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BL小説・風のゆくえには~グレーテ8

2018年04月24日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ グレーテ

【真木視点】


 久しぶりの大阪の夜。
 自分でも、何人相手にしたのか覚えていない。
 でも、何も埋まらず、ただひたすら虚しさだけを感じながら、朝を迎えてしまい、急いでシャワーを浴びて髪も生乾きのまま、タクシーに乗った。そして……

「あれ?! 真木さん?!」
「!!」

 タイミングが悪すぎる。研修先のホテルの前でタクシーを降りたところ、バッタリと慶に会ってしまった。
 慶は11月のひんやりとする早朝の空気の中でも、長袖Tシャツにジャージ姿で、ほんのり頬を赤くしている。これは……ランニングをしてきた、といったところか。早寝・早起き・元気に運動…………小学生男子か君は。

「おはようございます! もしかして、こちらのお友達と会ったりしてたんですか?」
「あ……うん」

 キラキラした健康的なオーラが刺さって痛い。

(君とのことを妄想しながら他の男を抱いてきたんだよって言ったら……)

 …………。

 また蹴られるだろうな……
 ま、せっかく回復した信頼を一時の気の迷いで失う気はない。

「盛り上がっちゃって帰りそびれてねえ。寝てないから、今日の研修会は居眠り決定」
「えー。午前中、出番あるんだからそれまでは耐えてくださいよー」

 あはは、と笑う慶。本当に天使のようだ。白く穢れのない羽根が背中に生えている。その羽をもいで、その美しい肢体に快楽を叩きこんで、その純粋な瞳を狂わせてやったらどんなに……

(ああ、まずいな……)

 寝てないからか、朦朧とする。気を抜くと、慶を抱きしめてしまいそうだ。

「慶君、このまま朝食行く?」
「はい! もー、おれ、お腹ペコペコで!」
「…………」

 並んで歩く。少し汗ばんでいる慶。そのうなじに浮かんだ汗はどんな味がするんだろう……

「俺も、腹減った……」

 だから、君を食べたい。……なんてことは言えるわけがない。


***


 頭がボーっとする、という状態が、次第に激しい頭痛に変わっていき、全身寒気で震えはじめたのは、午後の研修の最中だった。

「真木さん、大丈夫ですか? 何か飲みますか?」

 心配げに何度も聞いてくれる慶の優しさが嬉しい。このまま、慶が恋人のいる東京へは戻らず、俺の看病のために大阪に残ってくれたら、少なくともその間だけでも君を独占できるのに……なんて、子供みたいなことを思っていたけれど……

「英明! 大丈夫か?」
「…………え」

 何とか研修が終わった直後、良く知った声が聞こえてきた。

「………修司、兄さん?」
「今、タクシー呼んだから。母さんにも連絡した」
「え………」

 5つ年上の、俺の二番目の兄だ。なんでこんなところに……

「長谷川先生がこちらにいらしてるっていうからご挨拶だけでもと思って顔だしたんだけど、まさかお前がこんなことに……」
「ああ……」

 そういえば兄と親しい先生がいたな……とボヤけた頭で思っている前で、兄が慶を振り返った。

「えーと、渋谷先生? 教えてくれてありがとう。英明はこのまま連れて帰るから、荷物を……」
「はい!」

 ああ、慶が行ってしまう……。兄さん、邪魔しないでよ……。

 薄れゆく記憶の中でそんなことを思ったけれど、白い羽根の天使はそのままどこかへ行ってしまった。




 目覚めると、見知った部屋の見知ったベッドで寝ていた。俺の、大阪の家での部屋だ。

「……………」

 高熱が下がった後の気だるさが体に残っている。こんなに体調を崩したのは久しぶりだ。

(だから気分が晴れなかったのか……)

 いや、逆か? 気持ちが落ちていたから、病魔にやられたのか?

