《試練》――現在史研究のために

日本の新左翼運動をどう総括するのか、今後の方向をどう定めるのか

党内闘争の次元を超えた、開かれた方向こそ求められる/付)著者への手紙

2016-01-12 00:38:37 | 『革共同政治局の敗北』を論評する
党内闘争の次元を超えた、開かれた方向こそ求められる
付)著者への手紙

重信 房子(八王子医療刑務所在監)
【「革共同政治局の敗北1975~2014――あるいは中核派の崩壊」(水谷保孝・岸宏一著・白順社刊)】
「読んだ本130号」から転載。『オリーブの樹』所収
ブログ:「野次馬雑記」にも掲載

    http://blogs.yahoo.co.jp/meidai1970/32881556.html

《管理者コメント》タイトル、見出しは勝手ながら管理者が付けたことをお断りします。

初めて接する中核派の歴史

 「革共同政治局の敗北1975~2014――あるいは中核派の崩壊」(水谷保孝・岸宏一著・白順社刊)を読みました。読んだ直後、思わず「うーん」とうなってしまいました。様々な意味からです。
 1960年代以来、第二次ブンド崩壊以降も戦闘的に闘い抜いて来た革共同(中核派)がなぜ分裂したのか。かつて革共同政治局の「左派」として、議長清水丈夫さんと共に中核派を導いて来、2006年に離党した著者2人の総括として、党内闘争を全面的に開示しながら、本多書記長なき後の1975年~2014年にわたる政治局の問題点を切開した稀な本です。
 私はアラブに在って、日本の左翼運動の実情には疎い上に、中核派は距離があったので、親和性の無い事件が多く、そういうことがあったのか……と初めて接する中核派の歴史でした。

本の意図、構成、批判の要点は

 「緒言」で、まず、446頁にわたるこの本の著者の意図、構成、批判点が概括的にまとめられ、その上で、かなり詳しい事実関係に沿って、清水丈夫さんの指導のあり方、「ダブルスタンダード」「保身」なども暴き出しています。
 まず、執筆動機と目的として「本書のテーマは革命的共産主義者同盟全国委員会(革共同、いわゆる中核派)の分裂と転落の歴史、及び実相の切開である。これは、筆者らにとって臓腑をえぐられる程辛いものであり、元同志らをはじめ、左翼運動に関心を持つ多くの読者の皆さんにとっても暗く重く失望の念を禁じえないような、幾多の事象を綴ることになる。しかし、どうしても書いておかなければならない」と著者らは考えたのである。
 一つは、「革共同の党員および党籍をおいた者には、リンチ・クーデターをめぐって起こった数年にわたるすべての事実を知る権利がある」ということである。
 二つ目の理由は、2013~2014年にかけて出された革共同50年史(上)(下)の内容が、清水丈夫による「全編これ嘘と歪曲と居直りの書である」こと。
 三つ目の理由は、「革共同はすでに死んでいるということである」とし、「革共同ならざる革共同」は歴史の屑籠に放り込むべきだし、そのようにしてこそ「次代の青年労働者学生たちが、我々の時代の輝きと敗北を教訓として、自ら進むべき道を切り開くことにつながるだろう」としている。
 そこに示されているように中心的には革共同の党内闘争の発展的展開であり、革共同と共に闘う人々の教訓を示す責任を意図として記されているものです。
 本書の構成は、「序章では、革共同あるいは中核派とは何であったのか、その輝きと誤りについて概括的に述べる。第1部は、06年3・14党内リンチのドキュメントである。そして、今日の革共同の堕落しきった惨状への批判であり、筆者らの自己批判名である。第2部は、本多書記長が惨殺虐殺されて以降の革共同政治局史をあえて暗部を抉り出す視覚からほぼ全面的に明らかにしたものである。本多時代の革共同の若干の重大な誤りについても自己批判的総括の視点を提起した」と、著者らが話記している通りです。
 各論的に記されている批判点は、「緒言」の中で、清水議長らの「50年史批判」として、エッセンスをまとめているので、それを記しておきます。
 「現在の革共同指導部が右翼的清算主義と歴史偽造している点で、次の諸点は重大である」として、6点挙げています。
 「①何よりも『動労千葉特化路線』『階級的労働運動路線』の名によって、革共同が深化・発展させてきた革命論・革命戦略と戦闘的労働運動論を歪め否定し、革共同の歴史を動労千葉唯一主義で、ことごとく偽造している。根本的には戦後日本の労働者運動の豊かな経験と様々な苦闘をないがしろにしている。②70年、華僑青年闘争委員会からの糾弾を受けての7・7自己批判とそれにもとづくアジア人民・在日アジア人民への7・7自己批判路線(血債の思想)《重信註:これは華青闘から中核派の入管闘争論を、魯迅のことばで批判された中に“血債は必ず同一物で返済されなければならない”としるされていたことにゆらいする。その指摘を受けて、中核派が自己批判宣言した。》を『血債主義』と罵倒して、全面否定するに至っている。③安保・沖縄闘争が日本革命・アジア革命の核心をなす戦略的闘いであること。革共同はここに死力を尽くすべき党であることを押し隠している。④80年代に革共同が文字通り総力をあげた三里塚基軸論にもとづく、三里塚第二期決戦の展開を驚くほど過小に低めている。⑤89~90年天皇決戦を始めとする対権力武装闘争をことごとく清算している。⑥本多書記長が最先頭に立ち一人ひとりが血みどろになって革命の命運をかけて闘った対カクマル戦争の革命論的意義を抹殺し、単にカクマルとの政治・軍事力学の問題に解消し、かつ対カクマル戦争の持つ矛盾の内在的な総括から逃亡している。これらは、06年の党内リンチ以降、一気に全面化した。」
 この6点は、政治局の総括方針討議を歴史的にとらえ返す中で、様々な形をとって、局面局面で対立していた姿が2000年代以降徐々に筆者ら「左派」と対立していった姿でもあります。
 本書では、中核派の歴史、リンチ、スパイ問題、杉並区選挙戦、千葉動労の中野洋さんや関西の中核派のこと、私にとってははじめて知ることばかりでした。(公安調査庁の誘引役がかつて69年10・21の日、田宮さんが裏指揮所として「マスコミ反戦」の神保さん宅を借りたが、その神保さんだというのには驚いている。当時はスパイ活動していたと思わないが、あの日神保宅を出たあと、私は任意同行を求められ、振り切ったが前田さんは逮捕状か収監状が出ていて、畑の中に逃げたが大捕り物で捕まったのを思い出しています。)

