放送作家村上信夫の不思議事件ファイル

Welcome! 放送作家で立教大大学院生の村上信夫のNOTEです。

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6000万で売れるかんぽの宿を1万で売った郵政公社

2009年01月30日 07時33分33秒 | Weblog
 オリックスへの一括譲渡の問題でクローズアップされたが、かんぽ譲渡は、他にもこんな問題が山積み。かんぽの宿で巨額の赤字を作っておきながら、「郵便事業は赤字」の郵政公社の発言は、理解しにくい。たしかに、郵政事業ではなく簡保での損なのかもしれないが・・・。
 この宿の建設を企画した人間、決裁した人間、そして、6000万で売れるのにたった1万円で売った人間、郵政公社は、実名をあげ、個人的に何の利益もえていないことを証明すべきだ。

http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2009012900974

不動産業者、6000万円で転売=1万円の「かんぽの宿」-鳥取

 2007年3月、旧日本郵政公社から鳥取県岩美町の「かんぽの宿」を土地代を含め1万円で購入した東京の不動産開発会社が、半年後に鳥取市の社会福祉法人に6000万円で転売していたことが29日分かった。民営化を控えた郵政公社が、年間2670万円の営業赤字(05年度)を出す不採算施設として売り急いだ結果、買い手企業に短期で巨額の利益をもたらした格好だ。
 建物は1億円以上をかけて改修され、現在は老人ホームになっている。関係者によると、この社会福祉法人は設立に際し、閉鎖されるかんぽの宿を取得しようとしたが、既に他施設と一括で売却されることが決まっていた。このため、仲介業者を通じて売却先の不動産開発会社と交渉し、6000万円で引き取ることで合意。関係者は「郵政公社が1万円で売却したとは知らなかった」と話している。(2009/01/29-20:49)

企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
芙蓉書房出版

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犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
グラフ社

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「かんぽの宿」オリックスへの譲渡、事実上凍結

2009年01月30日 07時06分57秒 | Weblog
「君子防未然、不處嫌疑間。瓜田不納履、李下不正冠」という言葉がある。
 読み下すと、君子は未然(みぜん)に防ぎ、嫌疑(けんぎ)の間(かん)に處(お)らず。瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、李下(りか)に冠(かんむり)を正さず(http://www23.tok2.com/home/rainy/seigo-muriwotadasazu)
 言うまでもなく、諺、「李下に冠を正さず 瓜田に履を納れず」の原典である。
 鳩山邦夫総務相が指摘した、郵政省のかんぽの宿をオリックスが格安で一括購入する件で、この諺を思い出した。
 
 不祥事報道を研究している身からみれば、現在、問われている「企業倫理」とは実はこういう部分にあって、圧倒的に有利な立場に人間が、例え、不正はなくても、あるいはある種の正論でも、違う立場からみれば、疑惑や不審を抱かれないよう注意すべきである。特に、今日、国民の間に蔓延する「不公平感」は根強く、トップは、一点の曇りない発言、行動が求められる。

 オリックスの宮内義彦会長は小泉内閣の総合規制改革会議議長を務めた人物で、郵政民営化推進論者の一人でもあった。いわば、ルールを作った一人だ。
 総合規制改革会議は、労働市場、医療など重点6分野の規制緩和提言を示し、現在問題になっている派遣労働の自由化を推進している。ちなみにメンバーは、オリックスの宮内氏が会議議長を務めたほか、株式会社ザ・アール代表取締役社長の奥谷禮子氏、八代尚宏氏、株式会社リクルート代表取締役兼CEOの河野栄子氏も委員である。
 野球の審判が相手チームの監督も兼ねていたら、草野球ならともかく、どんなに公平で知られ・資格を有しても、公式戦では認められないだろう。今回の問題は、これに近いところがある。
 どんなにやっても、疑惑を晴らすことはできるわけがない。一点曇りなくとも、オリックスは、やはり手をだすべきではなかったのではないだろうか。

 それほどトップは自分を厳しく律し、公的活動を行うトップを擁く企業もまた、企業活動が制約されるほどの「倫理観」が求められる。しかし、その自覚があるかどうか、疑問を感じるトップが実に多い。今回のケースは、氷山の一角に過ぎない。

http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2009012900974

オリックスへの譲渡、事実上凍結=「かんぽの宿」70施設-日本郵政
 日本郵政の西川善文社長は29日の定例会見で、保養・宿泊施設「かんぽの宿」70施設の一括譲渡の方針について「オリックス不動産への譲渡案は横に置き、原点に立ち戻り再度検討する」と述べ、事実上凍結する考えを示した。「鳩山邦夫総務相の認可が得られない限り(譲渡は)実現できない」とし、専門家からなる検討委員会を近く設立、譲渡方法から改めて見直すとした。
 西川社長は、オリックス不動産への譲渡案について「白紙撤回はしない」と説明した。ただ、かんぽの宿は、法律により2012年9月までの譲渡・廃止が定められている。このため、オリックスとの契約を棚上げし、譲渡の選択肢を広げる必要があると判断した。(2009/01/29-18:06)

