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🎸ローリー 2019 LIVE SCHEDULE

  

 




 

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夜のあいさつ

 

 

 

 

 

ちょっと前から気になってたのが、

部活帰りや塾帰り、遊び帰り、

◯◯帰りの、子供達の夜のあいさつ。

街灯のないような場所なんかで急に「こんばんわ!」

なんてやられちゃうと、こっちの方がびっくりするんだけどね。

いつからか、急にそんな事になってるわけで。。

これはもしかして不審者などへの安全対策のひとつなのかな?

と思ったわたしですが、どうだろう?

だって子供達、お昼急にこんにちわ!なんて挨拶しないもんね

それで少しでも抑止力になればね、それに越したことはないわけで。

まっ、そんな時でもやっぱり僕は、

あのマチヤーの復活を、しつこくまだ切望するのですが。

昔は夜になるとあっちこっちの地べたで、

おじさんなんかがお酒飲んでたりしてたし、商店街もまだ賑やかだった。

要は交番の代わりになるような場所が多かった。

けど大型スーパーの台頭でマチヤーや商店街が消滅してしまい、

コンビニなんて24時間眠らない、得体の知れないマチヤーが増えた。

しかし最近、また親の身勝手な行き過ぎたしつけで、

子供達が犠牲になってる。

警察がそれこそ、月光仮面のように疾風のように現れない事は、

とーに国民の皆さんは知ってるわけで、

自分の身は自分で守れという、、、

という事で、この夜の挨拶が行われているのかもしれません。

   

普通に殴られたり蹴られた僕ら世代に言わせてもらったら、

ウチだけはゆっくり眠れる場所であって欲しいわけで。

 帰りたくないウチなんか、だよ。

  Come on a My House Eri Chemi (江利チエミ)

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電話ボックス

 

 

 

 

 

しかし懐かしいね、電話ボックス。

だいぶこういう電話ボックスも見なくなったけど、

近所にポツンとひとつだけあんだ。

今や人が入ることもなくなった電話ボックスだけど、

やっぱり人間がやる事だからさ、

何か災難があって携帯電話が使えなくなったら、

きっと慌てふためいて、ここに長蛇の列が出来ると思うのね。

って、その時に電話番号ひとつ覚えてない事に気がついてさ♪

 

 

昔はさ、それこそ家族に聞かれちゃマズイ話の時とか、

長電話したい時なんか、

ずいぶん重宝したよね、この公衆電話ってやつは♪

もちろんテレビもそうだったけど、

電話も一家に一台の時代ですからね(^ ^)

思春期の子供にとっては、

電話の近くに親や家族がいるというのが、

非常にマズイ状況が多いわけで。。

 

それこそ公衆電話も色々とモデルチェンジしたと思うけど、

やっぱこのプッシュ式より、

ジーコジーコのダイヤル式タイプに愛着ある世代ですよね、僕らは。

知らない世代はフィンガー5の恋のダイヤル6700を聴くべし!

特にあのピンクの公衆電話!

なぜか喋る方の送話口が甘い匂いしてね、、

なんかちょっと夜のスナックお姉さん的な官能的な匂いでさ。。

確か当時、夜のお姉さん達って名刺も匂い付きだったもんね。

アレは一体何だったんだろう?

何か奇抜な夜の営業作戦なのか?

今思えば実に不思議な。。その匂い。

あっ、10円しか使えなかったね(^ ^)

それがまた、アタフタしてヨロシでね。

 

 

 

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大原麗子

 

 

 

 

 

 

 

唯一、声だけで持ってかれちゃう女優さんがいる。

それが大原麗子さん。

キレイなお姉さん以前に、とにかく僕を魅了したのがその声。

もうこの人は僕にとって別格なのですな。

僕は子供の頃から異性のアイドルを持たなかった。

持たなかったというか、持てなかったというか、

いつだって僕のアイドルは、怪物くんに始まり、

スナフキン、ブルース・リー、キース・リチャードと同性ばかり!

それでも大原麗子さんは別格だった。

正確には声が別格だったのだ。

舌ったらずで、ちょっとハスキーな声で、

甘ったるい喋り方をする女性だった。

それはそれは、子供ながらにも魅力的な声だったのだ。 

その衝撃的な声のピークは、ブラウン管から流れた例のあのウヰスキーのCMだ。

着物の着たお姉さん(麗子さん)が不機嫌そうに物に当たり散らし、

トローンとささやくのだった。。


少し愛して 長く愛して

 

ブルース・リーの影響で毎日ピーナッツを食い散らかし、

鼻血を出してた少年ローリーには、それはそれは刺激的な声だった。

その時、ノートの切れ端にずっと書き残してた、

その少し愛して 長く愛して。

何年後、僕はそのノートの切れ端の言葉を見つけてひとつの曲にした。

今でもよく歌ってるなかなか気に入っている曲。

しかし昔のコピーは哲学的だね。

 

 

 

そんな彼女が70年代に貴重なアルバムを残している。

「愛のつづれ織り」というタイトルの、彼女唯一のアルバム。

まっ、それがまた時代が時代でね、、、

当時は中島みゆきさん辺りから発信された、

女歌というのが歌謡界でも流行しており、

研ナオコさんや桃井かおりさん、梓みちよさんなどなど、

似た感じの曲を歌う歌手が実に多かった。

この大原麗子さんのアルバムもご多分に漏れず、

そういう女歌が大半を占めている。

ちょっとそういう女歌と彼女のキャラクターが微妙に合わず。。

まっ、彼女のファンにはそれでも貴重な記録だ。

彼女はけして歌が上手いわけではない。

どちらかと言えば不安定な(失礼)、、フラフラなあの感じだ。

まっ、90年代以降そういう歌い方が、

アンニュイだのオシャレだのみたいな感じでもてはやされたが、

当時は“けちょんけちょん“に酷評されてたに違いない。

なんたって大橋純子や渡辺真知子、

五輪真弓など、いわゆる本格派と言われるシンガー達の時代でもあったわけで。

でも、その歌詞世界と、あの声が見事にマッチした時、

それこそ世間で言うトコの本格派や実力派というシンガーも、

太刀打ち出来ない程のパワーを発揮する声なのだ。

やっぱり彼女のキャラクターとあの声を考えると、

今なら最高なプロデュースとアレンジで、世にリリース出来たかもしれません。

時代が追いつくのが遅かった。。ホント残念。

 
 

それでも1996年に麗子さんの声で名曲が生まれた。

彼女の生前最後の曲として。

それが「背中から抱きしめて」という曲で、

作詞がなんとあの大物プロデューサーの秋元康さん。

秋元康さんの作品ってあれですよね?おニャン子とかAKBとか。。

もちろん世代でもないし、全然よく知らないのですが、

この曲に関してはもう素晴らしいの一言!

