Dogma and prejudice

媚中派も媚米派も同じ穴のムジナ
従属主義的思考から脱却すべし
(言っとくけど、「媚米」と「親米」は違うんだよ)

北朝鮮との「人間関係」?

2007-01-17 | 拉致・北朝鮮問題
「雪斎の随想録」より、「山崎拓氏訪朝の意味」

 山崎氏の訪朝に関して確実にいえることは、北朝鮮政府中枢と与党・自民党の間に「非公式のパイプ」が維持されることには意義があるということである。

政治は、「「人間関係」の産物である。
現在、日本国内では対朝強硬論で横溢しているけれども、その裏で、どれだけの対朝「人間関係」が築かれているのかは定かではない。人間の心理からすれば、誰でも、自分に対して厳しく接する人物には近寄り難い。北朝鮮政府の立場からしても、今の安倍総理以下の日本政府とは、付き合い難いという心理は働いているであろう。故に、現在の状態が続いている限りは、日朝間の「人間関係」が細ってくるのは間違いない。だが、そういう状態では、今後の北朝鮮に対する働きかけなど、上手くいくはずはないのである。故に、北朝鮮との「人間関係」の維持を引き受ける人々は、どのように考えても必要である。もっとも、そうした人々は、日本国内では「国賊」、「売国奴」呼ばわりされるのであるけれども・…。

 「拉致」という国際犯罪を数百件も行いながら、未だ被害者を帰そうとはしない犯罪者集団に対して、何故、「人間関係」など持つ必要があるのでしょう。

 雪斎氏こと櫻田淳氏の上記の発言は、警察官に対して、「犯罪者集団と親しくなれ」と言ってるのと同じぐらい非常識な発言です。

 そのような事を奨励すれば、警察官と犯罪者集団との間に癒着が生じて、俗に言う「ミイラ取りがミイラになる」だけです。

 過去、北朝鮮と個人的な「人間関係」を築こうとした日本の政治家の悉くが、結果的に、北朝鮮の意のままに操られる工作員と成り果てたという歴史を振り返れば分かるように、「北朝鮮との人間関係の維持を引き受けよう」というような考えが、そもそも危険な、甘い考えなのではないでしょうか。

 「もっとも、そうした人々は、日本国内では「国賊」、「売国奴」呼ばわりされるのであるけれども・…。」とありますが、それは、現実に、北朝鮮との「人間関係」の維持を引き受けようとした人々が、日本人としての立場を忘れて、相手の意向に沿うだけの存在と化してきたからでしょう。

 山崎氏の言動に関しても、「どうしても、拉致被害者を救出するのだ」という日本の政治家として持たなければいけない気概というものが少しも無く、逆に北朝鮮に対する過度のシンパシーしか感じられないがゆえに、非難されるのです。「お前は、一体どっち側の人間なんだ」というのが国民の素直な思いです。

 今は経済制裁を継続させて、北朝鮮にダメージを与えるべきときなのに、何故このように、北朝鮮に迎合するような発言をするのでしょうか。



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