企業不祥事が止まらない理由
村上 信夫,吉崎 誠二
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犯罪心理学者 花見小路珠緒の不思議事件ファイル (グラフ社ミステリー)
村上 信夫
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犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル♯163「アストラルツイン(占星術上の双子)」

2009年01月28日 23時34分06秒 | Weblog
 2000年から書き出したJFNのラジオドラマ「アナザーワールド」シリーズの原作も、10年目になる。僕が書いた原作を、萩原和江、錦織伊代の2人の女流脚本家と僕の3人が交代で、脚本に直しドラマ化している。
 放送は『ウェルカム・アナザー・ワールド』シーズン2『犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル』全国JFN系列(月~金 24:55~25:00)として、放送中。
 主役の花見小路珠緒=田丸麻紀、劇団扉座の山中崇史(「相棒」のトリオ・ザ・捜一)・鈴木あずさ=高橋麻理・折口信夫=犬飼淳治・佐野紀久子=仲尾あづさ 他のメンバーが出演している。お時間、あれば。

  番組公式サイト(http://www2.jfn.co.jp/horror/)
  田丸麻紀(http://www.oscarpro.co.jp/profile/tamaru/)
  劇団扉座(http://www.tobiraza.co.jp/)

今回は、前に一度、掲載したことがある物語。この世の中には、同じ顔をした人間が5人いるといわれるが、同じ性格を持ち、同じ運命を辿る“もう一人の自分”がいる可能性があることに、想いをはせたことがあるだろうか?
同じ日。同じ時間、同じ場所で生まれた場合、占星術では ホロスコープツイン またはアストラルツインと呼ぶのだ。


犯罪心理学者花見小路珠緒の不思議事件ファイル♯163
「アストラルツイン(占星術上の双子)」
       作 村上信夫

 ホロスコープは、星の位置や動きを描いた天の地図。天球図などと訳されるが、占星術の基本となる。全く同一のホロスコープというのは、同じ日、同じ時、同じ場所で生まれる以外、ないということになるが、双子にしても生まれる時間が違うので、ホロスコープはまったく同じではない。とは言え、時間差や地域差の幅はあり、その範囲内で出生し合った者同志をアストラルツイン、「占星術上の双子」と呼ぶ。アストラルツインの人たちは、その後の追跡調査によって、著しく似た人生を送っていることが報告されている。
だが、数百年に一度、まったく同じホロスコープになることがある。その時に生まれた人間は、時をこえてまったく同じ運命を辿る。

 花見小路珠緒が、鈴木あずさと別れ、夕方の隅田川沿いを歩いていた。
 一流商社に就職し秘書課に配属されたあずさだったが、日々の仕事の中で、政界、官僚工作の接待のセッティングの日々に飽きていた。
「行ったこともない料亭や、バーやクラブ。明らかに女性がいるんだろうなってわかる場合もあるんだから」
 就職一ヶ月、愚痴につき合わされ、最後に、あずさはポツリ。
「なんか、嫌な匂いがするの」
 その匂いは、ある日、突然、始まった。
 珠緒のマンションとあずさのそれは、同じ湾岸エリアにあって歩いて20分ほど。隅田川沿いの道を行くのだが、川風に吹かれて散歩しているとそのとき、急に魚が腐ったような嫌な匂いがしたのだ。海に近い河口、多少の磯臭さはあってもあたりに腐臭の元となるようなものはない。だが、匂いはそのときだけではなく、頻繁にあずさにまとわりつくようになった。家でも、会社でも、ふいとした拍子に匂いが出てくる。特に、最近は会社で、急に匂いを感じるようになって、その場にいることに耐え切れずトイレに駆け込むことも多くなった。
「アタシだって、心理学をやっていたから、ストレスから来る自己臭症は知っている。」
 だが、それとは違うのだという。兎に角、突然、何かが腐ったような、耐え切れない臭いがするのだ。だが、周囲の人間を見ていると、だれも気付かないのか、平然としている。

(・・・腐臭は特定の人間)
まもなく、あずさはそのことに気がついた。
その男が目の前にいる。臭いはますます強くなった。あずさの勤める総合商社東洋商事の実力者、越後屋宗佑(67)。そう思うと気のせいか、臭いが一段と強くなる。
「新入社員のプレッシャーなのかなあ」
 珠緒のカウンセリングで、あずさは越後屋のことを話しながら、ため息をついた。それとも、「会社づとめが合わないのかなあ。ねえ、辞めて、珠緒さんの助手になろうかなあ」
「その役員は、ソースケというのですね」
「うん、越後屋宗佑。なんだか時代劇でしょ。もっとも越後屋常務は、神田の方で、昔からの内らしいけど」