「秋もっちゃん!スゲェーじゃん!」と、

もうこの1曲で、僕にとってのアキもっちゃんの功績は充分ですね。

もうこの曲があるとないのでは、

麗子さんの歴史が全然違ってくるわけで、、、さ。

ホント最後の最後によくぞ残してくれた、秋もっちゃんに感謝!

そして作曲がこれまた大好きな作曲家三木たかしさん!

もうイントロからエンディングまでパーフェクト!

変に芝居がかってないし、歌とセリフの中間ぐらいで、

とにかく何よりも彼女の声が生きている。

もしかしたら秋もっちゃんも、

例の少し愛して長く愛してにヤラれたクチかも(^ ^)

じゃないとそんな歌詞書けないもんね。

その生き方自体が不器用だったと言われてる彼女に、

これほどマッチした曲もない。

せっかくならこの時一緒にアルバム作ってくれてたらな、と、

思わず唸ってしまうくらいの名曲だよ。

しかし背中から抱きしめて、、

後ろからではなく、背中からという響きがとてもイイ。

さぁ女子の皆さん!今からこの歌を覚えてカラオケへ行きましょう!

で、好きな人の前で甘えた感じで歌ってみてはいかがでしょう?

メロメロ効果発揮すること間違いない!yeahーー

ってこの曲カラオケにないらしい。。げっ。

因みに秋もっちゃん、歌詞は違うが、

同じ背中から抱きしめてというタイトルの曲をAKBに歌わせている。。

そっちの方はカラオケあるらしい、、、ガクッ。

頑張れ、、オレ。

 

 背中から抱きしめて ~大原麗子

 

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不可能性の時代を生きる

 

 

 

 

 

 

 

 

