放送作家村上信夫の不思議事件ファイル

Welcome! 放送作家で立教大大学院生の村上信夫のNOTEです。

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイルファイル№24「熊野山中怨霊ロード」

2009年02月26日 07時24分34秒 | Weblog
 
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
ファイル№24「熊野山中怨霊ロード」 作 村上信夫

熊野山中に幽霊が出る。
この噂はたちまち、マスコミで取り上げられ、評判になっていた。
目撃地点は熊野の山中、昔から幽霊・妖怪の目撃が語り継がれているポイントであった。

春藤芽衣子たちが、その幽霊と遭遇した。
保坂弘、鈴木あずさを伴って、和歌山での講演が終わり、帰りを京都まで急ぐために、車で熊野山中を駆けていた時だった。
夜の帳が落ちはじめ、保坂がライトに手を伸ばした時、突然、前方に白い影が浮かんだ。
白い服を着た小柄な老婆だった。保坂が慌てて、急ブレーキを踏む。
「危ない、轢く!」
芽衣子も、あずさも目をつむった。
保坂は老婆と、一瞬、目と目が合った。憎悪に満ちた目で、老婆は、保坂を見据えた。背筋を、凍えるような寒気が走った。
そして、次の瞬間、保坂の悲鳴が上がった。
「うっそー!!」
老婆は身をかがめると、ジャンプし、楽々と3人の乗った車を飛び越えたのだ。
車は止まり、保坂はハンドルに顔を埋めた。
振り返ると、老婆はまだ保坂を睨んでおり、目には、獣じみた光りが宿っていた。
その日以来、保坂は、何度も老婆のおぞましい目を夢に見て、うなされる事になる。
芽衣子が車を降り、老婆の方を見たときには、既に、老婆は、飛ぶように山の中へ入っていくところだった。
「あの速さ、人間業ではない」
芽衣子は、念のために、所轄署に寄り報告をすることにした。
応対に出た所轄の刑事松井(49)は折口の知人で、春藤芽衣子のことを知っており、歓待を受ける。芽衣子は、さっきの場所で幽霊目撃が続出していることを知る。
さらに、そこへ、幽霊が出た!と、地元ドライバーたちが相次いで駆け込んできた。
「老婆の白い影」
「白い影の少年だった」
「いいや、若い。きれいな女だ」
 不思議なことに、白い影が、老婆であったり、若い女であったりと、目撃証言はまちまちである。混乱する所轄。芽衣子は、松井を手伝い、ドライバー達の証言を整理した。
 少年と判断したドライバーは、白い影の俊敏な動きを、老婆と見た者は目撃したシワだらけのサルを思わせる容貌を、そして、若い女と見たのは、長い髪が理由だった。
「私たちが見たのと同じと判断して 良さそうですね」
 が、所詮、確かめようのないこと。現実のものではない。あの世からの亡霊、そう判断せざる動きをした白い影だった。
 警察の外が騒がしくなった。
 犯罪心理学者が亡霊を目撃した。そう、聞き付けた地元の新聞、テレビの記者が取材に現れたのだった。電話で折口に相談する芽衣子に
「芽衣ちゃん、その様子じゃ、事件を解決しないと帰れそうにありませんね。松井さんに話しておきますから、熊野の温泉でも楽しんでください」
 受話器の向こうで、折口の笑顔が見えた。
 
熊野は神宿る地。
北に山岳宗教である修験道の霊場「吉野・大峯」、空海が唐より伝えた真言密教の道場「高野」、南に神道の霊場「熊野三山」があり、その他、太古のままの姿を保つ山や岩、森や樹木、川や滝には神が宿ると信じられてきた。
そのため、熊野山中は妖怪・怪奇の伝承が伝えられ、民俗学的にも<魔>の場所とされた。
熊野の代表的な妖怪話に、歌舞伎で知られる「娘道成寺」安珍清姫がある。
その昔、熊野権現に詣でた僧安珍は、清姫の館に一夜の宿を乞う。清姫は、安珍に一目ぼれするが、安珍は、お参りが済んでからと断る。しかし、熊野権現参拝が終わった安珍は、清姫との約束を反故にし、旅立った。安珍に裏切られたことを知った清姫は、血の涙を流し憤死。その身は、大蛇となって、安珍を追う。
安珍は、清姫から逃れ、道成寺に逃げ込む。道成寺の僧は、門を閉じると、鐘を下ろし、その中に安珍を隠した。その夜、大蛇は門を打ち破り、安珍の隠れた鐘を胴でぐるぐる巻きにした。一昼夜、鐘を巻き続けた大蛇は、やがてあきらめ、熊野山中へと去るが、鐘の中の案珍は大蛇の毒気に焼かれ、わずかに灰が残るばかりだった。
熊野山中で、繰り返し怪奇現象を体験した学者もいる。
民俗学の巨人にして、世界的な粘菌学者の南方熊楠である。
南方は、熊野古道に居を構えていた。
「熊野山中を歩くうちに、しばしば幽体離脱現象に見舞われたりする。昼夜を問わず死者の霊を目撃したりする。この間は、死者の霊の導きによって、新たな菌を発見した」
 そう友人への手紙に記している。
 熊野の何がそうさせるのか・・・。
 
 芽衣子は、目撃資料の全てに目を通した。
 目撃者の証言による老婆、少年、あるいは若い女の動き、出現個所、その時間。それらを検討していくと、とても1人の生身の人間の動きとは思われない。では、幽霊、亡霊、物の怪?しかし、芽衣子は、その言葉を打ち消した。
 数十名の目撃者がいる以上、確実に何かが存在する。
「現実に起きた事件の謎を追うのが、刑事じゃありませんか」
困惑する松井を、芽衣子が励ました。
 目撃個所を地図上に記した芽衣子は、閃くものがあった。
 芽衣子は、松井に同行を求め、保坂、あずさとともに張り込みに出かけた。
「多分 今度、ここに出るわ」
 
 熊野古道は、熊野3山に詣でる参道。沿道には、熊野の子神を祭る王子社が随所にあり、その一つ滝尻王子からは熊野の神域とされる。
 その古道を修験者の並木(30)が歩いていた。
 予定より遅くその夜泊まる宿坊への道を急いでいた。
 突然、行く先の原生林から白い影が飛び出した。人1人がやっと通れる山道に、並木が一瞬たじろいだ。
 少年? 並木はそう見た。小柄な体が、俊敏な動きを見せている。
 女? 次の瞬間、並木は目を見張った。
 長い髪を風になびかせながら、女は空を飛んだ。
 が、振り返った顔を見て、並木は、修験者にあるまじき悲鳴を上げた。
「物の怪!」
 若い女と見間違えたのは、シワだらけのまるでサルのような表情の不気味な老婆だった。その奇怪なサルのような老婆は、並木を見ると、歯を剥き出しにしてにやりと笑った。
 身がすくんだ。金縛りのようになりながら、並木は、老婆が、木々の生い茂る急斜面の山肌を、まるで飛ぶように駆け上がっていくのを見送った。
「わぁー!!」
 金縛りを取り払うように気を込めた声が、熊野古道に響いた。
「出た!」
 芽衣子たちは、声のする方向へ走った。

 並木の話を聞いた松井は、捜査の網を周辺に敷いた。
 その網に夢遊病の老婆の話がひっかかった。老婆は、深夜、ふいといなくなると、数時間して戻ってくる。本人は、どこへ行ったか、何をしたのか、まったく覚えていない。
出かけた後の足は泥だらけであり、ひどく疲れている様子だと言う。
 そう知らせてきたのは、山中の町の病院の医者だった。
 医者と会った芽衣子は、その患者、山木キミ(75)の家を訪ねた。
 家人は留守だったが、キミは昏々と眠っていた。
 その様子を見て、芽衣子はある種のトランス状態を見て取った。
「張り込んでみませんか」
 松井は、老婆に張り込みを行なった。
 芽衣子たちと、修行の未熟さを恥じた並木が、同行を申し出た。
 2日目の深夜、ついにキミが外へ出た。キミは、どんどん山の中へ入っていく。
 松井が、声をかけようとした瞬間、キミは、突然、両足で跳躍した。そのまま杉の木を駆け上がり、次の木に飛び移った。キミは、山中を飛び跳ねながらさまよう。そのジャンプは、人間の技を越え、自然と戯れるように見えた。
やがて、跳躍を繰り返し、深い杉林の奥へと消えていった。
 松井をはじめ、屈強の刑事たちにも、なすすべがなかった。ただ、呆然とその場にたちすくむだけであった。
「狐憑きだ・・・」
 並木が呟く言葉に、誰もが同意した。楽しそうに飛び跳ねる老婆の姿は、まるで狐そのものだったからだ。

 芽衣子と松井、並木は、キミの家を訪ねた。
 キミは息子夫婦との3人暮らし。母の夢遊病に悩んでいた。今まで多くの医者に診察を受け、また、熊野の土地柄、修験者にみてもらったものの、キミの病気は治らなかった。
 それどころか、このところ、キミの症状は悪化し、昼は寝て、夜になると激しい勢いで騒ぎ出し、やがて外へ出て行く。近所の人々に手伝ってもらい、押さえつけたり、縛ったりしたこともあったが、その力は強く叶わない。
 ついに、集落では、キミの夢遊病を見て見ぬふりをすることにしたというのだ。
 亡霊騒ぎが大きくなるに従って、もしかしたらと怯えていた。
 並木が言った。
「お母さんは、狐憑きでは?」
「はい・・・。若い頃から、自分はお狐さまにいつか祟られると怯えておりました」

 翌日、芽衣子はキミを訪ねた。
 夜明け前に帰ったキミは、疲れのためか、昏々と眠っている。
 芽衣子は、一日中、その側に寄り添った。夕方、目覚めたキミに芽衣子は、静かに話し掛けた。芽衣子の問いに、やがて話しだしたキミ。
 若い頃から山歩きの好きだったキミは、ある日、熊野の山中に古い祠を見つけた。熊野の山中には、朽ちて打ち捨てられた祠がここかしこにある。
 キミはその祠を掃除すると、自分の守り神にして、毎日、拝んでいた。
「ほんとに、くやしくて、でも、まさか・・・」
 やがて、キミは、口ごもりながら語った。
 やがて 年頃になったキミに、親の進める見合いが起こった。はじめは、見合いを気乗り薄だったが、それでも、やがて皆の進める話ならば、と、いつしかその気になった。
 しかし、その見合いは実らなかった。
 相手から断ってきたのだった。まだ一度も会っていない男だったが、やっとその気になっただけに、恋に破れたような思いだった。
キミは 泣いた。そして、親の勧める男と結婚した。
しかし、ある日、キミは、見合いを断られた本当の理由を知った。
「器量が悪いから・・・」
 キミは自分の祠に呪った。なぜ?なぜ?
 半年たった。見合い相手のところに輿入れした、近在一の美貌を謳われた嫁が狐憑きになったことを知った。さらに、家族が次々と不審な死を続けた。
 キミは恐ろしくなった。
「私が、お稲荷様に呪ったからだ・・・」
 それだけ言うと、キミの体は、また、宙に浮かび、外へ飛び出した。
 芽衣子も、保坂、あずさ、外に待っている松井たちも追いつかない速さだった。

並木は狐憑きの除霊を行なってはどうかと言った。
「先生、どう思います?」
 芽衣子は、普通の場合ならば、正直言って反対である。しかし、熊野という土地柄、
そして、本人がそれを信じているのであれば、有効かもしれない。
「私は、道であの方に会い、驚いてしまった未熟者です。しかし、やらせてください」
 並木の除霊秘事が始まった。
 修験僧の誇りをかけた、一昼夜に渡る加持祈祷が行なわれた。
 翌日の未明、キミはこの世のものと思えぬ声をあげて、その場を跳ねだした。
 呪文を唱え、喝! 並木は、キミの肩を叩いた。
 コーン!一声、高らかに鳴くとキミはその場に倒れた。     
                          <END>


企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル♯119「死に神に魅入られた少女」

2009年02月25日 05時09分25秒 | Weblog
 
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
  ♯119「死に神に魅入られた少女」 作 村上信夫

 渋谷で、中年男とホテルに入ろうとする女子高生を、珠緒は注意した。
 女子高生とすれ違った瞬間、女子高生の後ろに張り付く不気味な黒い服の男を、一瞬、見たからだった。その影は死に神だった。
女子高生の名前は小池澄み香(17)、化学が好きな、一見、問題のない生徒だ。しかし、彼女は「援助交際」の常習だった・・・。

