著者の本は、以前、スモール・ネットワークを論じた「複雑な世界、単純な法則」を読んだことがあります。
本書はそれに続くもので、基本的な問題意識は以下の記述に表れています。
(p20より引用) 本書の中核をなす考え方は、突然わき起こる民族主義の高まり、女性の教育と産児制限との特徴的なつながり、さらには根強く残る人種間の分離をはじめ、金融市場や政治、ファッションの世界で見られる重要もしくは純粋に興味をかき立てられる多くの社会現象を理解する唯一の手立ては、人間ではなくパターンを考えることだというものである。
面白い切り口で、いくつか私の興味を惹いた記述があったので、覚えに書き記しておきます。
まずは、「自己組織化の本質」について。
(p29より引用) 自己組織化の本質は、パターンがひとりでに、しかも構成要素の細かな特性とはいっさい関係がないと言ってもいい形で出現することである。
この考え方をわかりやすくたとえていえば、「空気の分子をどのように研究したところで台風を理解する助けにはならない」ということです。
もうひとつ、著者の「経済学者の利己主義」についての興味深い指摘です。
従来の経済学に没入していると、自分自身の行動も「合理的」傾向が強まるというのです。
(p177より引用) 「ふつうの」人々と比べたとき、現代の経済学理論を身につけたことが、経済学者自身の行動に知らず知らずのうちに影響を与えている可能性がある・・・経済学・・・を学ぶと、・・・「利己主義モデルに接しているために、実際に利己主義的な行動が助長されてしまうのである」。経済学者たちが助言者として世界の多数の政府に大きな影響力を及ぼしていることを考えると、この見解にはいささか不安を覚えるものがあるのではないだろうか。
このことは、経済学者の判断基準が「ふつうの」人とは異なることを意味しています。「経済学者が前提としている人」の行動が「現実社会の人」と相違しているわけですから、経済学者の推奨する政策は、実社会にはJust fitしないことになるのです。
さて、本書のサブタイトルは「社会物理学で読み解く人間行動」とあります。
物理学的な側面としては、現実の人間社会を「複雑系」として捉える考え方に拠っていますし、社会学的な側面としては、前提を「合理的判断をくだす個人」に置く従来型経済学ではなく、最近流行の「行動経済学」の研究成果を紹介しています。
著者が例として示す「人間行動」の結果のひとつに「富の偏在」があります。
(p242より引用) 富の偏りに関する普遍的法則は、人間世界に見られる数学的法則と自然界に見られる数学的法則との間に著しい共通性があることを具体的に示す一例にすぎない。
ここでいう「数学的法則」とは、フランス人数学者ブノア・マンデルブロが発見した「べき乗法則」といわれるもので、さまざまな変動の発生頻度は、正規分布の曲線より両端の裾野が緩やかな分布を示すというパターンを示すとういうものです。
本書の基本的な主張は、①自然界には、簡単な数学的数式で示されるひとつのパターンがある。②その数学的パターンは、人間を集団としてとらえた場合の行動についても当てはまる。というものです。
ただ、これは、「人間」といえども「自然」の一部であるとの考えにたてば当然ともいえます。著者は、この「当然」という点について、なぜそうなるのかを説明してくれているのですが、どうもそのあたりの論旨については、残念ながら、私の理解力がついていかなかったようです。
さて、最後に、著者による「知性」の定義についてご紹介しておきます。
(p97より引用) われわれの頭の意識的な部分を効果的なものにしているのは、実際には論理ではなく、適応する能力、すなわち、ある規則や考え方、信念などにもとづいて歩を進め、ついで、その結果がどうなるかによって調整していく能力である。・・・知性とは、単純な段階をたどり、調整しながら学習する能力のことなのだ。
著者は、「知性」を静的なものではなく動的な能力と考えているようです。
人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動 価格:¥ 2,520(税込) 発売日:2009-06 |
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