放送作家村上信夫の不思議事件ファイル

Welcome! 放送作家で立教大大学院生の村上信夫のNOTEです。

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ミュー・ミュー(実有・実有)ネコ育て日記「実有のジャンプは3階力」

2008年05月31日 09時37分21秒 | Weblog
5月30日 雨の一日 ミュー(実有)は今日も元気!
昨日は、3階建ての自分の家(金属ゲージで中が3フロアー)の3階までゲージを金網を使って(・・・跳ねて飛ぶ上ることは、まだ、できないので)ほじほじよじ登ることに初めて成功!鼻高々に「ミュー」と鳴いていたのだが、いざ、降りる段になり、(・・・アレレ、高い!ミュー)と気付いたのか、今度は、「ミュー、ミュー」と泣き出した。
降ろしてあげたら、ケロリ、「自分で降りたんだミュー」と一鳴き、走り出した。

子どもの安全はこうして守る!
清永 賢二,村上 信夫,宮田 美恵子
グラフ社

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「レスター手稿」に見る。ダ・ヴィンチ脳の作り方(3)我が子をダ・ヴィンチに育てる方法

2008年05月31日 09時25分42秒 | Weblog
◇ダ・ヴィンチ脳⑤我が子をダ・ヴィンチに育てる方法
「脳」と「天才」の研究が進む欧米では、万能の天才であるレオナルド・ダ・ヴィンチと20世紀最大の頭脳と言われるアインシュタインの脳と天才に関する研究が盛んに行なわれている。この2人は、驚くほど似ているだ。
最新の研究の成果から、我が子を「ダ・ヴィンチ脳」にする方法。

☆まずはダ・ヴィンチ、アインシュタインの共通点、なんとそれは「脳の障害」。
実は、彼らの天才性はその障害があったからこそだといわれている。しかも、それは今、教育の現場で話題になっている「勉強ができない」学習障害の症状なのだ。
勉強と天才は違う最大の見本が、この2人なのだ。
☆ちなみに、アインシュタインの「脳」は一般の平均と比較して、170グラム軽く小さい。アインシュタインは大食漢で寝坊で不摂生、タバコはヘビースモーカーで、慢性病を十以上もっていた。・・・決して「脳」には理想的な環境の身体ではない
☆再び、ダ・ヴィンチ、アインシュタインの共通点。「友達が少ない」
大脳生理学者のベルナール・パッテンは、アインシュタインの脳の働きを研究し、視覚的イメージ思考<メモリー&メンタルイメージ>という論文を発表した。
言語障害児だったアインシュタインは、友人と遊ばなかった、いや遊んでもらえなかったため、一人遊びをしているうちに本能的に視覚思考を自分で開発していたのだといわれる。
☆さらに、2人の共通点は、右脳の発達。 

◇オジさんになっても手遅れじゃない!ダ・ヴィンチテクニック
ダ・ヴィンチの膨大な手稿は、彼がメモ魔であることを示していまる。ダ・ヴィンチ脳のサイクルは、〈頭の中にあることをメモ〉→〈メモとして視覚化することで新たなアイディアを生む〉 ようは、思いついたら書いて見る事。書いているうちに、それはアイディアの形になっていく。な~んだ簡単!これなら、とりあえず出来そうな気がする。                     <END>

犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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「レスター手稿」に見る。ダ・ヴィンチ脳の作り方(2)ダ・ヴィンチ七癖

2008年05月31日 09時18分42秒 | Weblog
 ダ・ヴィンチ脳について、話を続ける。
 
◇ダ・ヴィンチ脳③ 数学的アプローチ
数学嫌いのダ・ヴィンチ。しかし、その発想は、常に、数学的な分析と機能性、合理性にありました。ダ・ヴィンチはこんな言葉を残している。
「数学的科学の一つも適応され得ないところには、もしくはその数学と結合されないものには、いかなる確実性もない。」