不可能性の時代を生きる〜大澤真幸  



私たちはいま、理想や希望を持つことが不可能な、

「不可能性の時代」を生きています。

戦後、1970年ごろまで続いた「理想の時代」は、

人や社会にとって何が理想か明確で、

そこに向かって歩むことが「良き人生」「良き社会」なのだと

信じることができました。

ところがいまは、何を信じて進めばいいのかわからない。

自分が何のために生きているのか、自らの生を意味づける物語を描けない。

これがいま、私たちが感じている閉塞感の源です。

だけど私たちはこの不可能性に開き直っているわけでも、

諦めているわけでもなかった。

理想を取り戻し、「ここではないどこか」へ抜け出したい

やっぱり思っていたのだということを、

「あまちゃん」と「半沢直樹」という2つのドラマのヒットは示していると思います。


「半沢直樹」は細部にわたるリアリズムに支えられた

上質なドラマでしたが、唯一、

半沢直樹という主人公だけがリアリティーを欠いています。

…彼は絶対的な善の体現者で、

だからこそ「倍返しだ」が許されるわけですが、

この「不可能性の時代」に半沢のような人は存在不可能です。

絶対的な善なるものがもはやあり得ないからです。

要するに彼は、理想の時代から連れてこられた

極めて時代錯誤的な人物なのですが、視聴者は彼に称賛を贈り、

連続ドラマとしては今世紀最高の視聴率をたたき出した。

理想を取り戻したいという強い欲求が、

私たちの中にあるからでしょう。


「あまちゃん」は、

「ここではないどこか」に私たちは行ける、その扉は必ずある

ということを暗示し続け、

この時代の閉塞感を打ち破ろうとした意欲的なドラマです。

東京に行く。地元に帰る。

そのどちらもゴールとして設定されているわけではなく、

そこにたどり着いたら必ず、

その「先」が提示されるというお話の構造になっています。

そして、「先」に行くために重要な役割を果たすのが、

主人公アキの母である春子と、祖母の夏という、

異なる時代のエナジーです。

夏と春子に背中を押され、

地味で暗くてこの時代の閉塞感を一身に背負っていたアキが、

新しい世界の扉を開けていく。視聴者は、

自分の背中も押されたように感じたのだと思います。

…根源にあるのは、

ここを抜け出したい、生きる意味を獲得したいという猛烈な欲求です。


――私たちはなぜ「次」の言葉を見いだせないのでしょうか


原因は大きく言って2つあります。

1つは、いつか必ず沈むとわかっていながら、

資本主義という船を下りることができないからです。

…資本主義はとてつもない格差を生み、

善でも美でもないことを人間に要求する。この船は必ず沈む。

だけど他に船はない。

社会主義という船はもっと危なそうだし、外は嵐だから下船したら即死だと。

だからみんな必死にしがみついて、一見すると、

資本主義が信奉されているかのようにしか見えない。

笑えない喜劇のような現状です。


もう1つは日本固有の問題で、

「ここではないどこか」を目指すと必ず、アメリカという壁が立ちはだかる。

アメリカは日本人にとって絶対に取り換えられない、

そして絶対に失ってはならない壁としてイメージされています。

日本は冷戦期、

たまたま戦略的に重要な位置にあったからアメリカに守ってもらった。

しかし冷戦終結で国際情勢が大きく変わり、

アメリカには日本を守らなければならない

内在的な理由が実はないことがはっきりしてきました。

愛されなくなったらおしまいだという焦りや不安が、

アメリカに愛されるためなら何でもやるという

思考停止を生んでいる。特定秘密保護法もその文脈で理解されるべきです。

恋人はどうやら自分から離れたがっている。

秘密も打ち明けてくれない。だから特定秘密法をつくりました、

さあ安心して打ち明けてと。

これは国際社会に向けてのアピールにもなる。

「あいつはどうやらアメリカに秘密を打ち明けられているらしいぜ」と。

それでなんとなく一目おかれたいということでしょう。

とはいえ今後何十年間も

このままの日米関係が続くとは到底考えられません。

どうやったらアメリカに依存せずに我々はやっていけるのか。

それを考えることが、この社会の閉塞感を打ち破る第一歩になるはずです。



根拠ない願望でも、口にしてみると思考は回り始める


今年(2013年)の流行語大賞の1つは、「今でしょ!」でしたね。

みんな「今でしょ!」って何かを決然と選択し、

この閉塞状況から抜け出したいんですよ。

だけど人生や社会にとって何が本当に良いことなのか、

判然としない「不可能性の時代」にあってはそれが難しい。

3・11を経た昨年の総選挙は当然、原発が争点となるべきだったのに、

みんな考えるのをやめてしまった。

原発をやめたら日本経済は破綻するかも、

でも原発を続けたらもっと悲惨なことが起きるかも……

リアルに考えるととても選択できない。

だったら考えても仕方ないねと、私たちは何も選択しなかった。

選択しなかったがゆえに選択されたのが安倍政権です。

05年の「郵政選挙」のように、

比較的どうでもいい問題についてならば「今でしょ!」で盛り上がれるが、

本当に重要な問題ほど棚上げされてしまう。非常に逆説的です。


もしかしたら、

ずっと不可能だと思ってきたことが

可能になるかもしれないという期待が高まったのが、

09年の政権交代です。しかし民主党政権は結果的に、

「不可能なことはやっぱり不可能だった」を証明してみせただけだった。

続く安倍政権は逆に「可能なことは可能だ」をやっていて、

いかにも起こりそうなことだけが起きると。

政権交代が無念な結果に終わったことが、

理想を語ったり語られたりすることへの忌避感につながっていて、

安倍政権がそういう気分に乗じているのは事実でしょう。

ただ一方で、無念な思いを残しているからこそ、

私たちはいつかそれを取り戻しに行かなきゃいけないという

気持ちもどこかで持っている。

願望や希望って、未来に落っこちているというよりは、

過去に満たされなかったものの中で育まれる感じがしませんか。

そう考えると、政権交代への失望があることは、

失望すらないよりはある意味いいことだと思います。


政治が本来やるべきことは、人に思考停止させないことです。

人間はね、やっぱり「不可能だ」と言っちゃだめなんですよ。

「道はある」という感じを持つと、人の思考は回転し始めるのですから。

特に政治家は、

根拠がなくても「不可能は可能になる」と言ってのけるある種の勇気と、

それを人々に信じさせる言葉の力を持たなければなりません。

現実主義だリアリズムだと言って、可能なことだけを追求するというのは単に、

船が沈むのを座して待つということにしかなりません。

みんなが可能なことしか求めなかったら、

可能なことしか起きないじゃないですか。

沈まない別の船を求めるのならば、不可能なこと、

現時点ではあり得ないようなことを要求する方がむしろ現実的です。

歴史的には何度も不可能だったはずのことが起きている。

それは不可能なことを求める人がいたからに他なりません。

自分が本当は何を望んでいるのか。

どんな社会を目指したいのか。まずは口にしてみましょうよ。

あなたが口にすることによって、

不可能は可能になる可能性をはらむのです。




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新宿歌舞伎町

 

 

 

 

 

もうどれぐらい行ってないだろ?新宿歌舞伎町。

東京には好きな場所いっぱいあって、

僕の中央線界隈好きは結構有名なのですが、

新宿や渋谷にも青春の甘酸っぱい想い出がある。

新宿歌舞伎町もそのひとつ。

よくTVでもやる例の“眠らない街歌舞伎町“ってアレっす。笑

僕も初めて歌舞伎町で遊んだ時、

その喧騒ぶりというか、賑やかな感じがコザの街と似ててね、

あー落ち着くみたいな感じでしたね。

夜の喧騒が落ち着くってのも可笑しな話だけど(^ ^)

 

一度、夜中?、朝方?、

に歌舞伎町の病院行ったことがある。

まぁーその病院に来る人達ってのが、

酔って足をひねった女の子とか、階段から落ちた人とか、

そこはもう歌舞伎町ならではの光景でね、また面白かった。

みんな酔っぱらいだから院内うるさいわ、酒臭いし!(^ ^)

 

あの頃は歌舞伎町ですれ違うホステスやホストの顔が、

全員浜崎あゆみとGLAYにしか見えなかった僕でしたが、

今はどうなんだろう?

EXILEやAKB風にでも変わってるのかもしんないね。

でも、歌舞伎町で働いてる子達好きなんだ。

純粋に一生懸命働いているから。

歌舞伎町で生きる人達はとにかく呑む。。ひたすら呑む。

なのでイコール身体にガタが来る。

昔からずっと思ってることなのですが、

お酒呑んで生計を立ててる人ってホント凄いんだよ。

身体を犠牲にしてまで仕事に徹するという意味では、

僕にとっては相撲取りと同じクラスなんだ。

僕の近くにも夜の世界で生活してる人が少なくない。

体調を崩しても呑んで「あーヤバイヤバイ」ってのも日常茶飯事だし、

当たり前に若い頃のように呑めなくなったのに無理して呑んだり、、

ホント文字通り身体張ってる!なんて職種なんだな。

そりゃ立派な仕事さ。

歌舞伎町にはさ、スペシャルな歌舞伎町らしいクリニックがあって、

そこでは“アルコール対策スペシャル点滴“なんてのがあるらしい。

仕事前や仕事後に利用するんだろうか?

ホストやホステスの間で「今日何本打った?」

なんてヤバイ会話が日々交わされてるんだろうか?