カウセリングに来るようにアドバイスし、それでも気になり、帰りがけに、あずさの言う隅田川沿いを歩いたのだ。
 夕方の隅田川を渡る春風が心地よく、体に吹きつける。
 のんびりした気分に浸っていると突然、キーンという音が頭の中で聞こえた。珠緒には、死んだ人間の断末魔の姿が見える。何者が意識に強引に割り込んでくる不快感。霧がたち込め、やがてその先に見えるのだ。
 江戸時代だろうか・・・。 
着物姿の娘がいた。
「あずささん」思わず声をかけそうになるほど、似ていた。
 利発で活発な娘なのだろう。
 最初は時代劇の撮影現場に紛れ込んだのかと錯覚した。だが、すぐに、これは死者の最後の叫び、断末魔に見た風景だと思い直した。
 その娘の運命は風前の灯。数人の侍と尻ぱしょりの柄の悪い男たち。手にキラリと光る刃物がかざされ、迫ってくる。娘の心は、恐怖の闇で一杯になっていった。その寸前、侍たちが何か話す風景が垣間見られた。男たちは娘をとらえると川に顔を沈めた。娘は必死になってもがくが、やがて力尽きる。娘の死体は、葦原の中に隠された。
 我に返った珠緒は、目の前を見た。
今、公園となっているこの場所が、かつては葦原だったのだろう。あずさに似た面立ちの娘は、可哀想に葦原の中で、誰にも気付かれない。
「私に気付いて!」
 公園で遊ぶ子どもたちの歓声に混じって、娘の叫びが今も聞こえるようだ。
だが、殺人事件に巻き込まれた娘が、何かを訴えようとしている。
(・・・葦原に置かれた遺体が、なぜ、今?・・・腐臭!)
 あずさの嗅いだ匂いは、娘の死体の臭いに違いない。だが、なぜ、あずさがそれを感じるのだろうか。兎に角、珠緒は江戸時代の殺人事件を調べてみようと思った。
 だが、立ち上がった瞬間、もう一度、痛みが珠緒を襲った。
「えっ!?あっ!危ない」
 珠緒の目の前繰り広げられているのは、さっきと全く同じ、若い女が男たちに追われているのだが、服装や髪形が違った。男たちは洋服や、着物姿が混じり、女は長い髪を後ろで束ねていた。娘の前に立ちはだかった男が、女を捕まえると川の中に顔を押しつけた。
その瞬間、口の中に水が入り、気が遠くなるほどの息苦しさを珠緒は感じた。
だが、それ以上に驚いたのは、女の顔だった。
 あずさに似ていた。

 湾岸エリアは、江戸時代からその姿を激しく変えている。江戸時代、寂しい葦原だった地域は、明治の文明開化で外人居留区となり、一躍、開発される。その後、造船所などの工場が立ち並ぶ工業地帯となり、戦後、工場が郊外や地方へ立ち退くとその跡には、超高層マンションが立ち並んでいる。
 そこで起こった事件を珠緒は、明治時代の新聞の縮刷版から発見した。明治の中ごろ
5月27日、23歳になる青木薫子が背の高い草の中から他殺死体で発見された。さらにその記事には、157年前の事件のことが載っていた。当時、「157年目の死の偶然」は、当時の新聞記者や世論の好奇心を誘ったのか、大きなスペースが割かれていた。
 それは、こうだ。
捜査に当たった所轄の築地署が捜査の途中で、青木薫子が発見された場所はかつては一面の葦原で、そこで女の白骨死体が見つかったことがあるという事実をつかんだ。但し、江戸時代のこと。157年前のことだったが、不幸な娘の最後に同情したのか、長く伝えられてきた。事件の糸口を求める築地署が調べると、江戸町奉行の記録に、「行方不明の湊屋娘、お峰、溺死」という記録が見つかった。
死体の発見場所は、ほぼ同じ。江戸時代の記録ではあるが、死亡推定時刻もほぼ同じ、葦原と草の違いはあるが死体を隠そうとした形跡が窺えた。偶然の一致はそれだけではない。二人とも、殺される前の夕方、新しい着物が届き、友だちを訪ねている。
だが、その後の記述に、珠緒は背筋が寒くなった。2つの事件とも、容疑者の男が逮捕されるが、結局、容疑不十分で無罪となる。その名前は、共に「宗佑」という。
築地署の調書に残っていた写真を見て、予想していたとはいえ、珠緒は「あっ!」と悲鳴をあげた。被害者の薫子の写真が、珠緒が隅田川沿いの公園で垣間見た2人目の殺人の被害者だったからである。しかも、あずさに酷似していた。
突然、携帯が鳴った。
 思わずドキリとする珠緒。・・・父からだった。
「今、古美術の温故堂はんのところにおるのだが・・・」
温故堂は珠緒も知る古美術商で、特に、浮世絵などのコレクションは相当なもの。珠緒の家とは数代に渡っての取引をしている。
「これこれ、この顔な、珠緒さんところの生徒さん、よう似とるのや」
 父親が無邪気にメールで送ってきた浮世絵を見て、珠緒は凍りついた。あずさに似ているだけではない、湊屋お峰という文字が読めたのだった。
「事情は後で説明するから、その絵を買って、送って!」
 珠緒は、157年の時間を超えて同じ場所で起こった2つの殺人事件に、何かの因縁を感じた。
(・・・被害者たちは何を訴えようとしているのだろうか。突然、あずさの身にまとわりつくようになった腐臭は何故だろうか)
夕方、珠緒は重い足で、また、公園に行った。
痛みが走り、頭の中に霧がたちこめ、悲鳴が聞こえた。
目の前をお峰が走っていく。まるで、二重写しのようにほぼ同じ道を青木薫子が逃げる。
その後を男たちが追う。
断末魔の絶叫が重なり、思わず耳を塞ぎかけ、それを必死でこらえると、震えながらも死者の叫び、断末魔の想いを聞こうとした。