その夜、東都大学大学院の保坂弘は、公園の水飲み場で大量の水を飲み続ける澄み香を見つけた。
倒れ込む澄み香を、保坂は珠緒と連絡をとり、東都大学付属病院へ運んだ。
 澄み香の両親の謙二郎とまゆみが病院に駆けつける。
だが、父親の謙二郎は、こんな時にも仕事を気にしていて、澄み香のことに積極的に関わろうとしない。
腹を立て、謙二郎にくってかかる弘。
珠緒の勧めで、澄み香は心療内科に入院することになった。

 珠緒がカウンセリングを行うことになったが、澄み香は「保坂に変えて欲しい」という。保坂に恋愛感情を抱いていた。
精神分析で言う「恋愛転移」を起こしているのだ。
珠緒は、以前に同様の患者と恋愛に陥り心中してしまった先輩のことを思い出し、危惧
するが、「患者に頼られた」と有頂天の保坂は、澄み香の担当を引き受けた。
 澄み香は、「父の謙二郎のことには関心がないし、父も私を無視している」という。
夜の医局で、澄み香は保坂に「抱いてほしい」と迫った。
保坂にたしなめられた澄み香は、病院から逃げ出す。
澄み香は、援助交際で男とホテルに入り、大量の水を飲んで倒れた。再び病院に運ばれた澄み香は「死にたかった」と言う。
珠緒は、澄み香の後ろで、死に神が笑うのを見る。
―― この子の心は死にかかっている。
 保坂は、澄み香との関わり方を病院内で非難され、珠緒も窮地にたたされる。
澄み香の症状も悪化する。
しかし、珠緒は保坂に澄み香の担当を続けさせる。
睡眠薬でやっと眠る澄み香。
死に神が澄み香の枕元に現れる。
保坂は死に神を追うが、まるで保坂をあざ笑うように死に神は病室で踊る。
興奮する保坂に対し、「あなたが落ち着かなくて、クライアントを救えるの!」と叱る。
やっと落ち着いた保坂は、担当を続けさせて欲しいと頼む。

珠緒は、父親の謙二郎が、酒乱の父親から虐待されていたことも知る。そこで、澄み香は、「家族療法」を始めようと苦心する。
「自分と同じ不幸な子をまた作る気ですか」珠緒の言葉に、謙二郎は首を横に振る。
 珠緒と保坂は、澄み香と母親のまゆみを相手に治療を始める。
しかし、澄み香の心は冷めたまま。
だが、突然、ずっと消極的だった謙二郎が診察室に現れた。
来るわけがないと思っていた澄み香には、驚きだった。
 娘と父親、母親の3人が、初めて本当に自分の気持ちをぶつけ合おうとしている。
「私のことが憎いのよ!」
「私は無視という虐待を受けてきた」
「私の人生にずっとあなたはいなかった!」と父を責める澄み香。
「おまえ達に何を言ってもわからん」
 澄み香の後ろで死神が笑う。
 その瞬間、澄み香は隠していたカッターで腕を切った。

「やめろ!やめてくれ!」
謙二郎は涙をながしながら語りだした。
「俺はずっと殴られてきた。」
「父親失格の男を何十年と見てきた」
「愛情がなかったわけじゃない」
「俺は子供の愛しかたなんて教わらなかったんだ!」
珠緒に促され、謙二郎は初めて澄み香を抱きしめた。
 澄み香は、ずっと求めていた父親の愛情を感じ始めている。
「あの人があんなに苦しんでいるなんて、あたし考えたこともなかった」
お互いに、素直に愛情を表現できはじめ、澄み香も快方に向かうのだった。
 珠緒がどんなに目をこらしても、死に神の影はもう見えない。
                              <END>


企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイルFile№10『心霊写真の魑魅魍魎』(2)

2009年02月23日 13時05分07秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
File№10『心霊写真の魑魅魍魎』 作 村上信夫

(2)
 
 邪気加持。
信奉する神仏と同化し、その力を借りて、憑き物をおどしつけたり、なだめたりして、とり憑かれた病人から憑き物を立ち退かせる方法である。
 邪気加持は、斎戒沐浴した行者が、守り本尊と法具を携えて、取り憑かれた人間の後ろに座り、呪言を唱えながら、法具で打つ。憑き物が、行者の法力、加持力に耐えられなくなると、小指の先から逃げ出すと言われている。
 ずる賢い、憑き物の霊は、取り憑かれた人間の力を借りて
「出て行きます」
「これから成仏します」
と、退散するように装ったり、すでに故人になった関係者の名前を名乗って、同情を買い、加持から逃れようとするといわれる。

 山本は強引に話を進めて、加持を行うことになった。
「加持祈祷を否定するつもりはありませんが、その子達の状態を一度、専門家に見せてからでもいいのじゃないでしょうか」
「自分の子のことは、親である自分たちが決めます、ねえ、皆さん」
芽衣子も、折口も口を挟む余地はなかった。
「なあに、徳の高い、あの行者様に祈祷いただければ、心霊写真の悪霊なんぞ、すぐに退散しますって」
その段取りを決めるからと、芽衣子と折口は、部屋を追い出された。
溝口が、玄関まで送った。
「わざわざ来てもらって、何だか申し訳なく」
 芽衣子と折口を送り、教頭が何度も頭を下げた。
「山本さん、いつもああなんだが、特に、この件では強引で。だから、今回、あの人に声をかけなかったんだが、校長が知らせたようで」
 その言い方に、校長と教頭の勢力争いのようなものがみえた。
「加持祈祷が必ずしも悪いとは言わないが、自分の子のことだろう。もっと、心配してもいいように思うが・・・」
「霊園のごたごたをあまり知られたくないのだろうと ・・・」
「何かあるのですか」
「霊園の隣に新しい市庁舎が建設されるのですが、山本さんはその積極的な推進者で」
「しかし、それとこれは・・・」
「と、思うのですが、この町の実力者ですから。それに、あの土地、校長先生のご本家のものなんです」
 言い方が批判めいていた。
 校長の一族は、山本の後援者なのだという。
「心配なのは、5人の状況ですね」
「芽衣ちゃん、その子達に会うか?」
「ええ、もちろん。それぞれの、お宅を訪ねてみましょうよ」
「その前に、行ってみないか。霊園」
「心の問題だと思いますが・・・」
「その心に影響を与える何かが、わかるかもしれない」
「くれぐれも、穏便にお願いします。生徒たちのこと第一に」
 ご内密が、穏便に変わった。

 H市の霊園は、都下最大のものと言われる。
 江戸時代、江戸の大火で死んだ無縁仏の埋葬したことから始まったと言われる。度かさなる大火に、市中に無縁仏を埋葬する場がなくなり、遠く甲州街道をこの辺りにまで埋葬というより、棄てにきたのだった。10万人近い人間が死んだといわれる明暦3年の振袖火事で、幕府は両国に回向院を作ったが、それだけでは足りなくて、死体を積んだ荷車が列なしたという。
第二次世界大戦では、空襲で無縁仏になった人たちがまとめて埋蔵され、当時、あちらこちらに死体が山積みされている様子が、写真に残されている。
 その後、都市化が進み、霊園の隣まで、マンションが建ち並ぶようになった。
 しかし、一歩、霊園の中に足を踏み入れると、今も、所々に人が長くいられない「空気」が澱む場所を感じる。
 だが、今、その一角がこうこうと灯りに照らされている。
 都市整備事業の一環として、所有者の曖昧な墓地が整地され、巨大な市庁舎が建てられようとしていた。
 江戸時代の頃と思われる建物の遺跡がみつかり、工事は遅れた。
 その遅れを取り戻すために、夜昼をついで作業は行われている。

「これじゃ、埋葬された人たちも怒って出てくるよな」
「何もお墓を潰して、市庁舎を建てなくても・・・」
「今、事情を調べさせているが、新庁舎建設を請け負っているのも、土地を提供しているのも、山本氏の後援者の建設会社だ」
「ああ、校長先生のご本家」
 溝口の言い方を真似した。
「もしかして、子供達、それを知って、狂言ということはないかしら」
「それは、多分、ないだろうが ・・・」
 体面を大事にする溝口が、警察官である折口に相談してきたのは、よほど切羽つまっているからに違いない。
「第一、祈祷に頼るなんて馬鹿馬鹿しいが、あの山本氏の熱心さも、危機感の裏返しのように見えないかい」
 芽衣子は、頷いた。
「ギャーッ!」
 工事現場の方から悲鳴が聞こえた。
 機械の音が止まり、人の動きが慌しくなった。
 芽衣子と折口は、工事現場に向かって走った。

「これで、5人目だよな」
 救急車を見送った後、作業員の一人がぽつり呟いた。
 折口はそれを聞き逃さなかった。
「やはり、何か・・・」
 折口は、作業員にタバコを勧めながら、ブルドーザーの陰に誘った。
「この現場でよ、見つかったのは遺跡だけではないよ。骨やら、変な埋蔵品やらが、何度も出てきたね。遺跡だって言ってたけど、ありゃ、お社だな ・・・」
「やっぱり、ここに神社があったか」
 教育委員会による調査の結果は、保存に値しないという結論だった。わずか1週間で出された結論で、遺跡は潰されることになった。
作業員の話では、遺跡の他にも、何度か、人の骨や埋蔵品が発見された。しかし、会社の指示で、すべてが内密に処理された。
 その度に、従業員たちは酒をあげ線香を供えた。それが、精一杯のことだった。
 そのためだろうか、現場で事故が相次いだ。
 一人目は、廃土を積んだダンプカーに轢かれ、二人目は、ブルドーザーの下になった。さらに、倒れた墓石の下敷きになり、ドリルで自分を傷つけた。
 この中で3人が死に、今、またクレーンが倒れ、5人目が怪我した。
「今回はな、何だか大きな石にぶち当たったんだ。今、それを崩そうとしているんだが」
「鎮めの石だ」
 ピーッ、笛が鳴り、作業開始の声がした。
「なぜ、そんなに工事を急ぐか、何か聞いてませんかね」 
「さあ。金じゃないか。国からの補助金は、完成期限が厳しく決まっているから・・・」
そう言うと、作業員は現場に戻った。何歩か歩き始めてから振り返った。
「嫌な工事でよ、現場に、地元の人間は、誰もはいっていないんだよ」
 吐き出すような言い方だった。
 その時だった。
「危ないぞ!!」
 バチバチと何かが切れる音がした。急に、土と草の匂いがして、土と折れた枝が降ってきた。芽衣子が振り返ると、大木が迫っていた。
 テレビや映画で見るスローモーションのようだと思った。
 折口が芽衣子を抱きかかえ、ころがった。
 作業員も横に飛んだ。
 大きな音をたて、杉の大木が倒れ、二度三度とバウンドした。
「大丈夫か」
 工事現場から、作業員たちが近づいてきた。

