか……』
『エンデはしばらく動けそうにないわね。こっちもアミが動けなくなっちゃったし……この調子じゃ、計画の遅れは避けられなさそうね』
『それはありえません』
 ロンドは強い口調で言い切った。
『障害はすべて排除します。そのために……カミオがいるのですから』
『……へえ……』
 少女が楽しそうに目を細める。
『それじゃあ、私もスフィーダを出してあげるわ。カミオとスフィーダ……二人の新しい“代行者”に期待ね』
『そう……ですね』
 ロンドは虚ろな声で呟くと、ふと少女を見つめて言った。
『……どうしてでしょう。いつも貴女の名前が思い出せない。確かに知っているはずなのに』

 少女はクスリと笑うと、弾むように立ち上がって背を向けた。
『三輪って呼んでよ、水葉ちゃん。昔みたいにさ』
 少女は明るい笑い声を残すと、そのまま闇に溶けて消えた。

『……ミズハ?』
 ロンドがしばし考え込む。
 しかし再びエンデのほうを振り向いた時、ロンドは少女から聞いた名前も、その存在すらも忘れてしまっていた。
『エンデ……私の可愛いエンデ』


『ママは必ず、世界を救ってみせますからね……』




 ~後日談~ ラストエピソード




 ───数年後。

 数多の仲間を得て祖国へと戻った少女の物語が、遠く海を隔てた地にまで届くようになった頃。
 フェルマータを二分する南北戦争の危機は、多くの人々に気づかぬままに回避された。

 世界に一時の平穏が訪れ、数ヶ月の後。
 これは、一人の青年が辿り着いた結末にして、始まりの物語。

   *

 フェルマータ中央部の平原地帯。
 この地で長年農業を営んできた老女は、作業の手を休めて一息ついた。
 作物を揺らす爽やかな風が、汗ばんだ肌を優しく撫でていく。
 腰に手を添えて軽く背筋を伸ばしていると、不意に、こちらに向かって歩いてくる大きな荷物を担いだ男の姿が目に入った。
 痩せた長身の青年は、老女の前に立ち止まると礼儀正しくお辞儀をし……背負った荷物の重さにバランスを崩し、盛大にこけた。
「いてててて……」
「あらあら、大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
 青年が荷物の下から抜け出し、恥ずかしそうに笑う。
 まるで生きていた頃の息子の姿を見ているようだ。そんなことを思いながら、老女は汚れた青年の服を力強くはたいた。
「こんな辺鄙なところに人が来るなんて珍しいわね」
「あれ、連絡がありませんでしたか? 僕は新政府の土壌改善委員会から派遣されました調査員でして……」
「あらまあ、貴方が連絡があった人なのね。朝から部屋を用意していたんですよ、どうぞどうぞ」
 老女は青年の荷物の中から一番大きなものを勝手に持つと、家に向かって歩き出した。
 青年が残りの荷物をまとめて抱え、慌てて後に続く。
「……いい所ですね」
 辺りの景色に目を向け、青年が呟く。
 老女は、そうでしょう、と微笑んだ。
「亭主と息子と、3人で切り拓いた土地なんですよ。まあ、今は一人ですけどね」
「あ……」
 青年がはっとした顔をし、表情を曇らせる。
「……そうですか……」
「あらまあ、そんなに暗い顔をして。お役人さんが気にすることなんてないんですよ。もう十年以上も前のことなんですから」
「すみません……」
 青年が深々と頭を下げる。
 老女は苦笑し、それと共に、青年の純粋な心に触れて、久しく忘れていた何か大切な気持ちを取り戻すことができたような気分になった。
 そして、まだ名前を聞いていなかったことを思い出し、青年に尋ねた。
「貴方、お名前は何て仰るの?」

 青年は慌てて姿勢を正すと、明るく答えた。


「ネオ・イーリスです。ネイって呼んで下さい。どうぞよろしく」



浮遊島の章 -完-












浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.6

2011年06月15日 | マリオネット・シンフォニー
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「うーん、どう考えても変ね」
 ブリーカーボブスの研究室にて。
 ケール博士は一人、モニタに向かって呟いていた。
「イマーニとナルニアのホログラム装置、確かにアタシが作ったものなのに、性能がまるで違う。プライスちゃんが手を加えた? ううん、アタシが最後にケラ・パストルに来てから彼がトトちゃんを連れて脱出するまで半年もない。時期的に考えても、トトちゃんと同時進行でここまでバージョンアップさせるなんてことは……」
 その時、研究室の扉が開いた。
 入ってきた者の姿に、ケール博士が思わず感嘆の声を上げる。
「まあ、アートちゃんじゃない!」
「取り込み中すまない」
「いいのよ! 何処か調子が悪いところでもあるの?」
 嬉々として迎え入れるケール博士。
 アートは少し気圧されながらも、研究室の片隅に設置されているカプセルに目を留めた。
「……あいつの調子はどうだ? まだ何か手伝うことがあれば……」
 途端、ケール博士の眼差しが穏やかなものになる。博士はカプセルの前まで歩み寄ると、軽く手を触れて「心配ないわ」と答えた。
「まだ長時間外に出ることはできないけれど、覚醒時間は徐々に長くなってきてる。これもアートちゃんが色々と手伝ってくれたおかげよ。ありがとう」
「礼など必要ない」
 アートはぶっきらぼうに言った。
「あの時、こいつが幻影で攻撃を逸らしてくれなければ、俺は死んでいた。借りは返す。ただそれだけだ」

「本当に、それだけなのかしらね?」
 研究室から出て行くアートの背中を見送って、ケール博士は優しくカプセルを撫でた。
「貴女はどう思う? イマーニ」

 と、アートと入れ替わりに、ルルドとカエデが研究室に入ってきた。
「ケールおばちゃん、イマーニと話をしていい?」
「おばちゃんじゃなくて、お姉さんよ!」
 ケール博士はカプセルから離れると、再びモニタの前に腰を下ろした。
「面会は一時間だけよ! まだ意識が安定していないんだからね!」
「わかってるって! それにラトレイア先生の授業まで一時間もないもん」
「え? ラトレイア……って?」
「アイズさんの家庭教師の方です」
 既に意識をイマーニに向けているルルドに代わり、カエデが律儀に答える。
「色んなことを教えてくれるんですよ。色々な国の文学とか、歴史とか、文化とか……ちょっと厳しい人なんですけど」
「まさか……ううん、そんなはずないわよね」
「? どうかしたんですか?」
「何でもないわ」
 ケール博士は笑って言った。
「昔の知り合いと同じ名前だな、って思ってね」
「カエデ、早く!」
「わかってるわよ! それよりルルド、ちゃんと“お姉さま”って呼びなさいよ!」
 楽しそうに騒ぐ二人を見ながら、ケール博士は苦笑した。
「ラトレイア、ねぇ……まあリードランスの生まれなら、あいつと同じ名前をつけられた子もいるだろうしね」



~後日談~ エピソード.6



「……いい天気ね」
 綺麗に晴れた空を見上げ、パティは大きく深呼吸した。
「久しぶりね、外の空気を吸ってのんびりするなんて」
 場所はブリーカーボブスの中庭。
 パティはカシミール、ジューヌと共に、備え付けのベンチに腰掛けていた。


「南部との話し合いは順調に進んでるみたいね」
「おかげさまでね。まあもっとも、正確には『オリバー提督との話し合い』だけれど」
 カシミールの問いに、パティは苦笑混じりに答えた。
 いかに提督の肩書きを持つとはいえ、オリバーは一人の軍人に過ぎない。ましてや南部独立解放軍が正規の軍隊でない以上、彼の公的な立場は『民間の自警団のまとめ役』程度のものでしかないのだ。本来ならば国どころか、一地方の行く末を協議する権限すら持ち合わせてはいない。
 そしてそれは、情報局長官であるパティとて同じこと。フェルマータ合衆国内に限れば大統領並の発言力を有していると称される彼女とて、一人で国を動かすような突出した権力など持ちうるはずもない。これまで二人の間で交わされた言葉、得られた了承には、何の法的効力もなければ責任も伴わないのである。
「それでも、彼との話し合いには大きな意義があるわ。政府と南部上層部との間に会談を設けるところまで辿り着くにはまだまだ時間がかかるだろうけど、それでも時間が足りないくらい。聞きたいことに言いたいこと、考えておきたいことが山程あるもの」
「言ってる内容はハードだけど、楽しそうねパティ。充実した顔をしてるわ」
「皆がサポートしてくれるからね。私はいい仲間に恵まれてるわ。ジューヌはどう?」
「私?」
 話題を振られ、ジューヌが「そうね~」と腕を組む。
「まあまあ、かな。音楽教室の生徒も上達してきてるし……そうだ、今度発表会しようと思ってるのよ。都合のいい日があったらホール使わせてくれない?」
「いいわね。後でケイと相談してみるわ」