 その日、あずさのカウンセリングにやってきた。
珠緒はあずさの生年月日を確認した。
「9月7日でしたよね。・・・もしかして、生まれた時間は、夕方?」
「なんで、よく知っているの!?ぴったり、午後3時」
 珠緒はゾッとした。
「いいから、これからしばらくは、絶対、隅田川沿いを歩かないでください。あと、ちょっとでも変なことがあったら、必ず連絡ください」
「なになに、珠緒さん、それ、どうして?」
「なんでもいいですから。言うこと聞いてください」
 何に驚き、焦っているのか、その理由を説明しないまま、珠緒はあずさに念押しした。
「兎に角、何もしないで下さい」
 あずさが帰っても、珠緒は震えが止まらなかった。
 湊屋お峰、青木薫子も同じ9月7日生まれ、その生まれた時間も記録に残っていた。時間を超えた符合に、当時も気になった刑事がいたのか、お峰の出生届けの町役人の書付から生まれた時間を調べていた。
山羊座が東の地平線上にあった時間である。
 山羊座は、牧畜の神パンがエジプトのナイル川の岸で遊んでいた時、怪物ティフォンに襲われそうになった。魚に変えて逃げようとしたら慌てていたせいか、半分にしか魚になれなかった。その姿がやぎ座である。東にある山羊座の力が最も強い日、そして、お峰、薫子、あずさは、日本橋の生まれ、その場所は、数百メートルと離れていないに気が付いたのだ。

 アストラルツインで、よく知られる例がある。イギリス女王エリザベス一世(1533-1603)とイギリスの詩人で批評家エディス・シットウェル(1887-1964)である。
350年の時が離れているが、二人は共通点が多く、その顔も似ている。二人とも9月7日の午後3時から4時の間、山羊座が東の地平線上にある時に生まれた。エディスの母は男子を望み、エリザベスの母は娘を産んだ事で処刑された。正確も瓜二つ、詩を書き、内向的で陰鬱な気性で、生涯を独身で過ごした。
 占星術の理論だけですべてが説明つくわけではない。実際には、性別、家庭環境、地域、その他、偶然が積み重なっていく。しかし、いろいろな要素が一致して、似た人間の場合はどうなのだろうか・・・。
(・・・ 全く同じ星の下に生まれた人間が、同じ運命を辿る。)
 それはなんとしても阻止する。・・・珠緒は決心した。

 
 数日後、あずさは、耐え切れないほどの臭いが廊下中に充満し、臭いに驚いて、あずさは思わず立ち止まり、持っている茶を落としてしまった。その瞬間、越後屋にもかかり、越後屋は資料を落とした。慌てて拾うとする越後屋とあずさ。
 マル秘の文字と、「地上げ」の文字が見えた。
「すみません」
「君は確かに新入社員の・・・」
「鈴木あずさです。すみません」
「気をつけたまえ」
 あずさが資料を拾うとするより早く資料を拾うと、越後屋は怒鳴った。
あずさはあまりの臭気に気が遠くなった。これまでも、越後屋の会議が近づくと突然、臭いがしたり、会議が終わった途端、臭いが消えたりした。今回は、越後屋が立ち去っても臭いは消えなかった。
あずさは確信した。
(・・・この男だ。)
 ふと足元を見ると、越後屋が拾い忘れた資料が一枚、落ちていた。
「大変だ、こりゃあ!」

 あずさは、秘書室に戻ると、越後屋の行動をチェックしていた。
 越後屋のことを考える度に臭いは徐々に強くなり、息をするのさえ苦しい。だからこそ、この苦しみから脱するためには、原因だと思われる越後屋について
 秘書課に報告されたスケジュールに、ハイヤーの運転手の報告書。そして、交際費などの動きをチェックすれば、およそのことはわかる。社内一の豪腕である、政財界からマスコミ、芸能人に、ヤクザまがいの付き合いまである。
 越後屋の行動と、あずさは、自分が強く臭いを感じるときと合わせると、
(・・・湾岸エリアの高級イタリアン!)
 越後屋は、隅田川沿いのそのレストランの個室を会合に使った。その後、銀座に繰り出すのが行動パターンである。秘書課では、そのレストランに予約を入れていた。
「今日も予定がある!」
 誰と逢うのか確かめることができたら、何かわかるかもしれない。あずさは、その店に行くことにした。
 携帯で珠緒に電話したが、留守番。メッセージを残した。