 工事が再開された。
 地響きのようなその音を聞きながら、芽衣子と折口は墓地の間を歩いた。
「危ないところでしたね」
「根が腐っていたというんだけど」
「狙われたんでしょうか」
 所々に、澱んだ空気を感じる。
 幸い、誰にも怪我はなかった。すぐに、木の根元に走ったが、何もなかった。半分根が腐り、空洞になっていたため、折れたものだと思われた。
 しきりに詫びる現場監督を無視して、芽衣子と折口は、霊園に入った。
「教頭からこの話を聞いた時、川村絵美の事件に似ていると感じたんだ」
「私もです」
「なんか、こう言い様がないんだが ・・・」
「恐怖の連鎖でしょうか ね」
「それもあると思う。この町の人間の中に、この霊園を荒らすことに対する言い様のない恐怖感があり、それが幽霊を見せているともいえる。他に・・・」
「他に何か・・・。さっきも遺跡が神社らしいということで、やっぱりとおっしゃった」
「この霊園について調べたみたら、あることに気がついたんだ。芽衣ちゃんは、江戸の都市計画が風水に基づいているということは、知っているよね」
「天海和尚ですね」
 俗に明智光秀だったという説のある天海は、家康、秀忠、家光という徳川3代に仕えた僧侶である。僧侶であるが、幕府の宗教担当ブレーンとして、江戸の都市計画を風水に基づいて作ったことでも知られる。
その都市計画の一つが、膨大な数の神社や寺院などの建築群を主軸として、江戸に細分化した結界を作り、宗教的な防衛線を幾重にも張り巡らしたことだといわれる。その防衛線は、甲州街道の最前線、H市周辺にも及んでいる。
ここに結界を張り、甲州の山々を越えて侵入してくる邪気に対抗しようというのである。甲州、信州には、権力に従わず、山に追放された神々がいた。まつろわぬ神々が、甲州街道から江戸を狙うのを防ぐためだった。
「結界は、寺や神社を結んで三角形を作り、その三角形を次々に組み合わせて作っていくものなんだけど、この霊園周辺だけ、空白になっていた。それで、寺か神社があったものがなくなっただろうと、見当をつけていたんだが、どんぴしゃ、この霊園にあったとはね」
「神社の遺跡は、天海の組んだ風水の結界の一つだと」
「それと、無縁仏の怨念封じじゃないかな。それは、江戸半ばに、もう一つの狙いが付加されたように思うが」
「この工事でその結界が崩れたから と」
「佐野紀久子っていったけ、芽衣ちゃんのところのあのコなら、その辺、詳しいかもしれないが」
「結界が崩れて、何かが飛び出したとでも」
「犯罪心理学者の春藤先生に、そんな非科学的なことは言わないよ」
 霊園は、数度に渡る江戸時代の大火、関東大震災や第2次世界大戦の空襲の犠牲者となった人々の無縁仏と、その間をつなぐように町の人々の墓が織り成すように広がっている。
 澱んだ空気は、無縁仏との境界に漂っている。
 心霊写真が写っていた石碑を探した。
「ないですよ 石仏。この辺りだと思うんですよ」
 写真を手に、暗いながらも、ぼんやり写っている背景と見比べていた。
「いいや、あったよ。あれ」
 折口の指差す方向を見た。何柱もの石仏は無惨に倒されていた。しかも、そのうち何柱かは、チェーンやドリルで、細かく砕かれていた。
「なんで!?」
「ここも壊すんです よ」
 振り返るとさっきの作業員や現場監督達がいた。
「作業を始めますからね。邪魔しないでください」
 作業員たちは、倒れた石仏のかけらを集め始めた。
「夜中の工事は、これをごまかすためだな」
「市から許可をもらっていますから、法律は犯していません よ。でも、邪魔でしてね。
怪我をしないうちに、立ち去っていただけますか」
 芽衣子と折口を作業員が囲んだ。
「よそ者の変な奴が行ったら、事故があっても仕方ないと、山本先生にも言われていますし」
「芽衣ちゃん、行こう。中学生達が心配だ」
「心、痛みませんか」
「ああ、石仏を壊すやな仕事だ」
 さっきの作業員がそう言いながら、倒れた石仏にドリルを当てた。
 
 行者の前に、山本の息子が坐わらせられた。
 自分の部屋に閉じこもる息子を、鍵を壊して引き釣り出したのだ。
 行者の加持祈祷が始まった。
 念珠をすりながら本尊真言を百篇、千篇唱え、印を結び、取り憑かれた人間を加持し、祈念する。次に、取り憑かれた人間の後ろに座り、大腿骨の上に独鈷を押し付け、憑き物を追い出す儀礼を行う。
 さらに、独鈷で両肩を叩く。
「痛いよ。痛いよ」
 暴れる息子を、山本と秘書が押さえた。
 行者は印を強く組み、呪言を唱えた。
「罪障病患 焼き清めたまえ」
 取り憑かれた者の両足を伸ばせ、両足の親指の端から、小指の端まで、独鈷をあて、押していく。
「痛い!痛い!」
 行者は、はっとした。息子を押さえる山本に、黒い影を感じたのである。
「死ね!」
 山本の心の中が見えた。
「お前は!」 
 思わず行者が声をあげ、山本を独鈷で打った。その瞬間、行者の体は吹き飛ばされた。

 石仏の破片が降ってくる。
 杉の木が次々と倒れていく。
 その中を、作業員達が逃げ惑う。
 霊園の外に出た芽衣子たちにも、中の惨劇が聞こえてきた。
 戻ると ・・・
 現場監督や作業員が 血の海の中でうめいていた。石の下になり、杉の大木に押しつぶされ、もがいていた。 
 あまりの凄惨に。芽衣子は目をそむけた。

 今回の事故で、現場監督と作業員十数名が、重傷を負った。
山本と行者も、瀕死の重傷を負い、入院した。
誰言うとなく、この地を守る霊が悪霊となって祟ったのだという噂が広まった。心霊写真で霊が警告したのを無視して、工事を強行したのを、怒ったのだというのだ。
 数日後、この地の霊を鎮める祈祷がひっそり行われた。
 怨霊、悪霊と化したと思われる霊をとりのぞく、魔界解の加持祈祷だった。
「天間外道皆仏性(てんまげどうかいぶっしょう) 
四魔三障成道来(しまさんしょうじょうどうらい) 
魔界仏界同如理(まかいぶっかいどうじょり)
一相平等無差別(いっそうびょどうむしゃべつ)」

 川村絵美は、殺人罪に問われ、無期懲役の判決が下った。
芽衣子は、刑務所に川村絵美を訪ねた。
刑務所の前で、芽衣子は行者とすれ違った。山本が連れてきた行者だった。
芽衣子が、会釈した。
「あなたでしたか・・・」
「行者様は、なぜ」
「あの事件で、ここにいるお方が気になって」
 怪我が治った行者は、己の力の至らなさを恥、日本中をまわっているのだという。H市の心霊写真に端を発した事件について調べているうちに、川村絵美の殺人事件にあたった。
<霊に取り憑かれたのは、主婦の方に違いない>
 行者の判断に間違いはなかった。
 だが、行者の力では、川村絵美に取り憑いた悪霊は祓えなかった。それほど、霊力の高い悪霊だった。悪霊祓いに失敗して、自らの命を落とし、成仏しきれずにいる高僧に違いない。そう、思った。
「私の力では、とてもとても」
 そう2度、首を横に振ると行者は去った。
川村絵美は、今も、壁に向かい、独り言を言っているのだという。彼女の幻姿は、まだ、続いている。
                                <END>

企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイルFile№10『心霊写真の魑魅魍魎』(1)

2009年02月23日 13時04分20秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
File№10『心霊写真の魑魅魍魎』 作 村上信夫

 (1)

「幻聴・幻覚をともなった幻視はみられるものの、精神耗弱とは言い難い」
ここまで読んで、春藤芽衣子は深いため息をついた。
<この鑑定で、あの女性は有罪になった>
 数日前に、出したある裁判の被告に対する、精神鑑定の結果だった。
 ある人間を「性格の障害」「人格障害」と診断するのは、ややもすると主観的な判断に陥る事がある。それを避けるために、アメリカの精神医学会やWHO世界保健機構が出した診断基準をもとに、なるべく客観的な診断を行うようにする。
 しかし、ある被告に異常と診断を下した場合、その被告は罪を逃れ、正常と判断された場合、その被告は、時に、殺人犯として処刑されることもある。
鑑定報告書を提出した後は、いつもそれを考えるのだ。
東都大学犯罪心理学教室の研究室。渋谷まで15分ほどの近くにありながら、騒音もここまでは聞こえない。
学生たちの笑い声が、風に乗って、時々、流れてくるだけである。

事件は3ヶ月ほど前に起こった。
東京都下H市の新興住宅街で、主婦が毛布に包んだ荷物を車に積み込むとしていた。それを隣の主婦が目撃し、警察に通報した。
毛布が血で真っ赤に染まっていたのだった。
駆けつけた警察官が、毛布の包みを開けてみると、腹を包丁で刺され、絶命したその家の主人が出てきた。
その主婦川村絵美は、その場で逮捕された。 
しかし、絵美は悪びれることなく、堂々と胸を張って答えた。
「ご心配なく。大丈夫です。夫の処置は、世に害をなさない、日にちと時刻にすませました。夫にとりついていた悪霊は、そのまま封じ込めました」
絵美の態度は堂々としていた。むしろ、警察官の方が、たじろいだほどだった。
殺人犯である。しかも、死体遺棄に向かう現場を押さえられた身である。しかし、絵美の態度は落ち着きはらい、自分の作業を報告するような確信さえ感じられた。
「私には、指導者がついています。その方の指示を仰ぎ、手はずどおり終えました。」
 捜査の指揮をとったH署の千葉警部も、絵美の扱いに困惑した。
<なんなんだこの態度は。我々の方が、間抜けに見える>
 その思いは、現場にいた刑事の殆どが感じていた。
 絵美は、殺人事件の重要参考人として、取調べを受けた。
 自供にも素直だった。
「夫は心霊写真の撮影マニアでした」
 絵美の自白は、千葉の常識を超えていた。
 夫は、旅先でたまたま心霊写真をとったという。その写真を絵美が、雑誌の心霊写真特集に応募したところ、雑誌に掲載され、マニアの間で評判になった。
 いくらかの賞金も入った。
 そこで、にわかにオカルト好きとなった2人は、心霊スポットと言われる場所を旅行しては、心霊写真の撮影に挑戦した。
 最も多く撮影に成功したのは、近くの霊園だった。
 最初は白くぼんやりと像が映っていた。何度かトライするうちにある日、くっきりとした女の姿を撮影することに成功した。
 その顔は、何を訴えようとして、寂しい顔だった。
 だが、それから、心霊写真は一枚も撮影できなくなった。
「心霊写真なんて、そう撮影できるものじゃない」
 夫は、心霊写真の撮影を止めようと言い出した。
 その瞬間、絵美には、夫の顔とあの心霊写真の女の顔が重なって見えた。
<あの女の霊に取り憑かれているんだ>
 絵美はそう思った。
「そうだ。その霊は、この世に恨みを残して死んだ霊だ。お前の夫に取り憑くために、写真に写されたのだ」
聞き覚えのない声が聞こえてきた。
声の方向を見ると、立派な法衣を身に纏った老僧が立っていた。
その後、折にふれ、老僧は絵美にアドバイスをくれ、様々な危機から身を守ってくれた。
しかし、絵美以外には、老僧の姿は見えないのだという。
 
 精神鑑定を頼まれて、数度に渡り、芽衣子は絵美と会った。
「そのうち、そのお坊さんがご主人を殺せと命令したのですか」
「いいえ、指導者はそう申されませんでした。しかし、すでに悪霊に取り憑かれていて、このままでは、必ず世の中に害を及ぼすだろうと。そして・・・」
「そして・・・?」
「処分の日はそのうち指示すると。これは、世の平和のためです」
 そこまで、喋ってから、絵美は口をつぐんだ。
「あの日は、そのお坊さんが指示した日だったんですね」
 芽衣子の問いに答えず、絵美は壁の一点を見つめていた。
「すみません。わかりました。もう、しゃべりません」
 頷くと、絵美は、芽衣子の方を向いた。
「今、指導者が、何も喋るなと、仰っています」
 その後は、芽衣子が何を質問しても、話さなくなった。
 調書によれば、取調べの最中も同じだった。
 H署の千葉や刑事達は、絵美に無視された。取調室でも、何も話さず、しかし、時々、思い出したように、壁に向かって話した。
 絵美は犯行をすべて自供した。現場の状況からも、夫殺しは明確だった。
 H署は殺人として地検に送致した。
 裁判の中で、絵美の精神鑑定が求められ、芽衣子が依頼されたのだった。

