『バレーボールの村上哲成と卓球の井上をチェンジする』
と、球技大会の出場選手に関して、石田と林から提案された件は、翌朝、もう一人の学級委員・西本ななえに判断を仰ぐことにした。正直、変な責任をおいたくなかったからだ。
ベテラン学級委員の西本は、オレの話をふんふん肯きながら聞いてくれた後、
「享吾君は、チェンジに反対なんだ?」
「あ、いや……」
なるべく中立を保って話したつもりなのに、あっさりと内心を見破られ、詰まってしまった。
実はこの件のことを考えると、
『サーンキュー』
と、ニカッと笑う村上の顔が、どうしてもチラついてしまうのだ。村上には何の思い入れもないけれど、あの無邪気な頑張りを否定するのは、やはり抵抗があるというか……3週間も練習に付き合ってやったから、多少は情がわいたのかもしれない。
詰まったままのオレに、西本は真面目な顔をして肯くと、
「そういうことなら、私に任せて」
「え」
任せて?
「『人のせいにして、自分の意見をそれとなく通す』っていうのが、私の処世術だから」
ニヤリとした西本。
(処世術……)
そういえば西本は、毎年学級委員をやって目立っているのに、クラスの連中から少しも煙たがられたりしない。みんなの意見をきちんと聞いてくれる印象がある。でも実はうまく誘導しているというか……その眼鏡の奥の瞳にジッとみられると、すべて西本の良いように動いていってしまうというか……
「今回は、国本先生にかぶってもらうよ」
西本はそう宣言して、ピースサインをしてきた。
(担任にかぶってもらう?)
なんだそれ? という疑問は、昼休みに解消された。西本は昼休みになった途端、みんなの前で言ったのだ。
「国本先生に確認したら、球技大会のプログラムの印刷もう終わってるから、今さら種目替えはダメだって。だからみんな決められた種目で頑張ってねー」
ああ、なるほど……
クラスのどよめきの中、大きくうなずいてしまった。これならば、誰も文句を言えない。
視界の端に、眉を寄せている石田と林の姿をとらえたけれど、気が付いていないふりをする。奴らだって、正当な理由でダメと言われたことを押してまで交代を望んだりはしないだろう。
(あ、村上……)
そんなことを知らない村上哲成が、いつものように「バレーボール練習する奴、中庭なー」と声をかけていることに、なぜかホッとした。
「キョーゴもー!」
「ああ」
いつものように大声で誘ってきた村上に軽く手をあげ、そちらに行こうとしたのだけれども……
「あーあ。じゃあ、オレら一勝もできないかもな」
「あいつと一緒じゃあな」
石田と林と、それに高橋と岩沢まで加わって、コソコソと言っているのが聞こえてきて、足を止めた。
(別に村上のせいで負けるって決まってねえだろっ)
腹の奥の方がグッと熱くなる。4人は薄ら笑いを浮かべながら、コソコソ話を続けている。
「なあ、練習行くか?」
「行かねえよ。どうせ負けるし」
「元凶の村上テツが一番一生懸命なのが笑えるよな」
「言えてる」
……………。
ムカムカが喉まで上がってくる。
と、同時に、ふっと昨日の渋谷の声が頭によみがえってきて、頭が冷えてきた。
『こんな風に、陰でこそこそ言うのは間違ってる。それに、練習誘うテツを悪くいうのも、間違ってる』
間違ってる……間違ってる。
そう、こいつらは間違ってる。間違ってる。けれど………オレは渋谷みたいにこいつらに言うことはできない。
だって………
『享吾……』
今度は、暗く、か細い声が、頭に響き渡ってきた。凛とした渋谷の声とは対照的な声。
『なあ……享吾。どうしてこうなったんだろうな……?』
暗い部屋の中。兄の小さな小さな声……
『享吾はお兄ちゃんみたいにならないで』
お願いだから、こんな思い、もうしたくない。
母の悲痛な願い……
(だから。だから、オレは………)
オレは兄さんみたいな失敗はしない。当たらず触らず、波風立てない。目立たない。ひっそり、ひっそりと生きていく……
「キョーゴ?」
「!」
いつの間に、村上が目の前にいた。くるくるした瞳がオレを見上げている。
(村上……)
『あー、知ってる知ってる。そんなの言わせとけばいいんだよ!』
クラスの奴らに悪く言われている、と聞かされた時の、村上を思い出す。そんな風に突っぱねられる強さが、オレにあれば……兄さんにあれば。そうしたら……
「どうかしたのか?」
「いや…………、行こう」
トン、と背中を押してやると、「うわ、押すなよ!」と村上が大袈裟に言って笑った。
(………村上)
お前はいつも笑ってるな。
隣を並んで歩きながら、大きく深呼吸する。
(でも、それでいい。笑ってろ)
石田達の嫌な視線を、毒のある言葉を、弾き返すみたいに、笑ってろ。
***
球技大会当日、オレは久しぶりに真面目にプレーした。
兄が中学時代、バレーボール部に所属していたため、オレは小5から中1の途中までは、毎日のように練習に付き合わされていたのだ。おかげで、そこそこ……というか、かなり、出来る。でも、バレーボールという競技は一人が上手くても、どうしようもない、というところもある。なんとか、村上をフォローしながら、自分のサーブの順番が回ってくるまではやりすごし、その後、サービスエースを量産しまくってやった。こうして、第一試合は、一年生相手だったこともあり、あっさりと勝利をものにできた。
「お前、すげーな!」
試合終了後、そう言って飛びついてきた村上。石田達も顔を見合わせて「享吾の1人舞台だったなー」と笑っている。
(……やりすぎたかな)
ヒヤリ、と背中に嫌な汗が流れる。けれども、ここで負けて、石田達が村上のせいにするのは腹が立つからしょうがない。それに……
(ちょっと、楽しかったな……)
なんて思ってしまった自分に戸惑ってもいた。
(……なにやってんだ、オレ)
自分で自分が分からない。
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