限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【2011年度授業】『国際人のグローバル・リテラシー(6)』

2011-06-06 23:30:34 | 日記
【国際人のグローバル・リテラシー 6.日本 六国史、大日本史、中国の歴史書との関連】

今回は日本の歴史書を取り上げる。中学、高校などの日本史では、日本の古代の歴史書として、古事記、日本書記などについての説明があるので、名前だけは覚えている学生は多い。しかし、実際にこれらの歴史書を読んだことがないので、これらの歴史書はどのような意図を持って書かれたか、あるいはどのような記述が為されているか、という具体的な議論になると、言うべきものを持たない学生がほとんどであった。大学受験という時間制限のある高校での歴史の授業では、名前の羅列だけで精一杯であることは私も自分の経験からも理解できる。しかし、一旦大学に入学すれば、その時間制限も外れるのだから、これらの歴史書を実際に繙いてもらいたい。
(ちなみに、【ひもとく】という字を【紐解く】と書くひとが多いが、これは、私には『当て字』に思える。【繙く】と書くべきであろう。)

これらの歴史書は、うれしいことに現代日本語に翻訳されていて講談社学術文庫に収められている。これらを実際に読んでみると、歴史の時間には現実感が皆目湧かなかった、当時の奈良時代の様子がありありと分かる。例えば、日本は唐の律令制度を取り入れたと言われているが、実際に制度を施行してみると、いろいろと不具合が発生している。それに対して、地方官から改善要望が中央政府に幾度となく提出され、認可されている。このようにして部分的に制度が変えられていった。制度の弾力的運用というものであるが、小さな改変でも、百年、二百年と経つうちに、律令制度が全く崩れ去ってしまっていることを知る。



また、外交使節の受け入れ口であった、大宰府の書庫には『四史』(史記、漢書、後漢書、三国志)が完備していないので、奈良の中央政府に対して、写本を作って送付してくれるよう依頼の文が送られている。つまり、奈良時代当時、文化面に於いては奈良に次ぐ第二の都であった大宰府ですら漢文の基本図書である『四史』が揃っていないのである。ましてや、他の地方官庁にはまともな図書はほとんど無かったとのではないか、と推察できる。

日本の歴史書、特に六国史、を縦方向(時代)だけに見るのではなく、横方向である中国の歴史書との関連を見ると、その成り立ちの楽屋裏が垣間見える。つまり、漢文は日本人にとっては、あくまでも外国語なので、母国語並みに流暢に書くことは難しい。しかし、国威を発揚するための国史であるから、語句も文体も華麗で典拠を要することは、執筆者一同、よく理解していたはずだ。それで、適切な語句が思い浮かばなかった時は、背に腹は代えられぬとばかり、中国の史書からむやみとカットアンドペースト(切り貼り)して行を埋めている。

こういった事も授業中では話したのであるが、学生にはあまり関心が無かったものと見えて下記のように学生のメモからは抜け落ちている。

 ***************************
本稿は今回の講義のまとめである。ところどころ筆者(本稿をまとめた学生)の意見が入っている。

モデレーター:セネカ3世(SA)

パネリスト:Yuki, Kusu

【魏志倭人伝から見た日本人像】

魏志倭人伝からうかがえる日本人像について、「女は慎み深く嫉妬しない」「泥棒はいない、訴訟は少ない」といった記述がある。これは一見日本の美徳を表しているように思われるが、この資料自体の客観性はあるのだろうか。このことに関してパネラーのYukiさんは「女性の衣服や食生活について極めて具体的に描かれていることから、ある程度の客観性をもちあわせている」という発言があった。一方、もうひとりのパネラーであるKusuさんは「世界の中心であった中国人は日本を見下した目線で見ており、妥当性があるとは言いにくい。倭人という単語自体日本を卑下している」と言う意見であった。

それに対してセネカ3世(SA)からは異なった意見が出された。当時もっとも強大であった中国の中にも自国の様子を批判し、日本の中に旧き良き時代のようなものを見出したのかもしれないというものであった。筆者はこれらすべての意見が正しい可能性を持っていると考える。ただ個人的にはYukiさんの意見に賛成する。理由も全く同じである。

【中国の制度で日本に定着しなかったもの、その理由は?】

科挙である。科挙とは隋に始まり清まで1500年間も続いた官吏登用のための試験である。一番の難関であった進士科では、3種類の問題が出題された。

一番目は、経書『春秋』の注釈書のひとつである春秋左氏伝などの部分的な解釈を問う問題が出題された。解釈は自分の考えを書くというより、権威ある注釈書の解釈そのまま書かなければならなかった。つまり、暗記問題なのだ。

