ママのせいで、浩介先生が家庭教師を首になった。
ママなんて大嫌い。大嫌いだ。
浩介先生と恋人のケイを目撃してしまった翌日、私は熱をだした。泣きすぎて疲れたせいかもしれない。なので、その日だった家庭教師の授業はお休みしてもらった。
それから一週間、色々考えた。
はじめは「浩介先生ひどい!」って思ったけど、冷静に考えると少しもひどくない。浩介先生ははじめから恋人がいること教えてくれてた。
思わせぶりな態度だった、といいたいところだけど、それも違う。あのケイに対する愛情に満ちた目をみてしまったら、私に対する視線なんて先生の標準装備視線なんだ、と思わざるをえない。
結局、私の独り相撲だったんだ。
悔しいけれど、あの2人、ものすっごくお似合いだったし、応援してあげようと思う。
あー私ってば、ホントいい子!!
なんて、そんなことを思っていた木曜日。
「明日から坂本先生がきてくださるって。ほら、夏休みに一度きてくれた先生」
「え?」
夕食中のママの発言に首をかしげる。
「なんで? 浩介先生、どうかしたの?」
夏休み、浩介先生が免許を取りにいくとかで、一度その坂本とかいう暗い男の先生が代わりにきたことがあったけど、それ以外で浩介先生が休んだことはない。
「桜井先生には会社の方に連絡してやめたもらったから」
「は?」
やめてもらった?
「会社の方に連絡して? なにそれ?」
「だって、当たり前じゃないの」
ママが目を大きく開いた。わざとらしい表情。
「由美ちゃんのママから聞いたわよ。男の恋人なんて……そんな人だなんて思わなかったわ、ママ。裏切られた気分よ」
「は?」
意味が分からない。
「裏切られたって? 意味わかんないんだけど」
「だってそうでしょう? 希衣ちゃんもショックで泣いちゃったんでしょう? かわいそうに……」
いやいやいやいや……
「そうじゃなくて……」
「それに、ご近所の手前もあるし」
「ご近所の手前?」
お箸をおいて、ママの顔を正面から見返すと、ママが眉を寄せて言った。
「男の人なのに男の人が恋人なんて外聞が悪いでしょう?」
「だから浩介先生を私の担当から外してもらったってこと?」
「いいえ。会社自体をやめてもらったのよ」
「は?!」
何それ?!
「ほら、そんな人がいる会社と契約続けるのは、ねえ……」
「ちょっと待ってよ……」
ようやく話が脳に達してきた。
「なんでそんなこと……」
「希衣ちゃんのためよ?」
にっこりとママが言う。
「子供が育つ環境って本当に重要なの。希衣ちゃんにはキチンとした環境で育ってほしいの」
「浩介先生、キチンとしてるじゃん。先生のおかげで成績上がったって、ママも喜んでたじゃん」
「それとこれとは別の話」
「別じゃないよ。私はこれからも浩介先生に教えてほしい」
「ダメよ」
笑顔のままのママ。イラッとくる。
でもなんとか冷静に訴える。
「ねえ、ママ。私、今までずっとママの言うとおりにしてきたよ。ママがバレエ習いなさいっていうから習ったし、ママが私立の中学行きなさいっていうから行ったし」
「そうね」
「演劇部だってママがやめなさいっていうからやめたし」
「そうね」
「だから、今回だけはお願い。希衣のお願い聞いて。浩介先生をやめさせないで」
「希衣ちゃん」
ママが静かに首を振る。
「もう決まったことよ」
「なんでっ」
「あのね、希衣ちゃん。希衣ちゃんは中学から女子校で、男の人に免疫がないでしょう。だからママ、希衣ちゃんと接する男の人は選んであげたいのよ」
「なにそれ…………」
ダメだ。おかしいこの人。
「桜井先生は普通じゃないからダメ」
「普通じゃないって」
何言ってんの?
「普通だよ」
「いいえ。普通じゃないわ。希衣ちゃんにはちゃんとした人と付き合ってもらいたいの。だから桜井先生には二度と会わせない」
「……っ」
限界だ。プツン、と糸が切れた。
「バカじゃないの?! 浩介先生は普通の人だよっ」
「希衣ちゃん」
「だいたい女子校だから男に免疫がないだって? 笑っちゃう」
「え?」
何も知らないバカなママ。
「女子校だって男なんていくらでもできるよ。合コンとかナンパとかいくらでも」
「だから演劇部やめさせたんじゃないの。あそこは派手な子が多いから……」
「そんなの関係ないし」
ばかばかしい。
「演劇部なんて関係なく、私も中学の時から彼氏の一人や二人や三人や四人、とっくにいたよ」
「え……」
「だいたい私、もう処女でもないしっ。男に免疫なんてありまくりだよっ」
「希……っ」
絶句、という顔をしているママ。
残念でした。あんたの可愛い可愛いお人形さんはもう汚れまくってんだよ!
今までずっと隠してきた。本当の気持ち。
本当はバレエじゃなくてバスケットを習いたかった。みんなと同じ中学に行きたかった。演劇部続けたかった。
でも、もういい。そんなこともう、どうでもいい。
今の私の願いはこれだけ。
浩介先生に会いたい。
「浩介先生を返して。先生は何も悪くない」
「……無理よ」
「返してっ」
「……無理」
呆けたようにくり返すママ。
もう、耐えられない。
衝動のまま、家を飛び出した。ママの悲鳴を背中に聞きながら。
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時間切れ。希衣子ターン、今回で終わらすつもりが終われなかった。
もう一回だけ希衣子視点続きます。
その次は、浩介視点です。
つらい話が続くなあ。だから書くのが遅くなってる気がする。
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