 ケラ・パストルでの一件が落ち着いて以来、ラトレイアの提案により、ブリーカーボブスでは様々な講座が開かれていた。立案者であるラトレイアの【国と歴史】を始めとして、ジューヌの【音楽教室】やモレロの【地質・土木学講座】、白蘭の【実戦における応急処置】、ナーの【気象天文学】など、個人が好き勝手に講座を開いている。
 一番人気はカシミールによる【磁場における空気振動が生み出すエネルギーとその利用法】──つまりは山脈の村に建てられた発電所の理論についての講座である。メルクの技術者が多数参加しており、特に男性の受講者が多い。
 続く二番人気は【バジルのエレガントな戦略論】──直接戦闘に携わる人数は少ないはずのメルクにありながら、何故か常に活気に溢れており、特に女性の受講者が多いという。

「ルルドちゃんはどう?」
「あの子は凄いわ。流石にアインスとフジノの子供ね。天性のセンスと勘を持ってる。その分、少し気難しくて、基礎を疎かにするところがあるけれど」
「そうね、あの子は感情的になると本当に怖い」
 とカシミール。
「でもルルドは頭のいい子だから、すぐに自分をコントロールしようとするのよ。我侭になりすぎるのは良くないけれど、昔のように完全に自分を押し殺してしまうのも良くないし……難しいわ」
「凄いわね、二人とも。私なんて、アインスの子供だっていうだけで気を遣ってしまうのに」
「パティはアインスにこだわりすぎよ」
 とジューヌ。
「ルルドはルルド。私達にできることは、あの子が持つ素晴らしい可能性を、真っ直ぐに伸ばしてあげることだけ」
「そうか……どうも私はそういうのは苦手だな」

 しばらくの後、スケアが建物の方からカシミールを呼んだ。
「あ、スケア」
「そう言えば、そろそろスケアの【精霊魔法入門】の時間だったわね。カシミールも手伝うの?」
「ええ。それじゃ、パティ」
「私も行ってみようかな、暇だし」
「いってらっしゃい、二人とも」
 中庭から建物に戻っていく二人を見送り、パティは一人、ベンチの上で伸びをした。
「さてと、どうしようかな? 仕事が趣味だと暇なときに困るわね」

   /

「ああ、こちらにいらっしゃったのですか」
「え?」
 少し後。
 声をかけられて振り向くと、そこにはオリバーの姿があった。
「オリバー君。どうしたの? この後は会談の予定はなかったはずだけど……あれ、覚え間違いをしてたかしら」
「ああいえ、そうじゃなくて、ですね。その、実は前から言おうと思っていたことがありまして」
 オリバーは気まずそうに頭を掻いていたが、やがて思い切ったように頭を下げた。
「ケラ・パストルでは失礼なことばかり言って、本当に申し訳ありませんでした。実は俺、メルクのシステムにはずっと前から興味があって……今回の件が落ち着いたら、大学でメルクについて勉強し直そうと思ってるんです。えっと、特に基本システムの第三項なんか素晴らしいと思います」
 それだけ言うと、オリバーは顔を赤らめ、そそくさと姿を消した。
「第三項……って、あれはアインスの原案に私が付け加えた……」
 呆気に取られたまま、呆然と呟くパティ。
「何だパティ、こんな所にいたのか」
 と、ケイがやってきて隣に腰を下ろした。
「いい加減会議ばかりで疲れただろう。大丈夫かい? ところで、今オリバーが真っ赤な顔して走っていったんだが、どうかしたのか?」
「……あ、ケイ」
 パティは思わず相好を崩した。
「ねえケイ、人生って本当に捨てたものじゃないわね」
「??? いきなりどうしたんだ?」
 バティは立ち上がると、ケイの肩をバンバンと叩いた。
「ねえケイ、今度休暇でもとって何処かに行かない? そうね、若くて可愛い子がいっぱいいる所がいいな!」
「それなら僕は家で寝るほうが……」
「だーめよ! ケイ! そんな年寄り臭いこと言ってちゃ! ねえ、思うんだけどね。人の人生って四季みたいなものだって言うじゃない?」
「はあ」
「普通は子供時代が春よね。でも私たちの子供のときって、互いにいいことなかったじゃない。だからあれが冬なのよ」
「冬?」
「そう! だからメルクを作って、ここまでが人生の春なんじゃないかな」
「……そうなのかな」
「そうなのよ!」
 パティはグッと拳を握り締めた。
「私達の夏はこれからよケイ、やっと迎えた季節なんだから思い切り楽しまなきゃ損よ! そして皆で実りの秋を迎えるの!」
 ケイはよくわからなかったが、パティが楽しそうだからいいか、と思った。
「そうだね、バティ。よくわからないけど……たまにはそういうのもいいかな」
「そうこなくっちゃ!」

「でも、やっぱり家で寝たい……」
「ダメ! 命令よ!」











次回、6月29日更新予定

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.5

2011年06月01日 | マリオネット・シンフォニー
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 レムは夢を見ていた。
 炎と雷に襲われる夢。皮膚が焦げ、髪が燃え落ち、身体が崩れていく夢を。

「────っ!!」

 言葉にならない叫び声と共に、悪夢の檻から意識が逃れる。
 重い身体をぐったりと横たえたまま荒い息を吐いていると、不意に廊下から慌しい足音が聞こえてきた。
「大丈夫か、レム!」
 間もなく寝室の扉が乱暴に開き、血相を変えたバジルが飛び込んできた。
 油断なく部屋の隅々まで見渡した後、安堵の溜息と共に寝台の側へとやってくる。
「……ひどい汗だ」
 バジルは懐からハンカチを取り出すと、レムの額をそっと拭った。
「ありがとう……ございます」
 レムは震える声で礼を言うと、バジルの手を握り締めた。そのまま自身の胸に寄せ、抱き締める。
「レム?」
「少し……このままでいさせて下さい」
 バジルは少し躊躇した顔を見せたが、レムに手を預けたまま寝台に腰掛けた。
「どうかしたのか」

 レムはしばらく黙っていたが、やがて顔を上げ、ささやくように懇願した。

「──バジル。カルル姉様のところに、連れて行って頂けませんか」



~後日談~ エピソード.5



 数分後。
 バジルはレムの車椅子を押して、薄暗い通路を進んでいた。
「大丈夫なのか、レム。最近ずっと無理をしていただろう?」
「いえ……研究所での戦いで、アイズさんと力を同調させて以来、身体の調子はとてもいいんです。もしかしたら、私も生命力を分けて貰ったのかもしれません」
 レムは明るく喋っていたが、不意に声のトーンを落とし、呟いた。
「貴方もご存知でしょう? バジル。私の身体が、実際には何処も悪くないということを。本当は歩くことも、走ることだってできるということを……」
「……まあね。ケール博士の技術は完璧だよ。現に俺の右腕だって二年前に一度吹っ飛んだけど、今じゃそんなことがあったってことさえ忘れてるくらいだ。あの新型君の手足も、あっという間に接合してのけたからな」
「私の身体が動かないのは、能力からくる負担だけが原因ではありません。きっと、私が心を閉じてしまっているから……」
 レムは言葉を切ると、顔を上げてバジルに微笑みかけた。
「前に、私にも罪がある……と言いましたよね」
「……ああ。そんなことも言っていたな」
 研究所での戦いが終わって間もなく。
 トゥリートップホテルの船で開かれたパーティーの席で、レムが零した言葉を思い出す。
「私とカルル姉様は、リードランスを脱出して間もなくフロイド企業に就職しました。当時のフェルマータでも大手の化学・鉄鋼企業でしたから、私達の能力を存分に発揮することができるだろうと、そう考えたのです。ですが、その実態はひどいものでした。劣悪な労働環境と杜撰な管理体制、腐りきった体質……彼らは自分よりも優る者を嫉み、疎んじ、私や姉の存在を認めようとはしませんでした」
「そのことは聞いているよ。フロイドはメルクの提唱する新しい形態の企業とは対極に位置する存在だった。環境のことなど考えず、ただ企業の経済的な利益のみを追求する……確か、例のフロイド企業事故が原因で潰れたおかげで、フェルマータでは環境保全運動が活発になったんだよな?」
 進む先に一つの扉が現れる。
 バジルは歩みを止めると、車椅子の前に移動して扉を開けた。