 珠緒は、衆議院議員宿舎で、父親の紹介で政治家に会い、越後屋について聞いていた。
 東洋商事の実力者として、豪腕を振るう越後屋だが、その評判はすこぶる悪い。実力がありながら社長になれないのは、OBが反対するからだといわれた。そんな男が放つ腐臭は、157年前、334年前に、あずさと全く同じ星座の運命を持つ女たちの死臭と同じなのだ。
 その政治家が、ふともらした。
「彼が動いているとすれば、湾岸再開発でしょう。そのイニシアティブをどこがとるか。
これは、未定ですが、中心となる湾岸大橋を建設する予定があり、橋をかける場所を押さえたところに決まりますよ」
 再開発の橋を脚部の場所を確保するため、湾岸エリアでは地上げが行われているというのだ。それもかなり悪辣に。
 礼を言って、外に出た珠緒は、あずさのメッセージに気が付いた。
「ダメ!行っちゃ」
 だが、あずさへの携帯が通じない。
 珠緒は、湾岸エリアに急いだ。
(・・・早く行かなければ、あずささんは殺される!)
 
 あずさは、ごつい男たちに手をとられ、川沿いを歩いていた。逃げたら殺すと脅され、背中に何か硬いものがつきつけられている。
 臭い臭いはピークに達していた。自分の置かれている立場はわかっているが、あまりの臭さに気が遠くなる。
 何度か携帯が鳴った。
(・・・珠緒さんだ)
 越後屋の会合を調べようとして逆にバレてしまったのだ。
「あのとき、わざとお茶をぶつけて、資料を落とさせたな。早く返せ」
 必死に抵抗するあずさ。
 堤防に引っ張り出され、資料を返すように言われる。
 まるでプロレスラーのようなごつい男が、あずさの頭を片手で持つと、あずさの顔を川に突っ込もうとした。
「やめて!」
 激しい雷が起こり、嵐のように川が荒れた。
 激しい雨が降った。
珠緒が大声を上げた。警官2人がその後についてきていた。男たちが逃げる後を、警官たちが追いかけた。
「よかった!無事で」
「怖かったよ・・・。あれ?臭いが消えた」
 あずさがあれほど悩んでいた腐臭が消えたのだった。
 珠緒は、あずさが拾った資料が決め手となって越後屋と、越後屋が使っていた地上げ屋の悪辣な手段が明るみになり、やがて逮捕されるだろうと思った。

 結局、あずさは会社を辞め、犯罪心理学研究室を手伝うことになった。
 明るく電話に出ているあずさを見て、珠緒は、非業の死を迎えたアストロツイン、お峰と薫子が、あずさを救おうとしたように思えた。
(・・・運命など変わる。)
 アストロツインのことは黙っておこうと思った。
                                <END>
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村上 信夫
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1月20日(火)「トクだね「新・温故知人」(柳家花緑)は、日本画家の片岡球子さん

2009年01月19日 04時32分00秒 | Weblog
 おはようございます。1月20日(火)9時25分頃~のフジテレビ「トクだね」(小倉智昭、佐々木恭子、笠井信輔)「新・温故知人」(柳家花緑)は、日本画家の片岡球子さん。原色とデフォルメした感じの「富士山」シリーズなどで有名な女流日本画家。若い頃は、強すぎる個性のために認められず、60歳を過ぎて「富士山」シリーズで世に出ると、70、80、90、100と、枯れるどころか、ますます大胆、激しくなっていくという年齢を超越した生き方が元気をくれる。
 なにせ、お弟子さんの証言によれば、200歳までの絵の構想があり、生きるつもりだったとか。

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南カリフォルニア大学(USC)映画学部映画制作科 最大のイベント「ファーストルック」

2009年01月18日 16時05分22秒 | Weblog
 ルーカス、ゼメキスなど巨匠たちの出身校として知られ、OBでもないスピルバーグが憧れて多大な寄付をするほど。そのレベルと実績は全米1、ハリウッドスタッフの1割がOBと言われ、「ハリウッドに一番近い大学」といわれる南カリフォルニア大学(USC)映画学部映画制作科。キャンパスには、「ジョージ・ルーカス・ビルディング」、「スピルバーグ音楽ステージ」、「ロバート・ゼメキス・センター」等、大監督が寄付し、その名を冠した校舎が立ち並ぶ。USC最大のイベントが、「ファーストルック」である。

 5月、「ファーストルック」と呼ばれる卒業制作の発表・上映会の準備で、USCキャンパスは慌しくなる。学生の卒業制作発表の場といっても、USCの場合、メジャ
ーの役員、プロデューサー、大監督、脚本家なども集まり、即デビューも夢ではないスター誕生の場。学生たちは必死になる。自分たちの作品を見せるため、招待状を送り、話題性を盛り上げ、派手な公開演出で煽るなど、プロ顔負けのPR活動が行われる。

 USCの卒業制作は、卒業制作とはいえ、20万ドル(2000万円)を越える制作費をかけ、レベルも世界の各映画賞で受賞するほど高いものだ。制作費は、大学が出資し、学生とはいえ“プロ”として扱い、全ての権利を大学に帰属する契約書を結んでから制作に入る。そのため、巨匠たちが初めてメガホンを取った作品やシナリオや予算書までが大学に残っている。