◇なくて七癖 ダ・ヴィンチの癖
ダ・ヴィンチの行動には、思わずぷっと笑う奇行・変癖があり、これまた、天才脳のなせる技。我が子に悩むお母さんも一安心。
☆好みの顔を見かけたらどこまでも追っかけ、デッサンする、ダ・ヴィンチはストーカー?
☆超飽きっぽかったダ・ヴィンチ
・膨大な素描を残しながら、完成させた作品は僅かに十数点。好奇心が旺盛で、なかなか一つのことに集中できなかったからだと言われ、「モナ・リザ」や「最後の晩餐」まで未完成という説も。
☆優柔不断なため、決められず増えちゃった素描。
☆思いついたら即メモ帳に記す メモ魔。
☆家計簿をつけたり、お金にしっかり、意外にケチ。
☆友達が少ない。ダ・ヴィンチは、手記にこう記している。「友達がいません」
 ・・・寂しい、ヤツ!
☆さらに!
「肉欲を抑制しない者はけだものの仲間になれ。」
という言葉を残したダ・ヴィンチは、菜食主義者であったとか同性愛者であったなどの説もある。また、一つの所に留まっていない、ダ・ヴィンチの好奇心。それは押さえ切れないほどの衝動。「食欲無くして食べることが健康に害あるごとく、欲望を伴わぬ勉強は記憶を損ない、記憶したことを保存しない。」

◇ダ・ヴィンチ脳④ 注意欠陥・多動性障害(ADHD)
大脳生理学者や精神科医たちが「レオナルドの手稿」を読み解くと、注意欠陥・多動性障害(ADHD)が発見された。その障害のために完成できた絵画は数少なく、しかし、その作品には深い孤独と冷徹な叡知が光っている。後世、ライバル25歳年下の彫刻家ミケランジェロと並べ、冷徹な知性を持つ「画聖レオナルド」と男性的な激情を持つ「神ミケランジェロ」と称されたのは、ダ・ヴィンチの持つ心の病からだったのかもしれない。
            〈我が子をダ・ヴィンチ脳にする方法は次のペ―ジに〉

犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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「レスター手稿」に見る。ダ・ヴィンチ脳の作り方(1)お笑いダ・ヴィンチ

2008年05月31日 08時43分02秒 | Weblog
 おはようございます。

 ビル・ゲイツ氏のコレクション「レスター手稿」(レオナルド・ダ・ヴィンチが残した、膨大なメモ、素描、デッサン。)を知っているだろうか?
「レオナルドの手稿」とも呼ばれる5000ページにも及ぶそれは、ダ・ヴィンチの思索、芸術論、科学的構想、発明がぎっしり詰まった、いわば頭の中身。中でもビル・ゲイツ氏が収蔵する「レスター手稿」の中には、自動車、ヘリコプター、エコエネルギーなど、500年後の現在になって実現した発明、さらには今だ実現できない科学的構想の数々が多くあるといわれている。
 500年前にダ・ヴィンチだけが見た「未来の姿」、なぜ、ダヴィンチだけにそれができたのか?
 
◇ダ・ヴィンチは勉強嫌い!
1452年4月15日未明に生まれたダ・ヴィンチ。
幼少時から移り気で、落ち着きがなく、勉強嫌い。
算術は大の苦手。だが、音楽、絵画など、芸術には強い関心を示していた。

◇お笑いダ・ヴィンチの手稿
手稿には様々なメモが残されており、ダ・ヴィンチの発想、思いつき、そして、
彼の心に浮かんだ様々な妄想、例えば性的妄想、笑い話などが散見する。
例えば・・・
☆そのものズバリ!
「立ったまま性交する男女の解剖図」(ウィンザー王室図書館蔵)
☆お笑い作家 ダ・ヴィンチ
「君は絵をあんなに美しく作るのに、どうして子供はあんなに醜くこしらえたんだい?」
「絵は昼間作るが、子供は夜作るんでね」

◇ダ・ヴィンチ脳① 経験の弟子
ダ・ヴィンチのキャッチコピーとも言われる言葉ですが、常に観察と実験することに重点を置くダ・ヴィンチのスタンス。
柔軟な発想と観察と、とにかく試してみるというのが、生涯を通じてのダ・ヴィンチのスタンス。特に、実践的であることを彼は重視していた。

