いつかあの青空の心に

少年のころ見上げた、あの青い空。澄み切ったあの空のような心になりたいと願った。その心に近づいているのだろうか・・・

おちゃめな親とN

2004年08月21日 | その他
友達のNはメールアドレスを持っていない。
自分が引越しをした後、Nに連絡するのを忘れていたため、
Nは私の電話番号がわからず、実家の親に連絡したらしい。

しかし、以前に「○○高校の同窓会ですけど、息子さんの電話番号を
教えてください」みたいな偽電話にひっかかって教えてしまった
母親はまたそれかと警戒し、「本当にN君なの?」
みたいなことを聞いたらしい。

すまん、Nよ。

しかも、ケイタイの電話番号を教えてくれと言っているのに
散々確認して教えた電話は私の家の固定電話。

重ねてすまん、Nよ。

そんな彼の電話はまだJ-PHON。
しかも、3年前の。

「いやー、そのうち東京行ったら換えようと思ってたら
 3年たっちゃてたよ・・・」

なんだかなぁ、ケイタイを変えない!という確固とした
ポリシーがあるわけではなく、気付いたら
3年たっていたというNよ、
そんないい加減なところが大好きです。

でも、メアドは作ってね、不便だから。

無意識にTVのスイッチを入れている

2004年08月20日 | 考える
家に帰ると、まずTVのスイッチを入れている。

なぜだろう
一人で寂しいから?
情報を得たいから?
習慣で?

きっとどれも正解だろうけど、
最近は習慣になっているのだろうな。

いつからだろう、TVが付いているのが
いつもの空間になったのは。

見たい番組があるときだけ見る。
そんな当たり前のことができなくなっている。

今週はTVのスイッチを入れないようにしよう。

何かが見えるようになるかもしれない。

2004年08月19日 | 考える
司馬遼太郎の「竜馬が行く」を読んでいる。
もう4回目だが、読むたびに新たな発見がある。

まだ10代のころ、
「自分はきっと幕末の志士のように
 何か大きな使命があって生まれてきたに違いない」
というような思いを持っていた。
しかしその後の生活に
失敗が積み重なっていくうちに
いつまでたっても道が開けないということは
本当は使命などなかったのではないかと思い始めた。

時代にあって
端役であり、主役ではなかったのだと。

今にして思えば尊大な考え方だと思う。
もう、今はそんなことは考えないし、
しかるべき人物ならしかるべき道が用意されているが、
しかし自分はそういう人物ではなかったのだと
考えている。

でも、ひとつ残ったことは
「命の捨て場を考える」
ということだ。

いつか人は必ず死ぬ。
どれくらい生きるかではなく、何をなして死ぬのか。
できれば自分の生きた軌跡に何か人のためになることが
含まれていたい。

自分が生まれてきた意味だけは
感じて死にたいと、思っている。

ひきつける力

2004年08月18日 | 考える
漫画「バカボンド」に試合をしていく中で、
相手と剣で語り合うというようなくだりが出てくる。

同じことを昔思ったことがある。
大学生のころ、対戦格闘ゲームが流行った。
一人でもプレイできるが、プレイ中に誰でも
乱入できるというシステムで、
見も知らない人といきなり対戦ができるということだった。

実際に対戦すると自分が見た事もない戦法できたり、
いままで考え付かなかったことを技を考えついたりする。

そこには向上がある。
また、ふれあいもある。

何度か対戦していると、
「ああ、あの人だな」とか、「あ、あいつだ!」
とか、わかるようになる。

媒介を通していても、その人のキャラクターが出てくるのだ。
それはどんな媒介も一緒のような気がする。

媒介の奥には人がいて、その人には性格があり、
癖があり、傾向がある。

それが見えてくる。

結局何をしていても媒介に自分のキャラクターは染込んでしまう。
人というのはいつの世もかわらず、
人とのふれあいに喜びを感じるようになっているのかもしれない。

その先に・・・

2004年08月17日 | 考える
なんでも運動はそうなのだろうが、
「繰り返す」ということが練習であり、
これを繰り返すことによって上達する。

高校の美術の時間に先生が言っていたことを思い出した。
「同じ輪郭線を何重にも書いてよい。
 その中に本物の線があるのだから」

スポーツでも理想のタイミング、力加減、
すべての歯車が噛合うそんな瞬間を体験することがある。
それを何度か体験し繰り返す。

そうしているとそれを体が覚え、
無意識でできるようになる。
それが「身に付く」ということなのだろう。

繰り返すことにより、技が向上するということが
真実であるならば、こころの世界にも
当てはまるのだろうか。

この特に悩みも何もない単調な毎日にも何か
意味があるのだろうか・・・

オリンピックで感動?

2004年08月16日 | 考える
朝のニュースで
北島選手を応援する地元(?)の人たちの
映像が流れていたが、
一位になった瞬間に本気で涙を流して喜んでいる
人たちがいた。

なんだかなぁ。

自分自身のことのように喜べるのは
よいことなのかなぁ。

自分が育てたわけじゃないのだろうに。
「がんばってくれた!」
「絶対金を取ってくれると信じてました!」
等々いろいろなコメントが紹介されていたが
自分は絶対にそんなこと言わないだろうな・・・
と思う。

金取れてよかったねとは思うが、
「感動」するなら、自分の人生の中でしたい。

他人のがんばりを見て感動するのはよいが、
それに感化されて自分ががんばらなければ
「感動」も報われないなぁ。

喜んでいた人々の幾人が、
「自分もがんばろう」と思い、
またそれを持続できるのかなぁ。

どうせ感動するなら自分の行いで感動したい。

そう思ってアパートのドアを開けた・・・

ドーピングパワー

2004年08月15日 | 考える
最近疲れ気味なので、
ドーピングしてます。

ちょっと自分的には情けないのですけど・・・
いままで入院したこともないし、
大病にもなったことがない。

健康だけがとりえだったのにぃ。

最近疲れが取れなくて・・・

「30(歳)越すと疲れ具合が違うんだよ」
と言っていたiさん、今あなたの気持ちがわかりましたよ・・・

人間、体験しないと本当にはわからないものですね。
でも、もっと素直だったらよかったのかなぁ。

でも、このひねくれた性格はキャラだから仕方ないか。

というわけで
QPコーワiを愛用してます。

ただし、おしっこがこれまでになく
黄色い、しかも臭い!

体内をビタミン素通り??

TVのない家

2004年08月14日 | 考える
今日は熊谷花火を観た。

知人の家はTVがまだない。

オリンピックもラジオで聴いていた。

なんか面白かった。

自分の家は親の教育方針で高校になるまでTVがなかった。

それを思い出した。

ないことによって自然と会話が生まれる。

本当にTVは必要なのかと

ちょっと考えさせられた。

いやされ系

2004年08月13日 | その他
防水加工の癒しランプを
一昨日買いました。

風呂場の電気を消して、
湯船に浸かって点灯です。

いやー、リラックス、リラックス・・・
ZZz・・

バシャ!

いやね、そのまま寝そうになってたら
マジでおぼれかけたんですよ。

「男30歳風呂場で溺死」

そういう見出しがあったらそれは私です。