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南カリフォルニア大学(USC)名物教授ドリュー・キャスパーの「映画概論」

2009年01月16日 07時01分11秒 | Weblog
 自分が、立教大学に通っているせいか、海外や日本の地方へ行っても、土地の大学が気になる。
 南カリフォルニア大学(USC)を訪ねたことがある。
 USCは、映画学部映画制作科が知られ、ルーカス、ゼメキスなど巨匠たちはここの出身者。そのレベルと実績は全米1といわれ、映画学部としては、世界一と言っても過言ではなく、OBでもないスピルバーグ(*スピルバーグは、カリフォルニア州立大学)が憧れて多大な寄付をするほど。「ハリウッドに一番近い大学」といわれ、ハリウッドスタッフの1割は、USCのOBと言われる。

 中でも、ルーカスもゼメキスも受けた、名物教授ドリュー・キャスパーの「映画概論」は絶品。
 映画学部だけでなく、他学部、他大学の学生も受講するこの名授業は、授業自体がエンターティメントそのもの。
 授業は、予告編調オープニングの5分のフィルムの上映から始まり、「レディース&ジェントルメン、さぁドクターキャスパーの登場です!」とカーテンコールとともに、スポットライトを浴びて、教授が登場するという凝りよう。それでいながら、1秒の遅刻も許さない厳しさで、プロの心構えを伝える。
 カリキュラムの内容は、
 ・映画はこんな人達で作られている。
 ・スターとは何か?
 ・芸術作品としての映画
 ・ビジネスとしての映画 等々。
 時には、著名な映画関係者をゲストに呼びセッションン&インタビューが行われ、さながら、Inside the Actors Studio が目の前で繰り広げられる。

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村上 信夫
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フランスで最も美しい村

2009年01月16日 06時44分04秒 | Weblog
 1982年、フランスで始まった村創りの運動「フランスで最も美しい村」を知っているだろうか?
 雇用不安が連日報道される中、日本の農業、林業、水産業には人が集まらず、限界集落が拡大する中、疲弊する日本の地方に生き残りのヒントとなる。

 フランスには、歴史に名を残した村や歴史的財産、日常生活様式などを頑なに守ってきた村、田園風景が広がる美しい農村が各地方に点在している。
 しかし、フランスでも日本と同様に、美しい村であっても過疎化や高齢化が急速に進んでいた。危機感を抱いた64の村が、村の歴史と景観を守り、地域の特色を大事にし、荒廃する農村を守るためネットワーク化を図り、協同してプロモーション、コミュニケーションを行う場として連合組織を設立したのだ。
 現在は149の村が加盟し、将来的に250村程度まで組織の拡大を目指している。村の加盟には、審査委員会が厳しい審査を行い、基準を満たさない村は除名されるなど、「フランスで最も美しい村」連合に加盟していることがステータスとなるまでになった。
 この運動が波及しイタリア、ベルギー、カナダが参加し、’03年「世界で最も美しい村」連合が発足し、今、世界中に広がっています。連合には近くオーストリア、ドイツなども参加し、日本でも、「日本で最も美しい村」('05年)連合が設立され、「丘の町」で知られる美瑛町(北海道)、合掌造りの白川村(岐阜県)など9町村が参加し、「世界で最も美しい村」に参加している。

 例えば、「ガレット(クリーム載せて焼いた薄いパイ)を頬張りながらゆっくり歩く村」ペルージュ(フランス・ローヌアルプ地方・アン県)を紹介する。
 (参考資料:「フランスの美しい村を訪ねる」辻啓一)
 この村の中心は、中世の街並みを残すペルージュの中央広場。樹齢200年を超えるボダイジュは「自由の木」と呼ばれ、村のシンボルになっている

<ロケーション>
 フランス第二の都市リヨンから北東に35キロ。平たんな田園風景の中に、小高い丘の頂を城壁で取り囲んだ集落が姿を現す。‘96年の先進国首脳会議(リヨン・サミット)で、オープニングセレモニーが行われた村ペルージュだ。
 カメラが趣味の橋本龍太郎首相(当時)は、その景観の素晴らしさに息をのみ、サミットから帰国後、自ら撮った写真を執務室に掲げた。
 ペルージュの町はこじんまりしていて、ほっとくつろげる。
 城壁に囲まれた町は半径約200メートル。地図がなくても迷わないくらいに小さい。町の中心には、広場があり、大きな菩提樹が立ち、1792年に植樹された木で「自由の木」と呼ばれている。
 広場の入り口の門の上には、広場を見下ろすように日時計が描かれ、反対側には15世紀の建物を改装した村で唯一のホテル“オステルリ”のカフェ。売っているのは、この村の名物・ガレット。薄く焼いた甘いパターパイのような、小麦粉・卵などを練った生地の淵を盛り上げ、焼き窯で3分間焼いた素朴な菓子で、一切れ1EURO也。