二番目は、漢詩を作る問題である。漢詩は政治に直接的には必要でない。それなのに、なぜ漢詩が課せられたというと、漢詩はその人の教養を表わすものである。それで、宴会の席などににおいて下手な漢詩しか作れなかった場合、醜態を曝す事になり、名誉が損なわれる。

三番目は、策と言われるもので、時々の時事問題についての対策案を問う問題である。しかし、趣旨は実現可能な対策案というより、如何に古典から典拠ある語句を取り出して、華麗なレトリックに満ちた文を書くかという文芸的傾向の強いものである。

議論の中で、漢詩はなぜ作れないといけないのか?というテーマで出席者からいろいろな意見がでた。筆者も漢詩を学ぶのは機知に富むか、即位巧妙に漢詩を作れるかを問うためだと思っていた。しかし、議論を聞いていて、実際には機知は関係がないようだ、との結論を得た。

科挙は中国のほか、ベトナム、朝鮮に伝わり導入された。人々は幼いころから中国語を学び中国で実施された科挙と似た試験問題を解いた。一方、日本は、地勢的に中国から離れていたせいもあり、また実際的にも経典の入手・筆写も困難なので外国語である漢語での試験される科挙は定着しなかった。日本に科挙が浸透しなかったもう一つの理由は、日本の政治体制にある。科挙は氏素性に関係なく能力があれば登用される実力主義の制度である。しかし、当時(奈良・平安時代)政治家であった貴族達は、有能であるが身分の低い、卑しい者が自らの上の立場に立つのを嫌がったからであった。(その典型は菅原道真の迫害に見ることができる。)

これらの議論を通じて筆者は、日本ではなぜ科挙が定着しなかったのかという理由には納得がいった。しかし、それでは、なぜベトナムや朝鮮の人は母国語でない中国語を学ぼうとしたのかを疑問に思った。

【唐の律令制度を日本ではどのように施行したか?】

7世紀に律令制を導入し、9世紀になると律令制が衰退し始め、律令体制の再建策として日本に適応した律令制度に改変された。

例えば、滅九族の刑である。滅九族の刑とは、罪人だけでなくその親族も皆殺しにするという刑である。このように中国では罪人に対する罰が厳しかったのに対し、日本では、平安時代には1度も死刑がなかったといわれるように、極刑は執行されなかった。人々の間には罪人にひどい罰を与える事を憐れむ情があった。罪人は島流しにはされても、数年すると許されて帰京することが多くあった。

【国学者(本居宣長、平田篤胤)の批判した「唐ごころ」とは?】

Kusuさんによると唐ごころは善悪二元論でやまとごころはグレーゾーンを含んだ考え方である。やや乱暴かも知れないが、きわめてわかりやすくリスナーに訴えかける表現である。では、なぜ国学者は唐ごころを攻撃批判したのだろうか。Yukiさん曰く『唐ごころを秘めた朱子学で江戸時代の政治が行き詰まってしまったため、従来重んじられていたやまとごころに戻ることを提案するためである。』

この問いに関しては、筆者はふたりの回答に納得した。

【大日本史について】

江戸時代に、水戸藩主の徳川光圀が命じて編纂させた日本の歴史書。それまで日本では主に編年体で編纂されていたが、大日本史は紀伝体で編纂された。ちなみに、『紀伝体』の「紀」は天皇を、「伝」はそれ以外の皇族や民間人を指す。大日本史は今なお現代日本語訳されておらず、現代人は容易には読めない。一方、中国における大日本史のような歴史書は、大日本史の50倍もの分量であるにもかかわらず、現代語訳され現代の中国人は大きな困難を伴う事なく読む事ができる。この差は中国人と日本人の自国の歴史に対する重要視度合いの違いからくるものと考えられる。

【中国と日本の歴史書を通した関わり】

8世紀初頭につくられた古事記は神話や伝説をも含んだ推古朝までの歴史書である。文体は変体漢文を主体としており、当時読まれていたとは考えにくい。おそらく当時の人々にはまともに読まれておらず、本居宣長によって書かれた「古事記伝」によりその存在がメジャーなものとして認識されはじめたと思われる。このように形を変えて歴史書がよみつがれるのは感慨深いと感じた。

中国の歴史書と日本の歴史の関係について議論があった。 Yukiさんによると宋書倭国伝に日本の歴史が書かれている、という。Kusuさん曰く『中国の歴史書の日本に関する記述は、日本の天皇家についてかかれたもので民間の様子についてではないものが多い。また史記などの中国の歴史書が日本に輸入されて続日本記の説話にも見られており、中国から多大な影響を受けていたことがわかる。』

筆者は中国の歴史書の日本に関する記述は中国人の日本への偏見と違和感を含んでおり、客観性に欠けるのではないか、と考えている。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする