「大人はみんな畑仕事だから、朝起きてご飯を炊くのはわたしの仕事だったわ。薪をくべて…味噌汁もね。
学校へ行く前よ」
「それから、牛を連れて散歩をしたことがあるの。で、何かの拍子に転んで、手綱を離してしまい《どうしよう》と思って立ち上がったら、牛は逃げずに(幼い)わたしの傍でジッとしていたわ。何か分かるのね、気持ちが通じているっていうのか…牛も家族だったから」
そんな話をしてくれたAさんも寄る年波には逆らえず、買い物に出ると坂上にある自宅まで帰りはタクシーを利用しているらしい。
ある日、降りようとして財布を確かめると料金不足…。
「すみません、家に入ってお金を取りに行ってきます」と運転手に告げると、
「いいですよ」と言ってそのタクシーは走り去っていったという。
Aさんは、その運転手さんにとって顔馴染みだったのかもしれないし、自分の親を思ってのことだったかもしれない。
(何か分かるのよね、気持ちが通じているっていうのか…)
横須賀は里山の風景を失くしているけれど、まだまだ人情はある、と思いたい。