(そうかもな………)

 慶と浩介の絆の深さを思い知らされた上に、チヒロも他の男と一緒にいて……

(俺は、一人だな……)

 再び、どうしようもない孤独感に襲われ、ベッドの中に深く深く沈んでいく…………、と。

「………あ」
 ベッド脇のサイドテーブルの上の水が目に入った。その横に携帯と、メモ。

『下にいるから起きたら電話して』

 母の字……。不覚にも涙が出そうになる。

(34にもなって、何やってるんだ俺は……)

 10も年下の子に癒しを求めて、不特定多数の男に性欲を撒き散らして、母の優しさで孤独を埋めて……

 ふいにドアが開いた。

「………お、英明。起きたか?」
「修司兄さん……」
「良く寝てたぞ、お前」
「うん………」

 昔から変わらない、頼りがいのある兄。小さな子供にするように、兄の手が俺の額をおおった。

「熱………まだ少しあるな」
「うん」

 子供に戻ったみたいだ。兄の手が気持ちいい。

「あまり無理するなよ?」
「……………」
「宏孝兄さんも、お前の人当たりの良さをあてにして、あちこち行かせ過ぎだよな。来月にはこっちに戻ってこられるんだろ?」
「あ………うん」

 交換研修は3ヶ月の予定だ。研修、とは名ばかりの、東京での諸々の交渉は無事に終わっている。最近の俺は、医師としてよりも、経営陣として動いていることの方が多い気がする……

「来月と言わず、もう戻ってくればいいのに。3ヶ月もホテル暮らしじゃ、気が休まらないだろ」
「いや……、すごく良いホテルだから、そんなことないよ」

 その上、気軽に男の子を連れ込めるから最高だった、なんて本音は言えないけど。

「そうか……母さんも寂しがってるから、早く帰ってきて欲しいってのもあるんだけどな」
「……………」
「あ!でもその前に!」

 兄がニヤリとした。

「オレ、来週そっちいくから、あそこのキャバクラ一緒に行こうぜ。ほら、前に行った歌舞伎町の……」
「あ、うん。けど、智子さん大丈夫?」

 兄嫁の智子さんはサバサバとした男っぽい女性で、兄は尻に引かれている感満載なのだ。でも、兄は軽く笑うと、

「そこはお前がいつものように上手く誤魔化してくれよ。よろしくなー」

 母さん呼んでくる、と言いながら出ていった。開いたドアの向こうから、

「母さん、英明起きたー」
「あ、本当に? 大丈夫そう? 熱は……」

 兄の大きな声と、母の心配げな声が聞こえてきて……

(………ああ、相変わらず、居心地がいいな)

 そう思う。みんな優しい良い人達で、愛を注いでくれて。柔らかい布団、窓から差し込む光……

「英明ー? 大丈夫? 何か食べられる?」

 母の声。トントントンと階段をのぼってくる音。

「汗かいたんじゃない? 着替えた方が……」
「…………」

 なんだか本当に、泣きそうだ……
 時々、逃げ出したくなるほどの、幸福な空間。俺の居場所。



***


 結局、東京に帰ってきたのは、一週間ほど経ってからだった。
 修司兄さんが一緒に行こうというので、一緒の新幹線に乗り、一緒に各所回ってから、約束通り、歌舞伎町のキャバクラにも連れていった。

「お前、ホント羨ましい~」

 店を出たところで、兄が俺に絡んできたので、女の子達と一緒に笑ってしまった。散々、結婚をすすめていたくせに、独身の俺が羨ましくてしょうがないそうだ。

 その後も、兄の宿泊するホテルで、一晩中、「結婚って良いものだぞ」と「独身は自由で羨ましい」を行ったりきたりする兄の話に付き合わされた。

(………結婚、か)

 家にいる一週間の間も、何度か、両親にも結婚の話をされた。見合いの話も出ているらしい。

(一度結婚して、離婚すれば、両親も気が済むだろうか)

 でもそれは、女性一人の人生に傷をつける、ということになる……

(まあ、俺ほどのスペックの男と結婚できるってだけでも、幸せは幸せかもしれないけどな……)

 そんなことも、思う。
 若い頃に、親の手前、無理をして付き合った女性からもそう言われた。付き合えただけで幸せだった、と。

(ああ……馬鹿馬鹿しい)