◇ダ・ヴィンチ脳② ヴィジュアル思考
芸術の中で、絵画を最上と考えていたダ・ヴィンチ・
「画家は万能でなければ賞賛に値しない。」
絵画こそ、詩や音楽や彫刻など他の芸術や学問に勝る最高の芸術だと主張し、すべてのモノを物体として、究極には「絵」としてみていたと言われる。
数多くの素描はダ・ヴィンチの発想の跡。
ダ・ヴィンチは、ヴィジュアル思考の先人。

また、誕生したばかりの遠近法を、「遠近法は<絵画>の手綱であり舵である。」
とし、科学者としての才能を注ぎ込み、完成させた一人でもある。
                 (*続きは 次ページ)   

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村上 信夫
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ミュー・ミュー(実有・実有)ネコ育て日記「我が輩は猫である。名前はミュー(実有)」

2008年05月30日 08時55分45秒 | Weblog
おはようございます。

一年半ぶりに、我が家に猫が来た。4月10日生まれだから、一ヵ月半。
去年の1月、10年一緒に暮らしたアメショー“ミー”が原因不明の病気、東大病院で検査までしたのに。で、亡くしてから、いわゆるペットロス状態だった。
やっと2代目を飼う気になるまで、一年半近くかかった。
前のミーは、当時、仕事が一緒だった安達祐実ちゃんの愛猫の子で、その親は、酒井法子さんの愛猫だったから、芸能一家の猫。そのせいか、表情豊かな猫だった。
猫を飼うのは、初めてだったから、いろいろな物語を積み重ねてくれた。
さて、今度の猫は三毛猫。名前は、長生きするようにミュー(実有)とつけた。もっとも、「ミュー、ミュー」と泣いている。

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清永 賢二,村上 信夫,宮田 美恵子
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中国版「わた鬼」から「イケメンオーデション」まで、上海テレビ事情

2008年05月30日 07時08分20秒 | Weblog
 おはようございます。

 上海のテレビ番組の状況を調べた。
 北京五輪ーその次が、2010年の上海万博。
 世界の注目を集める経済発展の都市、上海は、今、何を考えているだろうか?
 上海は極端な美人ブームで、今、”上海”を動かすキーワードは、”美人”。
 一家にテレビが1.4台という、中国一の世帯普及率の上海。テレビはエンターテイメントの王様で、流行はテレビから生まれる。
 その流れに乗ってアイドル産業が急成長し、アイドル養成学校が誕生、アイドル・グッズが人気で、アイドル発掘イベントが、連日行われる。
 中国初の大手芸能プロダクションも誕生し、中国のイケメン、美人、プリティーな若者たちは上海を目指す。

@上海テレビ事情
・上海電視台・東方電視台・東方衛星テレビの3局が全13チャンネルと、国営の中央電視台16チャンネルが視聴できる。
・日本との違いは、例えば、中国人は日本のようにドラマの結果を、一週間、待つような悠長なことは全くしない。レギュラーのドラマは、あらかじめ撮影が終わっており、毎日1話~3話、流す。

@人気番組
・アイドルブームで、オーデション番組が大ヒット中、人気トップは「超級女声(スーパー歌姫)」

・各テレビ局キャスターやタレント・モデルが社交ダンスで競う「舞林大会(中華芸能人ダンス選手権)」

・本当にあった仰天ニュースを再現ドラマで見せる「大城小事」中国の”渡る世間は鬼ばかり”国民的ホームドラマ「家有児女」

・上海のゴールデンタイムを飾る定番番組「今日印象」は市内ロケを駆使し、ファッション、生活スタイル、ブランドなど様々な切り口で上海の流行を紹介。

・そして上海でも、日本のアニメ「櫻桃小丸子」(ちびまる子ちゃん)は大人気。

・日本との絆・・・中国初の日本語による国内番組「日中之橋」(上海外語ch)は日中の最新文化事情・経済情報を紹介する上海版「ワールドビジネスサテライ」。キャスターはNHK番組のリポーターも務めた呉四海。