「元気ないな。芽衣ちゃんらしくもない」
その声に、初めて我に帰った。
「折口さん ・・・」
警視庁刑事部捜査5課、折口信夫だった。
「例の鑑定?」
「ええ、まあ」
「あまり厳しい顔をしているので、声かけられなかった。やっぱり・・・」
「はい」
「実は、その事件のことで、相談しに来たんだけど、時間ある?」
「4時から学内の打ち合わせがあるのですが、それまでなら」
折口は時計を見た。
3時まで、1時間ほどある。
折口は鞄から、ファイルを取り出した。
「加害者の精神鑑定結果を読んだが、やはり正常だと」
「軽度の演技性人格障害、あるいは、空想性虚言症。いずれにしても、軽度のものです。それが、殺人に至るとはどうも思えないのです」
芽衣子がファイルをめくった。
「夫殺しのために、自分で作った、高僧の指示と世の中のためという理由の中に、いつのまにか、自分が取り込まれていった・・・」
「老僧というのが実在すると、楽なんですが ね」
「そう。取調べにあたった刑事達も、最初、宗教が背景にあるかと思ったらしい。だが、背後に何もなかった」
 話しながら、折口は鞄をごそごそとかきまわしていた。
「こんな本を出してくると、芽衣ちゃんに馬鹿にされそうだが・・・」
「超心理学ですね」
 折口が指差したページを読んだ。
「幻姿。人々の潜在下の意識が空中に投影された像。む~~、ちょっと」
「そう言うと思った。もっとこれは?」
 もう一冊、差し出した。
「霊界の波動。ただし、出現例の幾つかは、心霊界の存在だと思われる。もっと・・・?」
「そう言うと思った」
 そう言って写真を数枚見せた。
「この事件が報道されて、あの霊園が心霊スポットとして、脚光浴びることになった。
これは、地元の中学生が撮影したものだ」
よく見ると、建ち並ぶ石仏の上に白い女の顔が見える。
「これが、そうだというのだ」
「私には、心霊写真の良し悪しはわかりません」
「あの女は、夫を刺した後、問題の写真も処分したと・・・」
「ええ、家宅捜査でも、問題の心霊写真というのは、出てこなかったと聞きました」
「相談というのは、この写真のことだ。もし、万が一、彼女の言うことを信じたとする。まあまあ、仮にそうだとする。と、夫についた悪霊というのは、退治されたはずだろう」
「まさか・・・」
「そう、そのまさかなんだが、何で、その後も心霊写真が撮影されるんだ?」
「私がまさかと言ったのは、幽霊などが原因ではないと」
「そう、そんなはずはない。だとすると、なぜ、こんな写真が撮影できる?幽霊でないにしろ、あの主婦と同じ事件が起こる物理的な条件が、今も、霊園にあることにならないか。これも、みて欲しい」
 もう一枚、写真を見せた。教室らしい背景に、白い顔が映っている。よくみると、さっきの心霊写真の女に似ているようにも見える。
「折口さん、誰かに頼まれましたね」
「うん、その中学の教頭が友人なんだ」
「で、何が起こったのですか?」
 電話が鳴った。
折口が見ると、時計は3時を回っていた。
「はい、すみません。今日は、欠席させて頂いて・・・」
「先生のような若い方が、率先して学内のことを・・・」
 学部長の松本のキンキンした声が、電話の向こうから聞こえた。芽衣子は、受話器を
折口の方に向けると片目をつぶった。
 折口が苦笑した。
「あっ、春藤先生、これが、電話中でしたか。警視庁の方から、ご相談が」
 わざと大きな声で受話器に向かって話しかけた。
 松本の声が止まった。
「あっ、学部長、お客様が突然、いらして。本当に、もう、警視庁の方は、いつもアポなしで、緊急のようなので、後ほど」
 そう言うと、電話を切った。
 
 夕方だったが、教頭は、学校の玄関で、2人を待っていた。
「お恥ずかしい話ですが、どうもわざわざ」
 何度も頭を下げた。
 教頭が差し出した名刺に、溝口正治と刷ってあった。
 眼鏡をかけ、皮膚の薄い顔は貧相で、とても折口と同じ年齢には見えない。別の事件で、世話になったと、折口が紹介した。
「父兄も待っていますので、どうぞこちらに。切羽つまって、折口警部さんにご相談したのですが、学校の体面もありますし、ぜひともご内密に」
 芽衣子と折口は、応接室に案内された。
 その途中に、溝口は状況を説明した。
「霊園の話が話題になって、うちの生徒たちも出かけたらしいです。3年生の5人ですが、そこで、あの写真を撮影しまして、オカルトの専門誌に応募したら、本物と判断されたそうです」
 そこで、5人がいるクラスも盛り上がり、毎晩、みんなで撮影に行き、心霊写真を写すことに、次々と成功した。マスコミでも取り上げられ、中学生たちは一躍注目された。
「心霊写真なのかに、クラス中が夢中になったなんて、どうぞご内密に」
 道々、ご内密に を、何度も繰り返した。
 同時に、霊園で、女のすすり泣きが聞こえる、幽霊を見た、と、いう噂が広まった。
 その頃から、心霊写真が撮影できなくなった。
「その生徒たちに異変が現れ出したのです」
 ちょうど、応接室の前に立った。
<8回だ!>
 溝口は、わずか数分の間に、ご内密に を、8回繰り返していた。
 話を聞きながら、芽衣子は、溝口がご内密に を何度言うか数えていた。
<この人、アテにならない>
 溝口の話を割り引いて聞くことに決めた。
「中に、父兄がいます」
 溝口がドアをノックした。

「うちの息子は、耳元で話し掛ける女の声が聞こえるというのです」
 萩原と名乗った中年のサラリーマン風の男が言った。
 萩原の息子は、写真と同じ女がいつも自分を見ていると訴えているという。何を言っているのかわからないが、その女はささやくように話し掛ける。
しかし、誰もその女の姿をみることはできなかった。
 一緒に霊園に行った5人以外は・・・。
 それぞれ、女の姿が見え、声が聞こえるのは事実なのだ。
 そこで、5人は、互いに写真を撮り始めた。
「証拠写真を撮ろうとしたようです」
今度は、佐伯と言う少年の母親の一人が言った。
5人は、片時もカメラを離さなくなった。家でも、授業中も、すぐにカメラを構えた。
子供達の異様な行動に、気がついた親たちが担任に相談した。
「担任が、クラスメートに聞くと、心霊写真の女に取り憑かれたと言いまして・・・」
5人の生徒を呼んで事情を聞くことになった。
5人は写真を見せた。写真には、女の姿が写っていた。
ぼんやりとした白い影。それが、回を追うごとに、だんだんはっきりした形になって写っている。
「写真がはっきり写るようになって、言葉の意味がわかるようになったといいます」
「なんと言っているんですか?」
「それが・・・、それを聞くと、口をつぐんでしまって」
 5人とも部屋に閉じこもるようになった。部屋からは時々、うめき声が聞こえる。心配して、中に入ろうとすると、鍵がかかっている。
「そのままにしてきたのですか・・・」
 芽衣子の声が詰問中になった。
「すぐに専門家に相談しなかったのですか。信じられない・・・」
 担任も、親達もうなだれた。
「そんなわけで、私に相談があって、皆さんのお立場や子供達の経歴にも傷つくことを考えて、折口警部さんに、内密にご相談できる先生をご紹介いただいて、今日、この場になったわけです」
 溝口が、しきりに眼鏡をいじった。
 人は嘘を言う時、特徴的な仕草が現れることがある。
<それだけではない。だから、折口さん、私に声、かけたんだ>
「子供達、暴力をふるいましたね」
 芽衣子はかまをかけた。
「あの子の顔がその写真の女の顔と重なって、恐ろしかったもので」
 耐えかねたように、母親の一人がボソッと言った。それがきっかけとなった。
「あの子達の目、私達を殺そうと思っているんです」
「獣のような目をして、私の首をしめようと見たんです」
「殴りかかろうと、拳を固めて隙を狙っていました」
「突然、ですか?」
「ええ、あれはこの世に恨みを残した悪霊に取り憑かれたんです。今に、きっと何か問題を起こします」
 次々、息子達への恐怖を訴えた。
<川村絵美と同じだ!>
 親達の言葉が、見えない老僧の指示で夫を殺した川村絵美の言葉とダブった。
「あれは、この世に恨みを残して死んだ霊だ」
 そのとき、廊下が騒がしくなった。
「教頭、何度話しても同じだ!やはりお祓いだ」
 応接室のドアが開いた。
 恰幅のいい中年の男が入ってきた。
「こんなことをしている間にも、らちがあかない。あの幽霊に憑かれて、誰かが殺される。すぐにでも、邪気払いの加持祈祷だ」
 野太い声が部屋中に響いた。男の後ろに、修験者風の男が立っていた。
入ってきた男は父兄の一人で、山本信也と名乗った。市議会議員をしているという山本は、自分が信奉している行者に邪気加持をさせようと言った。
「教頭、わざわざ警察の人間に相談するなんて、学校の恥を世間に広めるつもりか」
「いや、その点は、ご内密に と、充分お願い申し上げて」
「警察の手を借りるなら、わしが、署長に言う」
「まあ、友人として、こちらの春藤先生を紹介するためについてきただけですよ」
 折口が溝口をかばった。
「若い、先生やね」
 山本の目が、芽衣子の全身を嘗め回すように、何度も往復した。
「春藤先生は、裁判の精神鑑定も依頼されるような有名な」
 溝口が話し始めると、すぐに山本が遮った。
「こんな話は、外の人間じゃなくて、地元の人間がやればいいんだ。だから、御津山の行者様にお越しいただいている」
 御津山は、H市に近い、修験道の霊山である。
                              <(2)へ>

企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル・ファイル№9『悲しくて 切なくて』(3)

2009年02月23日 03時35分05秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
ファイル№9『悲しくて 切なくて』(3)
    作 村上 信夫

切なくて・・・

千佳は聞いていた。
何が起こったのか、どうしていいのかわからなかった。
目を閉じると宙を飛んだ。
実家の屋根の上にいた。
中は、父と母の悲しみでいっぱいになっている。入っていけなかった。
・・・会いたい。
でも、母の泣き顔を見るにしのびなかった。
父は黙って酒を飲んでいるに、違いない。教育者の父は、多分、いつもと同じ苦虫を潰したような顔でいるだろう。そうやって、悲しみに耐える父だ。
いたたまれなくなって、千佳は宙を飛んだ。
・・・保坂君を助けなきゃ!!
千佳はそう決心した。

芽衣子は、警視庁捜査五課の折口の机に坐っていた。
「どうしたものか」
2時間前に、保坂を東京地検に送ってから、ここに坐っている。保坂の事情聴取が終わるまで待っているつもりでいる。
大きなため息がでた。
電話を取り上げ、折口の携帯の番号を押した。
もう何度目だろう。さっきから、折口の携帯に何度も電話をかけている。だが、会議中なのか、それともどこかに置きっぱなしなのか、留守番電話のまま。
「この電話は、電波が届かない場所に・・・」
留守番メッセージの応答が出た。
折口は、捜査に入ると上からの連絡がうっとしいと、携帯電話をロッカーに放り込んだり、机の引き出しに仕舞い込んだり、携帯電話を置きっぱなしにして出かけるくせがある。
「芽衣子です。このメッセージを聞いたら、すみません。至急、ご連絡をお願いします。
今、折口さんの机にいます」
三木に頼んで所轄から解放された保坂が、まさかもっと大きな事件に巻き込まれているとは思わなかった。
「三木のやつ・・・」
これだから、エリートは信用がおけない。
保坂の話は、にわかには信じがたい。
かといって、嘘を言っているようにも思えない。
「先生!」
紀久子の声で我に返った。
没頭していたせいか、紀久子が来たことに気づかなかった。
「あずさちゃんは?」
「地検のロビーにいます。一応、三木さんが一緒に」
缶コーヒーを買ったり、なぐさめたり、世話を焼いているらしい。
保坂のことが気になって来たのだった。
「影を見ました・・・」
「いた?」
芽衣子は、紀久子にすべて話すことにした。もちろん、あずさに秘密ということで・・・。
「先生は、その話、信じます?」
「保坂君にも言ったけど、幽霊は信じないけど、彼の話は信用する」
「と、すると?」
「さっきから考えていたんだけど、その千佳さんていう人、普通なら一時的な記憶喪失。
自分にとって、嫌な記憶を消していると思う」
「じゃあ、自殺の寸前に、何か見た と」
「情報が少なすぎて、なんとも言えないけど、自殺以外の可能性も考えた方がいいかもしれない」
芽衣子はそう推理している。
小泉千佳がどのくらい、大物代議士を中心とする贈収賄事件に関与しているかわからないが、千佳が探していたという領収書は、事件に関連したものに違いない。だから、千佳の死後、誰かが、彼女の部屋を徹底的に家捜した。
「多分、事件の関係者よね。証拠隠滅が狙いだと思う。そう考えていくと、自殺というのも怪しくなる。地検もそう考えているんじゃないかな」
「でも、保坂さん、領収書のこととか言わないでしょう。きっと」
「そう思う。だから、折口さんか、うちの父親をつかまえようとしているんだけど、どっちもだめ・・・」
「話してみましょうか。私、その人と」
「地検、行くか!」
芽衣子が立ち上がった。
五課を出ると、芽衣子と紀久子は地検に向かって走った。
「とにかく、急ごう!!」
「東から黒い影が近づいています。あの人です!」
芽衣子は空を見た。黒い物が、一直線に地検に向かって飛んでいった。
「紀久ちゃん、あれあれ!」
「先生、怒っています。あの人、怒っています」

地検の会議室では、保坂に対して、容赦なく質問が浴びせられていた。
「だから、どうやって、小泉千佳のマンションを知ったんだ?」
「所轄では、幽霊に案内されたって、言ったらしいが、そんな馬鹿なことあるか?」
男2人と女1人、3人の検事がやつぎばやに質問する。
「ちょちょ、そんなに一度に言われても・・・」
「あなたが、小泉千佳の自殺の場に居合わせたことは、知っているの。そのとき、何か頼まれなかった?」
「何で、僕なんかに」
保坂は、千佳の姿を見つけた。
<来るな!千佳さん、来ちゃいけない!>
呪文のように唱えた。
・・・あなたを、助けなきゃ。
「あのマンション、彼女が自殺した場所ね、小泉千佳の上司が住んでいるの」
「だから、何ですか?」
「2人の関係は、さっき一課の刑事に聞いたでしょう。オフィスラブ。いわゆる不倫ね。
もう死んでいるんだし、あずささんって言ったけ、さっきの女の子が言ったとおりなのよ」
<聞くな、聞くな、千佳さん、聞いちゃ いけない!>
・・・保坂君が危ない!助けなくちゃ。
女の検事が続けた。
「妻や子のある男と平気で寝るような女のことなんか、庇うことないのよ」
「そんな言い方、千佳さんに失礼だぞ!」
保坂がテーブルを叩いた。
あまりの勢いに灰皿がころがり、床に落ちて割れた。
検事一人が保坂の胸倉をつかんだ。
「あの女は馬鹿な女なんだ。男にだまされて、犯罪に利用されて捨てられた」
ガラスの割れる音が、千佳の頭の中で響いた。
・・・タ ス ケ ル
一語一語 頭の中に響いてくる。
保坂は、千佳が近づいてくるのを感じた。
「坊や、地検を甘くみちゃいけないよ」
ガラスの破片を拾いながら、もう一人の検事がすごんだ。
「あの女はね、殺されたんだ。小林ってやつね」
千佳の記憶がすべて戻った。白い霧がすべて晴れた。
・・・あのとき、私を突き飛ばした男がいた。
<思い出すな!思い出してはいけない!>
・・・その男に向かって、あの人は何か頷いた。
   あれは、殺せの合図!? 
<だめだ!>  
千佳の形相が変わった。
目をかっと見開き、怒りのために髪が逆立ち、手の指の爪が鋭く長くのびた。
「やめろ!」
その言葉とほぼ同時だった。テーブルがぎしぎし揺れた。女の検事が椅子ごと床に叩きつけられた。
ギャーッ!!
短い悲鳴をあげて気絶した。
椅子という椅子が、窓ガラスにぶつかり、宙に浮いたテーブルが検事たちに襲い掛かった。
「千佳さん、やめろ!やめろ!止めてくれ!」
・・・タ ス ケ ル
その声は、もうあの優しい千佳の声ではなかった。
ドアの向こうから、何度も叩く音がする。
ノブを回し、ドアを開けようとしている。
「保坂君!保坂君!」
「弘!弘!弘!」
「検事、大丈夫ですか!」
異変の音に、廊下に集まった人たちの叫びとドアを叩く音が錯綜する。
千佳は、右手を宙高く伸ばし、人差し指で渦を描いた。テーブルがその渦に乗ってまわって、あたるもの全てを壊して進む。
千佳は、ゆっくり検事たちに近づいた。
「止めろ!止めるんだ!」
保坂がその前に立った。
「千佳さん、止めるんだ!」
・・・タ ス ケ ル
「何だって、こんなひどいことをするんだ。これじゃただのバケモノだよ。やめてくれよ。
千佳さん、もう人間じゃないんだ。やっぱり幽霊なんだよ」
保坂の目から涙が溢れ出した。
千佳の動きが止まった。
「ひどいよ。ひどいよ・・・」
泣きながら、保坂は検事たちの上に乗ったテーブルをどけようとした。
ドアが開いた。
芽衣子、あずさ、紀久子、そして、銃を構えた三木と、衛視が続いた。
「ど どこにいる」
紀久子が、呪文を唱えながら、宙に文字を書いた。
臨(りん)、兵(びょう)、闘(とう)、者(しゃ)、皆(かい)、陣(じん)、烈(れつ)、在(ざい)、前(ぜん)・・・。
・・・なんで、私が?
保坂は、千佳の悲鳴のような声を聞いた。
千佳は自分の両手を見ていた。
・・・違う。違う。
じりじりと千佳は後ずさりした。
「あなたの悲しみはわかります。しかし、あなたは既に冥界のもの。切りて放てよ梓弓。引き取りたまえ経の文字。静かにお引取りなさい!」
・・・私は、あの人に裏切られた!
千佳は泣いていた。
千佳の悲しみは恨みに変わっていた。
・・・私は、殺された!
千佳は宙に飛んだ。
「千佳さん。行くな!」
その後を、保坂の悲鳴のような叫びが追いかけた。
千佳は黒い一筋の影となって、空を走り去った。

パトカーのサイレンが鳴った。
「三木さん、早く!早く!」
「わかっていますって」
芽衣子たちを乗せてパトカーが走った。
「これ以上、あの人に何かさせてはならないんだ」
「でも、もう遅いかも。心は、恨みで一杯になっています。鬼になりかかっています」
「そんなことない。そんなことない」
小林のマンションの前についた。
屋上で悲鳴があがった。
「あそこだ!」
芽衣子たちは一斉にマンションに向かった。その先頭を、保坂が走った。

宙に持ち上げられ、子供が泣いていた。
男に、ゆっくり千佳が近づいている。
「パパ。パパ」
父に助けを求めている。
「頼む。その子には罪はない。放してやってくれ」
土下座し、頭をこすりつけている。
・・・私を裏切り。殺した。
そばに子供と女が気絶していた。
「仕返しなら、私一人に。頼む」
・・・利用しただけ
「千佳さん、ダメだよ。そんなことしちゃ、ダメだよ」
階段を駆け上がった保坂が叫んだ。
千佳の歩みが止まった。
「千佳さん、泣いてくれたじゃないか」
保坂が千佳のそばに寄ろうとした。
・・・近づくな!
「本当に愛していたんだ。本当だ。信じてくれ。利用するつもりなんてなかった」
千佳が小林をじっと睨んでいる。
「千佳さんだって、その人を愛したことがあったんだろう。思い出してみようよ」
・・・嫌だ!忘れた。
「今なら、まだ、間に合います。やめましょう。このままでは、魔道におちることになります」
・・・構わない!
紀久子は、両手で印を結んで呪文を唱えようとした。
それを、芽衣子が止めた。
「それ以上やってはいけない」
あずさが前に出た。保坂の隣に立った。
「千佳さん!」
「悔しいのわかる。同じ女だもん。でも ・・・」
千佳が、2人を振り返った。
目に優しい光が宿ったように見えた。
小林がそれを見ていた。
「取り返しのつかないことをしてしまった。魔が差したんだ。馬鹿だった。ごめんなさい、ごめんなさい」
立ち上がると、小林は屋上から飛び降りた。
「これで、息子は許してくれ」
千佳の目から涙がこぼれた。
「はーっ!!」
千佳の手が、小林を招き寄せた。落ちかけていた小林が、屋上に引き戻された。
「千佳さん・・・」
保坂が千佳のそばに駆け寄った。
子供が保坂の腕に落ちた。
・・・この子達に罪はない。
「そうだよ」
千佳の表情が少しづつ柔和になった。
保坂が子供を降ろした。
「パパ・・・」
子供が小林に抱きついた。
千佳が両手で印を結んだ。
「だめ!それをやったら、あなたが、消滅してしまう」
紀久子が止めようとした。
「どういう意味だ!?」
「霊となった人が一度だけ使える霊力。自分のことを忘れさせることができる。でも、それを使ってしまったら、魂は存在できず、完全に消滅してしまう」
「そんなのだめだよ。千佳さん」
・・・いいの。子供達や奥さんには関係ないんだもん。パパは優しい方がいい。
千佳は印を結び、呪文を唱えた。
・・・アビランウンケン
子供と妻が、千佳の呪文に合わせ、痙攣するように体を反応させた。
「消えちゃ ダメだ。次に、次に、きっと素敵な愛がみつかるから。消えちゃ、だめだ」
・・・ この子達には、未来がある。今日のことは忘れてもらった方がいい。
千佳の体が、少しづつ透き通っていく。
「千佳さん!」
・・・ ありがとう。保坂さん。私のこと 忘れないで。
「忘れないよ。忘れるものか」
保坂が手をのばした。それに応えるように、千佳も手をのばした。
・・・ やっぱりいい。忘れて。いつか、きっと忘れる。お願い忘れて。でも、でも、今だけ、今だけでいい、私を愛して。
「千佳さん!」
手と手が重なった。保坂は、確かに、千佳の手のぬくもりを感じた。
千佳の顔は優しく微笑んでいた。
一陣の風が吹き抜けた。
千佳の姿は、消えてなくなった。
「千佳さん!!」
吠えるような保坂の泣き声が宙に舞った。

ある晴れた日に・・・

夏の晴れた日だった。
青空がどこまでも、すっきりと透き通っていた。
ホテルのプールサイドで、折口と芽衣子がカクテルを飲んでいる。
「そうですか、小林さんがすべてを話して・・・」
「ええ、おかげで、代議士の逮捕にたどり着けたようです。小林は東洋商事から代議士へ渡す賄賂作りの担当でした」
「それに使われた伝票を、千佳さんの所に預けていたんですね」
「自分の女ですからね。一番、安全だと思ったのでしょう。でも、地検の捜査が代議士や会社に及ぶようになって、証拠隠滅を命じられた・・・」
「そうですか・・・」
「大丈夫ですか、保坂君」
「ええ、なんとか」
そのとき、プールで遊んでいた保坂やあずさ、紀久子など、犯罪心理学教室の学生たちから声がかかった。
「先生!!」
「一緒に泳ごう!!」
「は~~い! ほら ね」
「若いってことですか 」
「私も一緒に 遊んできます。でも、本当にご招待いただいていいんですか?」
「大丈夫。地検と一課にまわしておきますから。どれ、私は一眠り。昼ごはんのときにでも、起こしてください」
「はい」
立ち上がると芽衣子は、学生たちに手を振り、一気にプールに飛び込んだ。
                                <END>


企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル・ファイル№9『悲しくて 切なくて』(2)

2009年02月23日 03時32分38秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
ファイル№9『悲しくて 切なくて』(2)
    作 村上 信夫

翌日から、保坂は、大学を休んだ。
その間に、あずさから何度も電話があった。しかし、適当な理由をつけて、部屋に来ることを断った。
「あっ、そう。こんなに心配しているのに、じゃあ、いい」
捨て台詞のように言って、最後の電話を切られた。
3日目だった。それから、丸一日、電話がない。
その間に、保坂は何度か、マンションの前に足を運んだ。
周辺の聞き込みもした。だが、何も収穫はなかった。
急に降った激しい雨に気をとられ、誰もその時を覚えていなかった。
「ああ、女の人が車に轢かれた時ね。急に、雨が激しくなった時よね。覚えていないな」
判で押したように、同じ答えが返ってきた。
警察にも行ったが、自殺で処理されていた。
・・・やっぱり、私、自殺したんだね。
   取り返しのつかないことをしちゃった。
「ご両親とか、どうしてますかね。行かないんですか」
・・・悲しんでいるだろう な。
「あっ、ゴメンナサイ。僕、その・・・」
千佳は、保坂の言葉を聞かないふりをした。
・・・ね、明日、私の部屋に行かない?
   もう、片付けられているかもしれないけど。