中核派の「暴力性」のとらえ返し

 著者が指導部の一員として責任を明らかにし、覚悟を決めて紳士真摯に総括しようとする姿勢とその努力には、まず敬意を表します。
 その上で、2つの点について記しておきたい。一つは、「革命暴力」についてと二つは「党指導部」について。
 まず、私が中核派に「悪感情」を感じてしまったのは、その「暴力性」です。66年明大学費闘争における「2・2協定」(2・2協定とは、66年1月30日の徹夜団交に機動隊が導入された後、事態の収拾のため当時再建全学連初代委員長になって間もない斉藤克彦さんら、明大ブント指導部が、学生らに図らず、2月2日理事会側と闘争妥結の協定書を交わした。)の不当に怒り、明大学館に中核派集団が連日乗り込んで、学生会室にいるブント系学生たちをリンチし、自己批判書を書かせ、自治会備品を壊し、スプレーで落書きするという行為をくり返したことです。当時、明大二部政経自治会に数人の中核派もいたし、ML派も学館に沢山いましたが、暴力をくり返すのは外部からの中核派だけでした。
 当時、無党派の私は、もちろん「2・2協定」反対でしたが、中核派の暴力に止めに入ったり、騒いで批判したら、殴られそうだった。MLの畠山さんが「中核派は斉藤を追い出し、秋山を委員長にすえるためにゲバルトをかけているんだ」と言っていたが、ブントに自己批判させ、中核派委員長にするための戦術だったと私も思いました。「暴力で物事を決着つけようとする中核派」が以来嫌いになったものです。逆に殴られても「自分たちにも責任があるから」と自治会室に残り、黙々とスプレーを消していた学生たちに同情し、誘われて明大社学同再建に関わったことから、私の党派としての活動が始まったのでした。
 本書で、自己批判的に記されているように、10・8闘争前段での中核派による解放派高橋幸孝吉さん半殺し事件は、当時も怒りに震えた者ものでした。あの当時の「内ゲバの武器を権力へ!」と10・8闘争の初の角材武装となったのを聞いて、胸をなでおろした一人です。私自身としては、中核派のこうしたあり方こそ3・14の「リンチ事件」を深化させて問う必要があると思うのです。革マルとの分裂にはじまる「暴力性」は、他党派にも向けられ、全学連再建でも持ち込まれ、権力との闘争が激化すればする程、肯定されていきました。中核派だけでなく、新左翼にも広がっていきました。
 新左翼運動は豊かな創造性と戦闘性をもった良質な側面はありました。しかし、党派は、スターリン時代の「一国一党」の観念から自由でない分、自らの党の唯一性に拘泥し、「無謬の自らの党」の存立のために、他党派を否定するあり方でした。リーダーたちの狭量な競争心は、豊かで戦闘的で自由な学生、青年労働者たちの多様な持続的発展を損なったと言えるのです。
 「革命暴力」は、階級敵のみに対する手段の一つで、徹底した「階級」としての自己肯定と自己防衛の手段であると思います。しかし、闘う者たちへの暴力は傲慢な自己肯定と自己保身でしかないのです。「3・14事件」から著者らはとらえ返し、10・8前段の事件、連合赤軍事件を外在化してきた誤りなど、真摯に記していて、新しい克服への視野を提起していることは評価したいと思います。