ここオキナワにもそういうクリニックあんのかね?

一度試してみる?笑

うん?

この点滴はウコン的な、

酒がスルスルとたくさん呑める効果があるってこと?

それとも二日酔いが柔らぐってな効果なのかな?

はは、点滴してみたいから呑み方選ぶってのも、アホアホな話だーね♪

今夜もきっと歌舞伎町ではたくさんのドラマが生まれてることだろう。

またいつか、遊びに行きたいぞ歌舞伎町。

では今夜は、新宿の女3部作をどうぞ!

 

トップはこの人!

コラコラ藤圭子が通るぞ!どきなさいよ!ってな感じ。

 

藤圭子ライブ 新宿の女 昭和54年 新宿コマ劇場

 

とにかく僕にとって、強力に新宿臭を放ってるお方なのです。

何度もライブに足運んだ、伝説の不世出シンガー。

 

浅川マキ「それはスポットライトではない」(1977年 ライヴ)Maki Asakawa

 

もうこの二人出すと、さすがの林檎ちゃんもチョー若手ね♪

しかしこの女子みんなに共通するのは、やはりのBLUES!

新宿女のブルースをこれでもか!と浴びてくれぇーい。。。

 

椎名林檎 - 歌舞伎町の女王

 

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いいじゃないの幸せならば

 

 

 

 

 

 

TVになんと!

佐良直美さんの姿がぁ。。。

なんでも32年振りのTVとか。。

本人の話では、歌手を突如やめた理由はポリープが原因だったようです。

一般的には佐良さんは、歌手と女優半々ぐらいの認知度なのかな?

歌手ってわからない人意外に多いんだ。

 

つか、この番組!

もうちょっと佐良さんの歌にスポット当ててほしいな。

佐良さんはね、言っときますが凄い歌手なんよ。

今や伝説とまで言われてる、

ちあきなおみさんにも引けを取らないぐらいの歌手なんですぞ。

こういう歌手ももういないですね。。。

ふくよかで安定感のある声の人って。

これで20代というのだから恐ろしいわけで。

ちょっと低めの声で歌う人はたくさんいたけども、

やはり身体の鳴り方がみんなと違うんですよね。

60年代後半から70年代初頭ぐらいの歌謡曲というのは、

特別な感じがあって、和モノというか、

アメリカ文化の影響ももちろんあるのですが、

それほどまだ洗練されてないような、日本独自の感じが最高なんです。

73年ぐらいから日本のポップスも凄く洗練されて来るのですが、

その前夜というか、とにかく何処にもない独特の世界観があります。

フルートやヴィブラフォンなどの楽器の選び方なんか、

編曲の方がジャズ畑の人が多いのも特徴です。

あとね、ピアノがさり気なく、実に小気味良くSwingしてるんだな。

クラブなどで言うとこのGrooveじゃないよ!

Swing、Swingしてるんよ。

♪ボサノバのリズム♪なんて歌詞から始まる曲「私の好きなもの」なんか、

ホント軽いポップなボッサという感じで、今聴いても全然古臭くない。

何たって永六輔&いずみたくという黄金コンビですからね♪

またいずみたくさんは当時、平和運動なんかにも参加してたり、

フォークソング的な曲もたくさん書いてるんだ。

佐良さんの殆どの曲を書き下ろしてるってのもあるけど、

アルバムでは「君の祖国」「500マイル」「朝日のあたる家」

なんて曲もカバーしてるんだ。

当時は「世界は二人のために」という曲もあったけど、

僕はなぜか「いいじゃないの幸せならば」というこの曲が好きでした。

ちょっと哀愁を帯びた曲調でね、子供ながらに惹かれた。

しかしこの「いいじゃないの幸せならば」というタイトル。

なんてぶっきらぼうで突き放した響きなんだろう。

今こういうタイトルないもんね。

こういうのも、もはや死語ならぬ死題かもしれんね。

あかん、90年代ブーム宣言したのに、やっぱ60年代行っちゃうわい(^^;;

頑張れ〜😎 

では、ぶっとい声とぶっといサウンド、お聴き下され。。。

 Very cool‼️

 

いいじゃないの幸せならば/佐良直美

 

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バイバイ

 

 

 

 

 



その訃報は去年突然入って来た。

ずっと書けずにいたけど、やっとさよならを。

あまりにも偉大な二人。

全然職種の違う二人だけど、

僕にとっては新しい女性の在り方を世に知らしめた二人でした。 

サム・クックをアイドルにもつアレサは、

同じゴスペル出という境遇にもシンパシーを感じてたと思うが、

ゴスペル出のシンガーが、世俗的なポップスの世界へ転身するというのは、

当時はご法度であり、神への冒涜とも取られかねなかったという。

それゆえか、サムもアレサもポップス界における

ソウルミュージックの普及への尽力を惜しまなかった。

2人に共通してたものは、やはり精神の解放だ。

時代も後押ししたのかもしれないが、

やはり2人の後世への影響は計り知れないものがあります。

アレサは大の飛行機嫌いというのも有名な話ですが、

そういう女王らしからぬ一面も、何だか親近感持っちゃいましたね。

そのおかげで最後まで日本に来る事はなかったのだから、

残念でならないソウルファンも多かった。

アレサは常にトップにいつ続け、

この21世紀まで、自身のギリギリの命の限りまで、

そのソウルを惜しみなく披露してた。

どんな強靭な喉の持ち主でも、年齢と共に声が衰えてゆく。

それが自然だし、僕なんか、

変わらない事に美学を感じてる人達はよくわからない。

アレサのシャウトする♪Hey!♪は、

どんな言葉をも超える女性の解放そのものでした。

ソウルの女王はカバーソングの女王でもあったけど、

ホントに当時ディオンヌ・ワーウィックやダイアナ・ロスは

どう感じてたんだろうか?

