LOHASな日々@湘南

日々の暮らしの中にあるLOHASのヒントやちょっと素敵なことを徒然なるままに綴っていきます

書き直し・タイガー運動

2011-01-13 07:48:30 | 徒然日記
昨日タイガー運動を斬るということを書いてしまったのだけれど、夜中に書いたこともあり、ちょっと批判めいてるかなー、偽善じゃない?と裁いてる自分がいる気がして削除
その後mixiのタイガー運動というコミュを見てそこで討論されてた問題点など読んでみたらふむふむ面白い。
いろんな意見があって当然よいのだけれど、読んでいて気になったのは児童養護施設の状況をよく知らず誤解してる人が多いってことかしら。訂正してみてよいでしょうか~?さあて、批判めかずに書くことができるのでしょうかん~、批判めかず自分の意見言うのってムズカシー


◆児童養護=孤児院と思っている人が多い

 → 入っている子のほとんどが虐待orネグレクト(育児放棄)で親はいる。お金を払いたくない親がとにかく多いので、今回の運動みたいなのはそういう親からしてみれば“しめしめ!”ということもおこる。


◆児童養護はモノに困っている!

→ 寄付が結構あるし、モノはむしろ豊かなところが多い。慈善団体からのイベント&招待も目白押し。個人的判断かもしれませんが、むしろ恵まれてるところも多い


◆信じられる大人がいることを教えたい、(かわいそうな)子供たちに笑顔を与えたい

→ 児童養護に入っている子供たちは一般の人が抱いてるイメージのかわいそうではない気が・・・
屈託なく、笑顔が絶えません。それは、常に自分のことを考え、受け入れてくれる大人たち(スタッフたち)に囲まれてるから。信じられる大人が身近にいます。一過性ではなく、そこにいてくれ、同じ境遇の仲間との団結力も強く、自分の居場所を作ってくれています。
親に愛されないのはかわいそうかもしれないけれど、それは過去であって、もがくことだってあるだろうけれど、前進している。
かわいそうなのは、むしろ自宅にいて親から愛されない子供や片親でお金に困っている家庭の子供たちのほう・・・と個人的には感じてしまいます。

たとえ一瞬の笑顔のためだけでも、意味があるのでは?というご意見には賛成。だけれど、そう書いてる人が孤児たちのため、信じられる大人がいるってことを教えてあげたいetc.と書いてたので、ああイメージがずいぶん違うなあと思った次第です

前の日記にも書いたのだけれど、信じられる大人に囲まれている児童養護施設の子供たちはとっても恵まれてる。恵まれてないと判断するなら、一生懸命彼らに全身全霊をかけている先生たちに失礼だと思うのです。

施設が困っているというのならが、問題は寄付は子供たちのためと限定されてくるため、先生たちの給料にはまわらないという点。薄給ゆえに若い先生が入れ替わり立ち替わりになり、子供たちが大人になったときに親代わりに世話になった恩師を訪ねてもそこにいないという現状なのだそうです。

モノや機会に恵まれてる彼らに足りないのは、世間一般の常識というか、普通の家庭ってどういうもんだろうというところなんだ、って施設の先生が言ってました。
何を持って普通とするかという討論にまたなってしまうのだけれど、自分たちが成人して結婚したときに家庭像がうまく描けないのが課題なんだそうです。だから、ホームステイに意味がある

だから、我が家では週末里子Kちゃんに関しては外食したりイベント的にどこかのアミューズメント系のところに遊びに行ったりはしないことに決めました。そうしたほうがラクなんだけど、いい人っぽくて双方その場は満足なのだけれど~~~。私たちに提供できるのは家庭の雰囲気。一緒にお料理したり、お手伝いしてもらったり、怒られ注意されたり。時にはイベントがなくて、「ひまだよー。退屈だよー。」ってこういう感覚も大事だと思ってます。

そんなKちゃんと今回したこと・・・長くなりそうなので続きはまた。



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