千佳の部屋は、中央線沿線で、保坂の部屋とは3駅離れた所にあった。駅から5分ほど歩いた公園の脇に立つ、瀟洒なマンションだった。
千佳の部屋は、その5階にある。
玄関はオートロック、暗証番号で開けた。
「部屋の鍵、持って・・・ ませんよね」
・・・大丈夫。合鍵が、郵便受けに貼り付けてあるから。
「危ないですよ。そんな所に、置いちゃ」
・・・分かってる。でも、男のためだったの。
千佳が少しむっとした。
郵便受けは、中からしか開けられない構造になって、これも、暗証番号で開ける仕組みになっている。
「それなら、大丈夫です ね」
だが、誰が開けたのか、脇に新聞と郵便物が積み上げられていた。
「変だ!」
・・・誰?
保坂が、ダイヤルを回し、手を入れた。
鍵がなかった。
・・・ないわけ、ないよ。
「でも、ないんです。疑うんなら、見てください!」
・・・部屋、行ってみよう。
5階まで、階段を駆け上がった。
ドアの鍵が開いていた。
そして、中は荒らされていた。
・・・ひどい、誰がこんなこと。
机、鏡台、洋服ダンスと部屋中の引き出しが開けて、ひっくり返されていた。鞄も靴箱の中も同様だった。
「ピッキングですよ。これ。警察、電話しなきゃ」
・・・ない、ない、ない、保坂君、探して!
「何を、どこを!」
・・・引き出しの中、領収書の束よ。
千佳が散乱した引き出しの中のものをかきわけようとするが、その手は通り抜けてしまう。それでも、必死になって、探そうとする。
保坂も一緒になって、探した。
「何もないですよ・・・」
気がつくと開け放したままのドアから、中年女がのぞいていた。
保坂と目が合った。
「ど、泥棒!!」
マンション中に響くかと思うほどの大きな声で、中年女が叫んだ。
「いや、怪しいものじゃなです。ここの住人の千佳さんも一緒で・・・」
人が集まってきた。
<しまった・・・>
保坂は観念した。

<毎日、見ていた顔が見えないのは寂しいものだ>
芽衣子は、研究室の鍵をあけて、つくづくそう思った。
いつもなら、芽衣子が来る前から、研究室は学生たちで賑やかなはずである。
勝手知ったる芽衣子の研究室。保坂やあずさ、研究室に出入りする学生たちは、朝、大学に来るとまず研究室に寄り、荷物を置いて講義に出る。
講義まで時間がある場合は、てんでに冷蔵庫から好きな飲み物を出してコップに注ぎ、好きな椅子に腰掛け、話している。
講義が終わるとここに戻る。芽衣子がいれば、一緒に昼ごはんを食べて、午後の講義に出かける。
用事がなければ、芽衣子がいようがいまいが構わない。
学生同士で、時に、芽衣子も入って、時間まで、おしゃべりして時間を潰す。
そんなゼミの雰囲気を作ったのは、ゼミ長の保坂とあずさの明るさだった。
だが、今は、あずさもしゅんとして、笑いの絶えない犯罪心理学教室も、しばし、通夜のようだ。
<もっとも・・・>
と、芽衣子は思う。活気溢れる犯罪心理学教室というのも何か変だ。
「あら、今日は静かですな。こちら、いつも賑やかで ねえ」
と、学部長の松本が皮肉を言いながら、ドアから研究室をのぞいた。
松本は、犯罪心理学という学問は、もっと静かで、思索的なものだと言う。
<しかし ・・・>
と、芽衣子は反論する。
「犯罪心理学は現場の学問です。机の上でじ~っと考えているだけでは、何も見えてきません。事件は研究室で、起こっているわけじゃありませんから ・・・」
むっとして、松本は、音を立ててドアを閉めた。
そのドアが、また、開いた。
「学部長、何か、お忘れで ?」
「春藤先生、キャンパス改築の職員投票、忘れないでくださいね」
「あれ、あの話、まだ進んでいましたっけ」
「何、言っているんですか。ちゃんと教授会からのお知らせ、読んでください。今回の投票は、講師の方も一票ですから」
そう言うと、もう一度、音を立ててドアを閉めた。
<アッカンべー>
芽衣子は、閉まったドアに向かって思い切り舌を出した。
松本の評判は悪い。理事長と結託して、現学長を追い落として、自分が学長となろうとしているという噂であった。
政治家との付き合いも深く、今回のキャンパス改築工事でも、多額の裏金が動いているといわれる。
芽衣子は、工事には反対だった。
芽衣子は冷蔵庫を開けて、お茶を取り出した。
冷蔵庫の中は、ビールから、お茶から、スポーツドリンク、そして、誰が持ち込んだのか、ソースやマヨネーズ、学生たちの生活がつまっている。
「保坂君、大丈夫かな。連絡、とってみるか」
思ったことを、わざと大きな声に出してみた。
廊下にあずさたちの声がした。
<一日が始まるか・・・>
「こんにちは!」
あずさと紀久子が入ってきた。
その時、電話が鳴った。
警察からだった。

保坂は、取調室に一人、取り残されたようにいた。
「先生の教え子に間違いありませんね」
小さなのぞき窓から確認された。
「ええ、保坂弘にまちがいありません」
「じゃ、こちらに」
案内の刑事は、廊下を歩きながら状況を説明した。
「なんというか、死んだ人の部屋に勝手に上がって、彼は本人と一緒に来たっていうんですが、マンションの住人に見つかって」
芽衣子が部屋に入った。
「先生 ~~~」
保坂は立ち上がった。声は、か細く、弱弱しく、かすれていた。
「何しているの。あなたは・・・。もう」
「は~~い」
それでも、保坂は立ったままでいる。いつまでたっても腰掛けようとしない。
「坐わりなさい」
「ええ・・・」
再三促され、やっと椅子に腰掛けた。
「先生、すみません」
「幽霊に頼まれて、探し物してたとか、もう、わけわからんのです。先生、よろしくお願いしますね」
そう言うと、刑事は部屋を出て言った。
「何がどうしたの、話してみなさい」
うつむいたまま、保坂が語り始めた。
「先生は、幽霊や霊魂を信じていませんよね」
唐突に、保坂が言った。
この状況合った質問とは思えなかった。
「信じていないけど、頭から否定もしていない」
「じゃあ、いる可能性はあると思っているんですよね」
「多分、いないと思う。この世に、科学で説明できないことはない ・・・と。ただ、今の時点の科学で説明できないことは、あるのだろうと思っているだけ。そういう意味では、否定しない」
「今まで、随分不思議な事件や出来事と出会いましたよね。それでも?」
念押すように、保坂が尋ねる。
「ジュール・ベルヌは19世紀に、<月世界旅行>というSFを書いたのは知っているよね。そのとき、ベルヌが計算した軌道は、アポロ11号の軌道とほぼ同じだった。でも、ベルヌはロケットを知らなかった。だから、ベルヌは、巨大な大砲で月へ向かって人を乗せた弾丸を打ち上げることしか、思いつかなかった。そういうものだと思う」
「ここにもし、幽霊がいても?」
「幽霊も、霊魂も、盲目的に信じるつもりはないし、いつか科学的な説明がつくと思う。ただ、それまで、今の科学で無理やりわかった顔をしたくないとは思っている」
「そうですか ・・・」
最後の方は聞き取れないほど、小さな声になった。
「もし、僕が幽霊を見たと言ったら?その話は?」
「黙って聞く・・・」
やっと、保坂に笑顔が浮かんだ。

その幽霊とは、千佳のことだった。
「やっぱり その ひゅ~~どろろ 恨めしや~~ ッて感じだった?」
芽衣子は両手を胸の辺りで下に向け、いわゆる幽霊出現のポーズをとった。
「その辺は、相手も気をつかってまして、ロックでした」
「いわゆるとり憑かれたというやつ?」
「というのとも、ちょっと違うと思うのですが、あっそうだ、千佳さんは、あの東洋商事の食料本部のOLで、主にコンビーフを担当していたんです」
<千佳さん・・・>
芽衣子は、保坂の言葉を反復した。
「その人、年上?」
「そうです。27歳、先生より少し若い・・・」
「それはいい、で、そのコ、きれいなんでしょう」
雨の日に見た千佳の顔を思い浮かべた。すっきりと鼻筋が通った整った顔立ちだった。
「はあ、ちょっと。それに優しいし・・・」
保坂は照れた。
どうも調子が狂う。そもそも、幽霊のようなこの世のものではないものを、まるで生身の人間のことのように話す。
「もっと、早く出会っていたら・・・ なんて言うんです。千佳さん」
・・・ここにいる!
そう宣言すると、そのまま保坂の部屋に棲みついた。
家に帰ると灯りがついている。寒い日には、エアコンが入り、部屋が暖かくなっている。
朝起きると、湯が沸いている。
CDがかかっている。
幽霊だけに、電気やガス、手を触れずにスイッチを入れる事ができる。
「いいですね。なんというか、家庭って感じで・・・」
「馬鹿みたい。あずさちゃんはどうなのよ」
「それが ・・・」
一回、部屋で鉢合わせした。しかし、千佳の姿は、あずさに見えない。
「でも、家捜しされました」
もっとも、相手が幽霊では、きづかなかったらしい。
「あのこ、あれでかなり、勘は鋭いから、気をつけなさいよ」
<何を気をつけるのか・・・>
言ってしまってから、心の中で反復した。
本箱から、机の引き出しから、家中をあずさが探し回っている様子が目に浮かぶ。
「で、どうしたの?」
「正直、最初は怖くって出て行って欲しかったんですが、このままでもいいような」
保坂は見てしまった。
朝のことである。千佳が包丁を持とうとして、つかむことができないでいた。何度も何度も、包丁をつかもうとして、手からすりぬける。
千佳は泣いていた。
・・・どうしたの?
保坂が、声をかけた。
・・・ごめんね。ご飯、作ってあげられない。
胸がきゅんとなった。
「それで、ずっといていいって、言ってしまったんです。どうしたもんだか」
「そんなに困っているようにも見えないけど」
「こんなこと、誰にも言えないし・・・。先生、信じてくれますよね」
直接その問いには答えなかった。
「紀久ちゃんなら、何かいいアイディアがあると思うけど」
佐野紀久子も芽衣子の教え子である。
紀久子は、その昔、東北に覇をとげた安東氏の末裔で、代々巫女となる家系に生まれた。そのため優れた霊能力を持っている。
「だめだめ、すぐにあずさにばれる」
「で?」
保坂は、千佳の欠落した記憶を探すのを手伝い、部屋に行ったことを話した。しかし、そこで見たのは、まるでピッキング犯にでも襲われた荒らされた部屋だった。
「ないないって、千佳さん、半狂乱になって、それで、一緒になって探したんですけど、見つからなくて。逆に」
「君が見つかった」
「はい」
笑えない。結局、領収書は見つからないままだった。
「それって、何の領収書?」
「わかりません」
「部屋を荒らした犯人に思い当たる節はないの?」
「それもわかりません。あれ以来、千佳さん、黙ったままで ・・・」
「人は死ぬと49日の間、その魂は家にいるというけれど ね」
日蓮の著と言われる「十王讃歎硝鈔(じゅうおうさんだんしょう)」によれば、その間に、
次の世界である天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道のどこに生まれ変わるか審判を、受けるのだという。
「そうですか。だから、人の噂も49日って言うんですね」
「それは 75日」
「49日たったら ・・・」
と、言いかけて、保坂は口をつぐんだ。
「今、いる?」
「ええ、あそこに」
芽衣子は、保坂の視線の先を見た。しかし、何も見えなかった。
廊下が騒々しくなった。
「例の東京地検の代議士逮捕が近くてね、もう、忙しくって ハハハ」
警視庁刑事部捜査一課の三木隆一の声だ。
「先生!」
その声を聞き、保坂は嫌な顔をした。
「彼しかいなかったのよ。折口警部は出張中だし」
「先生、領収書の話、黙っていてください」
「千佳さんがそう言うの?」
「はい」
取調室のドアが開き、三木が入ってきた。
「先生、大変なことに、おお、保坂君、だめだぞ、先生に心配かけるようなことをしたら」
「三木さん、ありがとう」
芽衣子が目で、保坂にも合図した。
「三木さん、ご迷惑かけました。すみません」
「まあ、まあ。所轄の方もまさか、君がピッキング犯とは思っていないけど、何で他人のマンションにいたの?」
「だから・・・」
「ああいい。いい。幽霊に頼まれたなんて理由じゃなくて、本当のことを言わなきゃ」
「だから・・・」
「三木さん、その辺はちゃんと私が聞いておきますから、ご迷惑をおかけします」
芽衣子が頭を下げた。
「そんな、芽衣子さん、水くさい。わかりました。男三木隆一、ちゃんと話をつけてきますから、大船に乗った気持ちで」
来た時と同じように騒々しさで、部屋を出て行った。
その後は、まるで台風一過の静けさだ。
「何も、三木さんに頼まなくっても・・・」
「しーっ!聞こえるよ」
芽衣子は、黙っているようにと口に人差し指を当てた。
芽衣子と保坂は、同時に大きなため息をついた。