「Respect」を見事にカバーされたオーティスなんかは、

「いやぁ〜めぇーった!めぇーった!」と呆れ返ったという。

コロンビア時代や70年代のアトランティック時代にも

好きな曲多いけど、

 今日は初めて動くアレサを観たって事でこの曲を。

たくさんの夜にソウルをありがとう!アレサ、バイバイ!


Aretha Franklin - I Say A Little Prayer: her very best performance!







さくらももこさん。

もうその名を知らない日本国民はいないんじゃないかと

思うぐらいの偉人だ。

僕にとってよく記憶のない90年代のテレビの世界で、

サザエさんと共に仁王立ちしてるような存在が、

ももこさんだった。

ちびまる子ちゃんは一見、

子供達や、その回りの大人達が入り乱れたドタバタ劇なのですが、

実はこう大人でも“うちあたい“させられたり、

考えさせられる世界なのですな。

それはそのまま子供達への教育にもなるんじゃないか?

と思わせる内容も実に多かった。

それまで少女漫画にはそういうのって少なかったですよね。

今でも放送されてるちびまる子ちゃん。

その昭和チックなドタバタ劇は、

昨今のような過剰なコンプライアンス時代には、

潤滑油のような存在ではないだろうか?

昔のような根性論も嫌だし、最近のハラスメント病も馴染めない僕は、

いつもどうして日本人には中間がないのか?と思ってた。

日本には“いい塩梅“という素晴らしい言葉があるじゃないか、って。

そのいい塩梅の好例がももこさんが生んだ、

ちびまる子ちゃんではないだろうか?。

ほらほら、そこでSNSでしつこい書き込みしてるチミ!

そんな暇あったら、家族とケンカでもしなさい、

犬と会話のひとつでも交わしてみなさい、

と、ももこさんは伝えたかったのかもしれませんね。

いつかももこさんの故郷の静岡行ってみたいです。

そして作品に登場したゆかりの地を回るのだ!

ももこさんバイバイ!

yeah!オレも主題歌に使って欲しかったぞ(^ ^)

♪天然のプゥ〜♪なんぞを!

 

 

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ブレッドでポカポカ

 

 

 

へへ、久し振りの♪おきな〜わ〜南いんたぁ〜♪だす。

今回はお使いで本部まで。

南いんたぁ〜から行くと、那覇向けと名護向けでは、

当たり前ちゃー当たり前ですが、その見る景色が違うわけだ。

共通してるのは少しベースの中が覗けるぐらいかな。

こういう景色もいつか、見れなくなっちゃうのかもしれませんね。

なんとなくそんな気がすんだな。うん。

 

 

しかしちょっと北部に行かなくなると、

もう新しい道路があちこちに出来とる!という。。。

もう道がどーなってるのかよくわかんない(^^;;

え?ここからホントに具志川行けんの?

というようなトコに道路が出来てたりしてた。

次回はそこ通って具志川まで行ってみようかね。

 

しかし、やはり北部は寒い。

 

若干みんな厚着だし、なんたってみんな急ぎ足だ。

まー僕としてはもうちょっと気温が低くなって、

思いっきり冬服着れるぐらいになってもらいたいんですが♪

 では、このブレッドの曲で心も体もポカポカになってくれぇーい!
 
この曲もラジオで覚えた曲。
 
だからレコードで聴くってよりは、それこそお得意の不意にね、
 
こうラジオから流れちゃうと、えらいテンションが上がるだばぁーよ!
 
そんな曲みんなにもあるといいね。
 
なんて言ってたら、ラジオからきいやまが流れ出したぁぁ!
 
ふ・ふ・不意に。。
 
 
Bread - Make It With You {HD}
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ひんやりニール・セダカ

 

 

 

 

 

 

今回のニールは、同じニールでもヤングの方じゃなく、

アメリカンポップスの象徴、重鎮ニール・セダカです。

その甘い声と(時折シャウトする事はあまり知られてない)

卓越したソングライティングは、まさにブリルビルディングを代表する人だ。

その昔ブリルビルディングでは、

かのキャロル・キングと机を並べてたというのだから、

その切磋琢磨振りが眼に浮かぶようだ。

同じニューヨークのブルックリン出身ってのも、

僕なんか若い頃ずいぶん想像を掻き立てられたものですが、

ブルックリンやブロンクスには好きな作家が多い。

と言ってもキャロルの方がどうやらニールを慕ってたらしい。

ニールの「オー・キャロル」という曲は、

キャロルに捧げられたという話は有名だが、

それにキャロルが「オー・ニール」という曲でお返しに吹き込んだのは、

あまり知られていない何とも微笑ましいエピソードです。

 

以前70年代のニールの代表曲「雨に微笑みを」を紹介しましたが、

今回は全盛期のニールの代表作を!

 

すてきな16才 [日本語訳・英詞付き] ニール・セダカ

 

とにかくメローな男だよ。

ニールはもう80歳ぐらいだと思うけど、

今でもこの声出せそうだから微妙に怖いちゃー怖い。

何ともポップス声だよね〜?

エルトン・ジョンとかビリー・ジョエルなんかもそうだけど、

ポップスとしてよく通る声。

曲の良さと同じぐらいポップスに不可欠な要素ですよね。

空気に気持ち良く乗る声ってのは。

 

恋の日記 [日本語訳詞・英詞付き] ニール・セダカ

 

この「The Diary」という曲も実は好きで。。。

いわゆるハチロク物のロカ・バラードで、

ヘタすっと細川たかしの♪私バカよね〜♪と歌い出しそうなその旋律ですが、

言っときますと、この曲が一応“演歌ハチロク“のルーツだと僕は確信してる。

20代の頃、松山のケントスにTというボーカリストがいて、

実にこの歌を上手く歌ってて、よくリクエストしたもんです。

Tは元気だろうか?