 でも、この居場所を失わないためには、そろそろ、腹を決めないといけないことは分かっている。



***


 翌日も朝から兄と一緒に行動し、夜になって、久しぶりにいつものホテルに一人で戻ってきた。
 このホテルも実家が用意してくれたものだ。俺はいまだに庇護の元にいる。居心地の良い巣の中に。

「……………」

 シンッとした空気が耳に痛い。ずっと賑やかな兄と一緒だったから余計にだ。窓の下に見える光がまるで他人事で、たった一人、取り残されたようで……

(……………チヒロ)

 ふっと、チヒロのことを思い出す。
 チヒロは、俺が部屋で仕事をしていたりして、待つように言うと、必ずこの窓から下をジッと見ていた。

「面白い?」

 一度聞いてみたところ、チヒロはコクリとうなずいて、

「どの光も同じじゃなくて次々と変わっていくから目が離せなくて……」

 そう言いながら、ジッと見続けていた。


(……別に面白くない)

 同じように夜景を見てみるけれど、何が面白いのかサッパリ分からない。

(………変な子だよな)

 チヒロのぽやっとした瞳を思い出す。あの子の瞳に俺はどう写っていたのだろう………


 この一週間、チヒロの姉からは何度かメールや電話がきたけれど、実家にいたこともあり、すべて無視していた。

 チヒロからは、何の連絡もない。考えてみたら、チヒロの方から連絡があったことは一度もない。

(ああ、気分が晴れない……)

 なんだろう。最近のこの気持ちの落ち込みは。やはり、結婚のプレッシャーや、慶が手に入らないことに対する苛立ちから来ているのだろうか……


 こんなとき、チヒロを来させたくなる。あの淡々とした表情で、淡々とマッサージをしてほしくなる。チヒロを抱きしめたら落ち着いて眠れる気がする。

(………でも)

 今、こちらから連絡するのは、シャクに触る、というか……俺が誘わなければ来ないというこの状況が、何だかものすごく、腹立たしい。

(この俺の連絡先を知っておきながら、一度も連絡してこないっていうのはどういうことなんだ)

 ああ、イライラする……


 イライラしたまま、シャワーを浴びて出てきたところ、メールの着信に気がついた。チヒロの姉だ……

(………面倒だな)

 そう思いながらも読みはじめ………、途中の文章でハッとした。

『弟は「真木さんに、明日連絡する、と言われたから、自分から連絡したら約束を破ることになるので、連絡できない」と言っています』

 ……………。

 そうか。俺はあのとき「連絡する」と言ったんだった……

 アユミのメールにはその後もグダグダと、
『弟に真木さんの代わりになる人を見つけてくるように言った』
だの何だの書いてあったけれど、そんなことはどうでもいい。俺の代わりなんているわけがない。


 すぐさま、チヒロに電話をかけてやる。と、1コールで繋がった。
 ああ、やっぱり俺からの電話を今か今かと待ち構えていたんだな?………と思いきや、

「チヒロ君?」

 返事がない………
 電話の向こう……ざわざわしてる。聞こえてくるのはピアノの音。……チヒロとコータと出会った店か?

(もしかして、コータと一緒……?)

 そう思ったら、ザワッと一気に胸の中に波が広がり、思わず「聞こえてる?」と、刺々しく言ってしまった。………けれども。

『はい』
 チヒロはそんなこちらの苛立ちには気づいた様子もなく、いつものように返事をすると、

『真木さんの「明日」が来て良かった』

と、安心したように言った。

 ………………。

 なんだそれは。明日? 明日………

 ………………。

 ああ、そうか。俺は『明日』連絡するって言ったのか。俺の『明日』は今来たのか。

(この子は、俺に『明日』がくるのをずっと待っていたのか……)

 やっぱり………変な子だ。

 何だか、すごく、すごく、おかしくて、笑いをこらえることができなかった。


---

お読みくださりありがとうございました!

分けようかとも思ったのですが、前回とラストを合わせたくて………。長文お読みくださり本当にありがとうございました。

次回、金曜日はチヒロ視点で。
お時間ありましたらどうぞよろしくお願いいたします。


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