それでも、三木のおかげで、保坂は解放された。
警察の前で、あずさと佐野紀久子が待っていた。
「あずさ・・・」
しかし、保坂を認めると、あずさはぷいと横を向いた。紀久子は二人に挨拶すると、一瞬いぶかしげな表情になった。
「2人とも来てくれたの・・・」
「三木さんが研究室に来て騒ぐんだもの。みんな、知っちゃった」
あずさは、芽衣子の方だけ見て話した。
「あいつ・・・」
「なんだあ、助けてもらって、ご挨拶だな」
後ろから、三木の声がした。
振り返ると三木が立っていた。
「保坂君、あの女な、今、起こっている贈収賄事件の関係者の女なんだ」
「えっ!?」
三木の無遠慮な言い方に、保坂は、千佳が聞いていないか気になった。
周囲を見回した。
千佳はいなかった。
「地検があの部屋をマークしようとした矢先だったんだ。地検は、女が自殺する前に、君が何か聞いたんじゃないかと思っている。だから、マンションに行ったんじゃないかと」
「僕は何も知りません」
三木の後ろから、数人の検事が姿を見せた。
芽衣子が三木を睨んだ。
「三木さん!」
「今、連絡があって、その」
言い訳する三木をよせて、検事たちが保坂を囲んだ。
「協力してくれるね」
「でも・・・」
つかつか、あずさが近づいてきて、保坂の頬をなぐった。誰も止める事ができなかった。
「誰だかわからない男と寝て、挙句のはてに、自殺するような女、何、義理だてているのよ。目、覚ましなさい」
「千佳さんのこと、そんな言い方はするな」
「まだ、わからないの。もし、幽霊がいるなら、聞いてる?最低だよ。不倫した挙句、あてつけのように自殺して、ねえ、聞いてる?」
あずさは空に向かってどなった。
「あずさ、止めろ!」
「アタシ、止めない。ねえ、聞いてる?いるなら、姿、見せなさいよ!」
「あずさちゃん、もういい。もういいから・・・」
芽衣子があずさの肩を抱いた。
それでも、あずさは叫び続けた。
                       <(3)へ>

企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル・ファイル№9『悲しくて 切なくて』(1)

2009年02月23日 02時52分42秒 | Weblog
犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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 おはようございます。
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド 犯罪心理学者」シリーズ(全国JFN系列 月~金 24:55~25:00放送中)の原作も、もうう10年になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 シーズン1「犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル」は、犯罪心理学者・春藤芽衣子を主役に、女優の久我陽子さんが春藤芽衣子役だった。久我陽子さんは、結婚して、しばらく休業していたが、韓国映画などでも活躍した綺麗な女優さんだった。
 シーズン2は、「犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル」として、主役の花見小路珠緒には、モデル出身で女優の田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

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犯罪心理学者春藤芽衣子の不思議事件ファイル
ファイル№9『悲しくて 切なくて』(1)
    作 村上 信夫

ある雨の日に・・・

雨が降っていた。
その日、東洋商事食料本部に勤務する小林卓也は、家族と買い物に出ていた。
2人の息子と妻、其々が買い物袋を抱えていた。
「今度の日曜、サッカーの試合、行く?」
「そうだな」
「約束だよ」
他愛のない幸せな家族、小林は、自分の姿をそう思った。
一流商社のまあまあの出世コースで、マンションも手に入れた。
<こういうのを 幸せというのだろうか・・・>
マンションの前に来た。
女とすれ違った。
傘で顔は見えないが、その女が、こっちを見ていることに気づいた。
はッとして、一瞬、立ち止まった。
「パパ!」
子供に促されて、マンションの玄関に向かった。
女の視線を背中に感じた。
息が止まった。
女はいつまでもいつまでも、自分の方を見ている。一緒にいる妻が気になった。
その視線が消えた。と、まもなく、車が急ブレーキを踏み、鈍い音がした。
「パパ、事故だよ」
「いいから」
小林は、子供を引きづるようにしてエレベーターに乗り込み、急ぎ扉を閉めた。
ふーッ、大きく空気をはいた。
「あなた、顔が真っ青よ」
「なんでもない」
そう言うと、小林は目を閉じた。

悲しくて・・・

春藤芽衣子です。東京・渋谷の近くにあるミッション系の大学藍山学院大学で犯罪心理学を教えています。犯罪心理学とは、人の心に巣食う闇を見つめること。そのせいでしょうか、時として、なんとも説明のつかない不思議な事件と出会うことがあります。これは、私の教え子が巻き込まれた不思議な事件の一つでした。
それは、雨の降る午後のことでした。

朝のすっきりとした青空を裏切るように、昼下がりから土砂降りになった。
車で家路を急いでいた芽衣子は、住宅街のクランクの抜け道をやっと抜け出し、大通りに出ようとしていた。
その時、突然、ボンという鈍い音が聞こえ、急ブレーキをかける音がした。
<事故!?>
芽衣子は、反射的に音の聞こえた方に車を向けた。
間もなく、道の端に倒れたミニスカートの女を抱きかかえている若い男が見えた。そのそばに乗用車が止まり、運転手と思われる中年の男が呆然と立っている。
女は死んでいるのか、ピクリともしない。
<110番!>
芽衣子は、車を止めると、携帯電話を取り出そうとバックの中を探した。
資料や化粧ポーチ、手帳、なんでもかんでも放り込んでいるバックは大きく膨らみ、携帯電話が見つからない。やっと、携帯電話を手にして、事故現場を見ると、女性を抱きかかえている若い男の姿がもう一度目に入った。
<保坂君!?>
男は教え子の保坂のように見える。
110番も忘れ、芽衣子は雨の中を外に出た。
女を抱きかかえている男は、やはり教え子の保坂弘だ。
「保坂君、どうした?」
傘を差すのも忘れ、芽衣子は走り出した。
保坂は、芽衣子の法医学教室のゼミ長である。保坂は、同じゼミの3年生の鈴木あずさとつきあっている。とすれば、泣きながら保坂が抱いている女は・・・
「あずさちゃん!!」
思わず絶叫した。
二人の脇を、紺色のスポーツカータイプの車が激しく水を跳ね上げて通り過ぎた。
「先生!」
保坂が泣いている。
女はあずさではなかった。
<よかった!!>
雨はますます強くなり、芽衣子と保坂、女と運転手、事故の現場すべてを激しくうち、洗い流している。

警察での事情聴取は、思いのほか時間がかかった。
女の身元がはっきりしなかったのだ。
事故か、自殺かもはっきりしない。
保坂が抱きかかえて泣いていたので、二人の関係を疑われたせいもあった。
「いいえ、違います。突然、女の人が飛び出してきて、車に気がついたので、止めようとしたのですが、間に合わなかった・・・」
「運転していたら、突然、女の人が飛び出してきて、慌てて急ブレーキを踏んだのですが、間に合わなかったのです」
保坂と運転手が、交互に訴えていた。
その様子を見ながら、芽衣子は、警察から借りたタオルで髪を拭いていた。体の芯まで濡れて、少し寒気がした。
芽衣子は、女の顔を思い出そうとしていた。
20代後半と思われるその女は、すっきりと顔立ちの整ったきれいな顔をしていた。車にはねられたというものの、外傷のようなものは見られず、芽衣子が駆けつけたときには微かに息をしていた。
「車に飛び込もうとしているように見えたので、止めろ!と怒鳴って、引きとめようとしたんですが 間に合わなくって ・・・」
間に合わない悔しさを思い出したのか、言葉の後半を保坂はしゃくりあげた。
その間に、運転手が、取調室へ案内されて行った。
保坂に対しては、警官がこのまま続けていいか尋ねた後、事情聴取を始めた。
「手をのばしたんです ・・・」
手と手が微かに触れただけで、女は車の前に身を投じた。
女は乗用車に弾き飛ばされ、保坂の目の前に落下した。保坂が女を抱きかかえて道のはじに寄せた。その時には、もう虫に息だった。
必死に揺さぶり、声をかけたものの、女は何か言いたそうに口を動かしていたが、事切れたという。
芽衣子が見たのはその瞬間だった。
芽衣子には、女が息を引き取る瞬間、微かに微笑んだように見えた。
ア・リ・ガ・ト・ウ
唇がそう動いたように見えた。
<あれは、どういう意味だったのだろう・・・>
保坂に向けたものか、それとも、誰か別の人間に向けられたものなのか。
もはやそれを聞くすべもない。
女は、もの言わぬ遺体となって地下の慰安室に眠り、検死の時を待っている。
<死んでしまえば、何も残らない。彼女が誰かを愛し、どんな夢を抱いていたか。彼女の人生は、砂の上の足跡のように、時間という風が跡形もなく消し去ってしまう ・・・>
芽衣子は悲しいものを感じた。
警官が調書を書いている間に、保坂は、再び涙ぐんでいた。目の前で人が死んだ衝撃と助けられなかった悔しさを思い出したのだろうか・・・。
芽衣子は、保坂の気持ちを思いやって、どう励ましたらいいものか、言葉を探した。