Neil Sedaka - Breaking Up Is Hard To Do

 

最後はやはり1番好きなこの曲。

この転調ヤバイし、きっとビートルズとかもね、

すごく影響受けた思うんだ。特にポール。。絶対ポール (^^)

それぐらい斬新なメロディー構造なんよね。

ニールとキャロルは同じ机を並べてたって話したけど、

曲の作り方なんかもとても共通してるものがあるんだ。

きっと「ここだけど、コード進行こっちの方が良くない?」

なんてお互いの曲聴かせたりしてんだろうね。

そこに若きポール・サイモンがヒョコっと遊びに来るんだから、

いやはや何とも贅沢で凄い世界。

 

この曲はもう小学校の頃から大好きな曲で、なんつーか、

とにかく甘酸っぱい恋の思い出でいっぱいだ。

で、これ聴くと、とある場所を強力に思い出すのだ。

そこは諸見小学校の中庭なんだけど、

夏でも涼しくてひんやりした場所があったんだ。

大きなかじゅまるのせいもあると思うけど、とにかくひんやりとしてた。

よくみんなでここで集まってはみんなで寝転んで歌ってた。
 
そうそう、中学上がっちゃうとなぜかやめちゃうけど、
 
小学まではよくあっちこっちで寝転んでたね。しにウケる。

なぜかニールも中学と同時に聴かなくなったけど、

何かそういう成長なんかと関係あんのかな?

ニールは子供だった僕から見ても、おじ様というか、

エルヴィスやジーン・ヴィンセントのようなカッコいいシンガーでもなく、

どちらかと言えば裏方のような風貌だったんだよね。

だから声高に「ニール・セダカが好きだ〜」なんて言えなくて、

隠れニールファンという。。。ごめんよニール。

エルヴィスが入隊したりバディ・ホリーが死んじゃったり、

最初のロックンロールブームが終わっちゃって、

その次のビートルズや、ロックグループ・ブームの間の僅かな時期だったけど、

アメリカンポップスが花開いた時の象徴みたなのがニールだったのかな。。

不良性なんか微塵もないし、セクシーでもないけど、

確かにあの時代に明るい彩りを添えてくれたアーティストなんだ。

今聴くとなおノさらだ。

やっぱ永遠にいい曲、そしていい声。

よく通る、よく抜ける声は素晴らしい楽器だね。

 

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無伴奏

 

 

 

 

 

とんでもない映画を、、、観た。

けして皆さまに、声高にお勧め出来る作品ではない。

成海璃子ちゃん主演という事で観たわけなのですが、

いやはや何とも、何とも後味が重い。

時代設定が1969年という、俗にいう政治の季節と言われたあの時代の話。

1969年に青春に生きた世代に、この映画の感想を聞いてみたいですね。

世代的には現在70代前半から60代後半ぐらいでしょうか。

ま、相変わらず賛否両論、意見は真っ二つに分かれると思うけど。

この時代を若者として激しく生きてきた人達が、

僕の周りには多かったので、色んな形の姿が見れた。

おかげで適当な社会の授業より、リアルタイムな社会勉強が出来た。

とにかく若者はみんな、やたらと怒ってた。

それこそ意見が食い違うとすぐにでも殴り合いが始まりそうな、、

そんな空気で街や店は充満していた。

この映画、当時のコザのムードとはまた違うけど、

69年当時の感じを実に上手く描いていると思う。

なんて言うんだろう?

街並みから建物の感じ、殺風景な病院の感じとか、

実にリアリティーをもって飛び出して来るのです。

部屋の電気も付けずに、みんな普通にダラダラと過ごしてるとことか。

音楽喫茶の独特の感じもリアルでしたね。

当時はジャズやクラシックを流す店が多かったと思うけど、

店の人がやたら威張っててね、やな感じだったのよ。フントーに。

若者が哲学書片手にコルトレーン、なんてそんな時代が確かにあったんだな。

気難しいちゃー気難しいけど、

生きるとは何か?真実とは何か?

と真面目に考えてた最後の世代だったのかもしれないね。

それがたとえ虚しく打ち砕かれようとも。

そしてこの映画特に面白かったのが、
 
成海璃子ちゃんら女子高生も含む女性の話し方。

思った以上にゆっくりとした穏やかな話し方なんだよね。

そんな遅いゆったりした話し方だっけ?と思い出してみたよ。

そうだね、ちょうど今と小津映画の中間ぐらいの、ゆったりした感じかな。

それを今の役者さんがやるからまた面白いんだけど、

感情が高ぶった時だけ今っぽい喋りになるのも可笑しかった。

こういう当時を演出してる作品を観る度思うんだけど、

とにかく今のスピードの鬼のような速さにびっくりします。

あ、ちゃう、逆だ。

昔のTV番組のエンドロールを見ると、

そのスピードの遅さにびっくりするんだった。

遅っ!つーて。

それが女性の喋り方にも表れてるんだね。

ちょっと声高にみんなに勧められる映画じゃないけど、

後味が悪く、重い作品が好きな方もいらっしゃいますからね。

あ、斎藤工くんも独特な不気味な役柄を演じてます。

今の子は政治には無関心なんて言うけど、

工くん演じるこういう若者は今でも多そうな気がするね。

 

 

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シングルCDブーム

 

 

 

 

僕というヤツはですな、

ホント時代と上手く馴染まないと言うか、

どうしようもなく折り合いがつかないわけだで♪

そう、ここに来て今更の90年代ブーム到来。。

そして呆れたとかしか言いようのない、

まさかのシングルCDブーム!

ごめんねごめんねー。

覚えてますか?シングルCD、それも8cmのヤツ!

今リサイクル屋さんとかなら50円〜200円程で買えちゃうヤツ。

元々僕は90年代という時代の記憶がないわけで、、

シングルCDと言えば、持ってるのは自分が仕事で参加したものぐらい。

で、なんでシングルCDなんか集めてるかと言えば、

例のclassの「あの夏の日の1993」事件から。

大事MANブラザーズってなんだ?

LR?

と、殆どが知らないアーティストで、

目をパチクリしてたのですが

中には知ってる歌やカバーした事ある曲があって、

なかなか楽しくなってきた!

