親和会サロン 平成28年3月19日
カンボジア再訪
アンコールワットにて
尾山美知子
朝焼けの空に三つの塔のシルエットがすくっと立っている。暗い参道がまっすぐにのびているところをすすむ。池がある手前で参道を下へおりると観光客がカメラを手に群がっている。いろんな国の人達なのだろう。中国語が聞こえてくる。
やがて赤い太陽が黒いシルエットのうしろからのぼりはじめる。あこがれていた光景を前にしてうれしくなり友人達と笑顔になりうなづきあってしまう。
以前読んだ本によれば、四百年ほど前ある日本人がここをインドにある仏陀の祇園精舎と思いこんで参拝したという。きっとこの景色にみとれたのではなかろうかと思う。前日にアンコールワットの第一回廊、第二回廊、第三回廊をまわった折、その日本人がのこした文字をみたのだった。
森本右近太夫という人である。当時おおくの日本人がベトナムへ商用がありわたっていた。その折アンコールワットを訪ねたのだろう。正確で詳細な地図が残されているのだ。仏陀の聖地として深い感慨があったのではなかろうか。
回廊の壁面は浮き彫りの絵図がびっしりとうまっている。
「天国と地獄」の回廊では、戦象に乗った勇ましい王はスールャヴァルアン二世である。このアンコールワットの創建者であるという。
「乳海撹拌」の壁面では、神々と阿修羅達が大蛇を綱のようにして綱引きをする図。海は乳色になり、不老不死の薬、アムリタ(甘露)が得られたのだ。大蛇はナーガという。同じ像が遺跡のあちこちにたてられている。壁面のレリーフには、海中の魚が描かれた。上部にはアプサラ(天女達)が舞を踊っている。クメール民族の水にたいする信仰があるのだ。稲作による富は水によって得られたのだから。
「ラーマヤナ」の壁面のレリーフ
ラーマ王子とシータ姫の純愛ものがたりは、インドの古典であり東南アジアに広く伝わった。シータ姫が羅刹王ラーヴァナにさらわれたのを、ラーマ王子が猿の王様の助けで救いだす。東南アジアの影絵芝居に使われた。
ラーマ王の顔はスールャヴァルアンの顔になっているという。
「マハーバーラタ」の壁面のレリーフ
マハーバーラタはインドの古代の戦闘の叙事詩である。インドから宗教とともに入ってきたのだ。戦闘場面の人物像は躍動的でクメール人の彫工の技巧が素晴らしい。
カンボジアの国土は日本の半分ほどであるが山がなく大平原で穀倉地帯で豊かであった。古代の書物によると昔は中国から扶南(ふなん)と呼ばれていた。クメール民族によるアンコール王朝は七世紀から十三世紀の六百年である。
歴代の王達の信仰による寺院が建てられていった。
古くからインドのヒンドゥ教の信仰によるものだった。王がかわると仏教への信仰になった。仏像がつくられた。また王が変るとヒンドゥ教になり仏像が遺棄されたりした。
アンコール王朝による寺院の遺跡は六十数ヵ所に及ぶ。そのなかでもアンコールワットはカンボジアの誇りとなっている。
現在のカンボジアの人々の宗教は仏教である。上座部仏教(テーラーヴァーダ)である。人々の信仰は輪廻思想によるもので、よき来世を願うものである。そのための功徳は寺院、僧侶への寄進である。田舎の人々は寺院を大切にする。
アンコール遺跡の魅力は今も世界の人々をひきつける。世界の国々から訪れる人は絶えない。シェムリアップを去る日、翌日は水まつりがあるというので自動車が渋滞していた。豊かな水はカンボジアに富をもたらすものなのだ。昔も今も水への信仰は深いのだ。