「……私が起こしました」



「なん……だって?」
 バジルが振り向くよりも早く、レムは自分で車椅子を動かして部屋に入った。
 部屋の中は薄暗く、幾つも並べられた医療タンクの一つ、カルルが入れられたものだけが淡い光を放っている。
 レムは更に進むと、未だ目覚めぬカルルの頬を撫でるように、医療タンクの表面にそっと手を触れた。
「フロイド企業の社長には、一人の息子がいました」
 レムの声色が変わる。
 それはバジルが今までに聞いたこともないほどに冷たく、怒りを秘めた声だった。
「最低の男。実務能力も管理能力もないくせに、ただ社長の息子だというだけで役職についているような男でした。権力にものを言わせて幾人もの従業員を弄び、いつも誰かを泣かせていました……そして、その男は……私達にも目をつけたのです」
 レムの瞳が大きく見開かれ、握り締められた掌に爪が喰い込む。
「吐き気がします! あの男は私達を……この私達をですよ! 新しく自分に与えられた、都合のいいお人形か何かのように考えていた! 人間ではない者など、どう扱ってもいいと!」
「……レム」
 バジルがレムの肩に手を置く。
 レムは一瞬ビクリと硬直したが、バジルの手に自らの手を重ねて話を続けた。
「勿論、私はあんな男に指一本触れさせはしませんでした。私は自分の力を活かし、より効率的に、より完璧に仕事をやり遂げることだけを考えていました。そのために何度企業の方針と衝突したかわかりません。でも……姉様は」
 レムの声から力が消える。
「姉様は優しすぎました。いつも周りのすべての人々のことを考え、どんな状況にも耐え、すべてを収めようとしました。そして、あの男と……っ」
 声が震え、言葉に詰まる。
 やがて、レムは自嘲気味に微笑んだ。
「後から聞いた話ですが……それは私への風当たりを弱くすることが条件だったそうです……」
 レムの目から涙がこぼれ、口調が再び強くなる。
「私は許せなかった! 私達の能力を認めず、姉様を汚したあの男とあの企業が! 私は……!」
 バジルの手に重ねられたレムの手に、震えるほどの力が込められる。
「私は、姉様のように耐える気はまったくありませんでした……」

 歌うように、レムは語った。
 己の復讐劇。
 その準備に費やした日々のことを、計画の全貌を。
 そして、最後の引き金を引いた夜のことを。

「──その夜。私は工場のシステムを誤作動させました。ほんの少し……本当に、ほんの少しです。もしもあの企業が私の提案した管理システムを採用していれば、事故は未然に防げたでしょうね……くくっ……あははははは……!」
 レムは笑った。
 何故こんなに可笑しいのか、自分でもわからない。
 ただ、とても愉快だった。後から後から笑いが込み上げてくる。
 やがて、そのすべてを吐き出し、レムは小さく呟いた。
「計画はうまく行きました……但し致命的なミスが二つ。一つは、事故の規模が予想外に大きくなってしまったこと。私は、上層部に巣食う害虫どもさえ駆除してしまえば、後は管理体制の甘さを世に知らしめることができればそれでよかった。ところが、発生してすぐに消し止められるはずだった炎が、企業が不法に隠し持っていた残留毒性の高い固形燃料に引火……史上最悪の事故へと発展してしまいました。
 そして、もう一つは……火災に巻き込まれ、逃げ遅れた人々を助けるために、姉様が火災の中心へと戻っていったことです。あそこには……私が誘導して一箇所に集めた、上層部の連中がいました。そして、あの男も」
 レムは医療タンクに額を当て、掠れる声で呟いた。
「……姉様……お願いですから、あの男を愛していたなんて言わないで下さいね……」

「レム……」
 バジルが自身の手に添えられたレムの手を、もう一方の手で包み込む。
「わかりますか、バジル……これが私の本性なんです。自分のプライドのためならば、平気で他人を傷つける。姉様さえも……私は……私は、目的のためならば手段を選びません! いつかバジル、貴方さえも犠牲に……!」
「レム!」
 バジルはレムを抱き締めた。
 レムの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
「友達なんだろ? 俺達はさ。……ケラ・パストルでヴィナスって奴に言われたよ。いくら罪滅ぼしをしたつもりでも、俺は決して救われない。一生殺し合いを続けるしかないってね……確かにそうだと思う。俺や君の中には手のつけられない怪物がいる。でも俺達は、そいつに従う生き方をやめたじゃないか。それでもより良い方向を目指して歩いていこうと、そう誓ったじゃないか」
「昔の私は、自分は選ばれた存在だと思っていました。お父様から授かったこの能力さえあれば一人で生きて行けると、信じていました。ですが、実際には何もできない……」
「一人じゃ無理でも二人なら行けるさ。君が道を間違えそうになったら、俺が必ず止めてみせる。君も俺が違う方向に走っていきそうになったら止めてくれ。それが友達ってもんだろう?」
「そう……ですね……」
 レムは頬を拭い、微笑んだ。
「友達って、いいものですね」

「さて。君が身体を自由に動かすことができないのは、心を閉ざしてしまっているからだ」
 バジルはレムを車椅子から抱え上げると、部屋の中にある診療台に運んだ。
「君は自分のために傷ついたカルル君のことを気にかけている。彼女より先に完全な身体を取り戻すことが怖い。そんなことは許されないと思っている……だから自分で自分の身体を動けなくしている。そんなところだろ?」
「……バジル?」
 レムが不思議そうな顔でバジルを見上げる。
 バジルはニヤリと笑って言った。
「友達として、君にキスさせてくれないかな? 更にもう一時間、俺に時間をくれたら、きっと身体が動いたほうがいいと君に思わせてあげられるよ」
 きょとんとしたレムが、やがて意を解して苦笑する。
「バジル、貴方って本当に女ったらしですね」
「やっとわかったのかい? ベイビー」

 二人は互いの顔を見つめあい、やがて我慢できなくなり、どちらからともなく声を上げて笑い始めた。

「いいんですか? オードリーに知れたら大変ですよ?」
「なぁに、バレなきゃいいのさ。これは君のやり方だろう?」
「もう、ひどい言い方……えっ?」
 不意に聞こえてきた小さな音に、レムが驚いて顔を向ける。
 その先には、カルルの医療タンクを制御するパネルが。光と音で、患者の意識が戻ったことを知らせていた。
「ね……姉様!」
 レムが跳ね起き、タンクにすがりつく。
 その彼女の目の前で、カルルは、ゆっくりと目を開いた。

(……レム? 貴女なの?)

 カルルの口がゆっくりと動く。
「そうです、レムです! 良かった……! 見て下さいバジル、姉様が……!」
「あー、そのだな……レム? 言うと悪いような気もするんだが……君、自分の足で立ってるよ?」
「え……あっ?」
 レムが驚いてタンクから手を離した途端、バランスを崩して倒れかける。
 その身体を後ろから支えると、バジルは微笑み、優しくささやいた。
「大丈夫だ。いつかきっと、すべてがうまくいくよ」

 淡く輝く医療タンクの中で、カルルが優しく微笑む。


 レムも溢れ出る涙を拭うと、心から幸せそうに微笑んだ。











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浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.4

2011年05月18日 | マリオネット・シンフォニー
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 メルクと独立軍の協力体制が確立してから数日が過ぎた。
 ブリーカーボブスと独立軍艦隊はケラ・パストルを離れ、共に大陸に向かって航行中。



 空には月もなく、ただ波の音だけが世界を満たしているような──そんな一夜の物語。



~後日談~ エピソード.4



「アーーーー」
「ア゛~~~~」
「えっと。ア゛~じゃなくて、アーですよ。もっと背筋を伸ばして……」
「さ、触るなっ」
「でも、姿勢が悪いと声が伸びませんし……あ、足ももう少し開いて」
「だから触るなと言っているっ」
 トトは大きく溜息を吐いた。
「そんなこと言ったって。歌を教えてくれって言ったのはアートさんじゃないですか」

   /

「ダメじゃん、アート」
「ダメダメだね」
 隣の部屋から聞こえてくる騒ぎ声を聞きながら、グラフとアイズはくつろいでいた。
「幸せだな~、アイズに膝枕してもらえるなんて」
「あんまり甘えないでよね」
 アイズはソファーに座り、グラフに膝を貸している。グラフはしばらく幸せを満喫していたが、やがてアイズが何か考え込んでいることに気づき、だらしなく崩れていた表情を引き締めた。
「……で、わかったのかい? リングについては」
「ぜーんぜん」
 アイズは軽く肩をすくめてみせた。
「情報局のネットワークを使わせてもらって検索してみたけど、それらしいものは何もなかったわ。研究所のコンピューターは吹っ飛んじゃったし」
「そうか……」
「でも、こんなのはあったのよ」
 アイズは手元の鞄から一冊の本を取り出した。
「なになに、魔法についての生物学的考察……おっ、著者はアインス・フォン・ガーフィールドじゃないか」
「ほら、リードランス王国時代はプライス博士とかペイジ博士が中心になって魔法についての研究をしていたでしょう? でもそれは人形とか、ツェッペリンとか、L.E.Dとか……そういったものの開発に用いるための、各分野における最先端技術としての知識だったわけね。だからアインスはそれらを分類・系統化して、わかりやすい形で一般化しようとしてたみたい」
「へぇ。色々とやってたんだな、アインスって奴は」
「それでね。最後の章を見てよ」
 促されるままに最終章を開き、グラフは表題に目を留めた。
「すべてを生み出す魔法──か」
「うん。リングの力のことを、アインスはこう呼んでたみたいね」
 アイズはグラフの手から本を受け取ると、パラパラと頁をめくった。
「リングの力に目覚めた時、フジノが教えてくれたの。この力のことをアインスから聞いたことがあるって。極めて稀な力で、アインスの知る限り、この力を持った人は過去一人しかいなかったらしいわ。その術者の名前がアイズ・バイオレット・ガーフィールドだってこともね……ほら、ここのところ」
 グラフはアイズが指し示した部分を声に出して読んだ。
「アイズ・バイオレット・ガーフィールド。真名はミワ・リンドウ。第一級医師免許所持。国際医師団、後の国際救助隊の創立メンバーの一人。短い生涯のすべてを医療活動に捧げ、またリードランスの王族という立場から国際平和にも大きく貢献した。266年、26歳で死亡……か。生きていれば52歳、プライス博士と同い年だな」
 自分の知識と照らし合わせて、グラフは静かに考え込んだ。
 国際救助隊と言えば、サミュエルとオードリーの生みの親でもあるトール博士やプライス博士も参加している。やはりリードランス絡みなのは間違いない。
 ──何より、この名前。
 これはアインスの手書きだろうか。欄外に小さく記された、彼女の真名を編む古き言葉に目を留めて。
 グラフは確信を込めた声で呟いた。
「三輪・竜胆。三つのリング……か」

