1 今なお残る「西駅」の名(65) 2 地下通路(76) 3 0番ホーム(161) 4 幅の狭まる開かずの間(423) |
中央駅の1番ホーム。
(2008年12月1日)
指宿枕崎線の列車のみが利用しているため・・・
(2008年12月1日)
線路の鹿児島駅方向は行き止まりになっている。
指宿枕崎線の始点であることを示す「0」と書かれた白い柱のようなものもある。
この1番ホーム他のホームと比べてみると・・・
(2009年4月5日)
手前にある3・4番ホームと比べて,奥に見える1番ホームは簡単な造りに見える。
改札のある階から見てみる。
(2008年12月1日)
1番ホームだけが長く延びている。
この1番ホーム,2番ホームの指宿側に突き出た形になっていて,他のホームと比べて階段を降りてからホームにたどり着くまでの道のりは長い。
駅の外から見た1番ホーム。
(2009年2月12日)
他のホームよりもかなり指宿寄りに設置されている。
このホーム,駅舎が現在の真っ赤なものに建て直される前は存在しなかったように思う。そして建てかえられてしばらくもここは1番ホームではなかった。
そのときの1番ホームの跡が現在の2番ホームの向かい側にある。
(2008年12月1日)
「1」と書かれたホーム番号の上にシールのようなものが貼られている。
この旧1番ホーム現在は…
(2008年12月1日)
駐輪場へ向かうための通路となっている。
線路よりも,他の用途に使った方が駅周辺の開発には有効だったのだろう。
現在の1番ホームは,この線路がなくなる前は0番ホームと呼ばれていた。
このときの0番ホームも離れた場所のように感じていたが,駅舎が建て替えられる前の0番ホームはもっと離れて感じた。さっきの駐輪場へ向かう通路よりもさらに桜島側に存在していた。東口改札を使った場合,地下通路を通らなくていいので上下運動は少なかった。しかし,列車が停まっている場所にたどり着くまでが長かった。西口改札を利用したときや鹿児島本線のや日豊本線の列車から乗り換えるときは地下通路を通った上に端まで移動してと,0番ホーム発という案内を見るだけで遠いなと感じていた思い出があった。
AMUが建ってからホームの列車が停まる位置も指宿側の方に寄ったし,線路の幅も狭まっている。そしてその跡もまだ意外と残されていた。