・「日中之橋」のヒットで、日本の音楽情報番組「音楽物語in Japan」、本格的日本紹介番組「東京印象」も放送開始。

・イケメンオーデション番組「加油!好男児」(頑張れ、いい男)に出演、今、中国で人気の日本人タレント小松拓也。彼を発掘したマネージャーは、上海パフォーマンスドールの元アイドルという、面白い取り合わせ。

・音楽事情・・・ケリー・チャン、女性3人グループのS.H.E。外国人では、BoA、浜崎あゆみ、宇多田ヒカル、安室奈美恵 など

・中国最高峰、ハリウッドに最も近い映画スター養成学校「謝晋明星学校」35倍の競争率を勝ち抜き入学するのは、元ファッションモデルの女性から元幼稚園教諭の女性、元サラリーマンの男性まで、スターを目指す。

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村上 信夫
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「両横綱睨み合い」騒動について(ふじこ丸さんへ)②

2008年05月29日 06時14分33秒 | Weblog
 「両横綱睨み合い」騒動について、危機管理を専門とするものとしては、挙げた3つ原因のうち、①周囲の見る目とのズレに対し、自分の論理ではなく、ファンからの視点、今後、相撲界を盛り上げるためにファンに取り込みたい人たちの目にどう映るかの意識が、相撲協会の広報にあって欲しいということは、先に述べた。
 次に、②スターであった関取出身者が運営の中心となること。③「自覚」ではなく番付けごとの「教育」の必要なことについて述べる。

 ②の弊害は様々な人たちが意見を述べている。が、僕は、それらの意見とやや異にしている。
 スターは相手の立場に立つ必要もなくまた、その必要がないので相手がどう思っているのか察するのに弱いのである。現役力士の時にはそれでいい。相手のことを思っては勝てないし、そんな力士は魅力ない。
 しかし、親方になるということは、企業なら課長・部長のマネジメント職。あるいは、独立性の強い子会社の社長、アメリカの州知事ほどの力を自分の部屋に対して持っている。そのために<親方には何が求められるものは何か> プロ野球やJリーグ、ボクシングなどもその傾向にあるが、スターが指導者になる時には、コーチなどの経験を積んだり、指導者としての教育を受けてから監督になる。
 外部の人間を入れる云々の議論の前に、このことをこれから充分考えるべきだ。

 同様に、相撲協会の運営に当たる親方たちは企業のマネジメントや広報を学ぶ必要がある。どのスポーツ団体も、中心になっているのは、一部の例外を除けば、かつてのスター選手であり、現役時代の活躍が発言の力になっている。しかし、近年、引退したスター選手たちもそのまま協会に残るのではなく、大学院に入り直したり、留学したりしている。自分の競技を盛り上げようと思ったら、スポーツビジネスやエンターティメントのノウハウを身につける必要があるからだ。大相撲にも、現役引退後、大学に通ったりする親方がいる。それをもっと積極的に行うべきだと思う。

 ③の「教育」について。10年以上昔、横綱になったばかりの曙関に取材したことがあった。(読売テレビ「谷村新司の裸の王様 横綱に賭ける男たち」)今のボノちゃんではない。久しぶりの大型横綱に、日本中が沸いていた頃である。
 その曙関が、「横綱は辛い」と言うのだ。「勝つことではない。横綱らしくって何か、わからない」だから、箸の持ち方一つでも悩んでしまうという。この横綱らしくという基準が結構曖昧で、どう行動しても批判される。しかも、当時の師匠は関脇高見山だから、彼を見ていても、彼のアドバイスも参考にならない。と、いうのだ。朝青龍関に似ていると直感、思った。(逆か、朝青龍関が曙関に似ている・・)高砂親方も横綱になっていない。だから、教えているつもりでも、どう行動すれば「横綱の品格」なのか、朝青龍関には伝わっていないんだろうな。と、思う。