「行くのかい? リードランス……いや、ハイムに」
 グラフが尋ねた。
「行かないとね」
 アイズは答えた。
「君がやる必要はないよ」
 グラフは言い切った。
「君はハイムを捨ててここにいる。俺だってそうだ。トトも、フジノも、アートも、ノイエも。本当はスケアやバジルだって同じさ。俺達がフェルマータで普通の生活を選んでも、誰にも文句は言えないさ。少なくとも俺は言わせない」
「……そうね」
 アイズは微笑んだ。
「でも、私は行かなきゃ。自分が何者なのかを知るためにもね」
「そうか。……強いね、君は」
 グラフは起き上がった。
「それじゃ、俺も一緒に行かせてもらうよ。そのほうが面白そうだ」
「グラフ、ほんと貴方っていつも不真面目ね」
「いいや、君のことになると話は別だよ」
 グラフが思いっきり真面目な顔を作る。

 やがて、二人は声を上げて笑い。
 どちらからともなく、口付けを交わした。

   /

 一方、その頃。
 フジノとノイエは、ブリーカーボブス上部の小型艇専用ポートにいた。
「本当に、みんなに黙って行くのかい?」
「言えば引き止められるに決まってるからね」
 フジノは寂しげに微笑んだ。
「今ならまだ、私はここを出て行くことができる。アイズ、トト、スケア、そしてルルド……あと一度でも顔を見て話をしてしまったら、きっと私の決心は鈍ってしまう。一緒にいたいと望んでしまう。だけど、今はまだ、その時じゃないの」

 ここ数日の間、フジノは何度もルルドと話をしていた。
 そして、その裏で。カシミールとも真正面から言葉を交わし、今夜の密航計画を打ち明けると共に、頭を下げて頼んでいた。
 ルルドのことを、よろしく頼む……と。

 現在、ポートの管制機能は麻痺している。カシミールの協力によって。
「ノイエも無理して付き合わなくてもいいのよ? あの二人と離れてまで……」
「いや、行くよ」
 ノイエは微笑み、首を横に振った。
「スケアの代わりには、なれないだろうけど。フジノと一緒にいるよ」
「……ありがとう、ノイエ」
 相変わらず口にするのが慣れない言葉に、精一杯の感謝を乗せて微笑むフジノ。

 その時。
 不意に、辺りに足音が響き渡った。
 二人が振り向いた先、ポートと内部を繋ぐ通路から、一つの影が姿を現す。
「誰だ?」
 ノイエが警戒しつつ身構える。
 と。
 フジノが一歩前に歩み出て、呆然と呟いた。
「……先生……?」
「久しぶりね、フジノ」
 風になびく髪を手で抑えつけ、ラトレイアは微笑んだ。
「知り合いかい?」
「昔……格闘技を習ってね」
 ノイエの問いに、フジノが短く答える。
「え? だって、君の実年齢は……」
 二人の姿を見比べ、ノイエが呟く。ラトレイアはクスクスと笑うと、緊張した面持ちのフジノの前で足を止めた。
「あまり驚かないんだ?」
「まあ……ね。そもそも、先生が戦闘で死ぬわけないって思ってたし」
「褒められてるのか貶されてるのかわからないわね」
 ラトレイアは苦笑した。
「あの頃の貴女は本当に手のつけられない子供だったわ」
「それは先生もでしょ?」
「生意気なところは変わらないわね。まあ、私も貴女の師と呼ばれるには力量不足だったと思うけれど」
「力量不足? ……何処が?」
 フジノが呆れたように言う。
「喧嘩の強さがそのまま『力量』じゃないわよ。もっと広義な話。私だけじゃないわ、アインスもジューヌも、そしてリードも……貴女の師や親代わりになるには早すぎた。みんな本来なら、まだまだ自分を伸ばすことで手一杯の時期だった。貴女は手のかかる子供だったしね」
「私が悪いって言うんでしょう? わかってるわよ、そんなこと」
 ふてくされるフジノ。
 その様子に、ラトレイアは少し驚きながら呟いた。
「フジノ、貴女本当に変わったわね」
「??? どういう意味?」
「昔ならここで一戦起きるからね。先生少し身構えちゃったわ」
「あたしは猛獣かっ!」
「可愛い教え子よ」
 ラトレイアはニッコリと笑って言った。

「……先生も変わったわ」
「そう?」
「優しすぎる。気持ち悪い」
「オホホホホホホ」
「その笑い方はやめて……」

「さあ、旅に出るんでしょう? 早く行かないと見つかるわよ」
「……そうね」
 フジノが踵を返し、ノイエが慌てて後に続く。
 その後ろ姿に、ラトレイアは今一度声をかけた。
「フジノ。最後に一つだけ」
「何?」
 フジノが振り返る。
 ラトレイアは目を閉じ、胸に手を当てて言った。
「やっぱり希望は捨てるものじゃないわね。どんなに困難に見えても、絶望的な状況でも……進み続ければいつか必ず成果が出る」
「それって私に対する教育のことを言ってるの?」
「穿った捉え方をするのは良くないわよ」
 フジノがムスッとした顔をする。
 と、先に乗り込んでいたノイエが操縦し、小型艇が浮上した。
「バイバイ、先生。昔は迷惑かけたわね」
「気にしてないわよ、フジノ」
 フジノが跳躍し、甲板に降り立つ。


 小型艇は更に浮上し、やがて闇に消えた。










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大失敗

2011年05月05日 | マリオネット・シンフォニー
 当日中に休載のお知らせをすることができませんでした。
 そろそろ潮時でしょうか。
 この調子ではハイムの章を連載するのは難しそうです。

 話は変わって。

 息子が近視+乱視との診断を受けました。
 私は両目共に1.5(子供の頃は2.0)なので、息子の目に世界がどう映っているのか想像もつかず。
 眼科を受診したところ、「しばらく様子を見ましょう」と言われました。
 ところが色々と調べてみたところ、それは「もっと悪くなるまで放置しましょう」ということと同義だそうで。
 どうも眼科医の仕事には、視力の『回復』は含まれていないようです。

 とりあえずはテレビ・パソコン・ゲームの時間を減らすよう息子に言い聞かせましたが……。
 なんとかして目の健康を回復させる手段はないものかと思案しております。

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.3

2011年04月20日 | マリオネット・シンフォニー
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 翌日。
 パティとオリバーの会談は、支店長の提案によりホテルの船で開かれた。
「早急に体制を整えてハイムへの対策を講じなければ」
 というパティと、
「急ぐあまりに南部の独立をないがしろにされては困る」
 というオリバー、二人の話し合いはなかなか進展を見せなかった。

「ふう……少し休憩しましょうか」
 パティが大きく息をつき、席を立つ。
 会議室に一人になると、オリバーも大きく溜息をついた。とっくに空になってしまったカップを手に、所在無げに視線を彷徨わせる。
 と、
「うまくいっていないようですね」
 給仕室から現れた支店長が、オリバーの前に新しい紅茶のカップを置いた。



~後日談~ エピソード.3



「……うまくいっていないのは俺自身だよ」
「何か、気に病むことでも?」
 オリバーが呟き、支店長が穏やかに促す。
「ここは中立だったよな、支店長」
 支店長が頷く。
 オリバーは一つ大きく溜息をつくと、カエデと自分に血の繋がりがないことを話し始めた。同年代で温厚な人柄、何より敵対勢力の人間ではないという安心感から、オリバーは自分でも気づかないうちに、支店長の前では一人の青年に戻っていた。
「なあ、支店長。君の父親はどういう人なんだ?」
 オリバーが尋ねると、支店長は昔を懐かしむような目で答えた。
「私の父親は二人います。実の父親は我らがトゥリートップホテルの創業者でした。私は遅くに生まれた息子でして、父が亡くなったとき、まだ一人で生きていける年ではありませんでした。そこで父の後輩にあたる現オーナーが私を引き取ったのです。ですから、実の父のことはあまり覚えてはいません」
 ですが、と続け、支店長は穏やかに微笑んだ。
「とても立派な人だったと聞いています」
「……そうか」
 オリバーは呟いた。
「俺の父親は、南部の小さな町の町長をしていた」
「存じ上げております」
「ああ……父は一町長でしかなかったが、その功績は有名だった。俺がスポーツに限らず、政治の道にも首を突っ込んだのは父親の影響だ」
「提督のお父様のお人柄は、フェルマータの者なら誰でも知っていますよ」
「……そうだな。俺の自慢の……誇るべき父親だ」
 オリバーは頷いた。
「ある冬の朝、父は小さな赤ん坊を抱いて帰ってきた。なんでも家の前に捨てられていたそうだ。きっとその子を捨てた親も、あの町長なら安心して託すことができると、そう考えたんだろう」

