限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

智嚢聚銘:(第19回目)『中国四千年の策略大全(その 19)』

2022-12-18 21:53:24 | 日記
前回

包拯というのは、北宋の有名な名裁判官。最近では「開封府 北宋を包む青い天」という中国ドラマでも取り上げられた。公平清廉な人で、中国では現代に至るまで1000年にもわたり絶大な人気を誇るという。難問の事件を、胸のすくようなアイデアで解決したと伝わる。

 ***************************
 馮夢龍『智嚢』【巻10 / 441 / 包拯】(私訳・原文)

包拯が天長県の知事であった時、自分の飼っていた牛の舌が切られたと訴える者がいた。包拯は、その者に、牛を解体して町で肉を売るように命じた。当時、耕牛を殺すことは禁止されていたので、牛の持ち主はためらったが包拯の言うとおりにした。暫くすると、耕牛を殺した者がいると訴える者が役所に来た。包拯は「お前はなぜ、人の牛の舌を切っただけでなく、人を訴えるのか?」と言った。泥棒は牛の舌を切った事を見透かされてひれ伏した。

包孝粛知天長県、有訴盗割牛舌者、公使帰屠其牛鬻之、既有告此人盗殺牛者、公曰:「何為割其家牛舌、而又告之?」盗者驚伏。
 ***************************

この話は、状況は理解するのは全く困難ではないが、包拯がどうして、訴えてきた人を牛の舌を切った犯人だと分かったのかという点は分かり難いだろう。そもそも犯人が牛の舌を切ったというのは、牛の持ち主に対して何らかの憾みがあり、その報復の為だ。包拯はそうであれば、もし牛の持ち主が何らかの法律違反をすれば、ここぞとばかり告発するに違いないと睨んだ。案の定、耕牛を解体して肉を売るのは国家が定めた法律に違反している。

本件は、『宋史』(巻316)および『続資治通鑑』(卷46)に記載がある。また、未見だが《仁宗実録・包拯付伝》にも記載があるという。



次は、同じく難問を解決した王安礼の話

宋朝を代表する政治家として、誰もが思いつくのは新法を立案して政治改革を断行した王安石であろう。歴史の教科書にもよく登場するが、王安石の弟である王安礼(字は和甫、官翰林学士)については知られることがない。『宋史』巻327に王安石兄弟(王安石、王安礼、王安国)3人の伝記が載せられている。

王安礼は「偉風儀、論議明弁、常以経綸自任、而闊略細謹」(威風堂々としていて、名弁であり、常に国家の重責に担っていると自負し、細かいことにはこだわらなかった)と評されている。また、兄の王安石は蘇軾を憎んでいたが、王安礼は蘇軾が投獄されたときに、厳罰に処することに反対したため、蘇軾は重刑を免れたという。

 ***************************
 馮夢龍『智嚢』【巻10 / 457 / 王安礼】(私訳・原文)

王安礼が都知事であった時、匿名の投書が次々と役所に届けられた。役人の不正行為が書かれていたのだが、関連する役人は100人以上にのぼった。帝が王安礼にこの件を処理するように命じた。王安礼は全ての投書に目を通したが、摘発する人は大体同じであった。最後の投書には、投函した人の名前が3人記されていた。その内の一人は薛と言った。それを見て、王安礼は喜んで「これで解決できたぞ」と呼んだ。早速、薛某を呼んで「貴卿は誰かと仲が悪いことはありませんか?」と尋ねると、薛は「ある商人が特別な筆を売りつけようとしたが、断った。出て行く時に非常に不満な顔をしていました。」と答えた。早速、その商人を捕まえて尋問すると匿名の投書の犯人だったことが判明したので、処刑して首を市門にさらした。それ以外、誰ひとりとして逮捕しなかった。都ではまるで神業だと誉めたたえた。

王安礼知開封府。邏者連得匿名書告人不軌、所渉百余人、帝付安礼令亟治之。安礼験所指略同、最後一書加三人、有姓薛者、安礼喜曰:「吾得之矣。」呼問薛曰:「若豈有素不快者耶?」曰:「有持筆求售者、拒之。鞅鞅去、其意似相銜。」即命捕訊、果其所為。梟其首於市、不逮一人、京師謂之神明。
 ***************************

『本当に残酷な中国史 大著「資治通鑑」を読み解く』(第3章)で、中国人の陰険な策略の数々の手段を分類して紹介したが、その 2番目に、「高位者を利用して報復する」というやり方がある。まさにこの話は、官憲の権力を利用して、王安礼に報復しようとしたものである。いってみれば中国社会は至る所に落とし穴のある道を歩くようなもので、用心に用心を重ねないといけないということがよく分かる話だ。

続く。。。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 沂風詠録:(第349回目)『以... | トップ | 百論簇出:(第267回目)『「... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事