今回の聖句はこれです。
BGMは今回もmariさんのこれを感謝して使わせていただきます。
http://aiai.hukinotou.com/
(クリックして最小化し、もう一つエクスプローラ画面を開いて
春平太チャーチを開くとBGMのある状態で読むことが出来ます)

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=聖句=
「私が父のもとから送る助け手、すなわち父から出る真理の御霊が来る時、
その方が私についてあかしをします」(15章26節)
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前の節で、イエスは「自分は間もなくいなくなる」といいながら、弟子たちには宣教しろと命令をし、
「世は私を理由なしに憎むが故に、諸君をも理由なしに憎むだろう」という旨のことをいっています。
ならば、弟子たちは宣教は「ほとんど不可能なほどに困難」と思うしかないでしょう。
こういう弟子たちに対してイエスは、「だけど私は聖霊を送るからね」といっているのが今回の聖句です。
聖霊は創られる霊、すなわち被造霊ではなく、父なる創主「から出る」霊、すなわち創造霊です。
後に「父、子、聖霊」という言葉が出ますが、この三つは創造霊です。
この霊をイエスは父に頼んで弟子たちのところに送ってもらう、というのです。

そしてイエスはこの聖霊を、 助け手であり真理の霊であり、自分について「あかしをする」といいます。
この意味は、次のようになるでしょう。
<あかしの御霊>
「あかし」というのは漢字では「証し」と書き、証明するという意味です。
この方がイエスを「証明する」というのです。
で、何を証明するかというと、
弟子たちが伝える「イエスの教え(言葉)は真理である」ことを証明する。
イエスが教えていったのは、天の論理です。他方、これを宣教される人々は「世の論理」で生きています。
だから彼らは自然なままでは、弟子たちが伝える教えは、偽りだと感じます。
「アホな話をする奴らだなあ。こいつ等は・・・」
ところが聖霊は、彼らに「これは真理だ」と思うようにします。
その手段は、ひとつには「しるし(その代表は病の癒し)」を現すことです。
つまり、聖霊は奇蹟をあらわすわけです。
すると、人々は、「こんな不思議が伴うのだからこの教えは真理ではなかろうか」と思うようになります。
もう一つは、天の論理の意識波動を送ることです。
そのとき、人々はその波動に影響されて「イエスの言葉は真理だ」という
意識を持つようになるのです。

<真理の御霊>
真理の御霊、とは、天の論理をもった霊ということになります。
聖書では「天の論理が真理であり、世の論理は偽り」という思想ですから、
聖霊は真理の御霊となります。
<助け手>
聖霊は、弟子たちの伝えるイエスの教えを「これは真理だ」と思わせることを通じて、
弟子たちの宣教を「助ける」存在となるわけです。

聖霊は、創造霊でありますので、全能者で基本的にはなんでも出来る存在です。
だが、近い将来弟子たちに送る聖霊はおもに弟子たちの宣教を助ける、
助け手としての働きをするよ、とイエスはいっています。

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=聖句=

その方が私についてあかしをします」(15章26節)

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前の節で、イエスは「自分は間もなくいなくなる」といいながら、弟子たちには宣教しろと命令をし、
「世は私を理由なしに憎むが故に、諸君をも理由なしに憎むだろう」という旨のことをいっています。
ならば、弟子たちは宣教は「ほとんど不可能なほどに困難」と思うしかないでしょう。
こういう弟子たちに対してイエスは、「だけど私は聖霊を送るからね」といっているのが今回の聖句です。
聖霊は創られる霊、すなわち被造霊ではなく、父なる創主「から出る」霊、すなわち創造霊です。
後に「父、子、聖霊」という言葉が出ますが、この三つは創造霊です。
この霊をイエスは父に頼んで弟子たちのところに送ってもらう、というのです。

そしてイエスはこの聖霊を、 助け手であり真理の霊であり、自分について「あかしをする」といいます。
この意味は、次のようになるでしょう。
<あかしの御霊>
「あかし」というのは漢字では「証し」と書き、証明するという意味です。
この方がイエスを「証明する」というのです。
で、何を証明するかというと、
弟子たちが伝える「イエスの教え(言葉)は真理である」ことを証明する。
イエスが教えていったのは、天の論理です。他方、これを宣教される人々は「世の論理」で生きています。
だから彼らは自然なままでは、弟子たちが伝える教えは、偽りだと感じます。
「アホな話をする奴らだなあ。こいつ等は・・・」
ところが聖霊は、彼らに「これは真理だ」と思うようにします。
その手段は、ひとつには「しるし(その代表は病の癒し)」を現すことです。
つまり、聖霊は奇蹟をあらわすわけです。
すると、人々は、「こんな不思議が伴うのだからこの教えは真理ではなかろうか」と思うようになります。
もう一つは、天の論理の意識波動を送ることです。
そのとき、人々はその波動に影響されて「イエスの言葉は真理だ」という
意識を持つようになるのです。

<真理の御霊>
真理の御霊、とは、天の論理をもった霊ということになります。
聖書では「天の論理が真理であり、世の論理は偽り」という思想ですから、
聖霊は真理の御霊となります。
<助け手>
聖霊は、弟子たちの伝えるイエスの教えを「これは真理だ」と思わせることを通じて、
弟子たちの宣教を「助ける」存在となるわけです。

聖霊は、創造霊でありますので、全能者で基本的にはなんでも出来る存在です。
だが、近い将来弟子たちに送る聖霊はおもに弟子たちの宣教を助ける、
助け手としての働きをするよ、とイエスはいっています。
