夕焼け金魚 

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絵を描く女

2017-08-25 | 創作
夏の日差しが弱まって来る頃、この街のあちこちで写生をしている人を見かけました。
美術学校の生徒さん達が秋の展覧会のための絵を描いていたのです。
昔は画題に「この街」と言う題を出す先生がいて、そこの生徒さん達が写生していたのです。
街に写生する人がいるのも、この街が好きな景色です。
写生する姿がまるで街の一つの景色のように思われました。
「金沢」という小説を書いた吉田健一は「この街には、ここにはこんな物が欲しいなと思う物が置いてある」と書いてます。
風情のある町並みに置いてある植木は、白いプランタンに入っているのではなくやっぱり素焼きの植木鉢がいいのです。
この街に住む人は、街の風情に合わせて植木鉢を自然と置く習慣があるようです。
裏通りの片隅に置かれて植木鉢が、漆塗りの木箱であったこともあったそうです。
漆塗りの木箱を植木鉢にする贅沢さをこの街の人は別に驚きもしないのです。

私がその女の人に気づいたのは、高校生の時でした。
野原でイーゼルを立てて写生をしていたのです。
当時は女の人が外でイーゼルを立てて写生しているのは、とても珍しかったのです。
遠目に見ても野原の真ん中にイーゼルを立てて座っている女の人が、とても綺麗に思えて近づいていきました。
絵はまだ描きたてのスケッチのようで、黒い線が書いてあるだけでしたが、この街の野原だと分かる素敵な絵でした。
長い髪の方で遠くの空を見つめているようで、手には絵筆とか持ってなかったのです。
「お上手ですね」と私としては精一杯の勇気を出して女の人に声をかけたのです。
当時は高校生が大人の女の人に声かけるのは、とても勇気のいることだったのです。
女の人は私の声に驚いたように振り返ると「見えるんだ」と一言呟いたのです。
そのときは絵が素敵だと見えるんだと言ったと思ったのです。
「何も無いのです。何を描いたら良いと思う」と私に聞いたのです。
「そうですね、赤や黄色の花が野原一杯に咲いたら綺麗でしょうね」と答えました。
「そうね、この街は花が少ないから、どこもかしこもモノクロの世界」
そう言うとスケッチに絵筆を持っているかのような仕草で手を動かすと、スケッチに見る間に色が付いてきたのです。
凄い、この女の人、手品師だとそのときは思ったのです。
描かれた絵には赤や黄色の小さな花が一杯咲いていました。
「凄いですね」と言うと「記念にこの絵、あげようか」と言われたので喜んで貰い受けました。
残念ながらその後の記憶は無いのです。

次にその人に会ったのは大学卒業の年だったと思います。
就職試験でこの街に帰ってきたときに、偶然河原でスケッチをしている女の人に会ったのです。
高校時代に会った人に似てると思ったのですが、高校の時にあった感じそのままなんです。
服装は違っていたと思いますが、やっぱりイーゼルを立てて河原の絵を描いていて、絵筆も持たずに遠くの空を見ているのです。
思い切って半分はまさかと思いながら「またお会いしましたね」と声をかけたのです。
振り返ったその人は「あの時の、あの絵大事にしている」と聞いてきたのです。
「もちろんです」
「でも、見てないでしょう」と口元が笑ったのです。
大事にしているけど、何度も見るほど、私には絵の素養がないので。
「はい」とうつむき加減に答えたのです。
「この絵も、寂しいの。どうしたら良いと思う」と聞くので「黄色の銀杏の木に白い雪が降るような感じどうですか」と適当なことを言ってしまったのです。河原の真ん中に立っている木が銀杏だと知っていたのです。
「黄色い銀杏に白い雪、大変な季節感ね」と言って少し口を開いて笑ったように思えました。
お互いイーゼルを見つめての会話なので、私からは彼女の顔など分からずら、口元だけを見つめていたのです。
前と同じように何も持たない手で絵に色を塗ると「これもあげましょうか」と言ってくれました。
今度は私も大学生で、大人の女の人とも会話できるようになっていたので「はい、できれば名前書いていただけると」とお願いまでしてしまいました。
「サインだけね」と言ってカタカナで「アキ」と書いてくれました。
「今度は見てくださいね」と言われて立ち去ったのですが、河原から土手に上がるところで景色に溶け込むように消えてしまったのです。
どちらに行くのかと、しっかり見ていたのに土手を上がるところでスッと消えてしまったのです。
その年の初めに、ええ銀杏の木が黄色に染まる頃、凄い雪が降りました。
まさかと思ってあの方に貰った絵を見てみると、銀杏に降り積もった雪が絵のとおりに積もっていたのです。

もう何年もお会いしてませんけど、そろそろこの街においでになる頃だと思って、あちこち見て回っているのです。
今もこの街には、スケッチをする人が多くいるのです。

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