「そして父は俺に言った。今日からお前がこの子の兄だと。その手で妹を守ってやってくれ……と」

「父は、知っていたんだろうか。カエデが、南部の人間じゃないということを……」
「……それは提督のお父上にしか、わからないことではありますが」
 支店長は言った。
「ですが、彼女の出生に気づいていたとしても、いなかったとしても。お父様はきっと、同じ事をなさったと思いますよ」
「……そうだな。俺もそう思うよ」
 オリバーは呟いた。
「カエデは俺の大事な妹だ。そして俺は、父のことを心から尊敬している」
「それはとてもいいことですね」
 支店長が微笑む。
「ああ。俺には大切に思える家族がいる。本当に誇らしいことだ」
 オリバーも微笑み、支店長の持ってきた紅茶に口をつけた。
「……うまい紅茶だな」

   /

「なるほどね。オリバーと妹に血の繋がりはないんだ」
 会議室の扉に背中を預け、パティは呟いた。
 隣にはバジルの姿もある。
「そうだ。それにオリバーは、妹がリードランスの王族だと思い込んでいる。ここをつけば会談の主導権はこちらのものだ」
「……そうね。でも」
 パティは思い切り伸びをして、さっぱりとした口調で言い切った。
「私はそういう手は嫌いだな」
「手段を選んでいる場合じゃないだろう?」
 バジルが眉をひそめる。
「俺達が通信を断っていた間に南北の関係はますます悪化している。オリバー率いる独立軍主力艦隊の無事を知り、南部の上層部がその帰還を待っている今が唯一のチャンスなんだ」
「もう手は打ってあるんでしょう? ……ねえ、レム?」
 パティの声と共に、近くの通路からレムが現れる。
「相変わらず、流石ねレム。でも悪いけどこのネタは使わないわ」
「パティ」
「私さあ、大学でオリバーの父親が書いた教本を使ってたのよ。正攻法で博愛主義……私の理想よ。彼の息子にそんな手は使いたくないわ。別に貴女のやり方を否定するわけじゃないけれど……あの子とだけは、真正面からぶつかっていきたいの」
「ええ、わかっています」
 レムが微笑む。
 パティもにっこりと微笑むと、
「それじゃあ、もう一ラウンドいきますか!」
 勢いよく扉を開け放ち、会議室に戻っていった。

「大丈夫かな、パティの奴」
「大丈夫ですよ、彼女なら」
 レムは言った。
「アインス・フォン・ガーフィールドが彼女を選んだ理由がよく分かります。何処までも陽の当たる道を真っ直ぐに進む彼女の姿は……傷つきやすく、脆くもあるけれど、だからこそ人を惹きつける。貴方や私のような者でさえも」
「……そうだな」
 微笑むバジルの横で、扉がパタンと音をたてて閉じる。
 レムは車椅子を動かすと、扉に背を向けて言った。
「行きましょうか。あとはあの人に任せましょう」

   /

「それじゃ、続けましょうか」
 パティは席に着くと、テーブルに用意してあった紅茶を飲んだ。
「うそぉ、何これ?」
 思わず口に手を当て、目を丸くする。
「ねえ、この紅茶、すっごく美味しいわね! そう思わない?」
「あ、ああ……」
 オリバーは呆気に取られていたが、やがて微笑み、自分ももう一口紅茶を飲んだ。
「そうだな。確かにうまい紅茶だ」

 この後、会談は順調に進み、パティとオリバーの協力により内戦の激化は回避される。
 フェルマータは二国に分割された後に再び統合を果たし、南北共同体への道を歩むことになる。
 そして南北の代表者による会談は、常にトゥリートップホテルで開かれることが慣習となるのだが……それはまた別の物語である。

   /

 時間は戻り、パティとオリバーの会談中。
 ホテルのキッチンでは、ネーナとグッドマンが大騒ぎをしていた。
「ちょっとグッドマン! どういうわけよ、紅茶もコーヒーも全然ないじゃない!」
「そんなこと言ったって、独立軍の連中がみんな飲んじまったんだよ! 姉ちゃんだって美人だ何だって騒がれて調子に乗ってたじゃないか!」
 体中包帯だらけのグッドマンが抗議する。皮膚以外の損傷は大したことはないので、起きてパーティーの準備を手伝っていたのだ。
「だからってみんな使うことないでしょう!? ああもう、パティさんたちに何を出せばいいのよ!」
「仕方ねえ、こうなったらワインでも……」
「……グッドマ~ン?」
 ネーナがユラリと振り返る。
「ち、ちょっと待った姉ちゃん!」
 グッドマンが慌てて後ずさる。
 と、
「まあまあネーナ、落ち着いて……」
 会議室から支店長が戻ってきた。自室に残っていたティーパックでどうにか二杯の紅茶を用意し、持って行ったのだ。
「しかし困ったね。どうも会議は長引きそうだ。流石に一杯ずつでは間が持たないだろう」
 その時。
 ネーナから逃げるように後ずさっていたグッドマンの足が、床に置かれていた荷物に当たった。紐が緩んでいたのか、大袋の中から幾つか物が転がり出る。
「おっ……と。何だ、これアイズの荷物じゃないか。って、あいつ保存のきく食料ネコハバしてやがる」
「ちょっと待ってグッドマン君。それ、もしかして紅茶じゃないかな?」
 支店長が転がり出た物の一つを指さす。
 グッドマンはその紅茶の缶を拾い上げると、ネーナと共にまじまじと見つめた。
「何でアイズが紅茶を持ってるんだ?」
「見たこともない銘柄ね。ちゃんと飲めるのかしら」
「うーん、とりあえず……」
 支店長はしばし考え、やがて決意して言った。
「これを使ってみるしかないんじゃないかな?」


 そして支店長は、グッドマンの手から紅茶の缶を受け取った。
 生意気そうな猫の絵が描かれた、紅茶の缶を。

   /

「物事ってのはうまくできてるよな」
 後にグッドマンは語っている。
「一杯の紅茶が歴史を変える事だってあるんだぜ?」

 これは後々までトゥリートップホテルに語り継がれることになるエピソードである。










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浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.2

2011年04月06日 | マリオネット・シンフォニー
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「ああもう、忙しい! 忙しいったらないわー!」
 トゥリートップホテルの船でパーティーが開かれている頃。ブリーカーボブスに設けられたドールズ専用の調整室では、ケール博士がバタバタと動き回っていた。
 調整室では現在、重傷を負って運び込まれたトトとネイへの緊急処置に加え、両腕両脚を切断されたノイエの機体接合、そしてモレロが回収したカプセルを開く作業も同時進行で行われている。
 その場には作業を主導するケール博士の他にも、パーティーへの参加を辞退したアイズとモレロが手伝いとして残っており、そして何故かグラフまでこき使われていた。
「とほほ……どうしてこうなるかなぁ」
「ほらグラフ、ぼーっとしてないで! ここが一段落したら医務室で白蘭の手伝いもあるんだからね!」
「へいへい、わかってますよ~」
 グラフはモレロと一緒にカプセルを運びながら、『他の二人』に目を向けた。
「いいなぁ、あいつら二人とも」



~後日談~ エピソード.2



「スケアの所には、行かないのかい?」
「……いいのよ。私達には、同じ道を歩くことはできない。それはスケアもわかっているはずだから」
「そうなのか……不思議な関係だね」
 フジノとノイエは、完全に二人の世界を作っていた。
「本当に……不思議ね。今の私には、スケアのことが手に取るようにわかる。彼の強さも、温かさも、何を考えているのかも。もしかしたら、カシミール以上にね。でも、私達は出会ってから今まで、一度もまともに話をしたこともないのよ。やってきたのは殺し合いばかり」
 フジノが自虐に唇を歪める。
「それでも私達は、同じ場所を目指していると思う。だから……」
「僕がいるよ、フジノ」
 ノイエは言った。
「僕が一緒にいる。こんな姿で言っても説得力がないと思うけど、君と同じ道を歩きたい。それとも、僕じゃ役立たずかな」
「……そんなこと、ないわ」
 接合処置の途中のため、まだ動かせないノイエの脚に、そっと手を添えて。
 揺れる視界をごまかす様に、フジノは、目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、ノイエ」