その保坂の前に、死んだ女が現れた。
もちろん幽霊である。
保坂が、部屋に帰りついた時には、時計は午後9時を過ぎていた。
保坂の部屋は、住宅街の一角、5階建ての小さなマンションの3階の一番端にあり、ドアを開けるとすぐにキッチン兼用のリビング、奥の部屋にベッドと机が置いてある。
保坂が、部屋に帰ると、いきなり、電気がつき、ステレオのスイッチが入った。
そして、音楽がかかった。
♪ ロックだぜ!
保坂、憧れの日本人ロックンローラーのナンバーだ。
「あずさ、いるのか?」
奥の部屋に向かって声をかけた。が、返事はない。
と、ピーッという音がして、ガスレンジの上にやかんの湯がわいた。
何がなんだかわからないで、保坂が慌てふためいていると、
・・・コーヒーは自分でいれて ね
若い女の言葉が、聞こえた。
正確に言うと、心に響いた。
その言葉のまま、保坂はインスタントコーヒーを炒れて、ベッドに腰掛けた。
「自分でも間抜けだと思うんですが、そこでやっと怖くなって・・・」
とは、後での述懐である。
<変だ!>
逃げ出そうと思った。だが、体が強張って動かない。
・・・逃げないで。
もう一度、言葉が聞こえた。その言葉に悪意は感じられなかった。
そこでほっとした。
他に選択肢もなく、手にしたカップのコーヒーを飲んでいると、何時の間にか、女が隣に坐っていた。
・・・さっきはありがとう。
<幽霊だ!>
幽霊の声は、心に直接聞こえた。
幽霊は、小泉千佳と名乗った。
・・・見ず知らずの私のために、涙を流してくれて、優しいのね。
千佳は、東洋商事食料本部に勤めるOL。しかも、総合職だった。
「一流商社ですね。すると、英語なんかぺらぺらですか?」
・・・フランス語も。
「すごいですね。でも、なんで死のうなんてしたのですか?」
千佳の幽霊は沈黙した。
「あっ、ゴメンナサイ。言いたくなければ・・・」
・・・そうねえ。
一瞬ためらってから、千佳は話し始めた。千佳は上司と不倫の関係にあった。新入社員のときから始まり、5年になる。
いい加減疲れていた。
気がつくと相手のマンションの前にいた。
そして、家族連れの姿を見てしまった。
・・・そう、見てしまったの。
男は、千佳に気づいていただろうに、一言も交わさずにすれ違った。
「そりゃあ、家族の前だし、それで、死ぬなんて・・・」
・・・そうよね。今、思うと。でも、瞬間、5年という時間が、足元から崩れてしまったようだった。
そこまで話してから、千佳は何かを思い出そうとするように、少し前を見た。
あのとき、何を思ったのだろうか。
ああ、これで終わりだ。そう思ったら、道路に身を投じていた。
・・・いや、違う。
気がついたら、目の前に保坂の顔があった。
なんで泣いているのだろう。そんなことを思っているうちに、息が苦しくなって、意識が遠くなっていた。
再び気がついたときには、保坂の抱きかかえられて、目を閉じている自分の姿が足元にあった。体から抜け出していた。
その前は、・・・思い出せない。白に飛んでいる。
・・・私は何で飛び出したのだろう?どうしても、思い出せないの。
ここに来たのは、それが知りたかったのもかも知れない。
「自殺じゃなかったんですか?」
・・・ わからない。やっぱり、自殺したのかも。
    それが、気になって。
千佳が部屋を見回した。
・・・ね。しばらく、ここ、居ていい?私、行くとこないし。
「あっ、それは・・・。僕、一人暮らしだし。あの・・・」
・・・彼女がいるのよね。
千佳は、机の上の写真立てを指さした。あずさと並んだ写真が入っている。
あずさが置いていったものだ。
「はい。なんていうかそういうのじゃないんですが・・・」
初めてあずさが部屋に来た日を、保坂は思い出した。
付き合いだして間もなくだった。
部屋に入るなり、保坂を正座させた。その前に自分も正座し、前の彼女からもらった物をすべて捨てるように宣言した。
保坂が、渋っていると、立ち上がり、探し始めた。
・・・やるわ ね。
「カーテン、クッション、テーブルクロス、ぬいぐるみ、ついには、洋服ダンスまで開け出して、もう、大変でした。えっ、あっ、心が読めるんだあ」
・・・わかる。
「だから、ここに千佳さんがいるなんて。知ったら、恐ろしい・・・」
保坂が大げさに身震いした。
ハハハ 声を立て、千佳の幽霊が笑った。
そのとき、玄関のチャイムが鳴り、鍵を開ける音がした。
「あずさだ!あのあのあの、隠れててください」
保坂が慌てて、玄関へ向かった。
途中、部屋のドアを閉めたのだが、急いだために、30センチほどの隙間が残った。
「弘、いる?」
ドアが開き、今まさに話題になっていたあずさの顔が見えた。
入り口で、保坂はあずさの前に立ち塞がった。
千佳の姿を隠すためである。
「今日、大変だったね。聞いたよ。芽衣子先生に」
「うん。まあ・・・」
「ご飯、まだだろうと思って買ってきたんだ。一緒、食べよ」
あずさが紙袋を見せた。
「ごめん、何だか、今日は・・・」
「ショックだった?そうだよね、目の前で、人が死んだんだもんね。失恋かなんかなんだろうけど、なにも、人前で自殺しなくても・・・。迷惑だってね」
弘は、奥の部屋にいる千佳が聞いていないか気になった。
「悪い。今日は・・・」
「誰かいる?」
「いいいやいや。誰も来てなんかいないけど、そう、あんなことがあったから、一人になりたいんだ」
「弘。なんかおかしい。上がるね」
あずさが、強引に部屋に入ってきた。靴を脱ぐのももどかしく、そのまま奥の部屋に向かった。
<まずい!>
保坂の緊張は高まった。あずさの前に立ち
「あずさ、誰もいないって、本当に」
保坂の言葉に答えもせずに、あずさはドアを開けた。
が、誰もいなかった。
保坂、思わず安堵のため息が出た。
「ほら、誰もいないだろう。いるわけないんだ」
「そうか・・・」
それでも、あずさは部屋の中を何度も見ている。
「弘、この部屋、少し寒くない?」
「そうかなあ。ともかく、こっちに来い」
リビングに戻った。
「悪いけど、ほら、今日は、何だか・・・」
「うん。一人でいたいんでしょ」
「そ、そ、それそれ」
手にした袋を、テーブルの上に置いた。
「じゃ、帰る。いいよ、送らなくても」
「うん」
あずさが靴を履いた。
ドアを開け歩きかけてから、振り返った。
「弘 ・・・」
「何?」
「好きだよ」
軽く保坂にキスして、外へ出た。
ドアが閉まった。
見送った保坂が、もう一度、深いため息をついた。
・・・可愛いコね。
いつの間にか、千佳が隣に立っていた。
「わっ、どこ行ってたんですか?」
・・・私、幽霊だから
「そうですよね」
そのとき、
「弘!」
あずさの声が、また、聞こえた。ドアから、あずさの顔がのぞいた。
千佳の姿が消えた。
「なになに・・・」
「あんまり気にしちゃだめだよ。早く寝な」
「ああ、ありがとう」
ドアが閉まった。
またまた大きなため息が出た。
千佳が現れた。
「姿、消せるんですね」
・・・私、幽霊だから
「そうですよね」
デジャブな会話だった。
幽霊がいるせいだろうか、この部屋の時間の流れが乱れているのかもしれない。まるで、ビデオをリセットしたように、シーンが逆戻しになり、もう一度、あずさが顔出しそうだった。
<この流れを、壊さなければいけない>
保坂は思った。テーブルにあずさが持ってきた紙袋がある。
「ね、食べませんか。何、もってきたんだろう」
袋を開けると、ケーキの箱が現れた。保坂もよく知っている青山の有名なケーキ屋だった。
「やっぱり、あいつ、アップルパイだよ」
袋の中に、缶のコーラが2本あった。
アップルパイを皿にのせ、フォークを添えた。
「あいつ、ここのアップルパイ、死ぬほど好きだったよな」
テーブルの上のアップルパイを見つめた。
・・・保坂君、優しいのね。
「そんなことないですよ。あずさ、がさつだけど、あれで、結構いいところが・・・」
・・・保坂君みたいな彼と出会っていたら、よかったな。もっと優しい男を愛したかった。
精一杯明るく言ったつもりだった。
「辛かったですか・・・」
保坂が、しゅんとしている。
千佳が最後に見たのは、保坂のこの顔だった。
見ず知らずの人間を必死に止めようとして、それが叶わないと涙を流していた。
保坂は、千佳を引きとめようと必死に手をのばしてくれた。だが、微かに手が触れ、そのまま離れた。そして、はねられた。
記憶を遡ろうとして、痛みが走った。その前の記憶が欠落している。
「どうかしましたか。アップルパイ、嫌いですか」
・・・私 あまり、甘いもの好きじゃないだ。
嘘だった。フォークを持とうとして、もてなかった。手がすりぬけてしまう。アップルパイを手でつかもうとした。同じだった。
自分は死んだ。幽霊なのだということを、あらためて思い知らされた。
この後、どうなっていくのだろうか。
白に飛んだ記憶は・・・。
・・・このままじゃ いや!
「手伝いますよ。何があったか、調べましょう」
皿を洗っている保坂が、千佳の方を向いて言った。
「聞こえちゃいました。幽霊のくせに、独り言が大きい!」
・・・なりたてだから。
「僕、こっちで寝ますから、嫌じゃなきゃ、ベットで寝てください。明日、考えましょう」
そう言うと、保坂は床に横なった。
「眠くって・・・」
保坂は、すぐに鼾をかいた。
千佳は、しばらくその寝顔をみていた。

夜、千佳は空を見ていた。
目を閉じると、自分の部屋の姿が見えた。
会社に入ってから借りた部屋だ。この部屋に5年暮した。
悲しいことも辛いことも、そして、楽しかったこと、嬉しかったことがいっぱいつまっている。
「千佳ちゃん 誕生日おめでとう」
そう言って、男は誕生日の夜にバラの花束を抱えてきた。
小林とのことも、今はただ懐かしい。
・・・もう、あの部屋に帰ることはないんだ。
千佳は目をつむった。体が宙に飛んだ。
あのマンションの上にいた。
マンションから、男と家族の笑い声が聞こえてきた。
「次、行くよ。逆立ちしただけで、おまわりさんにつかまる動物の名前は何でしょう?」
「わからないな」
「リスで~す!」
そこには家庭の温もりがした。
いたたまれなくなって、千佳は、目をつむった。
                 <(2)へ>

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闘わなくなったらおしまいだ

2009年02月22日 03時57分14秒 | Weblog
「NHKスペシャル」のプロデューサーの川良浩和さん(61)が、「闘うドキュメンタリー-テレビが再び輝くために」(NHK出版)を出版した。直接は、存じ上げないが、同業の先輩の言葉、勉強になった。
 (*出典 東京新聞 2009年2月14日 朝刊)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2009021402000075.html

「不祥事の時に『原点に戻れ』とよく言われたが、原点とは何なのか。公共放送だからやらなければと思って番組を制作したことはない。ジャーナリズムの定義はいろいろあるが、世の中に生きている人たちのために情報を発信していくことがジャーナリズムであれば、それが僕らの最後の判断基準じゃないか。それはNHKも民放も関係ない」

「イメージ通りに取材しようとすると無理が生じる。どうまとめるかは後で考えればいい。想定外の事が起きた時、とにかく現場で記録する。核心に触れる現場に立つことは難しいが、それが番組の力につながる」

「僕らの仕事は百パーセントが企画。いい企画が通れば、ディレクターは企画に鍛えられていく。絵があるかどうかを先に考えたら、企画はしぼんでしまう。事実の発見ができれば、絵はついてくる。テレビが映像に流されたら危ないと思っている」

「情報は簡単に手に入る時代。その時代に生きている人間として、いろいろな人に会って話を聞いて、体で感じる番組を作ってほしい。そうかどうかは番組を見れば分かる。番組制作者は毎日闘っている。闘わなくなったらおしまいだ」

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犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
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中川昭一元財務大臣の飲酒記者会見。影の仕掛け人は誰だ?

2009年02月21日 06時25分31秒 | Weblog
 最近の政治の動きの中で、幾つか疑問がある。

 まず、かんぽの宿の問題。
 オリックスと郵政公社の問題に矮小化され始めているが、根本の問題である
 「巨額の建設費を使い、赤字垂れ流しの施設(そうでない施設もあるが)を作った人間は誰か?」
 「その施設を二足三文で売り飛ばしたのは誰か」(オリックスだけではない。それ以前のものだ)
 これらについて、鳩山邦夫総務大臣は言及していない。本来、これらも鳩山大臣のもとに報告が行っているはずであり、歴代の大臣が承認して予算化したはずのこと。それなのに・・・。
 現状の流れは、郵政民営化の旗振りをした宮内義彦会長のオリックスとの間に何らかの不正があったとすることのみに絞られている。まるで「民営化潰し」とでも言うように。先日、週末、精力的にテレビ出演していた元自民の野党の某代議士など、「こういう問題が起こるから民営化はいけない」のような論法を振りかざしていたが。
 
 そして、中川昭一元財務大臣の飲酒記者会見。
 もし、あの場にテレビの中継がなかったら、この問題はなかったことになっていたのだろうか?
 そして、随行していた22人もの財務省の役人は、「大臣、記者会見はお止めください」と言えなかったのだろうか?
 さらには、飲酒していたという事実のリークの早さ。一緒に食事をした美人女性記者サイドの情報ではないとすれば、財務省官僚サイドのリーク。さらにさらに、随行した玉木林太郎国際局長の国会答弁の素直さ。と、なると、官僚たちが中川昭一元財務大臣に引導を渡した!?
(今回の騒動、中川切りのハニートラップ説まであるが、僕はそこまでとは思わないが、利用した人たちはいる。)
 その後任が、増税派の与謝野馨大臣(の兼任)となると、なお更である。

 ちなみに、今回のG7に22人の官僚が行き、6000万以上の金が使われている。その中には、各国財務大臣との昼食会を抜け出して行われた中川大臣や一緒にいた玉木林太郎国際局長、美人記者の飲んだワインも、バチカンの観光費用も含まれる。この金額、派遣切りにあった数十人の雇用創出に相当する。

 為替は円安に動き始めている。中川ショックで、世界が日本を見限り始めている。豊臣政権の官僚は、大阪城落城の瞬間まで派閥争いをしていたいう。そんな故事が思い出される。

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宇宙の交通事故、そして“スペース・デブリ”

2009年02月20日 05時43分47秒 | Weblog
 あまり話題になっていないが、人工衛星の衝突事故が起こった。
 2月10日、シベリア上空で、イリジウム社の通信衛星「イリジウム33」とロシアの軍事通信衛星「コスモス2251」が衝突したのだ。
 衝突の結果、相当多数の宇宙ゴミ(スペース・デブリ)が発生している。
 今回のような衛星同士の宇宙交通事故は史上初。

 スペース・デブリは、デブリ同士が衝突してさらにデブリが増える。どんどん高度800キロはの危険度は増す。しかし、ここには、地球観測衛星や低高度通信衛星などが多数飛んでいる。そこが危険地帯となったのだ。

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