限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

翠滴残照:(第11回目)『読書レビュー:教養を極める読書術(その10)』

2021-06-06 21:39:33 | 日記
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〇「リベラルアーツ研究家として」(『教養を極める読書術』 P.38)

2005年に企業人からアカデミアへ鞍替えした。神戸に開設された情報セキュリティの専門家の育成を目的としたカーネギーメロン大学日本校(CMUJ)のプログラムディレクターに就任した。いわば、教頭のような立場であったが、すぐに教授職(adjunct faculty)も兼務して、授業にも当たった。この時、CMUJ在籍の外国人留学生にボランティアで日本文化を英語で説明した。また、関西大学で外国人留学生向けに英語で日本文化を教える授業も受け持った。後日、京大へ移ったあと、この内容を拡張して外国人留学生向けの2つの英語授業、「日本の情報文化と社会」「日本の工芸技術と社会」を行った。

この授業の講義資料を作るため、日本のことを調べて、2つの欠点に気づいた。一つは、自分自身の日本に関する知識の不足である。日本のことはよく知っているつもりでいたが、いざ外国人に説明するとなると、抜けが多いことに気がついた。例えば、「日本の祭り」というテーマで話すとなると、代表的な祭りは知っているものの、1月から12月まで全体としてどのような祭りがあるかを網羅的に話そうとすると名前や場所だけでなく、それらの祭りの背景や起源についても話す必要がある。



現在では、英語のWikipediaから簡単に情報を得ることができるが、当時はまだ日本にしては英語での情報は少なかった。それで、一番頼りにしたのは、講談社が1983年に出版した Encyclopedia of Japan だ。多くの非日本人のJapanologist(日本研究家)が参画したので、伝統的な日本文化の説明に多くのページが割かれている。この本は外国人にも好評であるようで、Amazon.comには次のような批評が見える。
... it remains an excellent source on Japanese history (up to the early 1980s); art, architecture, and archaeology; philosophy; folk customs; geography; flora and fauna; classical literature; Japanese poetry; tourist sites; cuisine; clothing; transportation; traditional sports to include archery, judo, and sumo; gardening principles; and religion.

これ以外にも、Encyclopedia Britannica の日本関連の項目やタトル出版から出ている日本関連の英語の本を数十冊読んで情報を補った。いずれにせよ、改めて英語を通して日本文化に調べ直すのに結構時間がかかったが、最終的に日本文化について包括的な知識を得ることができたのは思わぬ収穫であった。

さて、2008年にCMUJから京都大学の産官学連携本部に移った。 2年目からは授業を担当することになった。大学改革の一環で、教養部が廃止されたので教養科目は各学部や本部の教員が教えないといけないことになったようだ。私は一般教養として次の2つの科目を教えた。

 ●国際人のグローバル・リテラシー
 ●ベンチャー魂の系譜


本書にも書いたように世界の各地域の文化を網羅的に知るための授業「国際人のグローバル・リテラシー」を始めた。たまたま、当時・ライフネット生命の社長であった出口治明さんと知り合い、1年に一度、来校頂き、学生向けに特別授業をして頂いた。

『国際人のグローバル・リテラシー』 テーマ
 0.概論 
 1.欧米 中世ヨーロッパの生活
 2.欧米 自由について(ギリシャ、ローマ、ゲルマン)
 3.欧米 (ギリシャ語+ラテン語)の受容、科学技術の発達、出版物の流通
 4.欧米 アングロサクソンの誤解、現代のグローバリゼーションの問題点
 5.日本 科学技術の発達、出版物の流通(江戸時代)
 6.日本 六国史、大日本史、中国の歴史書との関連
 7.日本 江戸末期・明治初期の西洋人の記録、日本人論
 8.イスラム イスラムの社会・文化、イスラムの科学
 9.イスラム イスラムと西洋・キリスト教、十字軍の残酷
 10.中国 哲学(儒教、老荘、韓非子、墨子)、仏教
 11.中国 歴史(史記、資治通鑑)、科学技術の発達
 12.中国 庶民生活(唐、宋、元、明)、現代中国の諸問題
 13.韓国 哲学、歴史、科学技術、庶民生活、日本との関連
 14.インド、東南アジア・南米 歴史、社会、日本との関連

この授業は以前から私が考えていたリベラルアーツ道の入門コースである。以前のブログ『徹夜マージャンの果てに』にも書いたように、私が自分の知識の無さと考え方の未熟さを思い知らされたが、大学時代の友人の手厳しい反論であった。これによって初めて「目が覚めた」と言える。このような刺激が是非必要だと思ったので、授業の仕方を工夫した。

それは「被告席」を作ることであった。

授業の最初の日に、各テーマにつき数人の発表者を決める。被告とは発表者のことである。発表者は通常であれば、調べてきたことを話すだけであるが、私の授業ではそうではない。だらだらと発表するのではなく、私が発表者にその場で、次々と質問をするのである。これは知識を問うのではなく、考えることが求められる。あやふやな答えをした時は、何故、そのように考えたかを問い質す。この手法はまさしくプラトンの対話編に書かれているソクラテスの手法、すなわち「ソクラテス・メソッド」そのものである。というのは、学生時代にプラトンを読んで以降、 critical thinking ができるようになるには、この方法が一番良いと確信しているからだ。

京大生は大体において、高校までの教育では、学友の前で自分の知識の無さや考えの浅さを指摘されることがなかったであろう。だが、私の授業では被告席に座って質問攻めされると、普段から深く考える習慣がない学生はおのずと馬脚が露われてしまう。恐ろしいもので、数回程度の質問の受け答えで大体その学生のレベルが分かってしまう。そのレベル評価をするのは教師の私ではなく、出席している他の学友たちである。授業の終わりごろに、当日の被告席に座った数人の学生には、教室の外の廊下に出てもらい、教室内の学生たちに評点(4点満点)を付けてもらう。60人近くの学生がいるが評点の平均点を計算するとだいたい私の感覚と一致していた。

私は、今後の日本の教育は、知識を教えるのではなく、ソクラテスメソッドを使って学生が深く考えるこつを自得させることが一番重要だと考えている。わずか3年ではあったが、私の授業に参加した学生たちがおぼろげながらでも、このことに気づいてくれたのではないかと期待している。

続く。。。
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