想溢筆翔：（第38回目）『プラトンに学ぶ弁論術』

今年は、京都大学の一般教養科目で、２つの授業を受け持った。
　前期：『国際人のグローバル・リテラシー』Global Literacy for Cosmopolitans
　後期：『ベンチャー魂の系譜』Genealogy of Venturing Spirits

これらのクラスでは、あらかじめ指名した学生のパネリスト（二人～三人）を中心にクラス全体でディスカッションするのが眼目である。全学部、全学年向けのクラスではあるので、参加者の年齢、専攻はまちまちである。クラス皆の注目を浴びて議論する、というのはほとんどの学生にとってはあまり経験のないことであろうと思われる。そういうこともあってか、発言の論点がずれたり、自分のいいたいことがまとめ切れず、立ち往生するケースが多く発生した。

私も学生時代を振り返ってみれば、このような醜態であった。それに恥じて、自分を改造すべく乗り出したのが、東洋と西洋の古典を通じて弁論術を習得することであった。この学習から得られた私なりのポイントは、以前このブログにも書いた通りである。
想溢筆翔：（第14回目）『外国語会話上達にもつながる弁論術のポイント』

さて、今回は、私が多大な影響を受けた弁論術に関する西洋の古典、プラトンについて述べたい。

プラトンはギリシャ哲学のみならず、西洋哲学の祖であると言われている。つまり、プラトンの思想は、ギリシャ・ローマ哲学・歴史における基本軸とも言えよう。ローマ時代まで、つまりキリスト教がヨーロッパの思想界を蹂躙するまでの実質的な『聖書』の役割を果たしていたのがプラトンの書き残した対話編の諸編であった。

私にとっては、その内容よりもむしろシェークスピア以上に素晴らしい戯曲作家であるし、また言葉における論理とはどういうものか、を手取り足取り教えてくれる本でもあった。ビジネス書のベストセラーで最近ようやく邦訳が出版されたゴールドラット氏の『The Goal』ではプラトンは戯曲のように読むべしとの意見が述べられている。



通常、世の中でプラトンと言うと、訳もわからず常に『国家論』の名前が挙がる。この書は当時の政治体制を考える上では重要ではあるが、今テーマにしている弁論術の観点からでは、先ず、『プロタゴラス』『ゴルギアス』『メノン』などを読んでみることを勧めたい。プラトンの師である、ソクラテスの弁論の手法（対話＝ディアレクテケー）が非常によく分かる。プラトンに全く読んだことがない人には、まずは日本語で読んで感触をつかむのがよいのではないかと思う。ただ、日本語では悲しいかな、結局プラトンは訳しきれない。少なくとも英語で読むべきであろうし、ベターなのはドイツ語であるし、ギリシャ語で読めればベスト。

私が日本語ではなく、外国語で読むことを勧める理由は簡単である。『速く読めないから』なのだ。日本語で読んでしまうと蕎麦をかきこむように、分かっても分からなくても文が目を素通りしてしまう。ところが英語などの外国語で読むと、文意を理解できないと先に進めないから、本当に理解する上では反ってよいのである。

さて、その『プロタゴラス』であるが、弁論術の二つの方法論の違いが鮮明に描かれている。当時高名なソフィスト（遊説弁舌家）であるプロタゴラスとソクラテスの語り口に注目してみよう。プロタゴラスは長文の演説で問題の核心をぼやかしながら、それでも人を知らず知らずの内に自分の土俵に引きずりこむやりかたであるのに対して、ソクラテスはまるで幾何学の証明問題を解くように、一問一答方式で緻密な論理展開をするやりかたを愚直なまで押し通している。プラトンはその二人の特徴をあますところなく描写している。まるで、ボクシングの試合のように、二人を取り囲む若者達がそれぞれがひいきにしている人の弁論に喝采をおくったり、逆の相手を冷やかしたりしている光景が眼前に彷彿とする。

私が現在クラスで学生の議論を誘導している手法は、欧米のビジネススクールでも盛んに使われているという、まさにこのプラトンの対話編から会得したソクラテスの手法（Socratic method）である。

プラトンの本について興味をもたれた人には、次の英語の本のいづれかを買われることをお勧めする。一生の友となるであろう。もう一歩進んで、ギリシャ語の原典も読んでみたい、という方には Loeb Classical Library がお勧めだ。
【1】The Collected Dialogues of PLATO (Edith Hamilton, Hungtinton Cairns)
ISBN-10: 0691097186
【2】Plato Complete Works (John M. Cooper, D. S. Hutchinson)
ISBN-10: 0872203492