【哲成視点】
オレの目の前で、今度は、暁生が村上享吾を殴った。
「わーーー! なんなんだよーーーー!!」
思わず大声で叫んで、
「キョーゴ、大丈夫か?!」
と、駆け寄ると、村上享吾はなぜか、オレがものすごく面白いことを言ったかのように、ゲラゲラと笑いだしたのだった……
***
その事件が起きる一週間前。
2学期の期末テストを明後日に控えて、クラス中、ピリピリしていた。このテストの後に内申が決定するので、最後の追い込みで、みんな一点でも多く取りたいのだ。
そんな中………
「って、図書室使えねえのかよっ」
「蔵書点検か……」
放課後、村上享吾と二人で、図書室前で固まってしまった。今日はまた、暁生がうちを使うと言うので、図書室で時間をつぶしてから塾に直接行く予定にしていたのだ。
「そういえば壁に予定貼ってあったよな」
「えー見てないー知らないーえーどうしようかなあー……」
外寒いしなー、と、ブツブツ言っていたら、ポン、と頭に手を乗せられた。
「うち、来るか?」
「え」
振り仰ぐと、村上享吾がなぜか真剣な顔で言った。
「親いるけど、それでもよければ」
「行く行く! わーサンキューなー」
ここ一ヶ月ほどで、村上享吾との仲はさらに接近したけれど、家に行ったことはなかったから楽しみだ!
「……でも、うちの母親、ちょっと変だから、適当に流してくれな?」
「変って?」
「会えば分かる」
「???」
その言葉通り、会ってみて分かった。
村上享吾の言葉通り、お母さんは、ちょっと変……かもしれなかった。
はじめの挨拶の時は、わりと普通だったのだけれども、部屋にカステラとお茶を運んでくれた時に、何かのスイッチが入ってしまったようだった。
「これしかなくてごめんなさいね。お口にあうといいんだけど、お茶でよかったかしら……夏ならジュースもあるんだけどこの季節は置いてなくて……でも、アップルティーがある……でも、アップルティーとカステラって合わない……だから……」
「お母さん」
爪をかみながらブツブツと言う母親の台詞を、村上享吾が穏やかに遮った。
「カステラとお茶で大丈夫。ありがとう」
「でも、お茶なんて中学生なのに変よね。享吾が恥ずかしい……今からジュース買って……」
「お母さん」
トントン、と優しく母親の腕を叩いた村上享吾。
「そうしたら、カステラ食べ終わった頃に、アップルティー入れてくれる?」
「でもジュースの方が」
「大丈夫だから」
「でも」
「あの!」
続く母親の爪かみと村上享吾の困ったようなやり取りに、思わず叫んでしまった。
「オレ、アップルティーって飲んだことないから飲んでみたいっす!」
すると、二人ともキョトンとして………それから、ふわりと笑ってくれた。その顔が妙に似ていたので、そういえば以前、村上享吾が自分は母親似だって言っていたのを思い出した。
「な? 変だろ?」
母親が部屋から出ていくと、村上享吾が苦笑して言った。変、というか……
「すごく気にし屋さん?」
「ああ……そうだな。昔はここまでひどくなかったんだけど、ちょっと……色々あって」
「…………」
村上享吾の横顔は、少し、苦しそうで……
「でも、カステラ美味しいし、アップルティー楽しみだし、オレは気を遣われて嬉しいぞ?」
素直な感想を言ってやると、しばらくの沈黙の後、村上享吾は、ふっと笑った。
「そっか」
「うん。そうだぞ」
力強くうなずいてやる。
なんとなく……村上享吾がいつでも淡々としている理由は、いつもお母さんの相手を冷静にしているからなのかな……なんて思った。さっきもずっと穏やかに接していて……
「キョーゴは優しいな」
思わず出た言葉に、村上享吾が首をかしげた。
「何が?」
「何がって……」
お母さんへの接し方が、と言おうと思ったけど、やめた。自分では意識していないことだとしたら、変なことを言って意識させたくない。
「ええと……自分の分のカステラを半分オレに分けてくれるところが」
「なんだそれ」
そんなこと言ってないぞ、と言いながらも、本当に半分分けてくれた。ほら、優しい。
「おーサンキューやったー優しー」
「変な奴」
クスクスと笑う村上享吾。やっぱり、優しい。
こいつのそばにいると、ふんわり包まれている感じがする。丸く丸く包まれている。以前は別々の丸だったのに、今はすっぽりと包まれているような……
「な……キョーゴ」
「なんだ?」
優しく返され、ちょっと詰まってしまった。けれど、やっぱり、言ってしまおう。
「オレ、やっぱり、キョーゴと一緒に白高行きたい」
「え」
「高校生になっても、こうやって、たくさん一緒にいたい」
「…………」
「…………」
「…………村上」
目を見開いた村上享吾の表情が、スッと真剣なものに変わった。
「……………あ」
怒ったか? やばいやばい、と、慌てて手をふる。
「ごめんごめん、オレ、しつこいな。忘れて……って、え?」
いきなり、振っていた手を上から掴まれて、驚いてしまう。
「キョーゴ? どうし……」
「…………」
ぎゅぎゅぎゅと更に力が入っている。
村上享吾はしばらくの沈黙のあと、ポツリとつぶやくように言った。
「村上さ……『できるのにやらないのはズル』ってよく言うだろ?」
「うん……」
「オレもそう思う。っていうか……やると楽しいってこと、お前が思い出させてくれた」
「え」
思い出させた? オレが?