 朝青龍関は、今回優勝した琴欧州関の日本の父・先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)の教えはきちんと守っていた。親方は、横綱が出稽古に来ると、迎える側の自分の部屋の力士に対して「わざわざ横綱が来てくれる。名誉なことだ」と徹底し、横綱が来るのに相応しく遇していた。そのためなら、自分の弟子も大声で叱った。
「横綱が稽古つけてくれるのに、向わないヤツがあるか!」
 琴欧州関をそうやって怒鳴っている場面を見たこともある。そうした上で横綱に助言するのだから、横綱も納得する。
 親方は、自身が横綱だったから、横綱のプライドがわかるのだ。実際に相撲をとるという意味において、横綱は、理事長よりも上である。角界のトップ、朝青龍、白鵬の両横綱は大相撲の宝なのだ。彼らをそれに相応しく遇した上で、言うべき事はきちんと伝える。すれば、伝わるはずだ。・・・先代佐渡ケ嶽親方と朝青龍関の関係を見れば、よくわかる。だが、現状で果たしてどうか?両横綱に対する扱いは
「横綱らしく」と求めるばかりで、「横綱らしく」遇しているのだろうか?
 例えば、朝青龍関が年間全場所優勝の大記録を立てたとき、協会も、ファンも、マスコミも何をして遇したのか。例えば、九州場所の千秋楽、表彰式で、日の丸と一緒にモンゴル国旗、君が代と一緒のモンゴル国歌を流し、彼を生んだモンゴルへの感謝を表してもよかったのではないか。記録を作った大横綱として、ファンも含めて、朝青龍関を遇してもよかったのではないか。
 
 話を戻す。各部屋ごとで、その番付けに相応しいモデルや基準を持って教育できないのなら、協会全体で番付に相応しい相撲の取り方、行動、品格など「研修」すればいい。
 普通の企業だって「中間管理職」「役員研修」などを行う。相撲は番付が明確でそれに相応しいあり方がどうしても求められる世界。ならば、その番付になったときに先輩たちが「研修」すればいい。大鵬親方の「横綱の取り組み方」講義など、明確に教えれば、力士自身に行動のモデルや基準が作られるはずなのだが。

一番、一番!真剣勝負
朝青龍 明徳
日本放送出版協会

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「千秋楽 両横綱の睨み合い」騒動の危機管理(ふじこ丸さんへ)①

2008年05月29日 05時36分22秒 | Weblog
 ふじこ丸さんからコメントを頂いた。
 いつもありがとうございます。

 ふじこ丸さんご指摘の「相撲協会がきちんと広報を確立し、説明責任を果たせる団体になるには何が必要なのでしょうか?そんなこと、私が考える筋合いでもないのですが、朝青龍を応援したい私にすれば、社会的に彼への不信が増殖することがとても切ないのです」

 まったく同感です。今回の「両横綱、土俵上の睨み合い」騒動について、相撲界の宝である朝青龍,白鵬の両横綱を守り切れない相撲協会の対応に悲しくなる。彼らの魅力をきちんと伝えることができないのか。なぜ、こんな騒動が繰り返し起こるか。危機管理の専門家としてみると、次の3点が原因だと思っている。①大相撲をめぐる環境が「かつて」と違っていることに大相撲界がついていっていないこと。②スターであった関取出身者が運営の中心となること。③「自覚」ではなく番付けごとの「教育」の必要なことの3点である。

 まず、①大相撲をめぐる環境が「かつて」と違っていることに大相撲界がついていっていないこと。についていえば、僕の専門領域のである「危機管理広報」の範囲になる。

 ふじこ丸さんのご指摘「玄人の相撲通には北の湖理事長の発言は響きますが、スロー映像というわかりやすい絵を根拠にした大衆の不信は、理事長の「相撲の流れ」という発言では拭えないのでしょう。社会を代表して相撲協会に物申す機関である横審との攻防で押し戻され、27日には朝青龍関にも厳重注意となりました。北の湖理事長は主張を変えてはいないようですが、姿勢のぐらつきはまた、社会の不信を煽っています。素人に向けて語る言葉、説得する説明責任能力が、現在の相撲協会にはないのだと思います。(今回は、語らなければならないという意欲はあったようですが…)」