<人口が回復>
 12~15世紀に造られた街区が丸ごと残るペルージュは‘82年、「フランスで最も美しい村」の認定を受けた。だが、そこにいたる歴史は平坦なものではない。山間地域の過疎化は洋の東西を問わず、最盛期に1500人だった村の人口は、20世紀初頭に城壁地区の居住人口が30人にまで減少し、’82年当時、ついにたった8人。歴史的建造物も崩壊の危機にさらされた。
 その村を存亡の危機から救ったのは、住民の力だった。
 村民は現在、1119人まで回復。ペルージュは、徹底した住民自治で中世の輝きを取り戻した村だったのである。

<村 再生への歩み>
 議員の合議で選ばれたのは、年長のマリ・ジョゼフ・サンカンさん。村長は、財政担当助役にピザ屋を経営する議員、都市計画担当助役は工業デザイナーを本業とする議員をそれぞれ任命する。
サンカン村長は「ぴったりの人選だったでしょう」と鼻高々。
 町内会感覚ともいえる村の自治であるが、再生のための役場運営も日本とはひと味違う。村の職員はフルタイム4人、パートタイム3人の計7人だけ。この人数ですべての業務をこなすため、役場窓口は1日2時間しか開かない。村の年間予算は170万ユーロ(約2億3000万円)に満たない。東北で最も人口の少ない福島県桧枝岐村(646人)でも村職員は33人、年間の一般会計予算は15億円を超す。
 その極端な財政不足、人手不足をカバーしたは、「村民の大半が何らかの形でかかわっている」というNPO(民間非営利団体)の活動だ。消防、観光ガイド、学校給食の運営管理など24のNPOが村役場をサポートする。

<政府は冷淡だが、村長は意気軒昂>
 フランスでは、財政基盤の弱い自治体が広域共同体や県に各種業務を委託することが可能となっているのだが、サンカン村長は「1度権限を渡すと、後で取り戻すのは極めて困難。慎重にならざるを得ない」と話す。
「例えば・・・」そう言ってサンカン村長は、県の補助で村の外れに設置した街路灯を指し示す。「この村に、あのポールの色は似合わないと私は考えている。村に決定権があれば、そもそも景観を壊す街路灯など立てなかった」
言葉の端々に宿るのは、生まれ育った村への強烈な愛着と誇りだ。
 ペルージュのように住民総参加で自治を守り抜こうとする小規模自治体は、フランスでは決して珍しくない。だが、彼らに対する政府の姿勢は、実は驚くほど冷淡だ。内務省は「いずれは住民も、広域行政によるサービスの方が良いと気付く。小さな村はやがて歴史的な存在になり、事実上の市町村合併が進むだろう」(地方団体総局)と、弱小自治体の「自然死」を予言する。
「しかし・・・」と、サンカン村長はウィンクする。村の人口はゆっくりだが、確実に増え、観光客も増加している。5世紀の建物を改装した村で唯一のホテル村は4つ星を維持している。村長は言う「悪くない!」

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ブッシュ記者会見とマーク・ゲインの「ニッポン日記」ーその符号

2009年01月13日 05時32分29秒 | Weblog
世界を戦場に変えた男、アメリカのブッシュ大統領がいよいよ退任する。
記者会見を見ていたら、終戦直後の日本の状況を克明に記録を残したシカゴ・サンの東京特派員だったマーク・ゲインの「ニッポン日記」のこんな一文を思い出した。
 
「1世紀半のあいだ、米国は自由と進歩思想の象徴であった。アジアにおいては、今度の戦争中ほどこの象徴が燦然と輝いたことはかってなかった。ところが、わずか3年たらずして、われわれはこの善意の宝物をつまらなく使い果たしてしまった」

念を押して言うまでもないが、この記述、今のことではない。
60年以上前、敗戦後の東京でアメリカ人記者が書いたものだ。

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1月13日(火)「新・温故知人」(柳家花緑)は、チェカーズ・徳永善也さん

2009年01月12日 03時45分35秒 | Weblog
 おはようございます。1月13日(火)9時25分頃~のフジテレビ「トクだね」(小倉智昭、佐々木恭子、笠井信輔)「新・温故知人」(柳家花緑)は、チェカーズのドラマー、クロベエこと、徳永善也さん。藤井フミヤ(郁弥)さんや武内亨さん、高杢禎彦さん、鶴久政治さん、大土井裕二さん、藤井尚之さんといったメンバーが、チェッカーズ結成にどうしても欲しいと思ったほどのドラムを叩いたが、2004年、40歳の若さで急逝した。
 ちなみに先週は、国民的歌手、三波春夫さんでした。
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江戸の都市計画の仕上げ、世界遺産「日光」

2009年01月09日 11時06分57秒 | Weblog
 江戸を作った徳川家康、徳川家光の両将軍と、2人の師匠天海僧正が眠る聖地、日光。東照宮、二荒山神社、輪王寺は1999(平成11)年12月に日本で10番目の世界遺産に登録された日光。そこには、江戸の町づくり最大の秘密がある。
 