「でも、まだ一人じゃ勇気がなくて……」
「…………」
勇気? ってなんだろう……
「だから、村上が背中押してくれたら、できる気がする」
「?????」
背中押す? って、なんの話だ?
「んーと? 何言ってんのかよく分かんねえんだけど」
「………分からなくて、いい」
村上享吾は、ふっと笑って、オレから手を離した。そして、優しく言葉を継いだ。
「分からなくていいから……背中押してくれ」
「背中?」
「一緒に白高行こうって、背中、押してくれ」
「!」
一緒に白高行くって?!
「おおおお!!」
思わず万歳したまま飛び上がってしまった。そのまま村上の後ろに回りこむ。
「行こう!行こう!白高行こう!」
「痛っ! 背中押すって本当に押すなっ」
文句を言われながらも我慢できず、背中をバシバシ叩きまくる。
「やったーやったー!」
「って、まだ受かったわけじゃないからっ」
「キョーゴなら大丈夫だって! つか、んなこと言ったらオレだって分かんねーじゃん!」
あはははは、と笑っていたら、村上享吾が「でも」と言って声を潜めた。
「親にはまだ内緒な。オレ、内申ギリギリだから、今度の期末で結果だして、それから説得する」
「オッケーオッケー! よし!じゃ、勉強頑張ろう!」
残りのカステラを口に放り込んでから、参考書を引っ張りだす。
「でも、キョーゴの方が模試の結果いいのに、内申オレより悪いっていうの意味分かんないんだよなあ」
「……オレ、学校のテスト苦手だから」
「あー、そういえばそうか……」
学校内のテストの順位は確かにオレの方が上だ。そういうこともあるのかな?
「じゃ、社会の問題出しあいっこしようぜ!」
「先攻後攻」
「じゃーんけーん……」
いつものようにジャンケンからはじめる。勉強も、村上享吾と一緒だと楽しい。こうして高校生になっても一緒にいたい。いられる可能性がでてきたことが、ものすごく嬉しい。
***
木、金、土曜日で行われた期末テストの結果は、翌月曜日に発表になった。
うちの学校では、主要5科目のテストの上位10名の名前が、掲示板に貼りだされる。
今回、みんなのどよめきは凄かった。それもそのはず。今まで、時々10位内の下の方に入る程度だった村上享吾が、英語と社会で1位。国語と理科で2位、数学3位という好成績を取ったのだ。
そして……
「松浦君、どうしちゃったの?」
西本が、自分が首位を奪われたことよりも、そのことを心配していた。
オレも、自分が数学で1位を取れたことも、暁生のことが気になって喜べなかった。
松浦暁生は、いつもは全教科5位以内に必ず入っていたのに、今回はかろうじて数学が8位にいるだけで、あとは圏外だったのだ。
そして………
翌日の火曜日の放課後、なぜか、暁生が村上享吾をぶん殴った。
でも、殴られた村上享吾はゲラゲラ笑ってるし、暁生は「お前ムカつくんだよ!ムカつくんだよ!」ってずっと叫んでいるし……
意味が分からない。
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お読みくださりありがとうございました!
自己満足な細かい設定。期末の順位。
国語:1西本ななえ・2村上享吾・3荻野夏希
数学:1村上哲成・2渋谷慶・3村上享吾
理科:1渋谷慶・2村上享吾・3村上哲成
社会:1村上享吾・2西本ななえ・3村上哲成
英語:1村上享吾・2西本ななえ・3上岡武史
前回までのテストは、
西本ななえ・村上哲成・渋谷慶・松浦暁生・上岡武史・荻野夏希の6人で上位5位をしめておりました。
「風のゆくえには」シリーズ主役の渋谷慶くん、高校一年生の物語「遭逢」の1でこんなこと言ってました↓
【しょっぱなの実力テストで後ろから数えた方が早い順位をとってしまい、愕然とした。中学時代、学年10位以内の成績を収めていたのは、単にうちの中学のレベルが低かったからだった、ということを思い知らされた】
ということで。みんな高校行ってからも頑張ろう。
以上になりますっ。
こんな何の変哲もない青春物語にお付き合いくださり本当にありがとうございます!
次回、火曜日更新予定です。享吾君が何で殴られたのかの話になります。どうぞよろしくお願いいたします。
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背中を押していただいたおかげで書き続けることができました。ありがとうございます。
よろしければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
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