
こんにちわ。
「キリスト教の正しい学び方」・・・今回も進めて参りましょう。
前回、初代教会で始まった聖句自由吟味活動は、「世界を知りたい」がための探求活動であることを示しました。
そして、それがどのような認識構造をもっているかを、科学の認識方法と照らし合わせながら、お話ししました。
今回は、その自由吟味活動が、人間の知的成長、国家社会の強さ、などにどのように関係しているかを考えましょう。

<「社会」は人が組み合わさった人間集団>
まず、人間が生きている場である、「社会」を、基本から考えましょう。
人間は、肉体を持って生まれます。
肉体には食物を与えねばならない。
外敵の攻撃からも守らねばなりません。
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人間はその活動を一人ですることも出来ます。
だが、複数が集まって、共同でなす方がはるか効率がいいです。
そこで、自然に集団を形成することになります。
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集団として食料を生産し、食欲を満たし身体を保全するには、相互に争いが起きないようにルールを定めることが必要になります。
また、それを持続させるには、全体を監視し、ルールを破った人には懲罰を与えねばならない。
そういう仕事が必要になりますが、集団の全員がそれをするわけにはいきません。
みんながこれをすると、食物の生産活動をする人などがいなくなってしまうからです。
そこでこれを主たる業務として担当する人が現れます。
これが統治者(統率者)です。
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彼がうまく働くと、集団全体が一人の人間の身体のように、一体性をもちます。
(その際、統治者は人間の身体の中の頭脳のような役割を果たします)
このような一体性をもつと、集団は「社会」になります。
社会とは、人々が有機的に組み合わさって一体性をなして動いている人間集団なのです。
東京渋谷のハチ公前に、群れている人々の集団とは違います。

<身体保全が出発動因>
社会は、このように、食欲の充足と身体の保全を出発動機として出来る人間集団です。
ここで、用語を簡素化しておきましょう。
食べるのも基本的には身体の保全のためです。
外敵からの防衛も身体保全のためです。
そこで両者をひっくるめて「身体保全」の行動とも呼べることにしましょう。
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この言葉を使うと、社会は「成員が身体保全を出発動機として形成した集団」となります。
この初心動機は、以後も社会の基底で働き続けます。
全ての成員の心底に、身体保全の動機が働き続ける。
そしてそれが「全員の総意」となって社会意識を形成します。

<統治者は社会の一体性を促進しようとする>
そうしたなかで、成員は各々自分の分担する役割を果たして暮らします。
果たしながら、それが、よりよくなされるようになることを期待します。
これも「社会の総意」になる。
そしてその「総意としての期待」は統治者にも働きます。
統治者の主業務は、社会の一体性の維持です。
彼は社会の総意を受け、社会の一体性をより高度に実現しようと志します。
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社会には、ルールに反する行為をしてしまう人間も常時出続けます。
統治者はこの行為を、できうる限り少なくしようとします。
ところが、そう願うほど、ルール違反者が大きく気に触ってきます。
だから、統治者は、多かれ少なかれ、ルール違反人間に対して神経症的になっていきます。
そこで、ルールをより緻密にしたりして、人々の自由勝手な振る舞いを、出来うるかぎり制御しようとしていきます。

<身体保全を得ると精神自由の欲求が増す>
ところがここで問題が生じます。
人間心理においては、一定の身体保全が得られると、精神の自由への欲求上昇が起きるのです。
その自由精神は、自分の分担する仕事への創意工夫に向かい、改善となって実ることもあります。
だが、他の様々な面でも人は自由意志の発露を欲していきます。

<統治者の自由精神にたいする二つの姿勢>
これに対する統治者の姿勢は、二つに分かれます。
一つは、自己の心中にある統制本能を押さえつつ、社会の一体性を損なわない限りに、自由精神の発露を許容していく姿勢です。
するとその社会では、精神文化は多様化し、洗練もされていきます。
各人の分担する仕事も改善され、向上していきます。
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第二は、自由意志を制約していく姿勢です。
この場合、統治者は、自由精神を発露した行為の、ルールに抵触する面が気に触ってならないことが多い。
それに耐えられずに、統率行為に入るのです。
が、ともあれこの姿勢から出る諸政策は、人民の自由精神を萎えさせます。
そして、社会の活力は衰退していきます。

<国家社会、唐の盛衰>
古代・中世の国家社会の歴史を見ますと、「許容から統制へ」という動きが多く見られます。
そしてこれは為政者の交代によるところが大きいようです。
たとえば、中国の唐の時代、初代・高祖から五代皇帝までは自由精神と文化の多様性に対しておおらかでした。
その舞台となったのが都の長安でした。
長安は当時世界最大の100万の人口をもち、開かれた国際都市として、東西の商品、文化、宗教を許容していました。
中国には昔から儒教がありましたが、その上に、仏教もネストリウス派のキリスト教(景教)も自由な活動が許容され、大発展しました。
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ところが六代皇帝・玄宗は、突然、国粋主義に走って、儒教以外の全ての宗教を禁じ、宗教者を大弾圧し追放しました。
思想統制は、人民の間に恐怖を生み、それが他の様々な面での制約を産んでいきます。
官警による捜査、摘発や人民の相互監視によって国民は萎縮し、社会の連携活動がなくなってしまいます。
すると社会の各部門で次々に機能不全が起きる。
こうして、唐は突然崩壊に向かいました。
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歴史物語では、玄宗が楊貴妃に入れあげて、統治業務を忘れたことが、唐という国家が崩壊した原因とされています。
だが、それはまさにお話です。
玄宗が突然、自由精神禁止の政策を打ったのが真の原因です。