ユーミンの「春よ、来い」があったり、

コンテスト友のGAOさんのCDがあったりして、

あーあの時期かーみたいな発見もありました。

もう誰にも見向きもされない8cmのシングルCD。

なんかそう思うとさ、また愛おしさが増したりして。

今から30年前、レコードもそういう境遇にあったんだよ。

もう捨てられたようなもんで、本屋の奥にひっそりと積まれてたもんさ。

もしかしたら、このシングルCDブーム来るかもよ!

2040年代ぐらいに。笑

20年後の女子高生なんかが「べー小さくてしにカワイイ!」つーて。

わからんぞ、クイーンだって来たんやからね!

けどまたしても、

お目当てのナイティーンアイティーンが見つからず。 

残念So Tight!

それでは、初THE BOOMの「中央線」聴いてみます♪

 

 

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クイーンブーム

 

 

 

 

いま巷では、ちゃうか?世界中でかな?

今は無きロックバンドのクイーンが空前の大ブームとからしいです

日本で興行収入が100億円を突破し、世界では613億円という、

映画「ボヘミアン・ラプソディ」から火がついちゃったのかな?

話ではどこ行っても「映画観た?」とか、

「アルバム買った」とかクイーンの話で持ちきりらしい。

レコード屋なんかもう分かりやすいちゅうか

露骨にいきなり店頭にクイーンのアルバムが並んじゃったりね(笑)

そりゃー稼ぎ時だよね。


え?わたし?

まだ観てませんよ (^^;;

うーん、やっぱWOWOW待ち?TSUTAYA待ちかな?

なんかね、映画館になかなか足が向かないんですね。

ここ何年いい作品に出会ってないのもあるけど、

最近の映画館自体に魅力を感じなくて、、、

理由はいろいろあるのですが、、、

映画好きなのにごめんなさい。

なんか宣伝が大袈裟で、周りで評判が良い映画って、

100パー外すのね ぼくってヤツは^_^

うーん、ヒット作となかなか相性の悪いわたしだ。

しかし、なぜに今クイーン?ってのが正直な感想。

クイーンってね、どちらかと言えば当時ゲテモノ扱いで、

クラスで好きなヤツなんか皆無に等しかった、、あいつMを除いては。

当時はやっぱベイ・シティ・ローラーズとキッスが人気を二分してたからね。

ってクイーンがキッスよりゲテモノって、

なんだかよく分かんない話だけどさ(^ ^)

 

とにかく僕はあいつ、Mの影響でクイーンはかなり聴いてたのね。

聴いてたちゅーか聴かされてたちゅーか。

よく二人で部活終わった後、ポータブルのでっかいラジカセ担いで、

僕らのセントラルパークに行ったもんさ。

それこそ夜にフルボリュームのボヘミアンラプソディさ!

個人的に僕はキラー・クイーンとかドント・ストップ・ミー・ナウが聴きたかったけど、

そこはラジカセの所有者に従うしかなかった。



そんなMももうこの世にはいない。

向こうでフレディと会えたのだろうか?

そのフレディ本人もびっくりな、

空前なクイーンブームをMはどう思ってるんだろう?

はは、ホントはわかってんだ。。

絶対あいつは「チッ!」って舌打ちしてるに決まってるんだ。

「てめぇーらおせーよ!」つーてさ。

しかしこの現象、なんだろね?

一体何がみんなの心に刺さったんだろ?

映画自体の良さだろうか?

それともフレディのドラマチックな人生かな?

音楽そのものだといいなぁ。。そう願うなぁ。。

 

Queen - Killer Queen (Top Of The Pops, 1974)

キラー・クイーン!1:00辺りから入るドラムロールからのチーン!

これよくレジ開いてタイミング合わせなかった?世代あるあるとか?笑

ブライアン・メイのギターも今聴くと粘着度凄い!

マウンテンのレズリー・ウエストばりの粘着度やね♪

あとメローなギターオーケストレーションが素晴らしい!

 Queen - Don't Stop Me Now (Official Video)
 
クイーンって今思うと、やっぱすごくビートルズの影響あるんだけど、
 
イギリスの色んな先輩達の音楽がミックスされてる感じ。
 
この曲もギターの粘着度凄い。
 
ブライアン・メイのギターってやっぱすごくメローで、
 
やっぱお城育ちの気品を感じちゃいますな。
 
 
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丑三つ時っ子

 

 

 

 

きっと誰しも、自分がリラックス出来る好きな時間がある。

ニャーニャーと愛猫に起こされる穏やかな朝の時間だったり、

仕事帰りに立ち寄った名もないビーチで見た夕日だったり、

雨の音を聞きながらする読書だったり、

人の数だけ色んな好きな時間があることでしょう。

ぼくは子供の頃から、

丑三つ時という、これまた独特な空間が好きな子でした。

そりゃー夏休みにでもなれば元気にラジオ体操に行き、

蝉やカブト虫、クワガタなんかを取りに行く子供らしい子供でもあった。

それでも暑くて眠れない夜、

(そうそう、昔はクーラーもなく、暑くて夜中によく起きたものだよ)

瓦の屋根に登ったりして月をボーッと眺めるような子でもあった。

狂おしいロックンロールと同じぐらい、

丑三つ時の静まり返った、誰もいない、

誰にも邪魔されない、ひとりの時間が好きだった。

静かな夜を彷徨ってると、実に不思議な場所に放り込まれた気分にもなった。

その世界は、まるで明日の爽やかな朝とは別世界のような場所だった。

子供の頃ってのは、これが現実か夢なのか、

ホントよくわからない不思議な世界を、平気で行き交ってた記憶がある。

かのキジムナーというヤツも、そういった類のものではないだろか?