 例えば、かつて、不祥事が表に出た場合でも、その頃の世間やそれを受けてのマスコミは、法律ギリギリの業界慣習、企業(官庁や相撲協会などのスポーツ団体なども)の行動について、概ね寛容だった。悪評高い建設業界の「談合」だって、必要悪として、その存在が暗黙に認められた時代があった。だが、今日、企業(官庁や相撲協会などのスポーツ団体なども)は、CSR(企業の社会的責任)を問われ、コンプライアンス(法令順守)とコーポレート・ガバナンス(企業統治)と「ビジネス・エシックス(経営倫理)」が求められ、アカウンタビリティー(説明責任)が課せられる。(=横文字のまま並ぶのは、こうした概念が最近のものであることを示している)グローバル化や自由化、規制緩和が進んだことで企業を巡る環境が変化したのである。企業だけではない。官庁や学校、政治、大相撲協会などのスポーツ団体などについてもそれは求められるのだが、その変化を理解せずに、かつてのまま業界慣習、独自の文化に沿った行動が“不祥事”とされるのである。
 暴行問題の発覚後にそれを容認するような間垣親方の発言などまさにその例。相撲が格闘技であり、一瞬の油断、気の緩み、弱気が即死(負け)に繋がると考えるなら、その痛み、恐怖を身体で覚えるための可愛がりは仕方ないという考え方であり、ある側面の事実である。 ・・・その証拠に、土俵で力士が命のやりとりをする。その判定に失敗したら、切腹するために行司は刀を刺している。
 しかし、同時に、時代は変わり、それをファンは求めていない。あるいは逆に、相撲は格闘技なんだとはファンに伝えるべき努力をしてこなかった。という意識が先ず必要だと思う。
 さらに、今は、時津風部屋問題を受けて、反省、再出発の直後である。その舌の先が乾かぬうちに、この構図、「船場吉兆」と同じ。
 自分たちを巡る周囲の視点の違いを意識し、それとズレることは「不祥事」となり、世間の批判を浴びること。一旦、不祥事が発生したら、その解決は「周囲の視点」で行わなければならないこと・・・それが危機管理広報。
 廃業した船場吉兆の女将は、記者会見で「暖簾に胡坐をかいていた」「現状を認識していなかった」と語っている。まさに他山の石。自分たちの倫理ではなく、ファンはどう見る、ファンに取り込まなければならない世間はどう見る。にの立場で何を伝えたら<気持ちが伝わる>か、大相撲も考える時期にあると思う。
 ②、③については、次ページで。

一番、一番!真剣勝負
朝青龍 明徳
日本放送出版協会

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危機管理対応のバッド・ラックだ!

2008年05月28日 23時40分52秒 | Weblog
 ささやき女将の船場吉兆が、ついに(と、いうべきか、やっぱりというべきか)廃業となった。企業の危機管理をテーマに研究している人間としては、先になどか書いたように(船場吉兆にとっては)最悪の結果となった。なぜなら、下記の記事で国広弁護士が語っているように、「不祥事対応、最悪のフルコース」だからだ。
ただ、マスメディアの一人として、何度も不祥事報道をしていると見えるのは、不祥事企業は「被害を小さく言う傾向にあり」、そして、「拡大するのは、取材企業の発言が、目の前のことしか様子がわかわらなくなり、世間(と、マスメディアの記者たち)が何を知りたいのかとズレてくることだという気がします。
 そもそも今までやってきた「業務慣行」だから、何でみんなが怒っているか無自覚、・・・かつては、世論が寛容だった時代もあるのだが、今は違っている。それに気付かないことから「不祥事」は起こるのだが。

