『稲妻』
空中の放電によって生じる光である。
光りは描けないことの意だろうか。激しい光は対象を一時的に見えなくする。光によって物(対象)が見える訳だけれど、強すぎる光線(反射)は視覚を混沌とさせ、形状への認識を一時的に失わせるものかもしれない。
たしかにここに活けられた花があったという認識、しかし、強すぎる光がそれを隠したのである。
対象を感じた時の印象、印象には「見えない印象」もあるということの証明、告発である。
写真は『マグリット』展・図録より
『稲妻』
空中の放電によって生じる光である。
光りは描けないことの意だろうか。激しい光は対象を一時的に見えなくする。光によって物(対象)が見える訳だけれど、強すぎる光線(反射)は視覚を混沌とさせ、形状への認識を一時的に失わせるものかもしれない。
たしかにここに活けられた花があったという認識、しかし、強すぎる光がそれを隠したのである。
対象を感じた時の印象、印象には「見えない印象」もあるということの証明、告発である。
写真は『マグリット』展・図録より
風を浴びきりきり舞いの曼珠沙華抱きたさはときに逢いたさを超ゆ
曼珠沙華の花は、細い線が放射状に広がり反り返った形状である。だから風を浴びきりきり舞いなどしているところを見たことがない。
抱きたさはときに逢いたさを超ゆ・・・恋情よりも情欲が激しく勝ってしまっている。
曼珠沙華の花が風を浴びきりきり舞いをするとしたら、もう台風、暴風、烈風。それほどに熱く激しい恋情を抱いている今のわたくしである。
「お父さん、藤棚が揺れているね」と言って振り向いたら、家の屋根が飛んでいたという知人の話。風が通り抜けるようなものが、キリキリ舞うときは屋根が抜けるような猛烈な突風である。
情熱の真紅、曼珠沙華(彼岸花)がきりきり舞うときは、炎上の恋心が無くてはならない。
内職、介護に明け暮れていたころ聞いた山口百恵の「曼珠沙華」、思い出して、しんみり。
あさがおが朝を選んで咲くほどの出会いと思う肩並べつつ
朝顔が朝に咲くというのは、温度・日照などの条件によるもので選んだというより必然である。
(あさがお)の文字の優しさ、(あなたと私の出会いは出会うべくして出会ったのですね)こうして肩を並べて歩いているとつくづく巡り合わせの妙、必然という自然の法則(定め)のようにさえ感じてしまう、深く心に刻んだ愛のお話である。
秋の雲「ふわ」と数えることにする一ふわ二ふわ三ふわの雲
やわらかくやさしい「ふわ」の言葉。
自然をこんな素敵な眼差しで見ることができるなんて本当にステキです!まるで絵本の世界に迷い込んだよう。
空井戸を大事に鳴ける青葉木菟
空井戸はクウ・セイ・コと読んで、食う、勢、己。
大事に鳴けるはタイ・ジ・メイと読んで、頽、時、命。
青葉木菟はショウ・ヨウ・モク・トと読んで、傷、容、黙、吐く。
☆食う勢いが己(わたくし)は頽(衰えている)。
時に命を傷める容(すがた)、黙って吐く。
空井戸はク・ショウ・コと読んで、苦、笑、己。
大事に鳴けるはタイ・ジ・メイと読んで、他意、自、明。
青葉木菟はショウ・ヨウ・モク・トと読んで、章、要、黙、図。
☆苦笑、己(わたくし)の他意は自明である。
章の要は黙って図っている。
空井戸はクウ・セイ・コと読んで、空、星、個。
大事に鳴けるはタイ・ジ・メイと読んで、太、自、明。
青葉木菟はショウ・ヨウ・ボク・トと読んで、昭、杳、朴、渡。
☆空の星の個(一つ一つ)は太(きわめて大きい)。
自(みずから)明るき昭(輝く)。
杳(くらいなか)、朴(ありのまま/自然)に、渡っていく。
青みどろ箒はかなり寂しきか
青みどろはセイと読んで、星。
箒はソウと読んで、総。
寂しきかはジャクと読んで、惹。
☆星の総てに惹かれる。
青みどろはセイと読んで、勢。
箒はソウと読んで、層。
寂しきかはジャクと読んで、若。
青みどろはショウと読んで、少。
箒はソウと読んで、葬。
寂しきかはジャクと読んで、寂。
☆少(年が若い)葬(とむらい)は寂しい。
青みどろはセイと読んで、星。
箒はソウと読んで、箒。
