糸居五郎さん

2018年03月14日 | 日記


 




その昔、糸居五郎という伝説のDJがいた。

「もっともっと音楽を」をモットーに、

トーク控えめのノンストップで音楽を流すというスタイルで、

僕は大好きでした。

僕ら世代はとにかくラジオの存在がとても大きかった。

そりゃテレビから流れる歌謡曲もそれは魅力的だったけど、

ラジオから流れて来る、

始めて聴く音楽に僕らは夢中になったもんだ。

オールナイトニッポンのオープニングと言えば、

ハーブ・アルパート&ザ・ ティファナ・ブラスの「Bitter Sweet Samba」!

気分は深夜の1時台だ。。


 Bitter Sweet Samba (オールナイトニッポン・テーマ曲)


糸居さんと言えば、

あの日本語でも英語でもないような、不思議な、

特徴のある声と独特な口調です!

当時のラジオファンなら誰もが、糸居五郎という名を思い出せば、

すぐにあの声が聞こえてくるという。。。それぐらい個性的でしたね。

そして何より、

糸居さんの音楽に対する真摯な向き合い方が好きだった。

今のラジオも殆どがそうですが、

よく分からない身内ネタ、つまんない下ネタ、人生相談やうんちく、、、

などを中心に当時もラジオ番組は構成されてましたが、

糸居さんのスタイルはそれとは無縁な世界だった。

究極で孤高のDJスタイルでした。

音楽だけ聴きたかった僕には、ほんと有りがたかった存在でした。

糸居さんは当時DJの他に司会業などもこなしてて、

かのダウンタウン・ブギウギ・バンドの名盤

「脱・どん底音楽会」にも抜擢されてましたし、

聞くところによると、

ピンクフロイドやツェッペリンの来日公演でも司会を務めたそうな。

糸居さんは81年に深夜ラジオの世界から去り、

84年、63歳で他界されましたが、

きっと音楽と共に生きた素晴らしい一生だったと思う。

また、糸居さんの膨大なレコードコレクションなどは、

奥さんの計らいで、

海を渡り北海道のコード館寄贈したそうです。

レコード達や音楽ファンはもちろん、

糸居さん本人が1番喜んでるに違いない。

いつか僕もそこ行って、糸居コレクションを覗いてみたい♪



糸居さんって今思えば、相当若くてモダンな人だったと思う。

糸居さんは1921年生まれなのですが、

うちの親世代より、なんとひと回り歳が上なんだよね。。

1921年って大正10年だよ?

なかなかねいないですよね、、、って凄い話しだよ(^ ^)

大正生まれの人がファンキー!ってディスコで踊るんだからさ。

当時糸居さんは50代だったと思いますが、

僕には30代ぐらいにしか感じられなかったですね。

凄いです、、あのスポンジのような脳の柔らかさは。。。

ロックンロールの時代だろうが、ディスコの時代だろうが、

糸居さん見事に溶け込んでいましたからね。

ほんと本物のDJでした。

こういう本物のDJまた現れて欲しいな。

今まともに音楽聴けるDJって達郎さんぐらいですかね?

リスナーを満足させてくれるDJらしいDJは。

うん、糸居さんじゃないけど、

もっともっと音楽を。。に尽きる♪

ヘイ、Mr DJ❗️お喋りはその辺で、、、

最高な音楽を聴かせてくれよ♪

ということで踊ってくれぇ〜♪

糸居さんも天国のフロアで踊ってるJungle Boogie❗️

 

 

 Kool And The Gang - Jungle Boogie



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