現実と非現実の世界を行ったり来たり。。。

丑三つ時にはそういう、ワクワクでドキドキな時間が確かにあった。

その時に飲む水はきっと何よりも冷たく感じただろうし、

その時聞こえてくるドアの音は何よりも恐怖心を煽られたのだ。

不便なものこその愛おしさを小津安二郎は「お早う」で描き、

手っとり早い物に魂は宿らないと高倉健は未来を案じた。

いろんな物を用意され、この未来とやらにたどり着いてみると、

意外や意外、まるで引き換えのようにそういう心の高揚が奪われた。

お手軽に手に入る虚構の世界を、みんなが一瞬に共有出来るこの時代には、

そんな不思議な空間や出来事も必要ないってわけだ。、

 

いや、もうそういう感性に見向きもしなくなったという、

のが正解かな。

豊かだった、僕らの共鳴し合ってた乱暴な残響音も、

美しくもない全国均一なリミッターとやらに止められてしまったし、

豊かさってなんだろ。。。

だからいつも側にあるギターに感謝するのだな。

この楽器の豊かさだけは永遠だから。

自由で自然な美しい響きってのは、いつだって人力ってやつだ。

またその素晴らしさこそ、僕の丑三つ時に見事に開花する。

自然と音が調和し、五感が冴えわたるなんとも美しい世界だ。

誰もいない雑音のない丑三つ時。

昭和っ子、爆音っ子やコザっ子と色々あるけれど、

僕は間違いなく丑三つ時っ子。

 

 怪物くんの子守唄  白石冬美 今西正男 大竹宏 兼本新吾

 

で、やっぱり丑三つ時と言えば、ぼくのアイドル怪物くん!

丑三つタイムとハッキリ歌ってますね、、笑

世界中に子守唄数あれど、これほどわがままで残忍な子守唄はない。

目に指を突っ込んだり、口の中に石を投げ込んだり、

とにかくどうだ!と言わんばかりにやりたい放題の怪物くん。
 
で、オチが「うーん、、、眠れない、起きろ!」というキュートさ。 
 
コンプライアンスでビクビクしてるこの時代、放送出来ないとか(^ ^)
 
いやいやなんとも平和でのどかな昭和でした。
 
 
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楽器を壊すという話

 

 

 

 

 

 

ロックミュージックってのは破壊を美徳とする時代があった。

ギターに火をつけ破壊し、ドラムを蹴り投げつけたり、

また自らの身体を傷つけるアーティストも多かった。

有名なとこではその象徴がジミ・ヘンドリックスだったり、

ジム・モリソンだったり、キース・ムーンだったり。。

 

 

だが実際、楽器というものは大事なものだし、高価だし、

ノリノリで壊すヤツってのは、それこそ大金持ちのボンボンか

業界の成功者のどちらかだ。

じゃなければよっぽどのバカか、遊びが行き過ぎたやつだ。

ぼくらが若かりし頃も、ギターを壊すヤツってのは、いたにはいた。

でもその壊すギターってのが、大概使い物にならない安価なギターという

情けないものだった。笑

なので、いいギター、

高価なギターを壊すヤツってのはお目にかかった事などない。

僕らはそういう使い物にならないギターを壊す輩を、

「なんちゃってモンタレー」などと呼んでいた。

まぁーカワイイちゃーカワイイけどね♪

けしてカッコ良くはない。

 

 

さて、まだギターはいいでしょ。

バラバラになったって、それこそ安いバーツを組み合わせて再生させるってのも、

出来ないこともないわけで。

それでは、他の楽器でそういう事する人はいるんだろうか?

例えばギターの、それこそ余裕で10倍でも100倍でもするバイオリンとか。

ぼくはそんな恐ろしい話聞いた事もないけど、

どこかにやっちゃうようなヤツがいそうな気もします。

バイオリンなんてホントお嬢さまおぼっちゃまの楽器ですからね、

壊してらまた買えばいい!みたいな気の遠くなるような金持ちでしょうね。

で、自分で「バイオリン界のジミヘン」とか言ってさ、

それを売り活動してさ、この広い世界のどこかにはいそうだよね♪

 

あまりにも有名なモンタレーのジミ。もうこの絵は芸術の域です。

 

楽器を壊すってね、やっぱり時代もあんのかな?

今やっちゃうとそれほどカッコ良く映らないのが面白いね。

実はそんな楽器を肌身離さず大事してるこのぼくも、

何度かね、ギターを投げた事があります。

ま、カワイイもんですね ^^;;

それはちょっとお酒が入ってね、遊び心にローディーにギター投げたりね。

ギターを燃やして破壊したことで有名になったジミは、

後にその事で苦悩したけど、コーネル・デュプリーを始めジミと共演した

アーティストは口を揃えて「ジミはあんな事する人間じゃない」と述懐してた。

やはりジミもスターダムの階段を上る中で、

自分の力でどうする事も出来ない迷路に迷い込んだのかもしれないね。

 

 

 

が、が、たった1人だけ、もの凄いことやっちゃった人がいます。

ピアニストの山下洋輔さん。

山下さんのその演奏スタイルは、

華麗なる美しい調べから、鍵盤を指やヒジで叩きつける奏法まで

変幻自在なのですが、遂にピアノに火を点けちゃったんですね。

バケツでピアノに水をぶっ掛けてピアノが使い物にならなくなった、

なんて話も聞きましたし、ジャズの演奏家ですが、

そのスピリッツはロックそのもの!

もしかしたらピート・タウンゼントに憧れてたのかもしれません。

 

楽器を壊す、イコールその楽器の値段ってのがモノを言う気がしますね。

世界的に有名なギタリストが来日公演の際、

自分のギターによく似た安価な日本製ギターを購入し、

壊したのを見たファンが、

「なんだ偽物か!」と不評を買った例もあるぐらいですから。

変な話ですが、そういうことみたいですね。

けして、うわぁーあいつスゲー!タンバリン壊した!とか、

ハーモニカ壊したとかが話題にならないわけで。

でも逆に、壊さなさそう楽器、

例えば沖縄のサンバとか壊したり燃やしたら、

あいつまたサンバ燃やしてる!つーて、変な話題になるかも。

 なんだ、要は楽器壊すって話題作りか!

そこの突っ込むあーたぁ、そういうこってす♪

ある意味営業ですな。

それでは素晴らしい歴史的PV映像をご覧あそばせ!!

 

The Who - My Generation live 1967

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