   /

 一方、トトが寝かされたベッドの側では、アートがトトの目覚めをじっと待ち続けていた。意識のないトトの手を取り、祈るように眼前に掲げる。
 と、アートは目を開き、奥のベッドに寝かされているネイに目を向けた。
「…………」
 ケール博士の緊急処置を受けて、ネイの身体は半拘束状態にある。バジルの希望により冬眠モードに入れられ、自然に意識が回復することはない。
 視線は動かさず、周囲の様子を探る。
 グラフはケール博士、アイズ、モレロと共にカプセルの開放に取り掛かっている。ノイエは身動きが取れないし、フジノはそのノイエにつきっきりだ。
 今なら、この手で。
「ダメです、アートさん」
 アートは驚いて視線を下ろした。いつの間に目を覚ましたのか、トトが悲しげな瞳で見つめている。
「あの人を傷つけないで下さい」
「……だが、あいつは」
 トトがゆっくりと首を横に振る。
「あの人はもう、これ以上ないくらいに傷ついています」
「…………わかったよ」
 アートの周囲に浮かんでいた旋風刃が音もなく消える。
 トトは安心したように微笑むと、再び眠りに落ちていった。

   /

 数時間後。
 グラフは疲れきった身体を投げ出して、ブリーカーボブスの外壁に寝転んでいた。
「うーん、風が気持ちいいねぇ」
 思い切り伸びをして、勢い良く起き上がる。吹き抜ける風が頬を撫で、髪を揺らす。グラフは大きく息を吸い込むと、長々と吐ききった。
「さて。これからどうするかな」
『医務室に戻ったら? サボってるのがバレたら怖いわよ』
「とは言ってもねぇ。アイズは相手してくれないし、調整室じゃアートもノイエもラブラブ状態だ。もう居辛いったらありゃしない」
「失礼、そこの方」
 ウサちゃん17号と一人芝居をしていたグラフは、不意にかけられた声に驚いて顔を向けた。いつの間に近づかれたのか、外壁と内部を繋ぐ通路の入り口に一人の少女がたたずんでいる。花飾りのついた帽子にワンピース姿の、自分より少しばかり年上の少女だ。
(ちょいとぼーっとしてたかな?)
 グラフは気恥ずかしさに少し顔をしかめたが、すぐにいつもの調子に戻って返事をした。
「はいはい、何の御用かな?」
「今、お嬢様のお名前を口にしていらっしゃいましたよね」
「ん? アイズのことかい?」
 少女が「ええ」と頷く。
「今どちらにいらっしゃるのか、ご存知ですか?」
「アイズなら医務室にいると思うが……あんたは?」
 グラフが尋ねると、少女は帽子を取って挨拶をした。
「申し遅れました。私アイズお嬢様の家庭教師を務めておりました、ラトレイア・アメティスタと申します」
「家庭教師? ……ああ、あんたがアイズの言ってた“先生”か!」
 グラフは立ち上がると、跳躍してラトレイアの前に降り立った。胸に片手を当て、爽やか好青年モードに突入する。
「先に名乗らせてしまった非礼をお許し下さい。私はグラフマン・クエストと申します。お嬢さんとは、正式に結婚を考えて……」



「グラフ! 誰もそこまで言ってない!」



 途端、アイズの声と共に飛んできた鞄が、好青年モード真っ最中のグラフに激突した。
「ぶっ! ……何だよアイズ! さっきの“続き”はどーなったんだよっ!」
「わぁぁぁっ! 先生の前でなーんてこと口走ってるのよあんたはぁっ!」
 稲妻の如く走ってきたアイズがグラフに飛びつき、必死にその口を塞ぐ。
 ラトレイアは目の前の騒ぎに唖然としていたが、やがて口元に手を当ててクスクスと笑い始めた。
「相変わらずですね、お嬢様」
「せ、先生……」
 アイズがギクリと動きを止め、おそるおそる顔を向ける。
「ダメですよ、ボーイフレンドにそんなことしちゃ」
「ち、違うのよ先生! グラフは別にそんなんじゃなくてっ!」
「そうですよ先生、僕たちは生涯共に生きることを誓い合った仲で」
「ア・ン・タ・は・しゃ・べ・る・な~!」


 アイズが顔を真っ赤にしてグラフの口を引っ張る。ラトレイアはもう一度ひとしきり笑うと、足元に落ちているウサちゃん17号を拾い上げた。アイズの鞄が激突した時に、グラフの手から落ちたのだ。
「ねえウサちゃん。この男の子のこと、どう思う?」
『そうねぇ、結構イイ男なんじゃない? でもちょっと軽そうよね』
 グラフの一人芝居そっくりの声音でウサちゃん人形を操る。アイズとグラフはぽかんとしていたが、やがてどちらからともなく声を上げて笑い始めた。
「まいったなぁ。ずっと見てたのかい?」
「ごめんなさい、とても楽しそうにしてらっしゃったから、つい声をかけそびれてしまって」
 ラトレイアがウサちゃん人形を外し、グラフに手渡す。

 瞬間。
 全身に刃を突きつけられたような感覚に、グラフの全身が硬直した。
「…………!」
 グラフの頬を一筋の汗が伝う。

「……合格ですね。これからもお嬢様をよろしくお願いします」
 ラトレイアはにっこりと笑うと、手を引いた。
「もう、先生ったら……ところでどうやってここまで来たの?」
「それは私の台詞ですよ、お嬢様。お嬢様がいなくなって、私がどれほど心配したことか」
「う……ご、ごめんなさい」
 アイズが素直に謝る。
 ラトレイアはアイズの頭を撫でると、優しく言った。
「この旅の中で、何か得るものはありましたか? お嬢様」
「……うん。沢山あったよ」
「そうですか。それは良かったですね」

 アイズとラトレイアが楽しそうに話しながら艦内に戻っていく。
 二人の背中を見送りながら、グラフはようやく息を吐いた。
『どうしたの? グラフ。汗なんかかいて』
 ラトレイアから受け取ったウサちゃん人形が、再びグラフの手で喋り始める。
 グラフは顔の汗を拭うと、誰にともなく呟いた。
「……どうやら世の中には、俺の想像を遥かに超える化け物がいるらしいな……」

   /

「まったく、お前は昔から素直じゃない」
「お前みたいに甘くないんだよ、コトブキ」
 エイフェックスとコトブキはスノウ・イリュージョンの中にいた。勿論運転しているのはサミュエルだ。
「いいのかいサミュエル。妹と別れるのは寂しいんじゃないか?」
「私とオードリーは仕事上のパートナーのようなもの。リードとカシミールのようなベタベタした関係ではありませんよ。それに……」
 サミュエルは冷静な顔で答えた。
「今尚同じ目標に向かって進んでいることを確認できました。それで充分です」
「ねえエイフェックス、アイズの秘密って何なの?」
 共に乗り込んでいたジューヌが尋ねる。
「それはアイズが自分で見つけなければならないことだ。不用意に口に出すべきことじゃない」
 エイフェックスが寂しげに答える。
「それにしても、プライスの奴も惨いことをする」
 とコトブキ。
「いや、これも奴なりの罪滅ぼしか……」
「だが俺はまだ、奴が“彼女”にしたことを許してはいない」
 エイフェックスが拳を握り締める。
「……お父様が一体、何をしたっていうの」
 ジューヌは声を落とした。
「お父様が犯した“罪”については私も知ってるわ。だけど、それとアイズとの間に、どんな関係が……」
「昔の話さ。それでも奴の“子供”は別だよ、奴にしては上出来だ。特に君は素晴らしい」
「……っ。ごまかさないでよ」
 いきなり褒められ、俯いた顔を微かに赤く染めるジューヌ。
 コトブキは苦笑混じりに言った。
「ジューヌ君、メルクに戻らなくてもいいのかね? アイズ君やルルドちゃんが心配してるよ、こんな男と一緒にいるとろくなことがないぞ」
「お前こそいいのかよ、ホテルの仕事はどうしたんだ?」
 コトブキは伸びをして答えた。
「俺があそこですることはもう何もないよ。オーナーに言われて支店長についていたが、もう教えることも残ってないし、支える必要もない。そろそろ引退だね。それにお前といるほうが楽しそうだ。そうだな、今夜は久々に夜空のドライブと洒落込むか!」
「俺の船だぞコトブキ、昔からお前はすぐそれだ! まったくいい加減年なんだから遠慮しろよ、身体がもたないぞ」
「なぁに、まだまだお前には負けないよ」

「……やれやれ」
 若者のようにはしゃぐ男達に苦笑しながら、サミュエルは艦首を西に向けた。
 スノウ・イリュージョンは音もなく旋回し、再びケラ・パストルに向かって飛び始めた。

 








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浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.1