〈危機管理甘く「最悪のフルコース」 船場吉兆〉
                5月28日21時34分配信 産経新聞

 食べ残し料理の使い回しで顧客の不信感が頂点に達し、廃業に追い込まれた老舗料亭の「船場吉兆」(大阪市中央区)。食品の偽装では現場や取引先に責任を転嫁し、「一から出直す」と再出発を誓ったときも使い回しを公表せずに、ウミを出し切らないまま営業再開を強行した。一連の経営陣の対応について、危機管理に詳しい専門家は「最悪のフルコースだった」と指摘。食材から建材まで各分野で偽装が相次ぐ中、船場吉兆の廃業は企業倫理のあり方に改めて教訓を残した。
■断言したウソ
 「仕入れ担当者だけが知っていた。(偽装を知っていたのは)1人だけです」「納入業者に裏切られた」。同社の不正への対応は、「ウソ」と「隠蔽(いんぺい)」に始まった。
 物販商品に使用していた牛肉や鶏肉の産地・原材料偽装が明らかになった昨年11月、当時の湯木正徳社長(74)は自ら仕入れにかかわっていたにもかかわらず会見で、「料亭で偽装はなかったのか」と問われた際、こう言い切った。
 「ない。断言できる」
 それから、わずか10日足らずで本店や心斎橋店(1月に閉店)での料理偽装が露呈。営業休止を余儀なくされた。
■再出発後の隠蔽
 大阪府警の強制捜査を受け、マスコミの取材が過熱する中、同社は代理人弁護士を選任するまで広報窓口を一切置かず、本店は、問い合わせの電話にも無視を決め込んだ。
 苦情が集中した心斎橋店の従業員は「本店が電話に出ないから、朝から晩まで謝りっぱなし。社長はなぜ対応しないのか」と記者の前で涙を流した。
 資金繰りが悪化し、民事再生法の適用を申請した船場吉兆は1月21日、本店の営業再開を発表する。隠蔽体質からの脱却をアピールすべく、調理人らを金屏風(びようぶ)の前に整列させ、「信頼回復に向け、一丸となって再出発する」と女将の佐知子新社長(71)が宣言した。
 しかし、食べ残しの使い回しについては調理場全体の共通認識だったにもかかわらず、会見では一切、言及しなかった。
 佐知子社長は使い回し発覚後に「3月に大阪府警の事情聴取を受けたときに初めて知った」と釈明したが、本紙が4月に取材した際、代理人を通じ、「そうした事実は判明していない」と回答している。
■最悪のフルコース
 「企業が不祥事で失敗するときの、すべてのパターンに当てはまる」
 農林水産省主催の「食品産業トップセミナー」で講師を務めた国広正弁護士は、「隠蔽-責任転嫁-不祥事」の“小出し”という稚拙な対応を「最悪のフルコース」と表現する。
 危機管理の鉄則は「一度で悪いことをすべて出し切り、危機に立ち向かう姿勢を見せることに尽きる」としたうえで、「内部告発が社会に浸透した今、不正を隠し切ることはできない。危機管理は複雑なものではない。ウソが一番いけない」と指摘している。

犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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サムライ・松浦武四郎と「北海道」の由来

2008年05月28日 09時26分53秒 | Weblog
松浦武四郎と「北海道」の由来

 武四郎は、1818[文政元]年、紀州藩郷士の四男として一志郡須川村(三重県一志郡三雲町)に生まれた。16歳で江戸に出て篆刻を学び、その後出家し、僧衣をまとって西国を中心に諸国を遍歴した。長崎でロシア南下による蝦夷地の危機を知り還俗、1844[弘化元]年、27歳から単身蝦夷地探検に出発、翌年知床半島に「勢州一志郡雲出松浦武四郎」と題した標柱を立てた。次いで、千島を踏破、1849[嘉永2]年『三航蝦夷日誌』を幕府に提出した。これが認められ1855[安政2]年、箱館奉行に起用され、以後3度にわたって北海道の内陸部を実際に歩き、自然や動植物、アイヌの生活について多くの記録や地図・日記を残し、「東西蝦夷山川地理取調書」を著した。
 1869[明治2]年8月に蝦夷地を新しい名称に改定することにし、武四郎にゆだねた。この北海道の名称は、武四郎が提案した日高見道・北加伊道など6案から選ばれた。武四郎の雅号のひとつ「北海道人」とも一致する。武四郎の原案は「北加伊道」で蝦夷を「かい」とよみ、先住民族アイヌの意味である蝦夷を残しておきたかったためとも言う。

一番、一番!真剣勝負
朝青龍 明徳
日本放送出版協会

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