会社をつぶす経営者の一言 「失言」考現学 (中公新書ラクレ)村上 信夫中央公論新社このアイテムの詳細を見る |
メッセージを伝えるために
メッセージの準備
社長やスポークスパーソンは、事前に用意した文書だけではなく、“自分の言葉”で語るメッセージを準備するべきだ。緊張するのはわかるが、用意した文書をただ読み上げるだけだと、どうしても、誠意がない、反省がない、という印象を与えてしまう。これは、立場を代えて、自分たちが被害者やステークホルダーだったらどう思うか、考えればわかることだ。
記者会見で説明するべきことは、①事実の説明②経過と現状③原因④再発防止策⑤責任表明の5つ。主張すべきことがあればハッキリ言うべきだし、誤解があれば解くべきだが、自分たちの視点ではなく「社会の視点」で語らなければ、その発言は、居直りとしか見えない。
船場吉兆のささやき女将が、食べ残し料理の使い回しという報道に抗議し、「残された『お料理』と言って欲しい」と発言したのは、料理に携わる者として、もしかしたらやむをえない発言だったかもしれないが、誰の目にも説得力はなかった。2008年7月、野球部員が起こした女子高生暴行事件で、記者会見に臨んだ桐生第一高校の高橋昇校長は、甲子園出場が決まった同校野球部をそのまま出場させたいと、「一年、頑張ってきた選手たちに道を全うさせてあげたい」、「一人のミスで、全員が責任を負うのは違っている」と発言する。この発言を奇異に感じた人は多く、直後に、筆者がとったアンケートでは、「あの高校に子どもを進学させたくない」という反応が多かった。
主張や誤解を解くための情報発信は、発信のタイミングと発言に工夫が必要となる。
[5W1Hの新聞記事]スタイルのスピーチ
記者会見での状況の説明・報告は、推測や未確認事項、個人の感想を交えるべきではない。この時のスピーチは、[起承転結]ではなく事実のみを伝える[5W1Hの新聞記事]ス
タイルで行うべきだ。[5W1Hの新聞記事]で語るスピーチの構成は、次のようになる。
■5W1Hの情報が入っている簡単なリードを先に持ってくる。
■その後に、細かい内容や背景を付け加える。
■リードと後の詳細は重複もある。
通常、人間は、人に何かを伝えるときに“起承転結”で話している。話し上手ほどその傾向があり、その話を聞くとよくわかるのだが、物語として起承転結で伝えようとする。だが、起承転結で話すということは、出来事に因果関係を与えることになる。そのために、推測や期待、未確認事項、感想などを交えることになる。
例を挙げる。「国王が亡くなり、一週間後、王妃も亡くなった」という事実がある。これ
が[5W1Hの新聞記事]スタイルである。だが、[起承転結]スタイルで語ると、「若き国王が亡くなり、悲しみのあまり、一週間後、後を追うように王妃も亡くなった」。となる。どちらがドラマチックで伝わり易いか一目りょう然、通常なら後者の方が評価されるのだが、記者会見ではこれがマイナスとなる。
なぜか?冷静に考えれば、後者には幾つかの疑問が生まれる。まず、悲しみだけで人は死ぬものだろうか、もしかしたら、死因は別にあるかもしれない。あるいは、この王妃は本当に「後を追う」ほど、国王を愛していたのだろうか。それを確かめるすべはない。すべては、伝える人間の推測、期待の域を出ない。曖昧な情報なのだ。
起承転結という構成は、長い年月を経て練られたものだが、事実を伝える記者会見では邪魔になる。場合によっては、記者たちをミスリードすることなり、それがわかった時には更に事態を紛糾させる。
想定問答の作成
あらかじめ、記者からの質問の想定とその答を作成する。これは、ポジションペーパーの項で述べたように、ポジションペーパーの作成と同時に行うと、伝えるべき情報や不足している情報の整理確認ができる。
「質問が浮かばない」
そういう相談を受ける事がある。そう言う場合、企業の論理からしか見ていず、不祥事を起こした自社の立場・言い訳を全面的に肯定している。だが、問題は、自社が起こした事件・事故の被害者や関係者がどう思っているかだ。何に不安を感じているかだ。こういう相談に、筆者は、自分がよく見ている新聞、テレビのニュース番組の記者をイメージするようアドバイスしている。例えば、夜の経済ニュースの記者なら、例えば、主婦が多く視聴する夕方のニュースの記者なら、あるいは読売新聞の記者なら、記者になりきって、そのニュースで流すコメントを撮る。新聞紙面を埋める記事を書くことを想像すると、容易に質問が浮かぶ。
さらに、念を入れて、想定問答集をベースに記者会見の前にディスカッションを行うことを提案する。論理的な矛盾が確認されるからだ。時間的にそれが無理な場合でも、ぜひ想定問答の内容を声に出して読み上げることはすべきだ。
筆者は、不祥事記者会見に臨むある企業のトップに、この時も時間がなかったが、想定問答の音読をアドバイスした。質問と答えを声に出すことで、シミュレーションとなり、その記者会見は無事に終わった。
このように、想定問答集は、スポークスパーソンの心の準備となる。が、会場では、絶対に見てはいけない。見るのは、名前や数字の事実確認の部分だけとする。前述の船場吉兆の女将のような事態に陥り、その瞬間、当事者能力を疑われることになる。
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