2011年03月23日 | マリオネット・シンフォニー
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 ケラ・パストル中央部、森林地帯。
 完全に鎮火した森の中で、オードリーとサミュエルは全身ずぶ濡れで背中合わせに座り込み、空にかかった虹を見つめていた。
「サミュエル──生きてたのね」
「互いにな、オードリー」
 オードリーの呟きに、サミュエルが応える。
「11年前の戦争以来、よね」
「……ああ」
 サミュエルは目を閉じ、全身から力を抜いた。そのまま大地に倒れ込み、支えを失ったオードリーも倒れる。
「色々あったな、この11年間。戦争が起きて、リードランスが滅んで」
「そして、私達も別れた。ハイムへの復讐を誓って」
「お前はパティと共にハイムに対抗できる組織を設立し、俺はカイルと共にハイムに潜入した。内外からハイムを崩壊へと導くために」
 サミュエルは空に向かって拳を掲げた。
「俺達は力を得た。時代は確実に動き始めている」
「いよいよね……私は絶対に忘れないわ。11年前にハイムがしたこと、あの惨状を再び繰り返させはしない。させるものですか」
「感情に流されるなよ、オードリー。お前の悪い癖だ。まあ……俺も同意見だが」
 サミュエルは笑った。
「俺達のしていることは決して間違ってはいない。いつか必ず、すべてが良くなるさ」
「貴方らしくないわね。そんな楽観的な台詞を吐くなんて」
 オードリーのからかうような口調に、サミュエルが苦笑する。
「俺だって夢を見る。だがそれを実現するのは完璧なプロ意識だ。希望を捨てず、自分の目の前にある仕事を一つ一つ全力で片付けていく。ただそれだけのことさ」
 そして、サミュエルは立ち上がった。
 オードリーが慌てて身体を起こす。
「もう行くの?」
「まだ仕事は残っている。いや、ここからが本番だ」
 サミュエルは改めてオードリーを見つめた。
 身体は変化しなくとも目を見ればわかる。
 強く、美しく成長した妹の姿に心の内で頷くと、サミュエルは踵を返した。
「また会おう、オードリー。悪い男にはひっかかるなよ。お前は昔から男の趣味が悪い」



~後日談~ エピソード.1



 その頃、バジルはクシャミをしていた。
「風邪かな?」
「先にシャワーでも浴びて来られてはいかがですか?」
「ああ、そうですね。そうさせてもらいます」
 支店長が持ってきたタオルを受け取り、バジルはソファーから立ち上がった。
 二人はトゥリートップホテルの船、エントランスホールにいた。巨大過ぎて小回りの利かないブリーカーボブスに代わって行方不明者の捜索に出ていたホテルの船を見つけ、ネイとトトを運び込んだのだ。
 アートはトトについて医務室に行っており、この場にはいない。
「お二方のことはお任せ下さい。当方でも優秀な技師と医師を常駐させておりますし、間もなくブリーカーボブスに到着します。そうすればケール博士がいらっしゃいますから」
「ええ、よろしくお願いします。俺も上官への報告がありますから、今はこの格好を何とかしないといけませんしね」
 バジルの冗談混じりの台詞に、支店長が軽く笑う。
 ひとしきり笑った後、支店長は穏やかに言った。
「お疲れ様でした、バジルさん」
「……ありがとうございます、支店長」
 バジルは深々と頭を下げた。

 バジルをシャワールームに案内した後。
 支店長は自らの頬を叩いて気を引き締めると、さて、と踵を返した。
「次は私達が頑張る番ですね」
 船の進行方向には、空中で対峙するブリーカーボブスと南部独立解放軍艦隊の姿がある。船は双方の中間点に向けて、真っ直ぐに進んでいった。

   /

 メルクと独立軍の間では、どちらの艦に話し合いの場を設けるかで準備が難航していた。
「提督。中型の船が東方より接近中です。戦闘型ではありません」
 部下からの報告を受けて、オリバーはブリッジ正面のモニターに目を向けた。
「メルクの使節か。何度も言うようだが、貴艦での話し合いには応じられないと」
「いえ、識別子によると……トゥリートップホテルの移動型宿泊施設のようです」
「……何でこんな所にホテルの船が?」
 ブリッジがにわかにざわめく。
 と、ホテルの船から通信が入ったことを示す文字がモニターに表示された。オリバーの指示で回線が繋がり、開いたウインドウに支店長の顔が映し出される。
 支店長は最上級の微笑みを浮かべると、穏やかな声で言った。

『メルクの皆さん、独立軍の皆さん。お疲れ様でした。お茶とケーキをご用意させて頂いております。よろしければどうぞ』

 その放送は、ブリーカーボブスのブリッジにも同時に流された。
「やってくれるわね、支店長」
 パティが苦笑し、ケイと顔を見合わせる。
 二人はどちらからともなく頷くと、一旦海岸に着陸し、ホテルの船に向かう小型艇を用意するよう指示を出した。

 オリバーはどうしたものかと難しい顔をしていたが、やがてブリーカーボブスが警戒態勢を解いて着陸していくのを確認すると、肩の力を抜き、呟いた。
「トゥリートップホテルか。俺の地元にもある。いいホテルだ。特に苺のケーキが絶品なんだが」
『勿論、ご用意させて頂いております』
 支店長がにこやかに応対する。
 オリバーは溜息混じりに笑うと、晴々とした顔で支店長に言った。
「利用させてもらうよ」

   /

 やがて、ホテルの船でささやかなパーティーが開かれた。
 話し合いは後回しにし、とりあえずは互いの無事を祝おうという支店長の提案は双方に受け入れられ、多くの者が一同に会することとなる。
 そんな中の一人。
 シャワーを浴びて制服に着替えたバジルは、パーティー会場に入ると他の誰にも目をくれずにパティの元に進み、歩みを止めた。
「長官。ご無事で何よりです」
「どうしたの? 妙にしおらしいわね」
 紅茶の入ったカップをテーブルに置くパティ。
 バジルは直立姿勢で言った。
「長官。先日からの貴女の心を傷つける数々の言動、誠に申し訳ありませんでした。それと、貴女の安全を確保すべき立場にありながら……」
「特殊部隊長バジル・クラウン」
 パティはバジルの台詞を遮った。
「わかってるわよ。貴女が私の心を試すためにあんなことをしたってことはね。おかげで散々な目に遭ったけど、その分鍛えられたわ。礼を言うべきかしらね……ほんと、私はいい部下に恵まれてるわ」
「長官……」
「貴方にそんな顔は似合わないわよ、バジル」
 パティは笑って言った。
「覚えてる? 私達が初めて会った時のことを」

   /

「あ、ルルド!」
 オリバーに連れられて来ていたカエデは、近くを通りかかったルルドを見つけて声をかけた。周囲をキョロキョロと見回していたルルドがカエデに気づき、
「あ、カエデ……」
 と力なく呟く。
 カエデは手に持っていたケーキの皿を置くと、小走りにルルドに駆け寄った。
「どうしたのルルド」
「うん……ママを探してるんだけど」
「ママって、あの人のこと?」
 少し離れたところでスケアと話しているカシミールを見つけ、指差す。スケア・カシミール・ルルドの3人がブリーカーボブスでの戦いに加わった際の映像を、カエデも見ていたのだ。
「ううん。違うの。あの人もママなんだけど、今探してるのはもう一人のママのほうで……」
「……それって、あの……紅い髪のお姉さんのこと?」
 カエデが尋ねると、ルルドは小さく呟いた。
 あたしは、何処に帰ればいいんだろう、と。
「あたしね、4人親がいるの。パパとママが二人ずつ。あたしは4人の擦れ違いの中で生まれたの。どう言ったらいいのかわからないけど……自然な生まれ方じゃないらしいの」
「そう……なんだ」
「うん。それでね、あたしが今一緒にいるママと、もう一人のママは仲が悪いんだ。でもあたしは、二人とも大好きで……ちゃんと会って話がしたいのに、もう一人のママとはほとんど会うこともできなくて。ねえカエデ、あたし、どっちを選べばいいんだろ」
 ルルドの頬を涙が伝う。
 カエデはルルドを抱き締めた。
「両方選べばいいよ、ルルド。どっちも本当のママなら、二人とも選んじゃえばいい。ねえルルド、親が沢山いるっていうのは悪いことじゃないよ。みんなルルドのことを愛してくれてるなら、それはとってもいいことだよ。あたしには……もう、一人のパパもママもいないから」
 ルルドが驚いて顔を上げた。
「ご、ごめん。カエデ、あたし……!」
「って言っても、顔も覚えてないけどね。大丈夫、あたしにはお兄ちゃんがいるから。軍のみんなもね」
 カエデは笑い、そして優しく言った。
「だからルルドも大丈夫。みんなルルドのために頑張ってくれるよ。だってお兄ちゃんもあたしのために頑張ってくれてるもん」
「……ありがと、カエデ。あたし、頑張ってママを探してお話してくる!」
 ルルドは駆け出し、立ち止まって振り向いた。
「ねえカエデ! あたしカエデのこと、親友だって思っていいかな!」
「カエデ“お姉さん”と呼びなさい! あたしの方が二つも年上なんだから!」
 ルルドは明るく笑うと、そのまま会場を出て行った。

