限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

想溢筆翔:(第36回目)『皇帝の手紙を読まず、講義に集中』

2009-12-20 08:50:01 | 日記
今、小中学校の教育現場では、学級崩壊がひどいという話だ。 60分間の授業中でもじっと席に座っていられず、わめいたり、教室内を徘徊するというのだ。そして、最近では、これらの現象が大学にでも伝染している。授業中に、私語は当たり前、携帯電話で話はするわ、化粧をするわ、カップ麺をすするわ、で大変な大学もあると漏れ聞く。幸い私の教えているクラスではそういう不届き者はいない。

こういう嘆かわしい現状に対して、頂門の一針となる話がある。

ギリシャの哲人・プルタークにモラリア(Plutarch, Moralia )という本がある。この本は、それ自体の内容よりも、モンテーニュがエセーを書く動機となった本として有名である。

その中の一節に『Peri polypragmosynes』(522 D,E)というエッセーがある。日本語に直訳すると、『こせこせと忙しくしている人、つまらないことに首を突っ込みたがる人』という長いタイトルになってしまう。ちなみに、英訳では、『On Being a Busybody』 となっている。



このプルタークという人はと言うと、ローマ時代のギリシャ人で、かつて、暴帝ネロがギリシャを訪問した時(AD67年)間近に駕籠に揺られて行くネロを見た、と記している。プルタークはラテン語は全くだめで、ギリシャ語しかしゃべれなかったのだが、当時のローマの知識階級は皆ギリシャ語をマスターしていたので、プルタークはしばしばローマで哲学の講義をしている。

その時の話である。

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私(Plutarch)が、かつてローマで講義をしていたころ、かの高名なルスティコス(Arulenus Rusticus)が聴講していた。彼は後年、皇帝ドミティアヌス(Titus Flavius Domitianus)にその名声を嫉まれて殺されてしまったのだが。さて、講義のさなかに一人の兵士が聴衆の間を縫って彼に近づき皇帝からの手紙を手渡した。皆、一様に静まりかえった。私も彼がその手紙を読めるよう、講義を中断した。しかし、彼は、どうぞ講義を続けてくれといい、私の講義が終わるまでその手紙を開封しようとはしなかった。このことがあってから、誰もが彼のどっしりとした器量に一目を置くようになった。

When I was once lecturing in Rome, that famous Rusticus, whom Domitian later killed through envy at his repute, was among my hearers, and a soldier came through the audience and delivered to him a letter from the Emperor. There was a silence and I, too, made a pause, that he might read his letter; but he refused and did not break the seal until I had finished my lecture and the audience had dispersed. Because of this incident everyone admired the diginity of the man.

(英訳:Translated by W.C. Helmbold, Loeb Classical Library)
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こういう人が育つのは、果たして、教育なのか、個性なのか、はたまた時代背景なのか?
コメント
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