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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係7

2018年10月02日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 何が起こったのか、はじめは分からなかった。

 気が付いたら、渋谷慶が呻き声をあげながら膝を抱えて倒れていて、「先生呼んでこい!」と、上岡武史が下級生に向かって怒鳴っていて、女子部員の悲鳴が体育館に響き渡っていて……

 その後、渋谷は顧問の先生に車で病院に連れていかれ、練習は中止となった。

「あれ、ヤバイかもな……」
「来週の試合、どうすんだよ」

 みんながボソボソと話している声が遠くから聞こえてくる。頭の中が真っ白だ。体が固まってて動かない……

「享吾」
「!」

 とん、と肩を叩かれ、現実に引き戻された。振り返ると、眉間に皺をよせた上岡武史が立っていた。

「お前は本当に大丈夫なのか? 一緒に病院行けばよかったのに」
「いや、オレは………」

 オレは尻もちをついたくらいで何ともない。渋谷はおそらく咄嗟に方向転換しようとして、膝に変な負荷がかかったのだろう。避けずにぶつかってしまえばこんなことにならなかったのに……

「渋谷は今度の試合ダメだろ。お前まで出られなくなったら、確実に次に進めなくなる。おかしいと思ったらちゃんと病院行けよ?」
「……………」

 渋谷は今度の試合ダメ……

 すうっと背中に冷たい汗が流れる。

 今日の午前中、他校の体育館で行われた公式戦では、試合終了間際に、渋谷と上岡武史の連携プレーによる逆転ゴールがあり、皆、大興奮だった。

 『緑中の切り込み隊長』とあだ名されている渋谷は、あの小さな体でコートを駆け回り、相手を翻弄し、味方にパスを回していく。渋谷がいたから、今日も勝てた。夏のトーナメント戦、負けたら3年はそこで引退だ。その渋谷が、今度の試合、ダメ……?

「享吾先輩のせいだよっ」
「しーっ! ミコちゃん……」

 再び頭が白くなっていく中で、女子達がコソコソと言っているのが聞こえてきた。

「だって、享吾先輩が強引に止めにいったから!」
「あれはしょうがないって……」
「でも!だからって、渋谷先輩が……」
「…………」

 そう。だからって、渋谷が怪我をすることはない。オレが怪我をすれば良かったのに。

 そんなことはオレが一番そう思ってる。


***


 その日の夕方、顧問から電話がかかってきた。

『膝前十字靭帯損傷』

と、いうのが、渋谷の怪我の名前だそうだ。しばらく入院、折をみて手術、その後、リハビリに通うことになり、再びバスケが出来るようになるには、半年以上かかるという。

(半年以上……?)

 気が遠くなる……。


「享吾……っ、あなたなんてことしたのよ……っ」

 案の定、顧問から説明を受けた母は、オレよりも真っ青になった。

「今から渋谷さんのお宅にお詫びに……何か手みやげ……駅前の和菓子屋さん何時まで……自転車で買いに……雨が降ってるから無理……」

 母は爪をかみながら、廊下をウロウロしている。

「よりによって、どうして渋谷君……あんな派手な子……母親もいつもみんなの中心にいるみたいな人で……あの人に嫌われたら……」
「……お母さん」

 ブツブツ言っている母の腕を軽く叩いて、注意をこちらに向けさせる。

「駅前の和菓子屋はまだやってる。オレ、買ってくるよ。いくらくらいの何がいい?」
「ああ……ああ、そう……そうね。一刻も早くね。すぐにお詫びにいかないと、早く行かないと、でもまだ病院かしら、いないかしら、でもいなくても行くってことが大切よね、こういうのは早く……早く……」
「…………」

 自分の考えの中に入っていってしまった母を置いて、オレはとりあえず家を出た。午後から降りだした雨は、やむ雰囲気はない。パーカーをかぶって自転車にまたがる。

「…………冷たい」

 顔に雨が当たる。でもそれが心地よい。このまま雨に打たれて、溶けてなくなってしまいたい。


**


 母と一緒に渋谷の家を訪れたところ、渋谷の母親はビックリした顔をして出迎えてくれた。

「気にしなくていいのに~。保険おりるし大丈夫よ?」

 渋谷の母親は、サバサバしていて、顔も性格も渋谷にそっくりだ。

「でも、うちの息子のせいで、渋谷君……」
「え、何言ってんの」

 母の思い詰めた顔の前で、渋谷の母親は、ブンブンブン、と手を振った。

「練習中の事故なんて、どっちのせいでもないでしょ」
「でも、享吾のせいだって、顧問の水田先生が……」
「やだ、水田先生、なに言ってんの」

 眉をよせた渋谷の母親。こういう顔も渋谷にそっくりだ。

「享吾君のせいじゃないから。やあね。先生に文句言っとくね。ホント気にしないで。っていうか、享吾君は大丈夫なの?」
「………」

 小さく肯くと、渋谷の母親はホッとしたように、胸に手をあてた。

「良かった。慶も享吾君のことすごく心配してるのよ。退院したら是非遊びにきてね?」
「……………」

 何とか「はい」と返事をする。と、渋谷の母親はニッコリと微笑んだ。

 その笑顔も、渋谷にそっくりだな、と、思う。



 渋谷の家を出てからも、雨はまだ降り続いていた。並んで歩く母は、ずっとブツブツ言い続けている。

「享吾のせいじゃない。享吾のせいじゃないって。それならどうして水田先生はあんな言い方したのかしら。享吾、水田先生に嫌われてるのかしら。でも渋谷さんは享吾のせいじゃないって言ってるんだから、大丈夫、大丈夫……水田先生よりも渋谷さんの方が影響力あるから大丈夫……」
「…………」

(オレ……似てるな)

 どっちの人間についた方が得か、とか考えるところ、そっくりだ。子供はやはり母親に似るものなんだろうか。


『サーンキュー』

 ふと、なぜか、村上哲成のニカッとした顔が頭をよぎった。

(あいつの母親も、ああいう風に笑うのかな……)

 そうだとしたら、村上の家はさぞかし明るくて呑気な雰囲気なんだろう。

 それはそれで、少し、羨ましい。




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