「……行ってしまったね」
 飲む振りをしていたカップを下ろし、スケアは呟いた。
 ルルドの後姿を見送っていたカシミールが、ええ、と呟く。
「あの子は……どうなるのかしら」
「それはルルドが自分で決めることだよ。でも、例えルルドがどんな道を選んだとしても、私達はいつまでもあの子のことを愛している」
「……そうね」
 カシミールは微かに涙ぐんだ。

   /

「カエデ? 何処に行ったんだ?」
 苺のケーキを持ってテーブルに帰ってきたオリバーは、そこで待っているはずのカエデの姿がないことに気づき、辺りを見回した。
 その時。
 オリバーの後方で車椅子の車輪が軋んだ。 
「お前は……」
「お初にお目にかかります。南部独立解放軍提督、エルウッド・オリバーさん」
「メルクの魔女。No.6【レム】か」
 オリバーは警戒しつつ言葉を続けた。
「言っておくが、まだ我々はお前達に協力するとは言っていない。話し合いに応じたのは、あくまで南部独立に向けたより良い方法を模索するためだ」
「それではダメです」
 レムが首を横に振る。
「南部と北部が。フェルマータが一つにならなければ、ハイムに勝つことはできません」
「だが我が民族は……」
「民族の違いとは、そんなに重要なものですか?」
「当然だ」
「……そうですか」
 レムが別の場所に顔を向ける。
 オリバーがつられてそちらを見ると、カエデが一人の少女と話をしていた。
 どこかで見たような女の子だな、と思う間もなく。
「あの子。貴方とは血の繋がりはありませんね」
 レムが小さく呟いた。
「……知っている者は知っていることだ。脅しにもならんぞ」
「脅すつもりはありませんが……」



「彼女……リードランスの王族ですね?」



「……何を馬鹿なことを」
 一度目は平静を装ったオリバーの声が、隠し切れない動揺に揺れる。
「彼女の年齢と名前。彼女自身がおそらくは出自に気づいていないこと。何より、貴方のお父上の世に知れた人格と、当時の世相を鑑みれば容易に想像がつくことです」
「推論だけで一方的に決めつけるとは。メルクの魔女の名が泣くぞ」
「私をその名で呼ぶ貴方なら。私の『力』については、ご存知でしょう?」
「…………」
 押し黙るオリバー。
 レムは淡々と続けた。
「貴方もご存知の通り、ハイムの民は大陸南部から派生した先住民族。そしてリードランスの民は、数百年前に大陸北部を席巻した遊牧民族の一部が、海を渡ってハイムの民を駆逐したものです。その直系たる王族は、あなた方からすれば……まさしく侵略者の象徴とも言うべき存在でしょう」

 緊張に握り締められていたオリバーの拳が解け、力なく垂れ下がる。
 オリバーはカエデを見つめた。
 何があったのか、涙を流して震える少女を抱き締め、声をかけてやっている。
 その瞳はどこまでも優しく、その姿はどこまでも尊く。

「優しい妹さんですね」
「……ああ」
 オリバーの拳が、やがてきつく握り締められる。
 レムと真正面から向き合い、オリバーは言った。
「カエデは……俺の自慢の妹だ」
「だったら、守ってあげて下さい」
 レムは微笑んだ。
「どんな民族も、始まりは愛し合う二人です。家族の愛なくしても、民族の繁栄はありえません。愛してあげて下さい、貴方の妹さんを……心から」
 レムが車椅子の方向を変える。オリバーはしばらく黙っていたが、レムがそのまま行こうとしたので慌てて呼びかけた。
「一つ尋ねるが。三年前にブルマンズコーポレーションから役員の不正に関する情報を盗み出したという噂は本当か? あの時はかなりのパニックになったが……」
「あれはカモフラージュです」
 レムは背を向けたまま答えた。
「世間の目がそちらに向いている隙に、政府の中枢に。前大統領は意外と聞き分けが良かったのでスムーズに物事が運びました」
「……あの直後だったな、大統領が辞任したのは」
「そういうことです」
 レムが車椅子を進め、途中から何処からともなく出てきた背の高い男が手伝い、会場を出て通路の奥へと消えてゆく。
 オリバーは軽く笑って呟いた。
「あれがメルクの魔女か……まったく、パティ・ローズマリータイムといい、裏と表に魔女がいたんじゃ勝ち目はないな」
「お兄ちゃん」
 オリバーがふと気づくと、カエデがすぐ近くまで来ていた。
「聞いてよ。ルルドがね、すっごく生意気なのよー」
「ルルド? 誰だ?」
「あの子だよ。ほら、あたしの首輪を外して助けてくれた。なんか、本当はリードランスのお姫様なんだって」
「……そうか。あの『ルルド』か」
 ハイムからの情報に思い当たるオリバー。
 写真で一度見ただけのその姿が、先程カエデの腕の中で涙を流していた少女とようやく結びつく。
「あ……お兄ちゃん、やっぱり南部以外の友達はダメ? でも、ルルドはとってもいい子なんだよ」
「……いや」
 寂しそうなカエデの頭を撫で、オリバーは微笑んだ。
「お前が友達だと思うのならそれでいい。友達に民族は関係ない」
「うん!」
 カエデの表情が明るくなり、オリバーに抱きついてくる。オリバーもカエデを抱き締めた。
「なあカエデ。お兄ちゃんはずっとお兄ちゃんだからな」
「何言ってるの? お兄ちゃん。当たり前じゃない」
「そうだな」
 オリバーはもう一度、強く妹を抱き締めた。

   /

「あの二人、血が繋がってないのか」
 レムの車椅子を押しながら、バジルは言った。
「それにしても、リードランスの王族だってことまでよくわかったな、レム」
「いいえ。私は何も知りません」
「……え?」
 バジルが驚いて立ち止まる。
「血が繋がっていないのは本当です。ですが、何処の生まれかまでは確たる情報がありません。資料に捨て子だとあったので利用しただけです。大戦末期に拾われていることから察するに、当時リードランスから亡命した幾つかの家が候補として考えられますが……所詮は推論です。彼にとっては苦し紛れの言葉だったのでしょうが」
「……そうか」
 バジルは再び車椅子を押し始めた。
「私のこと……怖い女だとお思いですか?」
「友達なんだろ? 俺達はさ」
 レムは悲しげに微笑み、ありがとうございます、と呟いた。
「さっきパティと話をしたよ。彼女と初めて出会ったときの話だ」
 バジルは遠い過去に目を向けた。
「驚いたよ、あの時は。何処から情報を仕入れてきたんだか、スケアと共に彷徨っていた俺の元にやってきて、いきなり自分の作る組織に入れって言うんだからな。普通敵国の元兵士にそういうこと言うかい? それに構想自体無茶だと思ったよ、正直ね……でもパティは話し続けるんだ。絶対にうまくいく、でもそのためには貴方達の力が必要だってね。俺もスケアも、ハイムから逃げたはいいが何をしていいのかわからなかった。一体何をすれば」
「罪の償いになるか……ですね」
 レムが呟く。
 バジルは少し驚いていたが、やがて自嘲気味に呟いた。
「ああ、その通りだ。スケアはパティの話に活路を見出したようだった。俺も共に歩むことを決意した。それからケイが加わって、君も参加して、メルクはまとまっていった。楽しかったよ。スケアも少しずつだがいい顔を見せるようになっていった……でも」
 バジルは一息ついて言った。
「でも俺の罪は消えないままだ……どんなことをしても」



「私も罪を犯しました」



「なん……だって?」
 バジルが尋ねると、レムは静かに言った。
「私も罪を犯しました。貴方と同じく、とても償いきれないような罪です……でも」


「それでもいつか、私たちの罪は許されると思います。いつの日か、きっと……」

 








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更新を延期します

2011年03月16日 | マリオネット・シンフォニー
 息子の容態が思わしくないため、今週のマリオネット・シンフォニーは休載致します。

 11日の金曜日、東日本大震災の始まりと時を同じくして39度を越える高熱を出し、翌日インフルエンザと診断されました。
 今は治まりましたが、一時は幻覚ともとれる症状に襲われていました。

 乗っていたエレベーターが落ちる夢を見たり。
 どこかに何かをあと50個入れないといけないの、と、自分でもどうしていいかわからない強迫観念に襲われたり。
 空から北海道が落ちてきて京都を押し潰してしまう、と泣き出したり。

 どうにか宥めて寝かしつけても、悪夢で目が覚めてしまう。
 気分転換にテレビをつけようとも、流れているのは震災の悲惨な映像ばかり。

 被災者でなくてもニュース映像を見ているだけでPTSDを発症するケースがあると知り、慌ててテレビをつけないようにしたのが日曜日のこと。
 妻と共にひたすら息子の心のケアに努め、どうにか安定を取り戻させることができましたが、まだ熱が下がりません。

 しばらくは息子につきっきりになると思いますが。
 来週には更新できるよう、頑張ります。