中核派における党指導部の問題は総括できているのか

 もう一つは、党指導部について。今回詳しく読んでみて、指導のあり方、相互関係がとても家父長的な組織であることに驚いています。著者らは、「革共同の限界」を問い、「組織論における反スターリン主義の不徹底」って「便利な言葉」として切開を妨げてはいないでしょうか? 清水さんら党中央のあり方は能力以上のことが問われ、学ぶよりも、「指導」に汲々とし、隣にいる同志が競争相手で信頼仕切れていないのが革命党として不可思議でもあります。指導者トップの質は、やはり全党を規定します。指導者の質として(本書を読む限り)多分本多さんと清水さんの違いは下部からの吸収(学ぶ)能力、姿勢の違いが確信と求心力の違いとなっているのだと思います。「地下指導部」であればある程、「大衆点検」を党が受ける構造が工夫される必要があります。
 私自身の教訓としても「個」の強化や個の強さや積極面で結び合うよりも、むしろ弱さを互いに把握し、指導の変革にまるごと一つになって、党員のために服務しようとする自己変革の姿勢こそ指導であり、必要だと思います。
 著者らの率直で誠実な検証は、しかし、「党内のどちらが正しいか」といった論点を超え切れていないところにもあるように思います。正鵠を得ているのかもしれませんが、私のような部外者には正論を対置した党内闘争そのものに映ります。その意味で、第11章で、「革共同の敗北から新しい道へ」と中核派を運動総体の側から相対化してとらえ返していく、開かれた方向への提起を評価したい。
 そしてまた、現在の清水丈夫さんらはこの書に対して同志的に変革へと歩むとらえ返しが行われるでしょうか。その点を注視したいと思います。
(6月7日)

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付)重信房子さんから著者への手紙(309信の抜粋)

『水谷さん、ていねいなお便り感謝。私の「書評」が役立ったとお礼をいただいて恐縮です。
 「革共同政治局の敗北」の著書は増刷になっているとのこと。
 「革命暴力」と「党指導部のあり方」を重要なモチーフとして書評で述べたことは、本の主旨・意図をよくつかんでいたと積極的に受けとめて下さっています。
 ”「組織論における反スターリン主義の不徹底」という「便利な言葉」によって問題の切開がなされていないという批判をいただきました。痛いところを衝かれたと受け止めています。率直な厳しい批判は、とてもありがたいものです。”と記されています。
 私も又、お便りの内容をふまえつつ、とらえ返しつつ生きて行きます。
 中核派の反応はやっぱり!という思いにかられます。
 更なる検証をされるとのこと、健康に留意しつつ御健闘下さい。』

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