<室町幕府の盛衰>
同じようなことが日本の室町幕府においても起きています。
開祖尊氏から三代将軍義満までは、室町将軍は、気宇壮大な自由人でした。
彼らは自由精神許容の政策をとりました。
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ところが四代将軍・義持は、真逆に転じました。
彼は、三代将軍義満を非難し、義満の居所であった北山御殿を、跡形もなく破壊・消滅させてしまいました。
天皇の御所以上に豪華に創ったといわれた御殿を完全破壊した。
彼の神経には、義満将軍の自由奔放な資質が表れた北山御殿が耐えられなかったようです。
おそらく、義満という人がまぶしかったのでしょう。
そして突然精神統制政策に転じました。
これを機に、室町幕府も室町国家社会も絵のように転落に向かいます。

<統制好きな統治者を押しとどめることは出来ない>
古代・中世国家社会での自由精神政策の真逆転換は、気質の真逆な統治者による政権交代によっておきることが多いようです。
気質にかかわらず、統治者というものは、統治権力をもっています。
だから統制気質の強い統治者による抑制政策は、人民の自由精神を発露したいという願望に打ち勝ってしまいます。
それによって、人民の精神と「知」の活動は、萎縮していきます。
自由精神抑制政策は、監視の強化と処罰の頻発によって恐怖政治に繋がります。
人々は精神が萎縮して、従来のレベルの仕事もなしえなくなっていきます。
こうして、社会のあらゆる部門で機能不全が起きる。
国家社会から一体性が薄れ、国家も弱体化します。
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こうした場合、アウトサイダー的な統治能力者が現れ、従来の統治権を奪取するのが一般的です。
彼は、新しい体制の国家社会を始めます。
しかし、これもまた、前政権と同じ過程ををたどることになるわけです。
まさに、「歴史は繰り返す」です。

<西欧では例外的な動きがある>
さて、ここから話は本筋に迫っていきます。
この「繰り返す歴史」に当てはまらない、例外的な状況が古代の西欧社会でスタートしたのです。
ここには、抑圧されても、脅されても、仲間が殺されても「自由精神を捨てきれない」人々が大量に出現していたのです。
その精神を彼らの心に生み出したのは「世界を知りたい」という強烈な探究心、知的欲求でした。
これを中核にしたライフスタイル(生き様)を、彼らは、この世での自らの「肉体生命以上に価値あるもの」としていました。
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この探究は、自由意志を働かせて行わないことには、できません。
そこで彼らは「世界を探求していくに不可欠な手段」として、精神の自由をまもろうとしました。
強固に守り続けた。
統治者の強烈な統制活動に従順になり得なかった。
その彼らの存在が、西欧史を独特な人類史にしていくのです。


<聖書を貫徹する人間思想>
ここで聖書の話をさしはさみます。
聖書には~
「人間は自由意志を持つようにして創られた」
~と直接書かれてはいません。
そういう聖句はみあたらないです。
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けれども、聖書にはその人間思想が一貫して流れています。
たとえばイエスが弟子に教えを述べるとき、常時、自由意志を保持させた状態でのべています。
信じさせようとして、脅しや強制の言葉を投げかけたりは、いっせつしていません。
イエスを裏切ることになるイスカリオテのユダに対してもそうです。
最後まで彼を自由意志で行動させています。
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けれども、かといって、筆者は聖書のその思想を、人間の「精神自由志向の強さ」の論拠にはいたしません。
聖書の思想を根拠にしないで、率直に現時点での人間事象を見ます。
すると、「人間は自由意志を発揮できる状態に置かれるほど、その知性も身体もよく成長する」という事実が見えてくるのです。
筆者は40年の教育稼業をとおして、それを観察してきました。
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また、過去の歴史事実をも眺めてきました。
すると、「人民の知力が大きく成長することが、国家社会が強国になるカギ」であることも見えてきました。
そしてその知力成長のカギは、「人民の自由精神を、社会の一体性が崩れない限りで最大化するシステム」にあることも浮上してきた。
そうした経験認識に立って、自由精神の視点から、西欧史を観察しようとするのです。

<教理統制活動と自由吟味活動>
その視点に立つと、キリスト教活動にも二つの類型が浮上します。
① 聖句の自由吟味を通して「世界探求」をする活動と、
② 正統教理によって「人々を統制していこう」という活動とがそれです。
それを代表する教派、教団の具体的な名称は、読者はこれまでの話で想像がつくと思います。
だが、具体的な名は、間違った教科書や専門書や社会通念による手垢でまみれています。
それによる認識の「ゆがみ」を避けるために、筆者はこれから一般的な名称を使うことにします。
① は「教理統制活動」とします。
② は「自由吟味活動」とします。
どうしても必要ということがない限りそうする所存です。

これで終わります。
前回紹介した天才哲学者ベルグソンは、宗教教団が進む、静的宗教化の道を必然的なものとして示しました。
(『道徳と宗教の二源泉』)
そして、それが社会に与える、憂うべき動向を警告しました。
だが警告はしても、これをストップさせる手段、その打開策を示すことは、彼はできなかった。
「聖句自由吟味方式のキリスト教活動」を知らなかったからです。
筆者はこれから、その活動を視野に入れて、進もうと思っています。
最終的には打開策をも示せるといいですけどね・・・。