 元和2(1616)年4月17日午前10時頃、駿府城中で75歳の生涯を閉じた徳川家康の遺骸は、その夜に久能山に移送され葬礼がなされた。
 しかし、1年後の2月8日、天海によって、久能山上に埋葬されていた家康の遺骸は掘り起こされ、美しく飾り立てられた金の輿に安置され日光山まで移送される。行列は1,300人にものぼり、4月8日に日光の奥社に無事に納められた。
 
 これは、「日光に埋めよ」家康が死ぬときの遺言に沿ったもので、日光で家康は神として東照大権現となるのだが、これも、天海の主張によるものだった。
 天海の主張は、天台宗にある山王神道といって仏教と神道を融合させた考えで、<権現>とは、仏が仮に神となって現れるということである。天海はこの尊号について、豊臣秀吉(豊国大明神)と同じように大明神の号を主張する反対派の吉田神道と論争の末、これを退けた。
 しかし、当時、人を神にする術は吉田神道にしかなかったため、一度、久能山に埋葬し、吉田神道により神にした後、一年後、掘り返し日光へうめ、権現としたのだった。この時の家康埋葬の行列の道が、日光街道である。
 徳川三代のブレーンだった天海が日光に注目した理由は、日光は、江戸の北。北の北極星は天帝の座、その座に家康を置き、それにより、東照大権現を何人も犯すことができない、その装置としたのだった。

 天海僧正と3代将軍家光の墓所がある輪王寺。輪王寺は、勝道上人が766年に四本堂を建立したのに始まり、山岳信仰の場として栄えた。この輪王寺大猷院に、三代将軍徳川家光のお墓が置かれ、社殿は黒に塗られ、家光の墓の入り口、皇嘉門は閉ざされている。
 家光は、家康への敬慕の念が厚く、「・・死後も魂は日光山中に鎮まり、東照公のお側近く侍り、仕えまつらん。・・慈眼堂の傍らに葬るべし」と遺言したため、この地が選ばれた。
 墓の正面に立って、磁石を見ると驚くのは北東の方角。と、いうことは、鬼門を向いている。これには諸説あるが、家光が東照宮に眠る家康を、死してなお、身体を張って守っているように思える。

 日光東照宮は、家康が亡くなった翌年の元和3年1617年に造営が始まった。社殿は海抜640メートル、山を拓いた僅か14,747坪の境内に55棟の建造物が極めて巧みに配置されており、着工から、工事に働いた延べ人数4,533,648人、わずか17ヶ月という短期間で建てられた。江戸時代の建築・美術・工芸の粋を尽した豪華壮麗な建築美は他に比肩するものがなく、江戸初期の代表的な建造物として、本殿以下8棟が国宝に、その他34棟と諸大名が奉献した燈篭などが国の重要文化財に指定されている。

 その代表的なものは、
◇「神厩舎」表門をくぐるとやがて左手に神厩舎があり、有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿の彫刻はここにある。
◇「南蛮灯篭」将軍や朝廷からの勅使、諸大名の参拝はもとより、遠く朝鮮や琉球の使節も参拝するなど、江戸時代、我が国最高の聖地だった。南蛮灯篭もその一つ、現在ある建物の多くは、家康を崇拝していた三代将軍家光の時代に建てられたもの。
◇国宝「陽明門」国宝陽明門は、建坪9坪余りの門だが、なんと508の色鮮やかな彫刻に飾られている。この門に一つミステリーがある。12本ある柱のうち門の裏側の左の一本の柱だけ、他の柱は上に向かっている渦巻状の彫刻が逆さま。なぜか?
未完であることを意味し、未完のため、未来永劫に繋がるという呪術だった。

 日光東照宮に彫刻を行ったのは、東照宮造営の総括責任者は、甲良宗広という幕府作事方大棟梁だったが、彫り物の意匠や彩色に関しては、狩野探幽を初めとする狩野派の絵師。すなわち東照宮の彫り物は、狩野派の絵を立体化したものである。
 左甚五郎作「眠猫」の彫刻から門をくぐり、苔むした石段の参道を上がると、その先に家康公の墓がある。長い階段を上ると高台にあり、家康が眠る宝塔は、威風堂々。塔を囲んで、不思議な形の石が置かれている。

 墓の門の前で方角を確かめると、東照宮の主な社殿の配置を見ると、陽明門・唐門・拝殿・本殿は全て南北線上に南向きに建てられている。その軸線を北に伸すと石段の上にある家康の墓である宝塔の中央を通過する。
 南にあるのは、江戸。
 宝塔の真後ろの天を仰ぐと北極星、天帝の座に通ずる。下から見上げると、家康を中心に星が巡ることになるのだ。すべて天海が配置したものである。天海は、江戸城の北に東照宮を配置し、主要な社殿を南北に配列することによって、不動の星である北極星と南北で結ばれる軸線になり、家康が遷座している日光を中心に星がまわり、宇宙を主宰する神との一体化を意識したのだと思われる。
 家康は神となり、江戸と江戸城を守り続けている。そして、日光では、家光と天海が家康をまるで守るようにして眠っている。

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