寂しきかはジャクと読んで、寂しい。
☆ほうき星は寂しいか、(いいえ)
黒き鯉逃げて薄まる水ありき少年期より友の少なさ
薄まる水? 水は薄めることはあっても・・・。
黒き鯉が逃げる、黒き鯉から逃げたのか。
黒は不正や悪を意味することがある、嫌いな仲間から逃げて付き合わず人間関係が希薄になった水(自ら)がありました。と言うことかもしれない。
そういう性格ゆえに少年期から友達が少ない、と言っている。
わたくしが避けたのではない、彼ら(黒き鯉)のほうが逃げたのだと。作者の心遣い、優しく強い人かもしれない。
夕凪にわれは嘴もちてをり
夕凪はユウ・ナギと読んで、雄、梛。
われは嘴(我嘴)はガ・シと読んで、芽、雌。
もちてをり(持居)はジ・キョと読んで、滋、拠。
☆雄の梛の芽は雌が滋(育つこと)に拠る。
夕凪はユウ・ナと読んで。遊、汝。
われは嘴(我嘴)はガ、シと読んで、我、私。
もちてををり(持居)はジ・キョと読んで、事、挙。
☆遊(好きなことをして愉しむ)汝(あなた)は我(自分本位)であり、私事(個人的なこと)が挙(すべて)である。
夕凪はユウ・ナと読んで、猶、汝。
われは嘴(我嘴)はガ・シと読んで、我、指。
もちてをり(持居)はジ・キョと読んで、示、拒。
☆猶(ためらう)汝(あなた)は我(わたくし)の指示を拒んだ。
われは嘴(我嘴)はガ・シと読んで、我、死。
もちてをり(持居)はジ・キョと読んで、辞、挙。
☆夕凪に(何も話題にも問題にもされていない中)我(わたくし)は死(命がけ)で辞(言葉)を挙(くわだてている)。
『快楽』
純白の縁取りのある着衣の少女が、その手で鳥を食いちぎっている。仲間の鳥たちは見るともなく観察している。長くとがったくちばしも王冠のような羽毛も何の役にも立たず、ただ傍観するのみである。
食物連鎖、実に恐ろしきは食物連鎖だと鳥たちは抗う力もなく背後で見ているだけである。
『快楽』の正体である。
弱肉強食、生命を犯し至上の喜びを得ることの正当性。少女の顔は無垢な瞳を消し、餓鬼を内在させているようにさえ思う絵の様相である。人智を尽くし富を得、人類は世界を我が物にして『快楽』を貪る。
食物連鎖、世界を支配する人類の『快楽』を肯定する非情の図である。
写真は『マグリット』展・図録より
夕闇にわずかに遅れて灯りゆくひとつひとつが窓であること
時空間を切り取っている。
夕闇という曖昧な彩色からやがて明度を落とし暗幕を張る時刻へと転移していく流れ・・・そのわずかな時の狭間を俯瞰する眼差し。
一つ一つの家庭、団らん、孤独もあるかもしれない。事情はともあれ灯りがともることで明確になる窓という物の形。形に秘められた様々な人間模様を知る術はなく、それぞれの点在が町の呼吸であるかのように明らかになっていく。
夜のとばり、遮蔽の隠匿。窓の明かりという事実だけが一つづつ明確にその存在を知らしめていく穏やかなリズムは、サスペンスをも秘めた不思議な空間である。
世離れの虎尾草の尾をかたむけて
世離れはセイ・リと読んで、星、璃。
虎尾草はコ・ビ・ソウと読んで、個、美、相。
尾をかたむけて(尾傾)はビ・ケイと読んで、微、形。
☆星は璃(宝石)であり、個(一つ一つ)が美しい。
相(ありさま)は微(かすかな)形である。
世離れはセイ・リと読んで、成、理。
虎尾草はコ・ビ・ソウと読んで、固、備、創。
尾をかたむけて(尾傾)はビ・ケイと読んで、弥、形。
☆成(なし遂げる)理(すじみち)を固める。
備(あらかじめ用意した)弥(隅々まで行き渡る)形がある。
世離れはセイ・リと読んで、整、理。
虎尾草はコ・ビ・ソウと読んで、媚・葬。
尾をかたむけて(尾傾)はビ・ケイと読んで、微、警。
☆整理(不必要なものを処分すること)。
媚を葬る、微(ほんの少し)警(注意する)。
世離れはセ・リと読んで、夫、利。
虎尾草はコ・ビ・ソウと読んで、己、未、喪。
尾をかたむけて(尾傾)はビ・ケイと読んで、備、計。
☆夫は利己(自分勝手)である。
未(まだ)喪(弔いが終わっていないのに)備(あらかじめ用意する)計(見積もり)。